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トラピックスのホームページの日帰りバスツアーをチェックしていると「水戸偕楽園&筑波山梅林で梅鑑賞&那珂湊おさかな市場日帰り」という6,470円という安いツアーがありました。当初3月5日だけの設定ですが、その後何本かツアーも増えていました。思い返しても水戸の偕楽園に行った記憶が無く、父の遺した写真やアルバムにも記録がありません。ここへ行けば岡山の後楽園と金沢の兼六園には行っているので日本三名園のすべてに行ったことになります。この1月に天橋立に行ったことで日本三景も制覇していたので、旅の終活の第一歩として予約しました。母が「安芸の宮島にだけ行ったことが無い。」と言い残して亡くなったということも理由かもしれません。また、筑波山には子供の頃に家族5人で登ったことがありました。そんな思い出があったのもこのツアーを申し込んだ理由です。新宿を午前7時に出発して都内を横切って、隅田川に沿って北上して、三郷から常磐自動車道を水戸に向かいます。途中の守谷サービスエリアで20分のトイレ休憩があって、偕楽園までに到着したのは9時30分でした。駐車場から緩い坂道を登って15分くらいとバスに戻る時間を含めて70分の自由時間なので偕楽園の観梅は35分しかありません。コロナ禍ということもあり屋台の数も少ないので純粋に梅を見るだけの時間しかありません。その梅も白梅が5分咲きで紅梅はまだ3分咲きという感じでした。梅の種類も数多く、それぞれ見頃も違うようでした。軽く梅林を歩いて一番奥の「好文亭」の見学をして、水戸の梅大使のお嬢さんと記念写真を撮ってもらって時間切れです。偕楽園からはバスに乗って那珂湊のお魚センターへ向かいます。

トラピックス 水戸偕楽園&筑波山梅林で梅鑑賞&那珂湊おさかな市場日帰り(1)60歳にして水戸偕楽園で日本三名園を制覇する。

19いいね!

2022/03/05 - 2022/03/05

233位(同エリア911件中)

旅行記グループ 2022水戸・那珂湊・筑波の旅

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kojikoji

kojikojiさん

トラピックスのホームページの日帰りバスツアーをチェックしていると「水戸偕楽園&筑波山梅林で梅鑑賞&那珂湊おさかな市場日帰り」という6,470円という安いツアーがありました。当初3月5日だけの設定ですが、その後何本かツアーも増えていました。思い返しても水戸の偕楽園に行った記憶が無く、父の遺した写真やアルバムにも記録がありません。ここへ行けば岡山の後楽園と金沢の兼六園には行っているので日本三名園のすべてに行ったことになります。この1月に天橋立に行ったことで日本三景も制覇していたので、旅の終活の第一歩として予約しました。母が「安芸の宮島にだけ行ったことが無い。」と言い残して亡くなったということも理由かもしれません。また、筑波山には子供の頃に家族5人で登ったことがありました。そんな思い出があったのもこのツアーを申し込んだ理由です。新宿を午前7時に出発して都内を横切って、隅田川に沿って北上して、三郷から常磐自動車道を水戸に向かいます。途中の守谷サービスエリアで20分のトイレ休憩があって、偕楽園までに到着したのは9時30分でした。駐車場から緩い坂道を登って15分くらいとバスに戻る時間を含めて70分の自由時間なので偕楽園の観梅は35分しかありません。コロナ禍ということもあり屋台の数も少ないので純粋に梅を見るだけの時間しかありません。その梅も白梅が5分咲きで紅梅はまだ3分咲きという感じでした。梅の種類も数多く、それぞれ見頃も違うようでした。軽く梅林を歩いて一番奥の「好文亭」の見学をして、水戸の梅大使のお嬢さんと記念写真を撮ってもらって時間切れです。偕楽園からはバスに乗って那珂湊のお魚センターへ向かいます。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
観光バス 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • 今回の日帰りツアーは新宿センタービルを午前7時に出発するので6時30分を目指して大江戸線で都庁前駅に向かいます。土曜日の早朝なので新宿駅方面へ向かう地下道に人の姿はありません。ただ、都庁の地下の駐車場はスキーやスノーボードのツアーバスが出るようで、大きな荷物を持った若者でいっぱいでした。

    今回の日帰りツアーは新宿センタービルを午前7時に出発するので6時30分を目指して大江戸線で都庁前駅に向かいます。土曜日の早朝なので新宿駅方面へ向かう地下道に人の姿はありません。ただ、都庁の地下の駐車場はスキーやスノーボードのツアーバスが出るようで、大きな荷物を持った若者でいっぱいでした。

    都庁前駅

  • 地下道を新宿センタービルに向かいましたが、土曜日なのでシャッターが降りていました。こちらの地下道も歩いている人の姿は稀です。

    地下道を新宿センタービルに向かいましたが、土曜日なのでシャッターが降りていました。こちらの地下道も歩いている人の姿は稀です。

  • 今も昔も猫は人気があるのだと実感します。

    今も昔も猫は人気があるのだと実感します。

  • ハローキティと記念写真です。朝から足がちょっと痛いようなので念のためにストック持参です。

    ハローキティと記念写真です。朝から足がちょっと痛いようなので念のためにストック持参です。

  • 都庁ビルに朝日が当たってきれいでした。

    都庁ビルに朝日が当たってきれいでした。

  • モードセンタービルの写真も撮っておきます。この歩道橋を渡らないで左に進めばSOMPO美術館があります。2月下旬に行った「大塚国際美術館」でゴッホのヒマワリを見たばかりなので、近いうちに来たいと思います。妻を連れてくるには美味しいお店も探しておかないとなりません。

    モードセンタービルの写真も撮っておきます。この歩道橋を渡らないで左に進めばSOMPO美術館があります。2月下旬に行った「大塚国際美術館」でゴッホのヒマワリを見たばかりなので、近いうちに来たいと思います。妻を連れてくるには美味しいお店も探しておかないとなりません。

  • 検温と健康確認シートを提出して手続きは終わりです。トラピックスの案内は少しわかりにくく、多くの人がここで用紙を貰って健康確認シートを記入しています。挙句に4人のグループが遅れていて出発も遅れました。

    検温と健康確認シートを提出して手続きは終わりです。トラピックスの案内は少しわかりにくく、多くの人がここで用紙を貰って健康確認シートを記入しています。挙句に4人のグループが遅れていて出発も遅れました。

  • 隅田川に沿って首都高6号線を走ると「厩橋」が見えました。明治5年の1872年に花見客の人出で、渡し舟が転覆する事故があったことから「三途の渡し」と揶揄されていたこともあったそうです。これから花見に行くのに縁起でもない話です。

    隅田川に沿って首都高6号線を走ると「厩橋」が見えました。明治5年の1872年に花見客の人出で、渡し舟が転覆する事故があったことから「三途の渡し」と揶揄されていたこともあったそうです。これから花見に行くのに縁起でもない話です。

  • 継ぎは「駒形橋」ですね。関東大震災後の復興計画により現在の橋がはじめて架橋されましたが、それまでは「駒形の渡し」があった場所です。

    継ぎは「駒形橋」ですね。関東大震災後の復興計画により現在の橋がはじめて架橋されましたが、それまでは「駒形の渡し」があった場所です。

  • そして「吾妻橋」を通過すると浅草の雷門方面が見えました。曲面の影はアサヒビールの屋上の黄金のオブジェのものです。

    そして「吾妻橋」を通過すると浅草の雷門方面が見えました。曲面の影はアサヒビールの屋上の黄金のオブジェのものです。

    駒形橋 名所・史跡

  • 「白髭橋」で、もともと「橋場の渡し」と「白鬚の渡し」という渡船場があった場所です。妻と「そういえば成田エクスプレスとかスカイライナーはどうなってんだろうね。」と話をしていると。

    「白髭橋」で、もともと「橋場の渡し」と「白鬚の渡し」という渡船場があった場所です。妻と「そういえば成田エクスプレスとかスカイライナーはどうなってんだろうね。」と話をしていると。

  • 荒川を渡って首都高中央環状線に入ったところで京成線の上を渡るときに鉄橋を渡るスカイライナーが見えました。調べてみるとスカイライナーはコロナ前と変わらず運行しているようです。成田エキスプレスは減便になったり、千葉駅に停車して旅行客以外に対応しているようです。

    荒川を渡って首都高中央環状線に入ったところで京成線の上を渡るときに鉄橋を渡るスカイライナーが見えました。調べてみるとスカイライナーはコロナ前と変わらず運行しているようです。成田エキスプレスは減便になったり、千葉駅に停車して旅行客以外に対応しているようです。

  • 首都高環状線に入ったところでようやくスカイツリーが見えました。近くを通過していても反対側の車窓なので見えませんでした。

    首都高環状線に入ったところでようやくスカイツリーが見えました。近くを通過していても反対側の車窓なので見えませんでした。

  • 常磐自動車道に入って午前8時10分に守谷サービスエリアでトイレ休憩が20分ありました。自分で車を運転しないので知りませんでしたが、最近のサービスエリアはきれいになっています。

    常磐自動車道に入って午前8時10分に守谷サービスエリアでトイレ休憩が20分ありました。自分で車を運転しないので知りませんでしたが、最近のサービスエリアはきれいになっています。

    守谷サービスエリア 下り 道の駅

  • 時間が早いのでフードコートの店のほとんどが開いていませんでしたが、有名な店がたくさん入っています。

    時間が早いのでフードコートの店のほとんどが開いていませんでしたが、有名な店がたくさん入っています。

  • 水戸納豆の包装を見ていて、1985年の筑波科学万博の年に筑波西武開店プロジェクトや1988年に水戸西武のオープニングの仕事で行った際に納豆を買ったことを思い出しました。水戸の仕事では妻がディレクションしていたので長い付き合いになりました。

    水戸納豆の包装を見ていて、1985年の筑波科学万博の年に筑波西武開店プロジェクトや1988年に水戸西武のオープニングの仕事で行った際に納豆を買ったことを思い出しました。水戸の仕事では妻がディレクションしていたので長い付き合いになりました。

  • 遠くに筑波山が見えました。水戸偕楽園から那珂湊へ行った後は筑波山まで行く予定です。

    遠くに筑波山が見えました。水戸偕楽園から那珂湊へ行った後は筑波山まで行く予定です。

  • バスは千波湖の湖畔を進んでバスの駐車場に向かいます。

    バスは千波湖の湖畔を進んでバスの駐車場に向かいます。

  • 湖を見て水戸徳川家のどなたかが中国の杭州の西湖堤を模したのかと思いました。調べてみると江戸初期に徳川光圀が千波池に「西湖」の景を意図した可能性は高いようで、千波湖の北に保存されている東西に長い堤を「西湖蘇堤」を模して造られたことただけは間違いないようです。

    湖を見て水戸徳川家のどなたかが中国の杭州の西湖堤を模したのかと思いました。調べてみると江戸初期に徳川光圀が千波池に「西湖」の景を意図した可能性は高いようで、千波湖の北に保存されている東西に長い堤を「西湖蘇堤」を模して造られたことただけは間違いないようです。

  • 徳川斉昭の銅像に尋ねても答えは返ってきません。バスの駐車場から偕楽園までは歩いて15分くらいかかるようです。往復で30分近くかかりますが、ここでの自由時間は70分しかありません。

    徳川斉昭の銅像に尋ねても答えは返ってきません。バスの駐車場から偕楽園までは歩いて15分くらいかかるようです。往復で30分近くかかりますが、ここでの自由時間は70分しかありません。

    水戸黄門像 名所・史跡

  • 偕楽園は水戸徳川家9代藩主徳川斉昭(烈公)が、天保4年の1833年頃に千波湖の北にあたる七面山を切り開いて梅園としたもので、梅の名所として知られています。

    偕楽園は水戸徳川家9代藩主徳川斉昭(烈公)が、天保4年の1833年頃に千波湖の北にあたる七面山を切り開いて梅園としたもので、梅の名所として知られています。

  • その後に園は拡張され天保12年の1840年には大規模な庭になりました。斉昭は水戸藩の民衆と共に園を楽しむ事を理想とし、中国の古典「孟子」にある「古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり」の語から採り「偕楽園」と命名したそうです。今も園内には斉昭自筆の石碑「偕楽園記」が保存されています。

    その後に園は拡張され天保12年の1840年には大規模な庭になりました。斉昭は水戸藩の民衆と共に園を楽しむ事を理想とし、中国の古典「孟子」にある「古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり」の語から採り「偕楽園」と命名したそうです。今も園内には斉昭自筆の石碑「偕楽園記」が保存されています。

  • 妻と2人で中国を旅していた頃に蘇州から杭州まで夜行のフェリーに乗ったことがあります。京杭運河の最後を体験したかったのですが、外国人旅行者など皆無の楽しい体験をしました。残念ながらその航路は中国の発展と共に無くなってしまいました。<br />早朝にホテルまでタクシーを飛ばしましたが、チェックインを無理に午前9時にしてもらいながら、西湖堤を湖の半分歩いてしまい、妻に怒られたことを思い出しました。<br />京杭運河:https://4travel.jp/travelogue/10353804<br />西湖堤:https://4travel.jp/travelogue/10353812

    妻と2人で中国を旅していた頃に蘇州から杭州まで夜行のフェリーに乗ったことがあります。京杭運河の最後を体験したかったのですが、外国人旅行者など皆無の楽しい体験をしました。残念ながらその航路は中国の発展と共に無くなってしまいました。
    早朝にホテルまでタクシーを飛ばしましたが、チェックインを無理に午前9時にしてもらいながら、西湖堤を湖の半分歩いてしまい、妻に怒られたことを思い出しました。
    京杭運河:https://4travel.jp/travelogue/10353804
    西湖堤:https://4travel.jp/travelogue/10353812

  • 桜川を渡る橋の上からは「好文亭」の建物がきれいに見えました。

    桜川を渡る橋の上からは「好文亭」の建物がきれいに見えました。

  • 梅林に行かなくても仙波湖に向かって南側の斜面の梅は見頃になっていました。湖面に反射する光や見辺りが良いのでこの辺りが一番きれいに咲いていたかもしれません。

    梅林に行かなくても仙波湖に向かって南側の斜面の梅は見頃になっていました。湖面に反射する光や見辺りが良いのでこの辺りが一番きれいに咲いていたかもしれません。

  • 添乗員さんによると今年は梅の開花が遅いとのことでした。桜は3月17日頃が開花宣言みたいなので、今年は桜冬目と梅が一緒のタイミングなのかもしれません。

    添乗員さんによると今年は梅の開花が遅いとのことでした。桜は3月17日頃が開花宣言みたいなので、今年は桜冬目と梅が一緒のタイミングなのかもしれません。

  • 全員で東門の料金所まで行って、添乗員さんがチケットを買ってくるのを待ちます。<br />入場料の300円はツアー代金に含まれていますが、好文亭の入場料200円は各自払いでした。

    全員で東門の料金所まで行って、添乗員さんがチケットを買ってくるのを待ちます。
    入場料の300円はツアー代金に含まれていますが、好文亭の入場料200円は各自払いでした。

  • チケットを受け取った後は各自で10時50分までにバスの駐車場に戻ります。

    チケットを受け取った後は各自で10時50分までにバスの駐車場に戻ります。

    第130回水戸の梅まつり 祭り・イベント

  • 斉昭公生誕二百年記念植樹と看板の立てられた紅梅はまだ蕾だけで花は咲いていませんでした。来るのは1週間は速かったのかもしれません。

    斉昭公生誕二百年記念植樹と看板の立てられた紅梅はまだ蕾だけで花は咲いていませんでした。来るのは1週間は速かったのかもしれません。

  • 水戸では白梅の方が早く開花していましたが、筑波梅林では紅梅の方が早かったようです。

    水戸では白梅の方が早く開花していましたが、筑波梅林では紅梅の方が早かったようです。

  • 偕楽園には数多くの梅の種類があるようで、名前のプレートの吊るされた樹もありました。桜の場合は河津桜とかソメイヨシノとか姿や色が決まった樹木が並んでいるので種類などあまり気にしませんが、梅を見るのはそう簡単なことではなさそうです。

    偕楽園には数多くの梅の種類があるようで、名前のプレートの吊るされた樹もありました。桜の場合は河津桜とかソメイヨシノとか姿や色が決まった樹木が並んでいるので種類などあまり気にしませんが、梅を見るのはそう簡単なことではなさそうです。

  • 今回は全く気にしないで花見をしてしまいましたが、偕楽園の中には花の形や香り、色などが特に優れているものを6品種選び、昭和9年に水戸の六名木としたそうです。これは帰ってからもらってきたパンフレットで知ったことです。花の咲く季節はバラバラなので、すべてを見るには何度も通わなければならなさそうです。以下種類を紹介しますが、写真とはリンクしていません。

    今回は全く気にしないで花見をしてしまいましたが、偕楽園の中には花の形や香り、色などが特に優れているものを6品種選び、昭和9年に水戸の六名木としたそうです。これは帰ってからもらってきたパンフレットで知ったことです。花の咲く季節はバラバラなので、すべてを見るには何度も通わなければならなさそうです。以下種類を紹介しますが、写真とはリンクしていません。

  • 烈公梅(れっこうばい)<br />開花期は1月下旬から2月下旬。薄紅色の大輪で、一重咲きです。花弁が一枚一枚離れています。水戸にしかない品種とされ、偕楽園を造った徳川斉昭公の別称「烈公」にちなんで名付けられました。(茨城県HP)

    烈公梅(れっこうばい)
    開花期は1月下旬から2月下旬。薄紅色の大輪で、一重咲きです。花弁が一枚一枚離れています。水戸にしかない品種とされ、偕楽園を造った徳川斉昭公の別称「烈公」にちなんで名付けられました。(茨城県HP)

  • 白難波(しろなにわ)<br />開花期は1月下旬から2月下旬。やや早咲きの白色中輪で、ほころびたときの微かな淡紅色が開花したのちも花の外側に残るのが特徴です。(茨城県HP)

    白難波(しろなにわ)
    開花期は1月下旬から2月下旬。やや早咲きの白色中輪で、ほころびたときの微かな淡紅色が開花したのちも花の外側に残るのが特徴です。(茨城県HP)

  • 月影(つきかげ)<br />開花期は2月中旬から3月上旬。青白い花色と言われていますが、うすい黄緑に見えます。丸くて厚い花弁、しべが豪華で落ち着いた雰囲気を持ちます。花の輪郭が特に美しく、香りも強いです。(茨城県HP)

    月影(つきかげ)
    開花期は2月中旬から3月上旬。青白い花色と言われていますが、うすい黄緑に見えます。丸くて厚い花弁、しべが豪華で落ち着いた雰囲気を持ちます。花の輪郭が特に美しく、香りも強いです。(茨城県HP)

  • 江南所無(こうなんしょむ)<br />開花期はやや遅く3月上旬から4月上旬。明るい紅色の大輪で、花弁は厚く、しべを抱え込むように咲きます。徳川光圀(水戸黄門)の師であった中国の儒学者・朱舜水が日本にもたらした品種と言われます。江南地方(中国)にこれ以上の梅はないと言う意味で名付けられたという説があります。(茨城県HP)

    江南所無(こうなんしょむ)
    開花期はやや遅く3月上旬から4月上旬。明るい紅色の大輪で、花弁は厚く、しべを抱え込むように咲きます。徳川光圀(水戸黄門)の師であった中国の儒学者・朱舜水が日本にもたらした品種と言われます。江南地方(中国)にこれ以上の梅はないと言う意味で名付けられたという説があります。(茨城県HP)

  • 柳川枝垂(やながわしだれ)<br />開花期は2月上旬から3月上旬。淡紅色中輪の一重咲きです。つぼみは濃紅色の萼(がく)に包まれています。開花すると萼(がく)は反り返えり、淡紅色の花弁が現れます。(茨城県HP)

    柳川枝垂(やながわしだれ)
    開花期は2月上旬から3月上旬。淡紅色中輪の一重咲きです。つぼみは濃紅色の萼(がく)に包まれています。開花すると萼(がく)は反り返えり、淡紅色の花弁が現れます。(茨城県HP)

  • 虎の尾(とらのお)<br />開花期は2月上旬~3月上旬。八重中輪で萼が赤紅色です。開き始めは薄紅色、開花後は白色となります。雌しべは短く2本以上あるものが多く見られます。若い莢(さや)は黄緑色です。(茨城県HP)

    虎の尾(とらのお)
    開花期は2月上旬~3月上旬。八重中輪で萼が赤紅色です。開き始めは薄紅色、開花後は白色となります。雌しべは短く2本以上あるものが多く見られます。若い莢(さや)は黄緑色です。(茨城県HP)

  • 個人的には紅梅よりこれくらいシンプルな白梅が美しいと思えました。

    個人的には紅梅よりこれくらいシンプルな白梅が美しいと思えました。

  • あまり時間はありませんが、「好文亭」の見学にも行きました。

    あまり時間はありませんが、「好文亭」の見学にも行きました。

  • 「好文」とは梅の異名で、西晋の初代皇帝武帝の「学問に親しめば梅が咲き、学問を廃すれば咲かなかった」という故事にもとづいて斉昭が名づけました。

    「好文」とは梅の異名で、西晋の初代皇帝武帝の「学問に親しめば梅が咲き、学問を廃すれば咲かなかった」という故事にもとづいて斉昭が名づけました。

  • 昭和20年の1945年8月2日未明の水戸空襲で全焼しましたが昭和30年の1955年から3年をかけて復元され現在に至っています。

    昭和20年の1945年8月2日未明の水戸空襲で全焼しましたが昭和30年の1955年から3年をかけて復元され現在に至っています。

  • 元々の「好文亭」には幕末っ水戸画壇の第一人者である萩谷せん喬を中心に小松玄甫、岡田一琢、三好守真などに描かれた文人画風の墨絵の襖絵や杉戸絵があったようです。

    元々の「好文亭」には幕末っ水戸画壇の第一人者である萩谷せん喬を中心に小松玄甫、岡田一琢、三好守真などに描かれた文人画風の墨絵の襖絵や杉戸絵があったようです。

  • 復元された襖絵の復元には東京芸術大学の教官であった須田珙中と田中青坪の2人が尽力したそうです。

    復元された襖絵の復元には東京芸術大学の教官であった須田珙中と田中青坪の2人が尽力したそうです。

  • 奥御殿は茅葺で屋根が葺かれ、その造形は調和のとれた素朴で清雅な風情を感じさせます。奥御殿は10室からなる質素な平造りで、藩主夫人などの休養の場ですが、城中が出火した場合の備えでもあったようです。

    奥御殿は茅葺で屋根が葺かれ、その造形は調和のとれた素朴で清雅な風情を感じさせます。奥御殿は10室からなる質素な平造りで、藩主夫人などの休養の場ですが、城中が出火した場合の備えでもあったようです。

  • 「桃の間」<br />総板敷ので厨(くりや)として食事の準備に使われた部屋です。桃の木を配した14面の襖が囲んだ空間になっています。青々とした松葉が画面を分断して空間に変化をつけています。

    「桃の間」
    総板敷ので厨(くりや)として食事の準備に使われた部屋です。桃の木を配した14面の襖が囲んだ空間になっています。青々とした松葉が画面を分断して空間に変化をつけています。

  • 大名の御殿とは思えない文人趣味の素朴な造りに好感を持てます。まるで富岡鉄斎の南画の中に迷い込んだような気分になってきます。

    大名の御殿とは思えない文人趣味の素朴な造りに好感を持てます。まるで富岡鉄斎の南画の中に迷い込んだような気分になってきます。

  • 茅葺の屋根と土壁と蔀戸のような粗末な板戸の組み合わせのようですが、雨樋は銅で造られた高級なものです。粗末に見えても大名の趣味なのだと感じます。

    茅葺の屋根と土壁と蔀戸のような粗末な板戸の組み合わせのようですが、雨樋は銅で造られた高級なものです。粗末に見えても大名の趣味なのだと感じます。

  • 「つつじの間」<br />藩主夫人のお付きの婦人たちの詰め所として使われたようです。霧島つつじが美しく描かれています。昔、外祖母に連れられて桂離宮の御殿の中から眺めた霧島つつじの美しさを思い出しました。

    「つつじの間」
    藩主夫人のお付きの婦人たちの詰め所として使われたようです。霧島つつじが美しく描かれています。昔、外祖母に連れられて桂離宮の御殿の中から眺めた霧島つつじの美しさを思い出しました。

  • 「紅葉の間」<br />紅葉の間は続く松の間の控えの間として使われました。

    「紅葉の間」
    紅葉の間は続く松の間の控えの間として使われました。

  • 「松の間」藩主夫人の座所及び奥対面室として使用されました。

    「松の間」藩主夫人の座所及び奥対面室として使用されました。

  • 見事な松の描かれた襖絵で囲われています。

    見事な松の描かれた襖絵で囲われています。

  • 昨年12月に鹿児島の仙厳園で島津家の御殿を見てきましたが、それとはまた違った美しさを感じる御殿だと思います。

    昨年12月に鹿児島の仙厳園で島津家の御殿を見てきましたが、それとはまた違った美しさを感じる御殿だと思います。

  • 見学は廊下を周りながら進むので反対側の廊下から紅葉の間の襖絵を見ることが出来ました。

    見学は廊下を周りながら進むので反対側の廊下から紅葉の間の襖絵を見ることが出来ました。

  • 「竹の間」<br />続く「梅の間」と「清の間」は明治2年に城下町の中御殿から移築したもので、斉昭夫人の貞芳院が明治6年まで住んでいました。

    「竹の間」
    続く「梅の間」と「清の間」は明治2年に城下町の中御殿から移築したもので、斉昭夫人の貞芳院が明治6年まで住んでいました。

  • 気持ちの良い縁側ですが、たぶん毎朝夕に雨戸を開け閉めしてる方がいるのだと思いますが大変な仕事だと思います。母の実家である京都の二条陣屋の雨戸の開け閉めを手伝ったことがありましたが、1回だけで嫌になりました。

    気持ちの良い縁側ですが、たぶん毎朝夕に雨戸を開け閉めしてる方がいるのだと思いますが大変な仕事だと思います。母の実家である京都の二条陣屋の雨戸の開け閉めを手伝ったことがありましたが、1回だけで嫌になりました。

  • 「梅の間」<br />琳派の紅梅白梅の襖絵が一番見事でした。満月の月光の下に浮かび上がる白梅が幻想的です。

    「梅の間」
    琳派の紅梅白梅の襖絵が一番見事でした。満月の月光の下に浮かび上がる白梅が幻想的です。

  • この白梅の絵を見たので表の梅は見なくても十分な気になります。母の実家では部屋が多いので、昔は宿屋のようなこともしていたらしく、土田麦僊など画家の方も宿泊していたそうです。外祖母に「麦僊さんの奥さんが見えたときに、一面の桜の絵を描くときなどは絵の具を溶くのを手伝うので大変です。」なんて聞いた話を思い出しました。

    この白梅の絵を見たので表の梅は見なくても十分な気になります。母の実家では部屋が多いので、昔は宿屋のようなこともしていたらしく、土田麦僊など画家の方も宿泊していたそうです。外祖母に「麦僊さんの奥さんが見えたときに、一面の桜の絵を描くときなどは絵の具を溶くのを手伝うので大変です。」なんて聞いた話を思い出しました。

  • 妻はどんどん先に行ってしまいます。

    妻はどんどん先に行ってしまいます。

  • 「竹の間」

    「竹の間」

  • 「萩の間」<br />この萩の絵も見事でした。

    「萩の間」
    この萩の絵も見事でした。

  • 足元には2羽の白兎が描かれています。月は描かれていませんが中秋の頃の情景なのだと感じます。嵐山の吉兆の座敷から宵の月明かりに照らされた萩がきれいだったことを思い出しました。

    足元には2羽の白兎が描かれています。月は描かれていませんが中秋の頃の情景なのだと感じます。嵐山の吉兆の座敷から宵の月明かりに照らされた萩がきれいだったことを思い出しました。

  • 「桜の間」

    「桜の間」

  • 桜の間と続くつつじの間で部屋を一周してきたことが分かりました。

    桜の間と続くつつじの間で部屋を一周してきたことが分かりました。

  • ここから奥には太鼓橋廊下を渡っていきます。

    ここから奥には太鼓橋廊下を渡っていきます。

  • 「華燈口」<br />好文亭本館と奥御殿を結ぶ太鼓橋廊下の本館側にある出入り口です。2畳の座敷に華やかな燭台が据えられ、茶坊主が控えていました。杉戸に描かれた華麗な色紙短冊は水戸家所蔵の古色紙短冊から選ばれました。

    「華燈口」
    好文亭本館と奥御殿を結ぶ太鼓橋廊下の本館側にある出入り口です。2畳の座敷に華やかな燭台が据えられ、茶坊主が控えていました。杉戸に描かれた華麗な色紙短冊は水戸家所蔵の古色紙短冊から選ばれました。

  • 1月に行った姫路城の外壁に見える華燈窓を思い出します。

    1月に行った姫路城の外壁に見える華燈窓を思い出します。

  • 「東塗縁広間」<br />斉昭が領内の80歳以上の家臣と90歳以上の庶民を招いて、養老の会を開いた場所です。藩主から綿入羽織など記念の品が贈られました。

    「東塗縁広間」
    斉昭が領内の80歳以上の家臣と90歳以上の庶民を招いて、養老の会を開いた場所です。藩主から綿入羽織など記念の品が贈られました。

  • 左の引き戸は網代編みと竹ひごを編んだ障子という珍しい造りになっています。杉戸に描かれた墨絵の梅の絵がさらに強い文人趣味を感じます。

    左の引き戸は網代編みと竹ひごを編んだ障子という珍しい造りになっています。杉戸に描かれた墨絵の梅の絵がさらに強い文人趣味を感じます。

  • 狭い階段を上がって2階に登りました。

    狭い階段を上がって2階に登りました。

  • 「楽寿楼」<br />三方面に広がる近景、遠景を楽しみ、思考を練り、鋭気を養うための部屋です。表門から続く狭い視野がここで一気に拡がり、感動を呼び起こすようにと、視野を妨げぬように、戸袋を配置するなど、細かい心配りが見てとれます。創建時の床柱は島津斉彬から送られた薩摩竹でした。ここからは見晴広場と仙変台がきれいに見渡せました。

    「楽寿楼」
    三方面に広がる近景、遠景を楽しみ、思考を練り、鋭気を養うための部屋です。表門から続く狭い視野がここで一気に拡がり、感動を呼び起こすようにと、視野を妨げぬように、戸袋を配置するなど、細かい心配りが見てとれます。創建時の床柱は島津斉彬から送られた薩摩竹でした。ここからは見晴広場と仙変台がきれいに見渡せました。

  • 先ほど渡ってきた太鼓橋廊下が建物に対して斜めになっているのがよく分かります。

    先ほど渡ってきた太鼓橋廊下が建物に対して斜めになっているのがよく分かります。

  • 奥座敷の屋根は杮(こけら)葺きだと分かりました。

    奥座敷の屋根は杮(こけら)葺きだと分かりました。

  • 島津斉彬から送られた薩摩竹だった床柱は現在も太い孟宗竹になっています。脂分が抜けているのか、白い粉を吹いたようになっていました。

    島津斉彬から送られた薩摩竹だった床柱は現在も太い孟宗竹になっています。脂分が抜けているのか、白い粉を吹いたようになっていました。

  • 廊下側の窓は円窓になっていました。「円相(えんそう)」は禅における書画のひとつで、図形の丸(円形)を一筆で描いたもので、悟りや真理、仏性、宇宙全体などを円形で象徴的に表現したものとされます。また「円窓」と書いて「己の心をうつす窓」という意味で用いられます。

    廊下側の窓は円窓になっていました。「円相(えんそう)」は禅における書画のひとつで、図形の丸(円形)を一筆で描いたもので、悟りや真理、仏性、宇宙全体などを円形で象徴的に表現したものとされます。また「円窓」と書いて「己の心をうつす窓」という意味で用いられます。

  • 妻が「そろそろ戻らないと時間に間に合わないわよ。」と声を掛けてくれて我に返ります。残り時間は20分くらいしかありません。

    妻が「そろそろ戻らないと時間に間に合わないわよ。」と声を掛けてくれて我に返ります。残り時間は20分くらいしかありません。

  • 梅は5分咲きでしたが水戸の梅大使は若さ満開でしたので、記念写真を撮っていただいてバスに戻ることにします。

    梅は5分咲きでしたが水戸の梅大使は若さ満開でしたので、記念写真を撮っていただいてバスに戻ることにします。

  • 見晴広場は右手に見ながら通過します。

    見晴広場は右手に見ながら通過します。

  • 帰り道は下り坂なので少しは楽でした。

    帰り道は下り坂なので少しは楽でした。

  • やはり南斜面の梅が一番きれいに咲いていました。

    やはり南斜面の梅が一番きれいに咲いていました。

  • 好文亭もこれが見納めです。

    好文亭もこれが見納めです。

  • 千波湖では噴水が元気よく水を噴き上げています。そういえば杭州の西湖でも巨大な噴水ショーがあったことを思い出しました。<br />杭州西湖:https://4travel.jp/travelogue/10353812

    千波湖では噴水が元気よく水を噴き上げています。そういえば杭州の西湖でも巨大な噴水ショーがあったことを思い出しました。
    杭州西湖:https://4travel.jp/travelogue/10353812

  • そうするとやっぱりこれは白居易の白堤や蘇軾(蘇東坡)の「蘇堤」にしか見えてきません。

    そうするとやっぱりこれは白居易の白堤や蘇軾(蘇東坡)の「蘇堤」にしか見えてきません。

  • 昨年の夏に支笏湖で乗ることが出来なかったスワンボートを思い出します。時間があって、妻を誘っても絶対ダメと言われると思います。

    昨年の夏に支笏湖で乗ることが出来なかったスワンボートを思い出します。時間があって、妻を誘っても絶対ダメと言われると思います。

  • シロサギが1羽じっとして魚を狙っていました。この近くに鷺山があるのでしょうか。

    シロサギが1羽じっとして魚を狙っていました。この近くに鷺山があるのでしょうか。

  • 時間前に駐車場に到着しました。ここからは那珂湊に移動して自由昼食と買い物が待っています。

    時間前に駐車場に到着しました。ここからは那珂湊に移動して自由昼食と買い物が待っています。

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