モスタル旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2014年の9月にクロアチアとスロヴェニアを旅行してきました。<br />旧ユーゴスラヴィア内線から20年余りが経過し、いまや観光客に絶大な人気を誇る国となったクロアチア。以前から行きたいと思っていました。<br />アドリア海の真珠と言われる美しい街ドゥブロヴニク、古代ローマの城跡が残るスプリット、美しい湖で知られるプリトヴィツェ国立公園、古都ザグレブなど魅力的な観光地は枚挙に暇がありません。<br />ただ、残念なことに鉄道の便は非常に悪く、沿岸部のスプリットとザグレブを結ぶ路線は1日2往復しか走っておらず、有名観光地のドブロブニクには鉄道自体が走っていません。必然的にクロアチア国内の移動はバスが主体となります。<br />一方で隣国のスロヴェニアはイタリアの隣国だけに鉄道が発達しており、主だった町は鉄道で移動することができます。<br />ドゥブロヴニクからは入り江の奥にある港町コトルやイスラムの影響が残るモスタルに足を伸ばすのですが、鉄道はおろか路線バスもほとんど無いので、現地の日帰り観光ツアーに申し込みました。<br /><br />訪問したのはクロアチアではアドリア海の真珠ドゥブロヴニク、古代ローマの城跡が残るスプリット、美しい湖で知られるプリトヴィツェ、古都ザグレブ。隣国スロベニアは首都のリュブリャナとブレッド湖。駅前広場が国境と言う不思議な街ノヴァ・ゴリツァ、カムニク。さらにはドブロブニクから足を伸ばしてモンテネグロの歴史ある港町コトル、イスラムとキリスト文化が融合する町であり、今なお内戦の傷跡が残るボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルにも足を伸ばしました。<br /><br />今回の日程はまずクロアチア沿岸部のドブロブニクに向かい、ドゥブロヴニクやコトル、モスタルを3日間で観光。<br />5日目はバスで北上しスプリットへ向かい、6日目は朝のバスでプリトヴィツェ湖群国立公園へ。<br />7日目の昼まで公園を散策し、バスで首都ザグレブへ。<br />8日目は鉄道で国境を越えてスロヴェニアの首都リュブリャナへ。<br />9日目は絵のように美しいブレッド湖を散策。<br />10日目はリュブリャナ周辺を観光し、夜の飛行機でミュンヘンへ。乗り継ぎで羽田へと向かうというプランです。<br /><br />ホテルと鉄道の切符はインターネットで予約したものの、バスの切符は現地で買わなければなりません。満席ということは無いでしょうけど、少し心配です。<br />しかしトラブルもまた旅の醍醐味。美しい景色を精一杯楽しみましょう。<br /><br />■ 日程<br /><br />2014年9月13日~2014年9月23日<br /><br />9/13 成田→フランクフルト→ドゥブロヴニク<br />9/14 ドゥブロヴニク観光<br />9/15 コトル日帰り観光<br />9/16 モスタル日帰り観光<br />9/17 ドゥブロヴニク→スプリット・トロギール観光<br />9/18 スプリット→プリトヴィツェ湖群国立公園<br />9/19 プリトヴィツェ湖群国立公園→ザグレブ<br />9/20 ザグレブ→リュブリャナ<br />9/21 ブレッド湖観光<br />9/22 リュブリャナ・カムニク観光 リュブリャナ→ミュンヘン→羽田<br />9/23 羽田着<br /><br />※ブログ『マリンブルーの風』に掲載した旅行記を再編集して掲載しています。<br />ブログには最新の旅行記も掲載していますので、ぜひご覧下さい。<br /><br /> 『マリンブルーの風』<br />http://blog.livedoor.jp/buschiba/<br /><br />2014年クロアチア・スロヴェニア旅行記 目次<br />http://blog.livedoor.jp/buschiba/archives/52448899.html<br /><br />クロアチア・スロヴェニア旅行記の第17回です。<br />4日目はドゥブロヴニクから内陸のボスニア・ヘルツェゴビナへ。<br />世界遺産の旧市街があるモスタルへと向かいました。

2014年クロアチア・スロヴェニア旅行記 第17回 ボスニア・ヘルツェゴビナの歴史ある街モスタルヘ

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2014/09/13 - 2014/09/23

209位(同エリア444件中)

kunyu

kunyuさん

2014年の9月にクロアチアとスロヴェニアを旅行してきました。
旧ユーゴスラヴィア内線から20年余りが経過し、いまや観光客に絶大な人気を誇る国となったクロアチア。以前から行きたいと思っていました。
アドリア海の真珠と言われる美しい街ドゥブロヴニク、古代ローマの城跡が残るスプリット、美しい湖で知られるプリトヴィツェ国立公園、古都ザグレブなど魅力的な観光地は枚挙に暇がありません。
ただ、残念なことに鉄道の便は非常に悪く、沿岸部のスプリットとザグレブを結ぶ路線は1日2往復しか走っておらず、有名観光地のドブロブニクには鉄道自体が走っていません。必然的にクロアチア国内の移動はバスが主体となります。
一方で隣国のスロヴェニアはイタリアの隣国だけに鉄道が発達しており、主だった町は鉄道で移動することができます。
ドゥブロヴニクからは入り江の奥にある港町コトルやイスラムの影響が残るモスタルに足を伸ばすのですが、鉄道はおろか路線バスもほとんど無いので、現地の日帰り観光ツアーに申し込みました。

訪問したのはクロアチアではアドリア海の真珠ドゥブロヴニク、古代ローマの城跡が残るスプリット、美しい湖で知られるプリトヴィツェ、古都ザグレブ。隣国スロベニアは首都のリュブリャナとブレッド湖。駅前広場が国境と言う不思議な街ノヴァ・ゴリツァ、カムニク。さらにはドブロブニクから足を伸ばしてモンテネグロの歴史ある港町コトル、イスラムとキリスト文化が融合する町であり、今なお内戦の傷跡が残るボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルにも足を伸ばしました。

今回の日程はまずクロアチア沿岸部のドブロブニクに向かい、ドゥブロヴニクやコトル、モスタルを3日間で観光。
5日目はバスで北上しスプリットへ向かい、6日目は朝のバスでプリトヴィツェ湖群国立公園へ。
7日目の昼まで公園を散策し、バスで首都ザグレブへ。
8日目は鉄道で国境を越えてスロヴェニアの首都リュブリャナへ。
9日目は絵のように美しいブレッド湖を散策。
10日目はリュブリャナ周辺を観光し、夜の飛行機でミュンヘンへ。乗り継ぎで羽田へと向かうというプランです。

ホテルと鉄道の切符はインターネットで予約したものの、バスの切符は現地で買わなければなりません。満席ということは無いでしょうけど、少し心配です。
しかしトラブルもまた旅の醍醐味。美しい景色を精一杯楽しみましょう。

■ 日程

2014年9月13日~2014年9月23日

9/13 成田→フランクフルト→ドゥブロヴニク
9/14 ドゥブロヴニク観光
9/15 コトル日帰り観光
9/16 モスタル日帰り観光
9/17 ドゥブロヴニク→スプリット・トロギール観光
9/18 スプリット→プリトヴィツェ湖群国立公園
9/19 プリトヴィツェ湖群国立公園→ザグレブ
9/20 ザグレブ→リュブリャナ
9/21 ブレッド湖観光
9/22 リュブリャナ・カムニク観光 リュブリャナ→ミュンヘン→羽田
9/23 羽田着

※ブログ『マリンブルーの風』に掲載した旅行記を再編集して掲載しています。
ブログには最新の旅行記も掲載していますので、ぜひご覧下さい。

『マリンブルーの風』
http://blog.livedoor.jp/buschiba/

2014年クロアチア・スロヴェニア旅行記 目次
http://blog.livedoor.jp/buschiba/archives/52448899.html

クロアチア・スロヴェニア旅行記の第17回です。
4日目はドゥブロヴニクから内陸のボスニア・ヘルツェゴビナへ。
世界遺産の旧市街があるモスタルへと向かいました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
  • ■ 2014年9月16日 火曜日<br /><br />クロアチア・スロヴェニア旅行も4日目となりました。<br />今日はドゥブロヴニクから日帰りの観光ツアーに参加し、隣国ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという街を目指します。<br />モスタルはネレトヴァ川の両岸に広がる街で、15世紀からオスマン・トルコの支配を受けました。16世紀から18世紀頃にモスタルは交通の要衝として発展を遂げ、この地域の中心的都市になりました。<br />オスマン・トルコが衰えた後はオーストリア・ハンガリー帝国の支配を受けましたが、イスラムの影響はその後も残り、イスラム教のモスクや東方正教やカトリックの教会が並存する宗教的に寛容な都市として栄えました。<br />しかし1991年から1993年にかけて勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では宗教や文化の違いから民族間の紛争が激化。歴史的建造物の多くが破壊されたほか、クロアチア系、イスラム系、セルビア系住民による抗争により多数の死傷者が出ました。<br />1995年に紛争が終結してからは欧州連合の監視の元で復興が進められ、2005年には街の象徴であるスターリ・モストと呼ばれる橋とその周辺の建物が世界遺産として登録されました。<br /><br />ドゥブロヴニクからモスタルまではバスで約4時間。ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境を越えるため時間がかかります。<br />路線バスはボスニア・ヘルツェゴビナの首都であるサラエボに行く長距離バスなどがモスタルを経由しており、2014年の時点では8:00と15:15と17:15の3本でした。2016年現在は5:00、13:40、15:00、21:00となっています。しかし、モスタルからドゥブロヴニクに向かうバスの最終が12:30らしく、結局路線バスで日帰りするのは難しいようです。<br /><br />そこで、前日のコトルと同じく現地の日帰りツアーに申し込みました。HISのホームページからですと90ユーロです。<br /><br />現地のELITE TRAVELのホームページやドゥブロヴニクのオフィスから直接申し込めば54ユーロなのですが、言葉に不安がありますし、事前に予約できる安心料ということで・・・。<br /><br />さて、当日。<br />朝6時半に起床。昨日と同じくホテルの目の前の港の駐車場に7時半集合です。昨日よりは時間に余裕があるので、集合時間までに港のそばのバスターミナルに向かい、明日乗る長距離バスの切符を買いに行きました。スプリットまで128クーナ。2000円弱です。

    ■ 2014年9月16日 火曜日

    クロアチア・スロヴェニア旅行も4日目となりました。
    今日はドゥブロヴニクから日帰りの観光ツアーに参加し、隣国ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという街を目指します。
    モスタルはネレトヴァ川の両岸に広がる街で、15世紀からオスマン・トルコの支配を受けました。16世紀から18世紀頃にモスタルは交通の要衝として発展を遂げ、この地域の中心的都市になりました。
    オスマン・トルコが衰えた後はオーストリア・ハンガリー帝国の支配を受けましたが、イスラムの影響はその後も残り、イスラム教のモスクや東方正教やカトリックの教会が並存する宗教的に寛容な都市として栄えました。
    しかし1991年から1993年にかけて勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では宗教や文化の違いから民族間の紛争が激化。歴史的建造物の多くが破壊されたほか、クロアチア系、イスラム系、セルビア系住民による抗争により多数の死傷者が出ました。
    1995年に紛争が終結してからは欧州連合の監視の元で復興が進められ、2005年には街の象徴であるスターリ・モストと呼ばれる橋とその周辺の建物が世界遺産として登録されました。

    ドゥブロヴニクからモスタルまではバスで約4時間。ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境を越えるため時間がかかります。
    路線バスはボスニア・ヘルツェゴビナの首都であるサラエボに行く長距離バスなどがモスタルを経由しており、2014年の時点では8:00と15:15と17:15の3本でした。2016年現在は5:00、13:40、15:00、21:00となっています。しかし、モスタルからドゥブロヴニクに向かうバスの最終が12:30らしく、結局路線バスで日帰りするのは難しいようです。

    そこで、前日のコトルと同じく現地の日帰りツアーに申し込みました。HISのホームページからですと90ユーロです。

    現地のELITE TRAVELのホームページやドゥブロヴニクのオフィスから直接申し込めば54ユーロなのですが、言葉に不安がありますし、事前に予約できる安心料ということで・・・。

    さて、当日。
    朝6時半に起床。昨日と同じくホテルの目の前の港の駐車場に7時半集合です。昨日よりは時間に余裕があるので、集合時間までに港のそばのバスターミナルに向かい、明日乗る長距離バスの切符を買いに行きました。スプリットまで128クーナ。2000円弱です。

  • バスは20分ほど遅れ、7:50にやってきました。昨日はドゥブロヴニクから西に向かうため、町の東にある私のホテルは一番最初でしたが、今日は東に向かうので私のホテルが最後になったようです。ツアー参加者は20名ほど。ガイドの女性は英語とドイツ語で案内してくれます。英語は発音が少し聞き取りにくく、ドイツ語の方が上手なようでした。

    バスは20分ほど遅れ、7:50にやってきました。昨日はドゥブロヴニクから西に向かうため、町の東にある私のホテルは一番最初でしたが、今日は東に向かうので私のホテルが最後になったようです。ツアー参加者は20名ほど。ガイドの女性は英語とドイツ語で案内してくれます。英語は発音が少し聞き取りにくく、ドイツ語の方が上手なようでした。

  • さあ、モスタルに向け出発です、まずはアドリア海に沿って東北の方向に向かい、途中から内陸に入ってモスタルヘと進んでいきます。

    さあ、モスタルに向け出発です、まずはアドリア海に沿って東北の方向に向かい、途中から内陸に入ってモスタルヘと進んでいきます。

  • ドゥブロヴニクの入口に架かる大きな橋を渡ります。<br />

    ドゥブロヴニクの入口に架かる大きな橋を渡ります。

  • リアス式の美しい海岸線です。<br />

    リアス式の美しい海岸線です。

  • きれいな景色です。

    きれいな景色です。

  • 海に面して小さな集落があります。<br />

    海に面して小さな集落があります。

  • 海辺のリゾートホテルでお客さんを数人乗せました。<br />居心地は良いと思いますが、ドゥブロヴニクからはかなり距離があります。

    海辺のリゾートホテルでお客さんを数人乗せました。
    居心地は良いと思いますが、ドゥブロヴニクからはかなり距離があります。

  • 松島のような景色。

    松島のような景色。

  • 昔の城壁が見えます。

    昔の城壁が見えます。

  • 山肌を横断する城壁。天然の要害ですね。

    山肌を横断する城壁。天然の要害ですね。

  • ゲートが見えてきました。高速道路ではありません。クロアチアと、隣国ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境のゲートです。<br />ガイドさんが乗客のパスポートを預かりましたが、すぐに返却されました。係官に見せるだけで、スタンプは押されていません。<br /><br />実は、アドリア海沿岸のダルマチア地方は基本的にクロアチア領で、山々にさえぎられた内陸部がボスニア・ヘルツェゴビナ領となっています。<br />しかしここネウムという小さな港の周辺の幅21キロの地域だけがボスニア・ヘルツェゴビナ領となっているため、ドゥブロヴニク周辺は飛び地状態となっているのです。<br />なぜ、こんなことになったのか。複雑な歴史的事情が絡んでいます。<br />もともとアドリア海沿岸のダルマチア地方はヴェネチア共和国の影響が強かったのですが、ドゥブロヴニク周辺はラグーザ共和国という独立した都市国家が支配しました。内陸部にオスマン・トルコが進出すると、ラグーザ共和国はオスマン・トルコの保護下に入り、アドリア海沿岸の大半を支配するヴェネチア共和国と争うことになったのです。<br />オスマントルコはその後オーストリア帝国と戦争となり、ウィーン侵入に失敗。その一方ヴェネチア共和国との戦争はオスマン・トルコが優勢で、ヴェネチアが支配していたエーゲ海周辺地域の大半を占領していました。<br />1718年に停戦協定であるパッサロヴィッツ条約が結ばれた結果、アドリア海周辺はほぼヴェネチア共和国の支配となったものの、ドゥブロヴニク周辺を支配するラグーザ共和国はそのまま残りました。そのため両国の紛争を防ぐための緩衝地帯を作る必要があり、ネウム周辺をトルコ領としました。ネウムは港ではありますが非常に小規模なため貿易には使えず、アドリア海貿易に利害関係が無いトルコが緩衝地帯として支配するには最適だったのです。<br />その後ヴェネチアがナポレオンに征服され、バルカン半島がオスマン・トルコから独立した後もこの国境が残り、現在に至っています。<br />海岸を通過するだけなのに国境を越えるのは非効率ですから、 ボスニア・ヘルツェゴビナ領を通過せずに行き来できるように、ドブロヴニク側とクロアチア本体から突き出た半島を結ぶ長大橋の建設計画があったのですが、資金的な問題で頓挫してしまいました。

    ゲートが見えてきました。高速道路ではありません。クロアチアと、隣国ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境のゲートです。
    ガイドさんが乗客のパスポートを預かりましたが、すぐに返却されました。係官に見せるだけで、スタンプは押されていません。

    実は、アドリア海沿岸のダルマチア地方は基本的にクロアチア領で、山々にさえぎられた内陸部がボスニア・ヘルツェゴビナ領となっています。
    しかしここネウムという小さな港の周辺の幅21キロの地域だけがボスニア・ヘルツェゴビナ領となっているため、ドゥブロヴニク周辺は飛び地状態となっているのです。
    なぜ、こんなことになったのか。複雑な歴史的事情が絡んでいます。
    もともとアドリア海沿岸のダルマチア地方はヴェネチア共和国の影響が強かったのですが、ドゥブロヴニク周辺はラグーザ共和国という独立した都市国家が支配しました。内陸部にオスマン・トルコが進出すると、ラグーザ共和国はオスマン・トルコの保護下に入り、アドリア海沿岸の大半を支配するヴェネチア共和国と争うことになったのです。
    オスマントルコはその後オーストリア帝国と戦争となり、ウィーン侵入に失敗。その一方ヴェネチア共和国との戦争はオスマン・トルコが優勢で、ヴェネチアが支配していたエーゲ海周辺地域の大半を占領していました。
    1718年に停戦協定であるパッサロヴィッツ条約が結ばれた結果、アドリア海周辺はほぼヴェネチア共和国の支配となったものの、ドゥブロヴニク周辺を支配するラグーザ共和国はそのまま残りました。そのため両国の紛争を防ぐための緩衝地帯を作る必要があり、ネウム周辺をトルコ領としました。ネウムは港ではありますが非常に小規模なため貿易には使えず、アドリア海貿易に利害関係が無いトルコが緩衝地帯として支配するには最適だったのです。
    その後ヴェネチアがナポレオンに征服され、バルカン半島がオスマン・トルコから独立した後もこの国境が残り、現在に至っています。
    海岸を通過するだけなのに国境を越えるのは非効率ですから、 ボスニア・ヘルツェゴビナ領を通過せずに行き来できるように、ドブロヴニク側とクロアチア本体から突き出た半島を結ぶ長大橋の建設計画があったのですが、資金的な問題で頓挫してしまいました。

  • 国境から走ること数分。ネウムの町の手前のホテルでトイレ休憩となりました。時刻は9時。休憩時間は20分とのことでした。

    国境から走ること数分。ネウムの町の手前のホテルでトイレ休憩となりました。時刻は9時。休憩時間は20分とのことでした。

  • ホテルには売店もあり、ワインが売られていました。日本語で「おいしいクロアチアワイソです」、「珍しいボスニアワイソです」と書かれています。<br />ボスニアの通貨は兌換マルクといいますが、ユーロも使えるようです。

    ホテルには売店もあり、ワインが売られていました。日本語で「おいしいクロアチアワイソです」、「珍しいボスニアワイソです」と書かれています。
    ボスニアの通貨は兌換マルクといいますが、ユーロも使えるようです。

  • ホテルから眺めるネウムの街。アドリア海沿岸で、ここだけがボスニア領です。たしかに大きな港はありませんね。

    ホテルから眺めるネウムの街。アドリア海沿岸で、ここだけがボスニア領です。たしかに大きな港はありませんね。

  • このホテルは観光バスではなく、長距離路線バスも休憩するようです。今止まっているのはドゥブロヴニクから海岸沿いを北上し、スプリットを経由してザグレブに向かうバス。私が明日乗るバスです。覚えておきましょう。

    このホテルは観光バスではなく、長距離路線バスも休憩するようです。今止まっているのはドゥブロヴニクから海岸沿いを北上し、スプリットを経由してザグレブに向かうバス。私が明日乗るバスです。覚えておきましょう。

  • 今日のバスはこちらです。

    今日のバスはこちらです。

  • 9:20に出発。ネウムの町を抜けます。

    9:20に出発。ネウムの町を抜けます。

  • しばらくするとまた国境のゲートがありました。ここからは再びクロアチア領内です。<br />ガイドさんが「ウェルカム トゥ クロアチア」と言うと車内から笑いが起きました。<br />

    しばらくするとまた国境のゲートがありました。ここからは再びクロアチア領内です。
    ガイドさんが「ウェルカム トゥ クロアチア」と言うと車内から笑いが起きました。

  • プロチェという港町の手前でバスは向きを変え、内陸へと入っていきます。<br />

    プロチェという港町の手前でバスは向きを変え、内陸へと入っていきます。

  • 小さな町が見えます。

    小さな町が見えます。

  • ネレトバ川に沿って西北へ。対岸に線路が見えています。<br />

    ネレトバ川に沿って西北へ。対岸に線路が見えています。

  • クロアチアのプロチェという港町から川に沿って内陸へと入り、モスタルを経由してボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに至る路線です。<br />2012年ごろまではプロチェからサラエボまでの国際列車が運行されていたようですが、残念ながら2015年現在クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境をまたぐ列車は運行されていません。<br />クロアチア側はプロチェから国境の町メトコヴィチまで平日のみ4往復。ボスニア・ヘルツェゴビナ側はメトコヴィチから10キロ北上して国境を越えた場所にあるチャプリナからサラエボまで2往復運行されています。<br />ボスニアの鉄道は内戦で大きな打撃を受けたためどの路線も本数が少ないです。公共交通の主役はバス。プロチェからモスタルまでは1時間に1本程度の路線バスが運行されています。<br />

    クロアチアのプロチェという港町から川に沿って内陸へと入り、モスタルを経由してボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに至る路線です。
    2012年ごろまではプロチェからサラエボまでの国際列車が運行されていたようですが、残念ながら2015年現在クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境をまたぐ列車は運行されていません。
    クロアチア側はプロチェから国境の町メトコヴィチまで平日のみ4往復。ボスニア・ヘルツェゴビナ側はメトコヴィチから10キロ北上して国境を越えた場所にあるチャプリナからサラエボまで2往復運行されています。
    ボスニアの鉄道は内戦で大きな打撃を受けたためどの路線も本数が少ないです。公共交通の主役はバス。プロチェからモスタルまでは1時間に1本程度の路線バスが運行されています。

  • 国境の町メトコヴィチを過ぎ、いよいよボスニア・ヘルツェゴビナです。<br />

    国境の町メトコヴィチを過ぎ、いよいよボスニア・ヘルツェゴビナです。

  • <br />10時にクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境に到着。ガイドさんにパスポートを預けます。車によっては荷物を出されてチェックされています。ネウム付近の国境と違い、ここは出入国のチェックが厳しいようです。<br />我々の前に韓国人の団体を乗せたバスがいて、彼らのチェックのせいで時間がかかっています。<br />ガイドさんは「すみません。我々のバスの前に中国人のツアーがいて時間がかかっています」と説明していました。<br />バスに表示された団体名がハングルなので中国人ではなく韓国人なのですが、アジアから遠い東欧の国のガイドさんにとって、アジア人といえば中国人なのでしょう。


    10時にクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境に到着。ガイドさんにパスポートを預けます。車によっては荷物を出されてチェックされています。ネウム付近の国境と違い、ここは出入国のチェックが厳しいようです。
    我々の前に韓国人の団体を乗せたバスがいて、彼らのチェックのせいで時間がかかっています。
    ガイドさんは「すみません。我々のバスの前に中国人のツアーがいて時間がかかっています」と説明していました。
    バスに表示された団体名がハングルなので中国人ではなく韓国人なのですが、アジアから遠い東欧の国のガイドさんにとって、アジア人といえば中国人なのでしょう。

  • 結局国境の通過には30分かかりました。<br />しばらく北上し、11時15分にポテチリという小さな村に到着。ここでトイレ休憩と小観光となりました。

    結局国境の通過には30分かかりました。
    しばらく北上し、11時15分にポテチリという小さな村に到着。ここでトイレ休憩と小観光となりました。

  • ポテチリ村はモスクがある小さな村ですが、南東ヨーロッパで最古のアートコロニーであり、多くの芸術家が活動をしていた場所です。<br />内戦時には民族浄化の標的となり凄惨な虐殺が行われた暗い歴史も持っています。

    ポテチリ村はモスクがある小さな村ですが、南東ヨーロッパで最古のアートコロニーであり、多くの芸術家が活動をしていた場所です。
    内戦時には民族浄化の標的となり凄惨な虐殺が行われた暗い歴史も持っています。

  • ポテチリ村。モスクがあり、とても美しいです。

    イチオシ

    ポテチリ村。モスクがあり、とても美しいです。

  • 山の上には中世の城塞。<br />ポテチリ村はその景観の美しさから世界遺産の暫定リストに入っているそうです。

    山の上には中世の城塞。
    ポテチリ村はその景観の美しさから世界遺産の暫定リストに入っているそうです。

  • 村の中心のモスク。

    村の中心のモスク。

  • お土産屋が並んでいます。

    お土産屋が並んでいます。

  • 階段を登ります。<br />

    階段を登ります。

  • 石畳の道が良い雰囲気ですね。

    石畳の道が良い雰囲気ですね。

  • 国境通過に予定よりも時間がかかったため、観光の時間が削られてしまったようです。<br />あの砦まで登れば良い景色が拝めそうですが、残念ながら時間がありません。

    国境通過に予定よりも時間がかかったため、観光の時間が削られてしまったようです。
    あの砦まで登れば良い景色が拝めそうですが、残念ながら時間がありません。

  • ポテチリ村のモスク。

    ポテチリ村のモスク。

  • 内戦後修復されたとのこと。同じヨーロッパでもボスニア・ヘルツェゴビナはイスラムの香りが強いですね。不思議です。<br />

    内戦後修復されたとのこと。同じヨーロッパでもボスニア・ヘルツェゴビナはイスラムの香りが強いですね。不思議です。

  • 丸い屋根。

    丸い屋根。

  • ミナレットがそびえています。<br />

    ミナレットがそびえています。

  • 住宅が並ぶ一角。<br />もう少しウロウロしたかったのですが、たった20分しかいられませんでした。<br />

    住宅が並ぶ一角。
    もう少しウロウロしたかったのですが、たった20分しかいられませんでした。

  • 11:40に出発。モスタルを目指します。

    11:40に出発。モスタルを目指します。

  • バスはネレトバ川に沿って走ります。

    バスはネレトバ川に沿って走ります。

  • モスタルの町に入ります。街はずれには路線バスの車庫がありました。<br />

    モスタルの町に入ります。街はずれには路線バスの車庫がありました。

  • なんとバスには日本の国旗である日の丸が描かれていました。<br />モスタルの公共交通機関は内戦によって壊滅してしまい、その後2002年に日本の無償援助により再び走り出すことになったのです。<br />モスタルの町では民族融和と平和の象徴として日の丸が描かれたバスが走り続けています。

    なんとバスには日本の国旗である日の丸が描かれていました。
    モスタルの公共交通機関は内戦によって壊滅してしまい、その後2002年に日本の無償援助により再び走り出すことになったのです。
    モスタルの町では民族融和と平和の象徴として日の丸が描かれたバスが走り続けています。

  • 家が増えてきました。いよいよモスタルの中心部です。<br />

    家が増えてきました。いよいよモスタルの中心部です。

  • 戦争終結から20年近く経ち、町の復興も進んでいるようです。<br />

    戦争終結から20年近く経ち、町の復興も進んでいるようです。

  • 内戦後作られた大きな教会の塔が見えてきました。<br />

    内戦後作られた大きな教会の塔が見えてきました。

  • 12:20。モスタルに到着。ドゥブロヴニクから4時間半もかかってしまいました。<br />これからモスタルの町を観光します。

    12:20。モスタルに到着。ドゥブロヴニクから4時間半もかかってしまいました。
    これからモスタルの町を観光します。

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