2018/07/01 - 2018/07/01
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旅人のくまさんさん
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東京と千葉の名城巡りです。日本百名城巡りのツアーでは足を運ぶことができなかった、東京都の八王子城と、千葉県の佐倉城見学が目的です。この2箇所で、関東と甲信越地区の19箇所の百名城巡りは完了です。
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル
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新幹線で名古屋から東京駅に到着し、直ぐに向かったのが中央本線の高尾駅です。殆ど待ち時間なしでJR快速に乗車し、乗り換えなしでした。10時半頃に到着した高尾駅の光景です。東京駅からは1時間ほどでした。
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イチオシ
クラシックな外観の高尾駅の駅舎光景です。高尾駅は、東京都八王子市高尾町および初沢町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)と京王電鉄の駅です。 JR東日本の中央本線と、京王電鉄の高尾線が乗入れています。
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高尾駅の駅前光景です。東京方面の快速電車および甲府方面への普通列車(中距離電車)の多くが、高尾駅を始発・終着駅としています。この駅前から八王子城址方面のバスが出ていることを事前に確認しておきました。
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高尾駅前のバス時刻表です。八王子城址行きのバスは、土曜と日曜・祭日だけか運行されていないことが日本百名城のガイドブックに記されていました。このため、梅雨の晴れ間の日曜日を選んでやって来ました。
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次の八王子城址行きのバスの発車時刻は、11時02分でした。少し待ち時間がありましたので、駅近くを散策し、飲物と昼の軽食も探すことにしました。この通りは、国道20号線のようです。東京都中央区から千代田区を経由して長野県塩尻市に至る一般国道です。1602年、江戸幕府によって整備された五街道の甲州街道がベースになっているようでした。
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国道20号線が通る多摩地区は、街路樹に公孫樹が多いことが特徴と紹介されていました。そのイチョウの木は、先程の写真で確認できました。高尾駅前交差点までは一部を除き、幅員15~20 メートルの片側2車線とも紹介されていました。左手に見えるお店で、飲物と軽食が購入できました。
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買物と散策を済ませ、高尾駅前に戻って来ました。梅雨の晴れ間の暑い日になりそうでしたから、日除けの帽子は忘れずに持参しました。どうやら30度Cを超える天気予報でした。
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八王子城址に到着しました。八王子駅前をバスで出発し、10分ほどの所要時間だった記憶です。到着して、真っ先に確認したのが、帰りのバスの時刻です。現在時刻は11時40分頃、まだ食事も済ませていませんので、13時20分のバスに乗車するのを目途にしました。
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バスを降りて、最初に向かったのは、『八王子城跡・ガイダンス施設』です。バス停の広場に隣接する場所でした。この施設に百名城スタンプが置いてあることを、事前に確認しておきました。
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黒御影石らしい石盤に『国史跡・八王子城跡・ガイダンス施設』の文字が刻まれていました。建物外観は、『八王子』の『八』をイメージした八角形をしています。入場は無料で、八王子市が管理をしています。
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イチオシ
受付で了解を貰ってから撮影した、『八王子城物語』のビデオ紹介です。10分程の上映時間だったようですが、八王子城の起源から落城までの要点が、要領よく纏められていました。そのスタート画面です。
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北条氏康の三男・氏照は、当初、大石氏の滝山城に拠っていましたが、小田原攻撃に向かう甲斐国(現在の山梨県)の武田信玄軍に攻められた際、滝山城の防衛の限界を感じて本拠を八王子城に移しました。八王子城は、元亀2年(1571年)頃から築城が始まり、天正15年(1587年)頃に完成したようです。その滝山城と八王子城の位置関係と、地勢を紹介した場面です。
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完成した当時の八王子城の想像縄張図です。参考にされたらしいお城として、朝倉氏の一乗谷城と上杉謙信の春日山城が紹介されていました。いずれも堅固な守りを持った山城です。
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参考にされたらしい朝倉氏の一乗谷城の紹介場面です。平地に屋敷や城下町が広がり、背後の山の上にも山城が築かれていました。15世紀湖畔に創建、信長に攻め滅ぼされました。
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イチオシ
朝倉氏の一乗谷城と並んで、参考とされたらしい上杉謙信の春日山城の縄張り図です。築城年代は不明ですが、上杉謙信御時代に、難攻不落の堅城が完成しました。全山が要塞化され、山頂の本丸を守るように、直江屋敷などの家臣団屋敷も置かれました。
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左の肖像は、室町時代中後期(戦国時代初期)の武将で、戦国大名となった後北条氏の祖、北条早雲(1432~1519年)、右の肖像が、戦国時代の武将で戦国大名となった、後北条氏第2代当主の北条氏綱(1487~1541年)です。『勝って兜の緒を締めよ』の遺言を残しました。
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左から、後北条家第三代の当主の北条氏康(1515~1571年)、第四代当主の氏政(1538~1590年)、最後となった第五代当主の氏直(1562~1591年)の肖像です。
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『四段石垣』のタイトルがあったビデオ場面の光景です。八王子城の石垣は、織田信長が築いた安土城を参考にしたとも伝わります。安土城は、天正4年(1576年)に築城され、早くも天正13年(1585年)に廃城となりました。ポルトガル人イエズス会宣教師のルイス・フロイスの著書、『日本史』にも七層の天守が記述されています。その石垣は現在も残ります。
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『石塁』のタイトルがあったビデオ場面の光景です。廃城になった時の状態のまま残されているように見えました。『土塁』と『石塁』は『防塁』の一形態で、空堀や水堀、さらに塹壕などが平行線状に築かれます。『石塁』は、単に『石垣』とも形容されます。
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画面にタイトルは写っていませんが、左手に石垣跡のようなものが見えていました。これも『石塁』か『石垣』の説明場面だったかもしれません。通路を挟んだ手前が崖地になっているようでした。
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『大堀切』のタイトルがあったビデオ場面の光景です。枯葉や土砂などで数メートルは埋まったかもしれませんが、堀切の形状がよく残されていました。天正18年(1590年)の廃城後、江戸時代は徳川氏の直轄領となり、明治以降は国有林だったため、落城当時のままの状態で保存されました。
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八王子城址から眺めた、かつての八王子城の城下町の光景です。推測ですが、八王子城が築かれる前の滝山城方面が見えているのかも知れません。滝山城は広大かつ多くの角馬出や内枡形を備えた近世的な平山城とされ、2017年に続日本百名城の123番に指定されました。
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発掘調査で発見された、本丸の館跡の礎石光景です。『御主殿』と呼ばれていたようです。右手前方に、再建された冠木門が見えていました。現在、礎石は土砂で被われ表面は芝生となっていますが、発掘調査当時のまま残されています。
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同じく、『発掘調査で発見された館跡』のタイトルがあったビデオ場面の光景です。連続した平面的な敷石の光景です。平成24年(2012年)から地中の遺物のレプリカを地上に設置する整備が行われ、翌2013年に完成しました。今回は見学しませんでしたが、季節がよい時期に再訪してみたいものです。
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発掘調査で確認された場所に、CGで再現された館の光景です。まだ館の1階部分だけが浮かび上がった再現途中の場面です。実写の写真とCGの組合せのようでした。
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全体がCGで再現された二棟の館光景です。昭和20年(1945年)頃は、山頂付近を除く城山一帯が戦時中の木材伐採のため禿山となっていたのが、戦後米軍機の撮影した航空写真に残されているようです。戦後、ヒノキ(桧)などが植林され、現在の状況となりました。
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同じくCGで再現された、夜の二棟の館光景です。八王子城址は、昭和26年(1951年)6月に国の史跡に指定されました。その後、発掘調査や整備が進み、御主殿跡付近の石垣、虎口、曳橋などが復元されました。
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風前の灯火に見える、篝火で浮かび上がった八王子城の御主殿の光景です。八王子城には、この御主殿のほか、城山山頂の本丸、本丸が陥落した際に最後の拠点となる詰城があったようです。
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豊臣秀吉の小田原征伐の一環として、天正18年(1590年)7月24日(旧暦6月23日)、八王子城は天下統一を進める豊臣秀吉の軍勢に加わった上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの部隊1万5千人に攻められました。
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攻めるは豊臣軍、この人物は守る側の北条氏の武将のようです。八王子城が攻められた当時、城主の氏照以下の家臣は、小田原本城に駆けつけていました。城を守ったのは、城代の横地監物吉信以下の僅かな将兵とされます。城代の横地監物は、落城前に檜原村に脱出しましたが、小河内村付近で切腹しました。
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