2017/04/12 - 2017/04/12
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ドクターキムルさん
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3年振りに鎌倉市材木座にある補陀落寺を訪れた。一度は見ておきたいと思っていた平家の赤旗が公開されているからだ。朝、寺に電話すると5月末まで平家の赤旗を公開しているということだった。この10年来、平家の赤旗を見たいと思っていたのだが、あいにく公開されてはいない時期に材木座を訪れていた。
何だかんだで午後になってしまったが、咲いたばかりの鎌倉タンポポと横浜タンポポの小鉢を持って行った。補陀落寺は平家の赤旗を公開しているというのに訪れる人もなく、ひっそりとしていた。住職に鎌倉タンポポと横浜タンポポの小鉢を渡し、本堂で平家の赤旗を眺めた。総大将平宗盛(平清盛の三男)が持っていたとされる平家の赤旗はA2くらいの大きさの額の中に入れられて展示されており、他にも5、6点ほど同じ大きさの額に入れられた頼朝ゆかりの織物や曼荼羅図などが並べられ、それらの説明書のA4の印刷紙が添えられている。赤旗は黒ずんでいて茶色っぽい色合いだ。そこに「九萬八千軍神」と墨書されている。清盛の筆だともいわれている。さすがに830年も経っている感じで、他の生地も虫に食われたり、周りが欠けたりしていて長い歴史を感じさせるものである。
須弥壇には十一面観音像(本尊)や不動明王像などなどが並んでいるが、横には左に弘法大師座像、右に源頼朝座像が安置されている。この頼朝像は寺伝では自作(自刻像)とされている。住職に「開山像や開基像は火災や災害などで失われても再造像する際には元の像に似せますよね?」と聞くと、「そうです。」と答える。
また、{OKADAのブログ」には「文覚上人裸形像(自作)」とあるが、住職は「誰が作ったかは不明です。」と強く言う。しかし、文覚上人像が自刻像でないとしたら、なぜ、頼朝が自刻像を残したかが私には理解できなくなる。
そうしていると、男の人が御朱印帳を持ってやって来て、住職が朱印を書いてやった。この中年過ぎの男の人は鎌倉山から歩いて来たといい、歴史には興味がなく、また草花にも興味がないのだという。朱印帳を持って古刹を巡っている人には歴史や草花に興味がないのは珍しいので驚いてしまった。
(表紙写真は補陀落寺本堂)
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