2017/04/09 - 2017/04/09
16位(同エリア4063件中)
てくてくさん
2月末のとある日、私は妻に「JALマイルが切れるから土日に有給1日を足して3日間で4月辺りにどこか行こうか?」と尋ね、さらに「奄美大島か長崎辺りにしようか、どっちがいい?」と尋ねました。妻はさらりと長崎を選択。その時からここに行くと虎視眈々と狙っていました。そう2001年に閉鉱した炭鉱の島であった池島。同じ長崎県にあって軍艦島と呼ばれる端島が圧倒的に知名度が高いですが、ここも同様に東シナ海に浮かぶ小さな島で黒いダイヤとも呼ばれる石炭採掘が行われていました。端島は無人島となり廃墟化が一気に進みましたが、ここ池島は2017年3月末現在でも世帯数105、人口158人とまだ生きているものの、どんどん廃墟化が進む島なのです。最盛期には住民登録だけで8000人、九州本土に住民票を置いている人も含めると1万人近い人口を誇った池島の現在の様子を見に、「池島炭鉱さるく」というツアーに参加して島を巡ってみました。
後編は炭鉱見学ツアー続く、オプションの池島島内見学ツアーです。ガイドさんとともに島内を歩いて回るます。
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そろそろオプションの島内見学ツアーが始まります。15名くらいいた見学者も半減しました。交通の便が悪いから皆さん早めに本土に戻られるようです。
火力発電所跡が目の前にあります。九州本土から地下ケーブルを使って通電されていましたが、炭鉱では排水や換気などで24時間大量の電気を消費するため、炭鉱で選別された低質石炭を使って発電していました。廃墟化しつつある新たな軍艦島 by てくてくさん池島炭鉱 名所・史跡
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バス停。人口150人余でもバスが運行されています。元炭鉱マンのガイドさんと7名で島内見学ツアーの開始です。
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バスって言ってもこれですけど。
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とはいってもほぼ定時に来たバスの乗客は我々のみ。
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バスで山を上っていきます。
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バス停に到着。
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桜が満開ですが、誰も花の下で愛でてくれる人はほぼいなくなってしまったようです。
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4階建アパート。住民は誰もいません。
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シーンと静まり返っています。ガイドさんの話によれば、炭鉱マンは正月、祝祭日関係なく完全週休二日で手取り30万円ほどだったそうです。一日3交代のローテーションを組むそうで、夜勤手当なども含めるとそんなに高くはないかな。稼いだ金は何に使ったと尋ねると、飲み代のほかに、歩いて回れるような島でも車を買ったそうです。この島で車を乗り回していたのですかと聞いたら、そうですとの返事。
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島内に残る唯一の小中学校。前編で桜の下でバーベキューをしていた子供2人のみが通っている。
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体育館と桜
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さてここが見どころの8階建アパート。
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アパートとアパートの間に橋があります。このアパートはエレベーターがないため、隣の棟と楽に行き来するため其れが造られたとのこと。
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そんなアパートが並んでいます。
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橋の下から光が射しているのが見えますか?もう朽ちかけているので、いつ落ちてもおかしくない状態です。ガイドさん曰く、昔からあと5年で落ちるといわれていたが、なかなか落ちない。けどもう5年は持たないんじゃないかと。童謡のロンドン橋落ちた♪じゃあるまいし・・・
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これが共同風呂跡。アパートに内風呂がないために共同風呂があちこちにありました。女性用と男性用のどちらが大きかったか?男性は炭鉱を出て職場の風呂に入るため、女性用の方が大きかったとの説明でした。
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見事な桜ですが寂しいもんです。
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個人で島内をぶらぶらする方向けに説明版も少しありました。
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迫力があります。
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蔦に覆われつつある8階建アパートの裏側。夏になったらもっとすごいことになるのでしょう。
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さっきのアパートとアパートを結ぶ橋。ほら今にも強風が吹けば崩れそうでしょう。
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ここから入ればアパートの5階になりますが、中に入れないようにバラ線で囲われています。
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さらに進みます。
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炭鉱入口に向かう通路。通路の真ん中に柵があり、向かう人と帰ってきた人がぶつからないようになっていたそう。
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「御安全に」と書かれている。あと何年か経てばグラついてきてこんな文字が書かれたネオンが凶器になりそう。
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その裏側には炭鉱から戻ってきた人向けに「御苦労さん」と書かれている。
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階段を下ります。
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東シナ海が広がっています。
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建物の脇を通ると
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第二立坑見学広場。
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女神の銅像。トンネルの神様は女神。だからかっては絶対っていっていいほど女性を炭鉱内に入れなかったとのこと。女性を入れると女神が嫉妬して事故が起きるとの迷信が信じられていた。でも、年に1回だけ炭鉱夫の奥さんを交えた集まりがあったようです。
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広場から島が見えます。あちらの方角の海底で主に採掘していました。
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大蟇島と小蟇島、ここに排気と入気立坑が造れたおかげで、炭鉱が発展したとの説明でした。
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こちらにも銅像。炭鉱夫と子供が大蟇島方面を見つめています。
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正しい手順で安全作業の標語。この前後いろいろありましたが、ガイドさんとのお約束なので、もにょもにょ・・・
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島内見学に戻ります。
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こちらも草に覆われつつあります。
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高台にあった慰霊碑。大事故は発生していないものの、過酷な労働条件の炭鉱内でお亡くなりになった方はいたようです。
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大蟇島と第二立坑。
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遠目から見ますとまだ現役のように見えます。
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母子島。
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展望台がありました。こちらは廃墟ではなくて現役です。
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火力発電所で生まれた熱を利用してお湯を配管で巡らしていました。なぜここで切れているかというと道路の上にあると、いつ落ちてくるかわからないから切断したらしいです。
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パイプの内側。
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106号棟辺りは最初にできたアパート群。他の物と比べて造りがやはりいいです。
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誰かが窓から覗いていそうで怖いですね。
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あちらのアパートにはお住まいの方がいるそうです。
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配管が巡らされていますね。
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人間様より猫が多いのか。
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現役の共同浴場。
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1カ所見学できる部屋があるそうです。
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安眠中とぶら下がったまま。これをかけているとこの島にも来たセールスマンの営業を防げたらしいです。
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洋式の水洗トイレ。
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二槽式洗濯機。
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生活感を残しています。ある程度手を入れているかと思いますが、閉鉱で補償金が出るために、引越費用よりも新天地で新たに買った方が安いと、こんな状態で島を離れたらしい。
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懐かしいテレビもあります。
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台所。レトルト食品も残っていました。
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ボンカレーにマルタイの棒ラーメン
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屋上に出ました。
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アパート群が見えます。
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第一立坑とコンベア
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今日一番の眺めでしょうか。
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いい眺めでしたよ。
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階段を下ります。
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1階の郵便受け
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この上の部屋が内部を見学できるそうです。
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島内唯一の金融機関である郵便局。
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過って賑わった商店街。
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レストラン。ガイドさんはここに出入りしていたそうです。
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ボーリング場。
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雀荘とスナック。ここら辺は比較的健全な繁華街だったようです。
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ひと気なくがらーんとしています。
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消防署というか消防団。若手(といっても50歳代?)は強制的に加入させられているのでしょうね。
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第一立坑と桜。
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ここからは花街跡。
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崩れかけた家もあれば、まだお住いの家もあります。
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朽ちた飲み屋。
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旅館跡。
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喫茶店なんでしょうか。
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当然ながら現役で営業しているお店はありません。
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パチンコ屋。
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パチンコの換金所。
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こんな家屋も多いです。
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島には速達という概念はありません。この郵便ポストに入れると一日一回のみ回収にくるそうです。
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かなり山を下りてきました。山の中腹で緩やかになっていますよね。あの上からボタ(石炭屑)が捨てられあんな形になったそうです。海が汚れるとの理由で島の漁民らに毎月1000万円を超える金額の保証金を払っていたそうです。私もその頃の漁民になりたい・・・
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島に残っていた理容院。最近ご主人がなくなって閉鎖したらしいです。
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商店街が続きます。
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これもパチンコ屋跡。
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奥にはマニア垂涎の玉貸機だそうです。その筋の人はみんな欲しがるそうです。
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パチンコ台。
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火力発電所のところまで戻ってきました。
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強風の日には何かが落ちる音が島に響き渡るそうです。このまま何も手を入れないと崩壊する日も近いと思います。
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何かはがれて飛んできそうで、近所に住んでいる人も怖いですよね。
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廃墟マニアにはたまらない風景です。ここら辺で石炭の選別を行っていたようです。
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向こう側はボタのほか島のごみを埋めたところ。島で唯一といっていいほど平なエリア。ガイドさんにここに家を建てる人はいないのの聞いたら、何が埋まっているかわからないからこんなとこに住む人はいないと断言された。何が埋まっているのか逆に妄想が広がる。
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ヤギが一匹。
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2匹目。
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乳をねだる子供で3匹目。
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あの船は佐世保と池島を結ぶ高速船。ちょうど出航のようです。
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最初にバスに乗った所に戻りました。ここはみなと亭という店で炭鉱弁当もここで作られているらしい。貸自転車もありますが、こんな坂ばかりの島なので、普通の自転車ならばお勧めしません。
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船着き場まで歩きます。
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漁民が使う船。
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帰りのフェリーの乗船券。
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九州最後の炭鉱のポスター。
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ここで乗船券を購入。
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本土からのフェリーが来ました。あれに乗って戻ります。とても面白いツアーでした。初めはお付き合いで来ていた妻も大満足だったそうです。島の各施設が朽ち果てる前に皆様にお勧めします。
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この旅行記へのコメント (6)
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- Decoさん 2022/01/28 21:20:38
- 素晴らしいツアー
- てくてくさん、はじめまして。
池島のツアー、素晴らしいですね。トロッコに乗って坑道に入って。なかなかこういう所はないと思います。既に役目を終えた炭鉱ですが、まだ人が生活している。このあたりが絶妙ですね。
池島、興味を持って調べてみたら、1958年開坑。1970年が最盛期。国内のほとんどの炭鉱は既に下り坂~週末を迎えていた時期で、池島は余程良質の石炭が採れたのでしょうか。社宅も三池炭鉱の長屋のような木造と比べて随分モダンで(土地が限られた島ということもあるのでしょうが)、生活面でもかなり良かったように思えます。
私は最近三池炭鉱の史跡巡りをしています。三池もかなり遅くまで生き残りましたが、どの史跡も現役というより遺産化しています。周囲の炭鉱の社宅もかなり早い時期から再開発されて、かつての雰囲気を留めるものはほどんと残っていません。廃墟化しつつあるとはいえ、まだ当時の生活が感じられる池島のツアー、本当に貴重な経験だと思います。
Deco
- てくてくさん からの返信 2022/01/30 09:20:23
- Re: 素晴らしいツアー
- Decoさま
おはようございます。
コメントしていただきありがとうございます。
池島はよかったですよ。このような産業遺産が好きなんです。元炭坑夫のガイドさんがいていろいろなお話をしていただきました。
また遊びに来てくださいませ。
てくてく
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- イメ・トラさん 2017/05/01 09:56:16
- 池島、感無量です
- 池島は30年ほど前に亡くなった姑の出身地です。
若くて不出来な嫁の私によく島の話をしていました。
いまはあんな風になっているのですね。姑が知らなくてよかったかも。
- てくてくさん からの返信 2017/05/01 14:52:33
- RE: 池島、感無量です
- イメ・トラさま
こんにちは。
池島ご出身の方がお近くにいたのですね。
とてもいい島でしたよ。ヤマの人間かウミの人々か分かりませんが、
草刈りなどもしっかり行われており、花は植えられ、島全体が荒れ果てていることもありませんでした。さすがに、アパートや炭坑施設の経年の劣化はしかたがありませんが。
てくてく
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- PHOPHOCHANGさん 2017/04/27 11:16:22
- 行かなくちゃ!
- 前編から気になっておりまして、と言うか軍艦島をクラス会旅行で訪れた際に、あっちも行きたかったよなと思っておりまして、やはり実行しなくてはとの思いを新たにしました。
軍艦島より回れちゃうのが良いですね。
楽しい旅行記ありがとうございました☆
- てくてくさん からの返信 2017/04/29 06:58:27
- RE: 行かなくちゃ!
- PHOPHOCHANGさま
おはようございます。
軍艦島ってかなりちっちゃいし、歩ける範囲がかなり限定されていますが。
池島はツアーに参加しないと入れない場所があるものの、
島内をほぼ自由に歩くことができます。
軍艦島も行きたいけど二者択一でこちらを選択しました。
正解だったと思っています。
いろいろと楽しい旅行でしたよ。是非いかれてみてください。
てくてく
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