2020/12/25 - 2020/12/25
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2021年、明けましておめでとうございます。
さて、近場を巡る旅「Petit Voyage! 東海道53次ぶらり旅2020」第7弾は、濱松宿(天竜区)にある「二俣」への旅。
天竜川は、長野県の諏訪湖を源として、南に流下し遠州灘に注ぐ流路延長213㎞(日本9位)の大河川。その天竜川が山間部から遠州平野に出る場所にあるのが「二俣」です。この地は、あの世界の「HONDA」の生みの親「本田宗一郎」が生まれ育った街。Part①は、幻の将軍「松平信康」自刃の地「二俣城」と「本田宗一郎ものづくり伝承館」を巡ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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-
1<本日のルート>
全体では7か所を回りますが、part1は①「二俣城」と②「本田宗一郎ものづくり伝承館」訪問の記録です。 -
2<天竜川橋梁>
ちょっと見づらいですが、手前の緑色の橋が「天竜浜名湖鉄道」の天竜川橋梁(登録有形文化財)で、後ろの銀色の橋が国号362号の「鹿島橋」。天竜浜名湖鉄道には、多くの「登録有形文化財」があり、それが一つの「ウリ」となっています。天竜川橋梁 名所・史跡
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3<橋を越えれば・・・>
鹿島橋(かじまばし)は、昭和12年に完成した「上曲弦カンチレバートラス橋」で、戦前のものとしては現存する最大スパンの橋で、土木学会の土木遺産となっています。この橋を渡り、前方の鳥羽山のトンネルをくぐれば、天竜路の入り口「二俣」の街。 -
4<天竜区二俣>
天竜区「二俣」は、天竜川が山間部から平野部に出る場所にあり、かつては天竜木材や繭の取引場所として栄えた地。地名の由来は、川の流れが二又になっていたり、街道が交わっていたりする「交通の要衝」からきています。 -
5<二俣城>
二俣城は、甲斐の武田勢への備えとして徳川家康が築城したものです。
武田信玄の遠州攻めでは、武田の大軍に対して城代中根正照以下籠城し必死に抵抗しましたが、最後は水を絶たれてついに落城しました。二俣城址 名所・史跡
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6<城山公園>
城山公園は二俣城の跡に整備された公園で、春には100本のソメイヨシノが咲く桜の名所です。史跡公園なので、遊具などはありません。二俣城址(城山公園) 名所・史跡
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7<二の丸・本丸>
都市部でなかったことが幸いし、今でも石垣や空堀、曲輪など昔の遺構が残っています。 -
8<追手門>
階段は後に整備されたものですが、追手門の石垣は当時の姿をよく残しています。 -
イチオシ
8<二の丸の紅葉>
追手門を過ぎると「二の丸」です。
赤や黄色、オレンジと、見事な紅葉が見られました。 -
9<城山稲荷神社>
二の丸の横にあるのが「城山稲荷神社」。稲荷神社というと農業の神ですが、城や国を護る御利益もあるそうで、いくつかの城跡に見られます。 -
10<花木園>
ここ「花木園」も見事な紅葉。地面は、赤い絨毯のようでした。 -
11<本丸>
花木園をすぎると、開けた場所に出ました。ここは、二俣城本丸。 -
12<野面積み>
これは、「野面積み」の天守台。浜松城のそれととてもよく似ています。
ここの石も、浜名湖の北側で切り出された珪岩(けいがん)でしょう。 -
13<二俣城 天守台>
この天守台は、家康が関東に移封された後、豊臣方の浜松城主「堀尾吉晴」が整備したものと見られています。 -
14<井伊家ゆかりの地>
ここ二俣城は、信長の嫌疑をかけられて自刃した家康の長男「松平信康」の終焉の地。彼の母であり家康の正室であった「築山殿」も同じ時に嫌疑をかけられ殺害されます。この親子と大河ドラマの主人公だった「井伊直虎」は親戚関係だったため、ここは「井伊家ゆかりの地」の一つとなっています。 -
15<天竜奥三河国定公園>
「天竜奥三河国定公園」は、長野県、静岡県、愛知県にまたがる国定公園。史跡のほか、天竜峡や鳳来寺山、秋葉山、茶臼山高原、阿寺の七滝、佐久間・秋葉ダムなど多種多様な景観が特徴です。 -
16<天守台から見た本丸>
天守台から見た本丸です。結構な広さがあります。
かつて、ここにはどんな建物があったのでしょうか。 -
17<天然の要害・天竜川>
天守台から視線を北に移すと、そこには「大天竜」の流れが。
ここは、天然の要害に築かれた攻めにくく、守りやすい城でした。 -
18<堀切>
ここは、二の丸と蔵屋敷との間に設けられた「堀切」。
堀切は、主に山城に用いられた防御のために設けられた空堀の一種です。 -
19<紅葉>
堀切のモミジも、きれいに紅葉していました。 -
20<喰違虎口(くいちがいこぐち)>
本丸の北東にある「喰違虎口」。土塁や石垣をわざと曲げて(食い違い)設けることで、攻撃しにくく、守りやすい造りとなっています。 -
21<北曲輪>
喰違虎口を北に進むと、北曲輪。現在は「旭ヶ丘神社」となっています。 -
22<旭ヶ丘神社>
ここは、日清、日露戦争および満州事変、太平洋戦争等の国事で亡くなった二俣出身者や縁故者の霊を祀った神社です。 -
23<レトロな建物>
二俣城趾のあと向かったのが、1㎞ほど北にあるちょっとレトロな建物。
ここは、誰もが知っている世界的自動車メーカー創業者の記念館です。 -
24<本田宗一郎ものづくり伝承館(国の登録有形文化財)>
ここ二俣は、ホンダの創業者「本田宗一郎」の出身地。旧二俣町役場は改装され、現在では「本田宗一郎ものづくり伝承館」となっています。本田宗一郎ものづくり伝承館 美術館・博物館
-
25<本田宗一郎>
本田宗一郎は、1906年11月17日、静岡県磐田郡光明村(現在の浜松市天竜区二俣)に父・本田儀平、母・みかの長男として生まれました。父は腕の良い鍛冶職人で、母は機織りの名手でした。宗一郎少年は、貧しくはありましたが、のびのびと育てられ、やがて機械への好奇心が人一倍強い青年へと成長していきます。 -
26<宗一郎の名言1>
1階には、宗一郎の名言がいくつか掲示されています。
「世間でいう悪い子に期待している」は、「大人の目を恐れず、若者らしく勇気を持っていろんな経験をし、視野を広げろ!」という若者へのメッセージ。さすが、オヤジさん(宗一郎)はちがうなぁ。 -
27<アート商会 浜松支店>
小学校を卒業後、東京・本郷湯島のアート商会で丁稚(でっち)奉公した宗一郎は、腕を見込まれ、21歳の時に暖簾分けしてもらい浜松にアート商会の支店を開きます。左にある自製のスポーツカー『ハママツ号』のすぐ右横に立つサングラスをかけた人物が、宗一郎。一番右側の店内にあるリフト式修理台は宗一郎が発明したもので、この頃から"浜松のエジソン"と呼ばれていたそうです。 -
28<ポンポン>
浜松は、バイクのふるさとでもあります。ホンダ、ヤマハ、スズキと国内の3大メーカーは全て浜松がルーツで、市内にはその昔多くのバイクメーカーがありました。自転車にエンジンを載せた「バイク」が走る音が「ポンポン」と聞こえたため、浜松ではオートバイのことを「ポンポン」と呼んでいました。 -
29<ホンダC型>
館内には、ホンダ黎明期のバイクがいくつか展示されています。
この「ホンダ C型」は、1949に発売されたエンジン・フレーム共に、自社設計による初のモデル。この年、東京・丸子多摩川で開催された日米親善レースに出場し、いきなりクラス優勝を果たし皆を驚かせました。 -
イチオシ
30<ホンダカブF形>
「ホンダカブF形」は、1952年に発売された「補助エンジン付き自転車」で、ホンダのオートバイ躍進の基盤を築いた機種です。「白いタンク、赤いエンジン」の愛称で親しまれました。ちかみに「カブ」とは、かわいらしい小熊のこと。 -
31<宗一郎の名言2>
心に残った名言の二つ目が、「当社は絶対に他の模倣をしない―」です。
このホンダスピリッツが、CVCCエンジン開発やF1挑戦、そしてホンダジェットへと連綿と続いています。
そうそう、先日NHKで放送された「魔改造の夜」で見事に優勝した「H技研」の「瓦割りくまちゃん」と「空飛ぶお掃除ロボット」は、まさに「当社は絶対に他の模倣をしない―」を体現したものでした。 -
32<スーパーカブ C100型>
「我が国の実情に合う小型の二輪車」を合い言葉に、1年半以上の開発期間を経て1958年に発売となったのが初代「スーパーカブC100型」です。
クラスの1の高性能と扱いやすさで、爆発的ヒットとなり月産3万台という驚きの数字をたたき出しました。
そういえば、うちの父親も乗っていたなぁ・・・。 -
33<リトルホンダ P25>
「リトルホンダ P25」は、1966年発売の女性ユーザー向けに開発されたモペットタイプのバイクです。自転車感覚で乗れるように考慮された手動ブレーキやペダル始動しやすいエンジン、U形フレームが特徴です。
たしか「リトホン」と呼んでいたような・・・。 -
34<ホンダ ベンリイ CB92 スーパースポーツ>
「ホンダ ベンリイ CB92 スーパースポーツ」は、1959年に発売された、ベンリイC92を高性能化し初めてCBの名がつけられたスポーツバイク。最高出力15ps/10500rpm、最高速130km/hを誇り、リッターあたり100psを超える高性能で各レースで活躍しました。 -
35<「オヤジ」とよばれた男>
怖いものを昔は「地震、雷、火事、オヤジ」と言いました。若い人は知らんだろうなぁ。宗一郎は、怒るときは本気で怒り、時には手が出ることもあったそうです。それで、社員たちからは「オヤジ」とよばれていました。でも、そこには怖さだけでなく、本気で叱ってくれることに対する感謝の気持ちも込められていました。
今は、本気で叱ったり叱られたりすることが少なくなり、寂しいね。 -
36<ホンダ ドリーム CB750型>
これは、1969年にCBシリーズのフラグシップモデルとして発売された「ホンダドリームCB750FOUR」。量産オートバイで世界初の200km/hを超えた高性能バイクで「ナナハンブーム」を巻き起こしました。
「ドリーム」は、本田宗一郎が追究していた『夢』からきています。 -
37<なぜか Kawasaki>
CB750の横には、1970年式の「Kawasaki 500SS MACHⅢ」。
MACHⅢが目指したものは世界最速。操縦安定性や騒音、排気煙など、安全や環境への配慮は二の次。現在では、このようなバイクを量販車として発売することは、まず不可能です。(けなしではなく、賛辞です) -
38<ASIMO(アシモ)>
バイクだけでなくロボットもありました。「ASIMO」は、本田技研が開発した世界初の本格的な二足歩行ロボット。自在に歩くことができ、階段の上り下り、旋回、ダンスなどをする姿は、世界に驚きを与えました。
開発の動機に「鉄腕アトム」があったことは有名。 -
39<モンキー 黄>
これは、1967年に発売されたレジャーバイク「モンキー」。
その愛らしい姿と素人でも改造しやすい構造が受け、スーパーカブに次ぐロングセラーバイクとなりました。派生モデル・限定モデルは数多く、2017年に排出ガス規制により一旦は生産終了となりましたが、規制をクリアできる125㏄エンジンを搭載し2018年に再デビューしました。 -
40<オレンジ モンキー>
こちらは、オレンジ色のモンキー。かわいい。ほしい。 -
41<木製のモンキー>
木工職人さんが作った木製のモンキーがありました。よく作ったもんだ。 -
42<CVCCエンジン>
環境保護のため米国のマスキー法が示されたとき、世界中のどのメーカーもその数値をクリアできないとさじを投げましたが、その中で颯爽とその数値をクリアして世界を驚かせたのがこの「CVCCエンジン」した。 -
43<マスキー法>
こ宗一郎の「「当社は絶対に他の模倣をしない―」のホンダスピリッツがなければ、このエンジンの開発は不可能だったでしょう。
「モノマネ」と揶揄されていた日本が、それを克服した歴史的瞬間でした。 -
44<製図台>
これは、宗一郎が実際に使っていた製図台です。
「このハンドルを実際にさわっていたんだ」と思うと、わくわく、どきどきしてきました。 -
45<画家・本田宗一郎>
館内には、いくつもの絵画がありました。「こりゃ何だ?」と思って解説を見ると、何と宗一郎が描いた絵の数々でした。こんな才能もあったなんて・・・。 -
46<画家・本田宗一郎>
風景画と静物画が多く、素材として気に入っていたようです。 -
47<ミュージアムショップ>
館内にはミュージアムショップがあり、ホンダ関係の他、地域関係のグッズもたくさんありました。 -
48<土産物①・②>
購入したのは、地元遠州紬(えんしゅうつむぎ)のスーパーカブ模様のマスク。そして、「成功したときに反省せよ」の宗一郎名言鉛筆。その言葉、肝に銘じます。 -
49<土産物③>
調子に乗って「名車ファイルホルダー」も買っちゃいました。
「Honda S800」 今でもかっこいいなぁ。
Petit Voyage! 2020⑦「世界の『HONDA』を生んだ街『二俣』」part①は、以上です。
最後までごらんいただき、ありがとうございました。
次回は、昭和の香りがする二俣の街をぶらぶらしたり、産業遺産の第三セクター「天竜浜名湖鉄道」二俣駅などを訪れたりする「二俣の街part②」をアップする予定です。
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