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山陰の名城巡りです。島根県松江市にある松江城は、天守が国宝指定された5城の内の最後のお城です。先に天守閣が国宝となった4城は、犬山城、松本城、彦根城と姫路城です。因みに現存天守は、全国で12箇所です。

2018春、山陰の名城巡り(5/24):3月18日(5):松江城(1):堀、太鼓櫓、南櫓、堀尾吉晴像、大手門跡、三の門跡、一の門跡

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2018/03/18 - 2018/03/19

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山陰の名城巡りです。島根県松江市にある松江城は、天守が国宝指定された5城の内の最後のお城です。先に天守閣が国宝となった4城は、犬山城、松本城、彦根城と姫路城です。因みに現存天守は、全国で12箇所です。

交通手段
観光バス 新幹線

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  • 松江城の入口近くに置かれていた、松江城の初代城主の『堀尾吉春像』の光景です。『堀尾吉春(1543~1611年)』は、安土桃山時代から江戸時代前期の武将で大名です。豊臣政権の三中老の一人に数えられました。三中老は、豊臣政権末期に制定されたとされる役職で、小年寄、あるいは小宿老とも呼ばれました。存在を巡って、異説もあるようです。

    松江城の入口近くに置かれていた、松江城の初代城主の『堀尾吉春像』の光景です。『堀尾吉春(1543~1611年)』は、安土桃山時代から江戸時代前期の武将で大名です。豊臣政権の三中老の一人に数えられました。三中老は、豊臣政権末期に制定されたとされる役職で、小年寄、あるいは小宿老とも呼ばれました。存在を巡って、異説もあるようです。

  • 『堀尾春吉像』の正面からのズームアップ光景です。豊臣政権末期の三中老は、生駒親正(讃岐高松17万石)、堀尾吉晴(遠江浜松12万石)、中村一氏(駿河府中14万石)の三人が任命されました。五大老と五奉行との意見が合わないときの仲裁役を担ったようです。五大老は、徳川家康、毛利輝元、上杉景勝、前田利家と宇喜多秀家の五大名です。仲裁役と言っても、簡単に仲裁できそうもない五大名です。

    『堀尾春吉像』の正面からのズームアップ光景です。豊臣政権末期の三中老は、生駒親正(讃岐高松17万石)、堀尾吉晴(遠江浜松12万石)、中村一氏(駿河府中14万石)の三人が任命されました。五大老と五奉行との意見が合わないときの仲裁役を担ったようです。五大老は、徳川家康、毛利輝元、上杉景勝、前田利家と宇喜多秀家の五大名です。仲裁役と言っても、簡単に仲裁できそうもない五大名です。

  • 更にズームアップした、『堀尾春吉像』の光景です。逆光で、残念な写真となってしまいました。

    イチオシ

    更にズームアップした、『堀尾春吉像』の光景です。逆光で、残念な写真となってしまいました。

  • 『馬溜跡』の文字が刻まれた標識の光景です。馬溜は、一辺46メートルほどのほぼ正方形の平地です。入口には大手柵門、右へ曲がるとしゃちほこをつけた壮大な大手門がありました。西側にある高さ13mの高い石垣や、南・東側の石垣の堀、さらに内側の高さ1mほどの腰石垣による土塁でこの平場を四方から守っていました。この入口の形態は桝形と呼ばれるものです。

    『馬溜跡』の文字が刻まれた標識の光景です。馬溜は、一辺46メートルほどのほぼ正方形の平地です。入口には大手柵門、右へ曲がるとしゃちほこをつけた壮大な大手門がありました。西側にある高さ13mの高い石垣や、南・東側の石垣の堀、さらに内側の高さ1mほどの腰石垣による土塁でこの平場を四方から守っていました。この入口の形態は桝形と呼ばれるものです。

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