2017/04/09 - 2017/04/09
15位(同エリア4076件中)
てくてくさん
2月末のとある日、私は妻に「JALマイルが切れるから土日に有給1日を足して3日間で4月辺りにどこか行こうか?」と尋ね、さらに「奄美大島か長崎辺りにしようか、どっちがいい?」と尋ねました。妻はさらりと長崎を選択。その時からここに行くと虎視眈々と狙っていました。そう2001年に閉鉱した炭鉱の島であった池島。同じ長崎県にあって軍艦島と呼ばれる端島が圧倒的に知名度が高いですが、ここも同様に東シナ海に浮かぶ小さな島で黒いダイヤとも呼ばれる石炭採掘が行われていました。端島は無人島となり廃墟化が一気に進みましたが、ここ池島は2017年3月末現在でも世帯数105、人口158人とまだ生きているものの、どんどん廃墟化が進む島なのです。最盛期には住民登録だけで8000人、九州本土に住民票を置いている人も含めると1万人近い人口を誇った池島の現在の様子を見に、「池島炭鉱さるく」というツアーに参加して島を巡ってみました。
長崎市街からここに来るのは車がないと結構難儀しますが、佐世保市街なら高速船が出ています。我々夫婦はレンタカーを利用しましたけどね。
- 交通手段
- 船 自家用車 徒歩
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レンタカーを瀬戸港から200mくらい離れた市営駐車場に停めます。
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ちょっと港から離れていますが、駐車場は指定されているここしかありません。
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池島と九州本土を結ぶフェリー。今日一日お世話になります。
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港の事務所。
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今日は船内で購入のようです。
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乗船が始まったようなので乗船券を持たずにフェリーに行ったら、船員に事務所で購入するように促されました。どっちなんだよもう。
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事務所で買った乗車券。一人440円なり。
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フェリーに乗り込みます。
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乗ったのは最前方右端。ここの場所は大正解。だってここだけ電源があってスマホを充電できました。ちなみに、フェリーの速度がかなり遅いため、ポケモンGOでは座ったまま相棒と約4キロほど歩いてくれました。
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10:15の定時に出航しました。
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瀬戸港の街並み
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右手には松島
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少しずつ池島に向かっていきます。
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池島が正面に見えてきました。
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近づくたびに何らかの建物が薄っすらと見えてきます。
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かなり近づきました。アパート群が見えます。
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池島港に着きました。
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海岸は砂浜でなくてぼた(石炭屑)のようです。
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上陸します。
池島炭鉱 名所・史跡
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池しまオスチ?何だろう?
よく見たら、池しま大スキでした。 -
これから一日巡る島の姿です。面積0.9k㎡。1.2km×0.7㎞くらいとイメージしてください。
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廃墟と化した火力発電所。
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周囲の様子。
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巨大なベルトコンベアーで石炭を運び出していたのでしょうか。
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本日の池島炭鉱見学ツアーは15名くらい。参加者は単独の中年女性や日本語達者な香港人、学生など多種多様でした。点呼をとってさっそく島を歩き出しました。
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ネコがうろちょろしています。
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港の周囲は綺麗な花が植えられています。
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廃墟って感じではなく、雑草も取られているようなきちっと整備された生きている島です。
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島民の畑。限られたスペースで野菜作りも盛んに行われています。
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おそらく漁業のブイかなんかで造られたオブジェ。
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もしやドラえもん!
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こんなにもたくさん
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だんだん生首に見えてきました。京都の六条河原のようですね。
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ちょっとこれも吊るされているようで不気味です。
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島の施設に入ります。
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奥のこんなところに着席して、再び点呼および集金。
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本日の炭鉱見学ツアーの利用券。
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池島炭鉱の歴史を学びます。
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ビデオを20分くらいみたのでしょうか。正直ちょっと長すぎで眠たくなりました。
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ちょっと早めのお昼。注文をしていました炭鉱弁当。アルミケースに入ったもので、当時の炭鉱マンが食していたものを復元したものとか。1名を除いてこのお弁当を頼んでいました。お茶付きで800円なり。
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中を空けるとこんな感じ。おかずは今風でしょうね。ご飯も軽くもっさり入れた感じ。より体力を必要としていた炭鉱全盛期だったらはご飯はこの倍は必要かと。今の我々にはちょうどよかったですけど。
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食べ終わってちょっと散歩。ここがショッピングセンターでしょうか。人の出入りはありませんでした。
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桜が咲いています。島民が集まってバーベキューをやっていました。ここの島の住民は元炭鉱マン+漁民。医者も警察官もいない限界集落です。
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島にある唯一のガソリンスタンド。タンクを使用しないでドラム缶から給油するスタイル。
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殺伐とした島かと思いましたが、結構ほんわかした島です。
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ヤギ3頭もいます。雑草を食べてくれるから導入されたとか。
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食事が終わると、炭鉱見学の準備スタート。私もヘルメットを被りライトと充電器をしょい、入鉱準備をします。
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説明する方も元炭鉱マン。
石炭ではなく石炭の出来損ないが置かれていました。 -
トロッコ電車。これに乗って炭鉱にGO!です。
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動き出しました。ねずみの国のアトラクションよりもわくわくします。
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穴に入ります。
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入ったのは数百メートル程度かな。ずっと奥に行ったら海の中だし、後で分かったことは昔の炭鉱部分はコンクリートで穴を塞いだうえ、自然発火による火事を防ぐために注水されているとか。
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炭鉱で使われていた道具。
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安全対策に力を相当入れていたのでしょうね。説明の多くに安全器具が多く登場します。
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活気があった頃の写真。プールが3つあったそうです。周囲の海にはフカが泳いでいて何名か喰われてしまったらしい。それで海水を利用したプールが誕生したとか。これに慣れてしまうと、九州本土に行ったら淡水のプールで浮力が少なく泳ぎにくかったとのこと。
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島にあったスーパー。
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どんどん海の下を掘っていったため、採掘現場が遠くなり、行き返りに2時間を超えることに。少しでも移動時間の短縮と体力消耗を防ぐためにベルトコンベアーで往復していたとか。
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現場主任が出勤確認と、担当業務の割り振りをしている写真。名前が書かれた木製名札が使われています。
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炭鉱で使われていた外国製品。ドイツの列車がひとつ。そして我々が付けているヘッドライトの充電器。日本製はまれに充電器の液が漏れて火傷するらしく、カナダ製を導入したとのこと。何でもメイドインジャパンが最高ではないようです。
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我々が入港した港は過っては池で、海とつなげ掘り下げたことで港となったそうです。
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泥にまみれた線路
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ちょっと分かりづらいですが、右上に池島があり、水色に塗られた炭鉱はずっと南西の海底に広がっていました。
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空気を送り込むダクト。相当電気を喰ったようですが、事故を起こさないために止むをえません。
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こちらに行くと
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掘り進めた炭鉱。
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巨大掘進機ロードヘッダー。
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採炭機ドラムカッター。希望者はスイッチを入れ動かせます。
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手に持って穴あけをした穿孔(せんこう)機オーガー。希望者は手で掘削作業を体験できます。
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こちらでも安全器具の説明。事故が起きた時、これを被り酸素が出てくる仕組みだとか。
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ずっと先に太陽光が見えます。登れば島中央部にでます。
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坑内救急センター跡。事故が起きた時の避難場所として法令で一定距離に1つ設けなくてはいけなかったとか。先ほどのダクトといい、何かと費用が掛かりそう。これじゃ露天掘りのオーストラリアに勝てませんね。
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再びトロッコ列車に乗り込みます。
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地上に出ました。
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これで昼食後約2時間の炭鉱見学が終了です。時間が過ぎるのが早かったです。
その昔、日本で原子力発電が始まった時、保守の自民党から革新の社会党の議員まで涙を流して、これで石油獲得のために戦争をしなくてよくなったと喜んだ時代がありました。それまで日本のエネルギーの一翼を担った国産の石炭、それをじっくりとその生産現場を学ぶ機会に恵まれました。
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