山陰の名城巡り、打吹城城下町の倉吉の紹介です。

2018春、山陰の名城巡り(17/24):3月19日(7):倉吉旧市街(3):打吹城城下町、里見八犬伝所縁の大岳院

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2018/03/18 - 2018/03/19

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旅人のくまさん

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山陰の名城巡り、打吹城城下町の倉吉の紹介です。

交通手段
観光バス 新幹線

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  • 自然石をくり抜いた手水鉢の光景です。『手水鉢(ちょうずばち)』は、元来、神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器でした。その後、茶の湯にも取り入れられ、露地の中に置かれるようになり『蹲踞(つくばい)』と呼ばれる独特の様式を形成していきました。

    自然石をくり抜いた手水鉢の光景です。『手水鉢(ちょうずばち)』は、元来、神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器でした。その後、茶の湯にも取り入れられ、露地の中に置かれるようになり『蹲踞(つくばい)』と呼ばれる独特の様式を形成していきました。

  • 滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』に所縁のお寺ですから、『八賢士』がモデルになった『八犬』さん達のようです。名前などの表示はありませんでした。日本犬の子供のように見えました。現代では、『柴犬』と呼ばれている仲間でしょうか。

    イチオシ

    滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』に所縁のお寺ですから、『八賢士』がモデルになった『八犬』さん達のようです。名前などの表示はありませんでした。日本犬の子供のように見えました。現代では、『柴犬』と呼ばれている仲間でしょうか。

  • 滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』は、文化11年(1814年)に刊行が開始され、28年をかけて天保13年(1842年)に完結しました。全98巻、106冊の大作です。上田秋成の『雨月物語』などと並んで江戸時代の戯作文芸の代表作とされます。

    滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』は、文化11年(1814年)に刊行が開始され、28年をかけて天保13年(1842年)に完結しました。全98巻、106冊の大作です。上田秋成の『雨月物語』などと並んで江戸時代の戯作文芸の代表作とされます。

  • 『南総里見八犬伝』の粗筋の紹介です。室町時代後期を舞台に、安房里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする長編伝奇小説です。共通して『犬』の字を含む名字を持つ『八犬士』は、それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣が身体のどこかにあります。

    『南総里見八犬伝』の粗筋の紹介です。室町時代後期を舞台に、安房里見家の姫・伏姫と神犬八房の因縁によって結ばれた八人の若者(八犬士)を主人公とする長編伝奇小説です。共通して『犬』の字を含む名字を持つ『八犬士』は、それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を持ち、牡丹の形の痣が身体のどこかにあります。

  • 関八州の各地で生まれた『八犬士』は、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の下に結集する物語です。中国古典の『水滸伝』などに範をとったとされます。 馬琴は、この物語の完成途中で失明しましたが、息子宗伯の妻であるお路(土岐村路)の口述筆記により、最終話まで完成させることができました。

    関八州の各地で生まれた『八犬士』は、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の下に結集する物語です。中国古典の『水滸伝』などに範をとったとされます。 馬琴は、この物語の完成途中で失明しましたが、息子宗伯の妻であるお路(土岐村路)の口述筆記により、最終話まで完成させることができました。

  • 『南総里見八犬伝』は『八犬伝』と略称されますが、当時の年間平均発行部数は500部ほどだったようです。しかし、貸本により実際にはより多くの人々に読まれました。お路が書き継いだ原稿(第九輯巻四十六=第177回)は、早稲田大学に現存しています。また、馬琴の手許にあった『南総里見八犬伝』(手沢本)は、現在は国立国会図書館に収蔵されていて、馬琴による書き入れも見られます。

    『南総里見八犬伝』は『八犬伝』と略称されますが、当時の年間平均発行部数は500部ほどだったようです。しかし、貸本により実際にはより多くの人々に読まれました。お路が書き継いだ原稿(第九輯巻四十六=第177回)は、早稲田大学に現存しています。また、馬琴の手許にあった『南総里見八犬伝』(手沢本)は、現在は国立国会図書館に収蔵されていて、馬琴による書き入れも見られます。

  • 長大な物語の内容は、南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁を説く発端部の『伏姫物語』、関八州各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語の『犬士列伝』、里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我公方連合軍(史実世界の古河公方連合軍)との戦争『関東大戦、対管領戦』を戦い大団円へ向かう部分に大きく分けられます。

    長大な物語の内容は、南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁を説く発端部の『伏姫物語』、関八州各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語の『犬士列伝』、里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我公方連合軍(史実世界の古河公方連合軍)との戦争『関東大戦、対管領戦』を戦い大団円へ向かう部分に大きく分けられます。

  • 物語は、嘉吉元年(1441年)、結城合戦で敗れ安房に落ち延びた里見義実が、滝田城主・神余光弘を謀殺した逆臣山下定包を、神余旧臣の金碗八郎の協力を得て討ったことから始まります。義実は定包の妻玉梓の助命を一度は口にしますが、八郎に諌められてその言葉を翻します。玉梓は『里見の子孫を畜生道に落とし、煩悩の犬にしてやる』と呪詛の言葉を残して斬首されました。

    物語は、嘉吉元年(1441年)、結城合戦で敗れ安房に落ち延びた里見義実が、滝田城主・神余光弘を謀殺した逆臣山下定包を、神余旧臣の金碗八郎の協力を得て討ったことから始まります。義実は定包の妻玉梓の助命を一度は口にしますが、八郎に諌められてその言葉を翻します。玉梓は『里見の子孫を畜生道に落とし、煩悩の犬にしてやる』と呪詛の言葉を残して斬首されました。

  • 物語を主導する八人の青年達の名は、犬塚信乃、犬川荘助、犬山道節、犬飼現八、犬田小文吾、犬江親兵衛、犬坂毛野と犬村大角です。多くの戦いの跡、『八犬士』は里見義成の八人の姫と結婚し、城を与えられ重臣となりました。高齢になった犬士たちは子供に家督を譲り富山に籠り、仙人となったことが示唆されます。里見家も道を失って戦乱に明け暮れ、十代で滅びました。

    物語を主導する八人の青年達の名は、犬塚信乃、犬川荘助、犬山道節、犬飼現八、犬田小文吾、犬江親兵衛、犬坂毛野と犬村大角です。多くの戦いの跡、『八犬士』は里見義成の八人の姫と結婚し、城を与えられ重臣となりました。高齢になった犬士たちは子供に家督を譲り富山に籠り、仙人となったことが示唆されます。里見家も道を失って戦乱に明け暮れ、十代で滅びました。

  • 満開だったピンク色の梅の花の光景です。

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