2020/01/24 - 2020/01/26
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にふうささん
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年末にたまたまネットを見ていると、10月末に首里城が燃えてから、立ち入り禁止だった区域が12/14に縮小されて、御殿前まで来れるようになったということを知りました。なので、これは行かなくてはと思い、シーズンオフの沖縄ではありますが、旅行の計画を立てました。そして、沖縄へは過去数回行っていますが、まだまだ行けてない部分も多いので、せっかくだからということで、合わせていくことにしました。
今回の行程は2泊3日。金曜日の夜に関空―那覇とフライトして、那覇市内で1泊。土曜日は海洋博公園方面へ行く、1日定期観光バスツアーに乗車して、古宇利島・今帰仁城・海洋博公園へと行き、那覇市内で1泊。日曜日は、本島南部の午前中のツアーに参加し、斎場御嶽・ガンガラーの谷へと行き、那覇空港で下車。そして、フリーになった後で、本題の首里城公園を見てきて、夕方の飛行機で大阪に帰るというものです。
旅行記は、土曜日・日曜日と別な場所に行っている関係上、2回に分けてご紹介したいと思います。今回は後半として、本土南部の観光地へといったものと、首里城の様子を合わせてご紹介したいと思います。天気はあまりよくありませんでしたが、今回は首里城も含めて、非常に興味深い所ばかりでした。そして、首里城は確かに大変なことになっていましたね。残念です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ 私鉄 徒歩
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本日は、県民広場より、違う定期観光バスに乗車して、本島南部の観光地を回ります。
今回乗車したバスはこちら。普通の観光バスです。 -
まずは、斎場御嶽を目指します。途中の「ニライカナイ橋」。絶景です。
ニライ橋 カナイ橋 名所・史跡
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近くから見ると、ループ橋ではなく、道路がリボン状になっているみたいです。
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近くの道の駅でチケットを購入し、そこから徒歩で斎場御嶽を目指します。
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世界遺産、斎場御嶽へ。斎場御嶽は、琉球王朝時代に王府が整備した国家的な宗教組織との関連が深く、首里城内にある部屋名と同じ拝所があるなど、当時の王府と斎場御嶽との関係が深いところです。
斎場御嶽 寺・神社・教会
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昔の斎場御嶽の参拝路。米軍の艦砲射撃にやられたために、現在は使っていないのだとか。
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御門口「ウジョウグチ」。コンクリートブロックに見えるような石が、香炉なために、触れないでという看板があります。言われなければ、座ってしまいそうなくらい、ありふれたものに見えてしまっているのですが、神聖なものです。
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こんな感じの石畳の上を歩き、聖地へ向かいます。
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お祈りポイント1「大庫理(ウフグーイ)」。琉球の人は基本的に自然崇拝なので、お祈りポイントはいくつもあります。
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沖縄戦の際に、艦砲射撃による砲弾が落ちた場所。後で見るように、斎場御嶽は高台にあるために、艦砲射撃等により、破壊された場所がいくつかあります。
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お祈りポイント2。「寄満(ゆいんち)」。首里城内にある建物の名前で、国王のために食事を作る「台所」を意味していますが、当時の琉球では国内外からの海の幸や山の幸が集まっていたため、「豊饒の満ちた場所」という解釈がなされているらしいです。
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さらに道を先へと進みます。
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お祈りポイント3.上から垂れ下がっている鍾乳石が二本あり、そこを滴り落ちる水を集めるために、壺があります。手前を「アマダユルアシカヌビー」、奥を「シキヨダユルアマガヌビー」というのだそうで、鍾乳石からしたたり落ちた水は聖水として、儀式で用いられるのだとか。
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岩が重なり、三角形の空間ができています(三角岩)。ここに日の出の光が差し込むことがあるらしく、神秘的な場所になっています。
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お祈りポイント4「三庫理(サングーイ)」.岩でできた三角形の空間の、先にあるところです。
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お祈りポイント4の右側は「チョウノハナ」の拝所で、多くの香炉があります。
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先ほどのお祈りポイント4の左側からは、太平洋と久高島が見えます。久高島は、東側の太陽が昇る場所にあることから、聖地として崇められている場所です。
以上が斎場御嶽のメインな場所でしたので、再び来た道を戻ります。 -
斎場御嶽の近くには知念岬があるというので歩いて行ってみました。斎場御嶽はここよりも、もっと奥にありますので、海から結構な高さにあるのがわかります。斎場御嶽のあたりは高台になっているから、艦砲射撃で狙われたのがよくわかりました。
知念岬公園 名所・史跡
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知念岬からニライカナイ橋を望みます。
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チケット発売所の近くには、施設がありますので行ってみました。
南城市地域物産館 お土産屋・直売所・特産品
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中はこんな感じです。現地では説明しきれなかった斎場御嶽の解説がありました。
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南城市のキャラクター「なんじぃ」がいました。
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ガンガラーの谷へとやってきました。おきなわワールドの隣にありますが、ここはガイドツアーじゃないと中に入れない場所です。元々は、おきなわワールドの玉泉洞のオープンに合わせて、自然公園として整備したけれども、上流部における畜産などにより、川が汚染されてしまったので閉鎖しまして、2000年代に再オープンした施設です。
実は、この場所に、2万年前の港川人が暮らしていたのではないかということで、注目されている場所です。ガンガラーの谷 自然・景勝地
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ツアーの待機場所「カフェケーブ」。なかなかすごいところに作るものだ。そして、風通しがよく、さほど寒いとは感じませんでした。沖縄の鍾乳洞は、本州とは違って寒くはないとか。
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カフェケーブの中から見た風景。そもそもこの場所はどうやってできたのか。琉球石灰岩は水がしみ込むので、地表の水が地下にたまり、その水が地下水の川になって、石灰岩の地層を削っていきます。すると、内部に空洞ができるので、その空洞部分が崩壊して谷となるなど、独特の地形を作り出したのではないかと。そして、この空間もかつては地下水の川跡だろうということでした。
もう一つ、左側にシートがかかっている場所がありますが、古代人の住処を探して、現在発掘作業を行っている所です。ガンガラーの谷 ケイブカフェ グルメ・レストラン
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ツアーが始まりました。
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台湾産の竹、ジャイアント・バンブー。相当大きいです。台湾産ですが、沖縄では育つとのこと。本州ではだめだそうです。
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ガジュマルの木1。上から根を垂らし、地面に着いたらその根を太くしていくと。そのために、長い年月でみたらゆっくりと移動する木だということです。
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この洞窟の奥には、「母神」と呼ぶにふさわしい鍾乳石があるのですが、危険なので説明だけでした。写真に写っているのは今回のガイドさん。非常に丁寧に説明してくださいました。
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近くに川が流れております。この川は過去は汚染されて大変だったとか。そのために一度施設を閉鎖し、環境の回復を待って、ツアーを再開したとのことで、ツアーが申込制になっているのもそのためらしいです。現在は、かなり元に戻っているとのことでした。
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ランプを持って、洞窟の中へと入っていきます。
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この奥に特徴的なものが。鍾乳石なんだけど、男根の形をしており、半ば聖地化しています。同様に、鍾乳石なんだけど、おっぱいの形をしている場所がありまして、そちらも信仰の対象となっていました。
暗闇だから、うまく撮影できなかったので、写真はありませんけど。 -
ガシュマルの木2。この木は奥の高い場所にあって、現在は谷を移動中ではないかと。この谷は、おそらくは地上部分が崩落して谷になったのではないかという話でした。
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このように、谷ができている場所がたくさんあります。どうも、この辺りは昔地下水によって地面の中が侵食されているため、それが時間の経過とともに崩壊して、谷となっている部分が形成されているのではないか、とのことでした。
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ガンガラーの谷の高台。天気が悪いから展望はないけど、港川人が発掘された、港川集落は天気が良ければ見えると。この港川人は、岩の裂け目に挟まって、いわば立ったままで見つかっており、岩の裂け目に落ちたのか、あるいは埋葬したのかわからないけれども、とのことでした。このように、岩の裂け目で合計9体見つかっています。次は生活の痕跡を探そうということで、現在ガンガラーの谷の発掘作業を行っているとか。
また、地名のガンガラーの由来ですが、この辺りは穴が開いているくぼ地となっており、子供たちが石を投げて遊んでいたのだが、その時の音から地名が来ているのではないかと、いう説が有力です。 -
ガンガラーの谷ツアー、最後の訪問地「武芸洞」。このような洞窟に港川人が住んでいたのではないかと。洞窟だが、両側が開いていて風通しが良いし、日の光も入る。中には広場みたいな平らな空間がある。ということで、発掘していたら、およそ、3000年前のお墓を見つけたとか。
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これが3000年前のお墓。骨は博物館にあるのでありませんが、石で作られた石棺が残っています。しかもここ、さほど土砂が堆積しておらず、15センチほど掘ったぐらいだとか。発掘していた時に、最初大量の石が発見されて、それをどかすと、身長150センチ近くの人骨が発見されたと。貝殻のブレスレットなどをしていたので、高貴な人だったのだろうと。
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最後にまとめとして、「武芸洞」内でガイドさんの説明。このように、武芸洞の内部は非常に広い空間でした。
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以上で、ガンガラーの谷ツアーは終了し、おきなわワールド入口へと戻ってきました。これから再びバスに乗り、那覇空港で解散いたします。
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ツアーは一旦終了し、那覇空港で解散しました。しかし、まだ帰りの飛行機には時間がありますので、首里城を見に、ゆいレールに乗りたいと思います。
ゆいレール 乗り物
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首里駅にやってきましたが、雨が降っています。これから首里駅から首里城公園へは徒歩10分ほどかかりますので、歩いて行きたいと思います。
首里駅 駅
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そうそう、首里城近くの建物は景観に配慮しています。まずは交番ですが、赤瓦になっています。言われなければ、交番だと気が付きません。いや、交番なのはわかるけど、外観がこうなっているとは気が付かなかったというのが正確かな。
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ローソンですが、赤くなっています。
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首里城公園前の、首里城が見える場所までやってきました。左側の建物が激しく損傷しております。これから、行けるところまで上まで行こうと思います。
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その前にまずはお約束ですが、守礼門を。雨が降っていることもあり、非常に観光客は少ないです。
首里城 名所・史跡
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歓会門。前回11月に来た時は閉まっていましたが、今回は門は開いております。
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歓会門から2つほど門をくぐりまして、広い場所にやってきました。ここも燃えております。
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本殿への入口の門ですが、現在燃えています。左側の建物で入場券を買って、真ん中の門から入場するのですが、今回、真ん中の門は閉じられていて、右側の門の所に通路がありました。
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ここまでが入れる限界。右側の門を抜けて、本殿を垣間見ております。本殿の中は一番焼失度合いが高い場所で、中庭を取り囲んでいる建物はほぼ焼失しています。
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拡大すると、こんな感じ。本殿はほぼ焼失。二本あった龍柱も真っ黒な1本が残るのみに。奥に最近できた大奥の施設があるが、その手前まで完全になくなっています。
やっぱり、改めて自分の目で見ると、その被害の大きさに愕然とします。 -
帰り際に、近くの観光客がつぶやいていた、「(火災で)首里城跡が本当に跡になっちゃったよ」という一言が印象的でした。私もまったく同感です。
これで首里城を後にしまして、那覇空港へ向かいます。 -
那覇空港へと戻り、夜の便で大阪へと帰りました。
ご覧いただきまして、大変ありがとうございました。那覇空港 空港
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