2016/12/28 - 2016/12/28
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ドクターキムルさん
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大船駅東口から南下し、横須賀線の踏切を渡り、ガードを潜ったところに一福弁財天尊が鎮座している。塩ビ管と思われる鳥居が建ち、手水鉢もあり、御神体は石碑で、表に弁財天が彫られている。そういえば、山崎の北野神社の倒れた石碑にも像が彫られていた。
一福弁昔財天尊がこの地に鎮座した由来は、管理している富士見町町内会によれば、「昔、田園踏切や隧道であまりにも交通事故が多かったので、近隣の方たちが集って話し合い交通安全祈願のために神社を設けることとなり、その頃柏尾川沿いにあった芸者街にいたと言われている美人をモデルに弁財天像を山ノ内にいた彫刻家に板石に描いてもらい、それを社に安置して祀った。 」と伝え聞いているそうだ。
どうやら近代になって創建された神社のようで、私がこれまでは葛原岡神社(明治20年(1887年)に創建)が鎌倉では最も新しい神社だと認識してきたが、横須賀線が開通した明治22年(1889年)以降に創建された一福弁財天尊の方が新しいことになる。元々、大船駅は大船軒がある西口が表玄関であり、東口は田園調布を真似た「大船田園都市計画」が立案され、途中に頓挫したが、その名残が、大船田園都市株式会社が関東大震災(大正12年(1923年))後に開発・分譲した住宅地「新鎌倉」として数棟が今も残っている(http://4travel.jp/travelogue/10480598、http://4travel.jp/travelogue/10607071)。
こうしたことからも、東口に人通りが増すのは震災後、おそらくは、戦前の昭和になってからで、その頃の創建であろうか?
(表紙写真は一福弁財天尊の石に彫られた弁財天)
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