2020/09/25 - 2020/09/25
94位(同エリア220件中)
万歩計さん
この旅行記のスケジュール
2020/09/25
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三井港倶楽部
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三川抗
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三池炭鉱専用鉄道 妙見駅跡
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万田坑
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この旅行記スケジュールを元に
大牟田は生まれ故郷から国鉄駅を南へ6つ、デパートのある「都会」だった。幼い頃の楽しみは、親に連れられ年に1~2回デパートに行き、食堂でお子様ランチを食べ、屋上遊具に乗り、最後にオモチャを買ってもらうことだった。しかし行くのは決まって3つ北の久留米のデパート。近いということもあったが、大牟田はゴミゴミした炭坑と工場の町として敬遠していたのかもしれない。以来大牟田に行く機会がないまま現在に至った。
5年前に大牟田の石炭産業遺産が世界遺産に指定されたので、これを機に大牟田を歩いてみた。
歩いた印象は、世界遺産に指定されたとはいえ、操業停止とともに放置された状態からやっと修復・保存が始まった、という事だった。草ぼうぼうの空き地に打ち捨てられて鉄材、作業建屋の中で放置された機械類は、見方によればガラクタの山である。
しかし、これを見ていると数十年前で時間が止まったままで、ここに人を配置して「パン!」と手を叩けば、当時そのままに作業が始まり、機械が動き出す状態だった。もしこれらが綺麗に整理され「展示物」になったら、この「リアルさ」が消え寂しいものになってしまうだろう。
ここの世界遺産は、華やかな観光性はない。しかし歴史ファン、特に万歩計のような廃墟ファンには「渋い魅力」が堪らない。
町を挙げて観光に力を入れている熱意も感じられた。ボランティアガイドの方は一人でも熱心に説明してくれ、途中で道を尋ねた地元の人はとても親切だった。
この世界遺産の見学には、以下の3点をお勧めする。
①石炭観光科学館でまず「お勉強」すること。これで実物見学の理解が深まるし、写真撮影のポイントをチェックできる。
②観光の順番としては石炭観光科学館をスタートして、石炭観光科学館→三池港→万田坑→宮原抗→宮浦石炭記念公園、の順で反時計回りに回り、途中で三池鉄道の廃線ウォークを加えるとよい。移動手段はレンタサイクルがベストで、大牟田駅前の観光案内所で格安でレンタルできる。
③万田坑ではガイドツアーに参加する。そうでないとどこを見ていいかわからず、見たとしてもガラクタや廃墟としか思えない場所が多い。
旅行記を2冊に分けた。
1冊目:石炭観光科学館→三池港→万田坑
2冊目:廃線沿線→宮原坑→宮浦石炭記念公園
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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西鉄天神駅で9:30発大牟田行特急に乗車。
西鉄天神大牟田線 乗り物
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新型の観光特急「水都」です。大牟田まで1040円で特急料金不要。
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先日来の集中豪雨で、筑後平野には冠水した田畑も。
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柳川を過ぎ矢部川河口を通過。有明海沿岸道路の吊橋が見えます。
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福岡から1時間5分西鉄大牟田駅に到着
大牟田駅 駅
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石炭を掘るマスコットキャラクターのジャー坊。
大牟田駅 駅
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駅を出ると観光案内板。
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駅前の観光案内所。大牟田市の人口は炭鉱が最盛期だった1960年の21万人から現在は11万人に半減。世界遺産指定を受けたのをきっかけに、観光に力を入れているようです。
世界遺産巡りはここでレンタサイクルを借りよう by 万歩計さん大牟田観光プラザ 名所・史跡
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準備された多くのパンフレットでもその意気込みが見えます。
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係の人のアドバイスをもらい、石炭観光科学館→三池港→万田坑→宮原抗→宮浦石炭記念公園、のルートで回ることにしました。
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小回りの利くレンタサイクルを利用します。1日たったの510円!
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10:56 大牟田駅前をスタート
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駅西口に行くと、昔福岡市内を走っていたチンチン電車が。
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戦中から昭和27年まで大牟田市内を走っていた電車で、最後は福岡市電として昭和50年まで使われていたそうです。
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最初に来たのは大牟田駅から15分の石炭観光科学館。ここでこれから回る先の予備知識を入れておきます。
世界遺産巡りの前に、ここで事前勉強 by 万歩計さん大牟田市石炭産業科学館 美術館・博物館
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三池炭鉱で採掘された石炭塊。地質年代は新生代古第3期層というから6600万年前から2300万年前。意外と新しいなぁ。
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世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の説明コーナー
幕末から明治時代にかけて、日本は西洋の技術を取り入れて、驚くべきスピードで産業革命を成し遂げました。その中心が製糸・紡績工業の軽工業と、製鉄、造船、石炭の重工業でした。
「明治日本の産業革命遺産」は製鉄・製鋼、造船、石炭といった重工業に関する7県にある23の遺産群で、2015年に世界文化遺産に登録されました。
ちなみに軽工業分野では、群馬県の富岡製糸場が「富岡製糸場と絹産業遺産群」として、2014年に世界文化遺産になっています。 -
時代順に三池炭鉱の歩みを見ていきます。
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三池で石炭が発見されたのは15世紀で、本格的に採掘されるようになったのは江戸時代中期です。明治になった一時官営化されますが明治22年に三井組に払い下げられました。
この時の初代総長が、東京大学助教授から三井に転籍した團琢磨。彼は当時最新の技術を導入し炭鉱の近代化に努めたことから、三池炭鉱育ての親と呼ばれています。 -
炭坑節と團琢磨。作曲家・エッセイストの團伊玖磨は琢磨の孫です。
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大型船による石炭積み出しを可能にするために、明治41年に造られた三池港。この後行きます。
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石炭や労働者を運ぶために敷かれた鉄道。これらの遺構も訪れます。
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100年前の炭坑模型。これから行く万田坑や宮原抗がこのタイプです。
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当時のつるはしとカンテラ
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時代が下って60年前、最盛期の炭坑です。
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装備も今のものに近い。
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労働力不足を補うために、1930年まで囚人による労働も行われていたそうです。後で行く宮原抗近くに集治監跡が残っていました。
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三池炭鉱は時代とともに有明海の海底深くに延びています。
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炭坑の労働は危険と背中合わせ。抗夫は仕事前に安全を祈りました。
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地階に、閉山直前の有明海の地下の採炭作業現場が再現されていました。
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石炭を掘り出すカッター
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石炭を運び出す電車。昔は人力や馬が使われていました。
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巨大な機械類が目の前に現れ、なかなかの迫力です。
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「お勉強」を終え、これから実物を見に行きます。
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石炭観光科学館から20分、三池港の手前にあった旧三井港倶楽部。 明治41年三池港の開港に合わせて建てられた、明治の雰囲気が残る木造洋館です。
三井港倶楽部 グルメ・レストラン
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三井港に入港した外国高級船員の休憩所や三井の迎賓館として使われましたが、現在はレストランになっています。
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敷地内の團琢磨の胸像
團琢磨は岩倉具視使節団に参加し渡米し、そのままアメリカに滞在し英語を猛勉強後、MIT鉱山学科を卒業しています。 -
旧三井港倶楽部のすぐ横に三川抗跡。土、日のみの公開との事で、正門から写真だけ撮ったが、中に入れたらしい。残念!
三川抗は1940年開抗で最新鋭の技術が結集された炭坑でした。しかし1963年に死者458人、一酸化炭素中毒患者839人という戦後最大の炭鉱事故を起こしました。その2年後、三池工業高校が夏の甲子園大会で全国優勝を果たし、事故の傷跡が癒えない町にこの上ない救いになりました。当時の監督は原辰徳巨人軍監督の父、貢氏。
当時中学生だった万歩計の記憶に鮮明に残っています。 -
三川抗から5分、三井港を一望する展望台がありました。
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説明板
三井港が開港されるまで、石炭は小船で島原半島の口之津港に運ばれていました。これを改善するため團琢磨は世界中の港湾を視察し、干満差の大きい有明海に大型船が安定して入港できるように船渠を設けました。
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手前の船溜まり部分が船渠。中央が途切れた防潮堤のように見えるのは、閘門と呼ばれる水門。これを開閉することで、干潮時でも船渠内の水位を8.5m以上に保つことができます。
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船渠に向かう途中に、古いレンガ塀が残っていました。
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閘門とスルースゲート。奥が船が着岸する船渠になっている。
華やかさはないが、歴史的遺産が詰まった港 by 万歩計さん三池港(世界遺産)と光の航路 自然・景勝地
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入口に旧長崎税関三池税関支署
三井港開港に合わせて建てられ、石炭輸出のための事務手続きがここで行われました。2012年に当時の姿に復元されました。 -
三池炭鉱専用鉄道敷跡
石炭運搬のために1890年から鉄道敷設が始まり、最盛期には支線引き込み線を合わせ総延長は150kmに及んだそうです。 -
閘門の見える場所に行ってみます。
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イチオシ
閘門の両脇に設置されたスルースゲート
華やかさはないが、歴史的遺産が詰まった港 by 万歩計さん三池港(世界遺産)と光の航路 自然・景勝地
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スルースゲートはドッグ内に大型船舶が入った際の、海水の排水路になります。
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これが閘門。イギリス製で開港以来100年以上、現在も毎日潮の干満に合わせて開閉されています。現在は開門中。
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2枚の観音扉となっており、閉門時はこうなります(写真はネットより拝借)。
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イチオシ
クレーン船「大金剛丸」
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大阪港築港にも用いられ、三井港築港作業にも使用されました。イギリス製で吊り上げ荷重は15t。石炭燃料のため起動に2~3時間を要したそうです。
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三池港から万田坑へ。途中に専用鉄道の妙見駅跡があるというので、ちょっと寄り道。
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うーん、渋い!
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説明板に当時の時刻表
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こんな電車が石炭も人も運んでいました(石炭観光科学館で撮った写真)。
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三池港から30分、万田坑に来ました。ここは熊本県荒尾市になります。
万田炭鉱館 美術館・博物館
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最初に炭鉱館の展示室
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万田坑は1902年から1951年までの明治、大正、昭和の3代にわたって採掘が行われた20世紀初頭を代表する炭坑でした。
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開抗初期の粗末な道具
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万田坑では10時から15時まで、1時間毎に無料のガイドツアーが行われます。炭坑の敷地内にある万田坑ステーションで、展示物を見ながら時間待ち。他に10人程度の見学者がいました。
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14:00 ガイドツアー開始。まずジオラマで炭坑全体の説明を聞きました。
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万田坑には当時の施設が、廃墟状態とはいえよく残っています。
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現地見学スタート。汽缶(ボイラー)室の煙突跡と、手前は沈殿池。
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レンガ塀の中がこれから見学する第二立坑跡
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桜町トンネル。荒尾市と隣接する大牟田市をを結ぶ生活のための地下道。
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万田坑の正門。ここから先は有料(410円)です。
万田炭鉱館 美術館・博物館
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第二竪坑巻上機室、右に櫓が見えます。
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「山の神」が祀られています。
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イチオシ
万田坑のシンボル、高さ18.9mの第二竪坑櫓。滑車を使ったケージを吊り下げ、人や資材を昇降させていました。鋼材には英国鉄鋼メーカーの刻印があるそうです。
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イギリスの技術を導入したため、建物のレンガもイギリス式で積まれています。
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事務所
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操業開始時は坑内換気のための扇風機室でした。
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職場と呼ばれた修繕工場は昭和初期のもの。
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旋盤、穿孔機等の機械は、ベルトの付け替えにより一台のモーターで賄っていたそうです。
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イチオシ
モーターがうなりベルトが音を立てて回る。騒音の中、汗と埃にまみれて働く人たちの姿が目に浮かびます。
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操業停止後そのまま打ち捨てられた、といった感じ。
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真っ直ぐ宮原抗に向かって伸びる線路と、職場に曲がる引き込み線。
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打ち捨てられ錆びた鉄管。 廃墟マニアの万歩計の琴線にビンビン響いてきます。
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職場から第二竪坑巻上機室の裏側へ。
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ここでは保存のための工事が行われていました。
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イチオシ
ブルーシートや足場は邪魔のようでもあり、それはそれで絵になっているようでもあり。
万田炭鉱館 美術館・博物館
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重要文化財が世界遺産に格上げされ、重要な観光資源として保存に拍車がかかったようです。
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第二立坑抗口
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抗夫を坑内に運んだケージ。ロープで2台のケージを連結し、釣瓶のように一方が地下に他方は地上にあったそうです。
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人を運ばないときはケージを外し、ウィンチでこのトロッコを昇降させたそうです
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坑内で使ったランプ付きヘルメット
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イチオシ
8.5m×4.4mの抗口。25人の作業員を乗せて地下264mまで1分で昇降したというから、宙に浮くような感覚だったのでは。
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説明するガイドさんは70代半ばか。詳しいところを見ると、ここで働いた経験のある方か。
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最後に第二竪坑巻上機室に入ります。
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巨大な歯車。初期は蒸気動力のジャック・エンジンを使っていたが、後にモーターになりました。
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歯車付きの巨大なウインチ。これでケージを昇降させました。
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合図のベルと電話
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機械類は多くがむき出しで、使われている計器は超アナログ。
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これで50分のガイドツアー終了。
ただ見ただけでは廃墟としか思えないが、説明してもらうとよくわかります。ここでは是非ガイドツアーに参加すべきです。 -
解散後に第一竪坑跡を見に行きましたが、殆ど何も残っていません。
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実に渋い世界遺産でした。万田坑を後に、これから廃線沿線、宮原坑、宮浦石炭記念公園の順に回ります。
後半の旅行記はここ→ https://4travel.jp/travelogue/11657534
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2020/12/24 05:46:52
- 渋い世界遺産
- 万歩計さん おはようございます。
あの鉄の錆び具合、錆びの色、何とも言えない渋さ、琴線に触れる、廃墟好きさんこんにちは、と言う感じですね。
日本の急激な近代化は、庶民の多大な犠牲の上に成り立っていると教科書でならい習いました。とくに農民の苦しみは大きかったようです。
しかし、この発展のお陰で、こんにち私のような貧民でさえ欧州旅行をできるような国になったのです。近代化を支えた人たちに感謝します。
この広い世界遺産地域をレンタサイクルで巡るとは、ナイスアイディアですね。
万歩計さんのような熱心な観察者にとっては、歩きでは何万歩になるかしれません。
ここはペダルをこぐのが一番です。訪れる機会があったら私もペダルをこぎます。
大変お勉強になる旅行記でした。えっ?まだ続く?そうでした、楽しみにしています。
pedaru
- 万歩計さん からの返信 2020/12/24 19:10:37
- Re: 渋い世界遺産
pedaruさん、こんにちは。
何時もコメントを、ありがとうございます。
地方の観光PRには、一に世界遺産に指定されること、二に大河ドラマの舞台になること、ですね。旅をしていると「〇〇を世界遺産に!」の大看板を見ることもあるし、柳川は立花宗成を主人公にした大河ドラマの誘致を長くやっています。
大牟田の世界遺産は、旅行記にも書いたように「地味」です。昨年訪れたイギリスの「ダーヴェント峡谷の工場群」と同じように、マニア以外にあまり受けないのでは。これに何か小説など、物語の舞台が加わるといいと思うのですが。しかし炭坑をテーマにした小説を知りません。暗くてテーマになりにくいのかな。
万歩計
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