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2021年2月25日(木)、京田辺ふれあいハイキングに初めて参加した。京田辺市観光協会が京田辺市観光ボランティアガイド協会やJRと協力して行っているもので、京田辺市の知られざる名所をボランティアガイドと共に歩くことが出来る。<br /><br />今回のコースは「木津川の渡し場跡巡り第2弾~京田辺から精華へ~」と云うもので、JR片町線及び近鉄京都線の三山木駅から木津川に出て堤防を上流に向けて歩き、JR片町線祝園駅・近鉄京都線新祝園駅まで、約8㎞を歩く。<br /><br />これまで、多分第1弾の対象であったと思われる京田辺市内の渡し場跡はサイクリングで巡っていたが、精華町の渡しについてはあまり意識してなかったし、一度行きたいと思ってた祝園神社が含まれていたので、一人で歩いたりサイクリングする方が正直気楽で好きなのだが、ガイドさんが説明してくださると云うメリットもあるので参加してみることにした。<br /><br />9時半出発だが、9時15分集合との連絡が来たので、9時5分過ぎに三山木駅へ。JRと近鉄の共に高架の駅の間が集合場所。さすがにお年寄りの方々、私もその一員だが、時間前にも関わらず密状態。まずは受付で参加料300円を払って手続き。10人を1グループにしてボランティアガイドの方1名が率いて回るようで、確か6グループあったと思うけど、人気で満員だったようで、飛び入り参加希望の方も来ておられたようだけど、残念ながら無理だったようだ。<br /><br />出発前の点呼やガイドさんの紹介、注意事項などを聞いて予定時間より少し早く出発。ちなみに他の参加者の皆さんも女性の方は少しお若いが、男性の方は同じような年代らしい感じ。まあ、平日のハイキングに参加しようとする人だから限られるよね。<br /><br />山手幹線から玉水橋を結ぶ府道65号線より、2本ほど南、JR/近鉄の三山木駅のほぼ真東に続く道を木津川に向けて歩き始める。駅前の集会道路から東に進むとすぐ北に山本公園と云う小さな公園があり、山本小学校跡の立札がある(下の写真1)。この立札以外に残るものはないが、明治初めまではここには西蓮寺と云うお寺があり、1873年(明治6年)に現在の三山木小学校の前身となる山本小学校がその跡地に開校した。<br /><br />立札の説明によると入学時期は毎年正月と7月の2回。8歳または9歳で入学し13、14歳で卒業。毎月1日と13日は休日で午前8時始業、午後3時終業、また盆、正月や村の休日も休みだったそうだ。その後1887年(明治20年)に少し北西の普賢寺川辺りの高木地区に移転、さらに旧宮津小学校と合併し三山木尋常小学校と改称した。現在の三山木小学校の場所に移転したのはさらにそれより後の1893年(明治26年)。<br /><br />その向かいには竹取翁博物館、さらに250mほど東に古代山本里ならびに山本駅遺跡之碑が続き、ガイドさんが説明してくださる。近鉄とJRの三山木駅、竹取翁博物館及び古代山本里ならびに山本駅遺跡之碑に付いては昨年(2020年)の8月に歩いた時のことを以下の旅行記に書いたので、今回は省略。<br />https://4travel.jp/travelogue/11638345<br /><br />20分ほどで玉水橋西詰の木津川堤防に到着。堤防に上がると北側には玉露の名産地として名高い飯岡(いのおか)丘陵が望まれる(下の写真2)。ここが京田辺市内に7つあったと云われる木津川の渡しの一番上流の山本の渡しがあったところで、石碑が建っている。これらに付いては以前に書いたので、それぞれのリンク先の旅行記を参照のこと。<br />玉水橋<br />https://4travel.jp/travelogue/11625747<br />飯岡丘陵<br />https://4travel.jp/travelogue/11623732<br />https://4travel.jp/travelogue/11625043<br />山本の渡し<br />https://4travel.jp/travelogue/11628636<br /><br />ここからは以前サイクリングで走った木津川サイクリングロードを上流に向かって歩く(下の写真3)。木津川サイクリングロードに関しては下記の旅行記参照。<br />https://4travel.jp/travelogue/11625745<br /><br />10時半、スタートして約1時間ほどで、煤谷(すすたに)川を渡る。この辺りに藪の渡しがあった。精華町に入ると石碑は立ってないので、正確にはどの辺りから分からないとガイドさんも云われてた。煤谷川を渡って下狛百久保の集落に降りると、南東の端っこに百久保地先遺跡の出土遺物。藪の渡しと百久保地先遺跡の出土遺物に関しては以下の旅行記参照。<br />https://4travel.jp/travelogue/11636498<br /><br />ここを出ると中間休憩のむくのきセンターまでもう一息。田畑の向こうに目的地が見える(下の写真4)。堤防に上がると、案内は何もないが、この辺りが下狛の渡しとガイドさんが説明してくださる(下の写真5)。この渡しは比較的新しい渡しで、1896年(明治29年)に奈良鉄道(現在のJR奈良線)が開通して棚倉駅が出来たことから出来たもの。当時はまだ現在のJR片町線(1898年(明治31年)開通)も近鉄京都線(1928年(昭和3年)開通)も開通してなかった。<br /><br />11時過ぎ、精華町立むくのきセンターに到着し、休憩に入る。木津川上流浄化センターに併設されている施設で、以下の旅行記参照。<br />https://4travel.jp/travelogue/11628636<br /><br />この堤防からむくのきセンターに抜ける東西の道は浜道と呼ばれ、飛鳥・奈良時代には条里制の境界で、下狛の渡しが使われていたころはその街道として使われていた。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6210661245670514&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />休憩後は祝園神社へ向かうが、続く

ふれあいハイキング 三山木から下狛(Miyamagi, Kyotanabe & Shimokoma, Seika, Kyoto, JP)

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2021/02/25 - 2021/02/25

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旅行記グループ ふれあいハイキング

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年2月25日(木)、京田辺ふれあいハイキングに初めて参加した。京田辺市観光協会が京田辺市観光ボランティアガイド協会やJRと協力して行っているもので、京田辺市の知られざる名所をボランティアガイドと共に歩くことが出来る。

今回のコースは「木津川の渡し場跡巡り第2弾~京田辺から精華へ~」と云うもので、JR片町線及び近鉄京都線の三山木駅から木津川に出て堤防を上流に向けて歩き、JR片町線祝園駅・近鉄京都線新祝園駅まで、約8㎞を歩く。

これまで、多分第1弾の対象であったと思われる京田辺市内の渡し場跡はサイクリングで巡っていたが、精華町の渡しについてはあまり意識してなかったし、一度行きたいと思ってた祝園神社が含まれていたので、一人で歩いたりサイクリングする方が正直気楽で好きなのだが、ガイドさんが説明してくださると云うメリットもあるので参加してみることにした。

9時半出発だが、9時15分集合との連絡が来たので、9時5分過ぎに三山木駅へ。JRと近鉄の共に高架の駅の間が集合場所。さすがにお年寄りの方々、私もその一員だが、時間前にも関わらず密状態。まずは受付で参加料300円を払って手続き。10人を1グループにしてボランティアガイドの方1名が率いて回るようで、確か6グループあったと思うけど、人気で満員だったようで、飛び入り参加希望の方も来ておられたようだけど、残念ながら無理だったようだ。

出発前の点呼やガイドさんの紹介、注意事項などを聞いて予定時間より少し早く出発。ちなみに他の参加者の皆さんも女性の方は少しお若いが、男性の方は同じような年代らしい感じ。まあ、平日のハイキングに参加しようとする人だから限られるよね。

山手幹線から玉水橋を結ぶ府道65号線より、2本ほど南、JR/近鉄の三山木駅のほぼ真東に続く道を木津川に向けて歩き始める。駅前の集会道路から東に進むとすぐ北に山本公園と云う小さな公園があり、山本小学校跡の立札がある(下の写真1)。この立札以外に残るものはないが、明治初めまではここには西蓮寺と云うお寺があり、1873年(明治6年)に現在の三山木小学校の前身となる山本小学校がその跡地に開校した。

立札の説明によると入学時期は毎年正月と7月の2回。8歳または9歳で入学し13、14歳で卒業。毎月1日と13日は休日で午前8時始業、午後3時終業、また盆、正月や村の休日も休みだったそうだ。その後1887年(明治20年)に少し北西の普賢寺川辺りの高木地区に移転、さらに旧宮津小学校と合併し三山木尋常小学校と改称した。現在の三山木小学校の場所に移転したのはさらにそれより後の1893年(明治26年)。

その向かいには竹取翁博物館、さらに250mほど東に古代山本里ならびに山本駅遺跡之碑が続き、ガイドさんが説明してくださる。近鉄とJRの三山木駅、竹取翁博物館及び古代山本里ならびに山本駅遺跡之碑に付いては昨年(2020年)の8月に歩いた時のことを以下の旅行記に書いたので、今回は省略。
https://4travel.jp/travelogue/11638345

20分ほどで玉水橋西詰の木津川堤防に到着。堤防に上がると北側には玉露の名産地として名高い飯岡(いのおか)丘陵が望まれる(下の写真2)。ここが京田辺市内に7つあったと云われる木津川の渡しの一番上流の山本の渡しがあったところで、石碑が建っている。これらに付いては以前に書いたので、それぞれのリンク先の旅行記を参照のこと。
玉水橋
https://4travel.jp/travelogue/11625747
飯岡丘陵
https://4travel.jp/travelogue/11623732
https://4travel.jp/travelogue/11625043
山本の渡し
https://4travel.jp/travelogue/11628636

ここからは以前サイクリングで走った木津川サイクリングロードを上流に向かって歩く(下の写真3)。木津川サイクリングロードに関しては下記の旅行記参照。
https://4travel.jp/travelogue/11625745

10時半、スタートして約1時間ほどで、煤谷(すすたに)川を渡る。この辺りに藪の渡しがあった。精華町に入ると石碑は立ってないので、正確にはどの辺りから分からないとガイドさんも云われてた。煤谷川を渡って下狛百久保の集落に降りると、南東の端っこに百久保地先遺跡の出土遺物。藪の渡しと百久保地先遺跡の出土遺物に関しては以下の旅行記参照。
https://4travel.jp/travelogue/11636498

ここを出ると中間休憩のむくのきセンターまでもう一息。田畑の向こうに目的地が見える(下の写真4)。堤防に上がると、案内は何もないが、この辺りが下狛の渡しとガイドさんが説明してくださる(下の写真5)。この渡しは比較的新しい渡しで、1896年(明治29年)に奈良鉄道(現在のJR奈良線)が開通して棚倉駅が出来たことから出来たもの。当時はまだ現在のJR片町線(1898年(明治31年)開通)も近鉄京都線(1928年(昭和3年)開通)も開通してなかった。

11時過ぎ、精華町立むくのきセンターに到着し、休憩に入る。木津川上流浄化センターに併設されている施設で、以下の旅行記参照。
https://4travel.jp/travelogue/11628636

この堤防からむくのきセンターに抜ける東西の道は浜道と呼ばれ、飛鳥・奈良時代には条里制の境界で、下狛の渡しが使われていたころはその街道として使われていた。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6210661245670514&type=1&l=223fe1adec


休憩後は祝園神社へ向かうが、続く

  • 写真1 山本小学校跡の立札

    写真1 山本小学校跡の立札

  • 写真2 玉水橋西詰から飯岡丘陵

    写真2 玉水橋西詰から飯岡丘陵

  • 写真3 木津川サイクリングロード

    写真3 木津川サイクリングロード

  • 写真4 むくのきセンターなど

    写真4 むくのきセンターなど

  • 写真5 下狛の渡し

    写真5 下狛の渡し

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