2020/11/16 - 2020/11/16
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nanochanさん
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近場を巡る旅「Petit Voyage! 東海道53次ぶらり旅2020」第6弾は、濱松宿(中区)にある「浜松城」への城攻めです。
天下人「徳川家康」は、青年期の17年間をここ浜松で過ごし、浜松城を本拠地として幾多の戦に明け暮れました。彼にとって浜松時代の一番の思い出は、武田信玄に完敗した「三方原の戦い」でしょう。しかし、彼はこの敗戦を糧に天下人へと駆け上がるのです。
浜松市内には、多くの家康ゆかりの地が残っています。今回は、「出世城」とよばれる浜松城近辺の史跡を巡ります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
1<本日のコース>
今日は、浜松駅をスタートして、5カ所の家康の史跡を回ります。
メインは、もちろん家康の居城「浜松城」です。浜松駅 駅
-
2<「出世大名 家康くん」>
浜松駅を出ると、モザイカルチャーの「出世大名 家康くん」が迎えてくれる。冬枯れのためか、顔の表情がはっきり見えなくてちょっと残念。 -
3<「家康の散歩道」>
浜松駅から北に向かう通りの街灯の上には、こんなオブジェが。
これは、家康公の兜の飾り「前立(まえたて)」をあしらったもので、これをたどっていけば、いくつかの史跡を回りながら浜松城にたどり着けるようになっています。 -
4<誕生の井戸>
最初の史跡は、2代将軍「徳川秀忠公」誕生の井戸。 -
5<家康の子供たち>
家康には、16人の妻との間に16人の子供がいたと言われています。嫡男の「松平信康」は信長から謀反の疑いを掛けられ、家康は苦渋の決断で切腹を申しつけます。さらに、次男の「結城秀康」を人質として、天下人の秀吉に差し出すことになります。そんなわけで、この地で誕生した三男「徳川秀忠」が2代将軍となるのです。 -
6<椿姫観音堂>
2つめの史跡は、誕生井戸から徒歩10分ほどの「椿姫観音堂」。
三河の家康が遠州に攻め込んだとき、この「曳馬」の地を治めていたのは今川方の「女城主 お田鶴の方」でした。女城主というと数年前の大河ドラマ「井伊直虎」が有名ですが、浜松には、ほかにも女城主がいたのです。 -
7<お田鶴の方>
お田鶴の方は家康の正室「築山殿」といとこだったこともあって、家康は城を渡せばお田鶴の方の命を助けると伝えました。しかし、お田鶴の方は受け入れず、12月25日に家康は城を攻め、お田鶴の方は、甲冑を着て家来や侍女300人余りを従えて戦いましたが多勢に無勢、お田鶴の方を含む全員が討ち死にしました。このお堂は、家康と築山殿が彼女や侍女たちの菩提を弔うために建てたものです。周りにたくさんの椿が植えられたことから「椿姫観音堂」と呼ばれるようになりました。 -
8<東照宮>
椿姫観音堂から西に歩いて10分ほどで、3つめの史跡「東照宮」に着きました。 -
9<曳馬城あと>
入り口の古びた石碑には「曳馬城跡」の文字。
ここに、女城主「お田鶴の方」の居城があったのです。 -
10<元城町東照宮>
かつて激しい戦いが行われた跡には、元城町東照宮が建てられていました。 -
11<パワースポット>
日光東照宮や久能山東照宮などとは比べられないほど質素(失礼!)なこの東照宮ですが、近年「パワースポット」として注目されるようになり、参拝する人も多くなったそうです。そのわけは・・・・・。 -
12<二公像(にこうぞう)>
境内にあるこの二体の像は「二公像」。一体は「徳川家康公」、そしてもう一体は「豊臣秀吉公」です。
家康は分かりますが、なぜここに秀吉がいるのでしょう? -
13<日吉丸(秀吉)>
武将になる夢を持つ日吉丸(秀吉)は、尾張からこの地にやってきて曳馬城を訪れます。持ち前の才覚を発揮して、今川の家臣であった「松下嘉平治」に気に入られ、この武将の下で数年間を過ごすことになります。
浜松は、秀吉ゆかりの地でもあったのです。(びっくり) -
14<家康像>
家康は、秀吉が浜松を去った数年後に、今川氏の城「曳馬城」を攻め落とし、この地を治めるようになります。
二人に直接の接点はなかったと見られていますが、この地に二人の天下人が訪れたことが脚光を浴びるようになり、それで「パワースポット」として注目されるようになったのです。 -
15<権現道>
境内に「権現道」の石碑。詳しいことは分かっていませんが、「三方原の戦い」で家康(権現様)が落ち延びた道ということで、後に置かれたようです。 -
16<浜松城 遠景>
東照宮から南西に浜松城が見えました。堂々とした姿です。
家康は、曳馬城より高いところに新たに築城を命じ、名も「曳馬城」から「浜松城」に改めました。理由は、「曳馬」は馬を曳く=敗戦につながり縁起が悪いと考え、もともと「濱津」と呼ばれていたこの地の名から「浜松城」と名付けました。 -
17<ホテル コンコルド>
東照宮を後にして、浜松城公園に向かいます。
これは浜松城公園の北に建つ「ホテル コンコルド」。城の近くにあるホテルは、「○○キャッスル」なんて名前をよく聞くのですが・・・。
まあ、どうでもいいことでした。ホテルコンコルド浜松 宿・ホテル
-
18<浜松城公園>
さて、いよいよ「城攻め」です。 -
19<浜松城公園>
と思ったら、親子がお城を眺めながら楽しそうにピクニック。
なんだか、和む風景でした。浜松城公園 紅葉
-
20<スタバ 浜松城公園店>
おや?スタバがある! さすがスタバ、公園にマッチした建物でした。 -
21<浜松城公園>
スタバの横を抜けると、緩やかに上る長い石畳がありました。
たくさんの落ち葉に、秋の深まりを感じます。 -
22<日本庭園入り口>
少し細い道に向かうと、こんな門がありました。
ここは、日本庭園の入り口です。 -
23<日本庭園>
浜松城の北東には、結構大きい回遊式日本庭園が広がっていました。 -
24<竹林>
竹林もいい雰囲気を醸し出しています。まるで京都みたい。 -
イチオシ
25<橋>
太鼓橋の向こうに見えるのは、もみじでしょうか?
12月になれば、さぞやきれいに色づくことでしょう。 -
26<せせらぎ>
橋を渡るとき、水音が聞こえてきました。
奥に段差のある組石があり、その三段の滝を下る水音でした。 -
27<東屋(あずまや)と滝>
太鼓橋の近くには東屋があり、その前に高さ3メートルほどの滝がありました。東屋に腰を下ろし、滝の音を聴いていると忙しい日々を忘れます。 -
28<つくばい>
東屋の近くに、こんな「つくばい」が・・・。
滝の音とつくばいの音のハーモニーを楽しみました。 -
29<厠(かわや)>
これは、公園内にあった厠(かわや)。画面では分かりにくいですが、歴代城主の家紋が石垣部分にデザインされた、おしゃれなトイレでした。 -
30<美術館への道>
公園内には、浜松市美術館もあります。そのため、そこに向かう石畳には地上絵のような面白いデザインが施されていました。 -
31<浜松市美術館>
浜松市美術館は、市制60周年を記念して1971年に開館しました。郷土ゆかりの作家(曾宮一念、北川民次、秋野不矩など)を中心とした近現代の洋画・日本画を収蔵しています。ガラス絵のコレクションでも有名です。浜松市美術館 美術館・博物館
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32<交番>
これは、浜松城公園東側にある交番。ここもお城風の造り。 -
33<発掘調査中>
以前、公園内にあった「元城小学校」が移転した跡で発掘調査が行われていました。「元城」だけあって、いろいろな発見があるようです。 -
34<「鎧掛けの松」>
この松は「鎧掛けの松」といいます。三方原の戦いで、ほうほうの体で城に逃げ帰った家康が、鎧を脱いで掛けた松と言われています。 -
35<浜松城 遠景>
浜松城を南側から見た風景です。以前は木々が生い茂り石垣が見えませんでしたが、元々城内に木々は生えていなかったということで、木を伐採したことで当時の姿がよみがえりました。浜松城 名所・史跡
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36<桜の名所>
浜松城公園には約340本の桜の木があり、市内随一の桜の名所となっています。来年は、花見ができるでしょうか・・・。 -
37<若き日の家康像>
本丸御殿のあった場所に「若き日の家康像」が立っています。静岡市にも家康像がありますが、それは隠居後の貫禄ある姿。一方、ここの家康は戦に明け暮れた青年期の姿で、精悍な表情をしています。 -
38<天守門>
さて、城攻めと行きましょう。本丸の上には、天守門がどっしりとした姿を見せています。 -
39<鏡石>
門の両側には「鏡石」。巨石を置くことで自らの力を誇示しました。
大阪城の縦5.5m、横11.7mの巨大な「蛸石」は有名ですよね。 -
イチオシ
40<いざ、天守へ!>
天守門をくぐると、目の前に浜松城がそびえていました。
小ぶりですが、なかなか美しいフォルムです。 -
41<天守門>
これは、裏側から見た天守門。
表側は厳つい感じだけれど、裏側は優しい感じに見えます。 -
42<浜松城>
ここで衝撃の事実を!!
実は、家康時代の浜松城は野戦の城で砦のような形だったそうです。だから、これは家康の城ではありません!!
秀吉の命で家康が関東に移った後、ここは秀吉の東海道を押さえる重要な拠点として、豊臣の家臣である「堀尾吉晴」が支配しました。諸説ありますが、現在の形の浜松城は、堀尾氏が築いたようです。 -
43<野面積み>
現在の天守閣は、戦後に造られた模擬天守ですが、この石垣は約400年の風月を耐え抜いた当時のものです。
現在まで、いろいろな天変地異があったと思いますがよく形を残しています。昔の人は、本当にすごい。 -
44<おや、石垣が余っているぞ!>
この角度から見ると、石垣の大きさと天守閣の大きさが合っていないことが分かります。この天守閣は市民の寄付で建てられたのですが、戦後すぐということで資金がたくさん集まらず、規模を縮小して造られました。
昔は、もっと大きな天守閣が建っていたはずです。 -
45<天守門へ>
この角度から見ると、武者走りがそのまま天守門に続いている構造であることが分かります。 -
46<天守門>
天守門は明治の初期まで現存していましたが、廃城令により取り壊されてしまいました。今思うと、本当にもったいない。
しかし、写真や絵図、図面などが残っていたため、近年再建されました。よかった、よかった。 -
47<木造づくり>
昔は、コンクリート製の模擬天守が全国で建てられていましたが、現在では厳しい規制がかかっています。ここは、資料がしっかり残っていたため再建が許可されたのでしょう。
浜松城では、今後「富士見櫓」の再建等も計画されています。 -
47+α<浜松城 御城印>
天守門内で、御城印をいただきました。通常の御朱印とは別に「徳川家康公 築城450年記念」の限定御朱印があったので、「限定」に弱い私は迷わずこちらを選びました。 -
48<稲荷社>
天守門のそばにあるのは、稲荷社。かつては、八幡社もあったようです。 -
49<富士山は・・・>
この方角に富士山がみえるはずですが、この日は雲が多く、残念ながら見えませんでした。高い建物がなかった昔、家康もここから霊峰富士を眺めていたはずです。 -
50<天守曲輪(くるわ)>
天守曲輪から南をみたところ。大きな建物は、浜松市役所。
その横の広場は、堀や城門、清水曲輪があったところ。
小規模な城に見えますが、かつては日本でも有数の広大な城でした。 -
51<井戸>
城に欠かせないものの一つが「井戸」です。籠城を考えた場合、水は死活問題。浜松城には、11もの井戸があり、ここ天守曲輪には、この「銀名水」のほか、天守閣の地下にも井戸がありました。これは、全国の城でも珍しいもの。天守閣がリニューアル中で、井戸を見学できず残念でした。 -
52<浜松城門あと>
ここは天守曲輪の西側。かつては、ここにも門がありました。 -
53<野面積み>
天守曲輪より一段低い西端城曲輪から見上げた浜松城。
自然の山をうまく利用して石垣を築いていることが分かります。これも、堀尾時代に築かれたもの。 -
54<野面積み>
大阪城や名古屋城、熊本城などのような整然と積まれた石垣は確かに美しいですが、このような無骨な石垣も美しいものです。 -
55<五社神社・諏訪神社>
浜松城を後にして、南へ徒歩で10分ほどのところに「五社神社」と「諏訪神社」があります。ここは、秀忠誕生の折、家康が産土神として社殿を造営した徳川家ゆかりの神社です。五社神社 諏訪神社 寺・神社・教会
-
56<七五三>
ちょうど七五三の時期で、たくさんの親子連れが訪れていました。 -
57<手水場>
この手水場の手水鉢は、浜松城主「高力摂津守」が寄進したもの。 -
58<拝殿>
五社神社と諏訪神社は、戦前は国宝として認定される立派な建物でした。しかし、浜松が軍事都市であったため、終戦間近には何度も爆撃や艦砲射撃を受け、市内のほとんどは焼けてしまい、五社神社と諏訪神社も灰燼に帰しました。ああ、もったいない。 -
59<旧国宝社殿>
写真は、先の大戦で焼失する前の社殿です。家康を超リスペクトする孫の「徳川家光」は、祖父が造営した神社を「超豪華」に建て直しました。
そのきらびやかな姿は、「お江戸見たくば五社諏訪ごろじ(見てごらん) お江戸まさり(江戸に勝るほど)の五社や諏訪」と謡われました。
※写真は、五社神社・諏訪神社様のHPからお借りしました。
https://gosyajinjya-suwajinjya.or.jp/about.php -
60<御菓子司「あおい」>
最後に、家康に関係する御菓子を紹介します。
店の名前「あおい」は、もちろん「葵」の御紋から来ています。 -
61<歴史菓子>
家康伝説はいろいろと残っていますが、一番面白いのは、敗戦で浜松城に逃げ帰る途中、腹を減らした家康が茶店の「小豆餅」をつまみ食いし、それを見たおばあさんが走って1㎞ほど追いかけて銭を取ったというお話です。戦の時に餅を盗んだり、それを1㎞も追いかけるおばあさんなどあり得ないのですが、現在でも浜松市内に「小豆餅」「銭取(ぜにとり)」として、町名やバス停として残っています。
Petit Voyage! ⑥「あの浜松城は、家康の城じゃない!?」は以上です。
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