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パン焼きは非常に利益のあがる商売で、ポンペイではこれまで30以上ものパン屋の跡が確認されているそうだ。パンを焼く大きなかまどの他、家の裏側にはペスティリウムを改修して造った石畳の空間があって、麦を製粉するための巨大な溶岩性の石臼と洗浄用の水桶が置かれていたという。<br /><br />石臼で思い出したが、私の子供の頃、隣近所に必ず石臼のある家があって、借りてきては各家庭で臼を回したものだった。普段見かけなかったので、我が家では、近所から借りてきた物だろうが、お祭りやなにか祝い事があったとき、きな粉を作るため、焙烙(ほうろく)で炒った大豆を石臼で粉にしていた。<br />大抵は御影石で出来た石臼で、円形の厚みのある石で回りは粗削りになっていた。この石を重ねて、中心に向かって溝が掘ってあり、五円玉のように中心に穴が開いていて軸をさしていた、上の石を回転させることによって、この溝同しがこすれあって豆を粉末にしていた。<br />石の上部は皿状に滑らかに一段と低く削ってあり、豆が下に落ちるように穴が空いている、左手で木でできた把手を持って石を回転させ、右手で豆を少しずつ穴に落としていく、これが私たち子供の役目だった。ゴーッという重い腹に響くような小さな音がして、重ねた石の間から粉が落ちてくる、これがきな粉だ、あたりに漂う香ばしい香り、今でもその香りは忘れない。<br /><br />いまではどこの家もそんな手間をかけてまで、きな粉を作る家はない、使わなくなった石臼は、庭の飛び石の一部に埋められて役目を終えている。<br /><br /><br />参考文献 「ポンペイ遺跡ガイド」 ポンペイ文化財保護局

粉ひきの道具が無造作に落ちていた  ポンペイ③ イタリア 33

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2017/03/18 - 2017/03/18

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pedaru

pedaruさん

パン焼きは非常に利益のあがる商売で、ポンペイではこれまで30以上ものパン屋の跡が確認されているそうだ。パンを焼く大きなかまどの他、家の裏側にはペスティリウムを改修して造った石畳の空間があって、麦を製粉するための巨大な溶岩性の石臼と洗浄用の水桶が置かれていたという。

石臼で思い出したが、私の子供の頃、隣近所に必ず石臼のある家があって、借りてきては各家庭で臼を回したものだった。普段見かけなかったので、我が家では、近所から借りてきた物だろうが、お祭りやなにか祝い事があったとき、きな粉を作るため、焙烙(ほうろく)で炒った大豆を石臼で粉にしていた。
大抵は御影石で出来た石臼で、円形の厚みのある石で回りは粗削りになっていた。この石を重ねて、中心に向かって溝が掘ってあり、五円玉のように中心に穴が開いていて軸をさしていた、上の石を回転させることによって、この溝同しがこすれあって豆を粉末にしていた。
石の上部は皿状に滑らかに一段と低く削ってあり、豆が下に落ちるように穴が空いている、左手で木でできた把手を持って石を回転させ、右手で豆を少しずつ穴に落としていく、これが私たち子供の役目だった。ゴーッという重い腹に響くような小さな音がして、重ねた石の間から粉が落ちてくる、これがきな粉だ、あたりに漂う香ばしい香り、今でもその香りは忘れない。

いまではどこの家もそんな手間をかけてまで、きな粉を作る家はない、使わなくなった石臼は、庭の飛び石の一部に埋められて役目を終えている。


参考文献 「ポンペイ遺跡ガイド」 ポンペイ文化財保護局

同行者
一人旅
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • フォロの浴場<br />ジュピターの神殿の後ろに位置し、将軍シッラによってポンペイがローマの植民都市となって(紀元前80年)間もなく建設されました。

    フォロの浴場
    ジュピターの神殿の後ろに位置し、将軍シッラによってポンペイがローマの植民都市となって(紀元前80年)間もなく建設されました。

  • 入り口は婦人用と男性用に分けられていました。男性用の区画ではアボディテリウム(脱衣場)がテビダリウム(中温の風呂)としても利用され、続いてフリジダリウム(低温の風呂)、カリダリウム(高温の風呂)がありました。

    入り口は婦人用と男性用に分けられていました。男性用の区画ではアボディテリウム(脱衣場)がテビダリウム(中温の風呂)としても利用され、続いてフリジダリウム(低温の風呂)、カリダリウム(高温の風呂)がありました。

  • この丸い浴槽などはスタビアの浴場の湯舟に似ていますね。<br />この浴場も紀元62年の地震で大きな被害を受けています。

    この丸い浴槽などはスタビアの浴場の湯舟に似ていますね。
    この浴場も紀元62年の地震で大きな被害を受けています。

  • ここでも天井から日が差し込んでいます。

    ここでも天井から日が差し込んでいます。

  • スタビアの浴場の作りと同じです。日本の銭湯もどこも同じ構成でしたね。ちがうのは、湯舟の上の大きな絵がそれぞれ特徴がありました。一番多いのは富士山の絵ですね。海の上に浮かぶような富士山や、松原越しに見る富士山・・・特に変わっていたのは、桃太郎が猿、雉、犬を連れて宝を運んでいる絵でした。これは桃の湯という銭湯でした。懐かしいなぁ。<br />それに入ってすぐに番台があり、じいさん、婆さんが座っていることがおおかったですが、時には、若いお姉さんが座っていることがありました。

    スタビアの浴場の作りと同じです。日本の銭湯もどこも同じ構成でしたね。ちがうのは、湯舟の上の大きな絵がそれぞれ特徴がありました。一番多いのは富士山の絵ですね。海の上に浮かぶような富士山や、松原越しに見る富士山・・・特に変わっていたのは、桃太郎が猿、雉、犬を連れて宝を運んでいる絵でした。これは桃の湯という銭湯でした。懐かしいなぁ。
    それに入ってすぐに番台があり、じいさん、婆さんが座っていることがおおかったですが、時には、若いお姉さんが座っていることがありました。

  • 暖房に使われたブロンズ製の大きな火鉢

    暖房に使われたブロンズ製の大きな火鉢

  • 婦人用の区画はより小さく、噴火の時点では修復中でした。男性用の施設入り口の近くでは、夜間の開場時間に使われたカンテラが500個以上も見つかっているそうです。

    婦人用の区画はより小さく、噴火の時点では修復中でした。男性用の施設入り口の近くでは、夜間の開場時間に使われたカンテラが500個以上も見つかっているそうです。

  • 悲劇詩人の家<br />この家の入口の床面にはCAVE CANEM(犬に注意)と刻まれたモザイクで有名な犬のモザイク画があります。ここは入り口をガラスで塞いで、モザイクを保護しています。私はそんな有名な家とは知らず、ただ正面を写しただけでした。<br />ガラスにはカメラを構える私の姿が映っています。<br />かすかに犬のモザイクが見えますね。

    悲劇詩人の家
    この家の入口の床面にはCAVE CANEM(犬に注意)と刻まれたモザイクで有名な犬のモザイク画があります。ここは入り口をガラスで塞いで、モザイクを保護しています。私はそんな有名な家とは知らず、ただ正面を写しただけでした。
    ガラスにはカメラを構える私の姿が映っています。
    かすかに犬のモザイクが見えますね。

  • Casa di Pansa パンサの家<br />この家は一つの区画を完全に占め、ローマの貴族階級の住居の典型的な例を示しています。アトリウムとペリスティリウムが作る線に沿って、他の空間が見事なシンメトリーで構成されています。<br />ポンペイで見つかった7つのオスク語表記のうちの一つで、敵の襲来の際に軍隊が配置される守備拠点が正確に指示されています。

    Casa di Pansa パンサの家
    この家は一つの区画を完全に占め、ローマの貴族階級の住居の典型的な例を示しています。アトリウムとペリスティリウムが作る線に沿って、他の空間が見事なシンメトリーで構成されています。
    ポンペイで見つかった7つのオスク語表記のうちの一つで、敵の襲来の際に軍隊が配置される守備拠点が正確に指示されています。

  • 欧米人の団体がガイドの説明を受けています。

    欧米人の団体がガイドの説明を受けています。

  • パン焼きの家<br />これは麦を粉にするための石臼です。溶岩性と言うので納得しました。なぜなら、2000年前のものとはいえ、花崗岩などに比べて表面がかなり風化しています。

    パン焼きの家
    これは麦を粉にするための石臼です。溶岩性と言うので納得しました。なぜなら、2000年前のものとはいえ、花崗岩などに比べて表面がかなり風化しています。

  • この空いている穴に木製の棒を差し込み、ロバまたは人が回転させて製粉していました。

    この空いている穴に木製の棒を差し込み、ロバまたは人が回転させて製粉していました。

  • 小型の石臼

    小型の石臼

  • これは下の部分の石臼、

    これは下の部分の石臼、

  • 今でも使えそうなパン焼き窯です。

    今でも使えそうなパン焼き窯です。

  • テルモポリウム<br />ポンペイで発掘済み部分に89のテルモポリウム、飲み物と温かい食べ物を売っていたオステリアが確認されています。アトリウムのあるような大きな家に住む富裕な市民たちがそこで食事をしたわけではなく、オステリアを利用していたのは、社会的地位の比較的低い層の人々でした。

    テルモポリウム
    ポンペイで発掘済み部分に89のテルモポリウム、飲み物と温かい食べ物を売っていたオステリアが確認されています。アトリウムのあるような大きな家に住む富裕な市民たちがそこで食事をしたわけではなく、オステリアを利用していたのは、社会的地位の比較的低い層の人々でした。

  • ここに甕などを入れて、温かい食べ物などをだしていました。職人や商人の家には台所の跡は滅多に確認できません。彼らは、たくさんあったテルモポリウムへ、出来立ての熱々の料理を食べに行っていたのですね。

    ここに甕などを入れて、温かい食べ物などをだしていました。職人や商人の家には台所の跡は滅多に確認できません。彼らは、たくさんあったテルモポリウムへ、出来立ての熱々の料理を食べに行っていたのですね。

  • フォロの穀物倉庫<br />フォロの西側に広がり、レンガの柱で仕切られた8つの開口部を持つ建物で、果物と野菜の市場として使われていました(フォロオリトリオ)。写真右側

    フォロの穀物倉庫
    フォロの西側に広がり、レンガの柱で仕切られた8つの開口部を持つ建物で、果物と野菜の市場として使われていました(フォロオリトリオ)。写真右側

  • 今日ではポンペイ最大の考古学品の倉庫として使われ、1800年代の終わりからこの都市で行われてきた発掘による出土品9千点以上がここに保管されています。

    今日ではポンペイ最大の考古学品の倉庫として使われ、1800年代の終わりからこの都市で行われてきた発掘による出土品9千点以上がここに保管されています。

  • ポンペイ最後の10年間に日常の生活で使われた、なべなどのテラコッタ製品、瓶や水差し、甕、アンフォラ(二つの取っ手のある壺)油や葡萄酒、魚醤を地中海全域から運搬するための大きな容器などが収蔵されています。

    ポンペイ最後の10年間に日常の生活で使われた、なべなどのテラコッタ製品、瓶や水差し、甕、アンフォラ(二つの取っ手のある壺)油や葡萄酒、魚醤を地中海全域から運搬するための大きな容器などが収蔵されています。

  • その他家々の入口を飾っていた大理石製のテーブルや噴水用の水槽、など・・・

    その他家々の入口を飾っていた大理石製のテーブルや噴水用の水槽、など・・・

  • その他犠牲者や犬、樹木の石膏型などが陳列されています。

    その他犠牲者や犬、樹木の石膏型などが陳列されています。

  • 犬の石膏型

    犬の石膏型

  • 道路の角にあった共同水槽です。

    道路の角にあった共同水槽です。

  • テルモポリウム

    テルモポリウム

  • テルモポリウム

    テルモポリウム

  • 大理石製のパソコンのキーボード、バージョンが古いため、打ち捨てられています。

    大理石製のパソコンのキーボード、バージョンが古いため、打ち捨てられています。

  • Mensa Ponderaria  ポンンデラリアの食堂<br />アポロンの聖域を取り巻く壁の東西にはニッチがあって、内部には量り台の摸作が置かれています。本物はナポリ考古学博物館にあります。<br />容器に入れ穴に入れると、その重さが計れます。

    Mensa Ponderaria  ポンンデラリアの食堂
    アポロンの聖域を取り巻く壁の東西にはニッチがあって、内部には量り台の摸作が置かれています。本物はナポリ考古学博物館にあります。
    容器に入れ穴に入れると、その重さが計れます。

  • ポンペイ観光ではたくさんの遺跡を見学しましたが、見落としたところもたくさんありました。<br />後日資料を見ると、興味をそそるような名前の家がたくさんありました。<br />「船エウロパ号の家」ギリシャ神話に出てくる船ですね。「モラリストの家」立派な人が住んでいそうです。「銀婚式の家」「傷ついたアドニスの家」これもギリシャ神話、「黄金のキューピッドの家」、「ナポリ王子の家」「マルコ・ファビオ・ルフォと黄金の腕輪の家」豪華そうですね。気になるのは「貞節な愛人のインスラ」どんな家じゃっ

    ポンペイ観光ではたくさんの遺跡を見学しましたが、見落としたところもたくさんありました。
    後日資料を見ると、興味をそそるような名前の家がたくさんありました。
    「船エウロパ号の家」ギリシャ神話に出てくる船ですね。「モラリストの家」立派な人が住んでいそうです。「銀婚式の家」「傷ついたアドニスの家」これもギリシャ神話、「黄金のキューピッドの家」、「ナポリ王子の家」「マルコ・ファビオ・ルフォと黄金の腕輪の家」豪華そうですね。気になるのは「貞節な愛人のインスラ」どんな家じゃっ

  • 帰りはこのフォロを通って・・

    帰りはこのフォロを通って・・

  • 遠くヴェスヴィオ山に続く山並みを望みながら・・

    遠くヴェスヴィオ山に続く山並みを望みながら・・

  • 出口に向かいます。

    出口に向かいます。

  • すぐ前をご主人様に抱かれた犬が、私に愛想を振りまきます。<br /><br />「遺跡見学で疲れちゃったワン」と言っていました。

    すぐ前をご主人様に抱かれた犬が、私に愛想を振りまきます。

    「遺跡見学で疲れちゃったワン」と言っていました。

  • 電車を待つ間、ホームにいた中年の男性が、歌を歌いだしました。<br />確かに美声で上手でしたが、何となく近づきたくない、危ない雰囲気でした。

    電車を待つ間、ホームにいた中年の男性が、歌を歌いだしました。
    確かに美声で上手でしたが、何となく近づきたくない、危ない雰囲気でした。

  • ナポリに向かう列車は全身落書きで埋まり、このガラス窓までが、落書きのペイントで埋まっております。<br />ま、これはこれでいいかな?などと思ってしまいました。でも、外が見えない!!

    ナポリに向かう列車は全身落書きで埋まり、このガラス窓までが、落書きのペイントで埋まっております。
    ま、これはこれでいいかな?などと思ってしまいました。でも、外が見えない!!

  • 向かいの席にはアジア系の母子が乗っていました。なんとなく薄汚い感じでしたが、イタリアを二人で旅行しているの、というので、案外、リッチなんだなぁ、と見直しました。<br />フィリピーナの娘さんは小学低学年らしいが、英語が上手で、一生懸命に私に話しかけ、質問攻めにあいました。彼女よりは恥ずかしながら、英語は堪能ではないので、たじたじでした。日本人の沽券にかかわるので、いかにも流暢そうにふるまうのは冷や汗ものでした。 <br /><br />やがて列車はナポリに着いて、やっと解放されました。二人の写真を撮る余裕なんてぜんぜんナポリ。

    向かいの席にはアジア系の母子が乗っていました。なんとなく薄汚い感じでしたが、イタリアを二人で旅行しているの、というので、案外、リッチなんだなぁ、と見直しました。
    フィリピーナの娘さんは小学低学年らしいが、英語が上手で、一生懸命に私に話しかけ、質問攻めにあいました。彼女よりは恥ずかしながら、英語は堪能ではないので、たじたじでした。日本人の沽券にかかわるので、いかにも流暢そうにふるまうのは冷や汗ものでした。 

    やがて列車はナポリに着いて、やっと解放されました。二人の写真を撮る余裕なんてぜんぜんナポリ。

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この旅行記へのコメント (14)

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  • ソウルの旅人さん 2019/01/07 18:37:07
    東は東、西は西
     お久し振りです。昨年12月より1月にかけてポンペイ旅行記をじっくりみせてもらいましたが、「東の国」と「西の国」の違いを実感しました。
     pedaru様の写真の大部分は『石』が写っています。道路、柱、壁、床、炊事場、風呂場他、徹底的に石の世界です。素晴らしいモザイクタイルも残っています。これも石ですね。日本列島は違います。富士山や浅間山の噴火で埋まった町や村は沢山あったでしょうが、一切残っていないのは木製であったからです。列島は木の世界です。何故、東は石製になり、西は木製になったのでしょう。建造物は別にして酒・水等を入れる容器は同じ形態をしているはずですが、瓶・水差し・甕・油壺も大きく相違しています。金海・高霊は200年~400年後になりますが、ポンペイとは目眩がするほど異なっています。(当時は韓半島と日本列島には大きな差異はありません。)東と西は生活の基礎レベルにおいて根本的に、そして歴史的に違うことがよく判りました。
     列島で紀元79年に近似した時代で、再現された遺跡は「吉野ヶ里」ですが、ポンペイに較べると甚だしく貧弱にみえます。石製と木製の相違だけではなく、文化レベルの差のようで、東派の私としては少し残念でした。
     死ぬまでにポンペイを見たいと思うようになりましたが、いつ実現することか!!
     
     
     

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2019/01/09 06:31:06
    RE: 東は東、西は西
    ソウルの旅人さん おはようございます。今年もよろしくお願いします。

    >  列島で紀元79年に近似した時代で、再現された遺跡は「吉野ヶ里」ですが、ポンペイに較べると甚だしく貧弱にみえます。石製と木製の相違だけではなく、文化レベルの差のようで、東派の私としては少し残念でした。


    同時代の文化のレベルの違いは仕方ありませんが、ポンペイの遺跡は古代を冷凍保存したようなものですから忠実な再現は可能ですが、弥生時代の建物などは木製ですから再現も想像によるものですね。どこまで忠実に再現されているか疑問です。

    さて、日韓関係は今、ギクシャクしていますが、ソウルの旅人さんの旅行記を見ると、一般人の間では温かい交流がありますね。旅人さんの人柄にもよると思いますが、思ったより心配はなさそうですね。良い方向に向かうことを願っています。

    pedaru



  • 前日光さん 2018/12/12 15:10:14
    大理石のキーボード(゜Д゜)
    師匠、ちょっとご無沙汰してしまいました!
    その間に急に冷え込んでしまい。。。(*_*)

    私は心底ビックリしてしまいました!
    いくら何でも2000年前にパソコンのキーボード(?_?)
    わぁー、そこまで文化が進んでいたのか、さすがはイタリア!
    瞬間的に時空がねじれました!

    でも、バージョンが古いからって、なんて所に捨てるんだ!
    紛らわしいじゃないか!

    そして「犬の石膏型」、本当に瞬間的に凍結されてしまったことが伝わってきますね。
    この犬の驚きと衝撃は、大理石のパソコンを見た私の驚きを遙かに遙かに上回っていたことでしょう。
    人間も犬も、訳も分からぬままに凍結され、21世紀にもその姿を曝すとは。。。

    最後近くの、ご主人様に抱かれた犬の平和な顔に癒やされますねぇ~
    この犬が、訳も分からぬままに瞬間凍結されて、数千年後にその姿を残すことにならないように、自然災害や人的災害が起こらないようにと思いました。

    話がポンペイの遺跡から逸れてしまいましたが、師匠の目を通していろいろなポンペイ遺跡、ご紹介いただきまして、ありがとうございました。
    個人的には「轍」に惹かれるものがありました。

    ところで「イタリア偏」は、今年度中に完結するのでしょうか?( ̄∇ ̄)
    続編にも期待しております。


    前日光

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/13 07:06:21
    RE: 大理石のキーボード(゜Д゜)

    前日光さん おはようございます

    寒い朝を迎えました、こたつに入って、猫に足をかじられながら、パソコンをいじっております。
    古代型キイボード、反応をしてくださって嬉しいです。アルファベットは現代と変わらぬ仕様ですが、日本語変換はありません(笑)。

    確かに石に刻まれた轍は、当時の生活や喧騒、風俗などを彷彿とさせるものがありますね。私の家の前の縄文遺跡でも、発掘された時、焼けた赤土、炭などを見たとき、リアルに彼らの生活が空想の中に蘇りました。

    > ところで「イタリア偏」は、今年度中に完結するのでしょうか?( ̄∇ ̄)

    イタリアの旅行記は間もなく、と言っても先行き不透明ですが、今年中を目指しています

    次の旅行記は、もう絞りに絞って、エキスがだいぶ薄くなっております。出がらしのお茶のような旅行記では味も何もありません。残りが5編ありますから、今年中に終わらせるには、3日に一編書かなければなりません。ありゃー、これは無理だ、今年中、旧暦ならなんとか終わりそうです♪

    pedaru
  • ふわっくまさん 2018/12/11 12:26:44
    スーパー銭湯・・・
    pedaruさん、こんにちは。
    イタリア人もお風呂=テルメ好き♪で、その付近で食事もしていた形跡があるとは今の日本のスーパー銭湯のよう?と俗っぽい事を思ってしまいました。
    全く違うのは、周囲の圧倒的な数の遺跡ですね・・☆

    そして貝のヴィーナスの家 ポンペイ4編で、ジュリア・フェリーチュのプラディア→
    建築集合体の前で腕組みをしている女性が、ジーッとpedaruさんを見つめているよう・・など、揉めるようなことを言い出してゴメンなさい。

    最後にフィリピ―ナの娘さんが英語が上手だったそうで、私も高校生の頃 親と乗った日本のフェリーでフィリピン人が英会話が達者だった事を思い出しました。

    ・・ポンペイの魅力をたっぷり伝えて下さって、ありがとうございました。
                ふわっくま

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/12 05:48:56
    RE: スーパー銭湯・・・
    ふわっくまさん おはようございます

    壁にフレスコ画を描いたり、石像を飾ったり、人が喜ぶことをして、お風呂を楽しんでもらっていたのですね。このころのテルメは日本と同じく全裸で入っていたと想像します。
    私たち日本人は水着を着ていてはさっぱりしませんね。

    スーパー銭湯でなくても私が子供の頃は、二階に座敷があって、風呂上りに大人は、昼寝をしたり、将棋をしたり、かなりリラックスした時間を過ごしていました。
    値段の割にはお得な娯楽施設でしたね。

    腕組みの女性は、私の愛人です、ってとんでもないことを言わせないでください、私がモテるのはおばあさんだけです。

    英語が下手なのは、日本人だけですね。欧米の植民地にならなかった日本だからこそでしょうが、英語教育が盛んな割にはなかなか英語を喋れる人が少ないのが日本ですね。

    長々とイタリアの旅行記を書いてきましたが、もうすぐ完結します。もうすぐ、はどのくらいか見当がつきませんが・・・・

    pedaru
  • cheriko330さん 2018/12/09 18:15:57
    ポンペイ遺跡 ☆全6編
    pedaruさん、Buona sera ☆彡

    ポンペイ遺跡の旅行記アップのスピードにコメントが
    追いつけずにやっとおじゃましました_(._.)_
    何か急いではいませんか?

    私も物心がついた頃に見た映画『ポンペイ最後の日』が
    印象強くてずっと興味を持っていました。
    pedaruさんが詳しく書いてくださっているので勉強に
    なります。博物館よりやっぱり現地ですね。

    フォロの浴場は私も見ています。パン屋の跡も30以上も
    あるのですね。一か所しかしていません。美味しいピザが
    焼けそうですよね。
    石臼で挽いたきな粉をいただいてみたいです。ほんと
    香ばしい香りで美味しいことな違いなし☆

    イタリアでは当たり前の落書きも窓ガラスとはひどいですね。
    ぜんぜんナポリで、お後もよろしいようですが、宮殿はガゼルダ?
    解説が全然ナポリでは済まされませんので、そこのところよろしく
    お願いします。

    cheriko330

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/11 07:07:35
    RE: ポンペイ遺跡 ☆全6編
    cheriko330さん お久しぶりです。

    ポンペイ旅行記がやっと終わりました。全力で調べて、急いで終わらせました。遺跡の解説など、ほとんどの人は興味ないと思いますが、乗り掛かった舟なので、完了いたしました。

    ナポリよりも、ベネチアよりも行きたかったところですので、願いが叶って満足です。

    ポンペイは2000年前にもかかわらず、文化的な生活をしていたのですね。スポーツ観戦、音楽、芝居、グルメ、浴場、そのうえ娼館まであったとは・・・娼館は文化とは言えませんけどねー。

    北から南まで落書きの多い国ですが、南は一番すごいですね。落書きは、私なりの考察では、失業率と関係があるのではないかと思います。体制への批判、不満のはけ口なのかもしれませんね。なので政府も取り締まる気はないのだと思います。

    次の旅行記、cherikoさんに釘を刺されてしまいました。気が重いなぁ!

    pedaru
  • ももであさん 2018/12/09 09:55:03
    粉挽き小僧
    pedaruさんは幼少期粉挽き小僧だったのですね。

    オラは珈琲が好きで、いつも生豆を自分で焙煎し、
    挽いてから飲んでます。

     これが私たちお猫の役目だった。ゴーッという
     安そうな軽い音がして中から粉が落ちてくる、
     これが珈琲粉だ、あたりに漂う香ばしい香り、
     今でもその香りは忘れない。

    あ~、珈琲ミルはやっぱ楽だわ♪

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/11 06:33:25
    RE: 粉挽き小僧

    ももであさん おはようございます

    私は、豆を焙煎まではしませんでしたが、コーヒーは自分で挽いてから飲んでいました、
    今では、ブルックスのお手軽コーヒーで済ませています。これでも案外美味しいですよー、なにせ、20g入りですからねー。

    pedaru
    このままつまらない返信で終わりますが、一ひねりがでません。kummingさんにご教授願いたいところです。
  • norisaさん 2018/12/08 19:03:40
    テルモポリウム
    pedaruさん

    こんばんわ。

    テルモポリウム、これは庶民向けの施設なんですね。
    まさしく我が家が多用しそうな感じです(笑)

    大豆を石臼で粉にですか。
    さすがにその経験はありませんが、いまのように出来合いの食物がある時代はごく最近ですね。
    それまでは道具こそ違え、皆そうした加工をしていましたね。
    今でも思い出すのは日の当たる廊下で鰹節を削っていた祖父の姿。
    懐かしくもあり、ほろ苦い昔の記憶です。
    ポンペイでもそんな光景が代々伝わっていたのでしょうがーー。
    彼らの無念、想像の埒外です。

    norisa

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/09 06:23:38
    RE: テルモポリウム

    norisaさん おはようございます

    テルモポリウムは自宅に台所をつける余裕のない庶民のための食堂だといいますが、自炊した方が安上がりだと思いますが・・・・解説者の常識がいかほどのものか疑わしいものです。

    中国では餃子や饅頭などを店頭販売して、朝の出勤まえの女性なども買って食べていましたが、こんな風なのかも知れませんね。

    きな粉の臼は、当時の都会では存在してなかったかもしれません。ある田舎のできごとでした。
    > 彼らの無念、想像の埒外です。
    そこに結びつけるなんて、やっぱりnorisaさんはお優しいですね。

    pedaru
  • kummingさん 2018/12/08 14:09:42
    おや?
    いつも先を越される常連様方のコメントが?
    この機を逃すまじ^ ^
    初1番乗り成功~
    情緒のかけらも無い私には、何がナニやら不明なまま、throughしてしまいそうな、貴重な遺跡の数々。
    その1つ一つを師匠は丹念に愛でながら歩みを進め…遺跡がナニモノであるか、どうして分かられるのですか?
    無粋な質問でm(_ _)m
    ペリマテイリカム?テルモポリム?アトリウム?
    乞う、用語解説^ ^
    昨日から急に寒くなり、タイツ+ヒートテックレギンス着用の季節到来。
    ポンペイ後もまだまだ続くイタリア旅行記\(^o^)/

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2018/12/09 05:49:55
    RE: おや?

    kummingさん おはようございます


    一番乗りおめでとうございます。一番乗りの方には、ポイント2倍のサービスが4トラからございます。pedaruのポイントから引き落としになるそうです。

    予想通り、遺跡の解説など、誰も聞く耳持ちません(語の使い方に問題あり、とももであさんからクレームがつきそうですが)
    写真を撮ってしまったいじょう、遺跡がありました、崩れていました、壁画がありました、では解説が続きません、仕方なしに、苦労して書物をひも解き、アトリウム、アルミニウム、マグネシウムなどの言葉を駆使しています。


    イタリアの旅行記は年内に終われるか?微妙な段階にあります。次の旅行記はつまらない宮殿、無口で通そうかな?と思ったりしています。

    pedaru

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