2020/11/03 - 2020/11/05
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mistralさん
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コロナウィルスがあっという間に地球上を席捲してしまった2020年。
このウィルスとの共存生活は一体いつまで続くのやらと思いながらも、そろそろ旅に出ても大丈夫かなあと考えて
9月にgo to travel のキャンペーンを利用して、奈良への旅を計画。
新幹線とホテルをセットしての予約を済ませた。
(近畿日本ツーリストのツアーを利用。新幹線、ホテルの部屋タイプなどすべて自由に選べた。)
旅行代金 二人で 90600円だったが
支払い額 58890円
地域共通クーポン 14000円分が出発前に郵送されてきた。
この時点で45710円が還元されていたことになる。
目的地は斑鳩と飛鳥。
同時に4トラの旅行記で検索をし、あるトラベラーの方の旅行記で紹介されていた「隠された十字架 法隆寺論」 梅原猛著
に興味を惹かれて読み始めた。
1972年に刊行されたというこの本、哲学者の梅原氏によるこの著作は、その衝撃的な内容から大反響を呼び、ベストセラーとなったそうだが、当時は多分その方面へのアンテナが立っていなかったようで、今回初めて出会った本となった。
その内容は旅行記の中でご紹介できればと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
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-
11月3日
東京 9:00 のぞみ213号 京都着 11:15
京都発11:33発 みやこ路快速 奈良着 12:15
駅弁を車内で頂いた。
心配していた雨もあがり、奈良に着く頃には青空も。 -
JR奈良駅すぐのホテルにて一旦チェックイン。
荷物を預けて、折り返しJRにて10分ほどの法隆寺駅までやってきた。
見学ルートは普通はまず法隆寺を見学し、その後中宮寺、法輪寺と回って行くようだが、私たちは逆コースを辿る計画だった。
たまたま駅に、たった一台停まっていたタクシーで向かったのは法起寺。
通常コースで法起寺が最後になると、寺から駅まで歩くと2.7kmほどあり、時間がかかってしまう為だった。
(法隆寺から駅までの帰路、バスを待っていたがたまたま通りかかったタクシーを利用した。運転手さん曰く、この界隈にはタクシーが少ないとのこと。
特に当日は祝日でもあり、運転手さんも早めに切り上げてしまうそうだ。) -
タクシーの運転手さんが
「皆さん、右手に降りてそこからコスモス畑とお寺を写真に撮りますよ。」
との言葉に従って -
法起寺の南大門、三重塔をみながら
コスモスの咲き乱れる畦道を歩く。 -
-
僅かな風にもコスモスの茎全体が揺れ
思い通りにこちらを向いてくれない。 -
コスモスと三重塔とのコラボを堪能し
-
西門から境内へ入った。
聖徳太子が
岡本宮を改めて寺にするように
長子の山背大兄王に遺命した(622年)とのこと。
近年の発掘調査の結果
法起寺建立以前に、前身となる建物の遺構の一部が確認され
岡本宮と思われる宮殿の存在が明らかとなっているそうだ。 -
講堂の本尊だった
十一面観音菩薩立像。
現在は収蔵庫に安置されている。
扉越しに隙間から撮影してみた。 -
国宝 三重塔
三重塔としては最大最古。
安定感のある姿。 -
飛鳥建築様式の特徴の一つ
雲形肘木 -
-
池越しに三重塔を眺めてから
次の目的地に向かった。 -
国史跡 三井瓦窯跡(みいがようあと)
法起寺の北西にある瓦塚2号墳の
墳丘西側斜面につくられた登窯。
昭和6年、果樹園の開墾中に偶然
発見されたそうだ。 -
途中、案内板もなく
なんとかここまでやってきた。 -
内部が覗けるようになっている。
瓦窯は7世紀後半から8世紀初め頃使われ
窯跡近くからは法輪寺や法起寺で使われていた
軒丸瓦と同じ型で造られた瓦が見つかっているそうだ。 -
道中
このような案内板が立っている。 -
-
法輪寺らしい伽藍が見えてきた。
-
下馬碑。
そこより先は乗馬を禁ずるという碑。 -
法輪寺は別名、土地の名前から三井寺とも呼ばれる。
三井という地名は古く、聖徳太子が飛鳥より三つの井戸をこの地に移されたところからおこったとも伝えられているそう。
山背大兄王が太子の病気平癒を願って、その子、由義王とともに建立されたと伝わる。 -
表門を入り左手にある三重塔。
昭和19年、落雷で焼失。
仏舎利は回収できたそうだが、全焼だったため国宝指定は解除され、独力での再建となった。
風のある日には、天人の楽にも例えられる風鐸の音を聞くことができるという。
一度聞いてみたい。
(風鐸は新しいものの方が良く響くらしい。) -
講堂
弥勒菩薩立像
十一面観音菩薩立像
弥勒菩薩立像
地蔵菩薩立像 などなど
多くの重要文化財の仏様がいらっしゃった。 -
薬師如来坐像
飛鳥時代(重要文化財)
ご本尊であり、現存する飛鳥時代の木彫如来像としては最大と言われる。
山背大兄王一族の現生利益を祈願して、鞍部止利によって製作されたもの。
薬壺を持たない古い形式のもの。7世紀中頃の作。
(法輪寺ホームページより画像をお借りしました。) -
ここで、法輪寺開基 山背大兄王 について
聖徳太子と蘇我馬子の娘 刀自古郎女(とじこのいらつめ)との間に生まれた。
推古天皇と太子の没後、皇位継承の争いに巻き込まれ、皇極2年(643年)蘇我入鹿らの送った軍兵の襲撃を受け、宮殿を焼かれて生駒山に逃れた。
「我が身のために万民を疲弊させることは望まない。身を捨てて国を固められるなら、それこと丈夫(ますらお)ではないか」と再起することを断り、斑鳩寺で一族とともに自害された。聖徳太子の遺訓を最後まで守られた皇子だった。
(日本書紀の記述から蘇我入鹿によって滅ぼされたという事になっているようだが、日本書紀は藤原氏が編纂したものであり、罪を蘇我氏になすりつけた可能性があるとも言われているそうだ。) -
この辺りからは
最終目的地、法隆寺に向かって歩く。 -
途中にあった片野池のほとりに野仏が集められていた。
-
こちらは住宅街の一角に集められた野仏。
-
冒頭でご紹介した「隠された十字架 法隆寺論」によれば
<聖徳太子が亡くなった後
その子だった山背大兄王とその一族全員を殺害した黒幕は、実は中臣(藤原)鎌足だった。
その結果、藤原氏一族は、後の世になっても聖徳太子の怨霊に畏れおののくこととなった。>
以下、梅原氏の本からの引用は< >にて表示します。 -
<そこで聖徳太子の霊を鎮める目的から法隆寺を再建したとこの本では説いている。
特に夢殿の厨子に納められた救世観音は太子の等身大のお姿であり、厨子から怨霊が抜け出さないように、像は厳重に布地でくるまれた上で厨子に納められていた。> -
法隆寺、東院伽藍に入る前に、傍らに寄り添うように建つ中宮寺を見学。
もともとは現在の地より東方500メートルの地にあった (法起寺に向かうタクシー車中で運転手さんからお話があった) そうだ。
創建は聖徳太子のお母君、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后によって、太子の斑鳩宮を中央にして西の法隆寺と対照的な位置に創建された。 -
当初から法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として計画された。
飛鳥時代の創建以来、尼寺であり続ける寺院は珍しいようだ。
度々の火災にあい、法隆寺東院の山内子院に避難。
後伏見天皇八世の皇孫が御住職となられ、以来、尼門跡斑鳩御所としての伽藍を整えて現在に至るようです。 -
中宮寺本堂
高松宮妃殿下の御発願により、昭和58年、吉田五十八氏の設計により落慶。
伏見宮から女王様お二方、後西天皇内親王、有栖川宮から皇女お三方が門跡として入られておられるとのことです。
御堂を取り巻く池の周りには山吹が植えられ、四季折々の花木も配されて女性の寺院らしい雰囲気となっているようだ。
本尊の菩薩半跏像は教科書の写真などでも有名。 -
夢殿が垣根越しに見えてきた。
斑鳩宮跡(601年造営)に行信僧都(ぎょうしんそうず)という高僧が太子の遺徳をしのんで739年に上宮王院という伽藍を建立。
その中心となるのがこの夢殿となる。 -
八角円堂の中央に納められる厨子には
聖徳太子等身の秘仏、救世観音像が安置されている。
折りから10月22日から11月22日までこの厨子の扉が開帳されていて、救世観音像の拝顔ができる。
薄暗い堂内の厨子に、うっすらと埃のかかった観音様のお姿を格子越しに拝むことが出来た。でも全身のお姿は窺いしれない。
別の面からは行信僧都像なども。
この夢殿は西院伽藍とは別に、わざわざ東院伽藍が作られ
周囲をぐるりと回廊が巡らされた中に建立されていて、なにやら特別なお堂という印象があるように思う。 -
週間 ニッポンの国宝100
(小学館) 第7号
表紙写真
この救世観音像は明治17年(1884年)アメリカ人 フェノロサによって、寺の僧侶ですら見ることの許されなかった秘仏が開帳された。
当時、文部省の調査員として古社寺の宝物調査にあたっていた彼、
「プロフィルの美しさにおいて、古代ギリシャ彫刻に迫る」と絶賛された。
フェノロサが厨子を開くよう法隆寺の僧たちに説いた折り、僧たちは祟りがおこることを恐れ、その場から全員が立ち去ったそうだ。
開扉された折り、像は立ったまま457メートルもの木綿の布で巻かれた状態で納められていたそうだ。 -
久世観音像のアルカイックスマイルを
ギリシャ アクロポリス博物館 コレー像
(BC530年頃)と比較している。 -
救世観世音菩薩像
(wikiより借用) -
-
東大門から西院伽藍へと入る。
拝顔料は夢殿(東院伽藍)、西院伽藍、大宝蔵院とで1500円となる。 -
最初に上御堂(かみのみどう)へ行くように促されて向かった。
釈迦三尊像、四天王像の展示が11月1日から3日まで行われているとのこと。 -
釈迦三尊像
(wikiより画像を借用)
光背裏面には西暦623年、その前年になくなった聖徳太子のために、止利仏師が造ったとの銘があるそうだ。
光背の外枠の側面には、左右とも13個のほぞ穴が残っていて、更に外側には飛天像が取り付けられていたのではないかとの推測もあるようだ。そうするとサイズ的には三尊像が丁度納まる大きさになるようだ。 -
梅原氏による久世観音の光背についての記述には、引き込まれるものがある。
<仏像の意味をもっと深く考えさせるのは光背である。光背が直接、太い大きな釘で、仏像の頭の真後ろに打ち付けられている。日本ではふつう光背は百済観音のように、支え木で止められるのが常である。
とすると、この光背も故意なのである。重い、光背をこの仏像に背負わせ、しかも頭の真後ろに太い釘を打ちつける。
釘を打つのは呪詛の行為であり、殺意の表現なのである。> -
<聖なる御堂の聖なる観音に、恐るべき犯罪が行われている。ありうべからざることである。それがありうべからざることである故に、今まで誰一人として、この釘と光背の意味について疑おうともしなかった。しかしどうやらこの仏像の奇妙に腹を突き出した形は、あらかじめこの頭にのせられるべき重い光背を予想していたと思われる。とすれば、この仏像は重い光背を太い釘で頭の真後ろにうちこまれなければならない運命を持っていたのである。>
-
このような記述を読むと、どんどん惹き込まれていく。
現代の私たちは、歴史の結果を知識として学んできている。
そこに至るまでには、様々なストーリーがあっただろうことは想像に難くない。
中には正式な記録としては残せないような隠された事実もあることだろう。
なので梅原氏の、聖徳太子の封じ込まれた怨念説にも大いに頷けるものがある。
一方で、救世観音、光背、などで検索をしてみると、いまだに賛否両論があって、なかなか興味がつきない。
頭に光背が取り付けられた仏様は、当時は珍しいものではなく、実際、取り付ける為の金具がつけられた仏像もみられるそうだ。 -
まだ「隠された十字架 法隆寺論」は読み終わっていないが
この本を知って読んでみたことで
私の飛鳥時代に関する知識は、中学生レベルより格段に進歩したことは間違いないと自信をもっていえる。 -
その後、JR奈良駅まで戻り、国立博物館へ向かった。
折から開催されている正倉院展。
初めての試みという、入場時間を決めての予約制。
各時間毎に260人の枠に入場制限されている。
当日券は発売されないとのことから
3日、18時の入場券を予約していた。
当日は祭日の為、20時まで開場されていた。
ポスター写真は 南倉 紫檀槽琵琶 -
平螺鈿背円鏡 (南倉)
(へいらでんはいのえんきょう) -
紫皮裁文殊玉飾刺繍羅帯残欠 (中倉)
(むらさきがわさいもんしゅぎょく かざりししゅうらのおびざんけつ) -
粉地彩絵箱 (中倉)
(ふんじさいえはこ) -
雨に備えてか?入場待ちの行列の為に、テントが張りめぐらされていた。
予約時間の30分前から入場待ちができるので少し早めに行ってみたが
すでに50人ほどの列が出来ていた。
(写真は見学後に撮影) -
奈良国立博物館 (仏像館)
-
国立博物館から奈良町まではひとけの途絶えた道を歩いた。
go to eat キャンペーンを利用して奈良のレストランを応援しようと、事前にネットで検索していた。
奈良町にある 「TERRACE」という和食のレストランを予約してあった。 -
お店のホームページより写真を借用。
このカウンターの写真に惹かれて予約したお店。 -
和食とはいってもフレンチ風でもあるという。
シェフと、メニューと合わせて相談して白ワインを選択。
ワインの他に、手前のグラスにはおだしが注がれた。
更に軽く乾燥させた松茸のスライスもグラスに投入。 -
左は茶わん蒸し
ゆり根とカラスミの粉末が。 -
蓋物に大事に入れられてきたのは
最中だった。
封を切ると、最中には 「TETTACE」のロゴが。
中の餡は、フォアグラのムース風。
ブルーベリーのソース味がマッチしている。 -
上部は鏡貼りとなっているので、不思議な感覚。
-
白子のポン酢和え
-
入り口側、
天井高のある間口の狭い町屋風のつくり。 -
前菜二人前が盛り合わされている。
紅葉した柿の葉が添えられて秋の風情たっぷりに。
葉っぱの陰に
大和菊菜の和え物
カニとモズク酢
くるみ豆腐 などの小皿が隠れている。 -
中の一皿を取り出して
(上から右回りに)
黒イチジクの上には白ごま餡とマリーゴールドの花
鯖寿司
子芋、月ヶ瀬シソの穂のゆかり
粟ふの田楽
柿の上に白和えとクコの実 -
黒イチジクって?
と聞いてみたら、冷蔵庫から出して
実物を見せて下さった。
小ぶりで皮が黒い。 -
土瓶蒸し。
中の具は
五島列島のクエ
松茸のスライスをたっぷりと入れて。 -
おつくり
最初はナスタチウムの葉っぱに覆われていた。
カウンターの向こう側で盛り付ける手元が良く見えるので注目していると、
葉っぱに霧吹きで吹き付けて
水滴を作っておられた。
青森のマグロ (大間ではないが近くの港に水揚げされたもの)
北海道の天然ぶり(12キロサイズのもの)
上に散りばめられた新芽はホウレンソウとカラシナ
トリュフ入りのポン酢でいただいた。 -
アマダイの幽庵焼き
松茸、銀杏
廻りに散りばめられているのは プレス塩 というお塩
(塩の結晶を加圧して成形したものらしい。) -
この後
小皿が2品出たが
写真は撮り忘れたようだ。
味は きんぴらごぼう だが、なめらかで
トロっとしたムース?乳製品は入れておらず、企業秘密らしい。
金目鯛
たちばな
柚子胡椒風味 -
サンマ入りの
炊き込みご飯が最後に登場。
松茸のスライスと
サンマの肝から作ったソースも。 -
赤だしの味噌汁とお漬物とで
美味しくいただきました。
(残ったご飯はおにぎりにしてくださり、翌日の飛鳥でいただいた。) -
デザート
阿倍仲麻呂の句 が書かれたホワイトチョコ
「あまの原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも」
賞味期限10分(?)と言われた
ほうじ茶から作ったメレンゲ (すぐに溶けてしまうため?)
バニラアイス
さつまいものクリーム
栗の渋皮煮
ラフランスのソルベ
キャラメルのソース
go to eat のキャンペーンから、奈良の食事券 25000円分を購入
(支払いは20000円)
地域共通クーポンと共に、当日と翌日分二カ所のレストランにて利用した。
お昼過ぎに奈良に到着し、予定を忙しくこなしてホテルまではタクシーで戻った。
長かった1日が終わった。
翌日は再びの飛鳥へ。
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この旅行記へのコメント (15)
-
- わんぱく大将さん 2021/05/11 00:40:19
- 「隠された十字架」
- mistralさん
今回は奈良ですか。 そして、懐かしい本のタイトルを有難うございます。実はこの本、確か19歳くらいの時にすでに読んでいます。もう、手元にありませんが(たぶん、と思ったら預けてある段ボールのなかから出てくるかもです)
私もこの本によって歴史の見方が変わりましたね。話は飛びますが、この間TVで、
鎌倉幕府が開かれたのはいつですか?って質問で、そりゃ、いい国作ろう鎌倉幕府やろ(1192年でしょうが)と思っていたら今は違うんですってね。我々が見ていない時代、やはり勝利した側や、国がいいように作ったものが多いのではと。野史ってものは上の力によって消されてた? (まあ、今の時代でもそうですか)元号が違っていて、次の元号になってたとかの書き間違いもあったのかも? いや~わからんもんです。
正直、本に書かれた内容すべて憶えていないので、もう一度読んでみたいですね。
まあ、図書館位に行かないとないかもですね。
大将
- mistralさん からの返信 2021/05/11 11:32:17
- Re: 「隠された十字架」
- 大将さん
こちらにもコメントを有難うございます。
若き頃の私は、歴史は苦手でした。
暗記しなくてはならず、こんがらかった糸はただただ暗記に頼っていたので、それが苦手意識に繋がっていました。
今でしたら、その絡まり合う糸を解きほぐしていく事が、楽しみにもつながっていくようにもなって来ていますが。
そんな僅かな記憶、教科書に書かれたままからの知識でずっと生きて来たものですから、
「隠された十字架」を読んだときには驚きました。
もっと若い頃読んでいれば、歴史の見方が変わっていたのかもしれませんし、私には、今この年で出会った故に、こころに響いたのかもしれません。
大将さんはすでに19歳で読んでおられたんですね!
その後、飛鳥時代ごろの天皇家の政争、そこにまつわる敗れて命を落としていった皇子たちなど、芋づる式に興味が出てきて現在に至っています。
と言っても僅かこの半年ぐらいの間のことで大したことではないのですが。
コロナ禍で引きこもりを余儀なくされる折にはおあつらえ向きの題材でした。
正史とされるものが、権力を持った側にとって都合の良い歴史に書き換えられていたらしい事にびっくりです。
1192、いいくに、が今は鎌倉幕府成立年ではなくなっている!これにもびっくりです。
mistral
- わんぱく大将さん からの返信 2021/05/11 23:30:05
- Re: 「隠された十字架」
- mistralさん
確か、鎌倉幕府118?年か 忘れましたが、92年じゃないそうです。どういう経路というか、それがわかったのか、それもわからないです。
大将
-
- milkさん 2021/01/14 23:05:50
- 興味深いお話
- mistralさん、こんばんは☆
お元気でいらっしゃいますか?
コロナは勢いを止めることなく蔓延していますね(T_T)
また旅行も自粛モード...。
本当にいつになったら気兼ねなく行かれるようになるのでしょう。
救世観音像のお話、とっても興味深く読ませて頂きました。
457メートルもの布に巻かれていたなんて!
よほど祟りを恐れていたのですね。
夕食を召し上がっていたお店、とっても素敵ですね!
器も盛り付けも美しい☆
残念ながら好き嫌いの激しい私ではほとんどのものが食べられませんが(^^;)
自分では食べられるものだけ食べていれば満足なのですが、こんな素敵なお料理を見ていると「損しているのかな~?」と思えて来ました。
milk
- mistralさん からの返信 2021/01/15 11:54:11
- RE: 興味深いお話
- milkさん
こんにちは。
milkさんが着々とアップされる旅行記、楽しませて頂いてます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。
> コロナは勢いを止めることなく蔓延していますね(T_T)
> また旅行も自粛モード...。
> 本当にいつになったら気兼ねなく行かれるようになるのでしょう。
本当に!
奈良に行った折は、こうして少しずつでも国内旅行ができるようになって
喜んだものでした。
今は再び、、、ですね。
> 救世観音像のお話、とっても興味深く読ませて頂きました。
> 457メートルもの布に巻かれていたなんて!
> よほど祟りを恐れていたのですね。
聖徳太子の怨念を恐れた、との説
説得力があって、思わず読み進めました。
当時、色々な謀略などなど、渦巻いていたことでしょう。
正史からはわからない隠されたストーリーもたくさんあったのかも。
> 夕食を召し上がっていたお店、とっても素敵ですね!
> 器も盛り付けも美しい☆
> 残念ながら好き嫌いの激しい私ではほとんどのものが食べられませんが(^^;)
> 自分では食べられるものだけ食べていれば満足なのですが、こんな素敵なお料理を見ていると「損しているのかな??」と思えて来ました。
そうですね〜
milkさんが行かれたら、もったいないことに(笑)
無理されず、安心して召し上がれるお店を探して下さいませ。
きっとあるはず!
mistral
-
- cokemomoさん 2020/11/20 16:37:35
- 発見がいっぱいです。
- mistralさん、こんにちは。
奈良に行かれたことは存じていたので旅行記を楽しみにしていました。
梅原猛「隠された十字架」、全く知らなかったのですがmistralさんの引用とともに写真を見ているととても読みたくなりました。文庫本で600ページ!最近長編ものを読んでいないので読みおおせるか不安・・頑張ろう私。
三井瓦窯跡、しっかり登窯だった様子がうかがえるんですね。確か大量に焼き物を作るのに向いている窯だと思うのですが、瓦は大量に必要ですものね、斑鳩の寺院群を支えていたと思うと感慨深いです。
救世観音のお顔を拝見できたんですね。フェノロサが寺院に開帳をせまるくだり、祟りを恐れて僧侶が逃げ出すってどーーなの!?責任と誇りを持って立ち会えよとゲキを入れたくなります。
そういえば私が大好きな聖林寺の観音様もフェノロサが・・・
こちらの歴史と伝統を踏みにじる美術オタクという一面もありますが、ありがたくもあります。
お食事は素晴らしいですね!下戸の私はお腹いっぱいになる前に秋刀魚の炊き込みご飯を出して~~・・と泣きつきたい思いです。
報道される感染者数の増加に気持ちが塞ぐこの頃ですが、来月早々に奈良に行くつもりです。「咳をしてもひとり」旅、、です。
それでは続きを楽しみにしていますね!
- mistralさん からの返信 2020/11/20 20:18:58
- Re: 発見がいっぱいです。
- cokemomoさん
こんばんは。
いつもコメントをありがとうございます。
「隠された十字架」興味をそそられるでしょう!
私も、もっと、いえいえかなり、早くこの本に出会っていれば、日本史の興味が深まったのに、と思いました。
文庫本でも分厚くて、ちょっと大変そう感が満載。
いつもながら邪道な読み方をして、本の核心部分の
光背が頭に直付けされていることの意味、などが語られる
後半部分を先に読んでしまいました。
その結果、飛ばした部分が未だに終わらず、奈良から帰ってもまだ最後に到達せずです。
梅原さんによれば、代々の法隆寺の僧侶たちは、久世観音を
逗子から出すと、祟りが起こるからと言い含められ?
そのせいでフェノロサが扉を開くよう迫った折にはパニックに陥ったと。
それ程に長い間、聖徳太子の怨霊を封印しておきたかった
ようです。
桜井の聖林寺、今回は時間不足で、
安倍の文殊院までは行けましたが、聖林寺は断念。
十一面観音との出会いは次回へ先送りとなりました。
ここもフェノロサさんのお力でしたね。
海外がダメなら、とそれなりに腹を括ると
国内でも楽しめますね。
tapioca さん、マリアンヌさんも興味深いご本をガイドに
旅行記をアップされましたね。
伊東忠太さんの本で藤森さんが書かれている本、
買ってみようかなあ、など思案中です。
mistral
-
- マリアンヌさん 2020/11/17 16:13:27
- 魅惑の歴史
- mistralさん 再びこんにちは。
奈良に行かれてたのでしたね。お帰りなさい。
そういえば奈良って久しく・・・って25年位前に訪れた以来行ってないなぁと思いました。梅原猛著「隠された十字架 法隆寺論」興味をそそりますね。
邪馬台国、卑弥呼、飛鳥時代は謎に包まれているだけにフィクションを含め著書が多く一時は結構読みました。
<聖徳太子が亡くなった後、その子だった山背大兄王とその一族全員を殺害した黒幕は、実は中臣(藤原)鎌足だった。その結果、藤原氏一族は、後の世になっても聖徳太子の怨霊に畏れおののくこととなった。>
後に一世風靡した藤原氏一族なら、さもありなんという感じではありますよね。
高校時代、万葉集に出てくる草壁皇子・大津皇子・高市皇子・志貴皇子・有間皇子などの政争にはとても興味をおぼえました。
それにしても久世観音像のアルカイックスマイル、ギリシャのアクロポリス博物館のコレー像に似ていますね。まさにシルクロードを伝承したのでしょうか。
余談ですが、先日何かの番組で正倉院宝物には渡来と考えられてきたものが国産だったというものがあるって聞きました。案外、古人は優秀だったのですね。
斑鳩の地に馴染む三重塔や伽藍は、ほっこりしますね。歴史ロマンの地、行きたくなります。
デイナーはスタイリッシュなお店でとっても美味しそうでした。
やっぱり旅はいいですね。
マリアンヌ
- mistralさん からの返信 2020/11/17 21:26:13
- Re: 魅惑の歴史
- マリアンヌさん
こちらにもコメント、ありがとうございます。
奈良の地は、奥まった感があって、思い切らないと
ついつい億劫になってしまいます。
「隠された十字架」によると、藤原氏によって捏造された
歴史が、法隆寺の伽藍、仏像などから浮き彫りにされてきます。
哲学者なのに、その考証は歴史家?或いは推理作家?のようです。
そういえば飛鳥の石造物についての推理が述べられている
松本清張氏の「火の路」も、本職の作家の範疇を超えた
推理?考証?が展開されています。
どちらも、未だに読み終わりませんが。
マリアンヌさんもきっと興味を持たれるかも、です。
万葉集に出てくる皇子たちにまつわる政争
今回も、夫の希望で二上山を歩こうかと検討しましたが
9月の奥穂高登山中に怪我した本人がまだ本調子ではなさそうで、
またの機会にとなりました。
マリアンヌさんは万葉集を読んでおられたとのことですが
今でこそ、少しずつ飛鳥の地にも興味を持ちつつありますが
若かりしころは興味の対象外の地でした。
二度ほど飛鳥を歩いてみると
京都、奈良とは違った、魂に語りかけてくるものが
あるような気がしてきます。
木曜日、お会いできると嬉しいです。
mistral
-
- たらよろさん 2020/11/12 21:37:20
- コスモス
- こんばんは、mistralさん
やっぱり、GoToお値打ちですねー
特にツアーで申し込むと、新幹線代等もお安くなるし、
いやいや、お二人で5万円ちょっと…って、
凄いわー。
とは言いつつ、最近少しずつ感染者数がまた増えてきて…
なんとなく嫌な雰囲気ですが。
ところで、秋の花、コスモス☆
この不揃いな咲き方が、何となく奈良って感じで、
安心するなぁ。
って、変な意味じゃなく、揃ってないのが京都とは違うところ(笑)
こういう素朴さが奈良なんですよねー。
たらよろ
- mistralさん からの返信 2020/11/13 08:52:04
- Re: コスモス
- たらよろさん
おはようございます。
いつもコメントをおよせいただき、ありがとうございます。
嬉しいツアー料金でしたので、思わず価格を載せてしまいました。
この時期、それに乗って旅すること、どうかとも思われますが、とは言っても関連の業者さんたちへの影響は深刻なものと思われました。
当日のレストラン、翌日もそうでしたが
お客さんの数が本当に少ないのです。
どちらのレストランも美味しいお料理でしたので、
せっかくのシェフの腕前をふるえないことはお気の毒なことでした。
コスモスは地元の方々が休耕田を利用して育てておられるとのこと。
おっしゃるように、不揃いな育ち方ですね(笑)
そういうところに温かさを感じ、いつ行っても寛げるように思います。
mistral
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- しにあの旅人さん 2020/11/11 20:17:46
- こんばんは
- いつみてもいいですね、斑鳩。
誰が言ったか忘れましたが、ここは私たちのギリシャだ。
魂の故郷という意味だと思います。
8年前の最初の法隆寺旅でほぼ同じ道筋でした。
14日からまた飛鳥奈良旅です。法隆寺はもちろん行ってきます。今回は東伽藍がメイン。山背大兄王が自害した斑鳩宮の跡と言われております。
救世観音をご覧になったのですね。私たちもどうやら拝顔できそうです。
皆さんの旅行記が増えてきました。どうやらコロナと付き合いながら生きていく方策を皆さん身につけ始めたようです。要するに厳格に3密を避け、手洗い消毒を徹底すれば、さほど恐るに足らないということだと思います。
- mistralさん からの返信 2020/11/11 22:11:22
- Re: こんばんは
- しにあの旅人さん
こちらからも失礼します。
この時期になると、飛鳥奈良へとこころ惹かれることは
しにあの旅人さんと同じようです。
私も、「隠された十字架 法隆寺論」を読み、少しは
しにあの旅人さんの足元ぐらいまでは辿りつけたかもしれません。
今回も法隆寺へ行かれるとか。
しにあさんの追い求めておられるのものは何でしょうか?
興味ありますが、いずれ旅行記で明かされるんですね。
旅行記を楽しみにしております。
お気をつけて行ってらして下さい。
mistral
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- kummingさん 2020/11/10 18:20:40
- 隠された十字架♪
- 今、「隠された十字架」梅原猛著、第◯次ブームでしょうか?
高校時代の日本史の先生が、今で言うなら歴史上の陰謀論、教科書に書かれていない歴史の裏側、的な話ばかりの授業で、おぼこな小娘だった私、完全に洗脳されておりました。
「隠された十字架」は、その先生の強力なお薦めで、当時読んだのですが、今やさっぱり内容は記憶中に見る影もなし~。
mistralさんの濃厚な歴史を巡る旅、楽しみにしています♪
- mistralさん からの返信 2020/11/10 21:38:21
- Re: 隠された十字架♪
- kummingさん
こんばんは。
お久しぶりです。
嬉しいコメントをありがとうございました。
「隠された十字架」既にお読みだったんですね。
私も歴史上の陰謀論などの、面白くワクワクするような授業を受けていれば
もっと日本史、世界史も、が好きになっていたかも、です。
今、再びのブームになっているのかは、?ですが、久しぶりの興味深い本に出会いました。
奈良の地は、何やら隠された陰謀があちこちに埋もれているような気がして、発掘?してみたい気になります。
mistral
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