2019/02/11 - 2019/02/11
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この旅行記のスケジュール
2019/02/11
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近江八幡市内散策
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日野ひなまつり紀行は、近江商人の中でも日野商人のふるさと、日野の市街で行われるひなまつり。市街はなかなか広くて、一般の家庭で大切にされてきたひな人形が家々に飾られて街全体としての盛り上がりが感じられます。ただ、圧巻は近江日野商人館の展示。正野玄三家に伝わる御殿雛は近江を代表するひな人形。精緻な御殿の造りも素晴らしいし、人形の活き活きした表情もリアルな楽しさがある。これに小さいけれどしっかりみやびな道具類もこまごまと数が揃っていて、本格的。うっとり眺めると、この御殿雛だけでも、一つの立派な世界観を感じれるように思いました。
ところで、日野商人のこと。日野商人は、八幡商人にやや遅れて登場したのですが、その始まりは、蒲生氏の城下町として楽市令が布かれ、諸役免除の特典を与えられたことから。蒲生氏郷の領地替え、蒲生家の断絶により衰退した時期もあったようですが、地場産業の日野椀や売薬、特に、万病感応丸の大ヒットなどで、隆盛を取り戻します。そして、幕府公認の売掛代金の回収保証と東海道・中山道における特約旅館制度を基本とする日野大当番仲間を結成。出先の商人との共同出資により、東北・関東・東海道で行商と店舗展開による活動を広げていきました。これぞ日野商人といった、ダイナミックな歴史ではないかと思います。
日野ひなまつり紀行の後は、八日市で世界凧博物館東近江大凧会館と近江八幡市街のちょこっと散策。
近江八幡節句人形めぐりも少し拝見しましたが、参加しているのは一部安土も入れて29カ所。街全体で盛り上げているという雰囲気はないような気がしました。たぶん、旧伴家住宅、旧西川家住宅といったメジャーな観光施設で飾っているひな人形を見るということでほとんどおしまいなんだと思います。
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近江八幡から、早朝の近江鉄道で出発。
今日のメインは日野ひなまつり紀行なんですが、その前にちょっと気になっていた太郎坊宮に立ち寄ります。 -
太郎坊宮は、太郎坊宮前駅から歩いて訪ねます。
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ふもとまでは、平坦な道ですが、
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太郎坊宮は切り立った岩山の上。
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けっこうな高低差もありそうだし、
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どうしようか迷いましたが、
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石段を
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粘り強く登って行って
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なんとか到着です。
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コースが順路のように巡っていて、
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それがちょっと面白い。
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結果的には思うほどの険しさではなかったかなと思います。
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遠くを見晴らして、任務完了。
落ち着いたところで、日野に向かいましょう。 -
太郎坊宮前駅から、日野駅に到着。
伊勢藤は、近江鉄道日野駅を出てすぐの老舗、和菓子屋さん。 -
近江商人発祥地名物、でっち羊羹というのが看板商品ですね。
でっち羊羹は、近江では手に入りにくかった寒天のかわりに、小麦粉をつなぎに使った羊羹。普通の羊羹に比べて安いのででっちさんでも買えたというのですが、ちょっと粉っぽい味がしなくもないのが正直なところです。 -
日野駅から、ひなまつりの会場エリアまではちょっと距離があるんですが、
日野駅から日野の市街中心部に向かう途中に「いせみち(御代参街道)」という案内板があって、これは御代参街道。東海道土山宿から中山道小幡までを結ぶ東海道の脇街道なんですが、春日局が伊勢神宮から多賀大社に参詣した際に整備されたと伝わります。
この道のお蔭で伊勢参りが盛んになったとか紹介されていました。大きな常夜灯が建っていて、これは伊勢両宮への奉納なのだそうです。 -
蒲生氏郷の像のある公園の隣りに建つのは氏郷庵かどや。老舗の和菓子屋さんのようですが、建物はまだ新しくてきれいなお店です。
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名物のいがまんじゅうをいただきました。米粉の団子生地は弾力があるし、少し水気の多い餡子のほんのりした甘さとでこれは絶品。通年で作ってますというこの出来栄えは、私の味わってきたいがまんじゅうのレベルを超えています。いいものに出会った素直な感動がありました。
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さて、これが蒲生氏郷公像です。周囲は公園ですが、残念ながらちょっと荒れた感じかな。
像は高い台座の上。兜に二本差しの武将の姿ですが、手に持つのは筆と帳面。六角氏の家来であった蒲生氏郷は兵を使って近江商人の活動を守ったのだとか。たぶんに商才もあった人物なのではないかと思います。 -
さらに進んで、これは洋菓子の店 不二屋。旧街道からは少し離れます。
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酒ケーキというのが看板商品。お酒の香りを想像してたのですが、むしろ卵の香りがしっかりしているという印象。どうかするとマーラーカオの固いのみたいな食感もあって、なかなかうまい。これは名物の域に達していると思います。
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ここまでもだいぶ歩いてきましたが、道はこんな感じ。どこまでも町並みが続いていて、切れ目がない。考えてみると、それも驚きです。
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さて、目指していた近江日野商人館に到着。こちらは、旧山中兵右衛門家の本宅。昭和11年に新築されたお屋敷です。
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この時期は、日野ひなまつり紀行のメイン会場。
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玄関から、
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奥に向かうエントランスにも
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御殿雛と
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これは盆梅ですね。
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梅の花がひなまつりを華やかに彩ります。
さっそくちょっといい気分。 -
土人形のコーナーも、けっこうな量のコレクション。
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土人形はある程度、量がそろわないと見映えしないので、こうじゃないといけませんよね。
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これは、紙人形を色紙や羽子板にあしらったもの。
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ひな人形というより、姉さん人形みたいな感じですが、
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この手創り感。
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自分で作るのも楽しみましたみたいな自由な遊び心が感じられて、
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悪くないですねえ。ひなまつりには、こうした遊び心も大事な要素です。
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ただ、なんといっても、今回の自慢の逸品はこれ。
正野玄三家に伝わる御殿雛です。 -
イチオシ
近江を代表するひな人形として、目黒雅叙園にも貸し出したことがあるということでした。
細部まで精緻に組まれた御殿の重厚な印象とともに、 -
それぞれに表情の豊かな人形たちが配されて、
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イチオシ
生き生きとした宮中の一場面を想像してしまう。
どうですか。 -
どうですか。
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イチオシ
どうですかあ。
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雛の小さな道具類も素晴らしいですねえ。琴や
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イチオシ
貝合わせの貝と貝桶もかわいらしい。それに蒔絵の本物感があって、迫力が半端じゃないですよね。
何から何まで、まさに完璧です。 -
一番の奥の部屋は段飾り。
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古今雛や
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享保雛などは当たり前。
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鴻巣雛って、埼玉県の鴻巣でしょうけど、これは珍しいですね。
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そして、こうしたところでは、数の多い中から自分のお気に入りの人形を探し出すのもけっこう楽しいですよね。
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ふむふむ。
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ふむふむ。
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一番奥の段飾り。
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この人形も、一見地味ですけど、
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イチオシ
殻粉に描かれたこの鋭い細線と
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微妙なおうとつ表現。
仏師の技を引き継いだような緊張感を感じます。 -
意表を突かれたのは、この五人囃子。
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イチオシ
ビロードの衣装が独特の豪華さを演出しています。
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イチオシ
この三人官女は定番ですが、いい人形は、やっぱりしっかりした美人であることが必須条件ですよね。
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そして、二階の展示室へ。
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なるほどー。
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こちらの展示も、近江商人の歴史から中山道や日本各地をまたにかけた活躍の足跡とか、思いのこもった展示・説明には見ているこちらも引き込まれてしまいます。
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ほか、行商や出店したお店の
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今でいうところのチラシ類。
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旅の道具に
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生活用品。
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美しいです。
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変わったところだと、これは留守を守るおかみさんの手慰み。
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折り紙なんですが、気品もあるし、教養まで感じるような。どこからこんな文化がでてきたんでしょうねえ。私のいままでの旅体験の中でもこれに類するものは見たことがありません。
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さて、圧巻の近江日野商人館を終えて、再び町歩きです。
信楽院は、日野の市街の端にある浄土宗の寺院。 -
奈良時代、聖武天皇の勅建で建てられたという歴史を持ち、蒲生氏の菩提寺でもあります。
垂木の見事な山門は、 -
瓦屋根も素晴らしい細工物。このなんとも華美な意匠は見逃せませんね。
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境内に入ると、日野出身の画家、高田敬輔作の龍の天井画で知られる本堂ですが、拝観できたのかどうか。そこは、よくわかりませんでした。
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さらに、進んで。中野城は、日野市街の外れ。
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戦国時代、蒲生定秀が3年ほどかけて本格的に築城した城。
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ちなみに、蒲生氏は六角氏の家来でしたが、蒲生賢秀の代になって六角氏が滅びると織田信長の臣下となっています。
そして、本能寺の変の際は、蒲生賢秀とその子蒲生氏郷は、織田信長の一族をこの城に迎え入れたりもしたということ。
しかし、今の城跡からすると規模は知れているかなあ。ここから往時の壮大さは想像するのはちょっと難しいと思います。 -
日野川ダムは、日野城跡の隣り。城跡に入っていく入口の脇には大きな川が流れていて、ダム湖となって優雅な眺め。
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その両岸辺りもきれいに整備されて公園のようになっていました。山奥でもないのにこんなダムがあって、ちょっと意外な感じがしました。
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最後になって気づきましたが、これは蒲生氏郷公産湯の井戸です。
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次のひなまつり会場は、近江日野商人ふるさと館。旧山中正吉邸。
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この山中正吉は、天保初年から静岡県富士宮市で酒造業を営んだ日野商人。馬見岡綿向神社の参道に面する広大な敷地には、奥までたくさんの建物が連なっていて、外から眺めてもかなりの壮観です。
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玄関を入って、
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ここから奥の座敷に向かいます。
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各日本間には
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由緒の正しそうな雛人形がいくつも飾られていて、
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このまばらな飾り方だと
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イチオシ
逆にゆったりとした気分で拝見できるような。。
とはいえ、このメインの雛飾りはなかなか。 -
白木の御殿雛は上品な雰囲気が漂います。
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犬を連れた女性や
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イチオシ
この貝合わせ。
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うーん。なんとも美しいじゃないですか。
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最後に、これは後の時代に建て増しした家屋ですが、
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日本庭園を臨む奥の離れがまた優雅。
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しっかりした広さがあって、大勢のお客をもてなした様子が窺われました。
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お庭と
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洋風の応接もチェックしておしまいです。
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近江日野商人ふるさと館から馬見岡綿向神社の参道の途中にあるのが若松の森跡。もう馬見岡綿向神社にかなり近い方です。
ところで、蒲生氏郷は織田信長の娘婿。秀吉の時代になって東北の抑えとして会津に封ぜられますが、その後の会津若松という地名はこの若松の森が由来なのだそう。今はちょっとした植栽があるだけですが、遠い東北後で故郷を懐かしむ氏郷の気持ちが想像されました。 -
馬見岡綿向神社は、城下町を築いた蒲生家が氏神として庇護した蒲生上郡の総社です。
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この神社の祭礼である湖東地方最大の日野祭は、日野商人が寄進した絢爛豪華な曳山車が自慢。日野商人との縁も深いでしょう。
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境内は鳥居から太鼓橋、拝殿、本殿と建物が一直線に並んで、緻密で正確な配置。三層の破風を重ねた本殿の意匠も威風堂々。多くの近江商人を輩出した地元の誇りを表わしているように感じました。
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庫裏の玄関には、蒲生氏郷の像も見えました。
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馬見岡綿向神社からは、また日野駅までぶらぶら帰ります。
かぎやは、日野にあって創業嘉永元年(1848年)から続くという老舗の和菓子屋さん。一方で、きれいなビルの構え。店内は近代的な感じです。 -
ここでも、日野の名物、いがまんじゅうをいただきました。表面の米粒がピカピカ光っていていい感じ。素直な甘さの餡子もうまいです。
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隣りの座敷に、こちらのうちに伝わる雛人形の展示コーナーがあって、これもついでに拝見。
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なるほど、
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なるほど。
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お店の歴史とともにあった人形たち。これだけの数があること自体も、すごいことでしょう。
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日野まちかど感応館は、日野市街の中ほど。観光案内所のほか、地域の人にとっても憩いの場所となっている施設です。
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こちらも、日野ひな祭り紀行の会場の一つとなっていて、
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かつての薬屋さんの帳場に見事な雛人形の飾りつけ。
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イチオシ
古い薬箪笥とコラボして、独特の味わいがありました。
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ちなみに、旧正野薬店の創始者は正野法眼玄三。
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開発した「萬病感應丸」は、日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導いたという歴史的な意義のある薬です。
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天秤棒を担いだ日野商人像はここだけではないかもしれませんが、これは日野小学校の敷地の中。天秤棒を担いで苦労を苦労とも思わず働き詰めて、最後は大きな財を成す。また、逆に財を成してからでも、天秤棒で働く姿勢を失うことがないという近江商人。地元の誇りを表わす像だと思います。
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ここからは、ちょっとグルメチェック。
藤あられ本舗は、日野市街の外れ。大通り沿いにあるあられの専門店。濃い紫の店舗が独特です。 -
滋賀県産の羽二重米を原料にしたあられは何種類もあって、店内には商品を量り売りする用の大きなブリキの缶が並んでいました。少しお土産に買いましたが、食べだすともう止まらない。しっかりおいしいあられです。
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昼飯は、レストラン岡崎。こちらは、近江牛の中でも最高峰の日野牛をウリにしているお店です。
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ランチに赤身のすきやき膳をいただきましたが、鮮やかな赤身の色は出てきた瞬間から感動もの。
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短い時間ですぐに火が通って、そのまま熱々を卵に付けて。うーん。うまい。やっぱり、これがA級グルメ。心から満足感が広がりました。
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富士家パンは、日野商人館の一本隣りの筋。古民家といか自宅を利用したパン屋さんですね。
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中に入ると売り場は玄関先のスペースのみ。その奥は作業場になっていて、正直乱雑です。若いご主人でしたが、大丈夫でしょうか。
いただいたのは、日野菜サラダパン。ふわふわのパンでしっとり感がもう少しあったらなあという感じでしたが、食べ進むと中の具とのバランスは悪くない。これはちゃんとファンがいるパンだなという印象を持ちました。
以上で、日野はおしまいです。 -
日野駅から、今度は八日市駅に移動して。
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ちいさな喫茶店は、八日市駅から典型的なシャッター通り商店街の本町商店街に入ってすぐ。敷地の奥に建つこの建物はかつてのヴォーリズ住井邸。動きも感じるおしゃれなデザインの洋風建築の美しさにはちょっと感動。ちいさな喫茶店のほか、雑貨や洋服、革製品を扱うお店が入ったり、HONMACHI93という商業施設となっている。どっちにしても、一見お価値ありの建物です。
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そこから、目指したのは、この世界凧博物館東近江大凧会館。しかし、はっきり言ってかなり分かり辛い。なんども道を聞いてやっと訪ねました次第です。
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館内に入ると、さっそく日本一の大きさを誇る東近江大凧。
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デザインの特徴は漢字一文字が入っていること。
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百畳敷きの大凧は「健」でしたが、その周辺には隙間が開けてあって、風を適度に抜かすためなんだとか。
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また、移動のためには丸く巻けるようになっているとか。大きさがこれだけに物になるとまた違った工夫が必要なよう。単純に大きくすればいいということではないようです。
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ほか、日本各地の凧のコレクションも。
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こちらは、普通に楽しめます。
以上で、八日市もおしまい。 -
近江八幡に戻ってきて。ここから、もう少し、がんばります。
駅リンは、近江八幡駅のレンタサイクル。夕方から借りましたが、それでも威力は抜群。八幡掘りの周辺とか、やっぱり自転車だとドンドン回れます。近江八幡の駅からは少し下り坂ですが、自転車の負担感はほとんどなし。近江八幡は、自転車観光に向いていると思います。
まずむかったのは、この西光寺。近江八幡駅から八幡掘りに向かう大通り沿いです。 -
もともとは織田信長が安土城城下に建立した寺を豊臣秀次が現所在地に移転したというもの。近江八幡の旧市街地ではかなり大きな規模ですが、境内はその分、ちょっと殺風景な印象もなくはないかな。一角に織田信長の墓という五輪塔もあるようですが、それは案内もなくてよく分かりませんでした。
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以下、調べてきていたスポットをささっと回ります。
中村四郎兵衛邸は、近江八幡市街の京街道筋。享保5年創業の呉服店で、現在九代目。角に建っていて、漆喰の白い塀や母屋の壁が統一感のあるデザインです。塀に説明板があって、三代目が京都・大阪に出店、五代目は八幡町の収入役だったそうです。商家らしくショーウインドウに糸車のようなものもチラリと置いてあります。 -
朝鮮人街道碑は、近江市街の京街道沿い。ちょっと特徴的な文字ではっきり書いてあるのですぐに分かりました。ここは、多い時には500人規模の集団だったという朝鮮通信使が通った道。まちを挙げて歓迎し、文化交流がさかんに行われたということ。また、彦根から野洲までの間が今でも一部の地域で朝鮮人街道と言われているようです。
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旧八幡郵便局は、八幡市街に再生されたヴォーリズ初期の建物。スパニッシュと和風の町屋造りを折衷した和洋折衷のデザインは、大正10年の竣工で、昭和36年まで郵便局だったようです。外観は少し古びていますが、よく見るとかなりのデザイン性。バリバリの街のランドマークとなっていた当時の様子がはっきりと想像されました。
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アンドリュース記念館は、ヴォーリズの大学時代の親友、ハーバート・アンドリュース氏を記念して、明治40年に建てられたヴォーリズ建築最初の建物。さほどの大きさはないのですが、それでもスパニッシュ風のデザインはなんともいえない整った感じがあって、インパクトのある存在感がさすが。いつまでも見ていたいような気持ちよさもあると思います。
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ところで、近江八幡の市街が基本的に整備されたのは豊臣秀次の時代。その古い街並みには近江商人たちの重厚なお屋敷もまだまだ残っています。
特に、新町通りに、この永原町通りや八幡堀、日牟禮八幡宮境内地の4地区の13.1haは重要伝統的建造物群保存地区。この通りはアスファルトなので、そこはちょっと残念ですが、両側に続く塀や蔵の雰囲気はやっぱり味わい深いです。 -
ヴォーリズ記念館は、昭和6年、清友園幼稚園の教師寄宿舎として設計され、ヴォーリズの自邸として使用された建物。昔の木造学校校舎のような一面木材で覆われた壁が特徴的。ですが、デザイン性のある不規則な窓を配し、煙突が付くことで、そこはかと勿体のある雰囲気が醸し出されているのが渋いところですね。豪華なんだか、少し倹約したんだか。どちらともつきかねる感じも面白いです。
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そこから、学校法人ヴォーリズ学園へ。
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ハイド記念館は、の敷地の中。昭和6年、メンソレータム創業者アルバート・アレキサンダー・ハイドの夫人の寄付により、ヴォーリズの設計で清友園幼稚園の園舎として建設された建物。学校の敷地内であることもあって、全景や中部を確認するのには限界がある。むしろ、校舎の一部として溶け込んでいるような感じもしました。
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昭和6年、メンソレータム創業者アルバート・アレキサンダー・ハイドの夫人の寄付により、ヴォーリズの設計で清友園幼稚園の園舎として建設された建物。学校の敷地内であることもあって、全景や中部を確認するのには限界がある。むしろ、校舎の一部として溶け込んでいるような感じもしました。
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西川甚五郎邸は、日牟禮八幡宮に向かう大通り沿いに続く、近江八幡を代表する豪邸。
西川家の祖、初代仁右衛門は豊臣秀次が八幡城を築城した際の工事管理監督。そのまま、近江八幡に土着し、屋号、山形屋を創建、蚊帳や畳表などを生業とします。
長く続く塀の向こうには二階建ての建物が何棟も建っていますが、どこが中心何だか。ちょっとつかみどころがない。一軒の屋敷と思えないスケール感もすごいと思います。 -
ヴォーリズメモリアルポケットパークは、日牟禮八幡宮に向かう大通り沿い。西川甚五郎邸の並びです。
ヴォーリズと思しき紳士に小さな花束を渡す少女。ただ、その光景の意味はちょっと不明。ヴォーリズの才能を称えるものと考えると違和感もあるような気がします。 -
八幡堀石畳の小路は、八幡掘りの南側。八幡掘りに面して建つ白壁の商家、土蔵の一番のビューポイントからこの道に入っていく入口があります。道は、ごつごつした石畳。最初のところは広場みたいになっていますが、このゴツゴツはちょっと歩きにくさはあるかもしれません。
なお、お堀の際も歩けるようになっていて、散策だとこっちの方もお勧めです。 -
明治橋は、近江八幡では一番のビュースポットかも。ここから八幡堀を眺めると八幡掘りに面して建つ白壁の商家や土蔵がこれ以上ない美しい姿。時代劇の撮影でも使われるようですが、この橋自体は欄干が付いた木の橋でそこまでのものではないように思います。やはり周囲の景色がウリでしょう。
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そこから八幡公園へ。八幡堀を越えて行った八幡山のふもとです。八幡山に上るには日牟礼八幡宮の方にあるロープーウェイで上った方が便利だし、観光客にとっては縁が薄い場所だと思います。
近江八幡を整備した豊臣秀次の像があるというので訪ねてみました。山の斜面を利用した公園でどんどん上がっていくと広場のようなスペースのもう少し上。近江八幡の市街を臨むような場所に秀次像が建っていました。 -
ここで目当ての豊臣秀次像は、八幡公園の奥の方に建っていました。武士というよりも古式ゆかしい貴族のような装束姿。秀次は近江八幡の市街を整備し、近江八幡の基礎を築いた恩人なんですが、秀頼が生まれると、その後はご存知の悲劇が襲う。周囲にはそんな説明も何もなくて、ただこの像が建っているだけ。像はほとんど傷んでもいないし、少し茶目っ気のある表情。近江八幡にあっては多くを語らなくてもいいのかもしれません。
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円満寺は、日牟礼八幡宮に戻ってきて、その境内を東に抜けた先。二層の屋根をいただくちょっと頭でっかちな山門が特徴的です。
臨済宗永源寺派のお寺で、井上靖の小説、星と祭にもある観音菩薩がある寺のようですが、非公開。また、建物も境内も正直、かなりボロボロ。荒れ寺のようになっていて痛々しいです。 -
ここから、市街に出て、もうひとつ。
西川庄六邸は、本家二代目西川利右衛門の子供、庄六を初代とする商家。三代目の代には薩摩藩主島津家御用商人にもなり、江戸にも出店していたほどの豪商です。 -
通りに面して家屋建物が長く続きますが、その中間から顔を出した緑の松が何本かあって、それが屋敷の歴史と豪華さを象徴しているように感じました。
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京料理 宮前は、八幡掘りの道路を挟んだ向かい側。ただ、八幡公園の方なので観光客は少ないエリアだと思います。
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近江八幡節句人形めぐりの会場の一つとなっていたので訪ねてみました。門を入ると敷地内は砂利が敷かれて美しいちょっと今風の日本庭園。玄関奥に飾られたひな人形を拝見しました。
建物もまだ新しい感じ。昼飯とかこんなところで食べたらさぞ気持ちいいだろうなあという感じ。敷居が高いような高級感もないし、とてもいい印象が残りました。 -
和た与は、八幡掘近くの大通り沿い。看板商品のでっち羊羹をお土産にしました。でっち羊羹は、普通の羊羹と違って、寒天ではなく小麦粉で固めた羊羹。
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手間がかからないので、でっちさんでも買える羊羹ということででっち羊羹と呼ばれるようになりました。
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滑らかな舌触りの羊羹と違って、比較すると少し粉っぽいところがなくはないのが第一印象。しかし、食べ進むとこれはこれでどうかするとチョコみたいな食感もあって、悪くない。そういう意味だと別物と思っていただいた方が馴染めるかなと思います。
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最後の晩飯は、近場にしましょうかね。
KISAKUは、小幡町の大通り沿い。おじいさんのシェフが一人で切り盛りしている洋食屋さんです。店内はしっかりした広さがあって、気持ちいい空間。これなら家族での食事とかには最適ですね。 -
いただいたのは、ハンバーグ。
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近江牛を使っていたかどうかは分かりませんが、やっぱりうまい。最近、東京の名物ハンバーガーを食べ歩きしていましたが、このハンバーグのうまさにはとても及ばない。価値ありのまじめにおいしいハンバーグでした。
さて、以上で「うっとりため息の愛知・滋賀ひな祭りはしご旅」の五日間は終了。お疲れさまでした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ことりsweetさん 2019/12/15 10:14:38
- お雛様♪
- たびたびさん、こんにちは。
青森旅にいいねをありがとうございました。
たびたびさんの記事でこちらに目がとまりました。
来春春の節句をお祝いする方は今頃もう購入などしているころでしょうか。
私も自分の手持ちは両親が購入してくれた団地雛(ガラスケースに入っているアレ)
しかもっていないのですが、お雛様は大好きです。
トップの画像の近江日野商人館とふるさと館のお雛様、
見事ですね~~
正野玄三家に伝わる御殿雛のお人形たち、
様々な表情と動き、雅なお祭り風景が表現されていますね。
お道具も豪華です。
各部屋に飾られたものもそれぞれの歴史と逸話がありそう。
作り手と、その所有者とそれを受け継いだ人たちの。。。
私は自分のお雛様を実家に預けっぱなしでしたが
ある年思い立って引き取りました。
そして出してあげた時、お人形たちがほっと喜んだような気配がしました。
でもウチは娘がいないので
その後も出したり出さなかったり色々ですが。苦笑
和た与さんの話題のところの最後の画像のお雛様たちがウチのによく似ています。
お雛様好きなので小さな木箱にしまえるようなコンパクトなタイプ
欲しいな~なんて思っています。
あ、私、ドール、ベア好きなのでその延長です。
来春もお雛様を見にお出かけされるのでしょうか。
ことりsweet
- たびたびさん からの返信 2019/12/16 13:27:34
- RE: お雛様♪
- ひな祭りは、岩槻のひな祭りを見たくらいから、その魅力に目覚めたように思います。それから、毎年、あちこちの祭りにお邪魔し始めて、気が付くともうそれなりに年数がたちました。始めは少し回れば、見尽くした感が出るかなとも思っていましたが、なかなかそう簡単ではないですね。それぞれ特徴もあるし、やっぱり、ひな祭りはその土地の気質や人情が現れやすい。それも大きな魅力の一つかなと思います。
目をつけていただいた日野の雛飾りは、中でも最高クラス。高級工芸品のようなとびぬけた魅力があると感じました。
来年は、徳川園と袋井の祭りを計画していて、どんな出会いがあるか。今から楽しみにしているところです。
たびたび
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