2014/07/05 - 2014/07/06
345位(同エリア1455件中)
群青さん
この旅行記のスケジュール
2014/07/06
この旅行記スケジュールを元に
朝食を済ませ、宿の方に次の目的地の乗車券の手配をしていただいてからチェックアウト。
目指すは奥阿賀遊覧船乗り場。
実は、出発直前まで迷ったのね~!
というのも、阿賀町には川下りの遊覧船のコースが2つあり、もう一つが道の駅阿賀の里から出発する阿賀野川の川下りもあるのだ。
ただ、前日、道の駅に立ち寄った時、本当に川下りが実施されているのか確証を持てず・・・
周遊ではなく川下りを運航しているならばこちらを選ぼう。
川下りではなく周遊でお茶を濁すのならば、奥阿賀遊覧船にしよう!
宿の方に問い合わせしていただいたところ、案の定、阿賀野川の水量が例年に比べて少ないので道の駅からの川下りは運航されていないとの話。
阿賀野川を遡るようにドンドン坂がきつくなる山道を車で駆け上がっていく。
昭和電工の工場を左に見やりつつ先を急ぐと、遊覧船乗り場の案内が・・・
ここの場合は、川を堰き止めて作られた角神ダムの上流を運航するため、水量は常に安定している。
*この旅行記は、かつてブログに掲載したものを今回フォートラベルに転載しました。
(2020.7.14記)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10:00の運航まで20分ほどの余裕。
どうやら、クラブツーリズムのミステリーツアーの団体さんと一緒になったようで、畳敷きの船の中は人でいっぱい。
くだけた口調の船頭さんの案内で出航! -
船がたてる波しぶき以外はいたって穏やかな水面。
川に沿って殆ど平地などないような厳しい地形がずっと続く。
かつてこの地の奥には銅山があったそうだ。
古河財閥が運営していたその銅山も大正に入るとともに枯渇し閉山。
当時6000人ほどいた鉱山夫の半数は次の仕事を求めてこの地を去り、残りは磐越西線の敷設工事に携わったのだそうだ。 -
この洞門を走るのは国道459号線。
車がすれ違うのも大変なほどの狭さだという。
団体さんが乗ってきたような観光バスは通行できません!と、船頭さんは言う。
3年前(2011年)の7月に発生した「平成23年7月新潟・福島豪雨」の際にはこの地にも深い爪跡を残したのだそうだ。
上の写真の道路の位置まで水かさが増し、ダム湖は最大量の放水を続行したものの一時はダムの決壊の恐れありとの判断が下され、地域の人たちには避難勧告までされたと伺った。
そういえば前日の宿でも、宿泊した1階の部屋のすぐ下の位置まで水が押し寄せた!と言ってたっけ・・・
自然が一たび猛威を振るうとき、人の力では何ともできない。
改めてそんな事を実感させられる。 -
川が少し開けた場所で折り返し。
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約40分の周遊の後に、元の乗船場に到着。
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昭和3年に完成した鹿瀬ダム(角神ダム)。
老朽化が進み、現在は他のダムへ役割を譲りつつも、阿賀野川の豊富な水量を利用したダムとしての機能は現代も果たしているのだそう。
ここで作られた電力を元に、阿賀野川流域の工業化が促進された。
一方で、新潟水俣病の原因工場ともなった昭和電工の鹿瀬工場(現在は新潟昭和)はダムの直下に位置するなど、国策に振り回された地域であることを改めて知った。
その場所を実際に訪れてみなければ知ることのない事実。
教科書の中でしか知らなかった「新潟水俣病」が、このような自然豊富な場所から引き起こされたことに、静かな衝撃を覚えた。 -
奥阿賀遊覧船でのひと時を終え、再び車に乗り込み、新潟市方面を目指す。
せっかく新潟へ来たのだし、普段はなかなか味わえないスケールのある場所・特徴深い場所を巡ろうと思ってネ!
途中、若干迷いつつも無事到着したのはここ。
北方文化博物館
この地の豪農であった伊藤家の屋敷を、今は博物館として公開している場所。
とにかく”豪農”という言葉が連想させるものを遥かに凌駕したスケール感溢れる場所のようで、実際にそれを見てみたくて立ち寄ることを決めた。北方文化博物館 美術館・博物館
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戦後の農地解放がなされるまで、途轍もないほどの作地面積を誇った伊藤家。
地道に財を蓄え、さらに力を増し地域の中心として栄華を極めていく。
三楽亭。
極めて稀な正三角形の建屋。
茶室としても用いられたこの建物は、畳も菱形をしており、三辺全てから中を窺うことができる。 -
豪農の館に足を向けた。
団体客用の入り口と、個人客用の入り口が分かれていてややわかりにくいのだが、中に入るととにかく圧倒される。
全てのものが大きく広く作られている事に・・・
伊藤家の財力と、そこで働く人たちの多さを窺い知れるかのよう。 -
かつて用いられた品々もこうした形で陳列されているので、一つ一つ丁寧に見て回る。
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豪農なんて言葉の字面から、ある意味誤解してしまいそうだが、江戸時代の末期はむしろ大名よりもそうでない層の有力者の方が贅を極めていたであろうことを再認識させられるかのよう。
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大広間の方へ向かうと、そこは驚きの光景が広がっていた!!
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美しい庭園を臨むその大広間が設営されたのは明治の世のこと。
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柱や天井などの部材はすべて欅造り。
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約30m近い長さの1本の柱をそのまま用いて丸桁として使用。
会津で取れたこの丸太は、阿賀野川の流れに乗っかって運ばれ、荷揚げされた後、伊藤家へと運ばれるのだが、あまりの長さゆえそのまま運ぶことはできず、やむを得ず、2・3軒の別の家々に立ち退きをしてもらった後で運び込んだのだとか。
かつての豪農がどれだけの権勢を持ち得たかを窺える。 -
米どころ新潟の底力を感じるとともに、質実剛健に代を重ねて、ますます地域に根を張り影響力を及ぼしていった光景が建物からも伝わって来る。
想像以上に圧巻の光景! -
朱鷺の剥製がさりげなく展示されている。
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庭には大賀ハス。
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可憐な色の花々。
館内の散策を終えた後、土産物処を一通り見学。
新潟県内の各地の酒蔵やワイナリーからいろんな種類の酒を取り揃えて販売していた。
こうやって見ていると、新潟県の広さを再認識させられる。
じりじりと暑い夏の陽射しを浴びながら見学を終え、次なる目的地をめざし車を走らせる。 -
今代司酒蔵。
酒蔵見学をしようと思ってね!
ただ、到着した時は既に酒蔵見学がスタートしておりまして(冷や汗)
途中から合流する形で見学することに・・・今代司酒造 名所・史跡
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この酒蔵、かつては栗の木川という川に沿った場所に立ち、地下水も非常に清涼だったので順調に酒造りに邁進していたものの・・・
新潟市の発展と、近隣の宅地化が進み、なおかつ、川が埋立てられバイパス道路が敷設され大きく環境変化を迎えたことにより、今では酒の仕込みに使う水の供給を遠く離れた山間地の清流に頼っていると案内されていた。 -
ひとしきり見学を終えた後、試飲をさせてもらったのだが・・・
あぁ、やはりどうも自分、日本酒は合わないようです。残念だけど・・・ -
1泊2日の楽しかった新潟旅行もそろそろ終わり。
自分としては20年ぶりの新潟市滞在と、初めての阿賀野川流域への旅。
いろんな発見、食の美味しさ、絶景温泉と自然etc.
諸々の感動体験を噛みしめつつ、最後に立ち寄った場所はここ。
新潟ふるさと村へ。道の駅 新潟ふるさと村 美術館・博物館
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お土産を買い求め、越後路を後にした。
2日間とも好天に恵まれ、素晴らしく充実した時を過ごせた満足感を胸に秘め・・・現実社会へと。
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