2009/09/05 - 2009/09/08
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planalyさん
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この旅行記のスケジュール
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2009/09/08
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この旅行記スケジュールを元に
昨年の東北旅行の連載中ですが、土日は懐古旅行記を。昔の写真が見つかったので懐かしくなりまして……。2009年にツアーで訪れた北京旅行。叔母に誘われて行きました。初中国といいますか、初海外旅行(幼児期に行ったハワイを除く)。このためにパスポートを作ったのです。
正直、ツアーにほぼ付いて行っただけ・行程表不明・叔母のカメラでしか撮っていない訪問スポットありと、どこをまわったかほとんどわからないうえ、トドメに写真が下手くそなのですが。分かる範囲で旅行記にしてみましょう。
あと内容が薄っぺらいくせに、分割が面倒くさくなって写真が200枚越ですのでご注意を。
182冊目 2020/05/17投稿
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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2009年9月5日。自宅からリムジンバスで関西空港へやってきました(大学の集中講義をぶっちぎって参加したのも今では思い出)。こちらで叔母と合流。当時は数年後にはこの空港の常連さん(ただしLCCばかり)になることなど露にも思っていない程度には、飛行機は遠い存在でした。
関西国際空港 空港
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こちらの飛行機で行ったのかな。
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10年ちょっと前の関西空港の様子。JALの旧カラー。
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ベトナム航空の奥にいるのは、2015年に関空から撤退したアリタリア航空。
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運良く窓側の座席でした。
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当時はLCCが飛び始める前。飛行機なんて高校の修学旅行以来。わーい。
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あれから11年、フライト回数こそ増えましたが、殆どがLCCなので機内食の回数はそう多くないはず。
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しかも、美味しいと言われるJALの機内食。この先食べることはあるのかしら。
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窓からの景色は雲がいっぱい……雲ばかりで途中で飽きてしまいましたが北京国際空港に到着。
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そしてスモッグすごい
北京首都国際空港 (PEK) 空港
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空港からはツアーなので、ガイドさんの乗ったバスでホテルへ移動。
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このホテルに泊まったらしい。シャングリラだそうです。
ケリー ホテル 北京 ホテル
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今はケリーホテルってなってるので、シャングリラ系列じゃなくなったのかな? と思ったけれども、4travelの予約情報からbooking.comのリンクに飛ぶと、シャングリラの文字が残ってますね。
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なお先輩方におかれましては常識かと存じますが、中国で宿泊するときは、ちゃんとホテルの中国語名を確認し、さらにはbaidumapなどでちゃんと場所を確認しておきましょう。英語名では通じないし、グーグルマップの住所はかなり怪しいよ。booking.comの言語を簡体中文に変更すると、北京嘉里大酒店 - 香格里拉集団と出てきました。やはりシャングリラ系列のままみたいだ。
ここまで書いておいて、別のホテルだったらすみません(笑)。でも、ホテル名と写真で見た限りでは、多分泊まったのはこのホテル。 -
泊まったお部屋。ツインの予定だったのですが、ダブルルーム。叔母と一緒だったので私がソファで寝た……そうなのですが、当の本人はそんなことすっかり忘れてました。
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ガイドさんに両替してもらった中国元。
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初海外で楽しくて、お札を撮影。今でもたまにしますけど。
チベットのポタラ宮はまだ行ったことないですが。 -
20元札に描かれた桂林の漓江
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そして1元札の杭州の西湖はこの10年の間に訪れました。
逆に言えば、そのくらいしか行ってないけれども。 -
宿に荷物をおろしたら観光スタート。
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人力車でまわったわけですが……早速どこかわかんない(笑)。
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写真から色々調べてみると、銀錠観山とか銀錠橋とか。このあたりのところを人力車でまわったみたいですね。叔母と一緒に写っている写真が残ってました。
前海 滝・河川・湖
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そのあとは昔の町並みへ。
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北京の子どもたち。
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昔からの家で、住んでいるオジサンに話を聞く、みたいなのが行程に組み込まれていました。なんというか、実に中国。
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話はともかく、昔からの建物は興味深いですね。大体再開発でなくなっていってると思いますが、このエリアは観光資源として残されてるんだろうな。
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寧波府と読めますね。ここはどこだ……Googleで検索しても出てきませんが、こんなときに頼りになるのは百度。ちゃんと、百度地図に「宁波府」として登録されていました。Googleマップだとここらしい。党支部になっちゃってるけど。
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そのあとは繁華街へ。伝統的な昔の建物での暮らし→賑わっている繁華街というコース、いかにも中国というか社会主義国というか。
そして繁華街にはマクドもスタバも吉野家もあるのです。これが鄧小平によって導入された改革開放路線、社会主義「市場経済」の力。 -
こんなに大きなロッテマートまであって……あーそう言えば、ロッテマートはこの数年後のTHAAD騒動で撤退することになったんだよなあ。うん、これこそ「社会主義」市場経済。
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そのあと食事へ。
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ツアーの皆さんと一緒に中華料理を食べたのでした。
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そしてホテルへ。部屋のテレビはブラウン管でしたが(当時の日本のテレビもブラウン管どのくらいあったっけ? 当時既にテレビ無い生活していたので、わかんないんですよね)日本のチャンネルが見れました。これはNHKがやってた英語学習番組リトル・チャロ。確か弟がやってたはず。懐かしいなあ。って、調べてみたら今でも再放送してるんですね、これ。
ケリー ホテル 北京 ホテル
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ツアー二日目もバスで観光スポットを巡っていきます。写真で分かる範囲で思い返してみましょう。
デザインがすごいビル。日本じゃ無理だろうなあ。確か、これはCCTVのビルだったような……やっぱしそうだ、中央電視台総部大楼です。 -
さて、どこに行ったのかな……
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あ、わかったぞ、頤和園だここ。
頤和園 広場・公園
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頤和園は去年(2019年)再訪していまして、それでわかりました。西太后とかが優雅に過ごしていた庭園だったような(適当な知識)。
あの高台にあるのは仏香閣ですね。多分写真撮っただけで登ってないと思う。頤和園広かったし。 -
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頤和園の長廊 史跡・遺跡
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うん、この長廊もあったなあ。
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頤和園のあとに写っていた写真がこちら。織機ってことは……ツアー恒例の販売店ですね。
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ではバスで移動。
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ここ、どこだろう。
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うーん、写真を見るにお墓、というか陵っぽい?
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頤和園の写真から2時間半も経ってるし、途中の土産店に立ち寄った時間を考えてみても、明十三陵あたりじゃないかなあ、と思うんですが。
明の十三陵 史跡・遺跡
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明の十三陵 史跡・遺跡
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うん、スポット登録されている写真を見る感じ、やはり明の十三陵みたい。
明の十三陵 史跡・遺跡
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そのあとお昼ごはんを食べて……。
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まあ、北京旅行と言えばここが定番ですよね。
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はい万里の長城でございます。八達嶺長城。
写真真ん中あたりの入口から右が女坂、左が男坂。坂が緩やかな女坂へ向かう叔母とは分かれて、急坂の男坂を登ってきました。八達嶺/万里の長城 城・宮殿
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延々と続く万里の長城。いやあ、これは圧巻だったなあ。
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で、下を見てみると……。
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イチオシ
お、ちゃんと撮ってるじゃないの。万里の長城へのアクセスを担うS2線。中国国産のNDJ3型ディーゼル和諧長城号です。
いつかこれで八達嶺長城再訪したい。 -
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イチオシ
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そろそろ集合時間が近づいてきたので、戻ります。
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まだ先もあったんだけど
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途中の見張り台(?)から
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ほんと山の中。
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北京から2-3時間で行ける場所ですが、当時はそのあたりまで異民族の攻撃にさらされていたのですね。
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ちなみに、男坂がどれほど急なのか……この写真を見たらおわかりになりますでしょうか。うん、あそこまで登るのも結構疲れたもの。
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そう言えば、バスへと戻る最中に、物売りのおっちゃんが絵葉書を売ってきたので、軽くあしらうつもりで半額以下の値段を言ってみたら「いいよ」って言われて買った覚えがあります。(確か6元って言われたけど指と英単語で2元にしてもらったんじゃなかったかな? 値段はかなりうろ覚えですが。)
八達嶺/万里の長城 城・宮殿
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半額以下でも即答ってマジかよと思いつつ、日本人の感覚で言えば悪くない値段だし、即答でOKって言われたらそれ以上値引き交渉する気にもならないし、そこらのお店で売ってるより安かったし……って買ったなあ。あれ、どこやったんだろう。実家探したら出てくるかと思うんだけど。
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……あ、そうそう。この旅行中はツアーらしく色々と土産店連れ回されましたが、私が買ったお土産はこの絵葉書と、最終日に買いに行ったもう一品のみ(後述)。大学生の財力舐めんな、ツアーの土産店で買うわけなかろう(社会人になった今でも買わない気がするけど)。そして授業をぶっちぎって来てるのに、外国へ旅行に行きますなんて言えるはずもなく、大学関係の知人には特になにも言わずに来てたのでした。当然土産もなし。
八達嶺/万里の長城 城・宮殿
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というわけで、このあたりの土産物屋も当然冷やかしのみ。
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いや、実際にここで水晶やら紫水晶やらを買う人はほぼ居ないだろうけど。
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でもまあ、こういう機会でもないと宝石みることってないわけで
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綺麗というかすごいというか。
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そしてお値段このくらいなのね。ほんと、買う人いるのかな。
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晩御飯を食べて
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あ、これは北京ダック。そういや食べたなあ。さっきの写真で読めた漢字から「北京ダック 徳 全」で検索したところ、どうやら北京ダックの有名店、全聚徳へ行ったようです。もっとも、全聚徳は北京にも複数店舗、中国各地のみならず日本のも進出している北京ダックのチェーン料理店だそうなので、どこのお店だったかまではわかりませんが。
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この子はマスコットの"烤哥"(Yāgē)ちゃんだって。ごちそうさまでした。
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そして宿に戻ったわけなんですが。
ケリー ホテル 北京 ホテル
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夕食のあと宿に戻るバスが渋滞にハマって時間がかかりました。その理由というのがいきなりの交通規制が始まって道が渋滞かつ大回りする羽目になったから。その交通規制の理由が実に中国でして……この旅行のおよそ2週間後、2009年10月1日は中国建国60周年。当然、軍事パレードを始めとして大々的な行事がおこなわれるわけです。当時の北京は60周年に向けた大準備かつ大厳戒態勢。パレードの予行的な何かが行われたのか、なんらかの理由で警備体制が敷かれていたのか……。
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多分これがその時の道路規制情報だと思う。ガイドさんもバス車内で、今日はあちこちで規制がされているから、宿から出歩くのはやめたほうがいいかもとか言ってました。
とは言え、当時はまだ尖閣などの日中対立がひどくなってなかった頃。この建国60周年パレードも、ツアーに参加していた大阪のおばちゃんたちが「テレビで見るわ~」なんてガイドさんに返していました。2019年の70周年軍事パレードのニュースでは中国に批判的な報道が多かったようにも思いますが(そう言えば韓国の朴槿恵大統領が観に行ってたっけ)、2009年当時の報道はそう批判的でもなかったような気がするな。 -
で、その後叔母はオプショナルツアーで雑技団の公演を見に行きましたが。私はパス。大学生の財力舐めんな(2度目)。
で、代わりにちょっと地下鉄にでも乗って出かけられないかな? と思ってフロントで聞いてみました。えっと地下鉄は……なんだっけ、そうだ、undergroundだ。……あれ、通じない? まあ「地下」そのままで覚えやすいもののイギリス英語ですからね、underground. 普通はアメリカ英語でsubwayです。metroは通じるのかな。 -
で、フロントでも停まってると言われたような気がするのですが、せっかくなので出歩いて地鉄の駅へと行ってみたのでした。すると、動いてるやん! しかも客がほとんどおらずガラガラ。な~んだ、と一回券を購入。おお、地下鉄駅で安全検査がある! なんて思いながら乗車。次の駅(ホテルへのもう一つの最寄り地下鉄駅)まで乗車しようと思ったところ…。なんと、次の駅はちょっと速度を落としながらあっさり通過(笑)。どうやらその駅は北京中心部へ向かう路線の乗換駅だったので、駅ごと閉鎖されていたようです。仕方なしに次の停車駅で地下鉄を降りたのでした。主要地下鉄線を運休にする中国やべえと思いながら。
で、やはり初めての外国、しかも中国とあってかなり警戒していたようで、その時の写真がこれしか残っていないのですよ。今なら北京地下鉄なんてパシャパシャ撮りまくってやるのに。 -
そのときの印象が強烈なので、うっすら覚えていることをもとにどの路線のどの区間を乗車したのかを調べ直してみましょう。
まずは北京地鉄の路線図を公式サイトから……って去年北京に行ったときも思ったけれども、路線多いな。「2019年9月までに、北京地下鉄は23の路線を開業している。総延長746.745 km」byウィキペディア。 -
当時の地下鉄路線網を調べるのは骨が折れそう……そう言えば古い中国のガイドブック持ってたな。本棚から出してみるとあらぴったり2009年版の地球の歩き方・中国(地元の図書館の廃棄図書)です。
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北京のページを見てみるとはてさて載っていました。2009年1月当時の地下鉄路線網。え、10年でこんなに違うの……? さすが中国、伸び具合がヤベエ。ウィキペディアの北京地下鉄のページには、地下鉄の開通・延伸具合がわかるgif画像があったので、興味のある方はおすすめです。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84
さて泊まったホテルの位置から考えると当時のホテルからの最寄り駅は1号線・10号線の国貿駅と10号線の金台夕照駅。停まっていたのは中心部へ向かう路線だったので、1号線でしょう。ということは、金台夕照駅から乗車して、国貿駅で降りようとしたら通過してしまったんだな。なるほど。
通過した後は双井駅で降りたはずですが、そこからホテルまで歩いたんだっけ、それともまた地下鉄で戻ったんだっけ? -
話が逸れましたが、そんな感じで初・中国鉄道体験をしたのでした。地下鉄2駅区間乗車。1号線が運休って日本じゃ考えられない状況だったけど。大阪の御堂筋線が建国60周年行事準備のためかつテロ警戒の為に突然ですがこれから運休しますとかありえないでしょ。東京で例えると……中央線あたりかな。それとも事前告知あったんでしょうかねえ。いや、それでも日本じゃ無理だな。
写真は雑技団鑑賞して帰ってきた叔母と食べた桃。これ、確か万里の長城あたりで売りに来てた農家のおばちゃんから買ったんだけど美味しくなかったです。傷み気味のところがうまく隠して袋にいれられてて(笑)。 -
それでは旅行3日目。
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まずは天壇を訪れたようです。
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この独特な形、いいなあ。北京を代表する建築物。って地球の歩き方に書いてました。そういやさっき写真載せたけど、2009年の地球の歩き方・中国の表紙ってこれだな。
天壇公園 広場・公園
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天壇公園のあとは、バスで次の目的地へ移動。
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雍和宮のチケット。こういうチケットの半券、日本人はすきですが、中国の人はそこまで思い入れがないといいますか、ツアーガイドさんがまとめて入口で出して終わっちゃうんですよね。これくらいしか手元に残らなかったような。
で、このチケットをここに入れてるのは、写真の撮影時間から考えると天壇公園から動物園の間にどこか観光スポット(ともしかしたら土産店)に行ってるはずだから。写真が残ってないし行程表もないから憶測でしかわかんないんだけどね。
おばさんの所にある写真と合わせればより分かるんだけど。雍和宮 寺院・教会
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電波塔かな。
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中国といえばパンダでしょ。という安直な発想、いや失礼、期待に応えるため、動物園がツアーに組み込まれておりました。そんなわけで北京動物園へ。
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なんでも450種5000匹あまりを飼育、面積50万平方キロメートルという中国最大規模の動物園なんだそうですが、時間の限られているツアーなので、ゲートからジャイアントパンダブースの間を単純往復です。
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北京動物園 テーマパーク・動物園・水族館・植物園
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中国=パンダって安直な気もしますが、確かに中国以外ではパンダを見られる場所が限られているので至極まっとうなコースか。
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もっとも、中国人にもパンダは人気のようで。ご覧のとおり。
……えらく高いところにいるな、おい。 -
中国語でパンダは大熊猫。熊にしろ猫にしろ高いところ好きそうですもんね……。
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ちなみに、パンダ以外で写真に撮ってた動物はこの鳥たちくらいでした。孔雀?
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では動物園を出発して……。
タクシー乗り場がこのあたりあったのかな。そう言えばガイドさんが北京のタクシーは最初トヨタを入れたかったが条件が合わなかったのか断られてしまって、別のメーカーの車が入ったとか言ってたっけ。どこだったかなあ。VW? ヒュンダイ?
かなりうろ覚えなので、間違ってたらすみません。 -
おお、トロリーバスやん! うわー乗りたい。
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次にやってきたのは
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はい、2008年に開催された北京五輪。そのメイン会場となった北京国家体育場。通称鳥の巣です。
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日本でも東京五輪の準備が進められていくにつれて体感としてわかりましたが、五輪のメイン会場っていわば象徴なんですよね。東京の新国立競技場がそうであるのと同じように、いやそれよりもずっとこの鳥の巣にかけられていた期待は大きかったのでしょう。
そして東京五輪ははたして開催されるのだろうか。北京国家体育場 (鳥の巣) スタジアム・スポーツ観戦
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向こうに見えるは水立方。北京国家水泳センター、すなわちプールです。これも五輪施設。
北京国家水泳センター (水立方) スタジアム・スポーツ観戦
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五輪施設の見学は遠くから眺めるだけであっさりと終わりました。鳥の巣の中どうなってるか、ちょっと興味あったけど、入れるときは来るのかしら。
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あ、またトロリーバス。
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お昼ごはんは刀削麺でした。おお、刀で削っとる。
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刀削麺を中心に中華料理。正直、刀削麺はぼちぼちで他の料理の方をいっぱい食べてたような気がする。
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ではいよいよ北京観光三日目のメインディッシュ。
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天安門!! 中央に飾られているはずの毛主席の顔が、どこかのおっさんで見事に隠れているな。
天安門 建造物
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こちらが天安門広場。やっぱ広いなあ、とか月並みな感想を抱いた覚えがあるぞ。
天安門広場 広場・公園
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天安門を通り抜け。
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紫禁城・故宮へ。
故宮博物院 城・宮殿
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いやあ、さすがは中国。宮殿めっちゃでかいわ。
太和殿 寺院・教会
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乾清宮(宮殿の名前が書かれた額が読めるので、どこかわかる)
乾清宮 城・宮殿
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横に書かれた文字は……? 清王朝のときのものだったりするんでしょか。満州族の王朝だったっけ、清は。
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こちらは、内廷。明の時代には皇帝皇后の寝室だったのが、清の頃には執務室として使われたのだとか。
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お姉さんが撮影してもらうポーズをキメてる(笑)。
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太湖石かな。中国の人、これ好きだよねえ。数年後の蘇州旅行で大量に見ました、特に獅子林(笑)。
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故宮の出口、神武門へ。
デジカメの写真時間を見ると、天安門からここまで2時間かけていました。ほんとでっかいよなあ、紫禁城。神武門 史跡・遺跡
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が、それで終わりではなく……そのまま景山公園へ。
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そうそう、ここから紫禁城が見下ろせたんだよ。
景山公園 広場・公園
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圧倒的なスケールの宮殿を上から見渡せたのでした。
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視線を変えると高層ビルの立ち並ぶ都会。
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いやあ紫禁城からの景山公園は圧巻だったなあ。また行きたいものです。
景山公園 広場・公園
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道中見かけたトロリーバスのおそらく新型タイプ。今ではさらに新しい車種が出てきていることでしょう。
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で、、夕食をたべ(写真なし)、またちょっと周辺を歩いてみることに。今度は叔母も一緒です。
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お、地下鉄の写真残ってるやん! ラインカラーが赤色ってことは1号線かな。この日はちゃんと動いていたようです。
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1駅地下鉄に乗車して、歩いてホテルに戻ったみたい。
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ホテルのルームキー。使うのも今日が最後。
ケリー ホテル 北京 ホテル
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そして最終日の朝。この日は空港から帰るだけだったのですが、朝の集合時間前に1号線に乗ってやってきたのは……北京駅。せっかくだから中国鉄路の駅を見てみたかったんですよ。その割にこの写真しか残ってないのですが……。ここで窓口に行って、当時中国鉄路管理局が発行していた全国時刻表を購入しました。これがこの旅行で買ったお土産2つ目。この時刻表冊子、多分実家のわたしの机においてあるはず。今度帰省したときに写真撮って旅行記に追加しようっと。表紙は和諧号だった気がします。次に来るときは中国国鉄乗りたいな~とか思ってました。
北京駅 駅
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こうして旅行は終わりを告げて、空港へ。
北京首都国際空港 (PEK) 空港
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当時はジャンボがまだまだいたんですねえ。
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では飛行機に乗って
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帰りは通路席だったので窓からの風景はありませんが。機内食は撮ってた。
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席はこんな感じだったみたい。モニター付いてたんだ、そしてその画面が小さいなおい。
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そして関西空港へ到着。
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関西国際空港 空港
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ああ、まだJALにもジャンボが飛んでいたんだなあ。
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シャトルに乗ってターミナルへ。
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こうして私の初めての海外旅行は終了したのでした。このときに押された日中の出入国スタンプ(上の4つ)。写真から思い出しながらのうろ覚え旅行記でしたが、こうして書いてみると懐かしいものです。万里の長城や紫禁城などまた訪れてみたいものですね。
長くなりましたがご覧頂きありがとうございました。
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