山陰の名城巡りです。内吹城の城下町だった倉吉の旧市街の紹介です。白壁土蔵の街並みや、疎水に泳ぐ鯉などの写真を目にしていましたが、今回は、ゆっくりと旧市街の現地の散策ができました。

2018春、山陰の名城巡り(15/24):3月19日(5):倉吉旧市街(1):打吹城城下町、白壁・赤瓦の旧市街、倉吉の疎水、錦鯉

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2018/03/18 - 2018/03/19

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旅人のくまさん

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山陰の名城巡りです。内吹城の城下町だった倉吉の旧市街の紹介です。白壁土蔵の街並みや、疎水に泳ぐ鯉などの写真を目にしていましたが、今回は、ゆっくりと旧市街の現地の散策ができました。

交通手段
観光バス 新幹線

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  • 米子城の見学を終えて、かつての打吹城の城下町だった倉吉に到着しました。白壁土蔵の街並みや疎水に泳ぐ鯉などの写真を見て、一度は見学したいと考えていた城下町です。今回は、雨の打吹城の見学を端折って、倉吉の旧市街見学だけにしました。<br />

    米子城の見学を終えて、かつての打吹城の城下町だった倉吉に到着しました。白壁土蔵の街並みや疎水に泳ぐ鯉などの写真を見て、一度は見学したいと考えていた城下町です。今回は、雨の打吹城の見学を端折って、倉吉の旧市街見学だけにしました。

  • タイトルは付いていませんでしたが、倉吉の観光案内地図が記された看板の光景です。この写真の北側方面は左側になります。右手に緑で記された部分が打吹城跡がある打吹公園です。地図の中央最上部に記された広い敷地の『大岳院』が、『里見八犬伝』のモデルとなった里見家とその家臣たちの菩提寺です。

    タイトルは付いていませんでしたが、倉吉の観光案内地図が記された看板の光景です。この写真の北側方面は左側になります。右手に緑で記された部分が打吹城跡がある打吹公園です。地図の中央最上部に記された広い敷地の『大岳院』が、『里見八犬伝』のモデルとなった里見家とその家臣たちの菩提寺です。

  • 倉吉の疎水で泳ぐニシキゴイの光景です。野鯉らしい姿も見えました。食用に供される鯉も観賞用の錦鯉も同じコイ科コイ属の温帯性淡水魚で、生物学的に『錦鯉』という分類はないようです。鯉の原産地は、ペルシア(現在のイラン周辺)地方と考えられています。

    倉吉の疎水で泳ぐニシキゴイの光景です。野鯉らしい姿も見えました。食用に供される鯉も観賞用の錦鯉も同じコイ科コイ属の温帯性淡水魚で、生物学的に『錦鯉』という分類はないようです。鯉の原産地は、ペルシア(現在のイラン周辺)地方と考えられています。

  • 同じく、倉吉の疎水で泳ぐニシキゴイの光景です。水面に小降りの雨粒が落ちていました。江戸時代の文化文政(1804~1830年)の頃、現在の新潟県の山間部(主に山古志・小千谷・魚沼の二十村郷)において、食用として飼われていた真鯉の中に、変わった体色のものが出現しました。それらの鯉を何代も交配していく内に緋鯉が出現し、さらに浅黄、べっ甲などが作られました。

    イチオシ

    同じく、倉吉の疎水で泳ぐニシキゴイの光景です。水面に小降りの雨粒が落ちていました。江戸時代の文化文政(1804~1830年)の頃、現在の新潟県の山間部(主に山古志・小千谷・魚沼の二十村郷)において、食用として飼われていた真鯉の中に、変わった体色のものが出現しました。それらの鯉を何代も交配していく内に緋鯉が出現し、さらに浅黄、べっ甲などが作られました。

  • 最後にもう1枚、倉吉の疎水で泳ぐ『ニシキゴイ(錦鯉)』の光景です。『錦鯉』の呼び名は、正式な品種名ではありませんが、今では鑑賞用の鯉の総称として、日本だけではなく『Nishikigoi』の国際語となって世界中で使われています。

    最後にもう1枚、倉吉の疎水で泳ぐ『ニシキゴイ(錦鯉)』の光景です。『錦鯉』の呼び名は、正式な品種名ではありませんが、今では鑑賞用の鯉の総称として、日本だけではなく『Nishikigoi』の国際語となって世界中で使われています。

  • 白漆喰の壁に濃い色の格子窓などがよく似合う、まだ新しいように見えた、表通りに面した建物の光景です。

    白漆喰の壁に濃い色の格子窓などがよく似合う、まだ新しいように見えた、表通りに面した建物の光景です。

  • 二つ並んだ白い説明立札の光景です。左の立札には『寺子屋跡』、右の立札には『打吹城跡』のタイトルがありました。『打吹城跡』の説明文には、室町時代の初期、伯耆守護の山名時氏の子の師直が築き、200年後の1615年の廃城令まで続いたと紹介されていました。江戸時代は、池田藩の家老の池田氏が差配する倉吉の町となりました。

    二つ並んだ白い説明立札の光景です。左の立札には『寺子屋跡』、右の立札には『打吹城跡』のタイトルがありました。『打吹城跡』の説明文には、室町時代の初期、伯耆守護の山名時氏の子の師直が築き、200年後の1615年の廃城令まで続いたと紹介されていました。江戸時代は、池田藩の家老の池田氏が差配する倉吉の町となりました。

  • 『打吹城跡』の本丸に向けての登山は止めましたが、小雨の中の倉吉の旧市街散策には、かえって風情を増してくれたようです。『小雨もまた良し』の倉吉散策になりました。

    イチオシ

    『打吹城跡』の本丸に向けての登山は止めましたが、小雨の中の倉吉の旧市街散策には、かえって風情を増してくれたようです。『小雨もまた良し』の倉吉散策になりました。

  • 新しい木の看板に、『手織工房・くらよし絣(かすり)』の文字が記されていたお店の光景です。その看板の右横に黄色の花が飾ってありました。

    新しい木の看板に、『手織工房・くらよし絣(かすり)』の文字が記されていたお店の光景です。その看板の右横に黄色の花が飾ってありました。

  • 背が高い大きな花瓶に、目一杯に飾られていた黄色い花のズームアップ光景です。切り花のミモザの花でした。フサアカシアやギンヨウアカシアなどの、マメ科アカシア属の植物の俗称とされます。南フランスから輸入されるフサアカシアの切花を、イギリスで『mimosa』と呼んだのが語源とされます。南仏街道の小山に咲くミモザは、見応えがありました。

    背が高い大きな花瓶に、目一杯に飾られていた黄色い花のズームアップ光景です。切り花のミモザの花でした。フサアカシアやギンヨウアカシアなどの、マメ科アカシア属の植物の俗称とされます。南フランスから輸入されるフサアカシアの切花を、イギリスで『mimosa』と呼んだのが語源とされます。南仏街道の小山に咲くミモザは、見応えがありました。

  • 白いクリスマスローズの花の光景です。こちらは鉢植えでした。キンポウゲ科クリスマスローズ属(ヘレボルス属)の多年草です。

    白いクリスマスローズの花の光景です。こちらは鉢植えでした。キンポウゲ科クリスマスローズ属(ヘレボルス属)の多年草です。

  • 左端は薄紫のクリスマスろーぞ、右側はお馴染みのパンジーの鉢植えです。手前のパンジーは花が小型のビオラのようです。

    左端は薄紫のクリスマスろーぞ、右側はお馴染みのパンジーの鉢植えです。手前のパンジーは花が小型のビオラのようです。

  • 倉吉の街並み紹介が続きます。この辺りは、赤瓦の屋根と格子窓で統一されていました。倉吉市の観光地の白壁土蔵群は、伝統的建造物群保存地区で、建物は江戸、明治期に建てられたものが多いようです。玉川沿いの街並みが、昔の面影を一番残しているようでした。この後で紹介します。

    倉吉の街並み紹介が続きます。この辺りは、赤瓦の屋根と格子窓で統一されていました。倉吉市の観光地の白壁土蔵群は、伝統的建造物群保存地区で、建物は江戸、明治期に建てられたものが多いようです。玉川沿いの街並みが、昔の面影を一番残しているようでした。この後で紹介します。

  • 破風が白漆喰で塗り込められた建物の光景です。『クラカフェ・未来』の看板があった喫茶店です。軒代わりの黒い瓦模様の造りも印象的でした。

    破風が白漆喰で塗り込められた建物の光景です。『クラカフェ・未来』の看板があった喫茶店です。軒代わりの黒い瓦模様の造りも印象的でした。

  • 玄関の上に『杉玉』が飾られた商家の光景です。玄関以外の箇所は、格子窓で飾られていました。横木が通った連子窓もあるようです。

    玄関の上に『杉玉』が飾られた商家の光景です。玄関以外の箇所は、格子窓で飾られていました。横木が通った連子窓もあるようです。

  • お店の看板の紹介です。『東仲町』の白い名札と、右の表札の文字は、『元帥酒造株式会社』でした。杉玉が飾られていた由縁が納得できました。『杉玉(すぎたま、すぎだま)』は、スギの穂先を集めてボール状にしたものです。酒林(さかばやし)とも呼ばれます。造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせています。

    お店の看板の紹介です。『東仲町』の白い名札と、右の表札の文字は、『元帥酒造株式会社』でした。杉玉が飾られていた由縁が納得できました。『杉玉(すぎたま、すぎだま)』は、スギの穂先を集めてボール状にしたものです。酒林(さかばやし)とも呼ばれます。造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせています。

  • 注連縄で飾られた、杉玉のズームアップ光景です。吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としていますが、やがて枯れて茶色がかってきます。この色の変化が、人々に新酒の熟成の具合を物語ります。今日では、酒屋の看板のように受け取られていますが、元々は酒の神様に感謝を捧げるものが起源とされます。

    イチオシ

    注連縄で飾られた、杉玉のズームアップ光景です。吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としていますが、やがて枯れて茶色がかってきます。この色の変化が、人々に新酒の熟成の具合を物語ります。今日では、酒屋の看板のように受け取られていますが、元々は酒の神様に感謝を捧げるものが起源とされます。

  • 右手の張り紙は、鳥取県知事賞を受けた』『にごり酒』の宣伝でした。その濁り酒を飲んでご機嫌なのでしょうか、七福神のお一人、『福禄寿』様の木彫りです。宋の道士・天南星の化身や、南極星の化身(南極老人)とされ、七福神の寿老人と同体異名の神とされることもあります。

    右手の張り紙は、鳥取県知事賞を受けた』『にごり酒』の宣伝でした。その濁り酒を飲んでご機嫌なのでしょうか、七福神のお一人、『福禄寿』様の木彫りです。宋の道士・天南星の化身や、南極星の化身(南極老人)とされ、七福神の寿老人と同体異名の神とされることもあります。

  • 街の角地に立つ建物光景です。先程紹介した、注連縄の杉玉が飾られた、『元帥酒造株式会社』の建物でした。自社のHPには、嘉永年間(1848~1854年)創業、170年間お酒を造り続けてきた倉吉の老舗と紹介されていました。先に紹介した濁り酒だけでなく、全国品評会で受賞した純米大吟醸酒の『大吟醸・元帥斗瓶囲い』等もHPで紹介されていました。

    街の角地に立つ建物光景です。先程紹介した、注連縄の杉玉が飾られた、『元帥酒造株式会社』の建物でした。自社のHPには、嘉永年間(1848~1854年)創業、170年間お酒を造り続けてきた倉吉の老舗と紹介されていました。先に紹介した濁り酒だけでなく、全国品評会で受賞した純米大吟醸酒の『大吟醸・元帥斗瓶囲い』等もHPで紹介されていました。

  • 『ペットへのおみやげ専門店・かんだや、』の表札があったお店の光景です。なぜか、最後に読点が記してありました。見た者に、考えさせる効果はあったようです。店先に展示された品では、ワンちゃんへのお土産が多いようでした。

    『ペットへのおみやげ専門店・かんだや、』の表札があったお店の光景です。なぜか、最後に読点が記してありました。見た者に、考えさせる効果はあったようです。店先に展示された品では、ワンちゃんへのお土産が多いようでした。

  • 大きな鯛を抱えた七福神の一人、『恵比寿(えびす)』様の木彫りです。七福神は、一般的には、恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人、弁財天とされていて、それぞれがヒンズー教、仏教、道教、神道など様々な背景を持っています。恵比寿様は、イザナミ・イザナギの間に生まれた子供、もしくは大国主の息子とされ、唯一日本由来の神様です。

    大きな鯛を抱えた七福神の一人、『恵比寿(えびす)』様の木彫りです。七福神は、一般的には、恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人、弁財天とされていて、それぞれがヒンズー教、仏教、道教、神道など様々な背景を持っています。恵比寿様は、イザナミ・イザナギの間に生まれた子供、もしくは大国主の息子とされ、唯一日本由来の神様です。

  • 少し朱色が入ったような、赤い花を咲かせていた『ボケ(木瓜)』の光景です。バラ科ボケ属の落葉低木です。若枝は褐色の毛があり、古くなると灰黒色、樹皮は縦に浅く裂け、小枝は刺となっています。日本に自生するボケは、『クサボケ(草木瓜)』といわれる同属の植物です。

    少し朱色が入ったような、赤い花を咲かせていた『ボケ(木瓜)』の光景です。バラ科ボケ属の落葉低木です。若枝は褐色の毛があり、古くなると灰黒色、樹皮は縦に浅く裂け、小枝は刺となっています。日本に自生するボケは、『クサボケ(草木瓜)』といわれる同属の植物です。

  • 倉吉の消火栓のカラーマンホール蓋の紹介です。『川水、くらしのコミュニケーション』の文字がありました。『川』の文字がデザイン化されていました。目的に合うよう、目立つ黄色が使われていました。

    倉吉の消火栓のカラーマンホール蓋の紹介です。『川水、くらしのコミュニケーション』の文字がありました。『川』の文字がデザイン化されていました。目的に合うよう、目立つ黄色が使われていました。

  • 表通りからは、少し奥まった場所にあった二階建ての建物光景です。その入口に『第五十三代横綱・琴桜記念館』の立看板が見えました。建物の中は、後ほど紹介します。

    表通りからは、少し奥まった場所にあった二階建ての建物光景です。その入口に『第五十三代横綱・琴桜記念館』の立看板が見えました。建物の中は、後ほど紹介します。

  • 一階も二階も格子模様で統一された伝統的な建物光景です。横木も渡されていますから、連子模様と呼ぶのかも知れません。昔の旅籠のような大きさの建物でした。

    一階も二階も格子模様で統一された伝統的な建物光景です。横木も渡されていますから、連子模様と呼ぶのかも知れません。昔の旅籠のような大きさの建物でした。

  • 本瓦が乗った壁をバックに咲いた『トサミズキ(土佐水木)』らしい花の光景です。マンサク科トサミズキ属の落葉低木です。自生しているのは土佐(高知県)近辺の<br />蛇紋岩地帯のみとされますが、現在は全国で植栽されています。

    本瓦が乗った壁をバックに咲いた『トサミズキ(土佐水木)』らしい花の光景です。マンサク科トサミズキ属の落葉低木です。自生しているのは土佐(高知県)近辺の
    蛇紋岩地帯のみとされますが、現在は全国で植栽されています。

  • 『トサミズキ(土佐水木)』らしい花のズームアップ光景です。近縁種に『シナミズキ(支那水木)』、よく似た『ヒュウガミズキ(日向水木)』などがあります。『トサミズキ(土佐水木)』等は、地元の東山植物園で見ることができます。

    『トサミズキ(土佐水木)』らしい花のズームアップ光景です。近縁種に『シナミズキ(支那水木)』、よく似た『ヒュウガミズキ(日向水木)』などがあります。『トサミズキ(土佐水木)』等は、地元の東山植物園で見ることができます。

  • 手前の花が呆けてしまいましたが、最後にもう1枚、『トサミズキ(土佐水木)』らしい花のズームアップ光景です。早春を飾る花の一つです。

    手前の花が呆けてしまいましたが、最後にもう1枚、『トサミズキ(土佐水木)』らしい花のズームアップ光景です。早春を飾る花の一つです。

  • まだ新しい『倉夢』らしい文字が記された看板があったお店の光景です。『準備中』の表示がありました。『倉吉張子』の『はこた人形』の看板と、食堂らしい二枚看板が入口横にありました。

    まだ新しい『倉夢』らしい文字が記された看板があったお店の光景です。『準備中』の表示がありました。『倉吉張子』の『はこた人形』の看板と、食堂らしい二枚看板が入口横にありました。

  • 花が開き始めた『ヤツデ(八つ手)』の光景です。ウコギ科ヤツデ属の常緑低木です。七つまたは九つ、あるいは五つの奇数に裂けていて、八つに裂けることは稀とされます。 『沢山』の意味で、『八つ』が選ばれたのかも知れません。

    花が開き始めた『ヤツデ(八つ手)』の光景です。ウコギ科ヤツデ属の常緑低木です。七つまたは九つ、あるいは五つの奇数に裂けていて、八つに裂けることは稀とされます。 『沢山』の意味で、『八つ』が選ばれたのかも知れません。

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