2015/10/14 - 2015/10/16
1335位(同エリア4667件中)
クッキーさん
嵯峨野・嵐山周辺散策が続きます。
落柿舎から常寂光寺へ。歩き疲れたところでバスに乗って渡月橋まで。
再びバスで西芳寺に向かいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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落柿舎入口。
入った右手にある札所で拝観料を払います。 -
松尾芭蕉の門人である俳人「向井去来」が閑居した草庵であり、松尾芭蕉も滞在したことがあるそうです。
本庵の土間の隣にある二帖の玄関の設え。 -
四畳半の奥には三畳の部屋があるだけという、こじんまりとした、まさに庵です。
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風が吹き渡り、居心地の良さそうな空間です。
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見事な藁ぶき屋根。
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落柿舎の名の通り、柿の実がたわわに実っています。
一晩の内に、庭に生えていた四十本の柿の実が、ほとんど落ちつくしてしまったというエピソードから「落柿舎」と呼ばれるようになったそうです。
秋の台風のせいでしょうか。 -
奥にある次庵は句会席や茶会等に利用できるそうです。
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何気ない山里風のお庭ですが、この風情を保つには、かなりの手入れが必要でしょうね。
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東屋風。
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庭を歩くと突然「コン」という音。庭の奥にある「鹿威し」です。
緑の中にうずもれるような、ひっそりと、のんびりとしたテンポの音です。 -
いくつかの句碑や塔などが見られます。
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秋の訪れの気配。
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茶庭の風情。
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土間以外はこの3部屋だけみたい。
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去来が定めた「落柿舎制札」。
俳諧道場として農夫・町民も自由に出入りしていたと云われます。 -
土間の中から。
入口には常に蓑と笠がかけてあるそうですが、気が付きませんでした。
本来は、庵主が在庵の場合はかけてあり、かけてない場合は外出中という意味だそうです。 -
土間の上の天井部分です。
ゆっくり見学したつもりですが、15分程の滞在でした。 -
こちらの像は中岡慎太郎、坂本龍馬などの土佐四天王と呼ばれる人達。
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解説。
幕藩体制の中、藩が一つの国であったこの時代、国を超えて躍動した人達。 -
記念に。
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のどかな田園風景の奥が落柿舎です。
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常寂光寺は田圃の脇から。
先程の落柿舎と違って、大勢の観光客であふれています。 -
山門から拝観受付を通り、参道を進みます。
頭上にさしかかる紅葉の向うに仁王門が見えています。 -
左への脇道の階段。
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たぶん右手の庭に続く石畳。
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茅葺きの仁王門。
この仁王門は本圀寺から移したもので、両袖の仁王は若狭小浜の長源寺にあったものを移したものだそうです。 -
仁王門をくぐり本堂に向けて急な石段を登ります。
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庭園へ続く石段の脇道へは後から行ってみます。
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石段を上がり切った所にある本堂?
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山道を歩いて、
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石段を上がり、
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さらに石段を上りきった所に立つ多宝塔。江戸時代初期の1620年に建立されたものだそうです。
檜皮葺の屋根の上にある長い相輪が目を引きます。 -
少し高いところから多宝塔を見下ろします。
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山の高さが中途半端のせいか、京都の街並みの眺めもこの程度です。
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本堂の近くにある鐘楼。
本堂の前を通り、庫裡の辺りから石段を下りると、 -
木々の足元の苔に陽光が揺れています。
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左奥に見えているのは仁王門。
この石畳は末吉坂。 -
木々の足元に広がる一面の苔。
実は、この後、苔寺の西芳寺を訪れるのですが、こちらの庭の方が素敵に思えました。 -
藤原定家山荘跡を示す石碑。
京都では、至る所に1300年の歴史が詰まっているんですね。 -
木々の間に見え隠れする石段は、仁王門から本堂へ続くもの。
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紅葉時期には駐車場脇に臨時出口までが設けられるそうですから、この青々としたモミジが紅く染まる頃に訪れたくもあり、訪れたくもなし・・・人波に酔いそうですから。
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仁王門の茅葺き屋根。
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石畳脇にひっそりと。
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参道脇の常夜燈。
見学は40分程。 -
お食事処も雰囲気たっぷり。入店はしていませんが・・
この日の昼食は、もしかしたらスルーしたのかも。
トロッコ嵐山駅とJR嵯峨嵐山駅は方向が違うんですね。 -
トレイルに沿って歩けるようでしたが、さすがに足に疲れをおぼえたので、ここまでバスで戻ってきました。
早朝には人影もまばらだったここオルゴール博物館辺りも、多くの人たちがそぞろ歩き。
近くにある竹林の道に続く小路の奥には大行列ができていました。 -
天竜寺を横目で見ながら渡月橋まで歩いてきました。
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桂川の流れ。
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渡月橋のたもとで苔寺行きのバスを待ちます。
この日のお昼ご飯はいったいどこで? -
現在は一般の拝観は中止されており、往復はがきによる事前申し込み制が必要となっています。また拝観時は、写経などの宗教行事に参加することが条件となっています。
時間指定の希望はできず、はがきが届いて初めて、この日の予定が決まるという結果に。
西芳寺には予約時間の30分前には到着しましたが、いっこうに門が開けられる気配はありません。
門が開いたのは、予約時間ぴったり。
無理をして早く来る必要はなかったようです。 -
まずは写経するために本堂に入ります。
およそ40分余りでした。
右隣に座った人の達筆ぶりに動揺しながらも、何とか完成させました。
墨の用意はされていますが、筆ペンでも大丈夫でした。 -
写経の手本と庭園案内図。
折角案内図があるというのに、見もしないで(つい先程、もらっていたことを発見)歩いたので、いくつもの見どころを見逃していたようです。
そもそも苔寺なのだから、苔を見るためだけに歩けばよいと思っていたことが間違いの元だったようです。 -
生まれて初めての写経を終え、境内を歩いて庭園に向かいます。
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庭園の案内図は、きっとバッグの奥底に。
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観音堂。
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「西芳寺」が正式の名称ですが、一般には「苔寺」といわれているのは、約120種の苔が境内を覆い、緑のじゅうたんを敷きつめたような美しさから。
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西芳寺は臨済宗の寺院。山号を洪隠山と称し、本尊は阿弥陀如来、開山は行基、中興開山は夢窓疎石だそうです。
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西芳寺は応仁の乱で殆んど全ての建物は焼失。江戸時代には2度にわたって洪水にも見舞われて荒廃しました。
枯山水であった庭園が荒れ果ててしまい、今日のように苔でおおわれるのは江戸時代末期に入ってからだそうです。すぐそばに川が流れる谷間、という地理的要因が大きいとされています。 -
西芳寺庭園は、
夢窓疎石により手が加えられた庭園で、池泉回遊式の庭園で中央の池、黄金池は心字形となり周りは苔におおわれています。 -
西芳寺には、120種類の苔が自生しているそうです。
本堂の周りは大体がスギゴケだそうです。
俗に西芳寺の庭といわれているところは、庭園に入り右側の土塀に囲まれている樹木が生い茂っている空間です。ちょうどこの辺り。 -
西芳寺の庭の地形で一番の特徴は穴の中に庭があり、中央に池があることです。
周りは、土塀で囲まれ樹木が茂っているため風が入らない為乾燥しません。
さらに樹木と池がある為、空気に流れがありません。
これらの特徴は苔にとって最高の条件なのだそうです。
この辺りの苔が一番きれいだったかな。
苔のまわりの石組は、枯山水の庭の名残でしょうか。 -
半日陰から日陰で湿度が高い為、スギゴケはほとんどなくカモジゴケ、ヒノキゴケ、オキナゴケがほとんどだそうです。
西芳寺の庭の中で樹木がなかったらスギゴケの庭になっただろうということですが、はてさて苔の美しさの優劣や如何に?
池の周りの一部は石組みになっています。 -
右側が土塀。
この辺りの苔はまた違った色合い。
光の加減のせいでしょうか。 -
回遊式庭園という割には、植えられている樹木の配置が、おおざっぱというか、統一感がないような・・・
どちらかというと好みではありません。 -
かつて枯山水だった時には、こういった樹木はなかったんでしょうか?
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ここも惚れ惚れするほどの苔が一面に。
ただ、写真では、ごく一部をアップできるからきれいな苔に見えるけれど、視覚的に「一面の青々とした苔」と言えるような場所は、あまりなかったような気がします。
やはりここを訪れるのは、梅雨時が一番みたいですね。 -
こちらも石積み。
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黄金池に浮かぶ朝日ヶ島と夕日ヶ島。
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これらの小島には白砂が敷かれ松が植えられ、亭があり、池の3面の花木は2段に刈り込まれていたそうですが、今は、ちょっと寂しい状態の苔ばかり。
作庭当時のままの松だとすると、ずいぶん長い間ほっぽらかしにされた松のようですね。
日本庭園に見られるような松というより自生の、自然そのままのような姿。 -
モコモコの苔。
もののけ姫を想像してしまいます。 -
苔にとっては日が当たり過ぎで、居心地が悪そう。
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庭の最奥にある潭北亭(たんほくてい)、
一般のお茶室とは違い立礼式のお茶室です。
庭園内には湘南亭、少庵堂、潭北亭(たんほくてい)の3つの茶室があるそうですが、あとの二つは苔に注意を奪われたせいか目に入らなかったようです。
ずっと手前にあった筈の湘南亭という茶室は、京にのこされた名茶室の一つで、国の重要文化財指定。
幕末には岩倉具視もしばらくここに身を潜めていたという謂れのある茶室。 -
黄金池を半周して北側に。
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日が差し込み過ぎているせいか、地面が露出してしまっています。
地面の状態も乾燥して堅そう。 -
通宵路という名前の小路を進むと、
-
向上閣と呼ばれる小さな門が現れます。
西芳寺庭園は、夢窓疎石によって築かれた日本最古の枯山水庭園で、上段の枯山水と、下段の池泉回遊式庭園の2つから成っていたそうです。
ここまでが下段の庭で、ここから先は上段の庭となります。
向上閣を潜って急傾斜の石段を登ると、 -
苔にとって条件が揃った場所のようで、下段よりも深く濃い苔むした光景。
中を緩やかな傾斜の園路で進むと、開山堂である指東庵(しとうあん)と呼ばれる小さな仏堂の前に至るそうですが、これまた視野に入らなかったか、そこまで歩かなかったのか・・・
この指東庵の西側には、森閑とした森の中で静かに瞑想に耽るための坐禅石があるそうです。 -
指東庵の手前にある須弥岩組という枯山水の石組み(たぶん)。
枯山水は、厳しくストイックな禅の境地を表すものらしいのですが、苔に覆われている分、やや穏やかな表情を見せています。 -
指東庵は、夢窓疎石にとってきわめて神聖な坐禅の場所。
この指東庵横にある枯山水石組は、巨石を組み合わせ滝を象徴しており、まるで巨大な龍が襲いかかってくるかのような迫力のある姿。中国の高僧が隠棲した場所であった洪州に因んで「洪隠山(こういんざん)」と名付けられた世に名高い石組だそうです。
これもまた見逃したものの一つです。
それなのに、すっかり見終えた気分になって石段を下りていきます。 -
境内の方へ下りていく石段。
とても風情があり、ここを歩けただけでも儲けもの。 -
庫裡だったでしょうか。
事前に調べすぎると、それを確かめるだけの旅になりそうだし、調べておかないと今回のように見逃しが多くなるしで、加減が難しいところです。 -
境内辺りまで。
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最後に本堂辺りを振り返って。
こうして見ると、背後の山々と一体になっているようなお寺ですね。 -
入ってきた衆妙門。
写経時間を含め1時間半程でした。 -
バスの発車時間まで少し間があったので近くの鈴虫寺まで足を運んでみました。
鈴虫寺の正しい名前は「妙徳山 華厳寺」という名前。
鈴虫寺と言われるようになった理由は、四季を問わず鈴虫の美しい音色が聞こえることからこの名前が付いたそうです。
涼やかな鈴虫の音色を聴きながら、疲れ切った足で石段を上っていきます。 -
鈴虫寺、山門。
ここに至るまで、しっかりと鈴虫の音色を堪能したので、時間もないことだしと中には入りませんでした。 -
鈴虫寺のお地蔵さまは草鞋を履いており、私たちの所まで歩いて願いを叶えにきてくれるそうです。
叶えてくれる願い事は一つだけ。そのたった一つの願い事も頭に浮かばないままカメラに収めてきました。 -
再びの渡月橋。
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山々に囲まれているせいか、もう夕刻の様相を見せています。
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観光客の姿もまばら。
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桂川も見納め。
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可愛らしい器は眺めるだけ。
-
嵐山を駆け抜ける人力車。
これから天竜寺に向かいます。
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