2022/04/02 - 2022/04/02
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mistralさん
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4月2日、旧奈良監獄の内部公開のツアーに参加した折(前の旅行記)、ツアーバスは一旦般若寺の広い駐車場に停まり、そこからは徒歩で監獄まで向かっていった。
監獄見学時間は十分にあり内部をゆっくりと見学し、残りの時間、般若寺に向かうことにした。
添乗員さんに断って監獄の扉を開けていただき外の世界に出していただいた。
限られた時間ではあったが、思いがけず般若寺も参拝する時間ができたことは嬉しかった。
その後、ツアーバスに乗り、もと来た経路で奈良近鉄駅まで戻ってきた。
午後の予定は東大寺へと決めてあった。
奈良に何度も来ているのに、東大寺への参拝の機会はなかなか訪れなかった。広大な区域のため、まとまった時間が必要そうに思えて、つい後回しになっていたが、今回は、奈良は久しぶりという友人と一緒でお誂え向きの機会となった。
東大寺、有名な寺院でなんとなく知っていつもりだったが、旅行記のコメントを書こうとして、ほとんど詳細は知らないことがわかった。
(表紙写真は二月堂までの裏参道。土塀に囲まれた美しい石畳が続く。)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
奈良監獄から般若寺までは徒歩でも5分ぐらい。
参拝料をお支払いして境内へ。こじんまりとしたお寺のようだ。
すぐに目にする大きな石。前には立て札が。
「カンマン石」というようだ。
「カンマンとは不動明王を象徴する種字(梵字)であり、
この石の突起部にお腹や背中を押しあてると健康が
増進します。」とあったので、
早速、膝などを当ててみた。
石の上には小さな不動明王像が乗っている。 -
本堂と、右に見えているのは
「十三重石寳塔」重要文化財 花崗岩製
(せきほうとう、と読む?)
「奈良時代、平城京のため聖武天皇が大般若経を地底に納め塔を建てたと伝わる。
現存の塔は東大寺の鎌倉復興のために渡来した宋人の石大工、伊行末(いぎょうまつ)が1253年頃に建立したもの。1964年には、解体修理がほどこされた。
塔には東面・薬師、西面・阿弥陀、南面・釈迦、北面・弥勒の四方仏が刻まれている」とのこと。
(限られた時間内での参拝だったせいか、現地で実際に確認できず、後で知ったことがらが多いのは本当に残念なことです。)
昭和の修理の際には、塔の内部から阿弥陀仏や舎利塔など多数の納置品が出てきて、それらの仏像は秘仏として、特別公開の時のみ公開されるようだ。 -
花の寺、特にコスモスの寺として有名。
-
この相輪は、十三重石宝塔の頂上にあったものだそう。
創建時に造られたものだが、大地震(南北朝期か室町期の)で墜落し三つに割れて文殊山に埋められていたのが、昭和初期発見され、境内に保存されるようになった。
その後にも三度の地震の度に墜落したり破損していたようだ。
1964年の大修理では、鎌倉期の姿に復元するということから、初代相輪をかたどりして擬石(石片を樹脂で固めたもの)で造られた。 -
石燈籠
(鎌倉時代、花崗岩製)
「般若寺型」または「文殊型」と呼ばれる石灯籠。
基台、中台、火袋、宝珠部は当初のもの。
火袋部には鳳凰、獅子、牡丹唐草が浮き彫りにされているようだ。
(やはり現地ではこの目では見ていない、、、) -
これまで4トラの旅行記で
数々のガラスキューブに生けられた鮮やかなコスモスの花
を目にしてきたせいか、今回の4個だけのガラス細工?には
おどろいたが、改めて考えてみると、
この季節は境内の桜が満開ゆえ、あくまでも桜が主人公と
なっているのかもしれない。
周囲には既に咲く時を待っているチューリップの植木鉢がずらりと。 -
本堂から振り返っての境内の眺め。
-
ご本尊
文殊菩薩騎獅像
(重要文化財)
木像、像高 46cm, 鎌倉時代の製作
般若経を説いた智恵の菩薩だそう。
かつては経堂の秘仏だったが、現本堂再建と同時に御開帳され
通年拝顔することができるようになった。
想像していたよりも小ぶりの像で、凛々しく若々しいお顔。
安倍文珠院の日本最大という文殊菩薩と、大きさこそ違うが
イメージが重なる。
(般若寺ホームページより画像をお借りしています。) -
境内を再び散策させていただいた。
笠塔婆
二基、重要文化財 花崗岩製
「笠塔婆形式の石塔では日本最古の作例。
刻まれた梵字漢字は鎌倉時代独特な「薬研彫り」の代表例とされる。
1261年、宋人の石工、伊行吉が父・伊行末の一周忌にあたり建立した。
両塔の前面下部に伊行末の出身地、東大寺再建に従事したことなどの業績が記されているそうだ。
寺の南方に建っていたが、明治に廃仏毀釈で破壊されたのを、明治25年境内へ移築再建されたもの。」 -
笠塔婆の下に地蔵菩薩像が座しておられる。
-
本堂横にずらりと並ぶ
三十三所観音石像 (江戸時代、花崗岩製)
西国札所三十三観音霊場の御本尊を石像にしたもの。
1703年、寺島氏(山城国在住)が病気平癒の御礼に寄進されたもの。 -
境内の植物管理の様子が、無造作に見えるのだが
かえって好ましい。
この後、鉢植えにされていたチューリップ、ヤマブキなど
次々に咲き始めたようだ。 -
藤原頼長公、供養塔
立て看板によれば
平安後期の人、若くして29歳の折には左大臣となり朝廷政治に辣腕をふるった。
崇徳上皇に仕え、保元の乱では謀主とされた。
合戦の最中に流れ矢が首にささり落命。
遺骸は般若山のほとりに葬られるが、京都からの実検使により、その墓が暴かれたという。(「保元物語」による。)
そんな事情から、この供養塔がいつの時代にか誰かの手によって建てられたのだろう。 -
多くの史実が
このこじんまりとしたお寺の中に包みこまれていたようだった。
その折りには時間に限りがあった為
慌ただしい思いで見学していったが、ツアーバスの集合時間も迫ってきたため、
又別の季節に訪問してみたいと後ろ髪を引かれる思いで後にした。 -
ツアーの集合時間に、バスに乗り込み
駅からは再び電車で近鉄奈良駅まで戻ってきた。
近辺でランチをとった後、東大寺までやってきた。
般若寺からは南下していけば多分東大寺には辿り着けたように思うが、
その折は歩く元気は残っていなかった。
近鉄奈良駅からもタクシーで向かった。
まずは南大門から歩きをスタートしようと思ったが、
その近辺はタクシーでは近づきにくいそうで
西楽門近くで降ろされた。
その辺り、丘陵には鹿がたくさんいて、のどかな様子で草を食んでいた。 -
桜と鹿さんたち。
この時期、毛の生え替わる折のせいか?
どの鹿も毛並みがボサボサだった。 -
-
しばらく入場の為の行列に並び、ティケットを購入後入場。
目の前に遠目にも巨大な大仏殿が聳える。
752年、東大寺大仏の開眼供養が総勢1万人もの僧侶を迎えて行われた。
その折りには聖武天皇はすでに孝謙天皇に位を譲り、聖武太上天皇となっていた。
大仏開眼の儀式の大役は、菩提僊那というインド人僧侶が務めたそうだ。
大仏の目に筆で瞳を書き入れる儀式だった。
筆には長いひもがついていて、その端を、聖武太上天皇や光明皇太后をはじめ、僧侶たちが握り締め、大仏との結縁を願ったそうだ。
その折りの筆と縷(る・長いひも)は、現在も正倉院に伝わっているそうだ。 -
1180年(治承4年)平重衡の軍勢により、大仏殿をはじめ伽藍の大半が焼失。
1567年(永禄10年)三好・松永の乱がおこり、大仏殿・回廊・講堂・三面僧房・食堂など中心伽藍のほとんどが灰燼にきした。
現在の建物は1709年(宝永6年)に落慶。
3代目となる大仏殿。
創建当時は幅が86mあったそうだが、現在のお堂の幅は57mとなった。
江戸時代に再建するときには、柱にする木材が調達できずに
現在のサイズとなったそうだ。 -
東大寺が国分寺として建立された折、国家の安寧と国民の幸福を祈る道場としての役割を担うこととなった。
しかし同時に仏教の教理を研究し、学僧を養成する役目もあり、華厳をはじめ奈良時代の六宗(華厳・三論・倶舎・成実・法相・律)に平安時代の天台・真言も加えた各研究所がおかれ、八宗兼学の学問寺となった。
八宗!のそれぞれについての違いなど、何も知っていないことを知る私。 -
八角灯篭
これまでの戦禍からも、火災の難を逃れているそうだ。
しかし近年の酸性雨による影響から銅製の灯篭はかなり傷みが激しく
1200年の風雪に耐え、2回の災禍にも耐えた灯篭は、酸性雨によってやられてしまい、それを防ぐために表面に薬品をぬって保護膜をほどこす処理を2回受けたそうだ。 -
大仏殿に入ると巨大な大仏が覆いかぶさるように座しておられる。
盧舎那仏。
開眼当時の像はほとんど失われ、蓮弁の一部がわずかに残るのみだそう。
現在の大仏さまは江戸時代の再建。
大仏殿も、創建当時の3分の2の大きさとなってしまった。
それでも世界最大級の木造建築となっている。 -
光背の仏像・化仏(けぶつ)というそうだ。
16体の如来がおられる。 -
大仏の台座の蓮弁一枚毎に掘り込まれているという
線刻画の拡大図がそばにあった。
華厳経の教えに基づき蓮華蔵の世界が掘り込まれているそう。 -
上段には如来とニ十ニ菩薩が描かれ
中段は横線によって、無色界、色界、欲界という三つの世界が、
下段には須弥山が表されているそうだが、、、
(写真でははっきり撮ることができなかった。
華厳蔵の世界?旅行記を書く時に初めて知る自身の無知。) -
大仏の左右にある蓮の花の生けられた花瓶に止まっている
巨大な蝶。
なんとなく違和感を感じていたのは脚の数が多かったせい?
昆虫は6本なのに8本ある。
(東大寺の七不思議の一つ) -
-
脇侍の「虚空蔵菩薩像」
江戸時代に造りなおしたもの。
虚空(広大な世界)に例えられるほどの巨大な知恵と
優しさをお持ちという仏様。 -
広目天立像
西の方向を守る守護神。
手に筆と巻物を持っている。
あらゆるものを見通せる目を持ち、見たことを筆で
巻物にかきつけるそう。 -
踏みつけられても、ちょっと愉快そうな邪鬼の表情。
-
光背の裏側は雲の文様が。
-
-
多聞天
北の方向を守る守護神。
宝塔を捧げ持っている。
金箔が結構残っているようだ。
通常は4人グループとなる四天王、他のお二人
増長天と持国天は頭部のみがおられた。 -
脇侍の「如意輪観音像」
智も財も思うがままにかなえてくれるという仏様。
普通であれば大仏の脇侍は
文殊菩薩と普賢菩薩なので、何故このようになったのか
は不明らしい。
(東大寺の七不思議の一つ) -
見上げると、上部の木組の豪壮なさまに改めての驚きが。
-
東脇につづく回廊部分
-
この季節だけの桜による饗宴。
-
二月堂に向かって歩き始めると、お堂が。
行基堂
東大寺大仏の建立に尽力した奈良時代の僧・行基を祀るお堂。
行基は貴族の宗教だった仏教を民衆に広め、弾圧を受けながらも
各地で田の開墾や、貯水池を造るなどの作業を続けた。
後にその業績が評価され、大仏造立にも携わったが、大仏開眼
をみることなく生涯をとじたそうだ。 -
鐘楼
大仏開眼と同時に鋳造された大鐘は、「奈良太郎」とも呼ばれる
日本3名鐘(他には京都の知恩院、方広寺の鐘がある。)の一つ。
現在の鐘楼は、栄西禅師が鎌倉時代に再建したもの。
奈良時代の梵鐘とともに国宝となっている。
この大鐘、除夜の鐘として一般の人も鳴らすことができるそうだ。
当日は鐘楼の前で整理券が配布され、しばらく並んだ後に、順番
に数人がかりで鐘がつけるそうだ。 -
更に大仏殿を左にみながら北へ進むと
塔頭寺院の土壁が連なる坂道へと出る。 -
別名を「裏参道」と呼ばれているそうだ。
-
春の桜、夏の百日紅、秋の紅葉、冬の枯葉の様子や雪景色、
四季折々に素敵な光景が見られ
カメラを手にした方、スケッチをする方を見かけるようだ。
特にお勧めとされているのは、夕日に照らされた時間帯で、
少しづつうす暗くなっていく中、浮かび上がる二月堂や
夕日に照らされる土壁の様は、とても風情あるもののようだ。 -
-
二月堂へ上がっていく北側の階段までやってきた。
屋根つきで「登廊」と呼ばれる。
修二会の折、練行衆が参籠宿舎から二月堂へ上って行くときに通るそうだ。 -
二月堂
毎年3月1日から14日まで行われる「修二会」は、本尊十一面
観音菩薩に罪を懺悔するために行われる、東大寺では最も
良く知られている行法。
12日深夜に堂の下にある若狭井から汲んだ水を供えることから
「お水取り」とも呼ばれる。 -
1180年の兵火、1567年の三好・松永の戦いと、2回の戦火には焼け残ったが、1667年、お水取りの最中の失火により焼失、2年後に再建されたのが現在の建物。
本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音で、何人もみることを許されない絶対秘仏。
建物は2005年国宝に指定された。 -
途中、どっしりとした木組みが間近に見られる。
-
登り切って上から「登廊」を見下ろしている。
-
-
-
二月堂から奈良市街方面への眺め。
お天気次第では絶景となりそう。 -
752年、大仏開眼の年に実忠(じっちゅう)和尚によって
始められた「修二会」の法会は、以後一度も途絶えることなく
続けられている行事。
二月堂本尊の十一面観音に、僧侶たちが世の中の穢れを一身に
背負って祈る法会であり、その為に造られた施設がこの
二月堂。
24時間参拝が可能だそうだ。 -
手水舎
ここからはずっと下りとなる参道をどんどん歩き
大仏殿を右に見て、ミュージアムを見学して外へ出た。
その右手に聳えているのが南大門。 -
南大門 国宝
そもそもの東大寺の参拝のスタートをしようと思っていた
南大門にやってきた。
入母屋造、本瓦葺きの巨大な門。
平安時代末期に焼失。1199年再建された。 -
両側に立つ金剛力士像は
名工、運慶、快慶によってわずか69日で完成されたそうだ。
吽形像
「吽」にはものごとの終わりの意味があり、
閉じた口は宇宙の完成を表すそう。 -
阿形像
「阿」の文字は宇宙の根源や永遠を象徴する文字であり、
ものごとの始まりを表していると言われる。
ここ東大寺では、南大門、法華堂共に仁王像が通例とは逆に
置かれているそうだ。(普通は向かって右側に阿形像が置かれる。)
(東大寺の七不思議の一つ) -
すっかり夕方になり始めていた。
-
晩御飯は、奈良町にある
「つる吉」という懐石料理のお店を予約していた。
お座敷もあるのだが、カウンター席を予約。
お店全体のお料理が目の前でどんどん作られて、それぞれの
お部屋に運ばれていく。
中居さん、お料理の助手さん方との連携もとりながら
カウンター席のお客6人(そのうちの4人は恐らく常連さん)との
会話も卒なくこなされる板長さん。 -
以下のお料理は出された順番に数字をつけましたが
お料理名よりはむしろ食材についての説明を受けたような記憶が。
友人はビールを、mistralはワインでまず乾杯。
突き出しのあと
①ショウロと菜の花とシラウオ (以下右横から時計回りに)
②ホタルイカと小鮎
③白身の魚の中にウドが巻かれている
④アスパラとそら豆 -
⑤銚子のマグロとヒラメのお造り(以下右横から時計回りに)
⑥里芋煮
⑦わかたけ煮
⑧ノドグロと魚のすり身入り卵焼き -
⑨クエと白菜
⑩タラの芽、蕗のとう、こごみの天ぷら
⑪すっぽん雑炊
食後には写真には撮り忘れたあずき味のくず餅とお薄をいただき、
幸せな気分いっぱいになってホテルに帰りました。
翌日は興福寺を参拝
後、ブラブラとお土産屋さんなどを覗いて、京都まで。
今まで気になっていた京都駅の探訪をします。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ポテのお散歩さん 2022/07/04 11:34:39
- 奈良を歩く旅
- mistralさん 初めまして。
ポテのお散歩と申します。
関西に住んでいながら、奈良へはあまり行った事がなかったので
今更ながら、ゆっくり奈良巡りをしたくなり旅行記を検索していて
mistralさんの旅行記に辿り着きました。
昨日奈良へ行ったのですが、蒸し暑くて二時間程度歩いただけで
バテてしまいました(^-^;
近隣の県に住んでいますが、早朝散歩がしたくてホテルを予約しての
一泊二日でしたが、別の意味で部屋を取っておいて良かったです。
また気候が良くなったら少しづつ奈良を歩いてみたいと思っています。
mistralさんが歩かれた佐保路へも。
素適な旅行記をありがとうございます。
また海外の旅行記も含め、ゆっくり拝見させて下さいね。
今後とも宜しくお願いします。
ポテのお散歩
- mistralさん からの返信 2022/07/04 18:04:01
- RE: 奈良を歩く旅
- ポテのお散歩さん
はじめまして。
コメントをありがとうございます。
すでにご投票をいただき、私もポテのお散歩さんの旅行記を拝見させて
いただいておりました。
> 関西に住んでいながら、奈良へはあまり行った事がなかったので
> 今更ながら、ゆっくり奈良巡りをしたくなり旅行記を検索していて
> mistralさんの旅行記に辿り着きました。
そして関西ご在住で、奈良旅を始められた、との書き込みなど読ませていただきました。
羨ましい限りです。
京都より奈良に惹かれ、更に古代史にちょっと興味を抱き、最近は明日香が関心の地です。
>
> 昨日奈良へ行ったのですが、蒸し暑くて二時間程度歩いただけで
> バテてしまいました(^-^;
> 近隣の県に住んでいますが、早朝散歩がしたくてホテルを予約しての
> 一泊二日でしたが、別の意味で部屋を取っておいて良かったです。
梅雨明けと同時に酷暑の日々となってしまいましたね。
そんな中、歩き回るのは本当に大変な事ですね。
私は夏には弱いものですから、このところ引きこもっています。
> また気候が良くなったら少しづつ奈良を歩いてみたいと思っています。
> mistralさんが歩かれた佐保路へも。
> 素適な旅行記をありがとうございます。
奈良はどこを歩いても素敵な地に出逢いますね。
私もまだまだ未知の地ばかりです。
旅行記で、歩かれた地の情報発信を、よろしくお願いします。
> また海外の旅行記も含め、ゆっくり拝見させて下さいね。
> 今後とも宜しくお願いします。
>
こちらこそ、今後ともどうぞ宜しくお願いします。
mistral
-
- しにあの旅人さん 2022/04/28 10:21:33
- 石に詳しいMistralさん
- まず般若寺をgマップで探します。なるほど旧奈良監獄から近く。マップでは奈良監獄が「臨時休業」となっていました。間違いではない。
このあたりは元明・元正天皇陵を探して車でうろうろしているのですが、気がつきませんでした。目的地じゃないと目に止まらないので、仕方ありません。
石塔の材料の石の種類まで書いてあるのが、Mistralさんらしい。私なら、「石塔」でおしまいです。石と木の区別はしますが、石以外同じです。
13世紀にも宋の石工が来ているのですか。知りませんでした。
東大寺は、歩いた方が多分早かったようですね。ただ、歩く気力がなくなるのは、経験上よくわかります。歩きたくない時は100mでも歩きたくない。
東大寺は、私たちも、多分5回くらい行っています。何回でも飽きません。いつも新しい何かがあります。
あの、せんべいに突進してくる、ずうずうしい鹿どもは元気でしたか。前日光さんの最新ブログによると、鹿の強盗被害に遭ったようです。
- mistralさん からの返信 2022/04/30 14:18:57
- RE: 石に詳しいMistralさん
- しにあの旅人さん
こんにちは。
ゴールデンウィークに突入しましたね。
皆さん、海外へも足止めをくらったまま。
いったいいつまでこんな状況がつづくのでしょうか。
そろそろ解禁しても良いのかも、、、などと夢見ています。
> まず般若寺をgマップで探します。なるほど旧奈良監獄から近く。マップでは奈良監獄が「臨時休業」となっていました。間違いではない。
旧奈良監獄は「臨時休業」ですか!
確かに、つかの間の休業中。
この後にはホテルとしての日々が始まるのでしょうから、しばしお休みください、と。
> このあたりは元明・元正天皇陵を探して車でうろうろしているのですが、気がつきませんでした。目的地じゃないと目に止まらないので、仕方ありません。
私もgoogle mapで元明、元正天皇陵を探しました。
奈保町、確かに般若寺より北方にあるのですね。
目的地にまっしぐらで進んでいるときには、足元にオーブが落ちていても見つかりません。(これは我が夫の話しです。ドラクエ?のゲーム中、足元に隠されたオーブが見つからず、さんざんウロウロ歩き回りました。)
> 石塔の材料の石の種類まで書いてあるのが、Mistralさんらしい。私なら、「石塔」でおしまいです。石と木の区別はしますが、石以外同じです。
一応、私自身の備忘録をかねて旅行記を書いていますから、調べてわかったことは石の種類も書いておいた、というわけです。石の種類を沢山知っているわけではないのです。
> 13世紀にも宋の石工が来ているのですか。知りませんでした。
今よりずっと海外との交流がすすんでいたようですね。
東大寺の開眼供養の折にはインド人の僧侶が、、、などの記述があってびっくりでしたもの。
> 東大寺は、歩いた方が多分早かったようですね。ただ、歩く気力がなくなるのは、経験上よくわかります。歩きたくない時は100mでも歩きたくない。
フフフ、そうですよね。
当初は歩いて東大寺へ向かう、という予定でした。
監獄の内部を歩き、体力、精神も、消耗したのかもしれません。
> 東大寺は、私たちも、多分5回くらい行っています。何回でも飽きません。いつも新しい何かがあります。
5回も行かれていますか。
そうですね。歩いていると、何やら新しい発見に出会いますね。
> あの、せんべいに突進してくる、ずうずうしい鹿どもは元気でしたか。前日光さんの最新ブログによると、鹿の強盗被害に遭ったようです。
鹿さんは、おせんべいの所持者を目ざとく見つけるようです。
私たちは何も餌を持っていないことを、ちゃんとかぎ分けているのでしょう。
誰も、どの鹿も近寄ってくることはありませんでした。
うれしいのやら、寂しいのやら。
mistral
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