2018/09/07 - 2018/09/18
296位(同エリア3134件中)
マリアンヌさん
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2011年「イタリアにおけるロンゴバルド人の支配地」が世界遺産に登録され、今までチヴィダーレ・デル・フリウリのテンピエット(小神殿)、ウンブリア、スポレートに近いクリトゥンノのテンピエット(小神殿)、モンテ・サンタンジェロ、ベネヴェントなどロンゴバルドに因んだ場所を訪れてきた。
今回やっとロンゴバルド王国の首都だったパヴィア、その遺産の残るロンバルディアを旅行することができた。
9/7 羽田発 ドーハ経由
ミラノ着 乗継でパヴィア着
9/8 パヴィア
9/9 ヴィゴレノ
9/10 ピアチェンツァ、グラッツァーノ・ヴィスコンティ
9/11 クレモナ、ローディ
9/12 ブレシア
9/13 マルチェージネ
9/14 ペスキエラ・デル・ガルダ
9/15 ミラノ
9/16 モンツァ、ミラノ
9/17 ミラノ発
9/18 ドーハ経由 成田着
- 旅行の満足度
- 5.0
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ホテルで朝食をとって
ペスキエラ・デル・ガルダ発8:48
ミラノ着9:45 -
北イタリア一周まわって戻ってきたね。
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まずは、地下鉄でミラノチェントラーレからP.TAジェノバまで。
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5分ほど歩くとナヴィッリオに到着。
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ポンテ・デイ・ヴィアコルシコを渡ると鍵がいっぱい。
恋人たちの願いは叶うのかな? -
本日のB&B、そろそろ約束の時間なんでオーナーが来るはず。
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一人には十分な広さ、ここに2泊お世話になる。
荷物を置いて出発。再び地下鉄でP.TAジェノバからサン・アンブロージョへ。 -
サンタンブロージョ聖堂(9~12C)まずはここに来たかった!
起源は4C末にさかのぼるが、9Cに右の鐘楼が10Cに内陣、後陣を改築、11~12Cには身廊、アトリウムの柱廊、左の鐘楼が建設された。
この聖堂前の初期キリスト教のバジリカを思わせる三廊式のアトリウムには… -
素晴らしい柱頭彫刻の数々、ずっと会いたかったんだ。
私の趣味の世界なのでページ飛ばして下さいね。 -
素晴らしい意匠。
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私にとってワンダーランド。
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さて聖アンブロージョは、4C半ばにローマ帝国ガリアの高官の息子としてドイツのトリーア生まれ、ローマで法学を学び370年にミラノの主席執政官に選出された。
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374年にミラノ司教の死去に伴う後継者問題でアタナシウス派(キリストの三位一体を支持)とアリウス派(神とキリストを同一視しない)との抗争があり、人望のあるアンブロージョが乗り出し調停していたのだが、市民からアンブロージョ本人に次の司教になるよう求められ、自身はキリスト教ではなかったが、その要求に沿うためにキリスト教を学び洗礼を受けて、直ぐにミラノ司教となった。
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この日が374年12月7日であり、今でもミラノの祝日となっている。374年にミラノ司教になってからは、三位一体論を支持してアリウス派への攻撃を開始した。
この頃アリウス派は、テオドシウス一世の前のローマ皇帝もアリウス派であったように非常に勢力が強かったが、聖アンブロージョはミラノからの駆逐に成功した。また、その後390年に、聖アンブロージョは民衆を虐殺したとしてローマ皇帝であるテオドシウス一世を8ヶ月間破門にして公開謝罪をさせている。 -
このように、聖アンブロージョは、4C後半にミラノではミラノ司祭として、ミラノで勢力のあったキリスト教をバックにして皇帝以上の力を保持していたよう。
また、テオドシウス一世の、ローマ宗教信仰の禁止及び古代オリンピックの廃止、他宗教の駆逐と392年キリスト教の国教化などの勅令は、皇帝に対する聖アンブロージョの影響が強く現れていたことが想像できる。 -
テオドシウス一世が395年にミラノで亡くなったときに、聖アンブロージョは弔辞を述べてテオドシウス一世に賛辞を送っているそう。テオドシウス一世の死後、ローマ帝国は2つに分割され、ミラノは西ローマ帝国の首都となった。聖アンブロージョは397年に亡くなるまでミラノ司祭を務めていた。
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パレスチナの片隅に生まれたキリスト教は、アンブロージョの教会を国家の上に位置づけた政治力によってローマ人の精神生活を支配することになった。キリスト教が中世に社会の隅々まで溶け込む端緒となったのかな。
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アトリウムに広がるロンバルディアロマネスクの柱頭を堪能した。
と、ここで午前の部終了(12:00で一端閉まるのです)
アトリウムをみただけで時間切れ、夕方また来よう。 -
近くのカルフォルニアベーカリーというイタリアらしくない店でランチ。
でも美味しかったよ。 -
通りで見かけた青い花の植栽素敵。
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ちょっと歩いてサンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会へ。
当日でも空きがあれば最後の晩餐の予約がとれるとの情報で、昔見た時は修復中だったし、見ようかなと予約をとった。 -
そして次はサン・マウリツィオ教会へ。
マッジョーレ修道院併設の教会で8~9世紀ごろに建てられたと言われている。1798年までおよそ1000年もの間続いた、ミラノでも重要な女子修道院だった。1503年から改築工事が進められ、現在のような建築物になったそう。外観はルネサンス期の建築とあってシンプルなデザインになっている。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子がフレスコ画を装飾しているので、芸術的な価値があるとのこと。
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ベルナルディーノ・ルイーニは、レオナルドダヴィンチとともに仕事をしたこともあると言われ、ダ・ヴィンチの技法をそばで見ていた貴重な人物。
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そのためか彼の描いた「聖カタリナ」や「サロメ」などは、レオナルドダヴィンチの作品と間違えられ、エルミタージュ美術館やウフィツィ美術館に飾られていたそう。
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それほどの技術を持ったベルナルディーノ・ルイーニがフレスコ画を描いているため、「ミラノのシスティーナ礼拝堂」とも呼ばれているそう。
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ミラノの教会でこれほどフレスコ画が装飾されているのは、サン・マウリツィオ教会だけなのだそう。
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ベルナルディーノ・ルイーニのほかにもアウレリオを初めとするルイーニの息子4人、その他のレオナルド・ダ・ヴィンチ工房で働く画家等の手によってフレスコ画が描かれているそう。
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ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオというダ・ヴィンチの弟子の中でも技術的に1、2を争う画家も含まれていたと言われているそう。
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中央の祭壇画「東方三博士の礼拝」
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「聖母の戴冠」
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教会の内部は、建物の中央にある壁で二つに分けられていて、入り口から入ってすぐの部屋が信者用、そして壁の向こう側へ抜けると修道女用の部屋となっている。
一番奥には、最後の晩餐も見えた。 -
左は「アレクサンドリアの聖カタリナ」エジプト、アレクサンドリアの王家の娘で、教養高く、キリスト教に帰依し、 ローマ皇帝の求婚を拒絶したため、車輪に手足を括り付けられて転がされるという拷問に処されようとするが、車輪が雷電で壊れたため、斬首されたそう。このため、彼女は車輪や、死に対するキリスト教の勝利を意味する棕櫚や、 彼女の高い教養を示す書籍などと共に描かれることが多い(車輪あるね)
右は「聖アガタ」シチリア生まれの彼女はローマ総統の求婚を拒み、拷問の末、鋏で乳房を切り取られたが、夜半聖ペテロが現れて傷をいやしたそう(乳房持ってる) -
左は「聖アポロニア」アレクサンドリアの殉教聖女、異教の神々に犠牲を捧げることを拒み、異教の像を破壊したため捕らえられ、歯を抜かれ、燃え盛る炎へ入っていったそう(歯持ってる)
右は「聖ルチア」ルチアが重病の母のため聖アガタに祈り治癒したため、感謝のしるしに持参金まで貧者に施したため、キリスト教徒であることが発覚、殉教した。名前ルチアが光を意味するところから、恋人が彼女の眼のあまりの美しさに息も絶え絶えなのを知って、自ら両目をえぐったという。が恋人が信仰に目覚めると眼は元にもどったそう(眼玉もってる) -
思いの外、美しいフレスコ画であふれていた。
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そして隣接する考古学博物館。この場所はローマ皇帝マクシミアヌスゆかりの地。286年マクシミアヌスがミラノを西ローマ帝国の首都とした。さっそく町を囲む壁が広げられ、テルメ(温泉)やチルコ(競技場)が作られたと言う。
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考古学博物館の庭に、当時町の内と外を隔ていていた壁や塔torre poligonale、競技場で馬がスタートした場所にあった四角い塔torre quadrataが残っている(四角い塔はサン・マウリツィオ教会の鐘楼になっている)。
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ローマの彫刻。後ろにはモザイク。
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ケレス(Cerere)農業、小麦、肥沃のシンボル。
その下にディオニソス(バッカス)の頭。 -
ミトラ教のレリーフ(写真なんだけど)古代ローマで隆盛した太陽神ミトラスを主神とする密議宗教、キリスト教に滅ばされていった。実はローマの地下にも遺跡が残っているらしいのだが、公開されないのが残念。
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博物館の中庭には、様々な大きさの大理石の欠片があり、その向こうに 4世紀に建てられた、煉瓦造りの円柱状の塔が残っている。
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torrepoligonaleは中に入ることができ、中世末、修道院として使われていた時代に描かれたフレスコ画も見られる。庭には、マクシミアヌス帝が来る前にこの辺りにあった住宅地Domusの跡も残っている。
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塔の内部の円周に沿って、壁一面に、剥離したフレスコ画が。
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スクロールランプ、映画で見たことあるわ。
下は、墓から出土した指輪(7C) -
エトルリアのコーナー。
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この壺の絵も面白い。
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戦いの場面の骨壺、5月にヴォルテッラでたくさん見たなぁ。
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そして再び戻ってきました聖アンブロージョ教会。
外にオープンカー、もしや結婚式。中に入れるかな?嫌な予感。 -
聖アンブロージョ教会。
784年のシャルルマーニュが治めている時代にはベネディクト会の修道院と教会参事が併設されて、共同で管理下に置かれていたそう。 -
9Cと11C-12Cに大きな改築が行われており、かつてはランゴバルト王国や、神聖ローマ帝国の多数の王が、この聖堂でロンバルディアの鉄王冠の戴冠が行っているそう。
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正面扉口のアーキトレーブには、Agnus Dei(神の子羊)
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ガラスがはめられている正面扉。
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左右の扉口のアーキトレーブにはライオンやドラゴンのレリーフ。
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イチオシ
複雑で素晴らしい柱頭彫刻♪
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扉口まわりの柱頭はより豪華に装飾されてる。
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複雑な組み紐のような装飾。
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そして聖堂正面の扉口の柱には牛が…
ロマネスクっぽいね。 -
柱の装飾も面白い、十字架も見える。
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組み紐のようなレリーフ。
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建築様式は一部ゴシックへの過渡期的特徴もあるロマネスクであり、リヴ・ヴォールトを大規模に採用した例としてはイギリスのダラム大聖堂と並んで最初期の例にあたる。ロンバルディア・ロマネスクと呼ばれる様式の代表格とも評されるそう。
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結婚式だった。う~ん、内陣が見れない。
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後陣のモザイク、オリジナルは9Cとされるが、11Cには聖堂一部崩壊などあったほか、19Cに大規模な「修復」作業を行なっていて、当時の修復といえば古いもの、壊れかかったものを除去して新しく作り直すことを意味しており、実際に9Cのもともとのモザイクは、ほとんど残っていないと考えたほうがよさそうとのこと。
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中央の「玉座のキリスト」をはさみ左右は、聖アンブロージョの物語。聖人がミラノでミサを行なっている間に居眠りしたかと思ったら、同時に、フランス、トゥールの聖マルティーノの葬儀に現れた、という奇蹟の、両場面が描かれている。なんだかカラフルでマンガチックなタッチ。
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内陣にも素敵な柱頭が。
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聖アンブロージョの肖像と伝わる壁画(13C後半)
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「金の空の聖ヴィットレ小礼拝堂(Sacello di S.Vittore in ciel d’oro)」(有料)
初期キリスト教芸術の最も有名な作品の一つとしてミラノで高い芸術的価値を有する。 -
ミラノで殉教した双子の聖人、ジェルヴァジオとプロタジオが埋葬されていたこの場所に、最初に聖堂が建てられたのは紀元後379年のこと。
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4世紀の構造が残る部分で、モザイクは5世紀後半のもの。半円のクーポラの中央には、聖人ヴィットレ。
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向かって左の中央が、聖アンブロージョ。左がジェルヴァジオ(Gervasio)、
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右がプロタジオ(Protasio)
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4隅には、4福音書家のシンボル。羽の生えたライオン(聖マルコ)、天使(聖マタイ)不思議キャラ。
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羽の生えた牛(聖ルカ)、羽の生えた鷲(聖ヨハネ)なんかポケモンゴーに出てきそう(笑)
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古い祭壇でしょうか。
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縄目のクロス、ロンゴバルド的。
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Capitolino
ポルティコにの形をしたこの環境はもともとは、修道院をバジリカと直接結びつけたオープンスペースだった。修道院長ジュリエルモ・コッタが1267年に死亡し、埋葬されたサン・サティーロ聖堂の隣のサン・ヴィットーレ礼拝堂の改装に伴い閉鎖されたそう。 -
ルネットにはキリストの口に剣、これって黙示録から?
黙示録1章16節にキリストのお姿が、「口からは鋭い両刃の剣が出て」いる方として描いている。「口から鋭い両刃の剣が出る」とは、キリストの御言葉があたかも鋭い両刃の剣のような働きをすることを象徴している。 -
渦巻き装飾と縁飾りも全面美しかったんでしょうね。
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Tempio dello Spirito Santo(聖霊の寺院)
ヨセフと聖母子とあった。 -
Tempio dello Spirito Santo(聖霊の寺院)
ヨセフと聖母子 -
左は修道院長なのか? ニッチにも美しい装飾が。
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修道院長ジュリエルモ・コッタの墓のフレスコ画(13C)
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修道院の内側だったのでしょうか?
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聖水盤。扉口の上はキリスト像かな?
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木製の円錐形の壁掛け。祈りと美徳の果実。
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プリミティブなバジリカのアプシス(後陣)を飾った大理石とガラスのモザイクの断片(4C)
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葉状ストゥッコ(浮彫彫刻)の柱頭(8C)
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こちらも古いキリスト像。
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こんな意匠も残る。
残念ながら結婚式のため、内陣はよく見れなかった。 -
そして地下鉄に乗って次は…
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ブレラ美術館へ。気になった絵画を羅列してますので、飛ばして下さいね。
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リベラ―レ・ダ・ヴェローナ(1445-1527)「サン・セヴァスティアーノ」
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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ1450-ヴィチェンツァ1523)
「玉座の聖母子と聖フランチェスコ、シエナの聖ベルナルディーノ」 -
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア1435-1516)「ピエタ」
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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア1435-1516)「聖母子」
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アンドレア・マンテーニャ(イゾラ・ディ・カルトゥーロ1431-マントヴァ1506)
「死せるキリストと3人の会葬者」 -
アンドレア・マンテーニャ(イゾラ・ディ・カルトゥーロ1431-マントヴァ1506)
「聖母子と天使」 -
ペルジーノのサークルの逸名画家作「聖母子ととケルビーノたち」(1475c)
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ルカ・シニョレッリ(コルトーナ1450-1523)
「授乳の聖母」 -
ルカ・シニョレッリ(コルトーナ1450-1523)
キリストの鞭打ち -
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア1435-1516)
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バルトロメオ・モンターニャ(ブレシア1450-ヴィチェンツァ1523)
「玉座の聖母子と聖人達」 -
ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ1470-1536)「磔」
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ベルナルディーノ・ルイーニ(ヴェレーゼ1472-ミラノ1532)
レオナルドの作品を研究、模写した作品も多いが、どちらかというとレオナルド本人よりも甘く優雅で、より女性的になっているのが特徴。
大きく「レオナルデスキ」(レオナルド派)にくくられるものの、直弟子ではないそう。何だか魅かれるね。 -
ベルナルディーノ・ルイーニ(ヴェレーゼ1472-ミラノ1532)
サンタ・マリア・パーチェ教会内礼拝堂のフレスコ画。 -
マリアの神殿での子供時代などのテーマのよう。
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ヴェロネーゼ(ヴェロナ1528-ヴェネツィア1588)Paolo Caliari
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ティントレット(ヴェネツィア1519-1594)「十字架を崇める聖人たち」
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ヴェロネーゼ(ヴェロナ1528-ヴェネツィア1588)「ULTIMA CENA」
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ニッコロ・ピサーノ(ピサ1470-1538)Niccolo di Bartolomeo dell'Abrugia
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コレッジョ(1489-1534)Antonio Allegri
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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア1430-マルケ1494)
「ピエタ」と「聖母戴冠」 -
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア1430-マルケ1494)
「蝋燭の聖母子」美しい。魅入られる。 -
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア1430-マルケ1494)
「玉座の聖母子」 -
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア1430-マルケ1494)
実際に見てファンになってしまった。 -
ラファエロ・サンツィオ(ウルビーノ1483-ローマ1520)
「マリアの結婚」 -
ピエロ・デッラ・フランチェスカ(サンセポルクロ1415-1492)
「聖母子とウルビーノ公モンテフェルトロ、聖人達の祭壇画」
と、この辺で時間が…あれっカラヴァッジョなかったなぁ。出張中だったのかな?残念。 -
そして最後の晩餐の予約時間が迫って…
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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(Santa Maria delle Grazie) 到着。
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1466年、ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(イル・モーロ(ルドヴィーコ・スフォルツァ)の兄)がスフォルツァ家の菩提所とするために建築させた教会。
後にイル・モーロが、内部をルネッサンス様式に改装させている。 -
ちょっと内陣を覗いてから・・・18:00だったかな?予約時刻なので移動。
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教会わきにある、ドメニコ会修道院の食堂であったところに、レオナルド・ダ・ヴィンチが、イル・モーロの依頼で描いた「最後の晩餐」がある。
わぁ!ずい分きれいになったなぁ。
21年の歳月を費やして科学的な修復作業が行われ、その姿は劇的に変化したという。 -
ヨハネの福音書によると「イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた」。
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キリストの右隣に座る人物が 『ダ・ヴィンチ・コード』ではマグダラのマリアとされているが、その人物は使徒ヨハネであるというのが公式見解。
そして失われた聖杯とは、これまで言われていたようなキリストが最後の晩餐で用いた杯ではなく、マグダラのマリアとイエスとの血統、即ち二人の子孫を指すという新たな解釈が成された。
二人の間に作られた「V」字型の空間はイエスの血を受けた「聖杯」=マリアの子宮を意味し、即ち二人の間には子供が出来ていたことを指し示すと結論を出している。 -
キリストの左、自分のことが言われていると分かっているのか、身を引いているのが裏切り者のユダ。 右手にはイエスを売り渡して得た銀貨を入れた袋を握っている。 ペトロは立上り、ナイフを握る右手を腰に、裏切り者は殺してやりましょうと言わんばかりである。 イエスが捕えられるときに追手の一人の耳を切り落とした人物を、『ヨハネによる福音書』はペトロとしているからであろうとのこと。
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ユダの下半分が剥落し、後世の修復により現在のようになっただけで、当初はユダの左手は何も持たず驚きの余り、鉢に浸した持っていたパンを落とした瞬間の描写であったと考えられるとの説も。そして右手は聖書の記述にしたがって、金貨の入った袋を持たずにじつはナイフを持っていて、身を乗り出したペテロの右手に押さえつけられている姿になる。イスカリオテ(短剣)のユダこそがナイフを持つという。
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キリストの右は、トマス、大ヤコブ、フィリポで、トマスは人差し指を立てて、キリスト復活への信じられないという思いの前触れを示している。大ヤコブは驚いて両腕を広げていて、ペトロは、なんらかの説明を求めているように見える。
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最後のグループは、マタイ、タダイ、熱心党のシモンで、マタイもタダイもシモンを見ながら、答えを求めている。
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ジョヴァンニ・ドナート・ダ・モントルファノ(1440-1502)
「Crocifissione」 -
ナヴィッリオに帰ってきた。
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暮れなずむ一瞬。
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イチオシ
わぁハッピーアワーでお店の席は既に満席。
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ということでリストランテの店内席へ。
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ホタテ貝とアーティチョークのローストソースかけリゾット。
チョコレートとクリスピーココアのムース。 -
少し夜のナヴィッリオを散歩。
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明日はモンツァ・ミラノです。
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この旅行記へのコメント (6)
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- milkさん 2018/12/09 00:09:02
- またまたほっこり♪
- マリアンヌさん、こんばんは☆
教会のほっこりキャラ達にまた癒されました~♪
ほんと、見ていて楽しいです。
サン・マウリツィオ教会のフレスコ画は圧巻ですね。
殉教した聖人の絵も沢山飾られていましたね。
キリスト教迫害によって殉教した方々は、本当に残酷な仕打ちを受けていますよね...。
本当の話なのかと思うとゾッとします(>_<)
カルロ・クリヴェッリの絵はとても素晴らしくて、私も見惚れてしまいました。
いつか本物を見てみたい...。
milk
- マリアンヌさん からの返信 2018/12/10 10:57:55
- Re: またまたほっこり♪
- milkちゃん、Buongiorno☆
お忙しい中、いつもありがとう。
ほっこりキャラファンが増えて嬉しいわぁ。
難しいこと抜きで面白いよね。
サン・マウリツィオ教会は思いの外、良かったですよ。
私は併設されてる考古学博物館のほうが、興味深々だったんだけど(笑)
殉教聖人の絵ってシンボルが決まっててわかりやすいよね。
前から気になってたんだけどクリヴェッリのファンになってしまいました。
ちょっとラファエル前派に通じるところがあって・・・
milkちゃんはもうすぐ次の旅行よね。
先日、バルト三国いつ?と思ったら、そういえば昨冬行ってたよねと思い出したけど、たくさん旅されてるからわかんなくなっちゃいました。
次もBuon Viaggio♪
マリアンヌ
-
- るなさん 2018/12/03 10:17:31
- 相変わらずマニアック~( *´艸`)
- マリアンヌさん、CiaoCiaoCiao♪
もう12月ね。ホントに早いわ~寒くなっても歩活頑張ってましたね(笑)
ナヴィリオ地区に泊ったのね?
この地区は大好きだけど泊まったことないな~
サン・マウリツィオ教会、素敵ね♪ミラノではローマほど教会を回ることがないので今度行ってみよう。
聖アンブロージョ教会のガラスに囲まれたドアも素敵だし、不思議キャラたちも可愛いわ!!
でも、その他....相変わらずマニアック過ぎてさっぱりわからんかった私ですみません( ;∀;)
あぁ、もう出かけなくちゃ。またね。
るな
- マリアンヌさん からの返信 2018/12/04 15:18:37
- Re: 相変わらずマニアック~( *´艸`)
- るなさん、Ciao☆
いつもありがとう。
苦しかったある活が終わってホッとした週末だったわ。
ナヴィリオ地区で夜、まったりしたくてB&B予約したの。
ミラノって2度行ったことあるんだけどツアーで観光したのとブランド好きな友達につきあったことしかなくって、自分で計画したの初めてなの、ナヴィリオ地区も初めてでした。できれば骨董市の時に行きたかったんだけどね。
ロマネスクとかは、もう趣味だからさぁ、言わば私のノート代わり、飛ばして飛ばして。覗いてくださるだけで嬉しいです(笑)
もう次の旅行がすぐだよね。いいなぁ。
私もこの旅行早くまとめて次の計画たてたいわ。
またねー♪
マリアンヌ
-
- ことりsweetさん 2018/12/02 09:31:44
- ロンゴバルド♪
- マリアンヌさん、こんにちは。
世界遺産に指定されたロンゴバルドに
行かれたんですね。
ブレラ美術館のカルロ・クリヴェッリの絵画、
素敵ですね。
初めて見る画家ですが、
私もこの繊細で美しい描き方が
とても好きです。
マリア様の表情やベビーイエス様の描きも
絵によっての好みが分かれますね。
最後の審判での記述も興味深いです。
この絵の謎、本当はどうなんでしょう。
ディナーのリゾット、
ああ、イタリアでリゾット食べてなかったことを
思い出しました。
- マリアンヌさん からの返信 2018/12/04 14:58:18
- Re: ロンゴバルド♪
- ことりさん、こんにちわ。
いつもありがとう。
ミラノってブランド好きなわけじゃない私にとってあまり縁がなかったのだけど、ロマネスク教会を見たくて久々に訪れました。
ミラノから北イタリア一周したおかげでずっと行きたかったロンゴバルドの香り残るパヴィアやブレシアにも行くことができました。
クリヴェッリは、不思議な魅力がありますよね。
ダ・ヴィンチは天才過ぎて絵画のみならず、いまだに謎が多いですよね。
もう次の旅行は計画されてますか?
私も早くこの旅行をまとめて次の計画と思ってます。
では、また。
マリアンヌ
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ミラノ(イタリア) の旅行記
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旅行記グループ ロンゴバルド浪漫とロマネスク教会をたずねてVol.2
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