2014/09/01 - 2014/09/01
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blumentalさん
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観光5日目、ブレーメン、ツェレの次はハーメルンに向かいます。ハノーファーを起点に、全て方向の異なる3都市を往復する効率の悪い行程です。ハーメルンの木組みの街並みをじっくり散策したかったのですが、雨が降り出し不完全な観光となりました。
さらにハーメルンから戻る途中で、国鉄ストが始まりとんでもない目にあいました。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
8月27日(水) 10:45関空~15:00ヘルシンキ経由17:30~18:30ハンブルク着(ハンブルク泊)
8月28日(木) ハンブルク、シュヴェリーン、リューネブルク(ハンブルク泊)
8月29日(金) ハンブルク、リューベック(ハンブルク泊)
8月30日(土) ベルリン(ハノーファー泊)
8月31日(日) ゴスラー、ヒルデスハイム、ハノーファー(ハノーファー泊)
9月01日(月) ブレーメン、ツェレ、
★ ハーメルン(ハノーファー泊)
9月02日(火) カッセル、ゲッティンゲン、ハン・ミュンデン(ハン・ミュンデン泊)
9月03日(水) フルダ、アルスフェルト、フランクフルト(フランクフルト泊)
9月04日(木) 11:45フランクフルト~15:10ヘルシンキ17:20~(機内泊)
9月05日(金) 8:55関空着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- フィンランド航空
-
14:47ツェレ発のSEで15:14ハノーファー着、15:25発のS-bahnに乗り換えてハーメルンに16:10到着しました。
今日はハノーファーを起点に全て方向の異なる3都市を訪問していますが、どこに行っても曇り空。 -
駅前のバーンホフ広場Bahnhofsplatzに巨大ネズミのお出迎え。ここを右折してバーンホフ通りBahnhofstr.を進みます。
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突き当りを左折してダイスター通りDeisterstr.を西に進むと旧市街入口(駅前からほぼ1km)。地下道を抜けるとこんな風景が現れました。ここからオスター通りOsterstr.です。
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オスター通りに入ってすぐ左手にあるのがネズミ捕り男の家Rattenfängerhaus(1603年建築)。こんなのをヴェーザー・ルネサンス様式と言うそうですが、どこがそうなのかよくわかりません。
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現在はレストランです。ネズミ捕り男の看板があります。我々は彼を笛吹き男と呼びます。
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オスター通りは歩行者天国のメインストリートです。
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ネズミ捕り男の泉Rattenfänger-Brunnen。日本では「笛吹き男」、英語ではPied Piper(まだらの笛吹き男)。笛吹き男伝説のもとになった、1284年に起きたハーメルンの子供ら130人の失踪事件は未だミステリーです。
台座の側面にはたくさんのネズミが張り付いています。 -
中世にはネズミ捕りという職業があったそうです。中世のハーメルンのように製粉所がたくさんある町では、ネズミの集団発生は最大の脅威だったようです。彼はネズミをヴェーザー川で溺死させました。
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路面にも注目。
(上)ハーメルンのマンホール。
(下)ネズミの標識。 -
オスター通りを西へ。綺麗な町並みです。
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右側の薄橙色(今は肌色とは呼びません)の煉瓦の家はライストハウスLeisthausと呼ばれ、ヴェーザー・ルネサンス様式の建物のようです(1585-89年建築)。現在は左隣のシュティフツヘレンハウスと共にハーメルン博物館Museum Hamelnとなっています。
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隣の木組みのシュティフツヘレンハウスStiftsherrenhaus(1588年建築)も代表的なヴェーザー・ルネサンス様式らしいです。素人目にはどう見ても違うタイプに見えるんですが、ますますわからないヴェーザー・ルネサンス。
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イチオシ
オスター通りの北側の面を振り返って。日が照っていればもっと綺麗だろうに、残念。
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結婚式の家Hochzeitshaus(南側の面)。1610-17年に市民のために建てられた宴会ホールで、以前は一部の市民の結婚式に使用されていたそうです。
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オスター通りの西端から見た東の風景です。
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結婚式の家の西側の面には37個の鐘がぶら下がっています。
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イチオシ
マルクト教会と結婚式の家のツーショット。ハーメルン定番の風景です。
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マルクト教会Marktkirche St. Nicolai。13世紀ゴシック様式で建築後、18世紀にバロックの内装に改装。1945年の爆撃で損壊しましたが1957-59年に再建されたプロテスタントの教会です。
右手あたりがネズミ捕り男の野外劇が楽しめる場所のようです。 -
教会の西側にあるデンプターハウスDempterhaus (1607年建築)。デンプターはこの家を建てた人の名前だそうです。きっとこれもヴェーザー・ルネサンス様式だろうと想像はつきますが、定義が不明。
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マルクト教会の北側のプフェルデマルクト広場Pferdemarktから。Pferdemarkt って馬市場という意味ですが、昔ここで馬の売買でもされていたのでしょうか。
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広場の西側から北方面に歩いてみました。
(上)リッター通りRitterstr.を北に。通りの西側の面です。
(下)右折してバウ通りBaustr.を東に。通りの北側の面です。 -
再び右折してエンメルン通りEmmernstr.を南に。突き当りにマルクト教会がちらりと見えます。眺めていて心安らぐ町並みです。
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エンメルン通りの南端、この先がプフェルデマルクト広場です。焦げ茶色の木枠がいいですね。
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マルクト教会の北側、プフェルデマルクト広場に戻ってきました。広場の北東に位置する美しい木組みの土産物店。右下に1500年と書かれています。
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プフェルデマルクト広場にたつ「鉄のカーテンの割れ目」Öffnung des eisernen Vorhangesの彫刻(1992年作)。タイトルから想像するに、ドイツの再統一を記念したものでしょうか。
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プフェルデマルクト広場から眺めたマルクト教会(北東側)。
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教会に入りました。
造りも内装も簡素な感じ。 -
写真では身廊が金色に輝いて見えますけど、単なる光の加減かと思います。
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後陣のステンドグラス。
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続いて広場から南に伸びるベッカー通りBäckerstr.を歩きました。
西方向に伸びるフィッシュプフォルテン通りFischpfortenstr.にも木組みが続いていますが、少し覗いただけ。天気を心配していましたが、とうとう雨が降り始めました。 -
大聖堂やヴェーザー川を目指し、ベッカー通りをさらに進んでいたのですが、雨脚が強くなり断念。方向を変え、とぼとぼ駅に戻りました(途中の写真を撮っていないことからも、結構な雨だったように思います)。
何とかハーメルン17:50発のS-bahnに乗ることができ、定刻の出発です。予定なら18:33ハノーファー到着の予定でしたが.........とんでもない! -
列車は出発してから15分ほどの途中駅で止まったきり、いつまでたっても発車しません。突然車掌が入ってきてAussteigen! と叫び、どこかに行ってしまいました。
誰かのStreikという声から、国鉄ストが始まったことを察しました。取り残された我々はぞろぞろ下車するしかありません。日本ではありえないシーンです。
最初は大いに戸惑いましたが、どうせ乗客の大部分はハノーファーに向かうだろうと考え、周りの人の動向に注目。案の定10名ほどがバス停を求めて歩き始めたので我々も同行。
写真はバス停から撮った駅舎です。あとで調べたらシュプリンゲSpringeという駅でした。 -
20分程待つとハノーファー行きのバスが来たので乗車(バス賃4ユーロ×2)。
外はかなりの雨です。道の両側には草原やら、田舎の集落やら、天気が良かったら綺麗だろうなと思う風景が続きます。 -
とんでもない災難に会ったもんだと思う反面、これも旅先での思い出作りとも思い苦笑いです。一度出発した列車なら終点まで走らせればいいものを、スト開始時刻(おそらく18時)に合わせて一斉に職場放棄するとは、さすがドイツ、統制が取れてるなと(被害にあっていながら)感心してしまいました。
列車なら30分の区間をバスは1時間かけて、ようやくハノーファーに到着です。 -
19:40頃、中央駅という名のバス停で降りましたが、見慣れない風景に戸惑いました。どうやら中央駅の裏側(北側)のようです。ガード下をくぐり、表側(南側)へ。
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ハノーファー駅を覗いてみると、構内は列車に乗れなかった人達でごった返し。すごい人込みです。皆さん、これからどうするんでしょうか。
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こちらは騒動を引き起こした側ですね。
がんばれ労組、でも夏だけはストをしないでほしい。 -
もう20時、腹はぺこぺこです。駅を出て左手、ヨハヒム通りJoachimstr.を進むとレストランPaulaner がありました。店内の中央に木が生えている面白い造り。
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今日の疲れを癒してくれたのはパウラナーのバイツェンビール!(北ドイツに来てからミュンヘンのビールばかり飲んでいます)。
今回の旅行はどうも天候に恵まれていないようです。雨で街歩きが中断されたハーメルンは、私にとって再訪すべき街のトップにランクされました。やれやれ、とにかく明日は宿をハン・ミュンデンに移します。 -
ホテルへの帰り道、中央駅を覗いてみると人はまばらで静かでした。どうやらストは終わったようです。現在21:20、このまま駅前のホテルに戻りました。
※後日談です。ほぼ1年後の2015年8月に「ドイツ鉄道の労使交渉ついに決着」というニュースを知りました。前年から計9回にわたるストライキの結果、やっとで労使双方に合意を得たという内容ですが、その第1回目が2014年9月1日に行った3時間の警告ストであったと記載されていました。まさにこの時の出来事だったようです。
明日はカッセルの観光からスタート。列車の運行は大丈夫だろうと勝手に決めつけながら眠りました。
(カッセル)https://4travel.jp/travelogue/11685240
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