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浄土宗鎮西派のお寺で、尾張徳川家との所縁が深い『喜秀山・貞祖院』の紹介です。現在の本堂は、明治5年(1872年)に建中寺の霊廟の一つを移築したものとされます。御本尊は、木像阿弥陀如来坐像です。

2015秋、禅隆寺と貞祖院(16/20):喜秀山・貞祖院:山門、参道、庫裏、本堂、萩、芙蓉

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2015/09/18 - 2015/09/22

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旅人のくまさん

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浄土宗鎮西派のお寺で、尾張徳川家との所縁が深い『喜秀山・貞祖院』の紹介です。現在の本堂は、明治5年(1872年)に建中寺の霊廟の一つを移築したものとされます。御本尊は、木像阿弥陀如来坐像です。

  • 尾張徳川家に所縁の、『喜秀山・貞祖院』に到着しました。その山門光景です。江戸時代初期の本堂は、天明2年(1782年)の大火で焼失し、明治5年(1872年)に建中寺の霊廟の一つを移築し、再建されました。

    イチオシ

    尾張徳川家に所縁の、『喜秀山・貞祖院』に到着しました。その山門光景です。江戸時代初期の本堂は、天明2年(1782年)の大火で焼失し、明治5年(1872年)に建中寺の霊廟の一つを移築し、再建されました。

  • 名古屋市教育委員会名で建てられた、『貞祖院本堂』のタイトルの立看板です。拾い読みしますと、清州に創建されたのは慶長13年(1608年)、徳川家康の四男の松平忠義(1580~1607年)を祀る玄白寺でした。建てたのは養母の『於美津の方』でした。『於美津の方』の没後、寺名は戒名の『貞祖院』となり、清州から名古屋に移ったのは、遅くとも17世紀の中頃と紹介されていました。

    名古屋市教育委員会名で建てられた、『貞祖院本堂』のタイトルの立看板です。拾い読みしますと、清州に創建されたのは慶長13年(1608年)、徳川家康の四男の松平忠義(1580~1607年)を祀る玄白寺でした。建てたのは養母の『於美津の方』でした。『於美津の方』の没後、寺名は戒名の『貞祖院』となり、清州から名古屋に移ったのは、遅くとも17世紀の中頃と紹介されていました。

  • 『喜秀山・貞祖院』の山門の正面光景です。東条松平家第4代当主・尾張国清洲藩主だった松平忠義公は、江戸幕府を拓いた徳川家康の四男で、2代将軍の徳川秀忠の同母弟でした。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで初陣を飾り、戦後、尾張国および美濃国で清洲52万石を与えられ、左近衛中将にも任官しました。関ヶ原の戦いで負傷した傷がもとで江戸で死去、享年28歳でした。このため、義母が位牌を祀るため清州に玄白寺を建立しました。

    『喜秀山・貞祖院』の山門の正面光景です。東条松平家第4代当主・尾張国清洲藩主だった松平忠義公は、江戸幕府を拓いた徳川家康の四男で、2代将軍の徳川秀忠の同母弟でした。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで初陣を飾り、戦後、尾張国および美濃国で清洲52万石を与えられ、左近衛中将にも任官しました。関ヶ原の戦いで負傷した傷がもとで江戸で死去、享年28歳でした。このため、義母が位牌を祀るため清州に玄白寺を建立しました。

  • 参道途中から眺めた、『貞祖院』の本堂光景です。名古屋市東区の泉三丁目に位置するお寺です。忠義公の養母の『於美津の方』は、『押加茂様』とも呼ばれていました。本堂は、『木造入母屋造桟瓦葺向拝付』で、『三十二坪三合三勺(106.8平米)軒高約四米半』の規模とされます。

    イチオシ

    参道途中から眺めた、『貞祖院』の本堂光景です。名古屋市東区の泉三丁目に位置するお寺です。忠義公の養母の『於美津の方』は、『押加茂様』とも呼ばれていました。本堂は、『木造入母屋造桟瓦葺向拝付』で、『三十二坪三合三勺(106.8平米)軒高約四米半』の規模とされます。

  • 名称が分からなかった建物の光景です。中央に大きな屋根飾りが付いた建物です。推測をすれば、観音堂の様な、本堂とは別の本尊が置かれたお堂、または、現在の本堂が出来る前の仮本堂当たりでしょうか。

    名称が分からなかった建物の光景です。中央に大きな屋根飾りが付いた建物です。推測をすれば、観音堂の様な、本堂とは別の本尊が置かれたお堂、または、現在の本堂が出来る前の仮本堂当たりでしょうか。

  • 名前が分からなかったお堂の上にあった、屋根飾りのズームアップ光景です。台座の部分に、梵字が記されていました。『虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)』を表す、『タラーク』の梵字かも知れません。

    名前が分からなかったお堂の上にあった、屋根飾りのズームアップ光景です。台座の部分に、梵字が記されていました。『虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)』を表す、『タラーク』の梵字かも知れません。

  • たっぷりとピンク色の花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。ハギは、マメ科ハギ属の落葉低木の総称です。秋の七草の一つに数えられています。

    たっぷりとピンク色の花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。ハギは、マメ科ハギ属の落葉低木の総称です。秋の七草の一つに数えられています。

  • 同じく、ピンク色の簾のように花を咲かせた、『ハギ(萩)』の花の光景です。万葉集(巻八)には、秋の七草を『萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花』と読み込んでいます。

    同じく、ピンク色の簾のように花を咲かせた、『ハギ(萩)』の花の光景です。万葉集(巻八)には、秋の七草を『萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花』と読み込んでいます。

  • 建物はありませんでしたが、手水舎の水盤の光景です。側面に山号の『喜秀』らしい文字が刻まれていました。これまでに見た水盤では目にしたことがない山号の文字でした。その文字に続いて水盤を表すらしい紋様がありました。

    建物はありませんでしたが、手水舎の水盤の光景です。側面に山号の『喜秀』らしい文字が刻まれていました。これまでに見た水盤では目にしたことがない山号の文字でした。その文字に続いて水盤を表すらしい紋様がありました。

  • 庫裏の前に置かれて、手入れをされていた盆栽の数々です。手入れが行き届かなくなった鉢も散見されました。

    庫裏の前に置かれて、手入れをされていた盆栽の数々です。手入れが行き届かなくなった鉢も散見されました。

  • 左手が本堂方面、こちらは参道の右手に見えていた庫裏の光景です。

    左手が本堂方面、こちらは参道の右手に見えていた庫裏の光景です。

  • ピンク色の『フヨウ(芙蓉)』の花の光景です。薄いピンクに濃いピンクの班が入っていました。フヨウは、アオイ科フヨウ属の落葉低木です。中国、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生します。

    ピンク色の『フヨウ(芙蓉)』の花の光景です。薄いピンクに濃いピンクの班が入っていました。フヨウは、アオイ科フヨウ属の落葉低木です。中国、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生します。

  • 『貞祖院』の本堂の正面光景です。名古屋市教育委員会の立札には、『建中寺霊廟の本殿と近似した建物』とされ、『多少の改造がされ、入母屋造妻入りとなっている』と紹介されていました。

    『貞祖院』の本堂の正面光景です。名古屋市教育委員会の立札には、『建中寺霊廟の本殿と近似した建物』とされ、『多少の改造がされ、入母屋造妻入りとなっている』と紹介されていました。

  • 『貞祖院』の本堂正面のズームアップ光景です。年代を感じさせる、観音開きの木の扉が開かれ、内側の新しい障子の引き戸が見えていました。

    イチオシ

    『貞祖院』の本堂正面のズームアップ光景です。年代を感じさせる、観音開きの木の扉が開かれ、内側の新しい障子の引き戸が見えていました。

  • 本堂の前から眺めた右手方面の光景です。本堂に付属して作られたようにも見える建物部分がありました。

    本堂の前から眺めた右手方面の光景です。本堂に付属して作られたようにも見える建物部分がありました。

  • 本堂の前から振り返って眺めた、山門方面の光景です。水はけを考量したのか、敷石がある中央部分が少し高くなっているようでした。

    本堂の前から振り返って眺めた、山門方面の光景です。水はけを考量したのか、敷石がある中央部分が少し高くなっているようでした。

  • 参道から分岐した、庫裏らしい建物方面への通路の光景です。白い萩の花が、その通路を飾っていました。

    参道から分岐した、庫裏らしい建物方面への通路の光景です。白い萩の花が、その通路を飾っていました。

  • たっぷりと白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。

    たっぷりと白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。

  • ズームアップした、白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。

    ズームアップした、白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。

  • 更にズームアップした、白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。思わず白藤の花を連想しましたが、同じマメ科の植物です。

    更にズームアップした、白い花を咲かせた『ハギ(萩)』の花の光景です。思わず白藤の花を連想しましたが、同じマメ科の植物です。

  • 境内の片隅に置かれていた石灯篭の光景です。火袋は隠れてしまいましたが、春日灯篭の1種のようです。

    境内の片隅に置かれていた石灯篭の光景です。火袋は隠れてしまいましたが、春日灯篭の1種のようです。

  • 敷石の参道から枝分かれした、飛び石の通路の光景です。駐車場方面に向かっていました。

    敷石の参道から枝分かれした、飛び石の通路の光景です。駐車場方面に向かっていました。

  • 咲き終わりの『アシビ(馬酔木)』の花のようです。ツツジ科アセビ属の常緑低木です。馬酔木の名は、『馬』が葉を食べれば毒に当たり、『酔』ったようになる『木』からの命名です。『アセビ』や『アセボ』の呼び名もあります。

    咲き終わりの『アシビ(馬酔木)』の花のようです。ツツジ科アセビ属の常緑低木です。馬酔木の名は、『馬』が葉を食べれば毒に当たり、『酔』ったようになる『木』からの命名です。『アセビ』や『アセボ』の呼び名もあります。

  • 参道の中間付近から振り返って眺めた本堂方面の光景です。参道脇には、休憩用のいすが置かれていました。

    参道の中間付近から振り返って眺めた本堂方面の光景です。参道脇には、休憩用のいすが置かれていました。

  • 駐車場側から眺めた、『喜秀山・貞祖院』の本堂側面光景です。尾張徳川家の菩提寺、建中寺の霊廟の一つを移築したものです。見学はできませんでしたが、『極彩色に荘厳された、良く保存された内部』と立札に紹介されていました。

    駐車場側から眺めた、『喜秀山・貞祖院』の本堂側面光景です。尾張徳川家の菩提寺、建中寺の霊廟の一つを移築したものです。見学はできませんでしたが、『極彩色に荘厳された、良く保存された内部』と立札に紹介されていました。

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