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 鎌倉市二階堂にある瑞泉寺(https://4travel.jp/travelogue/10564255)は、嘉暦2年(1327年)、開山は夢窓疎石、開基は二階堂道蘊(貞藤)によって創建された。とりわけて、開山の夢窓疎石が作庭した庭園があることで知られている。また、庭園から十八曲を上った錦屏山山頂に眺望が利く徧界一覧亭がある。建てられたのは瑞泉寺が創建された翌嘉暦3年(1328年)であるとされる。<br /> 瑞泉寺庭園はそれに先立って、今も残されている壽福寺(https://4travel.jp/travelogue/11527036)や浄光明寺(https://4travel.jp/travelogue/11526366)、佛行寺(https://4travel.jp/travelogue/10563197)各寺の庭園をさらに進化させてこの種の庭園の完成形であるとされる。壽福寺や浄光明寺の庭園で見られる高い崖からビャクシンの木を垂れ下がらせる手法はここ瑞泉寺庭園でもなされていた可能性もあるが、いかんせん、復元は壽福寺や浄光明寺の庭園を見たことがある人ではなかったのではないか?見たことがなければ垂れ下がるビャクシンの木などはイメージできず、発掘でも見落とされ、あっても復元されることはないだろう。今の瑞泉寺庭園を眺めると現在の佛行寺の庭園との類似性が高いように感じる。<br /> しかし、集大成というべきことは、この庭園には上段に徧界一覧亭(https://4travel.jp/travelogue/10522511)があることである。ここからは相模湾や富士山を眺望でき、特に、ここから見える富士山(https://4travel.jp/travelogue/11415208)は鎌倉時代から知られているが、令和になった今でもここからの富士山の眺めは鎌倉一のままである。ただし、鎌倉時代であれば富士山には宝永山も大沢崩れもなく、もっと整った円錐形の山容をしていたはずだ。第12回鎌倉同人会講座「禅の自然観を探る──瑞泉寺一覧亭と富士」(http://www.kamakura-doujin.com/12kaikouza.html)に掲載されている「一覧亭からの富士山遠望」の写真にもあるように、団地は左遠くにあり、鎌倉市内から見る富士山では最も近代構造物から遠い場所に山容がある。例えば、鎌倉市最奥にある十二所果樹園裏山の峰に富士山の展望台が設置されているが、富士山の山容近くに団地が見え、遠く奥地まで足を運んでも期待した富士山の姿は見られない。<br /> 徧界一覧亭から見える南西方向の眺望をシミュレーションした論文(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgarden1993/2007/18/2007_18_111/_pdf/-char/ja)があるが、鎌倉同人会の写真の方が真実である。<br />(表紙写真は瑞泉寺庭園にある天女洞)<br />

瑞泉寺庭園と徧界一覧亭

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2019/09/30 - 2019/09/30

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市二階堂にある瑞泉寺(https://4travel.jp/travelogue/10564255)は、嘉暦2年(1327年)、開山は夢窓疎石、開基は二階堂道蘊(貞藤)によって創建された。とりわけて、開山の夢窓疎石が作庭した庭園があることで知られている。また、庭園から十八曲を上った錦屏山山頂に眺望が利く徧界一覧亭がある。建てられたのは瑞泉寺が創建された翌嘉暦3年(1328年)であるとされる。
 瑞泉寺庭園はそれに先立って、今も残されている壽福寺(https://4travel.jp/travelogue/11527036)や浄光明寺(https://4travel.jp/travelogue/11526366)、佛行寺(https://4travel.jp/travelogue/10563197)各寺の庭園をさらに進化させてこの種の庭園の完成形であるとされる。壽福寺や浄光明寺の庭園で見られる高い崖からビャクシンの木を垂れ下がらせる手法はここ瑞泉寺庭園でもなされていた可能性もあるが、いかんせん、復元は壽福寺や浄光明寺の庭園を見たことがある人ではなかったのではないか?見たことがなければ垂れ下がるビャクシンの木などはイメージできず、発掘でも見落とされ、あっても復元されることはないだろう。今の瑞泉寺庭園を眺めると現在の佛行寺の庭園との類似性が高いように感じる。
 しかし、集大成というべきことは、この庭園には上段に徧界一覧亭(https://4travel.jp/travelogue/10522511)があることである。ここからは相模湾や富士山を眺望でき、特に、ここから見える富士山(https://4travel.jp/travelogue/11415208)は鎌倉時代から知られているが、令和になった今でもここからの富士山の眺めは鎌倉一のままである。ただし、鎌倉時代であれば富士山には宝永山も大沢崩れもなく、もっと整った円錐形の山容をしていたはずだ。第12回鎌倉同人会講座「禅の自然観を探る──瑞泉寺一覧亭と富士」(http://www.kamakura-doujin.com/12kaikouza.html)に掲載されている「一覧亭からの富士山遠望」の写真にもあるように、団地は左遠くにあり、鎌倉市内から見る富士山では最も近代構造物から遠い場所に山容がある。例えば、鎌倉市最奥にある十二所果樹園裏山の峰に富士山の展望台が設置されているが、富士山の山容近くに団地が見え、遠く奥地まで足を運んでも期待した富士山の姿は見られない。
 徧界一覧亭から見える南西方向の眺望をシミュレーションした論文(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgarden1993/2007/18/2007_18_111/_pdf/-char/ja)があるが、鎌倉同人会の写真の方が真実である。
(表紙写真は瑞泉寺庭園にある天女洞)

  • 「夢窓国師古道場」碑。

    「夢窓国師古道場」碑。

  • 「名勝 瑞泉寺庭園」標石。

    「名勝 瑞泉寺庭園」標石。

  • 瑞泉寺庭園にある天女洞。

    瑞泉寺庭園にある天女洞。

  • 貯清池に映る天女洞。<br /><br />瑞泉寺のホームページには<br />「岩盤を彫刻的手法によって庭園となした「岩庭」<br />岩盤を彫刻的手法によって庭園となした、「岩庭」とも呼ぶべきこの庭園は、書院庭園のさきがけをなすものであり、鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園なのです。」<br />とある。しかし、「鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園」は疑問符が付く。正しくは「鎌倉に残る唯一公開している鎌倉時代の庭園」とでもしておこう。

    貯清池に映る天女洞。

    瑞泉寺のホームページには
    「岩盤を彫刻的手法によって庭園となした「岩庭」
    岩盤を彫刻的手法によって庭園となした、「岩庭」とも呼ぶべきこの庭園は、書院庭園のさきがけをなすものであり、鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園なのです。」
    とある。しかし、「鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園」は疑問符が付く。正しくは「鎌倉に残る唯一公開している鎌倉時代の庭園」とでもしておこう。

  • 貯清池に映る天女洞と坐雨観泉(瀧)。<br /><br />瑞泉寺のホームページには<br />「天女洞の前には池を掘って貯清池と名づけ、池の中央は掘り残して島となしました。水流を東側に辿れば滝壺に水分け石があり、垂直の岩壁は滝、その上方をさらに辿れば貯水槽があって天水を蓄え、要に応じて水を落とせば坐雨観泉となるしつらえとなっています。池の西側には二つの橋がかかり、これを渡るとおのずから池の背後の山を辿る園路に導かれます。」<br />と紹介されている。

    貯清池に映る天女洞と坐雨観泉(瀧)。

    瑞泉寺のホームページには
    「天女洞の前には池を掘って貯清池と名づけ、池の中央は掘り残して島となしました。水流を東側に辿れば滝壺に水分け石があり、垂直の岩壁は滝、その上方をさらに辿れば貯水槽があって天水を蓄え、要に応じて水を落とせば坐雨観泉となるしつらえとなっています。池の西側には二つの橋がかかり、これを渡るとおのずから池の背後の山を辿る園路に導かれます。」
    と紹介されている。

  • 彼岸花越しに坐雨観泉(瀧)。

    彼岸花越しに坐雨観泉(瀧)。

  • 彼岸花越しに天女洞。

    彼岸花越しに天女洞。

  • 坐雨観泉(瀧)。

    坐雨観泉(瀧)。

  • 坐雨観泉(瀧)。

    坐雨観泉(瀧)。

  • 仏殿。

    仏殿。

  • 客殿裏。

    客殿裏。

  • 貯清池畔の彼岸花。

    貯清池畔の彼岸花。

  • 貯清池に架かる2つの橋。奥の門の先が十八曲となる。

    貯清池に架かる2つの橋。奥の門の先が十八曲となる。

  • 赤花の彼岸花越しに貯清池。

    赤花の彼岸花越しに貯清池。

  • 十八曲の最後は山道になる。

    十八曲の最後は山道になる。

  • 「徧界一覧亭旧跡」石碑(昭和10年、鎌倉町青年団)。やぐらのある岩の上に石碑がある。

    「徧界一覧亭旧跡」石碑(昭和10年、鎌倉町青年団)。やぐらのある岩の上に石碑がある。

  • 「一覧亭復興碑」。

    「一覧亭復興碑」。

  • 徧界一覧亭。昭和10年(1935年)に再建された。

    徧界一覧亭。昭和10年(1935年)に再建された。

  • 徧界一覧亭。<br /><br />瑞泉寺のホームページには<br />「二つの橋も数えて十八曲りに園路を登ると錦屏山の山頂に出て、私たちはそこにまた大きな庭と出会います。鶴ヶ岡から鎌倉周囲の山並みが幾重にも波状をなして重なり、遠くには箱根の山々がかすみ、右手に霊峰富士が大きく裾を広げる足下には、相模湾が自然の池をなしているのです、借景の大庭園の広がるこの山頂に夢窓国師は小亭を建て、徧界一覧亭と名づけました。」<br />と紹介している。

    徧界一覧亭。

    瑞泉寺のホームページには
    「二つの橋も数えて十八曲りに園路を登ると錦屏山の山頂に出て、私たちはそこにまた大きな庭と出会います。鶴ヶ岡から鎌倉周囲の山並みが幾重にも波状をなして重なり、遠くには箱根の山々がかすみ、右手に霊峰富士が大きく裾を広げる足下には、相模湾が自然の池をなしているのです、借景の大庭園の広がるこの山頂に夢窓国師は小亭を建て、徧界一覧亭と名づけました。」
    と紹介している。

  • 徧界一覧亭からの眺め。

    徧界一覧亭からの眺め。

  • 徧界一覧亭から見える富士山の眺め。

    徧界一覧亭から見える富士山の眺め。

  • 徧界一覧亭から見える富士山の眺め。

    徧界一覧亭から見える富士山の眺め。

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