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慶長8年(1603年)に征夷大将軍に任官した徳川家康は、江戸幕府を創設し、その後、慶応3年(1868年)まで続きました。その家康が、江戸の守りとして小田原城や川越城と共に築いたのが佐倉城です。

2018梅雨、東京と千葉の名城(6/9):佐倉城(2):大手門跡、佐倉城址公園管理センター

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2018/07/01 - 2018/07/01

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

慶長8年(1603年)に征夷大将軍に任官した徳川家康は、江戸幕府を創設し、その後、慶応3年(1868年)まで続きました。その家康が、江戸の守りとして小田原城や川越城と共に築いたのが佐倉城です。

交通手段
新幹線 JRローカル
  • 『佐倉城大手門跡』の文字が刻まれた石標と、その説明看板の光景です。この辺りから西側方面が佐倉城址の中核施設跡になるようでした。

    イチオシ

    『佐倉城大手門跡』の文字が刻まれた石標と、その説明看板の光景です。この辺りから西側方面が佐倉城址の中核施設跡になるようでした。

  • 『佐倉城大手門跡』の文字が刻まれた石標のズームアップ光景です。千葉県教育委員会と佐倉市教育委員会の連名で建てられた石標でした。昭和37年(1962年)、佐倉市の史跡に指定されました。

    『佐倉城大手門跡』の文字が刻まれた石標のズームアップ光景です。千葉県教育委員会と佐倉市教育委員会の連名で建てられた石標でした。昭和37年(1962年)、佐倉市の史跡に指定されました。

  • 『大手門跡(追手門)』のタイトルがあった説明パネルの光景です。大手門は、惣曲輪の表門、この門の西側(内側)に、広小路、中下町、大下町といった武家屋敷が並んでいたことが説明されていました。二枚の大手門のセピア写真は、明治5年(1872年)に撮影されたものです。

    『大手門跡(追手門)』のタイトルがあった説明パネルの光景です。大手門は、惣曲輪の表門、この門の西側(内側)に、広小路、中下町、大下町といった武家屋敷が並んでいたことが説明されていました。二枚の大手門のセピア写真は、明治5年(1872年)に撮影されたものです。

  • 『佐倉市立・佐倉中学校』の表札があった正門の光景です。この後紹介する、佐倉城址の『大手門跡』付近に立地していました。東京読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さん(1936年~)の出身校として有名です。長嶋さんは2013年に国民栄誉賞を受賞されました。

    『佐倉市立・佐倉中学校』の表札があった正門の光景です。この後紹介する、佐倉城址の『大手門跡』付近に立地していました。東京読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さん(1936年~)の出身校として有名です。長嶋さんは2013年に国民栄誉賞を受賞されました。

  • 同じく、『佐倉市立・佐倉中学校』付近の光景です。こちらの学校には、『千葉県立・佐倉東高等学校』の表札がありました。長い間女子校でしたが、平成17年(2005年)4月から男女共学となった学校です。長嶋さんは、千葉県立佐倉第一高等学校を経て、立教大学に進みました。

    同じく、『佐倉市立・佐倉中学校』付近の光景です。こちらの学校には、『千葉県立・佐倉東高等学校』の表札がありました。長い間女子校でしたが、平成17年(2005年)4月から男女共学となった学校です。長嶋さんは、千葉県立佐倉第一高等学校を経て、立教大学に進みました。

  • 歩道に設置された、『国立歴史民俗博物館・くらしの植物苑』のタイトルがあった道案内標識の光景です。こちらは、後で立ち寄ることにしました。後方に見えているのが、その施設の一部です。

    歩道に設置された、『国立歴史民俗博物館・くらしの植物苑』のタイトルがあった道案内標識の光景です。こちらは、後で立ち寄ることにしました。後方に見えているのが、その施設の一部です。

  • 『佐倉城址センター』の文字が記された縦長の案内看板の光景です。『日本百名城・佐倉城スタンプ』の文字も添えてありました。佐倉市の公園緑地課が設置したものでした

    『佐倉城址センター』の文字が記された縦長の案内看板の光景です。『日本百名城・佐倉城スタンプ』の文字も添えてありました。佐倉市の公園緑地課が設置したものでした

  • 日本百名城スタンプが置かれていた、『佐倉城址センター』の建物光景です。佐倉市のHPには、『100名城スタンプは建物内外にあり、24時間365日押印可能』、『京成佐倉駅から徒歩20分くらい、JR佐倉駅から徒歩30分くらいかかります』とも紹介されていました。

    イチオシ

    日本百名城スタンプが置かれていた、『佐倉城址センター』の建物光景です。佐倉市のHPには、『100名城スタンプは建物内外にあり、24時間365日押印可能』、『京成佐倉駅から徒歩20分くらい、JR佐倉駅から徒歩30分くらいかかります』とも紹介されていました。

  • ここからは、『佐倉城址センター』に入場しての見学です。エアコンがなく、強烈に暑い室内となりましたが、無人施設で、見学者は私一人でした。『佐倉城本丸模型』のタイトルがあった説明パネルです。本丸や銅櫓、一の門などは100分の1模型と紹介されていました。

    ここからは、『佐倉城址センター』に入場しての見学です。エアコンがなく、強烈に暑い室内となりましたが、無人施設で、見学者は私一人でした。『佐倉城本丸模型』のタイトルがあった説明パネルです。本丸や銅櫓、一の門などは100分の1模型と紹介されていました。

  • 100分の1模型の本丸を中心とした城郭模型です。中央奥の建物が天守閣で、御三階櫓(おさんかいやぐら)とも呼ばれました。その右手前が銅櫓(あかがねやぐら)、手前左側の楼門が『御台所御門』です。左端に見えているのが『一の御門』です。

    100分の1模型の本丸を中心とした城郭模型です。中央奥の建物が天守閣で、御三階櫓(おさんかいやぐら)とも呼ばれました。その右手前が銅櫓(あかがねやぐら)、手前左側の楼門が『御台所御門』です。左端に見えているのが『一の御門』です。

  • 現在の航空写真の上に記された、かつての縄張りの主な施設です。城郭の周囲の高札場や船入なども記されていました。城郭全体が高台のような地形で、その周りを湖沼・沼地や河川が護っていたようです。

    イチオシ

    現在の航空写真の上に記された、かつての縄張りの主な施設です。城郭の周囲の高札場や船入なども記されていました。城郭全体が高台のような地形で、その周りを湖沼・沼地や河川が護っていたようです。

  • 『佐倉城天守閣」の立札と、その模型の光景です。縮尺20分の1の表示がありましたから、御三階櫓が仮に1メートルとすれば実尺は20メートルになります。『他城の三階櫓に比較すればかなり大きく、その棟高を現代のビルに換算すれば、7~8階建てに匹敵する』と解説したネット情報もありました。文化10年(1813年)、失火により焼失し、以後再建されませんでした。破風飾りがなく、この写真では確認できませんが、初層床部を半分崖上、土塁に差しかけた珍しい造りです。

    『佐倉城天守閣」の立札と、その模型の光景です。縮尺20分の1の表示がありましたから、御三階櫓が仮に1メートルとすれば実尺は20メートルになります。『他城の三階櫓に比較すればかなり大きく、その棟高を現代のビルに換算すれば、7~8階建てに匹敵する』と解説したネット情報もありました。文化10年(1813年)、失火により焼失し、以後再建されませんでした。破風飾りがなく、この写真では確認できませんが、初層床部を半分崖上、土塁に差しかけた珍しい造りです。

  • 『佐倉城址センター』内の展示状況です。壁面やドアに写真類や図面類が密に展示してありました。とにかく暑い部屋でしたから、大急ぎで写真撮影しました。

    『佐倉城址センター』内の展示状況です。壁面やドアに写真類や図面類が密に展示してありました。とにかく暑い部屋でしたから、大急ぎで写真撮影しました。

  • 同じく、『佐倉城址センター』内の展示状況です。中央手前ののケースが、先に紹介した、100分の1スケールの城郭模型です。この部屋の左手に事務所がありました。

    同じく、『佐倉城址センター』内の展示状況です。中央手前ののケースが、先に紹介した、100分の1スケールの城郭模型です。この部屋の左手に事務所がありました。

  • 展示品のセピア写真のズームアップ光景です。左上から右に向かって、三の門(表側)、大手門(裏側)、大手門(表側)、その下の列が左から銅櫓と一の門(表側)です。

    展示品のセピア写真のズームアップ光景です。左上から右に向かって、三の門(表側)、大手門(裏側)、大手門(表側)、その下の列が左から銅櫓と一の門(表側)です。

  • 最上段は、左から右に向かって椎木門(表側)、二の門(表側)。三の門(裏側)です。中断は、『佐倉城のつくり』(左側)と、『佐倉城』(右側)のタイトルの説明文でした。

    最上段は、左から右に向かって椎木門(表側)、二の門(表側)。三の門(裏側)です。中断は、『佐倉城のつくり』(左側)と、『佐倉城』(右側)のタイトルの説明文でした。

  • 『佐倉城大絵図』のタイトルがあった縄張図の光景です。正保年間(1644~1648年)に政府に提出された『正保城絵図』の写しらしいことが紹介してありました。佐倉城の初期の状態が正確に記載され、堀田家に伝わった原図は国の重要文化財とされます。

    『佐倉城大絵図』のタイトルがあった縄張図の光景です。正保年間(1644~1648年)に政府に提出された『正保城絵図』の写しらしいことが紹介してありました。佐倉城の初期の状態が正確に記載され、堀田家に伝わった原図は国の重要文化財とされます。

  • 左側のセピア写真には、『古河(こが)城御三階櫓(天守閣)と二の丸御殿』のタイトルが、右の図面には『古河城御三階櫓絵図』のタイトルがありました。いずれも土井利勝(1573~1644年)が手掛けたお城のため、比較用に展示してあるようでした。土井家宗家初代で、徳川秀忠政権における老中として、絶大な権勢を誇った人です。

    左側のセピア写真には、『古河(こが)城御三階櫓(天守閣)と二の丸御殿』のタイトルが、右の図面には『古河城御三階櫓絵図』のタイトルがありました。いずれも土井利勝(1573~1644年)が手掛けたお城のため、比較用に展示してあるようでした。土井家宗家初代で、徳川秀忠政権における老中として、絶大な権勢を誇った人です。

  • ガラスケースの中に入れて展示してあった、佐倉城址からの出土品です。この後、個別に紹介します。内容的には、何倍かの広さでゆったりと展示されてもよさそうな出土品でした。おそらく、展示されていない出土品も他にありそうです。

    ガラスケースの中に入れて展示してあった、佐倉城址からの出土品です。この後、個別に紹介します。内容的には、何倍かの広さでゆったりと展示されてもよさそうな出土品でした。おそらく、展示されていない出土品も他にありそうです。

  • ここからは、出土品の個別の紹介です。<br />『軒丸瓦』(3個)<br />江戸時代<br />本丸跡出土品<br />

    ここからは、出土品の個別の紹介です。
    『軒丸瓦』(3個)
    江戸時代
    本丸跡出土品

  • 『軒丸瓦』(3個)と『鬼瓦』<br />江戸時代<br />本丸跡出土品<br />

    『軒丸瓦』(3個)と『鬼瓦』
    江戸時代
    本丸跡出土品

  • 『軒平瓦』(2個)<br />江戸時代<br />本丸跡出土品<br />

    『軒平瓦』(2個)
    江戸時代
    本丸跡出土品

  • 佐倉藩初期(1610~1700年頃)<br />陶磁器<br />白地に青絵、赤絵と無地の碗類、左は素焼きらしい注口付の瓶<br />佐倉城址出土品

    佐倉藩初期(1610~1700年頃)
    陶磁器
    白地に青絵、赤絵と無地の碗類、左は素焼きらしい注口付の瓶
    佐倉城址出土品

  • 佐倉藩中期(1701~1800年頃)<br />陶磁器<br />白地に青絵の碗と鉢(2個)と、薄茶地の碗<br />佐倉城址出土品

    佐倉藩中期(1701~1800年頃)
    陶磁器
    白地に青絵の碗と鉢(2個)と、薄茶地の碗
    佐倉城址出土品

  • 佐倉藩日常使用品<br />陶磁器<br />白地に青絵の六角鉢、白地に青絵の碗、薄茶地の皿<br />天神曲輪出土遺品

    佐倉藩日常使用品
    陶磁器
    白地に青絵の六角鉢、白地に青絵の碗、薄茶地の皿
    天神曲輪出土遺品

  • 佐倉藩日常使用品<br />碗と皿<br />陶磁器<br />天神曲輪出土遺品

    佐倉藩日常使用品
    碗と皿
    陶磁器
    天神曲輪出土遺品

  • 佐倉藩日常使用品<br />(左)焼塩壷<br />(右)かわらけ<br />江戸時代<br />焼塩壷の出土は、ヨーロッパの食文化が、境を通じて輸入されていた証拠になるようです。

    佐倉藩日常使用品
    (左)焼塩壷
    (右)かわらけ
    江戸時代
    焼塩壷の出土は、ヨーロッパの食文化が、境を通じて輸入されていた証拠になるようです。

  • 佐倉藩日常使用品<br />(左)かわらけ<br />(右)シャチホコ(同部分破片)<br />江戸時代

    佐倉藩日常使用品
    (左)かわらけ
    (右)シャチホコ(同部分破片)
    江戸時代

  • 佐倉藩日常使用品<br />(左)シャチホコ(同部分破片)<br />(右)土人形と笄(こうがい)<br />江戸時代

    佐倉藩日常使用品
    (左)シャチホコ(同部分破片)
    (右)土人形と笄(こうがい)
    江戸時代

  • 佐倉藩日常使用品<br />左から、笄(こうがい)、耳かき、小柄(こづか)、硯、碁石、金具等<br />江戸時代<br /><br />

    佐倉藩日常使用品
    左から、笄(こうがい)、耳かき、小柄(こづか)、硯、碁石、金具等
    江戸時代

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