2021/07/28 - 2021/07/28
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kojikojiさん
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朝新聞を取りに行っていた妻が戻って来て「こんなチラシが入っていたよ。」と渡されたのがポスティングされていたJamJamツアーのチラシでした。こんなツアー会社は聞いたことないので、ネットで調べてみると名古屋に本社のある長距離バスの運行がメインの会社のようでした。またその評判があまりよくないので心配でしたが、値段が安いので黒部ダムと八方尾根と栂池高原へ行く4日間のツアーを申し込んでみました。しばらくするとオリンピックに合わせて緊急事態宣言が延長になり、旅行会社から電話がかかってきたので、催行中止なのだろうと思って受話器を取りました。するとすごい丁寧な物腰で、申し込んだツアーが定員に満たないので催行中止になったとのことでした。同じ日の出発で1日短くてハイキングの無いツアーは定員になっているのでいかがでしょうか?という案内もありました。妻は元々八方尾根と栂池のハイキングが嫌だったので願ったりかなったりです。他に予定もないし、9月の旅行まで時間もあるのでどこかへ行きたい気持ちもありました。通常トラピックスやクラブツーリズムの場合は出発の1週間前に最終案内が届いたり、前日には添乗員さんか会社から電話がありますが、JamJamからは一切連絡はありません。「通常の路線バスや電車に乗るようにお考え下さい。遅れた場合には定刻に出発いたします。」という事で費用を削減して、値段を安くしているのだと思いました。当日大江戸線で指定の新宿センタービルに向かい、午前7時40分に出発しました。やってきたバスはものすごい豪華で、飛行機に例えるなら全席ビジネスクラスで、フルフラットに近いリクライニングとレッグレストとフットレストまであります。長距離路線バスのイメージでしたが、ドライバーさんはとても親切に説明をしてくれるので、添乗員さんも必要ありませんでした。首都高から中央道に入って八ヶ岳のサービスエリアで休憩して、松本インターで降りて上高地へ向かいます。懐かしい景色が続き上高地のバスターミナルで一度解散しました。ここで3時間のフリータイムになりましたが、何年か前のバスツアーで明神池迄走るように周った経験があるので、大正池に行こうと思っていました。ところが池に浮かぶ枯れた木々がほとんど見えないので帝国ホテルまでにして、田代橋を渡って対岸を河童橋までのんびり歩きました。到着したときは厚い雲で覆われていた山々は昼からは快晴になり、その美しい姿を見せてくれました。上高地からは一度松本インターに戻り、安曇野から一般道路で白馬に向かいます。この辺りも懐かしい風景が続きます。そして白馬の別荘街にあるホテルオークフォレストに到着しました。ツアーは15名でしたので、バスはガラガラでしたが、このホテルに泊まるのは4人だけで残りの方は栂池のホテルまであと30分移動します。それだけでもこのホテルにした甲斐がありました。安いツアーなのでホテルの食事も期待していなかったのですが、いい意味で裏切られました。関西のクラブツーリズムのツアーバスが2台来ていたので間違いないでしょう。ホテルはそこそこ満室でしたが、お風呂ではほとんど誰にも会う事も無くて貸切風呂のようでした。今回も思い出の記憶を辿る旅になりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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今回初めて利用するJamJamツアーは自宅にポスティングされていたチラシで初めて知りました。名古屋に本社のある長距離路線バスやスキーバスなどをメインに営業している会社のようでした。値段が安い分最終案内の郵送や添乗員さんもいませんが、バスの運転手さんがとても丁寧で親切なのでその必要はありませんでした。
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前月の名古屋から大平洋フェリー乗り継ぎの旅の始めと終わりは名古屋駅前のモード学園スパイラルタワーズでしたが、今回は新宿西口の東京モード学園コクーンタワーからスタートして、またここへ戻ってきます。
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集合は午前7時20分に新宿センタービルの前でした。出発した7月28日から数日間は天候が良くなさそうでしたが、トレッキングも無いので雨合羽程度の用意はしてきましたが、このような快晴でした。
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昨年までは緊急事態宣言になると旅行会社も催行を中止にしていましたが、死活問題なので人数が集まったツアーは催行しているようです。集合場所に一応係員がいるのですが、ただ立っているだけで会社名の入った物を何も持っていないのが不親切だと思いました。
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ツアーバスは北千住で参加者を乗せてくるのですが多少の遅れで到着しました。
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今回の参加者は15名で、北千住から4名と新宿から11名です。
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バスはトラピックスでもクラブツーリズムでもお目にかかったことの無いような豪華なもので、飛行機でいえばフルフラットにならないビジネスクラスの座席のようで、レッグレストとフットレストまでありました。座席は1列置きなので後ろに気兼ねなくシートを倒せます。座席は往復共に同じ席で
した。 -
現在は損保ジャパンの名前ですが、子供の頃には安田火災海上のビルとして、西新宿のビル群を見に来たことがありました。
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天気予報では信州方面は3日間とも雨という事でした。東京も天気が崩れるという事でしたが、中央高速を走っている分には秋のような雲が流れているくらいでした。
サントリーの武蔵野ビール工場を左手に見つけて「アッ」と思いましたが、競馬場も調布の飛行場も通り過ぎていました。 -
都内を抜けてからも車窓の風景をずっと眺めていましたが、迫力のある雲が印象に残りました。正確には雨が降らないか心配だったのかもしれません。
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たくさん並んだ鉄塔がエッフェル塔の様だったり、名古屋のテレビ塔を思い出させたり。バスツアーの場合は約2時間おきに休憩があります。トイレ休憩でもありますが、最近はドライバーの連続運転の規制もあるのでかなりシビアになってきました。今回も出発時間がずらされたのもそんな理由もありました。ヨーロッパはかなり前から規制が厳しかったですが、中国も意外なほどに規制が強いです。
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八ケ岳方面は厚い雲が載っています。北アルプスと南アルプスの山々は子供の頃に主だった山は登ってしまいましたが、なぜか中央アルプスには縁がありませんでした。
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新宿を午前8時10分に出発して午前10時ちょうどに八ケ岳のサービスエリアで25分の休憩がありました。ここで無料で置かれているロードマップを貰おうと思いましたが、NEXCO中日本では発行中止になっていました。
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かなり距離はありますが左側の車窓の奥に子供の頃に登った転付峠や北岳や間ノ岳、塩見岳や荒川三山と赤石岳があると思うと感慨深いものがあります。
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右手に諏訪湖が見えてきました。一度は諏訪湖とその周辺はちゃんと旅したいと思っているのですが、まだ計画すら出来ていません。
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子供の頃から読み続けている諸星大二郎の「暗黒神話」では諏訪は重要な場所で、物語には尖石遺跡や尖石縄文考古館の縄文時代の土偶などが出てきますし、古事記に出て来る建御名方神は大国主の国譲りの際に建御雷神と力比べをして、手を引きちぎられ出雲から諏訪まで逃げたとされている物語も盛り込まれています。
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続く「孔子暗黒伝」でも御柱祭りや御神渡りに通じる場面が出てきます。8月になると三鷹の三鷹市美術ギャラリーで「異界への扉」という展示会があるので楽しみです。
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中央道を走っていて行くとEPSONの工場を見掛けました。3つ目くらいで「あっ!」と思って、スマホで検索して気が付きました。諏訪精工舎(セイコーウォッチ)が1985年に子会社のエプソンを吸収合併してセイコーエプソンになったのでした。
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左側に着陸態勢の旅客機が見えたので、信州松本空港なのだと気が付きました。緑色の機体はFDA(フジドリームエアラインズ)だと分かりました。神戸からの便が定刻に到着したタイミングでした。
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午前11時に松本インターで中央高速を降りて上高地へ向かいます。
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バスは松本電鉄上高地線に沿って野麦街道を走ります。野麦街道(のむぎかいどう)は古くから信濃(長野県松本市)と飛騨(岐阜県高山市)を結ぶ道路です。明治の初めから大正にかけて、当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、現金収入の乏しい飛騨の村々の10代の若い女性が女工として出稼ぎのために越えた峠が野麦峠です。山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」でも有名ですし、ほんの10日前に明治村で近代日本の発展を支えた織機などを見てきたばかりなので感慨深いものがあります。
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現在は終点になっている新島々駅を通過しました。この駅に初めて来たのは昭和40年6月(1965年)のことで、それ以来何度上高地を往復したのでしょうか。少学校の5年生の時に上高地から槍沢ルートで殺生ヒュッテに泊り、翌日槍ヶ岳から大喰岳、中岳、南岳のキレットを越えて北穂高小屋に泊り、翌日奥穂高に登って涸沢まで降りて、上高地へ戻った帰りに父がこの駅の売店でオロナミンCを買ってくれたことを思い出しました。
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生まれて初めてオロナミンCを飲んだ時になんか大人になった気分でした。自分にとっての通過儀礼の1つだったように思います。北穂高小屋の主人の小山さんに父は「こんな子供をこんなところにまで連れてきて!」と怒られていましたが、小学校の3年生で白馬岳と白馬鑓を縦走して、4年生で表銀座を縦走していたので何言ってるんだろうと思いました。
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そういえば新島々から上高地までバスに乗らずに島々谷沢をさかのぼって徳本峠を越える旅もありました。
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家族で何度も来た上高地ですが、両親も亡くなっているので夫婦で来るくらいしかできないのが寂しい気持ちにさせます。母が健在な頃に誘ったことがありましたが、「何度も行ったからもういいわ。」と言われていたので気分的に救われます。
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奈川渡ダムを越えれば6割近く来たことになります。子供の頃はここを通過するのは前の日の夜に夜行列車で新宿を出て、早朝に松本について、松本電鉄に乗り換えるので朝早い時間ばかりでした。
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ツアーバスに乗って高速道路でピューっと来るなんて当時では考えられませんでしたが、便利な世の中になったものです。早朝に東京を出て上高地で散策してその日のうちに帰ってこれるのですから。
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この辺りまでは雲が低く垂れ込めて上高地の天気はあまり期待できないなと思っていました。時折小雨も降っています。
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ところが上高地を前にして青空に変わってきました。
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釜トンネルから続く幾つかのトンネルを越えると大正池が見えてきました。前回のバスツアーで来たときは上高地のバスセンターから明神池方面を周ることを考えていたので大正池や田代池のことは考えていませんでした。
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今回はバスターミナルから帝国ホテルで食事して田代池と大正池を周ろうと考えていました。ところが大正池は子供の頃に見た立ち枯れの木が全く見えません。これではこちらまで足を伸ばしても仕方ないので予定変更を考えます。
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この一瞬だけ焼岳がきれいに見えました。大正4年の1915年6月の大噴火で梓川を堰き止め、大正池をつくった北アルプス唯一の活火山です。現在も噴煙をあげているのですが、上にかかった雲なのか噴煙なのかは分かりません。
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バスは帝国ホテルの前を通過しました。以前利用したクラブツーリズムのツアーではお客の要望で大正池や帝国ホテルでも降ろしてくれましたが、そこまでのサービスは期待できません。
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上高地に着くと明神岳には雲がかかっていました。先ほどまでの天気のよさは何だったのでしょう。
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最後に上高地へ来たのは2009年の秋だったのですが、こんなきれいなバスターミナルだったか記憶にありません。上高地に到着したのが午後0時25分で、3時間の自由時間があります。
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一度インフォメーションセンターに立ち寄って、絵葉書を買い求めてルートの確認をして出発します。とりあえず梓川に出てみますが穂高連峰は雲の中で何も見えません。
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この日はこれが限界で、雨が降っていないだけでも良かったと思います。
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今年は1月に雪が多かったと聞いたので、岳沢にはまだ雪が残っているようです。
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上流には河童橋が見えましたが、渡っている人の姿はほとんどありません。コロナ禍では上高地も空いているようです。
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すれ違う人も少ないのですが、マナーなのでマスクは着用して歩いています。
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梓川沿いを田代橋に向かって歩いて行くことにします。そして帝国ホテルでお昼を食べて田代橋から梓川の対岸に渡って河童橋まで歩くことにします。
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歩くにつれてまた天気が良くなってきました。
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新緑の木漏れ日の下を歩くのは気持ちよいのですが、マスクをしたままでは少々息苦しいです。
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どんどん青空が広がってきます。
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こんな穏やかな上高地を歩くのは今まで無かったかもしれません。登山できた時は景色を楽しむ余裕はあまりなかったと思います。
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明神岳もだいぶ姿を現してきましたが、岳沢はダメなようです。
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昔登った山々を見ることが出来ませんでしたが、記念写真を撮りました。いつ天気が崩れるか分かりませんから。
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田代橋に着きました。
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橋の上から梓川の清流を眺めました。
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50年ほど前は山小屋のトイレはひどいもので、トイレの小屋の下に小山が出来ていました。それが雨で流れるので梓川は大腸菌で汚染されているので川の水を触ってはいけないと言われていました。水の美しさはその当時もきれいでしたが、水質は山小屋の改善もあるので良くなっているのだと思います。
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流れの緩いところにニジマスの姿がありました。
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そして帝国ホテルに到着しました。こちらは裏側なので表側に回り込みます。
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12年前はここで両親宛てに絵葉書を1枚書いただけで明神池に向かいましたが、今回はそれほど歩かないので食事をする予定です。
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上高地帝国ホテルは日本初の本格的山岳リゾートホテルとして昭和8年の1933年に開業しています。現在の建物は昭和52年の1977年に建て替えられたものですが、スイスアルプスの山小屋を思わせる赤い三角屋根と、丸太小屋風の外観は創業当時の趣そのままということです。
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3週間ほど前に名古屋の明治村でフランク・ロイド・ライトの設計した帝国ホテルのライト館の見学をしたばかりなので、今回の旅では絶対に立ち寄りたい場所でした。
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カジュアルレストラン「アルペンローゼ」でお昼にします。午後1時を回ってたので店内は空いていました。
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山小屋風のカジュアルなレストランですが、お値段はカジュアルではありません。
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料理が来るまで紙製のプレースマットの地図を眺めていました。
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この後は田代橋まで戻って対岸を歩いてウェストンのレリーフに寄って河童橋まで向かいます。
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料理にセットになったサラダが出てきました。これはいたって普通でした。
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長野県中信地方の郷土料理を帝国ホテル風にアレンジした信州ハーブ鶏の山賊焼きとアルペンローゼ特製山菜ピラフを注文しました。いいお値段だけあってピラフもハーブ鳥もとてもおいしいです。タルタルソースで味変するのもよいです。
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妻の注文した信州産地卵のオムライスとハッシュドビーフは少し塩味が薄いような気もしますが、素材のおいしさがダイレクトに伝わってきます。
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冷たい生ビールを飲みながら美味しい料理をいただきました。両親は友達とのグループでここへ数日宿泊しているのですが、我が家には敷居が高すぎます。お昼が精一杯です。
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食後のコーヒーはカフェ「グリンデルワルト」でいただくことにしました。ここは上高地帝国ホテルのシンボルとも言えるマントルピースを中央に設けた落ち着いた雰囲気です。
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多分両親もここでお茶を飲んだのではないだろうかと思いを巡らせます。
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ここのアフタヌーンティーセットも1日15人限定のようですが、食べてみいたい気もしました。
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残念ながら夏の暑い時期なので、日中のマントルピースに火は入っていません。
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マントルピースをはじめ館内の中央部分は栗の木の丸太がコンクリートの洗い出しのようになっています。この丸太がひび割れないように1日おきにジョウロで水をかけると聞いたことがあります。
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カフェの中に誰もいなくなると、我々も散策を続けなければという気分になってきました。何となく置いてけぼりを食ったような。
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さあ滞在時間も限られているので出発しましょう。いつか泊まってみたいとは思いますが…。
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ベランダに誰もいないのを確かめて部屋側の写真を撮りました。ここからでは天気が良ければ雄大な景色を朝夕に眺めることが出来るでしょうね。
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何となくスリランカのヌワラ・エリアで泊まった英国のクラブハウスのヒル・クラブというホテルを思い出しました。
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明神岳の雲がすっかり取れたので午後から晴れてきそうな気がします。
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田代池と大正池は諦めてウェストン碑に向かう事にします。
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お腹がいっぱいになったところで多少元気が出て来たようです。一見涼しそうですが30℃くらいでした。ただ木陰の場所は多少気持ちよいです。
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再び梓川を渡ります。
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1時間ほどの間に穂高連峰の姿が多少ですが見えてきました。ただ木々側の前穂高岳と吊尾根を挟んだ奥穂高岳の辺りにはまだ雲がかかっています。
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岳沢の谷筋だけは良く見えています。これ以上天気が良くなるかは分からないので写真を撮っておきます。
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この景色だけは何十年経っても変わらないですし、これからも変わらないと思います。
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対岸に渡って川沿いを上流の河童橋に向かいます。
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足取りも軽やかなので、安心して後ろを追って行けます。
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一見名もない山のようですが、左の高い山が六百山で2450メートルあります。中央部分の少し奥の山が三本槍で、右のギザギザが霞沢岳で2646メートルの山です。雪が少し残った谷筋が八右衛門沢です。
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この山並みは梓川の川筋が変化しても遊歩道と並行しています。
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ウェストン碑までやってきました。ここへ来るのも何度目でしょうか。
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昭和40年の1965年の6月2日の写真と比べると足元の岩が違っています。4歳児も60歳の還暦を迎えています。もう抱えられなくても1人で立っていられます。
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ウォルター・ウェストンは日本アルプスを世界に紹介した英国人宣教師で、近代登山家の父と呼ばれています。現在のレリーフは昭和40年に作者の佐藤久一朗自信の手で、傷みが激しかったものに代えて新たに製作されたものです。この年のウェストン祭は翌日の6月3日で母の誕生日でした。除幕式の前に写真を撮らせていただいたと父が後に告白しています。
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妻も12年振りの上高地です。
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更に梓川の川沿いを河童橋に向かって歩きます。
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だいぶ歩くスピードが落ちてきました。少々お疲れのようです。
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天気はどんどん良くなってきて少し汗ばむようになってきました。
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どこを切り取っても美しい景色が続きます。
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来るときは雲で姿を見せなかった岳沢がきれいに見えました。
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右側から前穂高岳3090メートル、吊尾根から奥穂高岳3190メートルと続きます。さらに畳岩と天狗岩と間の岳と西穂高岳2909メートル。
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50年近く前にあの辺りを毎年歩きまわり、反対側の涸沢で夏スキーを楽しんだり、屏風岩の上でスケッチをしたり、貴重な経験を数多く体験しました。
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ようやく河童橋に着きました。紫外線が強いです。
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もう1度岳沢の姿を目に焼き付けておきます。
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もうこの山の頂を歩くこともないと思います。
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河童橋の上は通行人が少なかったのですが、3人連れの大学生らしい男の子に声を掛けてシャッターを押してもらいました。連れの2人が先へ行ってしまうのに何枚も撮ってくれて申し訳なかったです。
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河童橋の袂でも記念写真です。
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橋も基礎も変わってしまっていますが同じ場所の56年前の姿です。見比べてみると父のカメラは望遠レンズを使っていたのだということが分かります。
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6月初旬だと雪もたくさん残っていたようです。
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焼岳もきれいに映っていました。
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夏休みのシーズンなのに登山客の姿もハイカーの姿も少ないように思います。
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登山者がこの辺りを通過するのは午前中の早い時間ですが、7月下旬だというのにハイカーの姿も少なくのんびりできました。
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この先上高地に来ることもあるかどうか分からないので目に焼き付けておきます。
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そろそろ集合時間に近づいてきたのでバスターミナルに戻ります。
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梓川の流れも見納めです。
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最後に岳沢が美しい姿を見せてくれたのが何よりうれしかったです。
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東京を出る前は上高地の天気は良くないだろうと思っていたので、嬉しい誤算でした。それだけに喜びも大きいです。
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バスターミナルの車止めは馬の形のデザインになっていました。
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新島々からのバスもこんなきれいなものになっていて、路線バスのような雰囲気も感じません。
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子供の頃はこんなバスでしたから。行先も現在の「新島々駅」では無くて現在は廃線になったもう1つ先の「島々駅」だと分かります。この数年後に駅は無人駅になり、廃止されています。
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ボンネットバスが懐かしいです。
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現在はこんな豪華なデラックスバスです。そろそろ出発の午後3時30分です。
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ルートとしてはこのまま松本インターまで戻って、高速に乗って梓川サービスエリアで休憩して安曇野インターで高速を降りて白馬に向かいます。
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この辺りからバスの左側はほぼ絶壁のような急こう配の道を走り抜けていきます。80度くらいの崖にも木々が育っているのが不思議でしたが、万が一バスが落ちたら谷底まで落ちるなと思いました。
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詳しくは分かりませんが新しいルートのトンネルと道路が造られていました。
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稲核ダムが見えてきました。犀川上流部に建設された安曇3ダムの1つで、安曇3ダムの中では最下流に位置しています。
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ダム湖は水殿ダム直下にある水殿発電所の下部調整池として利用されていいます。これらは東京電力リニューアブルパワーという再生可能エネルギー発電の会社のようです
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新島々を越えると水田と青い空という実に日本的な景色が広がります。
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たまに怪しい雰囲気の雲も見えていますが、雨にはならなさそうです。
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この後は松本インターから高速に乗りました。
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高速に乗ってすぐの梓川サービスエリアで休憩になりました。すでに午後4時45分で、出発は午後5時とのことです。ホテル到着は午後5時30分の予定でしたが、これでは間に合いそうもありません。
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サービスエリアでは各地の名産品が見られるので楽しいです。我が家は誰も運転しないのでバスツアーに参加しないと来ることが出来ません。
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「信州安曇野田んぼアート」の前を通りましたが、バスの中からだと何だか分かりません。田んぼをキャンバスに見立てて色の異なる稲を使い、巨大な絵や文字を描き出すアート作品で、葉や稲穂が緑や紫、黄色などに育つ古代米などの稲を設計した配列に作付けすると、稲が成長するにしたがって鮮明な絵柄や文字が浮きだします。調べてみるとJAFで紹介されていました。2021年の田んぼアートは長野県出身の力士「御嶽海関」でした。
https://jaf.or.jp/common/area/2021/kanto/nagano/local-news/azumino -
そしてまた青々とした田んぼが続きます。奥の山々は北アルプスの大滝山と蝶ヶ岳と常念岳と続きます。
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中央の雲をいただいたのが有明山で、左奥には燕岳と右には餓鬼岳が並んでいるのですが見えません。燕だけは小学校の4年生の時に有明からバスで中房温泉に行って、そこから登った記憶とかが蘇ってきました。記憶というのはその場所に来ないと蘇らないのだとこの旅では何度も思いました。
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バスは大町線に沿って北上しますので、3つの湖が現れることは想像できていました。この日のルートというか3日間の車窓の景色は絶対に左側の方が美しいです。木崎湖から中綱湖と続きます。この辺りは1980年から2000年ころは一大リゾート地で、夏は湖でウインドサーフィンなどのスポーツ、冬はスキーで賑わったものですが、現在は寂れています。
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そして一番北側の青木湖です。ここは昭和50年の1975年にホテルの送迎スキーバスが湖に転落して24名が亡くなっています。そんな記憶も蘇りましたが、誰もそんなことは気にしていないでしょう。
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白馬の別荘地にあるホテルオークフォレストに到着したのは予定時間の午後5時30分を1時間以上遅れた午後6時40分でした。ここで泊まるのは15名のうち4名なので、残りの11名はここから30分ほどかかる栂池エリアのホテルまで移動が残っています。
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夕方は30分早く到着するのが2日あり、出発も30分遅い日が2日続くだけでもこのホテル指定にして良かったです。栂池のホテルよりこちらの方が外観もよかったようで、文句を言っている方もいました。ただクラブツーリズムやトラピックスではBランクのホテルのようです。
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駐車場にバスが2台停まっていましたが、ホテルの中は意外なほどに誰もいませんでした。大阪から来たクラブツーリズムのお客さんでしたが、食事時間以外に見掛けることはほとんどありませんでした。
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部屋は3階の一応眺めが良いであろう側のツインルームでした。窓の外には一応鹿島槍が見えました。
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基本はスキーシーズンのメインとしたホテルのようです。冷蔵庫はありますが、ガラスのコップやアイスペールは部屋に置いていないので、フロントで借りる必要がありますが、廊下に製氷機があるので便利でした。また、格安ツアーなので部屋の掃除はありません。浴衣はフロントの前に置いてあるので自由に使えますし、タオルも2泊分部屋に置いてあります。
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白馬は温泉地なので部屋のお風呂を使う事はありませんでした。ユニットバスなのでちょっと狭いのとアメニティはほとんどないと思った方が良いでしょう。ドライヤーはありました。
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通常は夕食の時間は午後6時ですが、我々はこの日到着が遅いので午後7時からでした。格安ツアーなので食事も期待していなかったのですが、そんなことはありませんでした。
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すき焼き風の鍋は多いくらいにお肉が入っています。
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キハダマグロのタタキも美味しかったです。何でこんな山の中でなんてことは考えないようにします。
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真薯と茄子と獅子唐の煮びたしも美味しいです。
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全部揃ったらこんな感じでした。エビフライに鰤の照り焼きにヒジキの煮物に卵豆腐…。レストランで接客しているのは外国人の方たちでしたが、冬のスキーシーズンは世界各国からお客が来るからだろうかと思いました。皆さんとても親切で気持ちよいサービスでした。
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今回のツアーは基本料金が1人30,000円で、ホテルのグレードアップが1人2,000円/泊でした。コロナ禍になってGoToの料金設定が上がったままになっているので、最近のツアーの料金はコロナ前の4割くらい高くなっている気がします。そんな中で2泊3日食事付きで30,000円はありがたい値段です。
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クラブツーリズムのお客さんは食事の時間も1時間違うので誰もいません。我々は個室のような部屋だったので密にならずによかったです。
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食事の後に部屋でくつろいでから温泉に行きました。バス2台のツアーが来ているので混んでいるだろうと思っていましたが。
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誰もいませんでした。
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白馬八方温泉はアルカリ性単純温泉です。白馬八方温泉は八方尾根の麓に位置する温泉地で、北アルプスの白馬槍ヶ岳直下、南俣川右岸に泉源があります。小学3年生の時に白馬岳と白馬鑓の縦走をして白馬鑓温泉で露天風呂に入ったことを思い出しました。
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昭和45年の1970年春に大阪万博と京都を旅して、夏は大阪万博と京都と名古屋と犬山を旅した上に、白馬と白馬鑓まで旅して忙しかったです。この時は知らない人に温泉に入っている姿を写真に撮らせてほしいと言われました。その後の北穂高の山小屋とかでもカメラマンの方にモデルを頼まれました。それくらい昭和40年代では本格的な登山をすることもは少なかったと思います。
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満天の星の下の露天風呂も気持ちよかったです。それも貸切りですから言う事はありません。妻の話によると女湯も同じだったそうです。
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夜中に鹿島槍の写真を撮ってみましたが、三脚が無いのでうまく獲れませんでした。
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翌日は別仕立てのバスで黒部を観光するので楽しみです。黒部ダムも昭和45年の1970年から50年振りの再訪なので楽しみです。
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