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≪2018.March≫あみんちゅ拝啓去りゆくもの達への旅路その壱之②~三江線乗車編~<br /><br />鉄道に〝乗ること〟を楽しみとする〝乗り鉄〟という言葉があります。有名人にも数多く〝乗り鉄〟をされている方が多く存在します。私自身免許を取るまでは〝乗り鉄〟の一員として日本全国の鉄道に乗るために訪れていたことがありました。しかし乗り鉄の醍醐味というのは、ローカル線と呼ばれる田舎の路線に乗車すること。ゆえに交通の便が悪いのは『当たり前』ということが必ず付いて回ります。車の免許を取得し、どこに行くにも車を使うようになってからは、鉄道に乗る〝過程〟を楽しむよりも目的地で楽しむことを優先するため、鉄道の利用は必要最低限となりました。それに加えて高速バスやLCCの台頭により、拠点への移動はそれらに変わるものの鉄道の選択肢はならず、廃止の情報を得てもなんだかんだと理由をつけて訪れることもありませんでした。<br /><br />そんな私を駆り立てたのは平成30(2018)年3月31日を以って廃止される三江線に多くの人々が集まり、乗車できないこともあるというニュースでした。我が街から中途半端に距離がある三江線のゲートステーションである三次・江津の各駅であったことも、なにかのついでに乗ることもなく時間が過ぎてきたひとつの理由です。しかし通常廃止路線と言っても静かに消えて行った路線が多い中、なぜ三江線には〝乗車ツアー〟まで組まれるのか不思議に思ったこともありました。<br /><br />そんな思いから三江線の旅を年明けから組み始めるも、1月中旬に大雪による倒木により全線運休となり、開通の目途すら語られなくなってしまった時期もありました。夜行バスで向かうにしてもこれという良い案が思い浮かばず、飛び出して行くも代行バスの乗車では地元の方の迷惑にしかならない…という考えから先送りをしてきました。しかし展開を待っていても変わらないのであれば乗ることさえなくなるのかも…という思いから今回の日取りに決めました。従来であれば交通費削減の為高速バスの移動となるはずですが、山陽新幹線のこだまとして走ってきた500系車両の〝TYPE EVA〟が5月13日でラストランを迎えるとのこと。これを別の機会に遂行しようとすると、また実現できなくなるという考えから急遽変更し、広島経由で向かう予定に変更しました。運良く2月22日に三次~口羽間が、2月24日には口羽~浜原間が再開したことにより三江線全線が繋がりました。ただシフト制の休みの予定にちょっと行き違いがあり、前日ラストまで勤務して出発する羽目となりました。<br /><br />私にしては随分と予定を組み立てるのに時間を費やした今回の旅路、初日は情報錯誤に振り回され、挙句の果てには強風による交通障害のために目的地到着が大幅に遅延した結果となりました。それでもなんとかたどり着くことができたのはラッキーだったこととしか言えない状況でした。そんなこんなの三江線の旅後編は、さあどんなものになったのやら…。日が明けて2日目が始まります。<br /><br />平成30(2018)年3月2日金曜日<br />目覚ましで強制起床しました。時間は4:45、普段は意識すらない時間ですが三江線の旅には当たり前です。そして服を着替えて準備をした後5:30に部屋を出ます。チェックアウトは鍵をポストに入れるだけ。至ってシンプルです。滞在時間8時間半、2時間位しか寝られなかったので寛ぐ時間すらなかったのが事実ですが、またの機会にゆっくり再訪したいものです。<br /><br />管理棟で鍵を返し予約しておいたタクシーを待ちます。元々の予定では江津方面に抜ける予定でしたが、昨日の行程の乱れから一旦三好に戻ってから乗り直すことにしました。しかし田舎のタクシーは朝が遅いのは万国共通です。無理と言われれば仕方がないのですが5:40ならば・・・ということで受けて貰いました。しか~しいくら待っても来る様子がありません。先ずは連絡すべきなのかも知れませんが、浜原始発の三次行きに乗れなければ意味がありません。というよりも無駄な時間で江津行きに乗り遅れれば、この後の予定が遂行できなくなってしまいます。なので覚悟を決めて真っ暗な道を歩いて行きます。途中真っ暗な中一際目立つローソンに立ち寄り、モーニングコーヒータイムを取り、粕淵駅までの道のりを確認して再び歩き出します。なんとか列車の時間には間に合いましたが、業務委託されている粕淵駅舎の明るい姿を見ることもなく到着し出発します。<br /><br />浜原始発の江津行きは2両編成でしたが、この時期ガラガラでした。しばらくは闇の中を走りますが、そのうちに日が明けてきました。昨日からほとんど闇の中しか走っていなかったので、江の川に沿って走る三江線の素晴らしさはわかりませんでしたが、ここに来てはじめて車窓から見る風景に圧倒されます。よくこんな場所に線路をひいたな~という思いを持ちながら列車に揺られます。<br /><br />石見川本あたりから江津に通う学生さん達が乗り込んできます。それでも座席が埋まる程度なので、やはり利用客数が少ないことを改めて感じます。石見川本では江津発の始発列車と交換するため、少しの時間停車します。長閑な景色に収まる2両編成の列車。やはり絵になります。<br /><br />石見川本を出発し、列車は各駅に停車しながら江津駅に到着します。乗って来た列車は浜田まで行きますが、その前にコースの組み直しをしなければなりません。予定通り石見銀山へと向かうか、折り返し列車に乗車するかの選択ですが、基本の予定を変えないのであれば三次までバスで移動し、14:11発の江津行きに乗車した後江津から出雲市に移動して夜行バスで帰るというもの。しかしこのバス移動とは久地バス停で浜田発広島行きのバスから広島発三次行きのバスに乗り換えるというものと書かれていますが、時刻表で見る限り正攻法の利用の仕方ではないため、タイミング良く乗り換えができるものではないようです。机上の理論で言われているものであれば、実現できるかすら疑わしいものなので、動いてからできないことがわかっても最悪その後の組み直しができないこともわかったため、一度浜田まで行ってバス会社に確認してから決めることにします。<br /><br />江津からアクアライナー益田行きに乗車します。快速とはいえキハ121系の2両編成のワンマン運行です。停車駅が少ないこと位しか違いがわからない列車でしたがとにかく浜田に到着します。<br /><br />島根県西部の都市である浜田市。その中核駅である浜田駅は、分岐する路線は無いものの江津とは比較にならない程開けています。戦前から戦後にかけて建設計画が出された広浜線。陰陽連絡線としての期待を込められていたものの、当時の国鉄に於ける新線計画の凍結により未完成のまま放置されることとなり、その後の交通・物流手段の変化によってついに完成することはありませんでした。そんな広浜線の一部は後に浜田自動車道に転用されて現在に至っています。その浜田自動車道を利用し浜田と広島を結ぶ高速バスいさりび号。1時間に1本の割合で運行されていますが、やはり途中のバス停留所としては連絡の必要がないとされているため、タイミングによってはやはり1時間近い待ち時間が生じるとのことでした。4,000円近い追加出費をして余計にどツボにハマるのも嫌なので、出雲市から帰るのを諦め、1席だけ空いていた広島発大阪行きの夜行バスを取り直し、素直に浜田発の浜原行きに乗車することに決めました。<br /><br />朝メシ抜きだったため、ブランチとして何か食べようかと駅前を歩きますが、手軽に入れる風なお店がありませんでした。なので浜田まで来たんだという証明の意味も込めて、浜田駅前郵便局で旅行貯金をした後、再び駅に戻って粕淵から乗って来た三江線列車に乗車します。<br /><br />列車は浜田まで辿った路線をそのまま逆走して進みます。ただ2日間の寝不足には勝てず、気がついたら石見川本の手前でした。<br /><br />多分江津から乗車したと思われる乗客で立ち客もいました。ただこの列車は浜原行きなので、三次まで行くならば次の列車に乗り換える必要があります。しかし浜原の駅前にはなにもないため、敢えて石見川本で下車することにします。<br /><br />石見川本て離合する列車は、車両そのものは直通するのですが石見川本で一旦全ての乗車が降ろされて、鍵をかけられた状態で車両が留置されます。1時間半程の停留の後乗車の扱いをして再び江津へと向かいます。この強制滞在時間を楽しんで貰うために、地元商工会を中心として駅前でおもてなしハウスが運営されています。地元直産品や三江線所縁の品々を販売することに加えて湯茶のサービス等が行われています。ただ3月2日現在ではこの強制滞在を余儀なくされている列車の滞在時間の前後のみの12:00~14:00までのオープンとなっており、列車の交換する様子をカメラに収めて、浜田から乗って来た列車を見送ってから訪れようとしたら既に閉まっていました(泣)。<br /><br />特に今回の旅は、自分では責任が取れないところでのトラブルが原因で予定通りに進まないことが続いてきました。そんなこともあり、悔いている暇が勿体ない気持ちが前面に出ています。そんなこともあり列車が去った駅にて近くの飲食店の目星をつけて、川本滞在をエンジョイすることにします。<br /><br />まずは川本郵便局にて旅行貯金をし、ぶらぶらと歩きながら飲食店を探しますが、昼間の営業はおもてなしハウス同様14:00までというところが多いようです。その中で見つけたのが喫茶店K。だいぶくたびれた店舗ではあるもののどこかオシャレ感があるお店は、夜はスナックになっていたこともあるかのようでした。おばさんひとりで切り盛りされているので、メニューにはあれど注文できないオーダーもあったもののピラフとコーラを注文します。それなりの金額はしましたが美味しく頂きました♪<br /><br />次に来るのはいつだろう・・・なんて思いながら街を散策するとすぐに時間は過ぎていきます。次に乗車する列車もやはり石見川本で交換をするためしばらく停車します。三次行きだということもあり、それなりの混雑はしていましたが、宿があるか若しくは観光地へのバス路線の拠点となっている駅なので、粕淵手前で降りそうな方を見つけておき、タイミングよく座席を確保します(笑)。<br /><br />そして三江線運行拠点の浜原を出て、列車は江の川に沿って走りながら、天国に一番近い駅と言われる宇都井駅に到着します。知名度では群を抜いている宇都井駅ですが、停車時間は1分です。夜のイルミネーションに照らし出される景色は素晴らしいとはわかっていても下車する余裕も時間もありません。そんな中で人が集まる進行方向右側の車窓でした。そう噂に聞いていた『三江線ありがとう』の幟を振るスパイダーマンの姿!確かさっきは石見川本駅で見たけれど、ここまで移動して来たのかな~等という現実論はさて置いて、長年走り続けた三江線に対し、そしてその三江線に乗りに来た乗客に対する感謝の意を込めているのはわかります。80mmの標準ズームではクローズアップはできなかったものの、車内の乗客全てがスパイダーマンに対し大きく手を振り続けていたのが印象に残りました。<br /><br />しばらく走ると最後の交換駅である口羽駅に到着します。昨日90分遅れで到着した列車との交換です。三次行きは浜原行きの到着待ちをするためしばらく停車します。その間に再び乗客は大移動(笑)。地元の方々の手による三江線グッズや産直品の販売を駅舎脇で行っておられます。それを見に行かれる方、景色や列車の写真を撮る方などそれぞれ暫しの憩いの時を過ごされます。私にとっては昨日の因縁の場所でもあるのですが、自然災害に起因するものゆえ、口羽駅に降り立つことが出来ただけで満足です。口羽駅も業務委託されている駅のひとつですが、既に営業は終了していました。管理の問題もあるのか粕淵駅同様駅舎の中のトイレは閉鎖されており、地元自治体の手によると思われるキレイなトイレが新しく作られていました。<br /><br />そうこうしているうちに浜原行き列車が入線して来ます。1両編成は昨日と同じでした。この口羽駅は島式二面ホームとなっており、駅舎から構内踏切を渡ってホームへと向かいます。そのため列車からかなり近い位置からの写真撮影が可能です。列車の到着時とホームに上下線列車が並ぶ時はシャッターチャンスなので、多くの人々が撮影に勤しんでいました♪<br /><br />そして後から到着した浜原行きが先発し、三次行きも発車します。どこの駅でもそうですが、イベントがある駅の出発時には手を振って送り出してくれる地元の方々と乗客の一体感が感じられます。それが人間関係に疎遠になりがちな私には、非日常的なものとして心に深く刻まれたことのひとつでもありました。<br /><br />しかし楽しい時間はすぐに過ぎるもので、三次方面に走り出した列車は、三江線の中でもトラブルが多い区間を走って行きます。ダイヤ改正前であれば江津方面からだとどの列車も日のある内に全線走破できる列車がありません。私が乗る列車も例に漏れず口羽を出ると間もなく日が暮れます。そして定刻18:59に三次駅に到着します。片道108.1kmの三江線を往復した旅が終わりました。<br /><br />昨日から18きっぷの使用が解禁されたこともあり、やはり移動に使われる方も多いようでした。車内で聞いた言葉ではやはり広島圏の方がほとんどのようで、三江線列車を降りた瞬間芸備線広島行きの乗客となられたようです。私自身今回の旅では新幹線や夜行バスの利用があるために18きっぷを利用するメリットが少ないため購入しませんでした。しかしそれは予定通りに進めばということであって、今回のように継ぎ足し継ぎ足しで切符を購入すると結局高くついてしまいました。ただそれは結果論であって最初からわかっていたことではないと自分に言い聞かせ、気を取り直して残りわずかとなった旅を進めることに気持ちを変えることにします。<br /><br />三次駅の近くにはたいしたものはありません。コンビニも駅舎内のハートインセブンイレブンだけ。それも19:30には閉店します。少し歩けばファミレスもあるようですが、迷ってしまうとまたややこしくなる。ということから素直に広島へと向かう決断をします。芸備線は20:40まで無いようなので、バスを使うことにします。無駄のない乗客の皆さんは一本前のバスに乗られたようですが、別に急ぐ必要もなければ、混み合うバスを選ぶ必要もありません。ということで20:02発のヒロデンバスオペレーションの広島バスセンター行きに乗車し、車内では空いていることを良いことにリクライニングを倒して爆睡します。小刻みに停止する衝撃で目を覚まし、若干早着で広島バスセンターに到着しました。<br /><br />広島バスセンターから地上に降り、夕食を食べに行くことにします。紙屋町界隈だと松屋に行ったことはありますが、その近くにまつの屋があることがわかりました。松屋フーズの系列のお店ですが行ったことはありません。でも松屋の系列ならばリーズナブルなのは間違いありません。おろしカツ定食を注文しましたが、美味しくてボリュームもありリーズナブル・・・。ゆっくりと寛げるお店ではないにしろグルメでない私には十分でした♪<br /><br />広島からの帰り道は西日本JRバスオペレーションの山陽ドリーム広島2号です。なぜこれを選んだか?答えは簡単これ以外に空きがなかったからです。おまけに2B席という3列シートの真ん中の列です。4列シートでも良いかとは思いましたが、やはり独立シートの方が楽だと思ったことと、この広島~大阪の路線には最近ダブルデッカーからグランドリームに置き換えられたこともあり、座席に取り入れられた新型クレイドルシートを試したい気持ちもありました。始発は広島駅ですが、広島バスセンターを経由するためにわざわざ移動する必要もなく、またこの場所まで来て原爆ドームを訪れないのは・・・という後ろめたい気持ちもあったのは事実です。しかし乗り鉄旅にもかかわらず、予定外のことで歩く距離が増えてしまったこともあり、足がなかなか前に進みません。結局地上から原爆ドームの方向に向けて目を閉じて原爆犠牲者の御霊に祈りを捧げ、今回訪れることのできないことを詫びつつ、広島バスセンターへと向かいます。<br /><br />広島そごう3階に位置する広島バスセンター。その中の1番のりばという一番奥のバス乗り場まで歩くのは結構応えました(泣)。それでも最後の踏ん張りで歩き続けてなんとか乗り場に到着し、バスの入線を待つことにします。<br /><br />定刻通りバスは到着します。昨今JRバスのサイトでよく目にするようになったグランドリームの白い車体。第一印象は側だけ変わったのかと思いましたが、実際に乗車してリクライニングを倒すとその違いがわかります。シートを倒すと座面が前に迫り出て、後方を気にせずリクライニングを倒すことができるようです。本来なら最悪の中列ですが、以前に比べると格段に快適さは上がっていました。<br /><br />乗車確認のため定刻より1分遅れて出発し、途中不動院・中筋駅で乗車確認を行った後に高速道路に入ります。途中どこかのパーキングエリアで休憩を取るはずですが、2日分の『睡眠負債』はご老体にはかなり応えており、止まったことすらわかりませんでした。そんな私を乗せたバスは一路大阪へと走って行きましたzzz。<br /><br />平成30(2018)年3月3日土曜日<br />車内アナウンスで起こされました。まもなく大阪駅・・・ということですが、とてもじゃないけど体も頭も起きてはくれません。でも早く帰りたい気持ちも強く、勢いをつけて下車します。意外にも旧大阪駅高速バスターミナル手前のJRのガード下で降ろされました。JRに乗り継ぐにはこちらの方が確かに便利です。<br /><br />昨晩22:30頃に夕食を済ませ、その後バスに揺られただけなのにお腹が空いていることに気付きます。この場所ならば・・・と向かったのは吉野家桜橋店。ここは夜行バスで大阪に着いた時にはよく利用しているお店です。四つ橋筋を南下するだけで良いのですが、その前に大阪~京都間の格安切符を仕入れに地下へと潜ります。ただ土曜日の早朝だということもあり、開いている店もほとんどないため、普段でもわからない場所が余計にわかりません。でもなんとか自販機には辿り着くことができたので切符を購入した後再び歩き出します。<br /><br />そしてお店に到着し、いつもの納豆定食ご飯大盛りを注文。早食いの習慣はないのですが速攻完食しました♪<br /><br />店を出ると北方向に歩くと大阪駅ですが、なぜか南下を続けます。ふと見つけた京阪電車中之島線渡辺橋駅の入口、開通は知ってはいたもののJR沿線に住む私にとっては利用することのない路線です。そんなこともあり『乗り鉄旅の最後』を飾るべく乗車することを決意します。ただ中之島線からの京都方面直通は各駅停車しかないため、さすがにロングシートの座席に長時間座るのは・・・という思いから京橋で下車し、特急に乗り換えることにします。<br /><br />以前は京阪特急と言えばテレビカー&amp;二階建て車両で、京橋~七条までノンストップでした。しかし今のご時世、そんな『格』へのこだわりで利用客が増えるわけもなく、結果として大量輸送できる車両と停車駅の増加が当たり前となれば、特急と言えど車両は各駅停車と同じだと言っても過言ではありません。しかしこの京阪電車、なにを血迷ったのか有料の座席指定の特急を運行しだしました。淀屋橋~出町柳迄が500円、所要時間50分であれば10分100円とは良い値です。でも乗り鉄旅でもなければ利用しないだろうとの思いから乗車を決意し、Web予約で予約を入れ当該電車の到着を待つことにします。<br /><br />そして入線して来た電車はテレビカー時代を彷彿させる京阪特急でした。6号車のプレミアムシート車両は1ドアで、往時の特急の風格を醸し出しています。横2列×1列の3列シートの14列のシート配置はかなりゆったりとしており、快適過ぎるとも思えました。たっだ~快適過ぎることは、寝不足だとすることはひとつしかありません・・・。という訳で京橋を出て最初の停車駅である枚方市駅すら記憶がないまま、なぜか目が覚めた祇園四条駅の発車時で我に返り、なにごともなかったように三条で下車しました。あ~ぁ・・・なんのためのプレミアムシートだったんだろう(泣)。<br /><br />散々なプレミアムシート初体験でしたがやってしまったものは仕方がありません。素直に改札を出て京都市営地下鉄東西線三条京阪駅まで移動し、京阪京津線直通浜大津(当時)行きに乗車します。ピーク時を過ぎているため乗客も少なくのんびりしています。この京阪電車京津線は知る人ぞ知る急勾配がある路線として知られていますが、昔は河原町に行くならば京阪電車だったので、車窓は変われど意識は変わらずウトウトしながら4両編成の電車は走って行きます。<br /><br />そして浜大津(当時)駅に到着します。この平成30(2018)年3月17日のダイヤ改正時にびわこ浜大津駅と改称される予定の駅ですが、私の知る限りでも2回駅舎・駅名が変わっています。現駅舎は以前は浜大津(東口)駅で、今の明日都浜大津がある場所に浜大津駅がありました。京津線専用駅だった浜大津駅ですがびわこ国体を機に統合され、旧浜大津(東口)駅がバスターミナルを含めて浜大津駅総合ターミナルとなりました。公共事業による再開発事業の大失敗作の代表と揶揄される明日都浜大津。今後どうするのかも不明だそうですが、あの場所にあっても利用するような施設があるのだろうか・・・と血税を使われた滋賀県民は思います。<br /><br />それはさておき京津線の4両編成800系車両から、石坂線2両編成700系車両に乗り換えます。この辺りになると寝ている余裕はありません。そうこうしているうちに電車は終点石山寺駅に到着します。観光客には不親切な名称だと言われる石山寺駅ですが、どうやら石山寺駅からすぐの場所に西国三十三箇所霊場十三番札所石山寺があると誤解されているようです。実際には石山寺駅からだと900m歩かなければいけません。石山寺の本当の最寄りは京阪バスの石山寺山門前バス停なのですが、同じ京阪グループのことゆえその名称を変えているのが事実です。鉄道駅は石山寺、そこにあるバス停は京阪石山寺という具合に・・・。ただこれってジモティが観光案内をする時に逆に迷ってしまう言葉なんですよね。石山寺駅と京阪石山寺ではなく、石山寺駅バス停にするとか・・・。つまらない話かも知れませんが(笑)。<br /><br />当の私は瀬田川沿いの『京阪石山寺バス停』に移動しバス待ちをします。1時間に2本しか運行されない区間ですが、田舎なもんでぼ~っとしているとすぐに時間は経ってしまいます。そしてやってきた田舎の赤バスに乗車して10分程のど田舎バス停に到着します。<br /><br />自分の責任の元で解決することができない理由で半日遅れるも無事帰着します。ただなんとなく完全燃焼できなかったところがいつもの旅行と大きく違うところです。三江線の廃止まで残すところあと29日。その間になにかモーションを起こすのかな?とふと感じた今回の旅路でした。

≪2018.March≫あみんちゅ拝啓去りゆくもの達への旅路その壱之②~三江線乗車編~

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2018/03/02 - 2018/03/03

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

≪2018.March≫あみんちゅ拝啓去りゆくもの達への旅路その壱之②~三江線乗車編~

鉄道に〝乗ること〟を楽しみとする〝乗り鉄〟という言葉があります。有名人にも数多く〝乗り鉄〟をされている方が多く存在します。私自身免許を取るまでは〝乗り鉄〟の一員として日本全国の鉄道に乗るために訪れていたことがありました。しかし乗り鉄の醍醐味というのは、ローカル線と呼ばれる田舎の路線に乗車すること。ゆえに交通の便が悪いのは『当たり前』ということが必ず付いて回ります。車の免許を取得し、どこに行くにも車を使うようになってからは、鉄道に乗る〝過程〟を楽しむよりも目的地で楽しむことを優先するため、鉄道の利用は必要最低限となりました。それに加えて高速バスやLCCの台頭により、拠点への移動はそれらに変わるものの鉄道の選択肢はならず、廃止の情報を得てもなんだかんだと理由をつけて訪れることもありませんでした。

そんな私を駆り立てたのは平成30(2018)年3月31日を以って廃止される三江線に多くの人々が集まり、乗車できないこともあるというニュースでした。我が街から中途半端に距離がある三江線のゲートステーションである三次・江津の各駅であったことも、なにかのついでに乗ることもなく時間が過ぎてきたひとつの理由です。しかし通常廃止路線と言っても静かに消えて行った路線が多い中、なぜ三江線には〝乗車ツアー〟まで組まれるのか不思議に思ったこともありました。

そんな思いから三江線の旅を年明けから組み始めるも、1月中旬に大雪による倒木により全線運休となり、開通の目途すら語られなくなってしまった時期もありました。夜行バスで向かうにしてもこれという良い案が思い浮かばず、飛び出して行くも代行バスの乗車では地元の方の迷惑にしかならない…という考えから先送りをしてきました。しかし展開を待っていても変わらないのであれば乗ることさえなくなるのかも…という思いから今回の日取りに決めました。従来であれば交通費削減の為高速バスの移動となるはずですが、山陽新幹線のこだまとして走ってきた500系車両の〝TYPE EVA〟が5月13日でラストランを迎えるとのこと。これを別の機会に遂行しようとすると、また実現できなくなるという考えから急遽変更し、広島経由で向かう予定に変更しました。運良く2月22日に三次~口羽間が、2月24日には口羽~浜原間が再開したことにより三江線全線が繋がりました。ただシフト制の休みの予定にちょっと行き違いがあり、前日ラストまで勤務して出発する羽目となりました。

私にしては随分と予定を組み立てるのに時間を費やした今回の旅路、初日は情報錯誤に振り回され、挙句の果てには強風による交通障害のために目的地到着が大幅に遅延した結果となりました。それでもなんとかたどり着くことができたのはラッキーだったこととしか言えない状況でした。そんなこんなの三江線の旅後編は、さあどんなものになったのやら…。日が明けて2日目が始まります。

平成30(2018)年3月2日金曜日
目覚ましで強制起床しました。時間は4:45、普段は意識すらない時間ですが三江線の旅には当たり前です。そして服を着替えて準備をした後5:30に部屋を出ます。チェックアウトは鍵をポストに入れるだけ。至ってシンプルです。滞在時間8時間半、2時間位しか寝られなかったので寛ぐ時間すらなかったのが事実ですが、またの機会にゆっくり再訪したいものです。

管理棟で鍵を返し予約しておいたタクシーを待ちます。元々の予定では江津方面に抜ける予定でしたが、昨日の行程の乱れから一旦三好に戻ってから乗り直すことにしました。しかし田舎のタクシーは朝が遅いのは万国共通です。無理と言われれば仕方がないのですが5:40ならば・・・ということで受けて貰いました。しか~しいくら待っても来る様子がありません。先ずは連絡すべきなのかも知れませんが、浜原始発の三次行きに乗れなければ意味がありません。というよりも無駄な時間で江津行きに乗り遅れれば、この後の予定が遂行できなくなってしまいます。なので覚悟を決めて真っ暗な道を歩いて行きます。途中真っ暗な中一際目立つローソンに立ち寄り、モーニングコーヒータイムを取り、粕淵駅までの道のりを確認して再び歩き出します。なんとか列車の時間には間に合いましたが、業務委託されている粕淵駅舎の明るい姿を見ることもなく到着し出発します。

浜原始発の江津行きは2両編成でしたが、この時期ガラガラでした。しばらくは闇の中を走りますが、そのうちに日が明けてきました。昨日からほとんど闇の中しか走っていなかったので、江の川に沿って走る三江線の素晴らしさはわかりませんでしたが、ここに来てはじめて車窓から見る風景に圧倒されます。よくこんな場所に線路をひいたな~という思いを持ちながら列車に揺られます。

石見川本あたりから江津に通う学生さん達が乗り込んできます。それでも座席が埋まる程度なので、やはり利用客数が少ないことを改めて感じます。石見川本では江津発の始発列車と交換するため、少しの時間停車します。長閑な景色に収まる2両編成の列車。やはり絵になります。

石見川本を出発し、列車は各駅に停車しながら江津駅に到着します。乗って来た列車は浜田まで行きますが、その前にコースの組み直しをしなければなりません。予定通り石見銀山へと向かうか、折り返し列車に乗車するかの選択ですが、基本の予定を変えないのであれば三次までバスで移動し、14:11発の江津行きに乗車した後江津から出雲市に移動して夜行バスで帰るというもの。しかしこのバス移動とは久地バス停で浜田発広島行きのバスから広島発三次行きのバスに乗り換えるというものと書かれていますが、時刻表で見る限り正攻法の利用の仕方ではないため、タイミング良く乗り換えができるものではないようです。机上の理論で言われているものであれば、実現できるかすら疑わしいものなので、動いてからできないことがわかっても最悪その後の組み直しができないこともわかったため、一度浜田まで行ってバス会社に確認してから決めることにします。

江津からアクアライナー益田行きに乗車します。快速とはいえキハ121系の2両編成のワンマン運行です。停車駅が少ないこと位しか違いがわからない列車でしたがとにかく浜田に到着します。

島根県西部の都市である浜田市。その中核駅である浜田駅は、分岐する路線は無いものの江津とは比較にならない程開けています。戦前から戦後にかけて建設計画が出された広浜線。陰陽連絡線としての期待を込められていたものの、当時の国鉄に於ける新線計画の凍結により未完成のまま放置されることとなり、その後の交通・物流手段の変化によってついに完成することはありませんでした。そんな広浜線の一部は後に浜田自動車道に転用されて現在に至っています。その浜田自動車道を利用し浜田と広島を結ぶ高速バスいさりび号。1時間に1本の割合で運行されていますが、やはり途中のバス停留所としては連絡の必要がないとされているため、タイミングによってはやはり1時間近い待ち時間が生じるとのことでした。4,000円近い追加出費をして余計にどツボにハマるのも嫌なので、出雲市から帰るのを諦め、1席だけ空いていた広島発大阪行きの夜行バスを取り直し、素直に浜田発の浜原行きに乗車することに決めました。

朝メシ抜きだったため、ブランチとして何か食べようかと駅前を歩きますが、手軽に入れる風なお店がありませんでした。なので浜田まで来たんだという証明の意味も込めて、浜田駅前郵便局で旅行貯金をした後、再び駅に戻って粕淵から乗って来た三江線列車に乗車します。

列車は浜田まで辿った路線をそのまま逆走して進みます。ただ2日間の寝不足には勝てず、気がついたら石見川本の手前でした。

多分江津から乗車したと思われる乗客で立ち客もいました。ただこの列車は浜原行きなので、三次まで行くならば次の列車に乗り換える必要があります。しかし浜原の駅前にはなにもないため、敢えて石見川本で下車することにします。

石見川本て離合する列車は、車両そのものは直通するのですが石見川本で一旦全ての乗車が降ろされて、鍵をかけられた状態で車両が留置されます。1時間半程の停留の後乗車の扱いをして再び江津へと向かいます。この強制滞在時間を楽しんで貰うために、地元商工会を中心として駅前でおもてなしハウスが運営されています。地元直産品や三江線所縁の品々を販売することに加えて湯茶のサービス等が行われています。ただ3月2日現在ではこの強制滞在を余儀なくされている列車の滞在時間の前後のみの12:00~14:00までのオープンとなっており、列車の交換する様子をカメラに収めて、浜田から乗って来た列車を見送ってから訪れようとしたら既に閉まっていました(泣)。

特に今回の旅は、自分では責任が取れないところでのトラブルが原因で予定通りに進まないことが続いてきました。そんなこともあり、悔いている暇が勿体ない気持ちが前面に出ています。そんなこともあり列車が去った駅にて近くの飲食店の目星をつけて、川本滞在をエンジョイすることにします。

まずは川本郵便局にて旅行貯金をし、ぶらぶらと歩きながら飲食店を探しますが、昼間の営業はおもてなしハウス同様14:00までというところが多いようです。その中で見つけたのが喫茶店K。だいぶくたびれた店舗ではあるもののどこかオシャレ感があるお店は、夜はスナックになっていたこともあるかのようでした。おばさんひとりで切り盛りされているので、メニューにはあれど注文できないオーダーもあったもののピラフとコーラを注文します。それなりの金額はしましたが美味しく頂きました♪

次に来るのはいつだろう・・・なんて思いながら街を散策するとすぐに時間は過ぎていきます。次に乗車する列車もやはり石見川本で交換をするためしばらく停車します。三次行きだということもあり、それなりの混雑はしていましたが、宿があるか若しくは観光地へのバス路線の拠点となっている駅なので、粕淵手前で降りそうな方を見つけておき、タイミングよく座席を確保します(笑)。

そして三江線運行拠点の浜原を出て、列車は江の川に沿って走りながら、天国に一番近い駅と言われる宇都井駅に到着します。知名度では群を抜いている宇都井駅ですが、停車時間は1分です。夜のイルミネーションに照らし出される景色は素晴らしいとはわかっていても下車する余裕も時間もありません。そんな中で人が集まる進行方向右側の車窓でした。そう噂に聞いていた『三江線ありがとう』の幟を振るスパイダーマンの姿!確かさっきは石見川本駅で見たけれど、ここまで移動して来たのかな~等という現実論はさて置いて、長年走り続けた三江線に対し、そしてその三江線に乗りに来た乗客に対する感謝の意を込めているのはわかります。80mmの標準ズームではクローズアップはできなかったものの、車内の乗客全てがスパイダーマンに対し大きく手を振り続けていたのが印象に残りました。

しばらく走ると最後の交換駅である口羽駅に到着します。昨日90分遅れで到着した列車との交換です。三次行きは浜原行きの到着待ちをするためしばらく停車します。その間に再び乗客は大移動(笑)。地元の方々の手による三江線グッズや産直品の販売を駅舎脇で行っておられます。それを見に行かれる方、景色や列車の写真を撮る方などそれぞれ暫しの憩いの時を過ごされます。私にとっては昨日の因縁の場所でもあるのですが、自然災害に起因するものゆえ、口羽駅に降り立つことが出来ただけで満足です。口羽駅も業務委託されている駅のひとつですが、既に営業は終了していました。管理の問題もあるのか粕淵駅同様駅舎の中のトイレは閉鎖されており、地元自治体の手によると思われるキレイなトイレが新しく作られていました。

そうこうしているうちに浜原行き列車が入線して来ます。1両編成は昨日と同じでした。この口羽駅は島式二面ホームとなっており、駅舎から構内踏切を渡ってホームへと向かいます。そのため列車からかなり近い位置からの写真撮影が可能です。列車の到着時とホームに上下線列車が並ぶ時はシャッターチャンスなので、多くの人々が撮影に勤しんでいました♪

そして後から到着した浜原行きが先発し、三次行きも発車します。どこの駅でもそうですが、イベントがある駅の出発時には手を振って送り出してくれる地元の方々と乗客の一体感が感じられます。それが人間関係に疎遠になりがちな私には、非日常的なものとして心に深く刻まれたことのひとつでもありました。

しかし楽しい時間はすぐに過ぎるもので、三次方面に走り出した列車は、三江線の中でもトラブルが多い区間を走って行きます。ダイヤ改正前であれば江津方面からだとどの列車も日のある内に全線走破できる列車がありません。私が乗る列車も例に漏れず口羽を出ると間もなく日が暮れます。そして定刻18:59に三次駅に到着します。片道108.1kmの三江線を往復した旅が終わりました。

昨日から18きっぷの使用が解禁されたこともあり、やはり移動に使われる方も多いようでした。車内で聞いた言葉ではやはり広島圏の方がほとんどのようで、三江線列車を降りた瞬間芸備線広島行きの乗客となられたようです。私自身今回の旅では新幹線や夜行バスの利用があるために18きっぷを利用するメリットが少ないため購入しませんでした。しかしそれは予定通りに進めばということであって、今回のように継ぎ足し継ぎ足しで切符を購入すると結局高くついてしまいました。ただそれは結果論であって最初からわかっていたことではないと自分に言い聞かせ、気を取り直して残りわずかとなった旅を進めることに気持ちを変えることにします。

三次駅の近くにはたいしたものはありません。コンビニも駅舎内のハートインセブンイレブンだけ。それも19:30には閉店します。少し歩けばファミレスもあるようですが、迷ってしまうとまたややこしくなる。ということから素直に広島へと向かう決断をします。芸備線は20:40まで無いようなので、バスを使うことにします。無駄のない乗客の皆さんは一本前のバスに乗られたようですが、別に急ぐ必要もなければ、混み合うバスを選ぶ必要もありません。ということで20:02発のヒロデンバスオペレーションの広島バスセンター行きに乗車し、車内では空いていることを良いことにリクライニングを倒して爆睡します。小刻みに停止する衝撃で目を覚まし、若干早着で広島バスセンターに到着しました。

広島バスセンターから地上に降り、夕食を食べに行くことにします。紙屋町界隈だと松屋に行ったことはありますが、その近くにまつの屋があることがわかりました。松屋フーズの系列のお店ですが行ったことはありません。でも松屋の系列ならばリーズナブルなのは間違いありません。おろしカツ定食を注文しましたが、美味しくてボリュームもありリーズナブル・・・。ゆっくりと寛げるお店ではないにしろグルメでない私には十分でした♪

広島からの帰り道は西日本JRバスオペレーションの山陽ドリーム広島2号です。なぜこれを選んだか?答えは簡単これ以外に空きがなかったからです。おまけに2B席という3列シートの真ん中の列です。4列シートでも良いかとは思いましたが、やはり独立シートの方が楽だと思ったことと、この広島~大阪の路線には最近ダブルデッカーからグランドリームに置き換えられたこともあり、座席に取り入れられた新型クレイドルシートを試したい気持ちもありました。始発は広島駅ですが、広島バスセンターを経由するためにわざわざ移動する必要もなく、またこの場所まで来て原爆ドームを訪れないのは・・・という後ろめたい気持ちもあったのは事実です。しかし乗り鉄旅にもかかわらず、予定外のことで歩く距離が増えてしまったこともあり、足がなかなか前に進みません。結局地上から原爆ドームの方向に向けて目を閉じて原爆犠牲者の御霊に祈りを捧げ、今回訪れることのできないことを詫びつつ、広島バスセンターへと向かいます。

広島そごう3階に位置する広島バスセンター。その中の1番のりばという一番奥のバス乗り場まで歩くのは結構応えました(泣)。それでも最後の踏ん張りで歩き続けてなんとか乗り場に到着し、バスの入線を待つことにします。

定刻通りバスは到着します。昨今JRバスのサイトでよく目にするようになったグランドリームの白い車体。第一印象は側だけ変わったのかと思いましたが、実際に乗車してリクライニングを倒すとその違いがわかります。シートを倒すと座面が前に迫り出て、後方を気にせずリクライニングを倒すことができるようです。本来なら最悪の中列ですが、以前に比べると格段に快適さは上がっていました。

乗車確認のため定刻より1分遅れて出発し、途中不動院・中筋駅で乗車確認を行った後に高速道路に入ります。途中どこかのパーキングエリアで休憩を取るはずですが、2日分の『睡眠負債』はご老体にはかなり応えており、止まったことすらわかりませんでした。そんな私を乗せたバスは一路大阪へと走って行きましたzzz。

平成30(2018)年3月3日土曜日
車内アナウンスで起こされました。まもなく大阪駅・・・ということですが、とてもじゃないけど体も頭も起きてはくれません。でも早く帰りたい気持ちも強く、勢いをつけて下車します。意外にも旧大阪駅高速バスターミナル手前のJRのガード下で降ろされました。JRに乗り継ぐにはこちらの方が確かに便利です。

昨晩22:30頃に夕食を済ませ、その後バスに揺られただけなのにお腹が空いていることに気付きます。この場所ならば・・・と向かったのは吉野家桜橋店。ここは夜行バスで大阪に着いた時にはよく利用しているお店です。四つ橋筋を南下するだけで良いのですが、その前に大阪~京都間の格安切符を仕入れに地下へと潜ります。ただ土曜日の早朝だということもあり、開いている店もほとんどないため、普段でもわからない場所が余計にわかりません。でもなんとか自販機には辿り着くことができたので切符を購入した後再び歩き出します。

そしてお店に到着し、いつもの納豆定食ご飯大盛りを注文。早食いの習慣はないのですが速攻完食しました♪

店を出ると北方向に歩くと大阪駅ですが、なぜか南下を続けます。ふと見つけた京阪電車中之島線渡辺橋駅の入口、開通は知ってはいたもののJR沿線に住む私にとっては利用することのない路線です。そんなこともあり『乗り鉄旅の最後』を飾るべく乗車することを決意します。ただ中之島線からの京都方面直通は各駅停車しかないため、さすがにロングシートの座席に長時間座るのは・・・という思いから京橋で下車し、特急に乗り換えることにします。

以前は京阪特急と言えばテレビカー&二階建て車両で、京橋~七条までノンストップでした。しかし今のご時世、そんな『格』へのこだわりで利用客が増えるわけもなく、結果として大量輸送できる車両と停車駅の増加が当たり前となれば、特急と言えど車両は各駅停車と同じだと言っても過言ではありません。しかしこの京阪電車、なにを血迷ったのか有料の座席指定の特急を運行しだしました。淀屋橋~出町柳迄が500円、所要時間50分であれば10分100円とは良い値です。でも乗り鉄旅でもなければ利用しないだろうとの思いから乗車を決意し、Web予約で予約を入れ当該電車の到着を待つことにします。

そして入線して来た電車はテレビカー時代を彷彿させる京阪特急でした。6号車のプレミアムシート車両は1ドアで、往時の特急の風格を醸し出しています。横2列×1列の3列シートの14列のシート配置はかなりゆったりとしており、快適過ぎるとも思えました。たっだ~快適過ぎることは、寝不足だとすることはひとつしかありません・・・。という訳で京橋を出て最初の停車駅である枚方市駅すら記憶がないまま、なぜか目が覚めた祇園四条駅の発車時で我に返り、なにごともなかったように三条で下車しました。あ~ぁ・・・なんのためのプレミアムシートだったんだろう(泣)。

散々なプレミアムシート初体験でしたがやってしまったものは仕方がありません。素直に改札を出て京都市営地下鉄東西線三条京阪駅まで移動し、京阪京津線直通浜大津(当時)行きに乗車します。ピーク時を過ぎているため乗客も少なくのんびりしています。この京阪電車京津線は知る人ぞ知る急勾配がある路線として知られていますが、昔は河原町に行くならば京阪電車だったので、車窓は変われど意識は変わらずウトウトしながら4両編成の電車は走って行きます。

そして浜大津(当時)駅に到着します。この平成30(2018)年3月17日のダイヤ改正時にびわこ浜大津駅と改称される予定の駅ですが、私の知る限りでも2回駅舎・駅名が変わっています。現駅舎は以前は浜大津(東口)駅で、今の明日都浜大津がある場所に浜大津駅がありました。京津線専用駅だった浜大津駅ですがびわこ国体を機に統合され、旧浜大津(東口)駅がバスターミナルを含めて浜大津駅総合ターミナルとなりました。公共事業による再開発事業の大失敗作の代表と揶揄される明日都浜大津。今後どうするのかも不明だそうですが、あの場所にあっても利用するような施設があるのだろうか・・・と血税を使われた滋賀県民は思います。

それはさておき京津線の4両編成800系車両から、石坂線2両編成700系車両に乗り換えます。この辺りになると寝ている余裕はありません。そうこうしているうちに電車は終点石山寺駅に到着します。観光客には不親切な名称だと言われる石山寺駅ですが、どうやら石山寺駅からすぐの場所に西国三十三箇所霊場十三番札所石山寺があると誤解されているようです。実際には石山寺駅からだと900m歩かなければいけません。石山寺の本当の最寄りは京阪バスの石山寺山門前バス停なのですが、同じ京阪グループのことゆえその名称を変えているのが事実です。鉄道駅は石山寺、そこにあるバス停は京阪石山寺という具合に・・・。ただこれってジモティが観光案内をする時に逆に迷ってしまう言葉なんですよね。石山寺駅と京阪石山寺ではなく、石山寺駅バス停にするとか・・・。つまらない話かも知れませんが(笑)。

当の私は瀬田川沿いの『京阪石山寺バス停』に移動しバス待ちをします。1時間に2本しか運行されない区間ですが、田舎なもんでぼ~っとしているとすぐに時間は経ってしまいます。そしてやってきた田舎の赤バスに乗車して10分程のど田舎バス停に到着します。

自分の責任の元で解決することができない理由で半日遅れるも無事帰着します。ただなんとなく完全燃焼できなかったところがいつもの旅行と大きく違うところです。三江線の廃止まで残すところあと29日。その間になにかモーションを起こすのかな?とふと感じた今回の旅路でした。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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