久しぶりの京都であれこれお手軽グルメと街歩き(一日目)~細川管領や足利将軍家にもゆかりある普門寺を中心とする富田町から、高山右近の高槻城と西国街道の芥川宿。今では都会的な高槻市街ですが、やっぱり歴史が豊かなエリアです~
2017/06/15 - 2017/06/15
10位(同エリア477件中)
たびたびさん
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今回は、一年以上のブランクが空いての京都四日間。とはいえ、いつも通り、こまごま街歩きをするだけだし、どうせならと初日は高槻から歩いてみることにしました。
高槻は大阪と京都のちょうど中間という場所。百貨店とかもあって、そこそこの賑わい。JR高槻駅には特別快速も止まるし、大阪への通勤にはとても便利な場所といったイメージでしょうか。私は茨木市に少し住んでいたことがありますが、ちゃんと歩いたことがないので、ずっと気になってはいたんです。
調べると面白そうなのは、摂津富田の辺りから高槻駅にかけての地域。高山右近の高槻城は承知していましたが、調べると、西国街道にあって足利氏ゆかりの普門寺に旧芥川宿、継体天皇の陵とする説がある今城塚古墳もあって、なかなか面白そう。これは行くしかないでしょう。
そして、結果として。関西は丹念に歩くとそれだけいろんな収穫があるという法則はこの高槻周辺でも成り立つことを実感。室町末期、混乱期の京都に思いを馳せたり、歴史の視野がまた広がったかなと思います。
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朝イチの飛行機で大阪空港に到着して富田駅へ。ここから高槻駅の方まで歩くのが今日の予定ですが、けっこう広い範囲なので、私の足ではほぼこれが限界といったところ。あまり無理をしないようゆっくりめに歩きましょう。
まずはパン屋さん。メサベルテ 富田店は、富田駅を出てすぐ北に向かう賑やかな商店街の中ほど。人気のお店です。 -
最近注目という塩パンをいただきました。フランスパンの柔らかいタイプのパンを塩味でシンプルに仕上げた商品。そのシンプルさがとってもいい感じです。幸先よく始まりましたが、
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続いては、これも近くのプティ ラプティ。商店街を少し脇に入ったところです。
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くるみイチジクをいただきました。ハード系のパンかなと思ったら、食べてみるとしっくりしっとりの粘りのある柔らかさ。以前、出雲で同じタイプのパンに出会いましたが、このタイプってなかなかうまい。久しぶりに出会った感もあって、これも満足です。
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そこから、近場の五百住神社へ。富田駅を東に少し行った市街地の中にあるのですが、横には川も流れていて、境内は穏やかな林の風情。住宅地が建ち並ぶ前からここはいい場所だったんだろうなあと思うような雰囲気。地元で大事にされてきた神社のよう。
名前が変わっていますが、日本書紀には安閑天皇元年の記載があって、田を耕すために500人の農民を遣わすことになったというような内容。おめでたい名前だと思います。 -
そこから、富田駅の南側。古い街並みに入っていきます。
この円通寺は、富田町のごちゃごちゃした市街の細い通り沿い。しかし、規模は小さくても威厳を示すかのような一段高い場所に向かう急な石段の先に山門と鐘楼が見えていました。そして、石段の両側には濃い緑の植え込みもあって、なんか隙がないですね。 -
山門から先は入れませんが、限られた境内の先には日蓮上人の立像が見えました。
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今度は大通りに出て、清蓮寺は浄土宗の寺。開山は、顕誉良閑。大山崎の大念寺から迎えています。
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玄関も閉まっていたので中には入れないのかなあと諦めかかっていたのですが、鍵は開いていてすんなり中に入れました。すると、剪定の見事なクロマツとか庭の樹木が美しいことこの上なし。ほー、これは一見の価値ありの境内です。
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これは立派な山門ですよ~。本照寺は富田御坊とも呼ばれる本願寺派の寺で、蓮如の父、本願寺第7代法主存如により建立されました。
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山門から本堂の壮大な伽藍はまさに本願寺派の構え。
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一方、豪快さに加えて、ハスの池や石組みの庭のエリアもあったり、潤いある一角も見どころでしょう。
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少し歩いて、これは筒井池。富田公民館の隣りです。市街の中心部の水辺なんですが、水が流れているようないないような。周囲は桜の木があったり、緑は濃いですが、スカッと気分のいい池ではないかもしれません。噴水もありますが、取ってつけたような感じかなと思います。
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ここで少し、例によってスイーツチェック。
マルヨシお米館は、大通り沿いにあって目立つ店舗ですが、元はお米屋さんのような感じですね。 -
店内に入るとすぐ奥は作業場。わらび餅が気になったんですが、量が多いので赤飯まんじゅうにしました。しっとりした生地と栗の相性がけっこういい。出来立てのおいしさを楽しみました。
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高槻 象屋は、変な名前だなあと思いましたが、店内に入るとけっこう本格的な老舗和菓子屋さん。これはいい雰囲気ですね。
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いただいたのは、麩饅頭。もっちりした皮に甘い餡子の基本がしっかり。確かにこれは老舗の味わいです。私がこれから普門寺に行くというと、普門寺にもご贔屓になっていますとアピールされてしまいました。
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さて、摂津富田の古い町並みは、池田や伊丹と並んだ北摂三銘酒の一つ、富田郷の街並みを言うようですが、酒蔵が残るのはほんの一角。町の人に聞いても「そんなの知らないなあ」という人は少なくなくて、やっとこの一角を見つけました。一方で、富田は普門寺を中心に発展した街でもあり、普門寺は城の役割もあったもの。街の防御のために曲がった道しか作らなかった、そんな通りの感じも摂津富田の古い町並みの特徴です。
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ただ、酒蔵は今ではこの清鶴酒造しか残っていません。ひと際大きな建物なのですが、それも看板も何もないので、外観を見ただけではこれが清鶴酒造なのかどうか分かりません。近所の人に聞いてやっとそれと分かりました。いわゆる観光の酒蔵とは違って、あくまでひっそりとしています。
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続いては教行寺。病院の隣りです。
境内は砂利が敷かれてすっきりと明るくて都会的な雰囲気。 -
その奥の本堂の両側には松と梅が濃い緑を添えていました。現在の規模はさほどでもありませんが、元々は、室町幕府の管領細川勝元から与えられた土地に本願寺第8世法主蓮如が創建したという歴史。本照寺と兄弟みたいな関係でしょうか。当初はかなりの規模があったのではないかと思います。
そして、この梅が御愛樹築山紅梅。この時期は濃い色の葉っぱが青々と茂っていて、樹勢はかなり強い感じですね。蓮如が植えたと伝えられます。ちなみに、本願寺中興の祖といわれるビッグネーム。加賀の一向一揆が守護である富樫政親を自刃に追い込んだりしたのも蓮如の頃。信長との戦いで有名な石山本願寺に拠点を移したのも蓮如です。 -
大宅壮一顕彰碑は、「美しいバラの花は野茨の根の上に咲く」と彫られた石碑。周囲にはバラの花がたくさん咲いていました。
ちなみに、大宅壮一は、地元の醤油屋に生まれ、「一億総白痴化」、「口コミ」などの造語で知られるジャーナリスト。時代を見る感性はこの地で養われたということ。地元の誇りとなっています。 -
三輪神社は、奈良の大神神社から大己貴命を勧請したと伝えられる、もともとは普門寺の鎮守。
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普門寺の入口のところにあって、境内は清々しい佇まい。「清鶴」「長龍」等の酒樽とかが奉納された一角もありまして、地元の酒蔵からも敬われていた神社かなと思います。
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さて、ということでこれが普門寺。富田町では当然、一番の見どころです。
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山門を入って奥に進みますが、
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この延べ段もなにげにいい。明の高僧隠元禅師が造ったと伝わります。
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ここから先が有料エリアです。
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拝観時間は午後からということでしたが、たまたまでしょうかお寺の方がいらっしゃって、中に入ることができました。
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すぐに方丈。
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中に入って、お寺の方から普門寺のことをお聞きします。
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つまり、この寺は寺でありながら、元管領、細川晴元が隠居した城郭。普門寺城とも呼ばれた巨刹なんですね。そして、後には14代室町幕府将軍足利義栄がここで征夷大将軍に就いています。
ほか、証拠はないようですが、秀吉が中国大返しで戻ってきた際、ここに本陣を構えたのではないかということ。西国街道に近いし、近くにここ以外で大軍を収容するだけの施設はなかったからというのが理由だそう。お寺の方がそうしたことを詳しく説明してくれました。 -
説明が終わって、方丈の裏手へ。
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これは、国の名勝にも指定された観音補陀落山の庭。後水尾天皇が関係しているようですが、こんなところでも出てきましたかという感じです。ちょっと前衛的で変わった石組みです。
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イチオシ
そして、一番奥には管領細川晴元の宝篋印塔。足利将軍家も巻き込んでの同族間の争いなどを勝利し、管領職に復帰。足利政権末期の混乱期を何とか生き抜いた晴元ですが、最後は、その間隙をついて力をつけた三好長慶によってこの普門寺に幽閉されたようなもの。じくじたる思いであったことは間違いありません。
ところで、細川家は畿内のほか四国にも地盤があったのですが、この細川家が力を失うことで、四国は群雄割拠の時代が始まる。長宗我部氏の勃興へとつながります。
ところで、これは細川氏の本流、京兆家のお話。後の肥後細川氏は傍流にあたります。 -
もう一度、方丈に戻ったら、お寺の人がお茶とお菓子も出してくれまして。方丈の縁側でゆっくりといただきました。
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再び、散策開始。富田の古い街並みを後にして、富田駅の方に戻ります。
花パンは、富田小学校の並びの大通り沿い。こだわりの天然酵母パンのお店です。 -
中に入るとハード系のパンを中心に美しいパンが並んでいます。ちょっと酸味も感じられる、固いけどしっとり感もあるという逸品。味わいはちょっと地味ですが、それも含めて、これがこだわりの味なのかなと思います。
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その隣の白菊大神。小さな祠のようなお稲荷さんです。戦前は近くの軍需工場の守り神で、大きな境内も持っていたようですが、今はこちらに移って小さな神社。しかし、名前はちょっといい感じの響きがあると思います。
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摂津富田駅近くに戻ってきて、これは月輪堂。母さんせんべい「たらちね」をいただきました。店頭に大きな看板があって、イチオシみたいですよね。
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南部せんべいのようなピーナツ入りの小麦系の煎餅ですが、もっと柔らかくて、どうかするとホロホロと壊れてしまいます。まあ、その辺りが母さんせんべいということなんでしょうか。小麦系の安定したうまさがあるように思います。
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こちらのドエルは、この辺りにはいくつもお店があって、富田駅周辺でも気が付くと2軒ありました。南店は富田駅からすぐ。商店街に向かう途中の小さい方のお店です。
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暑かったし、シューアイスをいただきました。昔ながらのラクトアイスですよね。ただ、ラクトアイスはラクトアイス。コメントするほどのものではありません。
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阪急富田駅前の老舗和菓子屋さんの栄久堂徳川。実は、さっきの普門寺で出されたお菓子はここで作ってもらっているという話だったので、さっそく訪ねてみた次第。
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普門寺のお菓子は普門寺でしか出していないので、ここでは売らないということでしたが、そのおひがしのデザインには私が食べただるまの他に、天皇家と同じ菊の紋章も使っているといった説明もありました。
それはそれとして、いただいたのは、鮎のお菓子。 -
これは五條市とか奈良でよくあるお菓子。あまいういろうのようなのを包んであるのがミソですね。
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時間がないので、昼は適当に買って済ませます。
コロッケのいろはは、このエリアだといろんなところにお店があって、地元の人にはお馴染みの店。富田店は富田駅近くの商店街です。 -
定番のコロッケ80円をいただきました。ジャガイモに出汁が浸みこんだ感じの味付け。そういうちょっとしたひと手間が嬉しくなるコロッケです。
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そして、JR摂津富田駅の北すぐのみんなのパン。小さなパン屋さんですが、お昼時だったし、ポツポツとお客さんが入って行って人気のパン屋さんのようですね。
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さっそく、目玉焼きが半分乗ったハンバーガーをテイクアウト。パンに程よい歯ごたえがあって、おいしくいただきました。まあ、お昼はこんなもんでいいでしょう。
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ここからは、JR摂津富田駅から北のエリアを進みます。
宮田春日神社の境内は、高槻の古木に指定されている涼しげなヒノキの大木が何本も生えていて、とても清々しい。神社の境内って公園とは違った清々しさがありますが、その最たるものがここにはあるような気がします。さっきのハンバーガーはここでいただきました。 -
今城塚古墳は、さらに北に向かったところ。これも今回の目玉の一つです。
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外濠を含めた大きさは、340m×350mと、淀川流域では最大規模の前方後円墳。
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6世紀のヤマト政権のものであり、確定はされていないようですが、あの継体天皇の陵とする説が有力です。
周囲の内堀を囲む堤は平らに整地されて、ゆったりとした広さ。四方から雄大な眺めを堪能できました。 -
イチオシ
そして、周囲は、今城塚古墳を中心に整備された今城塚古墳公園。内堀を囲んだ堤や一部内堀を埋め立てて造った運動場のように広いスペースには遊歩道。さらにその外側には芝生の部分まであって、家族連れで遊ぶにはもってこいです。
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今城塚古代歴史館側には人馬や家屋の埴輪の並ぶコーナーがあって、これもけっこうな迫力。
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イチオシ
必見かと思います。
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今城塚古墳公園に建つ今城塚古代歴史館は、今城塚古墳の発掘品を展示し、今城塚古墳の概要を説明する博物館。
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今城塚古墳から出土した埴輪は人馬や穀倉などの家屋の形がとてもリアルで、当時のヤマト政権の実力のほどがよく伝わってきます。これは古墳の工事を再現したもの。これならそんなに高度な技術は必要ないかもしれません。
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石棺と遺体を組み合わせた展示もさすが。
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ただ、圧巻は先ほどの屋外展示もありましたが、この埴輪群。当時の暮らしぶりというか文化水準をとてもはっきりと伝えています。
そして、やはり、思うのは継体天皇のこと。古代史でも大きな謎の一つですが、天皇の系譜が途切れようとした時。越前にいた遠い血縁の継体天皇を見出し、これに天皇の地位に着かせたのは大連、大臣の有力豪族たち。この時、本当に天皇の系譜が途切れていないかといった素朴な疑問から、越前にいた時の足羽山周辺の開墾の功績やしばらくは摂津国にいたのはなぜなのか。むしろこちらの方が日本海ー琵琶湖ー宇治川ー淀川ー瀬戸内海を押さえて大和国よりも経済力が豊かであったせいではないか等、混乱した継承問題の一方で、確かな実績も思わせる。ですから、この墳墓がここにあるのも意味があるんでしょう。都が北に移ってくるのはまだまだ後の話ですが、継体天皇の10代前の仁徳天皇も淀川の大規模な土木工事を行っています。斑鳩に根拠を置いていた時代のヤマト朝廷ですが、畿内の開発はあちこち意外に進んでいたとみる方がいいのかもしれません。
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ところで、この辺りには、歴史の散歩道「西国街道コース」というのがあって、これは西国街道に関係しているもの。ここから先しばらくは、それを頼りに歩きます。
阿久刀神社は、住吉大神を祀る神社。
芥川の土手をバックにした境内ですから、これまで水害とかはなかったのかなあと心配するような場所ですが、10世紀に編纂された延喜式神名帳にも記載された式内神社だそう。 -
とはいえ、雰囲気としては、地域の普通の神社といった以上のものではないような気はします。
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真如寺は、芥川の方に山門がありますが、閉まっていて、堤防を下ったところから入ります。
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浄土宗の仏で、本尊は阿弥陀如来。歴代の高槻城主にも尊崇を受けたという寺です。境内に芭蕉の句碑があるのを見つけましたが、まあ、それくらい。ちょっと荒れてきた感じも否めない境内です。
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イチオシ
続いての笠森神社は、細い路地の先。境内に巨大な椋の木がそびえていて、それがワンポイント。なんとも美しい眺めです。
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なお、笠森の名前ですが、地元の豪族、笠氏が稚武彦命(わかたけひこのみこと)と鴨別命(かものわけのみこと)を祀って創設されたのが所以です。
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芥川の両岸の堤防沿いに植えられた桜並木をめでる川沿いの公園は、芥川桜堤公園。しかし、桜並木はところどころ途切れているので、並木としての完成度はイマイチかもしれません。ただ、ベンチで腰かけて対岸を眺めるおじさんがいたりして、昔から馴染みのある景色を楽しんでいるといった感じ。地元の人にとっては、懐かしさも併せ持つ眺めなのだと思います。
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イチオシ
そこから、嶋上郡衙跡へ。これは、摂津国嶋上郡の郡役所跡。礎石の傍らには、当時の様子を示す説明板があって、郡庁院、館舎、厨、正倉、郡寺等を有するけっこうな規模の施設が描かれていましたが、これは生半可なものではないですね。公園のようなエリアはしっかりフェンスで囲われていて、大事に保存されています。
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教宗寺は、高槻駅からだと芥川商店街を抜けた先。
田淵久兵衛教宗なる人物が親鸞聖人の弟子となり、自宅を寺に改めて開創したのが始まりです。 -
本願寺派の寺ですが、豪壮という感じではなく、境内はよく手入れが行き届いていて、気持ちの良い空間となっています。本堂の前の階段でちょっと休憩させてもらいました。
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イチオシ
もうすぐ芥川商店街。芥川一里塚は山城国と摂津国を結ぶ脇街道、西国街道の一里塚で、大阪府の指定史跡。この一里塚は旧芥川宿の東側に位置していたので、旧芥川宿を偲ぶものともなっています。小さなお堂のような一里塚の説明板には、旧芥川宿の詳しい説明があり、旅籠33軒。京を落ちる三条実美ら7卿もここに宿泊したとありました。
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そして、芥川商店街に到着。JR高槻駅北口を出て、そこから西に延びる商店街で、かつての西国街道がそのまま商店街となっています。シャッター通りというほどではありませんが、一見した感じはオンボロ。ただ、人通りはそこそこあるので、ここを通ると便利だということかと思います。
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JR高槻駅の北側すぐのアクトアモーレ。アルプラザ平和堂が核テナントなので、鳩のマークが目立ちます。一階から入るといきなり賑やかな感じ。手軽なレストランなどもコンパクトにそろっているので、下駄ばき普段着で楽しむといったモールといった感じ。
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それにしても、JR高槻周辺は大きな商業施設がいくつかあって激戦地。そうした中にあって、西武はJR高槻駅の北側すぐなんですが、他の商業施設と比べると少し離れている感があって、あまりいい立地ではないような。
入ってすぐの感じも百貨店だかどうだかわからない感じだし、ちょっと腰かけて休む場所もない。ただ、奥に進むと靴売り場とか意外に売り場はゆったり。同じビルにはABCマートなんかもあるので、見比べ出来るのも逆に安心感があるような気がします。 -
松坂屋は、JR高槻駅とペデストリアンデッキで結ばれているのですが、最期が階段になっていて、これがイマイチかも。入るとすぐに高級感のある百貨店の雰囲気ですが、一方で入口には椅子が何席かあって休憩もできる。お客に優しいところを感じました。
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そこから、高槻センター街へ。JR高槻駅と阪急高槻駅の間にあるアーケード商店街。JR高槻駅から阪急高槻駅に向かうのにこの商店街を通っていくと地図ではちょっと遠回りになるかなという感じでしたが、実はそんなことはない。活気のある通りだし、分かりやすい。ここを通るのが一番だと思います。
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せっかく賑やかな場所に戻ったので、改めてお腹に入れておきましょう。
多津屋は、高槻センター街の阪急高槻駅に近い方。
ダブルカツカレーというのが名物です。 -
私はちょっと量が食べれるかなという心配があったので、シングルにしましたが、内容的には同じです。カレーはスープのようにさらっとしたタイプ。カツはひたひたにカレーが沁みていますが、積極的においしいというほどではない。たぶん、それを意識して牛肉の薄切りが加わっていますが、それがまたびっくりするほどうまみがない。なんというか、これぞB級グルメというところ。ただ、お客さんは多くて、次々やってきます。
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ここからは、高槻城のエリアに入りますが、ここまでこんなに歩いてますから、ここからはレンタサイクル。高槻駅で借りました。これなら、まだ行けるでしょう。
ということで。。
高槻現代劇場は、高槻城公園にも近い辺り。高山右近の関連とか観光スポットも豊富なエリアにあって、市民会館や文化ホールの役割を担った大きな施設。高槻市の文化ゾーンを構成していると思います。ただ、観光客にとってはこの外観を見て、高槻市もなかなか頑張っているなというイメージを持つくらいかなと思います。 -
高山右近記念聖堂は、現代劇場の隣り。それなりに広い敷地に清楚な教会が建っています。
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イチオシ
教会の中も覗いてみましたが、黄色いステンドグラスで、どちらかというとこれも質素なもの。敷地内の高山右近がひざまずいた像の方が見応えがあると思います。
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隣の野見神社は、須佐之男命と野見宿禰命を祀り、元は高槻城の城内にあったようです。広いすっきり開けた境内にはたくさんの摂社があって、どれが本来の野見神社なのか分かり辛い。神社の博覧会のような感じです。
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野見神社の境内摂社の一つで、まずは永井神社。鳥居から境内に入るとすぐにあって、金色をあしらうデザイン。摂社の中では一番豪華な雰囲気があると思います。前面に唐門がしっかりあるので、一瞬中には入れないのかなと思いましたが、ひょいっと裏に回ると本殿の前。なんのことはありません。
なお、永井というのは江戸期の高槻藩主永井家のこと。初代直清を祭神として創建しています。 -
これは、高槻戎神社。社殿は他の摂社に比べると格段に新しいのですが、つまり、歴史は浅くて昭和31年に西宮戎神社より分社したもの。蛭子大神を祀る商売繁盛の神社。十日戎も行われるようですが、そうでなければ静かな神社です。
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もう少し奥が小島神社。
大蛇を龍神として高槻城の堀の中に祀られていたもの。生垣で囲んで、社殿の周囲を堀のように小さな池が囲むのは、それなりに龍神を敬うという姿勢でしょう。神社の前に説明板があって、龍神の経緯の説明がありました。 -
高槻天主教会堂跡は、野見神社の入口、はす向かい。
ここも当時は高槻城の中。天正元年(1573年)に高槻城に入った高山右近は、ここに教会堂を建て、キリスト教の布教に尽くします。石碑は少し古びていて字がぼやけかかっていますが、傍らには説明板がありました。 -
高槻城に入る前に、高槻市立しろあと歴史館へ。
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高槻城築城400年でちょっと盛り上がっていましたが、
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現在の城跡は江戸時代に入って譜代大名の土岐定義が大改修をしてからのもの。高山右近の頃の高槻城のことではないようですね。芥川宿の様子とかも確認しますが
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一方で、目を引く展示内容は郷土玩具の奥村コレクション。
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イチオシ
土人形ですが、伏見人形のコレクションは秀逸。
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これももしかしたら、たくさんの情報が行き交った西国街道、芥川宿の伝統なのかもしれません。
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ここから高槻城跡公園へ。高槻城の跡地を整備した公園ですが、周囲のお堀や天守閣などの建物も残っていないので、わずかに残る石垣くらいが当時のものだと思います。
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イチオシ
中心部には池のある日本庭園やその傍らに高山右近像も。全体の広さは4haあるのですが、やはりその辺りの限られたエリアが見どころでしょう。
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日本庭園の脇に建つ高山右近像です。十字架の大きな剣を体の正面に掲げた像。キリシタン大名として名をはせた高山右近らしい堂々とした像です。
ちなみに、高山右近が高槻城主となったのは21歳の時。天王山の戦いでは、高山右近が秀吉に味方することで摂津衆がこぞって秀吉に味方する流れを作った功績も大きかったと思います。 -
高槻市立歴史民俗資料館は、高槻城公園の中心部にある移築建物。江戸時代中期の建物で、乾物や瀬戸物、米を商っていた笠井家の住宅。
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広い土間から入ると奥の座敷までが容易に見通せます。建築様式に京都亀岡とのつながりが見られるといった説明もありました。ただ、展示品は限られるので、建物を見るという施設でしょう。
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高槻城公園にほとんど隣接する場所にある八幡大神宮。
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鳥居から本殿まで続く石畳の参道を中心にひょろっと長い境内。江戸時代初期の高槻城主、松平家信が社領を寄進するほどだったようですが、現在の本殿はちょっと粗末かなという感じです。
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ここからは、城の周辺部です。城下町と宿場町とが混然一体となったエリアで、この前島口と本町通り東辻の道標もそんな名残りでしょう。ミヨシ医院の近く角です。
ところで、高槻城下には、「六口(ろっくち)」と言われた出入り口があって、ここは東の出入り口。木戸が構えられてもいたようです。石の道標はけっこう傾いていますが、字は深く彫られたこともあって、まだまだ精気が感じられるような気もします。 -
もう一つの京口と円成寺前の道標は、今でも存在する円成寺前の通りに建つ道標。ここは高槻城下にあった六口(ろっくち)といわれる出入り口の一番北の出入り口だそう。京都へ向かう旅人はここから出て行ったということでしょう。少し薄れかけた字が歴史を感じさせます。
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高槻城の鬼門にあたる場所にはいくつかの寺が集まっていて、理安寺もその一つ。
江戸時代初期の高槻城主、松平家信が妻の菩提を弔って以降、松平氏の菩提寺となった寺。山門と本堂前の蘇鉄が立派ですが、これといって往時の繁栄を感じるようなものはないように思います。 -
光松寺も高槻城の鬼門。
元々は、高槻城内にあったのですが、高山右近の高槻城改築にあたり、ここに移転されたのだそう。本堂前に髭のように枝を伸ばした松と無縁仏を弔うような数多くの板碑。山門を入ると、そうしたものが限られた場所にギュッと詰まっていました。 -
これも同じ並びの本行寺。
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高山右近により焼き打ちとなりますが、その後、野見神社でも祀られる高槻城主、永井直清が復興。高槻城主の祈願所となます。
入口の本瓦茸の高麗門は、高槻城内の遺構ですし、 -
その脇の鐘楼から境内にはそれらしい建物が多数。ちょっとリッチな感じのするお寺です。
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ここで、ちょっと気になったのは、ジュエ ボワット。
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イチオシ
静かな場所ですが、人気のお店のようで、けっこう客足が途絶えません。夕方で商品は少なくなっていたのですが、なんとかマンゴーのパイをゲット。瑞々しい仕上がりで、なるほどこれなら人気のはずですね。その後、商品が売切れてからでも何人もお客さんがやってきて、残念そうに帰って行きました。
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もうかなり歩いてきてますが、最後に高槻駅の北のエリアをチェックします。
では、改めて。
廣智寺は、通りからいきなり小山の上に向かって、途中に竜宮城のような門もある石段で上って行くロケーション。 -
自伝では聖徳太子の創建とも言われる古刹。高山右近の焼き討ちに遭いますが、現在は黄檗宗の寺として復興。すっきりした境内にはあじさいの花も咲いていました。
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霊松寺は、行基が開創したと伝わりますが、現在は十一面観音を本尊とする曹洞宗の寺です。
コンクリート敷きの坂道を上って、境内へ。 -
これが意外にきれいに整備されていて、松に芝生。華頭窓の美しい本堂の組み合わせがハッとするような感じ。歴代の高槻藩主にも関係する寺であることを十分感じさせてくれるお寺です。
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慈願寺は、ちょっと奥まった場所。
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聖徳太子の創建とも言われる古刹だけに、歴史を巡るコースにも入っているのですが、境内は暗くてじめじめした感じ。正直、今ではけっこう荒れています。周辺には前方後円墳とかもあって、いろんな遺物が出たとかの説明もありました。
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上宮天満宮は、「北山の天神さん」。太宰府天満宮に次いで日本で2番目に古い天満宮なのだそうです。
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ここは高槻市の北側、天神山の上にあって、ちょっと気合を入れて上らないといけないでしょう。
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織田信長が三好討伐の際に本陣を構えたり、山崎の戦いの際には、豊臣秀吉が参道に本陣を置いたり。山全体の感じは城に近いかもしれません。位置する山が大きい分、建物が貧弱に見えるので、夕方とかはすぐに寂しくなります。
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昼神車塚古墳は、上宮天満宮の石段下の入口から少し東に行ったところ。トンネルの上といった辺りです。
菅原道真の車を埋めたとする伝承があって「車塚」。古墳は、6世紀中ごろに作られたとされる前方後円形。傍らに古い説明板があって、円筒埴輪や形象埴輪も出土しているということでした。 -
伊勢寺は、高槻駅の北側ですが、この辺りまで来るとかなり上がった感じがするエリアです。
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伊勢寺の伊勢は、古今和歌集や新古今和歌集でも活躍した三十六歌仙の1人、女流歌人の伊勢のこと。伊勢が晩年、ここで暮らした住居跡に建つのだそうです。
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境内は自由に散策できますが、とてもきれいに整備されていて、なかなか気持ちいい。緑に埋まった本堂も縁が広くて立派です。
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日吉神社は、伊勢寺から回りました。この辺りは能因法師の関係とかもあって、雅な感じがするエリアです。
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日吉神社もそうしたエリアの見どころの一つとされているのですが、この集落の神社という以上のものではないような。大山咋命を主神とし、治山・治水・農耕・開拓の守護神ということです。敢えて言えば、急な石段を上がっていく辺りにちょっと迫力があるかもしれません。
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文塚は、死期を迎えた能因法師が和歌の原稿を埋めたとされる場所。ちなみに、能因法師は平安時代中期の歌人で、三十六歌仙の一人。近くには「能因塚」、「不老水」などほかにも能因法師ゆかりの史跡がいくつか残っています。
文塚は、集落の通りから、田んぼの中のようなところに降りて行くのですが、駒札も建っているので、それが見つける時の目印になると思います。 -
不老水は、能因法師が不老不死を願って煎茶に使用したとされる名水の井戸。小さな集落の一角にあって、近所の人に尋ねて見つけました。トタンの覆いがしてあって、それを開けると満々と水が湧いている。今でも大事にされている井戸であることがよく分かりました。
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伝能因法師墳は能因法師の墓ですが、ちょっと分かり辛い場所。住宅地の陰に隠れた田んぼの中です。
しかし、お饅頭のような山の周囲を石の柵で囲って、正面には石碑と香炉台がしつらえてあって、地元ではとても大事にされてきたような感じ。平安期、この辺りは京都に近いと言ってもかなりの田舎。そこにやってきた三十六歌仙なら、たぶん神様のように思えていたのかもしれません。 -
浄教寺は本願寺派の末寺ですが、住宅地の中にあって、さほどの規模はありません。戦国時代に再建されたということで、寺自体の歴史は古いようですが、現在の本堂も歴史あるようには見えない。高槻の観光案内でも、一応出ていますが、観光スポットという感じはほとんどしない寺だと思います。
北のエリアは以上。バタバタとまわりました。 -
高槻から移動して、晩飯は京都です。
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満月の花は、四条高倉から少し下がったところ。カフェで晩飯を食べようと訪ねました。
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店内は町家を改装して、すべてテーブル席にしたおしゃれな雰囲気。
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ご飯とみそ汁に三種類のおばんざいのセットというお勧めの組み合わせを注文しました。
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おばんざいは実際に並んだ小皿を見て、好きなのを自分で選びます。どれにしようか、お店の人に聞きながら品定めするのも楽しいですね。
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これまであんまり経験のないカフェの晩飯ですが、予想外にほっこりした晩飯になりました。
今日もめちゃめちゃ歩きましたが、無事終了。ちょっと無理した感もなくはないですが、明日は勝手知ったる京都市内。気の向くままに、ぼちぼち回ります。
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この旅行記へのコメント (4)
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- trat baldさん 2018/01/13 06:42:17
- 先回見せて貰ったのは川越、今回は京都一日目。
- 直線でも結構あるのに社寺仏閣巡りとなると歩く距離はぐんと増しますね!
なんせ鉄道での一駅区間だもんね、茨木から高槻にかけて淀川寄りの旧市街は魅力たっぷり!スィーツもね(^o^)
Ps.川越宿の成り立ちや産業(江戸への河川運搬)のレクチャー有難う御座います、場所は違うけど潮来笠の3番を思い出した「あの娘川下♪」
- たびたびさん からの返信 2018/01/16 17:03:20
- RE: 先回見せて貰ったのは川越、今回は京都一日目。
- 高槻は、その後、もう一度、後鳥羽上皇の離宮だった水無瀬神宮の辺りも歩いてみました。またアップしようとは思っているんですが、旅行記の原稿がたまりすぎていて、いつになるのやら。。
奈良もいろいろあるし。今は目先の高知を仕上げたいと思っていますので、よろしければ、こちらの方もどうぞ。
たびたび
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- nikさん 2017/12/24 14:34:21
- 京都もこのようなところが残っているのですね。
- 来年1月は京都に行きます。
まあ出張なのであまり遠くには足をのばせません。
いつものように木・金と全開で仕事をこなし土・日で遊び
月曜日の出社時間まで帰る算段です。
ちょっとゆっくり「歩き」でめぐると良いのかもしれませんね。
- たびたびさん からの返信 2017/12/26 10:12:16
- RE: 京都もこのようなところが残っているのですね。
- 京都というか関西は至るところが歴史の宝庫です。それは、東京ではなかなか味わえないことでしょう。そうした感じが少しは伝わっていたとしたら嬉しく思います。
たびたび
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