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3月上旬に出発し、一時帰国(?)を挟んで二度の韓国を楽しんだ平成最後の海外旅行。<br /><br />思えば、私にとっての平成、というか、初めての海外旅行の渡航先が韓国でしたので、平成の締めもこの国で、という思いが強かったのですが、丁度桜も見頃の時期で、印象に残る旅となりました。<br /><br />本編はもう国内旅程となりますが、あと1回残っていた平成最後の青春18きっぷを使用し、名古屋から東京まで移動、途中、豊橋や羽田界隈で、恐らく平成最後となるであろう桜見物を堪能した後、翌朝の飛行機で旭川へ飛び、和寒に戻るまでの旅程に関して綴らせて頂きます。18きっぷ旅程としては、殆どが東海道本線沿いを乗り継ぎのみの通過となりましたが、途中、豊橋でだけ少し時間を取って、市内観光をしながら、桜見物を楽しみました。<br /><br />4月上旬の旭川、道路の雪などは大分解けましたが、まだまだ冬の名残が続いていました。勿論、道北で桜が満開になるのは、令和になってからのことでしょうね。<br /><br />因みに、まともな旅の過程での旅行記としては、これが平成最後の執筆となりますので、最後に久しぶりに5枚毎に、平成各年における個人的な思い出を振り返りながら綴ってみました。個人的な備忘録的な側面から記しておりますので、本旅の内容とは全く関係がありませんので、適当に飛ばして見流して頂けましたら幸いです。<br /><br />(表紙・4月6日に5回目を使用した平成最後の18きっぷ。平成最後だというのに、札幌×2、旭川×2、名古屋、という、やる気のない5つのスタンプですね(;´Д`)。 

2019春・平成最後の海外旅行(パート9:平成最後の青春18きっぷ旅&桜見物、そして北海道へ戻る)

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2019/04/04 - 2019/04/07

69位(同エリア529件中)

2

150

ケロケロマニア

ケロケロマニアさん

3月上旬に出発し、一時帰国(?)を挟んで二度の韓国を楽しんだ平成最後の海外旅行。

思えば、私にとっての平成、というか、初めての海外旅行の渡航先が韓国でしたので、平成の締めもこの国で、という思いが強かったのですが、丁度桜も見頃の時期で、印象に残る旅となりました。

本編はもう国内旅程となりますが、あと1回残っていた平成最後の青春18きっぷを使用し、名古屋から東京まで移動、途中、豊橋や羽田界隈で、恐らく平成最後となるであろう桜見物を堪能した後、翌朝の飛行機で旭川へ飛び、和寒に戻るまでの旅程に関して綴らせて頂きます。18きっぷ旅程としては、殆どが東海道本線沿いを乗り継ぎのみの通過となりましたが、途中、豊橋でだけ少し時間を取って、市内観光をしながら、桜見物を楽しみました。

4月上旬の旭川、道路の雪などは大分解けましたが、まだまだ冬の名残が続いていました。勿論、道北で桜が満開になるのは、令和になってからのことでしょうね。

因みに、まともな旅の過程での旅行記としては、これが平成最後の執筆となりますので、最後に久しぶりに5枚毎に、平成各年における個人的な思い出を振り返りながら綴ってみました。個人的な備忘録的な側面から記しておりますので、本旅の内容とは全く関係がありませんので、適当に飛ばして見流して頂けましたら幸いです。

(表紙・4月6日に5回目を使用した平成最後の18きっぷ。平成最後だというのに、札幌×2、旭川×2、名古屋、という、やる気のない5つのスタンプですね(;´Д`)。 

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス JALグループ JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 名古屋の桜11。<br /><br />釜山帰りから2日後の香流川の桜。<br /><br />

    名古屋の桜11。

    釜山帰りから2日後の香流川の桜。

    香流川緑道 花見

    平成最後の桜の様子 by ケロケロマニアさん
  • 名古屋の桜12。<br /><br />カエル看板の所の桜も二日前よりは良い状態に。

    名古屋の桜12。

    カエル看板の所の桜も二日前よりは良い状態に。

  • 桜名所の一つ、中島橋。

    桜名所の一つ、中島橋。

  • ここが新しい橋になったのは、平成後期のことでした。

    ここが新しい橋になったのは、平成後期のことでした。

  • 実家がある名東区、という区は、文字通りの名古屋の東に位置している区ですが、歴史としては、名古屋で一番新しい区(因みに天白区も同じ日、名東区は千種区(一部昭和区)から、天白区は昭和区からの分区でした)なんですね。<br /><br />それでも、平成27年の時点で40周年ですから、昭和の後期(S50年)に誕生した区です。結局名古屋では、平成時代には新たに誕生した区はなかった、ということになりますね。<br /><br /><br /><br /><平成元年の思い出><br />昭和64年のお正月、高校一年生だったケロケロは、人生初めてのお仕事としての年末年始の郵便局の配達アルバイトを終えて、一週間で終わった昭和最後の年の瞬間を名古屋の自宅にて迎えた。<br />その後、約360日間の平成元年が始まったのだが、旅の思い出として語る場合、やはりまだ高校生ということもあって、長期休暇中の思い出がメインとなる訳だが、中学生の頃から、低山を中心とした山歩きに嵌っていた時期でもあって、平成元年の夏休みは、平成の始まりの記念に、という意味で、山岳部(正確には同好会だけど…)の合宿としての北アルプス(蝶ヶ岳)、そして初めての南アルプス(鳳凰三山)、そして、クラス旅行の延長としての中央アルプス(恵那山(は、一応、中央アルプスの最南端的扱いになっているので…)に登って、日本三大アルプス制覇(?)と、一人悦に入っていた思い出がある。<br /><br />私が通っていた高校では、従来の山岳部が事故による謹慎明けか何かで、同好会扱いとなっていて、大して激しい活動ではなかったけれど、一年おきに蝶ヶ岳と白馬岳を交互に登る、というのが夏の合宿の定番となっていて、私は昭和最後の夏休みに白馬に登っていたので、平成最初は蝶ヶ岳、ということになった。<br />てか、あれ以来、あんまり北アルプスには登っていない…。岩稜が多くて歩き辛い、というイメージが強いからなのかもしれないが、それ以上に、中央や南の方が好きになってしまった、という理由が大きいのかもしれない。あと、北は登山者が多すぎる、というのも敬遠したくなる理由の一つのように思う。<br /><br />鳳凰三山に登ったのは、初めての南アルプスの単独行にあたっては、やはり無理はできないと、色々調べた結果、ここが初心者でも登りやすいと案内されていたから。当時はまだ新宿から松本(白馬だったかな?)行きの夜行の普通列車が運行されていて、これに乗れば、登山口の御座石鉱泉への最寄り駅としての穴山駅まで早朝に着くことが出来たので、わざわざ18きっぷ二枚を使用して、名古屋から東海道線を大回りして東京に行き、この夜行列車に乗車した。今でこそ、韮崎からバスが運行されているようだが、当時はそれがなくて、3000円も支払って迎えに来てもらった記憶がある。<br />それでも、18きっぷで運賃を節約していた分、得した気分にはなっていた訳だが、それにしても、あの時の夜行列車の昭和の風情は凄かった。如何にも山男臭が漂うキスリングを背負った”カニ族”などもまだ生き永らえていたし、通路で新聞を敷いて寝る、なんてことも、皆普通にやっていたし…。勿論、自分も途中駅で降りなくてはならなかったので、通路で寝させて頂いたが…。今思えば、あの時の貧相な旅の経験が、その後の旅のスタイルを決定づけてしまったのかもしれない。<br />鳳凰三山自体は、お天気にも恵まれて素晴らしい山行となった。個人的に、南アルプスとはお天気の相性が良くて、北海道暮らしを始めて以降も、日本アルプスに登るならまず南のことを想定してしまう自分がいる…。<br /><br />最後の恵那山、に関しては、何やら8月の後半にクラスのチャラい男女グループが企画した、岐阜の根の上高原のYHへの旅行、というのが、たまたま自分の予定していた旅先であった恵那山と近い、ということもあって、私はこのグループの行動とは全く別行動で、一人自転車で向かい、宿だけはご一緒して、翌朝には恵那山に向けてまた一人ドロン、という、クラス旅行に参加したとは言えない状況で、また単独行でチャリで林道を詰め、その日は恵那山の山頂傍にある無人の小屋に宿泊して、翌朝はご来光を楽しんでいた。昔から一人が好きで、斜に構えた青春時代を送り過ぎていたんだなと、今となっては、若者らしくもっとキャピキャピとした旅を楽しんでおけば良かったなと、後悔ばかりである…。<br /><br />

    実家がある名東区、という区は、文字通りの名古屋の東に位置している区ですが、歴史としては、名古屋で一番新しい区(因みに天白区も同じ日、名東区は千種区(一部昭和区)から、天白区は昭和区からの分区でした)なんですね。

    それでも、平成27年の時点で40周年ですから、昭和の後期(S50年)に誕生した区です。結局名古屋では、平成時代には新たに誕生した区はなかった、ということになりますね。



    <平成元年の思い出>
    昭和64年のお正月、高校一年生だったケロケロは、人生初めてのお仕事としての年末年始の郵便局の配達アルバイトを終えて、一週間で終わった昭和最後の年の瞬間を名古屋の自宅にて迎えた。
    その後、約360日間の平成元年が始まったのだが、旅の思い出として語る場合、やはりまだ高校生ということもあって、長期休暇中の思い出がメインとなる訳だが、中学生の頃から、低山を中心とした山歩きに嵌っていた時期でもあって、平成元年の夏休みは、平成の始まりの記念に、という意味で、山岳部(正確には同好会だけど…)の合宿としての北アルプス(蝶ヶ岳)、そして初めての南アルプス(鳳凰三山)、そして、クラス旅行の延長としての中央アルプス(恵那山(は、一応、中央アルプスの最南端的扱いになっているので…)に登って、日本三大アルプス制覇(?)と、一人悦に入っていた思い出がある。

    私が通っていた高校では、従来の山岳部が事故による謹慎明けか何かで、同好会扱いとなっていて、大して激しい活動ではなかったけれど、一年おきに蝶ヶ岳と白馬岳を交互に登る、というのが夏の合宿の定番となっていて、私は昭和最後の夏休みに白馬に登っていたので、平成最初は蝶ヶ岳、ということになった。
    てか、あれ以来、あんまり北アルプスには登っていない…。岩稜が多くて歩き辛い、というイメージが強いからなのかもしれないが、それ以上に、中央や南の方が好きになってしまった、という理由が大きいのかもしれない。あと、北は登山者が多すぎる、というのも敬遠したくなる理由の一つのように思う。

    鳳凰三山に登ったのは、初めての南アルプスの単独行にあたっては、やはり無理はできないと、色々調べた結果、ここが初心者でも登りやすいと案内されていたから。当時はまだ新宿から松本(白馬だったかな?)行きの夜行の普通列車が運行されていて、これに乗れば、登山口の御座石鉱泉への最寄り駅としての穴山駅まで早朝に着くことが出来たので、わざわざ18きっぷ二枚を使用して、名古屋から東海道線を大回りして東京に行き、この夜行列車に乗車した。今でこそ、韮崎からバスが運行されているようだが、当時はそれがなくて、3000円も支払って迎えに来てもらった記憶がある。
    それでも、18きっぷで運賃を節約していた分、得した気分にはなっていた訳だが、それにしても、あの時の夜行列車の昭和の風情は凄かった。如何にも山男臭が漂うキスリングを背負った”カニ族”などもまだ生き永らえていたし、通路で新聞を敷いて寝る、なんてことも、皆普通にやっていたし…。勿論、自分も途中駅で降りなくてはならなかったので、通路で寝させて頂いたが…。今思えば、あの時の貧相な旅の経験が、その後の旅のスタイルを決定づけてしまったのかもしれない。
    鳳凰三山自体は、お天気にも恵まれて素晴らしい山行となった。個人的に、南アルプスとはお天気の相性が良くて、北海道暮らしを始めて以降も、日本アルプスに登るならまず南のことを想定してしまう自分がいる…。

    最後の恵那山、に関しては、何やら8月の後半にクラスのチャラい男女グループが企画した、岐阜の根の上高原のYHへの旅行、というのが、たまたま自分の予定していた旅先であった恵那山と近い、ということもあって、私はこのグループの行動とは全く別行動で、一人自転車で向かい、宿だけはご一緒して、翌朝には恵那山に向けてまた一人ドロン、という、クラス旅行に参加したとは言えない状況で、また単独行でチャリで林道を詰め、その日は恵那山の山頂傍にある無人の小屋に宿泊して、翌朝はご来光を楽しんでいた。昔から一人が好きで、斜に構えた青春時代を送り過ぎていたんだなと、今となっては、若者らしくもっとキャピキャピとした旅を楽しんでおけば良かったなと、後悔ばかりである…。

  • 名古屋滞在中のある昼。<br /><br />父ちゃんが、きしめんを作ってくれたよ~。<br />美味しかったケロ~。<br />有難うケロ~(;&#39;∀&#39;)。

    名古屋滞在中のある昼。

    父ちゃんが、きしめんを作ってくれたよ~。
    美味しかったケロ~。
    有難うケロ~(;'∀')。

  • 名古屋の桜13。<br /><br />この日は夕刻に、名東区の桜名所として香流川緑道と同じく有名な藤が丘に足を運んでみました。<br /><br />全国的には2005年の愛知万博開催時、会場へのアクセス手段としてのリニモと名駅方面からの地下鉄東山線との乗りカエル駅として注目されましたので、ご記憶されている方も多いかもしれませんね。

    名古屋の桜13。

    この日は夕刻に、名東区の桜名所として香流川緑道と同じく有名な藤が丘に足を運んでみました。

    全国的には2005年の愛知万博開催時、会場へのアクセス手段としてのリニモと名駅方面からの地下鉄東山線との乗りカエル駅として注目されましたので、ご記憶されている方も多いかもしれませんね。

  • 名古屋の桜14。<br /><br />ここは車道沿いがそのまま桜並木となっていますので、お車での通り抜けを楽しまれる方も多いように感じますね。

    名古屋の桜14。

    ここは車道沿いがそのまま桜並木となっていますので、お車での通り抜けを楽しまれる方も多いように感じますね。

  • 中央商店街では、さくらまつりも開催されます。

    中央商店街では、さくらまつりも開催されます。

  • 名古屋の桜15。<br /><br />ミニアーケード沿いに続く桜並木。<br />これも藤が丘らしい景観ですね。<br /><br /><br /><平成2年の思い出><br />この年は高2~高3の時期ということもあり、受験勉強が忙しい(?)という理由で、夏休みもあまり派手な旅はしていなかったように思う。旅の記憶としても、あまり遠くに行った記憶がないので、恐らく、人生で一番勉強した時期だったのだろう、と、好意的(???)に自己評価しておくことにするが、そういえば、平成2年のお正月は、クラスの悪友と共に、元日に知多半島を自転車で一周したことを思い出した。思えばあの年は、高2の段階では、自転車旅行に嵌っていて、この元日の旅以外にも、学校の帰り(方角が全然違うけど…)に何やら栄(名古屋の繁華街)まで自転車で行って、そこでパンクして、公園の噴水でパンク穴を探して、都心のど真ん中でパンク修理、なんてことも楽しんで(?)いたことを思い出した。わが人生におけるその後の20代のメインとなる、山旅&自転車旅のスタイルが確立したのはこの年であったのかなと思う。

    名古屋の桜15。

    ミニアーケード沿いに続く桜並木。
    これも藤が丘らしい景観ですね。


    <平成2年の思い出>
    この年は高2~高3の時期ということもあり、受験勉強が忙しい(?)という理由で、夏休みもあまり派手な旅はしていなかったように思う。旅の記憶としても、あまり遠くに行った記憶がないので、恐らく、人生で一番勉強した時期だったのだろう、と、好意的(???)に自己評価しておくことにするが、そういえば、平成2年のお正月は、クラスの悪友と共に、元日に知多半島を自転車で一周したことを思い出した。思えばあの年は、高2の段階では、自転車旅行に嵌っていて、この元日の旅以外にも、学校の帰り(方角が全然違うけど…)に何やら栄(名古屋の繁華街)まで自転車で行って、そこでパンクして、公園の噴水でパンク穴を探して、都心のど真ん中でパンク修理、なんてことも楽しんで(?)いたことを思い出した。わが人生におけるその後の20代のメインとなる、山旅&自転車旅のスタイルが確立したのはこの年であったのかなと思う。

  • 名古屋の桜16。<br /><br />藤が丘駅傍の桜。<br />因みに、地下鉄の藤が丘駅は、この辺りでは地上の高架駅となっていますね。寧ろ、リニモの藤が丘駅の方が地下駅になっている逆転現象が面白い…(;^ω^)。

    名古屋の桜16。

    藤が丘駅傍の桜。
    因みに、地下鉄の藤が丘駅は、この辺りでは地上の高架駅となっていますね。寧ろ、リニモの藤が丘駅の方が地下駅になっている逆転現象が面白い…(;^ω^)。

    藤が丘駅(愛知県)

  • 平成最後のさくらまつりの案内板の様子。

    平成最後のさくらまつりの案内板の様子。

  • 名古屋の桜17。<br /><br />うーん、素晴らしいですねぇ~。

    名古屋の桜17。

    うーん、素晴らしいですねぇ~。

  • 名古屋の桜18。<br /><br />せっかくの高架線路ですので、地下鉄東山線車両とのコラボも撮っておきましょうね。

    名古屋の桜18。

    せっかくの高架線路ですので、地下鉄東山線車両とのコラボも撮っておきましょうね。

  • 名古屋の桜19。<br /><br />今度は反対側に移動して、別の角度からの車両と桜とのコラボ風景を探してみましょう。その移動途中の桜の様子。<br /><br /><br /><平成3年の思い出><br />この年は、その後の人生における主要な舞台となる北海道に初めて足を踏み入れた年でもあった。まあ、受験目的での訪問だったので、あまり観光テイストではなかったのだが…。この年の二度の北海道での受験は何れも失敗し、浪人することになってしまった。<br />同じように、志望校の受験に失敗した悪友二人と共に、来年は絶対に受かろうと、御利益を授かりに、この年の春、自転車で福岡の太宰府天満宮まで合格祈願に行こう、という話になり、約10日かけて、大阪(へは、うち一人の友人がたまたま実家の引越がある、ということで、自転車を一緒に運んでもらっていた)から太宰府まで走ったのだが、苦労した方が、御利益も得られるだろうと、春先でまだ寒い時期だったのにも拘らず、山陽側ではなく、敢えてより激しいルートと思われる山陰側を走る、ということで、話がまとまってしまった…(-_-;)。<br />この時の旅がまた無茶苦茶で、まだ野宿のノウハウは身についていない時期だったけれども、米子の夜などは電話ボックスで寝たりもしていたので、今の”野宿マニア”としての旅の礎が築かれた年だった、といっても過言ではないかなと思う。<br />友人二人は太宰府で帰ってしまったが、私はまだ何となく旅が続けたくて、その後も一人長崎を目指して走ったのだが、その時の思い出を振り返りながら旅したのが、平成30年、つまり平成最後の年末長崎(佐賀)旅でもあった…。<br /><br />その後、流石にこの年は終始勉強三昧の予備校暮らしだったが、そこまでに往復する毎日の自転車通学が、唯一の息抜き時間だったように思う…。今も尚、自動車に頼ることなく自転車暮らしのライフスタイルを続けているのも、この年の影響が大きいのかな、と改めて振り返っている…。

    名古屋の桜19。

    今度は反対側に移動して、別の角度からの車両と桜とのコラボ風景を探してみましょう。その移動途中の桜の様子。


    <平成3年の思い出>
    この年は、その後の人生における主要な舞台となる北海道に初めて足を踏み入れた年でもあった。まあ、受験目的での訪問だったので、あまり観光テイストではなかったのだが…。この年の二度の北海道での受験は何れも失敗し、浪人することになってしまった。
    同じように、志望校の受験に失敗した悪友二人と共に、来年は絶対に受かろうと、御利益を授かりに、この年の春、自転車で福岡の太宰府天満宮まで合格祈願に行こう、という話になり、約10日かけて、大阪(へは、うち一人の友人がたまたま実家の引越がある、ということで、自転車を一緒に運んでもらっていた)から太宰府まで走ったのだが、苦労した方が、御利益も得られるだろうと、春先でまだ寒い時期だったのにも拘らず、山陽側ではなく、敢えてより激しいルートと思われる山陰側を走る、ということで、話がまとまってしまった…(-_-;)。
    この時の旅がまた無茶苦茶で、まだ野宿のノウハウは身についていない時期だったけれども、米子の夜などは電話ボックスで寝たりもしていたので、今の”野宿マニア”としての旅の礎が築かれた年だった、といっても過言ではないかなと思う。
    友人二人は太宰府で帰ってしまったが、私はまだ何となく旅が続けたくて、その後も一人長崎を目指して走ったのだが、その時の思い出を振り返りながら旅したのが、平成30年、つまり平成最後の年末長崎(佐賀)旅でもあった…。

    その後、流石にこの年は終始勉強三昧の予備校暮らしだったが、そこまでに往復する毎日の自転車通学が、唯一の息抜き時間だったように思う…。今も尚、自動車に頼ることなく自転車暮らしのライフスタイルを続けているのも、この年の影響が大きいのかな、と改めて振り返っている…。

  • 名古屋の桜20。<br /><br />まあ、こんな感じでしょうかね( ´∀` )。

    名古屋の桜20。

    まあ、こんな感じでしょうかね( ´∀` )。

  • で、最後は夕焼けを観賞するために…。

    で、最後は夕焼けを観賞するために…。

  • 名古屋の桜21。<br /><br />やって来たのが明徳公園です。<br />ここにも桜の木がありますね。<br /><br />

    名古屋の桜21。

    やって来たのが明徳公園です。
    ここにも桜の木がありますね。

    明徳公園 公園・植物園

    住宅地のど真ん中ですが、独特の風情があります by ケロケロマニアさん
  • 名古屋の桜22。<br /><br />これは早生の桜かな?<br />既に葉桜状態になりかけていました。

    名古屋の桜22。

    これは早生の桜かな?
    既に葉桜状態になりかけていました。

  • 名古屋の桜23。<br /><br />そういえば今年は亥年ということで、猪子石の給水塔をバックに、夕日に染まる桜を、と思ったのですが、あまりその方角に、ボリュームのある桜の木が見当たりませんでした…(-_-;)。<br /><br /><平成4年の思い出><br />前年の太宰府旅が功を奏したのか、悪友二人は共に関東の志望大学に、私も北海道の大学に無事受かって、いよいよこの年からが北海道暮らしの開始となった。この年は正直合格する自信があったので、札幌まで合格発表も観に出かけたのだが、そのついでに、今はなき北海道ワイド周遊券を利用して、道内の特急や急行を乗り回す旅をしたのだが、思えば、この年のダイヤ改正でなくなってしまった夜行急行の「大雪」の乗り納め(まあ、この時点では、夜行急行としてなくなるだけで、特急「オホーツク」としての夜行の歴史は継続だったのだが…。)、とか、特に意識していた訳ではないのだが、とても思い出に残る旅となった。<br /><br />春からは大学のサークル活動が中心となり、自転車のサークルだったので、道内や東北を走り回る生活が続いたが、元々登山が好きな性分だったので、北海道・東北の山を沢山登り始めたのもこの年からだった訳で、自転車旅と登山とを絡めた旅としては、東北の方が個人的には好みで、秋には急行「はまなす」で青森入りし、そこから怪しげな林道を沢山経由しながら、岩木山や鳥海山等の東北の名峰を登りながら、最後は新潟に至る自転車旅などもしていた。まあ、この年から数年は、同じような旅のスタイルが平成8年位までは続くことになるのだが…。<br />

    名古屋の桜23。

    そういえば今年は亥年ということで、猪子石の給水塔をバックに、夕日に染まる桜を、と思ったのですが、あまりその方角に、ボリュームのある桜の木が見当たりませんでした…(-_-;)。

    <平成4年の思い出>
    前年の太宰府旅が功を奏したのか、悪友二人は共に関東の志望大学に、私も北海道の大学に無事受かって、いよいよこの年からが北海道暮らしの開始となった。この年は正直合格する自信があったので、札幌まで合格発表も観に出かけたのだが、そのついでに、今はなき北海道ワイド周遊券を利用して、道内の特急や急行を乗り回す旅をしたのだが、思えば、この年のダイヤ改正でなくなってしまった夜行急行の「大雪」の乗り納め(まあ、この時点では、夜行急行としてなくなるだけで、特急「オホーツク」としての夜行の歴史は継続だったのだが…。)、とか、特に意識していた訳ではないのだが、とても思い出に残る旅となった。

    春からは大学のサークル活動が中心となり、自転車のサークルだったので、道内や東北を走り回る生活が続いたが、元々登山が好きな性分だったので、北海道・東北の山を沢山登り始めたのもこの年からだった訳で、自転車旅と登山とを絡めた旅としては、東北の方が個人的には好みで、秋には急行「はまなす」で青森入りし、そこから怪しげな林道を沢山経由しながら、岩木山や鳥海山等の東北の名峰を登りながら、最後は新潟に至る自転車旅などもしていた。まあ、この年から数年は、同じような旅のスタイルが平成8年位までは続くことになるのだが…。

  • 名古屋の桜24。<br /><br />給水塔は小さくなるけど、こっちのアングルの方が桜は良い感じかな?

    名古屋の桜24。

    給水塔は小さくなるけど、こっちのアングルの方が桜は良い感じかな?

  • 明徳公園内には、ちょっと小粋な竹林なんてのもありますね。<br /><br />北海道暮らしが長くなると、逆に竹林を見て感動することが多くなったように思います。

    明徳公園内には、ちょっと小粋な竹林なんてのもありますね。

    北海道暮らしが長くなると、逆に竹林を見て感動することが多くなったように思います。

  • ニャンコさんと目が合った…。<br /><br />明徳公園も野良猫が増えた気がするね…(-_-;)。<br />勝手に捨てていく猫の飼い主も多いんだろうな…(;´Д`)。

    ニャンコさんと目が合った…。

    明徳公園も野良猫が増えた気がするね…(-_-;)。
    勝手に捨てていく猫の飼い主も多いんだろうな…(;´Д`)。

  • 明徳公園内には池もあります。<br /><br />平成のことを色々思い返しながら、夕焼けの風情に浸る至福の時間です。

    明徳公園内には池もあります。

    平成のことを色々思い返しながら、夕焼けの風情に浸る至福の時間です。

  • 名古屋の桜25。<br /><br />という訳で、平成最後の明徳公園の桜も見終えて、この日は実家へとカエルります。<br /><br /><平成5年の思い出><br />いよいよこの年の2月に20歳を迎える、ということもあって、まず前年の年末から、20歳までに47都道府県に立ち寄っておく、という目標の達成のために、冬期休暇に関しては、九州・沖縄をメインに巡った年でもあった。この時代は勿論、今のようなLCCはなかったので、沖縄へは航空運賃の壁が立ちはだかったのだが、懐かしのスカイメイト(当時はまだ35%引きだったけど)を利用しての那覇入り。そこから今度は本島を自転車で一周して、今度は鹿児島に飛び、九州の未訪問県4つ(鹿児島・宮崎・大分・熊本)を急いで巡る旅だったが、結局最後は豊後荻駅で駅寝した後、熊本県へは滝水駅への往復だけで済ます、といういい加減な流れでの、何とか20歳までの47都道府県立ち入りを達成することが出来た。<br />その後は、サークル活動としての北海道内の自転車旅がメインとなった年でもあり、当然、この年は北海道の山にも沢山登った。多分、ピークを踏んだ数としては、これまでの人生の中で一番多かったのが、この年か次の年だと思うし、体力的にもあの時がピークだったので、この記録はこの後の令和の人生においても、更新されることは恐らくないだろう…。

    名古屋の桜25。

    という訳で、平成最後の明徳公園の桜も見終えて、この日は実家へとカエルります。

    <平成5年の思い出>
    いよいよこの年の2月に20歳を迎える、ということもあって、まず前年の年末から、20歳までに47都道府県に立ち寄っておく、という目標の達成のために、冬期休暇に関しては、九州・沖縄をメインに巡った年でもあった。この時代は勿論、今のようなLCCはなかったので、沖縄へは航空運賃の壁が立ちはだかったのだが、懐かしのスカイメイト(当時はまだ35%引きだったけど)を利用しての那覇入り。そこから今度は本島を自転車で一周して、今度は鹿児島に飛び、九州の未訪問県4つ(鹿児島・宮崎・大分・熊本)を急いで巡る旅だったが、結局最後は豊後荻駅で駅寝した後、熊本県へは滝水駅への往復だけで済ます、といういい加減な流れでの、何とか20歳までの47都道府県立ち入りを達成することが出来た。
    その後は、サークル活動としての北海道内の自転車旅がメインとなった年でもあり、当然、この年は北海道の山にも沢山登った。多分、ピークを踏んだ数としては、これまでの人生の中で一番多かったのが、この年か次の年だと思うし、体力的にもあの時がピークだったので、この記録はこの後の令和の人生においても、更新されることは恐らくないだろう…。

  • 改めて、実家にて、新元号の号外を見せてもらいました。<br /><br />号外とは言っても、自宅に配達されていたそうな…。

    改めて、実家にて、新元号の号外を見せてもらいました。

    号外とは言っても、自宅に配達されていたそうな…。

  • そういや、平成最後の選抜高校野球。東邦が優勝したよね~。<br />平成の最初と最後に優勝するなんて、漫画みたいな話…( ´∀` )。<br />(因みに、姉の母校ですが、我が姉は全く野球に興味なし…。なので、その姉が大昔に作ってくれたカエルさん(左)と、最近くれたカエルさん(右)をUPしておきましょう(^^;)。)

    そういや、平成最後の選抜高校野球。東邦が優勝したよね~。
    平成の最初と最後に優勝するなんて、漫画みたいな話…( ´∀` )。
    (因みに、姉の母校ですが、我が姉は全く野球に興味なし…。なので、その姉が大昔に作ってくれたカエルさん(左)と、最近くれたカエルさん(右)をUPしておきましょう(^^;)。)

  • 名古屋の桜26。<br /><br />で、4月6日に北海道に向けて旅立ちます。<br /><br />最後にもう一度、香流川沿いの桜を眺めて…。<br />鯉のぼりも泳いでいますね。

    名古屋の桜26。

    で、4月6日に北海道に向けて旅立ちます。

    最後にもう一度、香流川沿いの桜を眺めて…。
    鯉のぼりも泳いでいますね。

    香流川緑道 花見

    平成最後の桜の様子 by ケロケロマニアさん
  • 名古屋の桜27。<br /><br />これでいよいよ、平成の名古屋の桜も見納めです…(;´Д`)。

    名古屋の桜27。

    これでいよいよ、平成の名古屋の桜も見納めです…(;´Д`)。

  • バスで名鉄バスセンターまで移動し…。<br /><br /><br /><平成6年の思い出><br />この年は、前年と同様、登山と自転車ばかりの旅を続けていたように思うが、本州・四国・九州の山なんかもよく登っていたので、アクセスの際には、フェリーも頻繁に利用していた。あの頃は、航空運賃が高くて、スカイメイト利用でも、そんなには割安感がなかったので、どうしても遠方に向かう際はフェリー利用が多かったし、何度も乗り換えなくてはならない鉄道だと、自転車を携えての乗り換えは大変だったし、今でこそ自転車持ち込みでは廃止になったけれど、手回り品切符というぼったくり切符(260円、のち270円)を購入しなくてはならなかった、というストレスも大きかったので、18きっぷが利用出来た時期でも、フェリーに好んで乗船していた時代だったと思う。<br />平成末期になって改めて平成初期のフェリーを思い返してみると、まだまだ昭和テイストが色濃く残った船旅ばかりだった。そんなに昔のことではない筈なのに、最近のフェリーは、個室嗜好ばかりが強くなっていて、旅先での出会いもなくなり、何だかつまらなくなってしまった…。

    バスで名鉄バスセンターまで移動し…。


    <平成6年の思い出>
    この年は、前年と同様、登山と自転車ばかりの旅を続けていたように思うが、本州・四国・九州の山なんかもよく登っていたので、アクセスの際には、フェリーも頻繁に利用していた。あの頃は、航空運賃が高くて、スカイメイト利用でも、そんなには割安感がなかったので、どうしても遠方に向かう際はフェリー利用が多かったし、何度も乗り換えなくてはならない鉄道だと、自転車を携えての乗り換えは大変だったし、今でこそ自転車持ち込みでは廃止になったけれど、手回り品切符というぼったくり切符(260円、のち270円)を購入しなくてはならなかった、というストレスも大きかったので、18きっぷが利用出来た時期でも、フェリーに好んで乗船していた時代だったと思う。
    平成末期になって改めて平成初期のフェリーを思い返してみると、まだまだ昭和テイストが色濃く残った船旅ばかりだった。そんなに昔のことではない筈なのに、最近のフェリーは、個室嗜好ばかりが強くなっていて、旅先での出会いもなくなり、何だかつまらなくなってしまった…。

    名鉄バスセンター 乗り物

  • 名古屋駅から、平成最後の18きっぷ(5回目)の使用開始です。

    名古屋駅から、平成最後の18きっぷ(5回目)の使用開始です。

    名古屋駅

  • まずは快速で豊橋を目指しましょう。

    まずは快速で豊橋を目指しましょう。

  • 平成最後の18きっぷのスタンプはこちら。本当は4月10日に利用出来たら良かったんですけどね…(;´Д`)。<br /><br />そういえば、人生初の18きっぷ購入は昭和のことでしたが、あの頃はまだ5枚綴りの切り離しタイプになっていましたよね。あの冊子タイプの18きっぷ、使いやすくて日付のインクのノリも良かったので、気に入ってたんですけどね…。<br /><br />今や、ピンクの常備券ですら、販売終了してしまいましたね…。

    平成最後の18きっぷのスタンプはこちら。本当は4月10日に利用出来たら良かったんですけどね…(;´Д`)。

    そういえば、人生初の18きっぷ購入は昭和のことでしたが、あの頃はまだ5枚綴りの切り離しタイプになっていましたよね。あの冊子タイプの18きっぷ、使いやすくて日付のインクのノリも良かったので、気に入ってたんですけどね…。

    今や、ピンクの常備券ですら、販売終了してしまいましたね…。

  • で、豊橋に到着。<br /><br />案外、街の中を観光するのは久しぶりなので、ワクワクしますね(^^;)。

    で、豊橋に到着。

    案外、街の中を観光するのは久しぶりなので、ワクワクしますね(^^;)。

    豊橋駅

    目的地に応じて東口と西口とを使い分けると良いです by ケロケロマニアさん
  • 豊橋の桜1。<br /><br />時期的にはちょっと遅いかな、と気になりましたが、そうでもないみたいですね。良かった良かった…( ´∀` )。<br /><br /><br /><平成7年の思い出><br />この年は、自分の人生にとって一つの節目の年となる旅があった。そう、実はこの年に初めて人生初めての海外旅行に出かけたのだ。22歳での海外デビュー、というのは今の時代から考えると結構遅いと思うのだが、海外に出かける勇気も資金もなかった、というのが、当時の自分であった訳だ。<br />海外そのものに恐怖心を抱いていたこともあり、取り敢えずは治安最優先で、しかもすぐに日本に戻れる所が良い、と目を付けたのが、韓国の済州島だったが、調べてみると、この島内に現在の韓国の最高峰(ハルラ山)があることを知り、春先という時期であったので、残雪が気になったのだが、何と自転車やら、登山靴やらアイゼンやらピッケルやらを携えて、登ってみることにした。(あの頃の自分の考え方としては、寧ろ街中の方が怖い人が多いイメージだったので、逆に山に登ってしまった方が安全、と思っていた…。)<br />実際に登ってみると、勿論それなりに雪は残っていたが、まあ、正直ピッケルは要らなかったなと思うレベル(アイゼンはあって良かったと思う箇所はあった)だったが、勿論、麓は春の風情なので、適当な場所にテントを張って寝ていたら、怒られて公園事務所みたいなところに連れていかれて寝かせられた、なんてこともあったが、意外と海外って怖くないんだ、と、自分なりに海外旅行への自信がついた年でもあったと思う。<br />ただ、あの時はハングルを殆ど勉強していない状態だったので、現地で親切にして下さった方ともうまく交流できずに、歯がゆい思いを沢山してしまった。その思いから、独学でハングルをある程度勉強して、同じ年の秋に今度は、○○基金のプログラムに参加して、韓半島の旅も楽しんだのだが、やはり、ハングルが読めるようになっただけで、見え方も大分変わって、純粋に韓国の良い部分だけを受け入れて、素直にこの国の旅を楽しめていた時代だったなと、今になってつくづく懐かしく思う…。

    豊橋の桜1。

    時期的にはちょっと遅いかな、と気になりましたが、そうでもないみたいですね。良かった良かった…( ´∀` )。


    <平成7年の思い出>
    この年は、自分の人生にとって一つの節目の年となる旅があった。そう、実はこの年に初めて人生初めての海外旅行に出かけたのだ。22歳での海外デビュー、というのは今の時代から考えると結構遅いと思うのだが、海外に出かける勇気も資金もなかった、というのが、当時の自分であった訳だ。
    海外そのものに恐怖心を抱いていたこともあり、取り敢えずは治安最優先で、しかもすぐに日本に戻れる所が良い、と目を付けたのが、韓国の済州島だったが、調べてみると、この島内に現在の韓国の最高峰(ハルラ山)があることを知り、春先という時期であったので、残雪が気になったのだが、何と自転車やら、登山靴やらアイゼンやらピッケルやらを携えて、登ってみることにした。(あの頃の自分の考え方としては、寧ろ街中の方が怖い人が多いイメージだったので、逆に山に登ってしまった方が安全、と思っていた…。)
    実際に登ってみると、勿論それなりに雪は残っていたが、まあ、正直ピッケルは要らなかったなと思うレベル(アイゼンはあって良かったと思う箇所はあった)だったが、勿論、麓は春の風情なので、適当な場所にテントを張って寝ていたら、怒られて公園事務所みたいなところに連れていかれて寝かせられた、なんてこともあったが、意外と海外って怖くないんだ、と、自分なりに海外旅行への自信がついた年でもあったと思う。
    ただ、あの時はハングルを殆ど勉強していない状態だったので、現地で親切にして下さった方ともうまく交流できずに、歯がゆい思いを沢山してしまった。その思いから、独学でハングルをある程度勉強して、同じ年の秋に今度は、○○基金のプログラムに参加して、韓半島の旅も楽しんだのだが、やはり、ハングルが読めるようになっただけで、見え方も大分変わって、純粋に韓国の良い部分だけを受け入れて、素直にこの国の旅を楽しめていた時代だったなと、今になってつくづく懐かしく思う…。

  • 豊橋の桜2。<br /><br />枝垂桜もありましたよ。これもなかなか美しかったです。

    豊橋の桜2。

    枝垂桜もありましたよ。これもなかなか美しかったです。

  • 市役所の屋上に展望室があるとのことで、登ってみることにしました。

    市役所の屋上に展望室があるとのことで、登ってみることにしました。

  • この日は土曜日でしたが、展望室は開いているとのことで、良かったです。

    この日は土曜日でしたが、展望室は開いているとのことで、良かったです。

  • 展望室から眺める、文字通りの”豊橋”の遠景です。<br /><br />橋が架かる川は勿論、豊川ですけどね…(^^;)。

    展望室から眺める、文字通りの”豊橋”の遠景です。

    橋が架かる川は勿論、豊川ですけどね…(^^;)。

    豊橋市役所展望ロビー 名所・史跡

    土日祝日も展望ロビーは開いています by ケロケロマニアさん
  • 豊橋の桜3。<br /><br />展望室から、豊橋公園側を眺めると…。<br />満開の桜の元にブルーシートが敷かれて、花見を楽しんでいらっしゃる方が大勢望めますね( ´∀` )。<br /><br /><br /><平成8年の思い出><br />この年は、海外旅行の二ヶ国目、としての、念願のロシアに初入国した年であった。大学で学部移行して以来、自分が慕っていた先生がロシアの調査に出かけられていた縁もあって、こちらも時々は文学部の講義などにも参加しながら、独学でロシア語を勉強していたのだが、勉強すればするほど、この国への興味が増して、どうしても行きたくなってしまい、結局卒論もカムチャッカの町で実施したアンケート調査などを基に、極東ロシアにおける日本人感、みたいな怪しげな内容で提出することになったのだ。<br />これまでの人生において、この年の夏に約1か月滞在したロシア旅の思い出は、一番強烈な記憶として今も尚残っていて、恐らく今後も、あの時のロシア旅を越えるような旅は出来ないのだろうな、と思うと、やっぱり若い頃に無茶な旅をしておいて良かった、と今になって思い返す、私の人生においての筆頭格の旅だったのである…。

    豊橋の桜3。

    展望室から、豊橋公園側を眺めると…。
    満開の桜の元にブルーシートが敷かれて、花見を楽しんでいらっしゃる方が大勢望めますね( ´∀` )。


    <平成8年の思い出>
    この年は、海外旅行の二ヶ国目、としての、念願のロシアに初入国した年であった。大学で学部移行して以来、自分が慕っていた先生がロシアの調査に出かけられていた縁もあって、こちらも時々は文学部の講義などにも参加しながら、独学でロシア語を勉強していたのだが、勉強すればするほど、この国への興味が増して、どうしても行きたくなってしまい、結局卒論もカムチャッカの町で実施したアンケート調査などを基に、極東ロシアにおける日本人感、みたいな怪しげな内容で提出することになったのだ。
    これまでの人生において、この年の夏に約1か月滞在したロシア旅の思い出は、一番強烈な記憶として今も尚残っていて、恐らく今後も、あの時のロシア旅を越えるような旅は出来ないのだろうな、と思うと、やっぱり若い頃に無茶な旅をしておいて良かった、と今になって思い返す、私の人生においての筆頭格の旅だったのである…。

  • 正確には、豊橋の路面電車は”市電”ではないと思うのですが、まあ、こんな展示も見られて、全国に数少ない路面電車が現役の町の一つとして、令和になっても、いつまでも頑張って欲しいものですね。

    正確には、豊橋の路面電車は”市電”ではないと思うのですが、まあ、こんな展示も見られて、全国に数少ない路面電車が現役の町の一つとして、令和になっても、いつまでも頑張って欲しいものですね。

  • 豊橋には見応えのある建造物も多く残されていますね。<br /><br />その代表格が、こちらの公会堂でしょうか。

    豊橋には見応えのある建造物も多く残されていますね。

    その代表格が、こちらの公会堂でしょうか。

    豊橋市公会堂 名所・史跡

    デザインが秀逸の建造物です by ケロケロマニアさん
  • カラーマンホールを発見。<br /><br />ここにも公会堂と路面電車が描かれていますね。

    カラーマンホールを発見。

    ここにも公会堂と路面電車が描かれていますね。

  • こちらの二羽の鷲さんも、昭和6年の公会堂の建設当時から、ずっと豊橋を見守って下さっているそうな…。

    こちらの二羽の鷲さんも、昭和6年の公会堂の建設当時から、ずっと豊橋を見守って下さっているそうな…。

  • 豊橋にはこんな美しい教会建築もありますね。<br /><br />カトリックでも、プロテスタントでもなく、ロシア正教系、というのがシブい!<br /><br /><br /><平成9年の思い出><br />この年は、海外の三ヶ国目として、初めて台湾に出かけた年であった。丁度前年のロシア旅で、北海道暮らしを始めて以来使っていたマウンテンバイクを、現地の子供にあげてしまったので、自転車がない状態で数か月を過ごしていたのを不便に感じていて、そうだ、台湾で自転車を購入してみよう、と思って、ある意味、お買い物ツアー(一般のイメージと大分違うけど…)的なノリで、台北入りして、万華に自転車市場みたいなのがある、という情報を耳にして、そこに足を運んで、勿論、言葉が解らないので、身振り手振りで、適当にマウンテンバイクを購入し、取り敢えず10日ほど、台湾をその自転車で走ってみた旅であった。<br />海外旅程の自転車旅としては、今も尚、この時の台湾旅が一番印象に強く残っているし、最後は台東から蘭嶼島に渡って、島内サイクリングも楽しんだりしたのだが、やはり直前に体験したロシアの緊迫感とは違って、どこかのんびりとした雰囲気が終始漂っていて、当時の居心地は良かったのだが、逆に印象として残っていることは少ないと思う。<br />強いて言えば、台北の円環にあった怪しげな安宿に投宿中、実はそこはいわゆる”売春宿”だったようで、部屋までお姉さんが”商談”にやって来られたこと、位だろうか…。まあ、当時から貧乏だったので、丁重にお断りさせて頂いたけれど…(;^ω^)。<br />帰国時には高雄から今はなき有村産業のフェリーにて那覇に戻ったのだが、あの時以来、沖縄県の出国・帰国印をもらったことがないので、令和の時代には、せめて空路の沖縄スタンプを、石垣島を含めてゲットしてみたいなと思っている…。

    豊橋にはこんな美しい教会建築もありますね。

    カトリックでも、プロテスタントでもなく、ロシア正教系、というのがシブい!


    <平成9年の思い出>
    この年は、海外の三ヶ国目として、初めて台湾に出かけた年であった。丁度前年のロシア旅で、北海道暮らしを始めて以来使っていたマウンテンバイクを、現地の子供にあげてしまったので、自転車がない状態で数か月を過ごしていたのを不便に感じていて、そうだ、台湾で自転車を購入してみよう、と思って、ある意味、お買い物ツアー(一般のイメージと大分違うけど…)的なノリで、台北入りして、万華に自転車市場みたいなのがある、という情報を耳にして、そこに足を運んで、勿論、言葉が解らないので、身振り手振りで、適当にマウンテンバイクを購入し、取り敢えず10日ほど、台湾をその自転車で走ってみた旅であった。
    海外旅程の自転車旅としては、今も尚、この時の台湾旅が一番印象に強く残っているし、最後は台東から蘭嶼島に渡って、島内サイクリングも楽しんだりしたのだが、やはり直前に体験したロシアの緊迫感とは違って、どこかのんびりとした雰囲気が終始漂っていて、当時の居心地は良かったのだが、逆に印象として残っていることは少ないと思う。
    強いて言えば、台北の円環にあった怪しげな安宿に投宿中、実はそこはいわゆる”売春宿”だったようで、部屋までお姉さんが”商談”にやって来られたこと、位だろうか…。まあ、当時から貧乏だったので、丁重にお断りさせて頂いたけれど…(;^ω^)。
    帰国時には高雄から今はなき有村産業のフェリーにて那覇に戻ったのだが、あの時以来、沖縄県の出国・帰国印をもらったことがないので、令和の時代には、せめて空路の沖縄スタンプを、石垣島を含めてゲットしてみたいなと思っている…。

    豊橋ハリストス正教会 寺・神社・教会

    とても美しい正教会系の建築です by ケロケロマニアさん
  • 反対側から見るとこんな感じ。<br /><br />どこかで見覚えが、と思って解説を読んでみると、やはり、建造の際には京都のハリストス正教会の建物を参考にしているそうです。

    反対側から見るとこんな感じ。

    どこかで見覚えが、と思って解説を読んでみると、やはり、建造の際には京都のハリストス正教会の建物を参考にしているそうです。

  • 豊橋の桜4。<br /><br />豊橋公園の花時計とのコラボで。

    豊橋の桜4。

    豊橋公園の花時計とのコラボで。

    豊橋公園 公園・植物園

    春の桜、素晴らしかったです by ケロケロマニアさん
  • 豊橋の桜5。<br /><br />桜まつりの提灯も見られました。夜桜見物もステキでしょうね!

    豊橋の桜5。

    桜まつりの提灯も見られました。夜桜見物もステキでしょうね!

  • 豊橋の桜6。<br /><br />先程登ったばかりの市役所庁舎とのコラボで。

    豊橋の桜6。

    先程登ったばかりの市役所庁舎とのコラボで。

  • 豊橋の桜7。<br /><br />豊橋公園は、”吉田城跡公園”的な側面もある訳で、やはり、石垣と桜とのコラボ風景が撮りたくなりますね。<br /><br /><br /><平成10年の思い出><br />この年は、大学院に進学した年でもあり、前年春から実は一旦調査のために住民票を青森県の下北半島・風間浦村に移していた時期でもあったので、その”調査員”としての活動の思い出が強い年だった。<br />調査内容としては、簡単に言ってしまえば、下北半島最北限の野生動物の生態調査、みたいなことで、有名なのは勿論世界最北の野生ザルとして知られるニホンザルの群れだと思うが、私はサルということに拘ったわけではなく、雪原に残された足跡を元に、色々な動物の標高毎の生息状況調査を、メッシュ分析を通じて、みたいなことをやっていた訳だが、当時の自分は未熟なことばかりで、毎日先生に怒られてばかりいたので、正直、もう修論もダメかな、と悩んでばかりいた日々だったと思う。調査以外のことで揉めていたことも色々あった年で、正直、”引きこもり”状態の日々を続けていた、自分にとっての”黒歴史”の一年(実質的には前年から次年にかけての約二年間だけど…)であった。 

    豊橋の桜7。

    豊橋公園は、”吉田城跡公園”的な側面もある訳で、やはり、石垣と桜とのコラボ風景が撮りたくなりますね。


    <平成10年の思い出>
    この年は、大学院に進学した年でもあり、前年春から実は一旦調査のために住民票を青森県の下北半島・風間浦村に移していた時期でもあったので、その”調査員”としての活動の思い出が強い年だった。
    調査内容としては、簡単に言ってしまえば、下北半島最北限の野生動物の生態調査、みたいなことで、有名なのは勿論世界最北の野生ザルとして知られるニホンザルの群れだと思うが、私はサルということに拘ったわけではなく、雪原に残された足跡を元に、色々な動物の標高毎の生息状況調査を、メッシュ分析を通じて、みたいなことをやっていた訳だが、当時の自分は未熟なことばかりで、毎日先生に怒られてばかりいたので、正直、もう修論もダメかな、と悩んでばかりいた日々だったと思う。調査以外のことで揉めていたことも色々あった年で、正直、”引きこもり”状態の日々を続けていた、自分にとっての”黒歴史”の一年(実質的には前年から次年にかけての約二年間だけど…)であった。 

    吉田城 名所・史跡

    石垣に繁栄の歴史を感じる城跡です by ケロケロマニアさん
  • 現在みられるのは、天守閣ではなく、こちらの隅櫓(鉄櫓)ですね。<br />戦後の産業文化大博覧会の際に再建された建築ですので、歴史的な価値は低いですが…。 

    現在みられるのは、天守閣ではなく、こちらの隅櫓(鉄櫓)ですね。
    戦後の産業文化大博覧会の際に再建された建築ですので、歴史的な価値は低いですが…。 

  • 豊橋の桜8。<br /><br />ここの裏手から石垣越しに眺める桜と鉄櫓の風景が素晴らしいですね・

    豊橋の桜8。

    ここの裏手から石垣越しに眺める桜と鉄櫓の風景が素晴らしいですね・

  • 豊橋の桜9。<br /><br />正面から見るとこんな感じ。<br />うーん、ステキですね。 

    豊橋の桜9。

    正面から見るとこんな感じ。
    うーん、ステキですね。 

  • 吉田城跡直下からは、豊川沿いを歩いて…。

    吉田城跡直下からは、豊川沿いを歩いて…。

  • 今度はこちらの吉田神社までやって来ました。<br /><br /><br /><平成11年の思い出><br />この年は、西暦で言うと1999年、つまり1900年代最後の年、ということもあって、いわゆる”ノストラダムスの大予言”やら、”2000年問題”やらで世間を騒がせていた年だったが、自分的にも、破滅的な修士課程の日々を送っていたので、まあ、地球が終わっても後悔しないように、という言い訳のもと、学業そっちのけで現実逃避の旅を続けた年であったように思う。<br />まず5月には、懐かしのJASのマイレージキャンペーンを利用して、10000マイルで香港に初入国。その後、マカオに渡って珠海経由で中国大陸本土に入り、夜行列車で北京を目指す、という旅だったが、あの時は、切符も全く手配しておらず、ネットも当然まだまだ普及途上の時代だったので、現地で直接交渉して購入していたので、何やら怪しげな運賃での往復北京旅だった。<br />当然、北京でも宿とか予約していないので、現地で何やら宿を斡旋してくれるお姉さん達に囲まれて、何が何だかわからない状態で投宿して、二日ほど北京をうろうろした後、また夜行列車で広州に戻り、そこで自転車を購入して二泊三日で香港に向かう、という、これまた無茶苦茶な旅だったが、やはり社会主義国ならでは、の緊迫感があって、勿論、返還後ではあったが、”資本主義”的な雰囲気に包まれた香港に戻ってきて、凄く安堵したことを覚えている。<br /><br />そして結局、7月で破滅する、と言われていた地球は、破滅することなく続いてしまった中、相変わらずの現実逃避の中で、12月には初めての米国を目指すことにした。その目的地はNY。ただ単に、航空券が安かったから、という理由だったが、修論の締切約2週間前の旅で、エンパイヤーステートに登ったり、リバティ島に渡って自由の女神像の冠部分に登ったり、と、その後の訪米では考えられない、まともな米国観光を楽しんでいた旅であった。そういえば、あの時はまだ、ツインタワーのWTCが目前に聳えていたのだが、まさかその後、二年も経たないうちに崩壊してしまうとは…。今となっては、エンパイヤーステートではなく、WTCに登っておけば良かった、と後悔している。<br />帰国後、先生からの説得もあって、鬼のような勢いで修論をまとめて、提出することになったのだが、よくもあの精神状態で書くことができたものだと、今となってはあの時説得して下さった先生に対して、感謝の気持ちで一杯である。まあ、その後の人生において、その学歴が全く生かされていないことに対しては、先生に対して、贖罪の気持ちしかないけれど…。 

    今度はこちらの吉田神社までやって来ました。


    <平成11年の思い出>
    この年は、西暦で言うと1999年、つまり1900年代最後の年、ということもあって、いわゆる”ノストラダムスの大予言”やら、”2000年問題”やらで世間を騒がせていた年だったが、自分的にも、破滅的な修士課程の日々を送っていたので、まあ、地球が終わっても後悔しないように、という言い訳のもと、学業そっちのけで現実逃避の旅を続けた年であったように思う。
    まず5月には、懐かしのJASのマイレージキャンペーンを利用して、10000マイルで香港に初入国。その後、マカオに渡って珠海経由で中国大陸本土に入り、夜行列車で北京を目指す、という旅だったが、あの時は、切符も全く手配しておらず、ネットも当然まだまだ普及途上の時代だったので、現地で直接交渉して購入していたので、何やら怪しげな運賃での往復北京旅だった。
    当然、北京でも宿とか予約していないので、現地で何やら宿を斡旋してくれるお姉さん達に囲まれて、何が何だかわからない状態で投宿して、二日ほど北京をうろうろした後、また夜行列車で広州に戻り、そこで自転車を購入して二泊三日で香港に向かう、という、これまた無茶苦茶な旅だったが、やはり社会主義国ならでは、の緊迫感があって、勿論、返還後ではあったが、”資本主義”的な雰囲気に包まれた香港に戻ってきて、凄く安堵したことを覚えている。

    そして結局、7月で破滅する、と言われていた地球は、破滅することなく続いてしまった中、相変わらずの現実逃避の中で、12月には初めての米国を目指すことにした。その目的地はNY。ただ単に、航空券が安かったから、という理由だったが、修論の締切約2週間前の旅で、エンパイヤーステートに登ったり、リバティ島に渡って自由の女神像の冠部分に登ったり、と、その後の訪米では考えられない、まともな米国観光を楽しんでいた旅であった。そういえば、あの時はまだ、ツインタワーのWTCが目前に聳えていたのだが、まさかその後、二年も経たないうちに崩壊してしまうとは…。今となっては、エンパイヤーステートではなく、WTCに登っておけば良かった、と後悔している。
    帰国後、先生からの説得もあって、鬼のような勢いで修論をまとめて、提出することになったのだが、よくもあの精神状態で書くことができたものだと、今となってはあの時説得して下さった先生に対して、感謝の気持ちで一杯である。まあ、その後の人生において、その学歴が全く生かされていないことに対しては、先生に対して、贖罪の気持ちしかないけれど…。 

    吉田神社 寺・神社・教会

    参道上の影降石(天降石)が素晴らしかったです by ケロケロマニアさん
  • 豊橋の桜10。<br /><br />吉田神社の境内にも、少しテイストの異なる桜(?)が見られました。

    豊橋の桜10。

    吉田神社の境内にも、少しテイストの異なる桜(?)が見られました。

  • 再び、豊川沿いを歩いて…。

    再び、豊川沿いを歩いて…。

  • 鴨さん達も、一生懸命泳いでおられますね( ´∀` )。

    鴨さん達も、一生懸命泳いでおられますね( ´∀` )。

  • で、せっかくの豊橋訪問なので、豊橋も間近で眺めて…(^^;)。

    で、せっかくの豊橋訪問なので、豊橋も間近で眺めて…(^^;)。

    豊橋(とよばし) 名所・史跡

    豊橋に来た以上は立ち寄っておきたい橋です by ケロケロマニアさん
  • 次いでやって来たのがこちらの施設。<br /><br /><br /><平成12年の思い出><br />この年は西暦2000年、ということで、世間的には色々なメモリアルで騒がれていたように思うが、私自身としては、3月に修士課程を修了して以降、ほぼフリーターのような生活に堕してしまっていたので、ある意味、ダメ人生が開始された年といっても過言ではないだろう。<br />この年は学生時代から続けていた二か所のバイト先でのフリーター生活でお金を貯めては旅に出る、みたいな日々だったが、目的地としては主に国内で、12月に久しぶりに韓国に出かけた位の案外おとなしい旅歴の年だったと思う。 

    次いでやって来たのがこちらの施設。


    <平成12年の思い出>
    この年は西暦2000年、ということで、世間的には色々なメモリアルで騒がれていたように思うが、私自身としては、3月に修士課程を修了して以降、ほぼフリーターのような生活に堕してしまっていたので、ある意味、ダメ人生が開始された年といっても過言ではないだろう。
    この年は学生時代から続けていた二か所のバイト先でのフリーター生活でお金を貯めては旅に出る、みたいな日々だったが、目的地としては主に国内で、12月に久しぶりに韓国に出かけた位の案外おとなしい旅歴の年だったと思う。 

    こども未来館 ここにこ 名所・史跡

    特にお子様には喜ばれる施設だと思います by ケロケロマニアさん
  • ここにも令和ネタが…( ´∀` )。

    ここにも令和ネタが…( ´∀` )。

  • エレベーターの扉のデザインが秀逸ですねぇ~。<br />この画像では判り辛いですが…。

    エレベーターの扉のデザインが秀逸ですねぇ~。
    この画像では判り辛いですが…。

  • カエルさんだケロ~。<br /><br />しかも、前足四本指、後足五本指できちんと描かれています。<br /><br />これはプロの仕業ですねぇ~(;^ω^)。

    カエルさんだケロ~。

    しかも、前足四本指、後足五本指できちんと描かれています。

    これはプロの仕業ですねぇ~(;^ω^)。

  • 舌を伸ばして、獲物を捕獲中。<br /><br />アリさんが捕まってしまったようですね。

    舌を伸ばして、獲物を捕獲中。

    アリさんが捕まってしまったようですね。

  • 最後に跨線橋を渡って…。<br /><br /><平成13年の思い出><br />この年はいよいよ21世紀に突入した2001年。<br />世界的にはあの9・11が起こった年として有名だと思うが、私的には、父が旅先(函館)でちょっとした事故で当地の病院に入院した年でもあって、懐かしの周遊きっぷ(道南ゾーン)を利用して、札幌から5日連続で函館往復したり、今はなき、ANA系の丘珠=函館の回数券を購入して飛行機で移動したり、と、父の入院を口実に、札幌=函館間の旅を楽しんでいたことが一番思い出深い。そんな行き来をしている途中であの9・11が起きたので、今でも函館を訪れる度、この年の父のことやNYのWTCのことを思い出してしまうのである。<br />因みに、その後は訪米する日本人が激減したこともあって、私としては、お値段的に魅力だった米国路線を狂ったように利用して、マイルを荒稼ぎし始めた年でもあった。NY往復が諸税込みで19800円とか、その運賃で日本国内線の往復分のマイルが貯まるとか、9・11の影響で、逆に米国ばかりに行く病気が、ここから数年ほど続くのであった…。<br /><br />尚、9・11の約半年前の春、初めて欧州に足を踏み入れた。当時、NGO=AMSで運航していたKL便が、CTS経由だったので、CTS発欧州経由NGOのオープンジョー航空券で名古屋に帰省、という、胡散臭い理由で…。あの時は、AMSからGLA(グラスゴー)に飛び、その後、バスや鉄道を乗り継いで、リバプールやロンドンにも足を運んだ上で、最後はホーリーヘッドからアイルランドのダブリンにフェリーで渡り、DUBからAMSへはEI(エアリンガス)で飛び、最後はCTS経由でなNGOまで、という旅だったのだが、欧州そのものが初めてだったので、非常に刺激的な旅であった。あれ以来、アイルランドという国にも、一度を足を運んでいないけれど、欧州では好きな国の一つである…。

    最後に跨線橋を渡って…。

    <平成13年の思い出>
    この年はいよいよ21世紀に突入した2001年。
    世界的にはあの9・11が起こった年として有名だと思うが、私的には、父が旅先(函館)でちょっとした事故で当地の病院に入院した年でもあって、懐かしの周遊きっぷ(道南ゾーン)を利用して、札幌から5日連続で函館往復したり、今はなき、ANA系の丘珠=函館の回数券を購入して飛行機で移動したり、と、父の入院を口実に、札幌=函館間の旅を楽しんでいたことが一番思い出深い。そんな行き来をしている途中であの9・11が起きたので、今でも函館を訪れる度、この年の父のことやNYのWTCのことを思い出してしまうのである。
    因みに、その後は訪米する日本人が激減したこともあって、私としては、お値段的に魅力だった米国路線を狂ったように利用して、マイルを荒稼ぎし始めた年でもあった。NY往復が諸税込みで19800円とか、その運賃で日本国内線の往復分のマイルが貯まるとか、9・11の影響で、逆に米国ばかりに行く病気が、ここから数年ほど続くのであった…。

    尚、9・11の約半年前の春、初めて欧州に足を踏み入れた。当時、NGO=AMSで運航していたKL便が、CTS経由だったので、CTS発欧州経由NGOのオープンジョー航空券で名古屋に帰省、という、胡散臭い理由で…。あの時は、AMSからGLA(グラスゴー)に飛び、その後、バスや鉄道を乗り継いで、リバプールやロンドンにも足を運んだ上で、最後はホーリーヘッドからアイルランドのダブリンにフェリーで渡り、DUBからAMSへはEI(エアリンガス)で飛び、最後はCTS経由でなNGOまで、という旅だったのだが、欧州そのものが初めてだったので、非常に刺激的な旅であった。あれ以来、アイルランドという国にも、一度を足を運んでいないけれど、欧州では好きな国の一つである…。

  • こちらの八幡宮で豊橋観光の〆にしましょう。<br />その名も、羽田八幡宮。<br />翌日に羽田から飛ぶ予定だから、という訳でもないのですが…。<br />(因みにここは”はだ”と読むようですね。)

    こちらの八幡宮で豊橋観光の〆にしましょう。
    その名も、羽田八幡宮。
    翌日に羽田から飛ぶ予定だから、という訳でもないのですが…。
    (因みにここは”はだ”と読むようですね。)

    羽田八幡宮 寺・神社・教会

    貴重な文化財が幾つかあります by ケロケロマニアさん
  • 豊橋の桜11。<br /><br />羽田八幡宮の参道沿いに咲いていた桜。<br />これで、平成の愛知県の桜も見納めかな…。

    豊橋の桜11。

    羽田八幡宮の参道沿いに咲いていた桜。
    これで、平成の愛知県の桜も見納めかな…。

  • で、豊橋駅ではどちらかといえばマイナーな側の西口に到着しました。

    で、豊橋駅ではどちらかといえばマイナーな側の西口に到着しました。

    豊橋駅

    目的地に応じて東口と西口とを使い分けると良いです by ケロケロマニアさん
  • ここからは浜松行きに乗車。<br />暫くクロスとはお別れになるのは確実なので、せめて浜松まではクロスに座れると良いな…。<br /><br />ということで、早めに並んでおきましょうね。

    ここからは浜松行きに乗車。
    暫くクロスとはお別れになるのは確実なので、せめて浜松まではクロスに座れると良いな…。

    ということで、早めに並んでおきましょうね。

  • で、無事クロスシートをゲット。<br /><br />勿論、ここでの夕食は、定番の壺屋さんのお稲荷さんですよ( ´∀` )。<br />でも北海道暮らしが長くなると、壺屋といえば、どうしても旭川のお菓子屋さんを先に思い出してしまうようになりました…(・_・;)。<br /><br /><br /><平成14年の思い出><br />前年の9・11の激安航空券旅に触発されて、一気にマイラーとしての火が付いてしまった時期に、しかも大型キャンぺーンが開催された2002年。この年は、グローバル航空アライアンスの一つとして、日本でも青系の航空会社さんが加盟していることでお馴染みのスターアライアンス(以下、星組)の設立5周年を記念して、加盟各社で大まかにいえば、”五社を利用すれば55555マイルのボーナス”が貰える、というキャンペーンが開催された。<br />それに乗じて、私は約2週間の旅で、東南アジア・東アジア・欧州を目まぐるしく飛び回り、全部で30区間を6社のプログラムに5社ずつ重ならないように振り分けて、それぞれのプログラムで55555マイルをゲットする、という、今では考えられないような夢のあるキャンペーンだったので、一気にマイル長者になった一年でもあった。今はなきRG(ヴァリグブラジル航空)やBD(ブリティッシュミッドランド航空)など、このときはフライトのみお世話になった会社(後者)もあれば、FFPだけお世話になった会社(前者)などもあって、今となっては懐かしいばかりだ。<br />昨今の航空会社は、”食べ物で釣る”みたいな下品な対応(ラウンジの食べ物を豪華にする、とか、上級クラスの機内食を必要以上にUGするとか…)で、うまく顧客の虚栄心をあおって儲けている会社ばかりなので、正直、今の航空業界においては、マイルやエリート会員システムに誘惑されて、無駄に高い航空券を買ってしまったり、エリート会員資格取得・維持のために、必要以上に同じ航空会社・航空アライアンスを利用してしまわないよう、くれぐれも賢者の皆様はご注意頂きたい…。(あくまでも総合的なコスパを考えて、ペイするという見込みがあるのならそれもありだと思うが…。)

    で、無事クロスシートをゲット。

    勿論、ここでの夕食は、定番の壺屋さんのお稲荷さんですよ( ´∀` )。
    でも北海道暮らしが長くなると、壺屋といえば、どうしても旭川のお菓子屋さんを先に思い出してしまうようになりました…(・_・;)。


    <平成14年の思い出>
    前年の9・11の激安航空券旅に触発されて、一気にマイラーとしての火が付いてしまった時期に、しかも大型キャンぺーンが開催された2002年。この年は、グローバル航空アライアンスの一つとして、日本でも青系の航空会社さんが加盟していることでお馴染みのスターアライアンス(以下、星組)の設立5周年を記念して、加盟各社で大まかにいえば、”五社を利用すれば55555マイルのボーナス”が貰える、というキャンペーンが開催された。
    それに乗じて、私は約2週間の旅で、東南アジア・東アジア・欧州を目まぐるしく飛び回り、全部で30区間を6社のプログラムに5社ずつ重ならないように振り分けて、それぞれのプログラムで55555マイルをゲットする、という、今では考えられないような夢のあるキャンペーンだったので、一気にマイル長者になった一年でもあった。今はなきRG(ヴァリグブラジル航空)やBD(ブリティッシュミッドランド航空)など、このときはフライトのみお世話になった会社(後者)もあれば、FFPだけお世話になった会社(前者)などもあって、今となっては懐かしいばかりだ。
    昨今の航空会社は、”食べ物で釣る”みたいな下品な対応(ラウンジの食べ物を豪華にする、とか、上級クラスの機内食を必要以上にUGするとか…)で、うまく顧客の虚栄心をあおって儲けている会社ばかりなので、正直、今の航空業界においては、マイルやエリート会員システムに誘惑されて、無駄に高い航空券を買ってしまったり、エリート会員資格取得・維持のために、必要以上に同じ航空会社・航空アライアンスを利用してしまわないよう、くれぐれも賢者の皆様はご注意頂きたい…。(あくまでも総合的なコスパを考えて、ペイするという見込みがあるのならそれもありだと思うが…。)

    合資会社 壺屋弁当部 グルメ・レストラン

    やっぱり王道の稲荷寿しは絶品の美味しさです by ケロケロマニアさん
  • で、浜松からは勿論、”偉大なるロング区間”が始まるので、途中は一切省略。<br /><br />あっという間に熱海です( ´∀` )。

    で、浜松からは勿論、”偉大なるロング区間”が始まるので、途中は一切省略。

    あっという間に熱海です( ´∀` )。

  • JR東日本エリアに入るとちょっとホッとしますね。

    JR東日本エリアに入るとちょっとホッとしますね。

    熱海駅

  • 敢えてネタのために、ここでも大半を占めるロングに座ってやろうか、と、意地悪&へそ曲がりな私は思ってしまいがちですが、正直、”偉大なるロング区間”明けでは、そんな根性はどこかに吹っ飛んでしまい、やはり前方に少しだけあるクロスに座ってしまいますわな…(~_~;)。

    敢えてネタのために、ここでも大半を占めるロングに座ってやろうか、と、意地悪&へそ曲がりな私は思ってしまいがちですが、正直、”偉大なるロング区間”明けでは、そんな根性はどこかに吹っ飛んでしまい、やはり前方に少しだけあるクロスに座ってしまいますわな…(~_~;)。

  • で、川崎で京浜東北線に乗りカエルて、あっという間に蒲田に到着。<br /><br />豊橋でゆっくりし過ぎたため、蒲田発最終の空港行きバスに間に合わなかったので、京急を利用しようと、徒歩で京急蒲田駅に向かいます。

    で、川崎で京浜東北線に乗りカエルて、あっという間に蒲田に到着。

    豊橋でゆっくりし過ぎたため、蒲田発最終の空港行きバスに間に合わなかったので、京急を利用しようと、徒歩で京急蒲田駅に向かいます。

    蒲田駅

  • 今では、こんな近道看板なんてのも設置されているんですねぇ~( ´∀` )。<br /><br />この移動も一体何度したことやら…。<br />羽田でも成田でも夜明かしできない時代には、この駅界隈のネットカフェで始発を待ったものですけどね…。<br /><br /><br /><平成15年の思い出><br />この年は何といっても、世界的なSARSの大流行が、旅においても大きな影響を与えた年であった。まあ、9・11の時もそうだったが、私は旅先で死ねるのは本望と思っている節(客死?)があるので、そりゃ、航空券が安くなったり、マイルのバラマキが始まったりしたら、そんなこと気にせず、飛ぶことになるわな…。<br /><br />という訳で、この年の一番の思い出は、航空会社としては一番大きな被害を被ったと思われるCX(キャセイパシフィック航空)のFFP(アジアマイル)で開催されていた12区間乗って60000マイル、というのに参加する訳で…。<br />SEL発券やBKK発券で最安のCX便のチケットを無駄なく12区間になるように、アジア域内で行ったり来たりして、約1週間で飛行マイルと併せて7万マイル強。あれも美味しいプロモだった…。<br /><br />そんなこんなで、もう完全に”航空中毒”に陥っていた時期なので、思えば、登山やらサイクリング旅やらも全くしなくなっていたなぁ~、と、今となっては一番体力的に充実していた時期に、勿体ない旅をしていたものだと、正直後悔が大きかったりもする…。

    今では、こんな近道看板なんてのも設置されているんですねぇ~( ´∀` )。

    この移動も一体何度したことやら…。
    羽田でも成田でも夜明かしできない時代には、この駅界隈のネットカフェで始発を待ったものですけどね…。


    <平成15年の思い出>
    この年は何といっても、世界的なSARSの大流行が、旅においても大きな影響を与えた年であった。まあ、9・11の時もそうだったが、私は旅先で死ねるのは本望と思っている節(客死?)があるので、そりゃ、航空券が安くなったり、マイルのバラマキが始まったりしたら、そんなこと気にせず、飛ぶことになるわな…。

    という訳で、この年の一番の思い出は、航空会社としては一番大きな被害を被ったと思われるCX(キャセイパシフィック航空)のFFP(アジアマイル)で開催されていた12区間乗って60000マイル、というのに参加する訳で…。
    SEL発券やBKK発券で最安のCX便のチケットを無駄なく12区間になるように、アジア域内で行ったり来たりして、約1週間で飛行マイルと併せて7万マイル強。あれも美味しいプロモだった…。

    そんなこんなで、もう完全に”航空中毒”に陥っていた時期なので、思えば、登山やらサイクリング旅やらも全くしなくなっていたなぁ~、と、今となっては一番体力的に充実していた時期に、勿体ない旅をしていたものだと、正直後悔が大きかったりもする…。

  • で、京急蒲田駅に到着。<br />最終の空港行きが0時16分発、だと、事前の調べでは思っていましたが…。

    で、京急蒲田駅に到着。
    最終の空港行きが0時16分発、だと、事前の調べでは思っていましたが…。

    京急蒲田駅

  • ん?そんな列車、見当たらないぞ???<br /><br />と思ったら、実は休日ダイヤでは終電は23時台だったとのことで、何と、乗り遅れてしまいました…(~_~;)。

    ん?そんな列車、見当たらないぞ???

    と思ったら、実は休日ダイヤでは終電は23時台だったとのことで、何と、乗り遅れてしまいました…(~_~;)。

  • 空港で寝ようと思っていたのに、どうしよう???

    空港で寝ようと思っていたのに、どうしよう???

  • なんて、貧民トラベラーは挫けてしまったりはしません。<br /><br />”運行列車がないなら、進行方向に歩けばいいじゃない~”<br /><br />ということで、歩いて空港を目指すことにしましょう。

    なんて、貧民トラベラーは挫けてしまったりはしません。

    ”運行列車がないなら、進行方向に歩けばいいじゃない~”

    ということで、歩いて空港を目指すことにしましょう。

  • 途中、糀谷駅や大鳥居駅傍のマクドで休憩しながら…。<br /><br />てか、特に大鳥居のお店は24時間開いているみたい(清掃のタイミングで移動はさせられるけど…)なので、ここで夜明かししようかな、ともかんガエルのですが…。<br /><br />そういや、東京も桜のシーズンではないか?とふと思い出して、急に夜桜&明け方の東京の桜見物を楽しもうと思い立ち、午前3時頃に大鳥居駅傍のマクドを出発します。<br /><br /><平成16年の思い出><br />西暦で言えば2004年、個人的にはこの年を境に、札幌で通っていた仕事先の一つにとある事情で行かなくなってしまったので、より時間が出来た&マイルばら撒き(特に米系エア)の激しさが増していた、ということもあり、とにかく米国ばっかり行っていた年だと思う。<br />安い航空券だと最低滞在日数とかの制限があったため、敢えて長めで購入しておいて、サンドイッチで現地発の航空券をもう一往復挟む、とか、怪しげな旅程での航空券を頻繁に利用していたため、あまりにも短期間で米国の入国スタンプが増え過ぎていて、テロ以降の米国ということもあり、そりゃ、怪しまれる訳で、別室に連れていかれて色々と尋問されたりすることも多い年であった。<br />まあ、こういうので、世の中の人は英語力を身に着けていくのだろう(んなことはないのか?)と思いながら、ちょっと厳しめの短期留学みたいな感じで、米国旅を楽しんでいた訳であるが、基本的に米国では2001年の訪米を最後に、一切有料の宿に泊まらなくなってしまっていた(ほぼ全て空港泊)ので、特によく訪問するハブ空港などは、どこに寝やすいソファーがあるとかいう情報を、個人なりには凄く濃密に集めていた時期でもあって、誰の役にも立たないのだろうけれど、少なくとも、あの空港ならここで寝よう、などという見当が付いてしまう位、米国の多くの空港状況について、研鑽を重ね続けた(?)年でもあったと思う。 

    途中、糀谷駅や大鳥居駅傍のマクドで休憩しながら…。

    てか、特に大鳥居のお店は24時間開いているみたい(清掃のタイミングで移動はさせられるけど…)なので、ここで夜明かししようかな、ともかんガエルのですが…。

    そういや、東京も桜のシーズンではないか?とふと思い出して、急に夜桜&明け方の東京の桜見物を楽しもうと思い立ち、午前3時頃に大鳥居駅傍のマクドを出発します。

    <平成16年の思い出>
    西暦で言えば2004年、個人的にはこの年を境に、札幌で通っていた仕事先の一つにとある事情で行かなくなってしまったので、より時間が出来た&マイルばら撒き(特に米系エア)の激しさが増していた、ということもあり、とにかく米国ばっかり行っていた年だと思う。
    安い航空券だと最低滞在日数とかの制限があったため、敢えて長めで購入しておいて、サンドイッチで現地発の航空券をもう一往復挟む、とか、怪しげな旅程での航空券を頻繁に利用していたため、あまりにも短期間で米国の入国スタンプが増え過ぎていて、テロ以降の米国ということもあり、そりゃ、怪しまれる訳で、別室に連れていかれて色々と尋問されたりすることも多い年であった。
    まあ、こういうので、世の中の人は英語力を身に着けていくのだろう(んなことはないのか?)と思いながら、ちょっと厳しめの短期留学みたいな感じで、米国旅を楽しんでいた訳であるが、基本的に米国では2001年の訪米を最後に、一切有料の宿に泊まらなくなってしまっていた(ほぼ全て空港泊)ので、特によく訪問するハブ空港などは、どこに寝やすいソファーがあるとかいう情報を、個人なりには凄く濃密に集めていた時期でもあって、誰の役にも立たないのだろうけれど、少なくとも、あの空港ならここで寝よう、などという見当が付いてしまう位、米国の多くの空港状況について、研鑽を重ね続けた(?)年でもあったと思う。 

  • という訳で、東京でもナンバリング開始。<br /><br />東京の桜1。<br /><br />本羽田公園での夜間徘徊中に見つけた桜。<br />

    という訳で、東京でもナンバリング開始。

    東京の桜1。

    本羽田公園での夜間徘徊中に見つけた桜。

    本羽田公園 公園・植物園

  • 東京の桜2。<br /><br />同じ本羽田公園でも、ライトアップされている所はより美しい夜桜を楽しむことが出来ました。

    東京の桜2。

    同じ本羽田公園でも、ライトアップされている所はより美しい夜桜を楽しむことが出来ました。

  • 東京の桜3。<br /><br />もう東京の桜は見頃が過ぎたかな、と思っていたのですが、意外にもまだまだ満開状態で素晴らしかったです。

    東京の桜3。

    もう東京の桜は見頃が過ぎたかな、と思っていたのですが、意外にもまだまだ満開状態で素晴らしかったです。

  • 東京の桜4。<br /><br />まあ、夜間徘徊中の桜は、まだまだ私の安物デジカメ写真ではうまくその美しさが伝えきれないかと思いますが…(~_~;)。

    東京の桜4。

    まあ、夜間徘徊中の桜は、まだまだ私の安物デジカメ写真ではうまくその美しさが伝えきれないかと思いますが…(~_~;)。

  • 東京の桜5。<br /><br />本羽田公園から、今度は海沿い(多摩川沿い(?))の道を歩いていくのですが、その途中で見つけた桜。<br /><br /><br /><平成17年の思い出><br />西暦で言うと2005年。この年は相変わらずの”米国病”は続いていたのだが、流石に、前年度の米系エア各社のマイルばら撒き合戦で”共倒れ”的な雰囲気があったのか、2004年ほどは大型プロモも開催されなかったが、ダブルマイル程度のキャンペーンは結構行われていたので、対象期間中には米国に足繁く通っていた訳だが、米国ばかりで流石に飽きてしまった(しかも、街に出ると物価が高かったりするので、結局空港でずっとPCいじって終わり、なんていう、何のために米国に行ったのか分からないような旅も多かったし…)ので、そういや、大西洋を渡ったことがなかったなと、米国エアの欧州行きを調べてみると、特にNY=ロンドンとかが往復税込みで2万程度の航空券があったりして(勿論、当時は安い運賃でもマイルが100%)、しかもこれがダブルマイル期間中だったら、かなりコスパも良い、とのことで、米国経由欧州、という旅にも手を出し始めた年でもあった。<br />ロンドン自体はこの年で3度目の訪問だったが、米国経由が思ったよりも安くて、しかも一杯マイルが貯まるので、最低滞在期間中に日本を再往復して怪しまれるより、ロンドン往復した方がストーリー的にも怪しまれないだろう、と、特にAA(アメリカン航空)のJFK=LHR(が特に安かった)をサンドイッチで利用するようになった、という訳である。<br />あと、この年は愛知万博(愛・地球博)が開催された年でもあり、実家のある名古屋を拠点に7月という遅い時期に全期間入場券を購入して、ひたすら、世界格国のパビリオンばかり通い続けた思い出もある(行列が出来ていた企業パビリオンには全く興味なかったので、一つも行っていないけど…。)<br />それとこの年は、今のところ、最初で最後のオーストラリア大陸に上陸した年でもあった。

    東京の桜5。

    本羽田公園から、今度は海沿い(多摩川沿い(?))の道を歩いていくのですが、その途中で見つけた桜。


    <平成17年の思い出>
    西暦で言うと2005年。この年は相変わらずの”米国病”は続いていたのだが、流石に、前年度の米系エア各社のマイルばら撒き合戦で”共倒れ”的な雰囲気があったのか、2004年ほどは大型プロモも開催されなかったが、ダブルマイル程度のキャンペーンは結構行われていたので、対象期間中には米国に足繁く通っていた訳だが、米国ばかりで流石に飽きてしまった(しかも、街に出ると物価が高かったりするので、結局空港でずっとPCいじって終わり、なんていう、何のために米国に行ったのか分からないような旅も多かったし…)ので、そういや、大西洋を渡ったことがなかったなと、米国エアの欧州行きを調べてみると、特にNY=ロンドンとかが往復税込みで2万程度の航空券があったりして(勿論、当時は安い運賃でもマイルが100%)、しかもこれがダブルマイル期間中だったら、かなりコスパも良い、とのことで、米国経由欧州、という旅にも手を出し始めた年でもあった。
    ロンドン自体はこの年で3度目の訪問だったが、米国経由が思ったよりも安くて、しかも一杯マイルが貯まるので、最低滞在期間中に日本を再往復して怪しまれるより、ロンドン往復した方がストーリー的にも怪しまれないだろう、と、特にAA(アメリカン航空)のJFK=LHR(が特に安かった)をサンドイッチで利用するようになった、という訳である。
    あと、この年は愛知万博(愛・地球博)が開催された年でもあり、実家のある名古屋を拠点に7月という遅い時期に全期間入場券を購入して、ひたすら、世界格国のパビリオンばかり通い続けた思い出もある(行列が出来ていた企業パビリオンには全く興味なかったので、一つも行っていないけど…。)
    それとこの年は、今のところ、最初で最後のオーストラリア大陸に上陸した年でもあった。

  • 東京の桜6。<br /><br />これはどこだったかな???

    東京の桜6。

    これはどこだったかな???

  • そんなこんなで、夜間徘徊の怪しげな桜見物を続けているうちに、夜が明けてきましたよ。

    そんなこんなで、夜間徘徊の怪しげな桜見物を続けているうちに、夜が明けてきましたよ。

  • 東京の桜7。<br /><br />少し明るくなると、桜も見やすくなりますね。

    東京の桜7。

    少し明るくなると、桜も見やすくなりますね。

  • 東京の桜8。<br /><br />羽田の渡し付近で見つけた桜。<br />なかなか素晴らしいですねぇ~。

    東京の桜8。

    羽田の渡し付近で見つけた桜。
    なかなか素晴らしいですねぇ~。

    多摩川渡し跡 (羽田の渡し) 名所・史跡

  • こんなレンガの堤防なんてのもお洒落ですねぇ~。<br />これは勿論、観光用で造られたものではありませんよ。<br /><br /><br /><平成18年の思い出><br />この年は米国経由の欧州旅、という意味では二か所の旅先が印象に残っている。一つ目はルクセンブルク。この時もAAのロンドン経由で向かったのだが、LUX便のロンドンでの発着はLHR(ヒースロー)ではなく、LGW(ガトウィック)だったので、この時初めて、この空港を見物することが出来た。ルクセンブルクで覚えていることといえば、今はどうか知らないが、諸税が無茶苦茶安くて、これなら、例えばベルギーに行く時などは、税金差を考えてLUX経由で入国した方が良いな、なんて思ったりもした。<br /><br />そして国自体が小さいこともあって、この時はルクセンブルク市内のYHに宿を取っていたのだが、空港から歩いて1時間位で行くことができたように思う。欧州の旅先の一つとして、ルクセンブルクは個人的には結構お勧めである。<br /><br />因みにもう一つというのが、結局同じような米国・英国経由で、同じ年にベルギーにも足を運んでいるのだが(勿論、ダブルマイルプロモの時期に)、やっぱり同じベネルクス三国(恐らくオランダも)でも、諸税はLUXよりも高かったので、やはり、航空券の本体価格が安く手配できるようであれば、ベルギーやオランダ(或いはドイツとかも)に向かう時でもルクセンブルクのフィンデル空港経由での入国がお勧めだと思う。(2006年当時の話なので、現状が変わっていたらすみません…(;´Д`)。)

    こんなレンガの堤防なんてのもお洒落ですねぇ~。
    これは勿論、観光用で造られたものではありませんよ。


    <平成18年の思い出>
    この年は米国経由の欧州旅、という意味では二か所の旅先が印象に残っている。一つ目はルクセンブルク。この時もAAのロンドン経由で向かったのだが、LUX便のロンドンでの発着はLHR(ヒースロー)ではなく、LGW(ガトウィック)だったので、この時初めて、この空港を見物することが出来た。ルクセンブルクで覚えていることといえば、今はどうか知らないが、諸税が無茶苦茶安くて、これなら、例えばベルギーに行く時などは、税金差を考えてLUX経由で入国した方が良いな、なんて思ったりもした。

    そして国自体が小さいこともあって、この時はルクセンブルク市内のYHに宿を取っていたのだが、空港から歩いて1時間位で行くことができたように思う。欧州の旅先の一つとして、ルクセンブルクは個人的には結構お勧めである。

    因みにもう一つというのが、結局同じような米国・英国経由で、同じ年にベルギーにも足を運んでいるのだが(勿論、ダブルマイルプロモの時期に)、やっぱり同じベネルクス三国(恐らくオランダも)でも、諸税はLUXよりも高かったので、やはり、航空券の本体価格が安く手配できるようであれば、ベルギーやオランダ(或いはドイツとかも)に向かう時でもルクセンブルクのフィンデル空港経由での入国がお勧めだと思う。(2006年当時の話なので、現状が変わっていたらすみません…(;´Д`)。)

    レンガの堤防 名所・史跡

  • 穴守稲荷駅に到着。<br />もう始発は動いている時間帯ですが、ここで乗ってしまうと運賃が蒲田からとそんなに変わらないので、”歩き損”になってしまうので乗りません。<br /><br />飛行機に間に合う範囲内で取り敢えず先を目指して歩きましょう。

    穴守稲荷駅に到着。
    もう始発は動いている時間帯ですが、ここで乗ってしまうと運賃が蒲田からとそんなに変わらないので、”歩き損”になってしまうので乗りません。

    飛行機に間に合う範囲内で取り敢えず先を目指して歩きましょう。

    穴守稲荷駅

  • その前に、勿論、こちらにお参りして…。

    その前に、勿論、こちらにお参りして…。

    穴守稲荷 寺・神社・教会

  • 何やら、境内は工事中のようですね。<br />次来るときは、どんな光景を目の当たりにするのでしょうか…。

    何やら、境内は工事中のようですね。
    次来るときは、どんな光景を目の当たりにするのでしょうか…。

  • こちらの橋を渡ると、いよいよ羽田空港が近づいてきますね。

    こちらの橋を渡ると、いよいよ羽田空港が近づいてきますね。

  • 東京の桜9。<br /><br />弁天橋傍の桜です。<br /><br /><平成19年の思い出><br />この年の旅の最大の思い出としては、何といっても、初めて南米大陸に飛んだことだろう。この時も勿論AAが何やら商品券プレゼントみたいなキャンペーンをやっていたので、それ目的で航空券をWEB購入したのだが、やっぱり基本的には南米はやっぱり運賃が高い。<br />当時の大まかな相場で、南米1往復の金額で米国に3往復以上できる、ということは、マイル効率を考えると、ダブルマイルでも南米一往復で場所にも依るけれど、比較的遠いEZE(ブエノスアイレス)で往復48000マイル位の積算の一方で、米国3往復のダブルマイルだと1往復で約27000マイル(NY直行便と少なめで見積もって)と計算しても81000マイルも積算できる、ということになるので、やはりコスト的に南米に飛ぶのは損、という理由で、行きたい南米に行けず、そんなに興味もない米国ばかりに飛んでいた訳だが、この頃はもう、マイル目的だけの米国旅に虚しさを感じ始めていた時期でもあったので、ここは思い切って、南米まで飛んでしまおう、と思った訳だ。<br />それでもやはり、南米内でのコスパ比較をしておく必要はあり、本当は運賃的にはブラジル(リオかサンパウロ)が安かったのだが、あの国は日本で手配するビザが面倒臭い、という理由から却下。距離を考えると、リマやカラカス、ボゴタなどは近い割には運賃が高くて、マイル効率が悪いので却下。という訳で、南米の南の大都市、チリのサンチアゴか、アルゼンチンのブエノスアイレスか、という二択になったのだが、結局は、懐かしの名古屋の地下鉄車両に再会したい、というしょーもない理由で、後者に飛ぶことにした訳である。<br /><br />ただ、せっかくなので、ブエノスだけでは勿体ないと思って、隣国のウルグアイにもフェリーで越境して、世界遺産のコロニアや首都モンテビデオにも足を運んだが、恐らく、日本からの移動距離的に首都としては一番遠いのがこの辺りの町(或いはパラグアイのアスンシオンとかか?)なのではないだろうか。<br /><br />南米といえば、やはり治安が気になるところだが、少なくともブエノスやモンテビデオに関しては、下手なアジアの町よりは治安も良いように感じたし、物価もそんなに高くない中で欧州的な風情も楽しめるので、日本から近い国としては、ちょっとロシアに似ているのかな、なんて思いながら、初南米の旅を堪能した年だった…。<br />因みに4トラさんに登録したのもこの年のこと。まあ、当時はまだ今とは全然違う仕様で使い辛い印象のサイトだったので、殆ど幽霊会員だったけれど…。

    東京の桜9。

    弁天橋傍の桜です。

    <平成19年の思い出>
    この年の旅の最大の思い出としては、何といっても、初めて南米大陸に飛んだことだろう。この時も勿論AAが何やら商品券プレゼントみたいなキャンペーンをやっていたので、それ目的で航空券をWEB購入したのだが、やっぱり基本的には南米はやっぱり運賃が高い。
    当時の大まかな相場で、南米1往復の金額で米国に3往復以上できる、ということは、マイル効率を考えると、ダブルマイルでも南米一往復で場所にも依るけれど、比較的遠いEZE(ブエノスアイレス)で往復48000マイル位の積算の一方で、米国3往復のダブルマイルだと1往復で約27000マイル(NY直行便と少なめで見積もって)と計算しても81000マイルも積算できる、ということになるので、やはりコスト的に南米に飛ぶのは損、という理由で、行きたい南米に行けず、そんなに興味もない米国ばかりに飛んでいた訳だが、この頃はもう、マイル目的だけの米国旅に虚しさを感じ始めていた時期でもあったので、ここは思い切って、南米まで飛んでしまおう、と思った訳だ。
    それでもやはり、南米内でのコスパ比較をしておく必要はあり、本当は運賃的にはブラジル(リオかサンパウロ)が安かったのだが、あの国は日本で手配するビザが面倒臭い、という理由から却下。距離を考えると、リマやカラカス、ボゴタなどは近い割には運賃が高くて、マイル効率が悪いので却下。という訳で、南米の南の大都市、チリのサンチアゴか、アルゼンチンのブエノスアイレスか、という二択になったのだが、結局は、懐かしの名古屋の地下鉄車両に再会したい、というしょーもない理由で、後者に飛ぶことにした訳である。

    ただ、せっかくなので、ブエノスだけでは勿体ないと思って、隣国のウルグアイにもフェリーで越境して、世界遺産のコロニアや首都モンテビデオにも足を運んだが、恐らく、日本からの移動距離的に首都としては一番遠いのがこの辺りの町(或いはパラグアイのアスンシオンとかか?)なのではないだろうか。

    南米といえば、やはり治安が気になるところだが、少なくともブエノスやモンテビデオに関しては、下手なアジアの町よりは治安も良いように感じたし、物価もそんなに高くない中で欧州的な風情も楽しめるので、日本から近い国としては、ちょっとロシアに似ているのかな、なんて思いながら、初南米の旅を堪能した年だった…。
    因みに4トラさんに登録したのもこの年のこと。まあ、当時はまだ今とは全然違う仕様で使い辛い印象のサイトだったので、殆ど幽霊会員だったけれど…。

  • 東京の桜10。<br /><br />ここの桜並木、明るくなってから眺めた東京の桜としては、一番ボリュームを感じました。

    東京の桜10。

    ここの桜並木、明るくなってから眺めた東京の桜としては、一番ボリュームを感じました。

  • 丁度、こちらの大鳥居がある所ですね。

    丁度、こちらの大鳥居がある所ですね。

    羽田大鳥居 名所・史跡

  • ここまで来てしまったからには、もう最後まで歩いてしまいましょうね。

    ここまで来てしまったからには、もう最後まで歩いてしまいましょうね。

  • 朝日が眩しい(^^;)。

    朝日が眩しい(^^;)。

  • 徒歩にてアクセスする先は国際線Tですね。<br /><br /><平成20年の思い出><br />確か、この年以降、航空業界の悪しき”伝統”である、燃油サーチャージの徴収が始まったように記憶している。原油高が続く中で、アホみたいに高いサーチャージを払うのも勿体ないし、かといってマイルばら撒きも各社あまりやらなくなっていたので、この年以降は国内旅に再び多くの情熱を注ぐようになったと感じる。<br /><br />この年の国内旅の思い出としては、昭和の風情で愛された広島市民球場の最終年、ということで、野球観戦に出かけたついでに、広島が誇るカエルまつりを見物したことだろうか。<br />あの頃のカープは所謂”暗黒時代”の真っ只中で、弱かったこともあって、当日券でも十分に買える位の人気低迷ぶりだったのに、ここ数年で急に強くなって(今年は現状では弱いみたいだけど…)、チケットが手に入り辛くなっている模様。広島東洋カープ程、平成の間にファンの姿がガラッと変わったチームは日本のプロ野球界には他にないような気がする…。<br />かえるまつりに関しては、かつての可部線(路線縮小する前の)沿線の安芸太田で6月に開催されていて、吉水園というモリアオガエルさんが有名な庭園もこの祭りの時期に一般公開されているので、多くの方に、この日本が誇る美しいカエルさんたちの姿を眺めに、足を運んでほしいと思っている…。<br /><br />

    徒歩にてアクセスする先は国際線Tですね。

    <平成20年の思い出>
    確か、この年以降、航空業界の悪しき”伝統”である、燃油サーチャージの徴収が始まったように記憶している。原油高が続く中で、アホみたいに高いサーチャージを払うのも勿体ないし、かといってマイルばら撒きも各社あまりやらなくなっていたので、この年以降は国内旅に再び多くの情熱を注ぐようになったと感じる。

    この年の国内旅の思い出としては、昭和の風情で愛された広島市民球場の最終年、ということで、野球観戦に出かけたついでに、広島が誇るカエルまつりを見物したことだろうか。
    あの頃のカープは所謂”暗黒時代”の真っ只中で、弱かったこともあって、当日券でも十分に買える位の人気低迷ぶりだったのに、ここ数年で急に強くなって(今年は現状では弱いみたいだけど…)、チケットが手に入り辛くなっている模様。広島東洋カープ程、平成の間にファンの姿がガラッと変わったチームは日本のプロ野球界には他にないような気がする…。
    かえるまつりに関しては、かつての可部線(路線縮小する前の)沿線の安芸太田で6月に開催されていて、吉水園というモリアオガエルさんが有名な庭園もこの祭りの時期に一般公開されているので、多くの方に、この日本が誇る美しいカエルさんたちの姿を眺めに、足を運んでほしいと思っている…。

  • ♪もう少し、あと少し(byZARKERO)

    ♪もう少し、あと少し(byZARKERO)

  • おや、ここから先は歩行者(自転車も)立ち入り禁止のようですね。

    おや、ここから先は歩行者(自転車も)立ち入り禁止のようですね。

  • てな訳で、駐輪場を横目に見ながら、乗りもしない国際線Tに向かいます。

    てな訳で、駐輪場を横目に見ながら、乗りもしない国際線Tに向かいます。

  • 羽田の国際線Tも、そのうち、ガラッと変わるんだろうなぁ~。<br />まあ、国際観光ぼったくり税の徴収が始まってしまった以上、そもそも空港使用料が高い空港はあまり使いたくないので、これからは、LCCかマイル利用で地方空港利用、が私的には、国際線利用のメインとなりそうですが…。<br /><br />ラウンジの高級志向とか、正直ウゼーよ…(;´Д`)。地方空港にはそんなもん、ないところが多いのもまた良い(てか、寧ろ地方空港には造らんで欲しいわ)。

    羽田の国際線Tも、そのうち、ガラッと変わるんだろうなぁ~。
    まあ、国際観光ぼったくり税の徴収が始まってしまった以上、そもそも空港使用料が高い空港はあまり使いたくないので、これからは、LCCかマイル利用で地方空港利用、が私的には、国際線利用のメインとなりそうですが…。

    ラウンジの高級志向とか、正直ウゼーよ…(;´Д`)。地方空港にはそんなもん、ないところが多いのもまた良い(てか、寧ろ地方空港には造らんで欲しいわ)。

  • で、遂に、蒲田から徒歩オンリーで羽田の国際線Tに到着。<br /><br />羽田へは数え切れない位、足を運んでいるけれど、蒲田から徒歩だけで来たのは、これが初めてのことです。<br /><br /><平成21年の思い出><br />この年は、自分にとっては平成時代における一つの転機ともいえる年であった。それは、平成の初期から、一時期青森に居住していた時期を除いて住み続けてきた札幌を離れて、道北の小さな町、和寒(わっさむ)町に移住した年だから。<br />町のプログラムに参加しての移住だった訳だが、結局、今に至るまで住み続け、居住地としてはどうやらこの町で令和の時代を迎えることになりそうなので、やはり平成後期の自分の人生における思い出は、この町を抜きに語ることは出来ない。<br />色々なご縁で移住させて頂いた和寒町には恩返しがしたい、という思いから、色々な形でこの町の宣伝もさせて頂いている訳だが、4トラさんのサイトにおける和寒発着の旅行記の執筆などは、そんな思いからここ10年続けさせて頂いた一例でもある…。<br />という訳で、この年は各農家さんでの農作業等に励んでいたので、あまり海外には出かけなかったのだが、唯一、実習期間の間隙を縫って、ベトナムに出かけた旅の様子を綴った旅行記が、4トラ最初における自分にとっての初旅行記となった、という意味でも、とても印象深い年であった…。(因みに国内旅行記としての最初は、先日、惜しまれつつ廃線となってしまった夕張支線の”夕張応援号”関連の旅行記。)

    で、遂に、蒲田から徒歩オンリーで羽田の国際線Tに到着。

    羽田へは数え切れない位、足を運んでいるけれど、蒲田から徒歩だけで来たのは、これが初めてのことです。

    <平成21年の思い出>
    この年は、自分にとっては平成時代における一つの転機ともいえる年であった。それは、平成の初期から、一時期青森に居住していた時期を除いて住み続けてきた札幌を離れて、道北の小さな町、和寒(わっさむ)町に移住した年だから。
    町のプログラムに参加しての移住だった訳だが、結局、今に至るまで住み続け、居住地としてはどうやらこの町で令和の時代を迎えることになりそうなので、やはり平成後期の自分の人生における思い出は、この町を抜きに語ることは出来ない。
    色々なご縁で移住させて頂いた和寒町には恩返しがしたい、という思いから、色々な形でこの町の宣伝もさせて頂いている訳だが、4トラさんのサイトにおける和寒発着の旅行記の執筆などは、そんな思いからここ10年続けさせて頂いた一例でもある…。
    という訳で、この年は各農家さんでの農作業等に励んでいたので、あまり海外には出かけなかったのだが、唯一、実習期間の間隙を縫って、ベトナムに出かけた旅の様子を綴った旅行記が、4トラ最初における自分にとっての初旅行記となった、という意味でも、とても印象深い年であった…。(因みに国内旅行記としての最初は、先日、惜しまれつつ廃線となってしまった夕張支線の”夕張応援号”関連の旅行記。)

    羽田空港 第3旅客ターミナル 空港

  • 胡散臭い顔ハメパネルが色々並んでいますねぇ~(;´Д`)。

    胡散臭い顔ハメパネルが色々並んでいますねぇ~(;´Д`)。

  • ”日本橋”からの景観。<br /><br />絶景かな、絶景かな(?)

    ”日本橋”からの景観。

    絶景かな、絶景かな(?)

    はねだ日本橋 名所・史跡

  • これから出国するぞ、と、自分を騙しつつ、日本との惜別の朝うどん(?)を、和テイストのこのお席で頂きましょう。<br /><br /><br />東京の桜11。<br /><br />これは残念ながら、造花のようですね(^^;)。

    これから出国するぞ、と、自分を騙しつつ、日本との惜別の朝うどん(?)を、和テイストのこのお席で頂きましょう。


    東京の桜11。

    これは残念ながら、造花のようですね(^^;)。

  • で、現実に戻って、素直に国内線Tに移動しましょう。

    で、現実に戻って、素直に国内線Tに移動しましょう。

  • で、結構時間が押してしまったので、急いでチェックインして搭乗口へ。<br />これが平成最後の飛行機利用となりそうです。<br /><br />最後は勿論、日本のナショナルフロ(ラ)ッグ、JALさんにお世話になりましょう。羽田発の旭川行きは3日前まで割と安い運賃で購入できるのが有難いですね。(今回は11,090円でしたが、10,000マイルをeJAL交換(15,000円分)してから購入してますので、実質、7,393マイルで飛ぶことになります。(このフライトはAA(アメリカン航空)のFFPに積算し、これがボーナス込みで615マイル、勿論、新年度になり、本年度も無事継続となったDL(デルタ航空)のニッポン500マイルにも積算しますので、実質的には、7,393-615-500=6,278マイルで飛ぶ、ということになりますね。<br /><br /><br /><平成22年の思い出><br /><br />この年は、和寒町内での実習施設から公営住宅への引っ越しなどを経て、実習中にお世話になったとある農家さんにて仕事をしていた関係で、旅としては道内の近郊旅とかがメインで、あまり遠出をしなかった年だったが、そんな中では、やはり韓国に行った旅が唯一の海外旅行であった。そんなに前のことではないのだけれど、まだこの時期はLCCが日本や韓国ではまだそれ程普及していなかったので、夏に名古屋に帰省がてら、往路CTS-PUS、復路PUS-KIXというO/J旅程で、関空に向かうKE(大韓航空)利用だったが、お盆時期は国内線が高い、ということで、この旅程を組んだように記憶している。

    で、結構時間が押してしまったので、急いでチェックインして搭乗口へ。
    これが平成最後の飛行機利用となりそうです。

    最後は勿論、日本のナショナルフロ(ラ)ッグ、JALさんにお世話になりましょう。羽田発の旭川行きは3日前まで割と安い運賃で購入できるのが有難いですね。(今回は11,090円でしたが、10,000マイルをeJAL交換(15,000円分)してから購入してますので、実質、7,393マイルで飛ぶことになります。(このフライトはAA(アメリカン航空)のFFPに積算し、これがボーナス込みで615マイル、勿論、新年度になり、本年度も無事継続となったDL(デルタ航空)のニッポン500マイルにも積算しますので、実質的には、7,393-615-500=6,278マイルで飛ぶ、ということになりますね。


    <平成22年の思い出>

    この年は、和寒町内での実習施設から公営住宅への引っ越しなどを経て、実習中にお世話になったとある農家さんにて仕事をしていた関係で、旅としては道内の近郊旅とかがメインで、あまり遠出をしなかった年だったが、そんな中では、やはり韓国に行った旅が唯一の海外旅行であった。そんなに前のことではないのだけれど、まだこの時期はLCCが日本や韓国ではまだそれ程普及していなかったので、夏に名古屋に帰省がてら、往路CTS-PUS、復路PUS-KIXというO/J旅程で、関空に向かうKE(大韓航空)利用だったが、お盆時期は国内線が高い、ということで、この旅程を組んだように記憶している。

  • 搭乗機はこちら。<br />(JL551/B737-800/JA344J)

    搭乗機はこちら。
    (JL551/B737-800/JA344J)

  • 基本的に前夜は殆ど寝ておりませんので、眠いですが、ネタ収集のため機内誌を一通り眺めておきましょう。<br /><br />JLのモスクワ線、地味に伝統のある路線ですが、デイリー運航になるようですよ!<br />JLマイル使用だと、ロシアはお得感があるので、是非とも利用してみたいですね。(勿論、サーチャージが高い間は乗らんだろうけど…。)

    基本的に前夜は殆ど寝ておりませんので、眠いですが、ネタ収集のため機内誌を一通り眺めておきましょう。

    JLのモスクワ線、地味に伝統のある路線ですが、デイリー運航になるようですよ!
    JLマイル使用だと、ロシアはお得感があるので、是非とも利用してみたいですね。(勿論、サーチャージが高い間は乗らんだろうけど…。)

  • おおっ、大井川鐡道の奥大井湖上駅が紹介されているぞ~!

    おおっ、大井川鐡道の奥大井湖上駅が紹介されているぞ~!

  • 平成最後の桜。<br />松前は間に合いそうですね。<br />てか、令和最初の桜も楽しめそうです( ´∀` )。<br /><br />和寒は絶対無理なので、昨年に平成最後の桜を見納めましたが…(^^;)。

    平成最後の桜。
    松前は間に合いそうですね。
    てか、令和最初の桜も楽しめそうです( ´∀` )。

    和寒は絶対無理なので、昨年に平成最後の桜を見納めましたが…(^^;)。

  • ペルーの豪華列車らしい。<br />鉄道自体には興味あるけど、豪華、というのは余計だな…(-_-;)。<br /><br /><br /><平成23年の思い出><br />この年はやはり東日本大震災のことをまず語らなくてはならない。自分は地震の発生時、日本にはおらず、カリブ海のジャマイカでのほほんとした時間を過ごしていた中だったので、正直、この時の地震の恐ろしさを体感していない、という意味で、ある意味非国民的な立ち位置である感は否めないので、多くは語らないでおこうと思う。<br />ただ、あの時の出国前と帰国後の風景の変化が、今も尚忘れられない。勿論、それは東京を見て感じただけのことであって、本当に被災された方のことを思うと、それ以上のことを語るのは不謹慎以外の何物でもないので、これだけに止めておく。<br /><br />平成の転機、という意味では、間違いなくこの時代の後期においては、最大の出来事が3・11であった訳だし、これからも経年的に色々なことを考えながら、被災地を訪問し続けたいと思う。<br />一番の犯罪は忘却である、という信念は、時代が変わっても失わずに生きていきたい。

    ペルーの豪華列車らしい。
    鉄道自体には興味あるけど、豪華、というのは余計だな…(-_-;)。


    <平成23年の思い出>
    この年はやはり東日本大震災のことをまず語らなくてはならない。自分は地震の発生時、日本にはおらず、カリブ海のジャマイカでのほほんとした時間を過ごしていた中だったので、正直、この時の地震の恐ろしさを体感していない、という意味で、ある意味非国民的な立ち位置である感は否めないので、多くは語らないでおこうと思う。
    ただ、あの時の出国前と帰国後の風景の変化が、今も尚忘れられない。勿論、それは東京を見て感じただけのことであって、本当に被災された方のことを思うと、それ以上のことを語るのは不謹慎以外の何物でもないので、これだけに止めておく。

    平成の転機、という意味では、間違いなくこの時代の後期においては、最大の出来事が3・11であった訳だし、これからも経年的に色々なことを考えながら、被災地を訪問し続けたいと思う。
    一番の犯罪は忘却である、という信念は、時代が変わっても失わずに生きていきたい。

  • JLの定番、スカイタイムを頂きながら…。

    JLの定番、スカイタイムを頂きながら…。

  • ひと眠りして目覚めた頃には青森上空。<br />丁度、思い出の地、下北半島付近を飛行していました。

    ひと眠りして目覚めた頃には青森上空。
    丁度、思い出の地、下北半島付近を飛行していました。

  • 再び、機内誌をパラパラと…。<br /><br />自動車免許取得の際に、合宿でお世話になった鳥取県。<br />この露天風呂で、”心の傷”を癒したなあ…。

    再び、機内誌をパラパラと…。

    自動車免許取得の際に、合宿でお世話になった鳥取県。
    この露天風呂で、”心の傷”を癒したなあ…。

  • で、あっという間に北海道上空へ。<br /><br />うーん、流石にこんな景色ですね…。<br /><br />あれだけ桜を満喫した旅の後で、この光景を見ると一気にテンションが下がります…(-_-;)。

    で、あっという間に北海道上空へ。

    うーん、流石にこんな景色ですね…。

    あれだけ桜を満喫した旅の後で、この光景を見ると一気にテンションが下がります…(-_-;)。

  • で、ほぼ定刻に旭川に到着。<br /><br />流石に、雪解けは進んでいるようですね。<br /><br /><br /><平成24年の思い出><br />この年以降は、旅の思い出としては割と精力的に旅行記を記させて頂いたので、それを見ながら振り返ってみると、増毛の旅とか日高本線の旅とか、既に懐かしさ満載の旅をしていたようだ。<br />この年はここ数年の放蕩三昧の航空旅メインの自分の旅のスタイルに喝を入れよう(?)と、夏は約二か月間山に籠って過ごしたので、その時の思い出が一番大きい。約20年ぶりに3000M峰に沢山登り、日本第二の高峰、北岳にも登ったので、人生の最高標高到達地点を更新したのもこの年のことであった…。(因みに富士山は登ったことないし、この時点では海外でも3193m以上の地点に到達したことはなかった。)

    で、ほぼ定刻に旭川に到着。

    流石に、雪解けは進んでいるようですね。


    <平成24年の思い出>
    この年以降は、旅の思い出としては割と精力的に旅行記を記させて頂いたので、それを見ながら振り返ってみると、増毛の旅とか日高本線の旅とか、既に懐かしさ満載の旅をしていたようだ。
    この年はここ数年の放蕩三昧の航空旅メインの自分の旅のスタイルに喝を入れよう(?)と、夏は約二か月間山に籠って過ごしたので、その時の思い出が一番大きい。約20年ぶりに3000M峰に沢山登り、日本第二の高峰、北岳にも登ったので、人生の最高標高到達地点を更新したのもこの年のことであった…。(因みに富士山は登ったことないし、この時点では海外でも3193m以上の地点に到達したことはなかった。)

    旭川空港 空港

  • 到着案内の様子。<br /><br />相変わらず、千歳と違って寂しいなぁ~。

    到着案内の様子。

    相変わらず、千歳と違って寂しいなぁ~。

  • こちらもまだ、冬の名残の光景と言えそうですね。

    こちらもまだ、冬の名残の光景と言えそうですね。

  • 国際線Tがオープンしたことで、新設されたお湯のサーバー。<br />これは使いやすくてGOOD!<br /><br />早速お湯を頂いていきましょうね。

    国際線Tがオープンしたことで、新設されたお湯のサーバー。
    これは使いやすくてGOOD!

    早速お湯を頂いていきましょうね。

  • でも、肝心の国際線フライトが、この日はゼロ。<br /><br />うーん、寂し過ぎる…。<br /><br />それだけに、6月からのKE就航は楽しみ(但し、季節運航だけど…(-_-;))。

    でも、肝心の国際線フライトが、この日はゼロ。

    うーん、寂し過ぎる…。

    それだけに、6月からのKE就航は楽しみ(但し、季節運航だけど…(-_-;))。

  • 東京からの着便の接続バスは混むので、敢えて一本遅らせて。<br />展望デッキに立ち寄ってみましょうね。<br /><br /><平成25年の思い出><br />この年も、引き続き夏は南アルプスの山中に籠って過ごしたが、個人的には不惑の年を迎えた節目の年でもあったので、平成初期の旅スタイルへの回帰、という意味で、年齢に因んで敢行した、国道40号線の完全自転車走破、という旅が一番記憶に残っている。因みに、この時稚内のホームセンターで購入した自転車(略してケロアメちゃん)は、今でも現役として和寒の地で頑張ってくれている…。<br />海外旅としては、グアムに初めて訪問したのがこの年であった。岡山と新潟の出国印・帰国印を頂けたのが良かった。

    東京からの着便の接続バスは混むので、敢えて一本遅らせて。
    展望デッキに立ち寄ってみましょうね。

    <平成25年の思い出>
    この年も、引き続き夏は南アルプスの山中に籠って過ごしたが、個人的には不惑の年を迎えた節目の年でもあったので、平成初期の旅スタイルへの回帰、という意味で、年齢に因んで敢行した、国道40号線の完全自転車走破、という旅が一番記憶に残っている。因みに、この時稚内のホームセンターで購入した自転車(略してケロアメちゃん)は、今でも現役として和寒の地で頑張ってくれている…。
    海外旅としては、グアムに初めて訪問したのがこの年であった。岡山と新潟の出国印・帰国印を頂けたのが良かった。

  • 見学者向けの航空機時刻表。<br /><br />国際線がもう少し増えて欲しいな…。<br />旭川は定期便も季節運航が殆どなので、何とか一年間安定して飛んでくれる定期航路が開設されないものか、と願っています。

    見学者向けの航空機時刻表。

    国際線がもう少し増えて欲しいな…。
    旭川は定期便も季節運航が殆どなので、何とか一年間安定して飛んでくれる定期航路が開設されないものか、と願っています。

  • で、デッキに出てみると…。<br /><br />おや?JL機が二機あるぞ???<br />大きな空港を見慣れた方なら、何のことはない景色でしょうが、旭川では同じ会社の航空機が並んで見られる、というのは、結構珍しいことです。<br /><br />因みに、只今搭乗してきたのは左の小さい子の方です。

    で、デッキに出てみると…。

    おや?JL機が二機あるぞ???
    大きな空港を見慣れた方なら、何のことはない景色でしょうが、旭川では同じ会社の航空機が並んで見られる、というのは、結構珍しいことです。

    因みに、只今搭乗してきたのは左の小さい子の方です。

  • 何やら、もう一機はラグビー日本代表塗装になっているぞ!<br /><br />不思議に思ったので、JLさんのカウンターで尋ねてみると、どうやら、機材不良があったそうで、ここで確認作業が行われたそうな…。<br /><br />点検でどうやら無事が確認された、とのことで、この日の午後、羽田に戻る予定(営業運航ではなく…)、とのことでした。

    何やら、もう一機はラグビー日本代表塗装になっているぞ!

    不思議に思ったので、JLさんのカウンターで尋ねてみると、どうやら、機材不良があったそうで、ここで確認作業が行われたそうな…。

    点検でどうやら無事が確認された、とのことで、この日の午後、羽田に戻る予定(営業運航ではなく…)、とのことでした。

  • そういや、旭川空港の国内線側にも、令和元年中にこんなのが出来るそうな…。<br /><br />大体、食べ物系でしかお客を呼び込むことが出来ない昨今の状況、何とかならんもんか…。まあ、それに対する需要を提供している消費者の側にも問題があるのだろうけれど…。ここでもラウンジの高級志向のことに思いが及んで、またげんなりとしてしまいます…。

    そういや、旭川空港の国内線側にも、令和元年中にこんなのが出来るそうな…。

    大体、食べ物系でしかお客を呼び込むことが出来ない昨今の状況、何とかならんもんか…。まあ、それに対する需要を提供している消費者の側にも問題があるのだろうけれど…。ここでもラウンジの高級志向のことに思いが及んで、またげんなりとしてしまいます…。

  • まあ、先程頂いたお湯に、プサンのゲストハウスで頂いたスティックコーヒーを溶かして、貧民的なコーヒーブレイクでも楽しんで、”心の傷”を癒しましょう。<br /><br /><br /><平成26年の思い出><br />この年の国内旅の思い出としては、3年連続で南アルプスに登ったことだが、やはり北海道的には江差線の廃止が寂しい出来事であった。自身の惜別旅は前年に済ませてしまったのだが、何やらこの時以来、一気に道内の廃線ラッシュが始まったように思う。その後の増毛や夕張、更には令和初期に札沼線から始まるJR北海道の”廃線ブーム”。また廃線間際の醜い光景が繰り返されるのかと思うと、今からげんなりしてしまう…。<br />海外旅としては、この年に初めて、本格的な中米(カリブのジャマイカは除いて、という意味で)としてのコスタリカに訪問できたのが一番の思い出だ。因みにここで登ったイラス山という山が、どうやら3500m近く標高があるようだったので、自身の生涯最高標高到達地点は、今のところこの山、ということになっている…。

    まあ、先程頂いたお湯に、プサンのゲストハウスで頂いたスティックコーヒーを溶かして、貧民的なコーヒーブレイクでも楽しんで、”心の傷”を癒しましょう。


    <平成26年の思い出>
    この年の国内旅の思い出としては、3年連続で南アルプスに登ったことだが、やはり北海道的には江差線の廃止が寂しい出来事であった。自身の惜別旅は前年に済ませてしまったのだが、何やらこの時以来、一気に道内の廃線ラッシュが始まったように思う。その後の増毛や夕張、更には令和初期に札沼線から始まるJR北海道の”廃線ブーム”。また廃線間際の醜い光景が繰り返されるのかと思うと、今からげんなりしてしまう…。
    海外旅としては、この年に初めて、本格的な中米(カリブのジャマイカは除いて、という意味で)としてのコスタリカに訪問できたのが一番の思い出だ。因みにここで登ったイラス山という山が、どうやら3500m近く標高があるようだったので、自身の生涯最高標高到達地点は、今のところこの山、ということになっている…。

  • 旭川空港は正確には旭川ではありません。<br /><br />あさっぴーやゆっきりん(旭川のゆるキャラ)に隠れて、本当のご当地キャラのこの子が頑張ってくれていますので、是非ご挨拶してあげて下さいね( ´∀` )。

    旭川空港は正確には旭川ではありません。

    あさっぴーやゆっきりん(旭川のゆるキャラ)に隠れて、本当のご当地キャラのこの子が頑張ってくれていますので、是非ご挨拶してあげて下さいね( ´∀` )。

  • まあ、勿論、あさっぴーもいるけどね(^^;)。<br />(あれ?ゆっきりんは???喧嘩したのかな?????)

    まあ、勿論、あさっぴーもいるけどね(^^;)。
    (あれ?ゆっきりんは???喧嘩したのかな?????)

  • この日の午前10時頃の旭川空港の気温。<br /><br />まあ、この時期としてはこんなもんかな。

    この日の午前10時頃の旭川空港の気温。

    まあ、この時期としてはこんなもんかな。

  • 早く完全に消えて欲しいものですね…。<br />この雪が全てなくなる頃に、新時代を迎えるということになりそうです。<br />まあ、道北の民としては、平成最後の雪解け、を楽しみながら生活していきましょう。

    早く完全に消えて欲しいものですね…。
    この雪が全てなくなる頃に、新時代を迎えるということになりそうです。
    まあ、道北の民としては、平成最後の雪解け、を楽しみながら生活していきましょう。

  • で、乗車するのは、旭岳方面からやって来る「いで湯号」です。<br />大体、このバスは空いていて快適なので、時間が合う時はこのバスに乗車するようにしています(観光の繁忙期は避けた方が良いバスだろうけど…)。<br /><br /><br /><平成27年の思い出><br />この年以降は、自身の旅の概要が、旅行記から完全に振り返ることが出来るのがありがたい。海外旅としてはアフリカ系の航空会社として、2007年のKQ(ケニア航空)以来、初めて搭乗したET(エチオピア航空)のフライトのことが一番印象に残っている年であるが、行き先は香港だったので、アフリカ大陸は未訪問のままで、いまだこの状態が続いてしまっている。死ぬまでに一度はアフリカに行っておきたい、とは思っているのだが、やはり航空券価格の問題で行けないのが、南米と同じように残念に感じている。<br />国内旅としては、久し振りに訪問した宮崎県や大分県の旅のことが一番の思い出として印象に残った年であった。

    で、乗車するのは、旭岳方面からやって来る「いで湯号」です。
    大体、このバスは空いていて快適なので、時間が合う時はこのバスに乗車するようにしています(観光の繁忙期は避けた方が良いバスだろうけど…)。


    <平成27年の思い出>
    この年以降は、自身の旅の概要が、旅行記から完全に振り返ることが出来るのがありがたい。海外旅としてはアフリカ系の航空会社として、2007年のKQ(ケニア航空)以来、初めて搭乗したET(エチオピア航空)のフライトのことが一番印象に残っている年であるが、行き先は香港だったので、アフリカ大陸は未訪問のままで、いまだこの状態が続いてしまっている。死ぬまでに一度はアフリカに行っておきたい、とは思っているのだが、やはり航空券価格の問題で行けないのが、南米と同じように残念に感じている。
    国内旅としては、久し振りに訪問した宮崎県や大分県の旅のことが一番の思い出として印象に残った年であった。

  • で、バスがやって来ました。<br />まさか、混んでたりして???

    で、バスがやって来ました。
    まさか、混んでたりして???

  • んな訳、ないよねぇ~( ´∀` )。<br /><br />これが快適で良いんです。勿論、運賃も同じですし、旭川電気軌道運行なので、DoカードやAsaca(持っている人は少ないだろうけど…)もつカエルますよ。<br /><br />全国他地域のIC交通カードはつカエルませんのでご注意を…。

    んな訳、ないよねぇ~( ´∀` )。

    これが快適で良いんです。勿論、運賃も同じですし、旭川電気軌道運行なので、DoカードやAsaca(持っている人は少ないだろうけど…)もつカエルますよ。

    全国他地域のIC交通カードはつカエルませんのでご注意を…。

  • で、ここでも貧民ならではの、貧相なコーヒーブレイク時間を堪能します。

    で、ここでも貧民ならではの、貧相なコーヒーブレイク時間を堪能します。

  • ツインハープ橋を渡って…。

    ツインハープ橋を渡って…。

  • 旭川駅に到着。<br />駅前は一気に雪がなくなりましたね。<br /><br /><平成28年の思い出><br />この辺まで来ると、もう最近の話なので、あまり思い出、という風情でもないのだが、やはりこの年の最大の出来事は留萌本線の留萌~増毛間の廃止であろう。まあ、多くを語ることはここでは控えさせて頂くが、悲しみの連鎖がこれ以上続かないことを(続いてしまうんだろうけど…)切に願っている…。<br />海外旅としては、久し振りに訪れた欧州旅、特に初入国となったヴァチカン市国や、それを取り囲むローマ(イタリア自体はちょっとだけ行ったことあったけど、首都は初めて)の旅のことが思い出深い年であった…。

    旭川駅に到着。
    駅前は一気に雪がなくなりましたね。

    <平成28年の思い出>
    この辺まで来ると、もう最近の話なので、あまり思い出、という風情でもないのだが、やはりこの年の最大の出来事は留萌本線の留萌~増毛間の廃止であろう。まあ、多くを語ることはここでは控えさせて頂くが、悲しみの連鎖がこれ以上続かないことを(続いてしまうんだろうけど…)切に願っている…。
    海外旅としては、久し振りに訪れた欧州旅、特に初入国となったヴァチカン市国や、それを取り囲むローマ(イタリア自体はちょっとだけ行ったことあったけど、首都は初めて)の旅のことが思い出深い年であった…。

    旭川駅

  • 今度は道北バスの名寄行きにすぐのタイミングで乗り継ぎに成功。旭川電気軌道と道北バスは60分以内に乗り継ぐと100円引きになります。ICチャージ時に10%のプレミアがつきますので、二重にお得なんですね( ´∀` )。<br /><br />空港のサツドラで買ったソイジョイなども頂きながら、再度優雅(?)なコーヒーブレイクです。

    今度は道北バスの名寄行きにすぐのタイミングで乗り継ぎに成功。旭川電気軌道と道北バスは60分以内に乗り継ぐと100円引きになります。ICチャージ時に10%のプレミアがつきますので、二重にお得なんですね( ´∀` )。

    空港のサツドラで買ったソイジョイなども頂きながら、再度優雅(?)なコーヒーブレイクです。

  • 北に向かえば向かう程、残雪量が多くなってきたように感じるのは気のせいか???

    北に向かえば向かう程、残雪量が多くなってきたように感じるのは気のせいか???

  • 比布神社前を通過。

    比布神社前を通過。

    比布神社 寺・神社・教会

  • ありゃ、完全にまだ冬の景色ではないか…(-_-;)。

    ありゃ、完全にまだ冬の景色ではないか…(-_-;)。

  • ぴっぷスキー場の遠景も車窓から楽しみます。<br />まだ、春遠しの風情ですね…(;´Д`)。<br /><br /><平成29年の思い出><br />この年の旅の思い出はズバリ、国内と海外で一つずつ。<br />前者は北海道179市町村を全て巡ったスタンプラリー旅、後者は21年ぶりに訪問したロシア旅である。<br />詳細は、旅行記で散々綴らせて頂いたのでここでは割愛させて頂くが、どちらも自分の人生における節目の旅として、まさに平成末期を代表する旅であったと思う。

    ぴっぷスキー場の遠景も車窓から楽しみます。
    まだ、春遠しの風情ですね…(;´Д`)。

    <平成29年の思い出>
    この年の旅の思い出はズバリ、国内と海外で一つずつ。
    前者は北海道179市町村を全て巡ったスタンプラリー旅、後者は21年ぶりに訪問したロシア旅である。
    詳細は、旅行記で散々綴らせて頂いたのでここでは割愛させて頂くが、どちらも自分の人生における節目の旅として、まさに平成末期を代表する旅であったと思う。

  • 塩狩パークを通過。<br />ここはまだ比布町域ですが…。

    塩狩パークを通過。
    ここはまだ比布町域ですが…。

  • いよいよ、塩狩峠を通過。<br />ここからは天塩国、つまり和寒町域に突入です。

    いよいよ、塩狩峠を通過。
    ここからは天塩国、つまり和寒町域に突入です。

    塩狩峠 自然・景勝地

  • 和寒町の桜名所の一つ、三笠山自然公園の様子。<br /><br />こりゃ、平成中に開花するのは無理でしょう…(;´Д`)。

    和寒町の桜名所の一つ、三笠山自然公園の様子。

    こりゃ、平成中に開花するのは無理でしょう…(;´Д`)。

    三笠山自然公園 公園・植物園

  • 流石に道路沿いは雪解けが進み、今回の韓国旅で沢山出会った、せっかちな韓国人を髣髴とさせてくれる、いち早い雪解けを願う道北の民の雪割りの光景を随所で眺めながら…。

    流石に道路沿いは雪解けが進み、今回の韓国旅で沢山出会った、せっかちな韓国人を髣髴とさせてくれる、いち早い雪解けを願う道北の民の雪割りの光景を随所で眺めながら…。

    和寒駅

  • 何とか無事、自宅に戻ることが出来ました。<br /><br />家の前の雪解け状況はこんな感じでした。<br /><br /><br />という訳で、9編にわたって綴らせて頂いた、平成最後の海外旅行に関する一連の旅行記はこれにて終了となります。非常に長くなってしまいましたが、最後までご閲覧下さり、どうも有難うございました。<br /><br />さようなら、平成時代…。<br /><br /><br /><平成30年の思い出&平成31年を終えるにあたって><br /><br />という訳で、こちらの項も最後の記述を。2018年の旅の思い出としては、やはり北海道胆振東部地震関連の旅のことが一番の思い出。3・11の時には日本にいなかった自分だけに、これまでの人生において、一番の衝撃を体感した地震だったし、その後の北海道内の混乱状況などを、生で眺めながら旅したので、非常に印象に残っている旅でもある。この地震からの復興はまだ完全には進んでいない現状なので、同じく多くを語ることは控えさせて頂くが、一北海道民として、一日も早い完全復興を願っている…。<br /><br />で、今は平成最後の31年、平成も残り10日を切った中でこれを記している訳だが、思えば一つの時代を満了できる、という機会は、人生が始まるタイミング次第では難しいことでもあるだろうから(昭和元年から平成31年までの人生だったとしても、一時代を満了したことにはならない、という意味で…)、やはり自分の人生は平成が主役だったのだと思う。恐らく、人生の終焉は令和時代に迎えることになるのだろうが、これからも、形はどうであれ、自身が生きた証としての旅は続けていきたいと思っているし、その内容を模索し続ける日々が新時代を迎えても続いていくのだろう…。

    何とか無事、自宅に戻ることが出来ました。

    家の前の雪解け状況はこんな感じでした。


    という訳で、9編にわたって綴らせて頂いた、平成最後の海外旅行に関する一連の旅行記はこれにて終了となります。非常に長くなってしまいましたが、最後までご閲覧下さり、どうも有難うございました。

    さようなら、平成時代…。


    <平成30年の思い出&平成31年を終えるにあたって>

    という訳で、こちらの項も最後の記述を。2018年の旅の思い出としては、やはり北海道胆振東部地震関連の旅のことが一番の思い出。3・11の時には日本にいなかった自分だけに、これまでの人生において、一番の衝撃を体感した地震だったし、その後の北海道内の混乱状況などを、生で眺めながら旅したので、非常に印象に残っている旅でもある。この地震からの復興はまだ完全には進んでいない現状なので、同じく多くを語ることは控えさせて頂くが、一北海道民として、一日も早い完全復興を願っている…。

    で、今は平成最後の31年、平成も残り10日を切った中でこれを記している訳だが、思えば一つの時代を満了できる、という機会は、人生が始まるタイミング次第では難しいことでもあるだろうから(昭和元年から平成31年までの人生だったとしても、一時代を満了したことにはならない、という意味で…)、やはり自分の人生は平成が主役だったのだと思う。恐らく、人生の終焉は令和時代に迎えることになるのだろうが、これからも、形はどうであれ、自身が生きた証としての旅は続けていきたいと思っているし、その内容を模索し続ける日々が新時代を迎えても続いていくのだろう…。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ねもさん 2019/04/23 20:14:05
    お久しぶりです
    ケロケロマニアさん
    1年ごとの振り返り、ご苦労さまでした。ケロケロマニアさんは日記をつけておられるのですか? 私なんか、歳のせいか、今世紀に入ってからの20年弱はあっという間でした(苦笑)
    そのなかで、鳳凰三山に登ったのと和寒愛が印象に残りました。
    私も初めてのアルプス・初めての山小屋が鳳凰三山でした。天気に恵まれて楽しかったので、すっかり山にはまりました。1980年夏、23歳のときです。
    駅から車酔いしそうになる悪路を登山口までお迎えお願いしました。鳳凰小屋の料金に込みだったと記憶しています。
    和寒に恩返ししたいという心意気は素敵です。私も静岡市に住んで、35年目に入りましたが、そういう気持ちを大切にせねばと思いました。

    PS 難しいかもしれませんが、南米旅行記をアップしてくださるとうれしいです。興味津々!

    ケロケロマニア

    ケロケロマニアさん からの返信 2019/04/27 07:23:02
    RE: お久しぶりです
    ねもさん、こんにちは。
    お返事が遅れまして、申し訳ございません。

    私は日記というものをつけている訳ではないのですが、少なくとも旅の行程に関するメモ(具体的な旅程と収支等)は1997年の台湾旅以降、継続的に小型ノートに残していて、それが平成末時点で28冊目に突入しております。これを振り返るだけでも、各年の旅のことを思い出すことが出来て、今の自分の財産の一つ、と言えるのかもしれません( ´∀` )。

    鳳凰三山の件、そうでしたか、ねもさんも初山小屋が鳳凰小屋だったとは…。悪路の登山口送迎のお話とか、そういえばそうだった、と懐かしく思い出されますね。今は道が改善されているのかもしれませんね。何れにせよ、あの時は鳳凰小屋に宿泊しましたが、その夜の山小屋は空いていて、何やら昆虫採集で訪れていた研究者風の方と小屋の御主人と、高校生の私、という不思議な面子の中で、当然私はまだまだ話の中に入れるような器でありませんでしたので、聞き耳を立てながら過ごした微かな記憶があります。あの時の後悔としては、地蔵のオベリスクのてっぺんまで登れなかったことでしょうかね。最後のロープの箇所が怖くて、流石に落下して死んだら洒落にならんなと、おとなしく諦めてしまいました。

    和寒の件、私も一体いつまでこの町に暮らせるのかわかりませんが、少なくとも、暮らせる状況が続く以上はこの気持ちは忘れずに過ごしていきたいと思っています。


    P.S.南米旅行の件ですが、実はこの時の写真を保存したPCがその後故障してしまって、今恐らくHDに画像が残ったままになっていますので、もしHDから画像が無事救出できましたら、そのうちUPさせて頂きたいと思います。できませんでしたら、それが無理なので、せめて当時の記憶を頼りに、makiさん風(?)の、文章だけの旅行記でも綴らせて頂きたいと思います。

    byケロケロマニア


    > ケロケロマニアさん
    > 1年ごとの振り返り、ご苦労さまでした。ケロケロマニアさんは日記をつけておられるのですか? 私なんか、歳のせいか、今世紀に入ってからの20年弱はあっという間でした(苦笑)
    > そのなかで、鳳凰三山に登ったのと和寒愛が印象に残りました。
    > 私も初めてのアルプス・初めての山小屋が鳳凰三山でした。天気に恵まれて楽しかったので、すっかり山にはまりました。1980年夏、23歳のときです。
    > 駅から車酔いしそうになる悪路を登山口までお迎えお願いしました。鳳凰小屋の料金に込みだったと記憶しています。
    > 和寒に恩返ししたいという心意気は素敵です。私も静岡市に住んで、35年目に入りましたが、そういう気持ちを大切にせねばと思いました。
    >
    > PS 難しいかもしれませんが、南米旅行記をアップしてくださるとうれしいです。興味津々!

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