2014/02/01 - 2014/02/01
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Yoheiさん
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シンガポール赴任中のチャイニーズ・ニューイヤー。旅先に選んだのは、世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシア、ジャカルタだった。
アジア最大級のモスクであるイスティクラル・モスクでは、巨大な礼拝空間と夜景を撮影。街を歩けば、勢いを増す日系コンビニの存在感が目に入る。東南アジアの熱気の中で、日本のサービスが根を張っていく様子はどこか不思議だった。
そして旅のクライマックスは、JKT48の劇場公演。日本で生まれたアイドル文化が、赤道直下の巨大都市で独自に育っている。その熱量を、現地のファンと一緒に体感した。
それにしても、今回の旅で最も印象に残ったのは人の優しさかもしれない。道を尋ねれば誰かが立ち止まり、困っていれば自然に声を掛けてくれる。2億人都市の喧騒の中で、インドネシア人の親切さだけは、驚くほど素朴で温かかった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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□内容盛りだくさんの2日目
シンガポールより1時間時計が遅い分、いつもの早起きがさらに早くなる。体感的にはまだ深夜のような時間に目が覚めたが、さすがに二度寝をして、6時30分頃に起床した。そのまま朝食を食べにレストランへ向かう。
インドネシアでは比較的高級ホテルに分類されるのか、宿泊客には外国人の姿も多かった。レストランはビュッフェ形式で、ハムや卵、野菜などもきちんと揃っており、どれも新鮮で素直に美味しかった。特に、前日の移動と暑さで消耗していたこともあり、この朝食のありがたさはひとしおだった。「明日もこれが食べられるのか」そう思うだけで少し感動するほどの満足感があった。ミレニアム ホテル シリー ジャカルタ ホテル
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その後シャワーを浴びたり、突然降り出した雨が止むまでNHKを見たりしているうちに、ホテルを出たのは10時頃になった。まずは昨日登れなかったモナス、独立記念塔へ向かうことにする。今日はホテルから歩いて直接向かった。空は今日もあいにくの曇天で、時折にわか雨がぱらつく。乾ききらないアスファルトと湿った空気が混ざり合い、重たい朝の雰囲気が街に漂っていた。
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□朝のモナスへ行く
土曜のモナス周辺は、朝から多くのインドネシア人で賑わっていた。ジョギングをする人、家族連れ、観光客が入り混じり、昨日の夜とはまったく違う明るい公園の表情が広がっている。このモナスは、中央に独立記念塔が立ち、その周囲を広大な四角形の公園が取り囲む構造になっている。さらにその外側を道路が囲み、いくつもの出入口が点在している。私はそのうちの南側の入口から公園に入ったつもりだった。しかし警備員に塔の入り口を尋ねると、「展望台へ上るための正式なゲートは北側だ」と言う。つまり、公園そのものにはどこからでも入れるが、モナスの塔に上るための導線だけは別に管理されているようだった。仕方なく、公園の広大な敷地をぐるりと回り込み、塔の正面側にある正規ゲートまで10分ほど歩くことになった。モナス (独立記念塔) モニュメント・記念碑
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チケット売り場(地下)も無事に見つけることができた。荷物を係員に預け、入場券を購入する。料金は5,000ルピア(大人約50円)と非常に安い。薄暗い専用の地下通路を進むと、モナス(モナス・タワー)の基部へとつながる空間に出る。そこは資料館になっており、インドネシアの成立から独立に至るまでの歴史が、ジオラマを中心に分かりやすく展示されていた。解説はインドネシア語と英語の併記で、内容を追いやすい。太平洋戦争期の展示では、オランダ植民地支配からの転換と日本軍の占領についても触れられており、虐殺や抑圧を示す強い言葉が並ぶ。歴史の流れを簡潔に伝える一方で、当時の状況の厳しさを強く印象づける展示だった。
モナス (独立記念塔) モニュメント・記念碑
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どこか申し訳ないような気持ちを抱えながら、塔の頂上を目指す。ところが、エレベーター前に着いて思わず足が止まった。大きく「MAAF」と書かれている。私はマレー語で「MAAF」が“Sorry”を意味する言葉だと知っていた。そしてインドネシア語には、マレー語と共通する単語が多い。嫌な予感がして掲示を読むと、案の定、エレベーターは使用停止中らしい。参った。
モナス (独立記念塔) モニュメント・記念碑
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仕方なく、階段で頂上を目指す決意をした。昨日訪れた世界最大のモスクを、ぜひ上からカメラに収めたかったのだ。階段をずんずん上っていく。モナスはろうそくのような形をしており、ちょうど燭台の部分までたどり着いた。しかし、それより先へ続く階段は見当たらない。近くの係員に片言のマレー語で尋ねると、「ハリイニ(今日)ノー(だめ)」とのことだった。おそらく修理中なのだろう。仕方なく諦め、燭台部分から街の様子を撮影することにした。
写真を撮っていると、後ろから肩をぽんと叩かれた。振り返ると、小学生くらいの男の子が「フォト、フォト!」と言う。写真を撮ってほしいのかなと思い、カメラを向けると、彼もまた自分のカメラを取り出した。彼は一緒に来ていた友達らしき男の子にカメラを渡すと、再び私の横へ戻ってきて、「ハイ、チーズ!」。どうやら、日本人と一緒に写真を撮りたかったらしい。いやいや、私なんかより、もっと写真映えする日本人、いくらでもいるでしょう。モナス (独立記念塔) モニュメント・記念碑
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□オランダ統治時代の面影残る、コタ地区へ
次に向かったのは、北側にあるコタ地区。オランダ統治時代の建物が数多く残る、歴史ある街だ。モナス停留所から、1番のコタ行きバスに乗車する。チケットを買う際に行き先を告げたものの、どうやら運賃は一律らしく、どこまで乗っても3,500ルピア(約35円)とのことだった。車窓の外には、ジャカルタ名物ともいえる大渋滞が広がっている。営業中のバスが何台も何台も連なり、道路の彼方まで列を作っていた。 -
港に近いコタ地区へ到着した途端、それまでの曇り空が嘘のように晴れ、青空が広がった。この辺りは、外国人旅行者にとって数少ない観光スポットだからだろうか。欧米人の姿をよく見かける。一方で、他のアジア諸国なら必ずと言っていいほど見かける中国人観光客の姿は、ジャカルタではほとんど目にしなかった。観光地でありながら、街全体はどこか静かだ。
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インドネシア銀行博物館を見学する。コタから北へ伸びる観光通り沿いには、オランダ統治時代を思わせる西洋風の建物が並んでいた。白い壁に大きな窓、重厚な外観。街並み全体がどこか“オランダ風”に染まっている。この一帯は、古くから貿易で栄えた港町でもある。そのためか、銀行関係の博物館も多かった。金融と交易によって発展してきた街の歴史が感じられる。日本の観光地で例えるなら、小樽のような雰囲気だ。
インドネシア銀行博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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続いて訪れたのは、ジャカルタ歴史博物館。オランダ統治時代の旧市庁舎を利用した建物で、コタ地区の中心広場に面して建っている。館内には、ジャカルタがまだ「バタヴィア」と呼ばれていた頃の地図や調度品、植民地時代の資料などが展示されていた。港町として発展していく過程や、オランダ東インド会社時代の歴史も紹介されており、当時の空気感がより伝わってくる。
ジャカルタ歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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□潮の匂いを求めて、さらに北へ
次はどこへ行こうか。広場の片隅で、ホテルでもらった地図を広げる。コタからさらに北へ進めば、船が停泊する港があり、フィッシュマーケットもあるらしい。せっかく港町まで来たのだ。天気も良いことだし、潮の匂いを感じに、海を見に行くことにした。 -
尋常ではないほど元気な太陽が、容赦なく頭上から照りつける。暑い。さすが赤道直下のジャカルタだ。道端を流しているツクツクを捕まえて値段交渉してみるものの、向こうもこちらが観光客だと分かっているのだろう。ほんのわずかな距離にもかかわらず、あり得ない値段を吹っかけてくる。そんなやり取りをしているうちに、結局そのまま歩いて港のゲートまで来てしまった。暑い、暑い。
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結局そのまま歩いて港のゲートまで来てしまった。
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岸壁沿いには、木製の古い船が大量に接岸していた。塗装の剥げた船体が何隻も並び、ロープや荷物が雑然と積まれている。現役の港らしい活気はあるものの、どことなく薄汚れた印象も漂っていた。そんな中、ふいに後ろから小柄なおっさんが声を掛けてきた。開口一番、「今日、横浜から客が来るんだ」。突然そんなことを言い出すものだから、横浜からジャカルタ港へ向かう貨物船でも入港する予定なのかと思った。だが、話しているうちに、どうやら彼はこの辺りを案内しているガイドであることが分かった。
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観光地で声を掛けてくるガイドには、しつこい人が多い。それに私は、ガイドに連れ回されるよりも、自分の足で適当に歩き回るほうが性に合っている。とにかく案内を頼む気はなかったので、一応値段と面白そうな場所の情報だけ聞き出して、適当に切り上げようと思った。彼によれば、ツアー内容は、停泊している小汚い船への乗船、歴史的建造物の案内、港にあるモスクの見学、そしてフィッシュマーケット巡りだという。値段を聞くと、25米ドル。高すぎる。そもそも、そんな額の米ドルは持っていない。
片言のインドネシア語を交えながら、「時間がないし、船の写真を撮りたいだけだから大丈夫です」と伝える。すると彼は、「明日はナゴヤとシバから客が来る」と言いながら、過去にツアーへ参加したらしい日本人との写真を見せてきた。ナゴヤは名古屋として、シバというのはたぶん千葉のことだろう。さらに名刺まで取り出し、熱心に営業を続ける。「それはいいね! 僕が日本に帰って、この名刺を使って宣伝するよ。そしたら、どんどん日本人が来ると思う!」適当にそう返して、私はその場を離れた。
しばらく歩いていると、今度は別のガイドのおじさんが声を掛けてくる。どうして、こんな観光客もほとんど居ないただの港に、ガイドばかりが何人もいるのだろう。時々こうして迷い込んでくる、何も知らない外国人だけで商売になるほど、人が来るとも思えないのだが。 -
□おっさんありがとう、海沿いのモスクへ
一通り船の写真を撮り終え、先ほどのおっさんに聞いたツアー内容の中で、一番興味のあった「海沿いのモスク」へ行くことにした。先ほどから、停泊している船越しに白い2本のミナレットが見えている。きっと、あれが目指しているモスクなのだろう。モスクまでは500メートルほどありそうだった。だが、この炎天下をこれ以上歩いていたら、本当に丸焼けになりそうだ。そこで、道ばたで客待ちしていたバイクタクシーに乗ることにした。
カンボジアやベトナムでは見かけたことがあったが、インドネシアにもバイクタクシーがいるらしい。人生初のバイクタクシー体験である。少し湿っぽいフルフェイスを被り、いざ出発! -
走り出すと、少し涼しい風が当たって気持ちいい。モスクへ行くには、小さく入り組んだ路地を抜けていく必要があり、沿道には庶民の生活がそのまま溢れていた。バイクの後ろに乗りながらカメラを構え、道路脇の景色をそのまま撮れるのが面白い。屋台、洗濯物、道端で談笑する人たち。バイクは車の間を縫うようにして、狭い路地を軽快に走っていく。
海沿いのモスク、Masjid Luar Batangは、いかにも観光地化された名所というより、「地域住民のためのモスク」といった雰囲気だった。これは外から写真を撮るだけかな……と思いつつ、一歩ずつ入口へ近づいてみる。エントランスをくぐると、中では子供たちが走り回って遊んでいた。その様子を見守るように、おじさんが3人、のんびりコーヒーを飲んでいる。そのうちの一人、イスラム帽を被ったおじさんが、「May I help you?」と声を掛けてくれた。
「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねると、「OK、遠くからならいいよ!」と快く通してくれる。周りのおじさんたちは、「チャイナ?」「ジャパン?」と小声で話しているのが聞こえた。「ジャパン!」と答えると、「オー! ジャパ~ン!」と、思いのほか熱烈に迎え入れてくれた。 -
これは単なる偶然なのかもしれないが、これまで日本以外に17カ国を旅してきて、「日本人です!」と名乗ったことで冷たい対応を受けた記憶がほとんどない。それが単に「遠くからよく来たね」という歓迎なのか、それとも「Made in Japan」への好意なのかは分からない。けれど、歓迎されて嫌な気持ちになるはずもなく、やはり素直にうれしい。
おじさんはモスクについて色々説明してくれるのだが、いかんせん宗教関係の専門用語が多い。正直細かい内容まではほとんど理解できなかった。 -
□ジャカルタ北部の下町をぶらぶら
モスクを出て、来た道を戻ることにした。だが、行きはバイクタクシーでウネウネした細い路地を抜けてきたため、完全に道が分からなくなっている。とはいえ、少し遠くに見える高層マンションの方向へ歩いていけば、いずれ幹線道路には出られるだろう。そんな適当な感覚だけを頼りに、歩き始めた。
路地は、いかにも「庶民の暮らす下町」といった雰囲気だ。開けっ放しのドアや窓からは、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。道端にはバイク修理屋、小さな商店、ランドリー。どの店も、良い意味で東南アジアらしく、ダラ~っと営業していた。こういう空気感は、とても好きだ。 -
ふいに、インドネシア語で声を掛けられた。振り向くと、家の前に並べた椅子に家族全員が座り、こちらを見ている。元気そうなお母さんが、私の首からぶら下がっているカメラを指差しながら、「フォトグラファー!」と言い、隣に座っていた小さな男の子をこちらへ差し出した。ああ、写真を撮ってほしいのか。そう思ってカメラを向けると、男の子は恥ずかしそうにもじもじしながら、それでも実に愛らしいはにかみ笑顔を向けてくれた。私は普段、人の写真を撮るのが少し苦手なのだが、その笑顔は、そんな気持ちを忘れてしまうほど可愛かった。
すると今度は、お母さんが私と男の子を交互に指差しながら、「セーム! セーム!」と言う。どうやら、私と男の子の顔が似ているらしい。周りの家族も大笑いしている。私も調子に乗って、「オー、ブラザー!」などと言い返したものだから、その場はさらに大爆笑になった。インドネシア人って、本当に人が明るい。後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。 -
どうにか無事に幹線道路へたどり着き、そこから1番のバスに乗って、コタ経由でブロックMへ向かうことにした。1番のバスは、コタとブロックMを結ぶ幹線系統らしく、細長い専用ホームに次々とバスが滑り込んでくる。土曜夕方のバス車内は終始混雑しており、立つ場所を確保するのも一苦労だった。おまけに渋滞でなかなか進まず、熱気と人混みに揉まれ続ける。ようやくブロックMのバスターミナルへ到着した頃には、すでに満身創痍だった。
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□ジャカルタの沸騰現場へ!
楽しみにしていた本日のメインイベント、JKT48の公演は19時開始だった。チケットは18時までに引き換えなければならない決まりらしく、まだ2時間ほど余裕がある。そこで次に向かったのが、以前テレビ番組「未来世紀ジパング」で特集されていた、“日系コンビニ激戦区”だ。
この頃のジャカルタでは、日本式コンビニの出店ラッシュが続いていた。Circle K、Lawson、Seven-Eleven、FamilyMart、そして ミニストップ。番組では、ミニストップのインドネシア初出店の様子が密着取材されており、その熱気が妙に印象に残っていた。ブロックMの近くには、そのミニストップ2号店があるらしい。せっかくだから、自分の目で見てみたくなった。
ブロックMでツクツクを捕まえ、ジャラン・バリト(バリト通り)へ向かう。走るツクツクから身を乗り出しながら、ミニストップ特有の黄色い看板を探す。「あった! ストップ、ストップ!」まるで宝物でも発見したかのようなテンションでツクツクを降り、その店へ駆け寄った。しかし周囲の景色は、想像していたものと少し違う。通り沿いは思ったほど宅地化されておらず、かといってオフィス街でもない。全体的に低密度で、正直こんな場所でコンビニが繁盛するようには見えなかった。だが、出来たばかりのミニストップのすぐ隣には、ローカル系のコンビニが2軒も並んでいる。どうやら本当に、この辺りは“激戦区”らしい。 -
日本では、商品の配送効率化のため、自社倉庫から専用の配送トラックが各店舗を巡回するのが一般的だ。だが、まだ店舗数の少ない当時のインドネシアで、こうした物流網をどう構築しているのだろうか。そんなことが少し気になった。
店内へ入ると、番組で特集されていた通り、広いイートインスペースが設けられていた。これは法制度上の規制に対応するためなのか、それとも現地の利用スタイルに合わせた結果なのか。さらに、日本のコンビニより商品棚が低い。現地人の体格に合わせているのだろうか。せっかくなので、番組内でも紹介されていたおにぎりを購入してみる。包装も日本のコンビニとほとんど同じだ。
イートインスペースで食べてみると、海苔はちゃんとパリパリで、米もかなり日本のものに近い。というより、ほとんど日本のコンビニおにぎりそのものだった。店内のイートインスペースは、お茶をしたり談笑したりする若者たちで半分ほど埋まっている。コーヒー用のバリスタマシン、ATM、肉まんやスナック類のホットケース――。設備だけ見れば、もはや日本のコンビニと大差なかった。 -
□ジャカルタのクライマックス、JKT48劇場へ
大満足でミニストップを後にする。再びツクツクを拾い、いよいよ本日のクライマックス、JKT48劇場のある「fX Sudirman」へ向かってもらうことにした。しかし、運転しているおじいちゃんドライバーは、どうやら正確な場所までは分からないらしい。とはいえ、「fX Sudirman」という名前自体は知っているようだったので、とりあえずその周辺まで向かってもらうことにした。 -
fX Sudirmanは、Senayan(スナヤン)地区という、高層ビルや大型ショッピングセンターが集まるジャカルタ屈指の繁華街にある。周囲には近代的なビル群が立ち並び、ここまで歩いてきた港町や下町の風景とは、まるで別世界だ。だが、そのせいで逆に、どれが目的のfX Sudirmanなのか分からない。到着してからもしばらく周辺をさまよう羽目になった。周囲で交通整理をしていたおじさんたちに片っ端から尋ね、ようやく目的地を発見。いよいよ中へ入る。
FXスディルマン ショッピングセンター
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fX Sudirmanの中ではJICA協賛による、日本ドラマの海賊版撲滅キャンペーンが行われていた。会場周辺には、関係者と思われる日本人の姿もちらほら見かける。こんなところでも日本文化が広がっているのか、と少し不思議な気分になった。JKT48劇場は、モール4階に入っている。
まだ開演2時間前だというのに、劇場前にはすでに大勢のインドネシア人ファンが集まっていた。おそらく当日券の抽選待ちなのだろう。列は何重にも折れ曲がり、ちょっとしたイベント会場のような熱気が漂っている。私も最後尾へ並び、ようやく順番が回ってきたところで、日本で印刷してきたeチケットを係員へ見せた。事前案内には「パスポート提示が必要」と書かれていたので、一応準備していたのだが、特に提出を求められることもない。代わりに、「SUPERFAR」と刻印された、“超遠方枠”のチケットが手渡された。FXスディルマン ショッピングセンター
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近くにいた、いかにもオタクっぽい男の子に聞いてみる。というか、劇場周辺に集まっている男性たちは、明らかにジャカルタの“シティーボーイ”系ではない。日本のアイドル現場にもいそうな雰囲気の人たちが多かった。彼によれば、公演開始は19時だが、開場は18時30分とのこと。それまでまだ時間がある。私は1階にある Starbucks へ入り、コーヒーを飲みながら日記を書くなどして時間を潰した。
そして、いよいよ18時30分。劇場へ向かう。入口付近はすでに大混雑で、その熱気だけでも、JKT48がどれほど現地に受け入れられているかが伝わってくる。意外だったのは、家族連れや、スカーフ(ヒジャブ)を被った女性グループの姿がかなり多かったことだ。日本の地下アイドル文化のようなものがまだ根付いていないインドネシアでは、JKT48は単なる“オタク向けアイドル”というより、「日本からやってきた新しいショービジネス」として受け入れられていたのかもしれない。FXスディルマン ショッピングセンター
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そのうち、係員が「スーパーファーッル!!」と何度も連呼し始めた。どうやら整理入場が始まるらしい。SUPERFARチケットを持つ、国外から来た観客が最初に案内されるようだった。近くにいた、「わざわざ日本から来ました」感のある集団に声を掛けてみる。すると、SUPERFARは好きな席を完全自由に選べる訳ではなく、最前3列を除いた範囲で自由席になる制度らしい。
日本人集団にくっついて無事に座席を確保し、学校のチャイムの音が大音量でスピーカーから流れ、いよいよ公演が始まった。立て続けに3曲が披露され、その後は「自己紹介&お題トーク」的なMCコーナーへ入る。本日ひそかに期待していた仲川遥香さんは休演とのことで、舞台上はオール・インドネシア人メンバー。インドネシア語のわからない私にとってはかなりアウェーな環境だ。
だが、日本から来たファンの一人が色々と世話を焼いてくれた。「この子、こう見えて○歳なんだよ!」「このメンバー同士は仲が良くてね……」などと、メンバーの関係性や特徴を細かく教えてくれる。
公演曲は、基本的に秋元康さんが作詞したAKB48系楽曲を、インドネシア語へ翻訳したものらしい。曲タイトルは日本語をアルファベット表記したままで、サビの一部だけ日本語原曲が残っている曲もあった。知っている曲も多く、気づけばあっという間にアンコールへ。
アンコールでは、「ポニーテールとシュシュ」や「会いたかった」など、シングル曲を繋げたメドレーが披露され、会場の熱気はこの日一番の盛り上がりを見せた。最後のMCでも相変わらず何を喋っているのかほとんど分からなかった。それでも、数字や時間など、簡単なインドネシア語だけは時々聞き取れた。舞台上のJKT48メンバーは、本当に輝いていた。テレビ越しにAKB48を見るのとは、やはり全然違う。「劇場の良さって、こういうことなのかな」そんなふうに、少しだけハマっていく人たちの気持ちが分かった気がした。22時前、公演が終了した。ショッピングモールを出て、バスに乗り、ホテルへ戻った。FXスディルマン ショッピングセンター
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明日は朝の便で、シンガポールへ戻る。連休さえあれば、こうして気軽に海外旅行へ出られるところは、シンガポール赴任の醍醐味かもしれない。日本にいた頃なら、最低でも3連休くらい無いと、「海外へ行こう」という気分にはなかなかならなかった。その点、東南アジアの中心に位置するシンガポールは、本当に便利だ。数時間飛べば、まったく違う文化や宗教、街並みが広がっている。赴任生活中に、東南アジア諸国を一つずつ制覇していく――そんな旅の仕方も十分可能だ。
港町の雑多な空気、灼熱の下町、海沿いのモスクで出会った人たち、そして熱狂に包まれたJKT48劇場。ジャカルタは、想像していた以上に人の熱気に満ちた街だった。初めて空港へ降り立った時は、右も左も分からなかったジャカルタの地理も、今では頭の中でなんとなく繋がっている。自分の足で歩き回った街は、ただの“海外の都市”ではなく、少しだけ知っている場所へ変わっていく。やっぱり旅は面白い。
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