2002/10/25 - 2002/11/20
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milouchatさん
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左岸から右岸に渡る代表的な橋 Pont Neuf
周知の通り名前は新橋でもパリで一番古い
1578年着工で 1607年完成の "丈夫な橋"。
昔は30年も掛かったんですね…
代表的な映画は,もちろんカラックスの
『ポンヌフの恋人』(オープンセットだけど)
[カラックスの『汚れた血』を見直したら、
一瞬だが この銘板が出てきた]
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ノートルダムはシテ島だが
左岸からの繋ぎで… -
ノートルダムは文字通りパリ (フランス) の
中心です。というのは前の広場には
Point Zero の標識があり
距離を決める基準点 (道路元標) だから。
東京は日本橋ですね -
なぜか英語以外に日本語の注意書きが。
日本人は行儀が悪い?
あるいは英語が分からないから? -
Pont Neuf の真ん中には
アンリ4世の騎馬像が -
Pont Neuf を渡った右岸には、かっての
有名百貨店2つが競い合っていた。
右が今は表示もない 1867年開業の Belle Jardinière
左が 1869年開業の Samaritaine
やはりカラックスの『ホーリー・モーターズ』は
廃墟のような Samaritaine の内部で撮影されている -
一方、カルーゼル橋を渡れば左には
チュイルリー、 右にはルーヴルのピラミッドが。
ちなみに路線バスで通り抜けるのがお勧め -
こちらが右手のピラミッド
-
ピラミッド内から、
つまりルーヴル美術館に入りました -
シュリー翼の天井画、
「ミネルヴァの前で人間を創造するプロメテウス」
という題 (?) だそうです -
ナポレオン三世のアパルトマンの大サロン。
当時の室内装飾が完全に残っている
パリ唯一の場所だって。
画像検索しても極めて少ない。
図書館で借りた別冊太陽の
ルーブル美術館を見ても、たった2ページ!
モナリザやヴィーナスもいいけど
こっちの方こそ見るべき。
だって絶対国外出張はしないんだから… -
大サロンです
-
同じく大サロン。
この左手に劇場がある -
大食堂
-
写真をよく見ると右下に
48から 52までの番号が。
つまりセットのカップじゃなく
模様が微妙に違う… -
と言いつつ、ミロのヴィーナスも一応
-
あれっ?
ここにもある
背景も台座も違いますね。
本物はどっちだ!? -
ルーヴルから見たカルーゼルの凱旋門。
エッフェル塔も見えます -
そのカルーゼルの凱旋門
-
凱旋門繋がりで… と言っても
エトワールの凱旋門ではありません
赤線地帯のサン・ドニ門。
パリで一番古い 1672年の凱旋門です -
その凱旋門の真下。
鳩が沢山いるが異臭のする場所で治安も
良いとは言えず積極的には薦められない場所。
最近は少なくなったが今でも
昼間から商売の女性が立っている通りで
こんな怖い場所を案内する悪趣味な僕に
友人の奥さんは嫌悪 (??)
『女と男のいる舗道』が代表? -
これは左側のレリーフ。
ガイドブックなどでも近づくなと書かれるぐらいの
地域で写真も多くないだろうから敢えて -
ついでに (?) 本物のエトワールの凱旋門
-
右側のレリーフ。
『ディーバ』で大写しになります -
少し戻って、サン・ドニ門にも近い
Passage Brady
1828年にできたパサージュだが
70年代からインド系の移民が集まりだした。
看板にも Pakistans et Indiens とあるように… -
印度料理のレストランや香辛料の店が集中し
重慶マンションじゃないが
独特の匂いがする。
続いてパサージュを もう少し -
こちらは 1828年にできた
Passage Bourg l'Abbe
古いパサージュは巾が狭い -
Passage du Prado は 1785年にできた
パリ最古のパサージュの1つで
1930年までは Passage Bois-de-Boulogne
という名前だった -
その Passage du Prado 終点 (?) の
Hotel Prado 。『私の男 (95)』のロケ地
だと思うがソフトはなく確認できず。
19世紀までは華やかだったパサージュだが
北駅や東駅周辺の治安が良くないとされる
地域に集中している。特に このパサージュは
通り抜けが出来ない袋小路なので
危険な目に遭っても逃げ場がない -
Passage Delanos は 1830年頃。
ドロンと名前も少し似ている (?) が
『シシリアン』に登場している -
1798年にできた Passage du Caire
この写真ではパサージュらしくないが… -
比較的有名な 1825年の Passage du Grand Cerf
『地下鉄のザジ』に登場 -
同じく Passage du Grand Cerf
-
突然オルセー美術館。もちろんオルセーは左岸だが
元は駅だったので駅に連結するために…
駅としては万博に合わせ 1900年に開業、
1939年に地下駅を除いて廃業。
取り壊しの話もあったが 1986年に
美術館としてオープンした -
まずは 1846年開業の北駅から。
駅がパリの北にあるからではなく
フランスの北部に向かう駅だったから -
北駅ホーム。
パリが典型的だがヨーロッパの大都市では
多くの駅は街の中心ではなく周辺にある。
理由は簡単で昔は街は城壁で囲まれ
通行手形 (?) が必要な通用門に馬車の "駅" があった。
(だからパリの地名に名残りの門 Porte de ... が多い)
それが鉄道の駅に引き継がれた。
従って大都市の多くの駅は本来の意味の
ターミナル (入って出ていく中継端子) になっていて
通過はしない起点・終点駅になる。
『終着駅』なんて見事な邦題を付けた映画も
原題は Stazione Termini (ターミナル駅)
ターミナル駅なんて題名なら売れなかっただろう
新宿や渋谷を連想? -
1849年開業の東駅正面、
こちらは東方面行きがメイン。 -
最上部に STRASBOVRG (Strasbourg)
という文字が見える。
つまり開業時はパリ・ストラスブール鉄道
だったから -
『リトル・ロマンス』の待ち合わせ場所 (?)
あるいは『男と女』のラスト…
1837年開業のパリで一番古いサン・ラザール駅。
主にノルマンディ方面行きだが
ヴェルサイユなどの近郊がメインなので
1日の本数はパリで一番だが
唯一国外に行かない駅 -
近郊はホーム (左手) の左側、
遠くに行く Grand ligne はホームの右側。
『ディーバ』のトップシーンを思い出します -
1849年開業のリヨン駅。現在、唯一時計台のある駅。
名前の由来は当然、元来リヨン行きの始発だったから。
今ではマルセイユでも3時間ちょっとで行けるが
僕が 1986年に初めてリヨンに行った時は
安い夜行の普通席で行った。 つまり6時間以上掛かった -
昔から列車が混む駅です。
特にイタリア方面は非常に混む -
リヨン駅の時刻表示板
-
駅構内の階段を上がれば…
-
アガサ・クリスティで有名になった (?)
レストラン "青列車" があります。
映画では『ニキータ』が一番有名かな… -
階段下にあった看板。
formule というのは、いわゆる (安い) 定食だが
駅という場所柄もあり Garantie 30 mn
つまり "30分 (以内) 保証" と書いてある。
でも出てくるまで 30分だから早く食べないと (Express ね) …
まともな店 (特に夕食) だと、まず飲み物注文の後
食べ物の注文を取るまで30分待つことも珍しくない。
飲み物を追加させるため? -
1840年開業の Austerlitz 駅
昔はオルレアン駅と呼ばれたように
オルレアンからフランス南西部行きの駅。
国外はスペイン行きがメイン。
地理的には左岸だがセーヌを挟んで
リヨン駅向かいにある。
あと左岸にはモンパルナス駅があるが
今回はパス -
メトロの Gare d'Austerlitz 駅。
そうそう友人の奥さんが買ったカルネ (回数券) が
磁気不良で改札が開かないことが多かった。
あるとき無理矢理、通り抜けたら…
運悪く改札近くに検札係がいて
(パリのメトロは一部を除き車両間の移動は不可なので
車内ではなく改札近くの通路などでの検札が多い)
切符が有効になっていないので
無賃乗車とみなされ問答無用で一切の言い訳を聞かない。
彼らの台詞はただ1つ "現金かクレジット払いか?"
金額は忘れたが高い罰金を払い、帰りにカルネを買った
窓口で調べて貰ったら、やはり磁気不良、しかし…
日本と違い "申し訳ありません" なんて謝罪は一切ない。
罰金を返せなんて交渉はしなかったが
黙って切符を交換してくれただけ。
まあ確かに売った個人には何の責任もないわけだし… -
今では使われていないが
メトロのホーム入口にあり
電車が入ると自動的に閉まり
駆け込み乗車ができない仕組み。
『シャレード』でケーリー・グラントが
無理矢理通る…
下に、閉まる途中に通るな、
と書いてあるのにね
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