糸満・ひめゆり旅行記(ブログ) 一覧に戻る
平成28(2016)年6月23日木曜日。沖縄では日本軍司令官の自決により組織的抵抗が終わったとされる実質的な終戦から71年目を迎えます。現在では〝沖縄慰霊の日〟とされている〝沖縄県の祝日〟ではあるものの、終戦直後に制定されたものではなく、1961年6月22日に当時の琉球政府が制定され、その後1965年6月23日に変更された経緯があり、その後昭和47(1972)年5月15日に沖縄県の日本復帰とともに祝日とはならなくなったものの、昭和49(1974)年に改めて〝沖縄県慰霊の日を定める条例〟が制定され現在に至っています。<br /><br />昨年平成27(2015)年は太平洋戦争終結後70年の節目の年であり、戦没者遺族のひとりとして〝戦後70年沖縄戦全戦没者追悼式〟に参列したく沖縄へとやって来ました。しかし1年でたった1日の慰霊の日が、心ないプロバガンダをふりかざす輩により台なしにされている〝現実〟を目の当たりし、沖縄に於ける慰霊の念の乏しさに正直失望したのが本音です。<br /><br />昨年も記載しましたが、平和祈念公園へと向かう送迎バスに乗っておられた多分内地から来られたご年配のご婦人が、公園入口での抗議活動を見て凄く寂しそうな表情をされていたことが頭から離れません。こういった場違いな活動が続けられるようでは、正直追悼式典に来る〝価値〟を見いだせないと感じました。それを私の〝小さなまなこ〟で確認すべく今回の沖縄訪問を企画しました。そういうところから計画立案した今回の≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱が始まります。<br /><br />長いようで本当に短かった5日間、今日はいよいよ沖縄を去る日となりました。この章〝≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱之五~最終日:さよならは言わないよ編~〟では、最後の立ち寄りと帰途の模様について紹介します。<br /><br /><br />平成28(2016)年6月25日土曜日<br />みん宿ヤポネシア 09:53(0.0km:0.0km:260.5km:0.0km/h)<br />ファミマ 09:56(1.5km:1.5km:262.0km:30.0km/h)<br />糸満米須 10:08<br />魂魄 10:12(1.7km:3.2km:263.7km:28.4km/h)<br />之塔 10:17<br />喜屋 10:28(6.3km:9.5km:270.0km:35.0km/h)<br />武岬 10:35<br />潮 平 11:03(12.3km:21.8km:282.3km:21.3km/h)<br />浄土寺 11:05<br />ルフトトラベ 11:28(8.8km:30.6km:291.1km:23.2km/h)<br />ルレンタカー 11:56<br />那覇空港国内 12:06<br />線ターミナル 12:08<br />那覇空港国際 12:14<br />線ターミナル 12:15<br />那覇空港LCCターミナル 12:18【MM214:9,390円】<br />チェックイン 12:25<br />セキュリティ 12:45<br />搭乗開始 13:31<br />バス搭乗 13:33<br />バス出発 13:34<br />搭乗 13:41(13:45スコールが降り出す)<br />ドアクローズ 13:57<br />プッシュバック 14:01<br />タキシング 14:09<br />離陸 14:18<br />車輪 15:55<br />着陸 15:58<br />停止 16:01<br />ドアオープン 16:04<br />降機開始 16:05<br />降機 16:10<br />バス乗車 16:18<br />バス出発 16:20<br />バス到着 16:27<br />バス下車 16:28<br />リムジン乗車 16:37<br />リムジン出発 16:40【関西空港リムジンバス:2,090円】<br />高速京田辺 17:38<br />17:40<br />京都駅 18:05<br />喫煙コーナー 18:09<br />18:17<br />京都駅 18:20<br />    18:22【快速米原行:240円】<br />田舎駅 18:37<br />    18:41(迎え)<br />自宅 18:57<br /><br /><br />あっという間の5日間、今日はもう帰る日となりました。同宿だった民泊の高校生は7:00出発で行動を開始ということで、私が起きた8:00にはもういませんでした。もう一組の方は素泊まりだったようで、朝食を頂いているときに出発されました。奥さんご自慢の朝食を頂いた後、ゆっくりと荷物をまとめていきます。そして10:00少し前に出発します。オーナーご夫妻に視界から消えるまで手を振られながら「次いつ来るかはわかりません。でもさよならも言いません」と思いもよらない迷言に酔いながら車を走らせます。<br /><br />大度交差点を左折し、いつものファミリーマート糸満米須店に立ち寄り、ドリンクと一服タイムを取ります。レンタカーの返車は12:00なので、何ヶ所かは回れそうなので、魂魄之塔・喜屋武岬、そして潮平の浄土寺を選んで走り出します。<br /><br />魂魄之塔、沖縄県の慰霊碑ともいえるこの場所では、6月23日に慰霊祭が行われています。昨年は6月24日今年は25日に訪れましたが、慰霊祭の祭壇は24日の午前中には取り払われるため、今日は花束と多くの千羽鶴が捧げられているだけとなっていました。まずは手を合わせ写真にその姿を収めて行こうとしましたが、参拝者の数にそぐわない車両が付近に駐車されていることに気づきます。実はこの車〝サーファー〟のものなのですが正直〝なにを考えている〟のか理解し難い事実です。付近の海岸はサーフィンのメッカとして有名ではあるものの、本来参拝者向けに設けられた駐車場であるにも関わらず駐車をしています。立て看板には〝駐車をご遠慮下さい〟と書かれているものの、従うものは誰もいない・・・。それが事実です。トイレも水着を洗ったりとまあ我が物顔での利用に対して、行政や警察が何もできないのか?何もしないのかはわかりませんが、このマナーの悪さには閉口します。<br /><br />まあかかわる時間すらないので今回は旅路を急ぐことにします。<br /><br />喜屋武岬、沖縄島南端(最南端は荒崎)に位置する岬で喜屋武岬灯台が設置されています。沖縄戦終盤にこの地に追い詰められた日本軍兵士や軍属、住民は米軍に陸からも海からも追い詰められ、数十メートルの高さの崖から飛び降りて多くの犠牲者を出した場所です。以前名城ビーチにあった平和の塔が昭和44(1969)年に移設され現在に至っています。<br /><br />駐車場・トイレ・展望台を兼ね備えた観光地のひとつとなっている場所ではありますが、岬から見える平和一色の〝沖縄の海〟が70余年前にはどのような光景が広がっていたのか?今となっては知る由もありません。また平和の塔自体が第62師団隷下の部隊の戦没者について触れている要素が強いため、人によっては嫌悪感を抱くことがあると記述されているものもあります。<br /><br />民間人を含む多くの人命が失われたこの地に、日本軍兵士にまつわる平和の塔が建立されていることは、日本軍の悪業とされるものが全ての日本軍の兵士までも悪く言う本末転倒な解釈がされている一部に於ける〝偽善発言〟によって事実が歪曲されていることを危惧します。あくまで多くの人命が失われた〝悲劇の場所〟であると同時に〝聖地〟でもあることを忘れてはならない・・・。1年前と同じコメントになりますが、私はそう思えてなりませんでした。色々と考えたいことは山ほどあるのですが、限られた時間ではゆっくり物思いに耽ることもできないので、最後の立ち寄り地点へと出発することにします。<br />車へと戻ろうとしたときになぜかおじぃに声を掛けられ、喜屋武岬園地についてアンケートを求められました。まぁ答えはしましたが残念ながら私が初めてこの地を訪れたのは昨年6月24日の話であり、園地が整備されていない時を知りません。ただそろそろ工事をしているのかどうかわからない道のりを、早く終わらせてわかりやすくして欲しい旨は伝えておきました。<br /><br />喜屋武岬を後にして向かった先は糸満市潮平の浄土寺。沖縄戦を戦った第24師団隷下の歩兵第89連隊沖縄戦戦没者慰霊顕彰碑が建立されている場所であり、永代供養をされているお寺になります。実はこの第89連隊に関する慰霊碑は、一昨日訪れた新垣、昨日訪れた西原とこの浄土寺にあるのですが、すべての情報を明確にされているものがなく、新垣の玉砕終焉之地がここ浄土寺にあると書かれているものもあります。また場所もわかり辛く国道331号線阿波根交差点から沖縄県道82号線へと入り、脇道へと入って行かなければなりません。何回か周辺を回った後無事に辿り着くことができ、お参りを済ませ今回の旅の最終目的地としました。<br /><br />浄土寺を出発したのが11:05、もう一か所回れそうですが実はここで超現実的な問題が発生します。今回の借りたレンタカープランは〝満タン返し不要〟なので、給油の必要はないものの、もし途中給油した場合は自腹になります。何故満タン返し不要を選んだかというと、昨今値上がりしている〝ガソリン代〟を考えてのことなので、途中給油すると意味がなくなります。まして返車するだけの状況では…。正直4月は200km走らなかったため、今回もそれ位だろうと思っていたら、今朝みん宿を出発する段階で260kmを走っていました。それでも残りふたつ目盛が残っていたので大丈夫と思っていたら、喜屋武岬で残りひとつとなり給油ランプが点灯しました。この辺りは車種によってばらつきがあるもののまぁガス欠することはないだろうと走り始めたところ…浄土寺を出発し国道331号をレンタカー営業所に向かう途中で給油ランプが〝点滅〟を始めます。本来なら僅かでも給油すれば気楽なのですが、車載のecoモードを信用し走り続けます。そして約20分後無事ルフトトラベルレンタカー那覇空港営業所に辿り着き、ガス欠もせず返車を済ませます。後から考えるとエアコンをかけっぱなしだったことが燃費の悪さに繋がっていたようです…。まあ無事で良かった♪<br /><br />土曜日の今日はさすがに人が多いようです。帰る人の返車と出発される方の貸出ともピークだったように見えました。フルサポートのプランはその点チェックも早く、返車もスムーズでした。ルフトトラベルレンタカー那覇空港営業所の口コミに〝手際が悪い〟との記述が多いのも事実ですが、他の中規模のレンタカー会社で〝インバウンド〟の取扱い(ようは外国人相手)を行っている場合はどうしても時間が掛かってしまう事実があります。それに加え返車の時間は大抵飛行機の時刻の90分前に集中しており、借りた側も飛行機の時刻を気にしているため故に起こってしまいます。何人かはそのような客も見受けられました。ならばもう少し余裕を持って行動すればいいのでは…そんなようにも思えます。私の場合2時間前に返車しました。なので別にイライラすることもなく沖縄本島300kmの旅を気持ち良く終わらせることができました♪<br /><br />という感じで後は空港へと向かうだけです。しかし帰りはPeach便を使うためLCCターミナルへと送ってもらうのですが、返車が早過ぎたためLCCターミナルへと向かうバス待ちをしなければなりませんでした。時間が遅ければLCCターミナル直行なのでしょうが、この時間では国内線・国際線ターミナルを経由し、最後にLCCターミナルへと向かうルートでした。それでも20分程で到着し、後は関西空港へと帰るだけになりました。<br /><br />荷物もゆうパックで送っておりほとんど荷物はありません。でも那覇空港LCCターミナル出発は何かと細かいところを見られ、まずセキュリティー前に手荷物の重さを計られます。それは余裕でセーフだったものの、まさかの保安検査で止められる羽目に(驚)。いつもはタバコやスマホなど別にX線を掛けられるものをかばんに押し込んで何食わぬ顔で通過していました。今回もそのようにしようとしたらまさかのストップ。ようはスマホとタブレットが同じ場所に偏っていたため、不審物の扱いを受けたようなのですが、かばんを開けられるとああだこうだと難癖をつけられます。懐中電灯の電池が入っているからそれを出して…、なんのこと状態です。壕巡りの必需品である懐中電灯を言われたことなど今までになかったことなので…。ちなみに同じように乾電池が入っている〝デジカメ〟のことはなにも言われず、結局抜き打ちか…と思いながら腹を立てても仕方がないと思い、さっさと荷物を詰め込んで待合所へと向かいます。<br /><br />今更の話ですが、那覇OUTの際にPeachを使ったことは初めてのようです。関西空港第2ターミナルを知っていれば驚かないのですが、あいも変わらず貧粗な造りです。造りは仕方がないにしてもとにかくエアコンが効いておらずとにかく暑い。プレハブ造りは仕方がないにしても建物が暖まっていることによって汗が垂れてきます。しかしもう何も考える余裕すら残っていません。取り敢えずこのターミナルビルから出たい…その気持ちしかありませんでした。<br /><br />毎度の使用機材到着遅れでdelayが生じます。ただ2番ゲートからの搭乗は何故かバス搭乗でした。Peachでは空いていればファストシートをアサインするので結構早めに搭乗できるのですが、今回も搭乗開始後10分で座席に座れ、途端に眠気が出てくる状態で車窓を眺めていると、5分後まさかのスコールが(驚)。そのことを加味した上でのバス搭乗だったようですが、相変わらず通路一本の機材では搭乗がなかなか進まなかったことは言うまでもないことです。なんとか機内の人となれたものの一向にスコールが止む気配はありません。その雨の中MM214便関西空港行A320-200型機は滑走路を滑るように走行し、雨の那覇空港を後にしました。<br /><br />いつもならば車窓を眺めているのですが眠気が勝ってしまい、気が付けば眼下には山と川が見えていました。四国上空だったのですが間もなく着陸体制に入り雨の関西空港へと到着。91番搭乗口経由で歩いて関西空港第二ターミナルを通過し、シャトルバスで第一ターミナルへと移動し、京都行のリムジンバス乗り場へと向かいます。この辺りはいつものパターンとは違っているのですが、delayの関係で予定していた第二ターミナル発のリムジンバスに乗れず、1本後の便は第一ターミナル発の便だったためその移動が必要でした。降機してから40分でリムジンバスに乗り込む手際良さ(笑)は、最近の旅では当たり前になってきました♪そうして大阪空港交通オペレーションの京都行リムジンバスは定刻16:40に関西空港第一ターミナルを後にし、一路京都駅八条口へと向かいます。<br /><br />順調に進んで高速京田辺を経由し、京都駅八条口に定刻に到着します。ちょっと雨が降っていますが、横断歩道を横切って喫煙所へと立ち寄ったあと、コトチカ京都を経由し京都駅2番ホームを目指します。丁度快速米原行が入線してきたのでさっと乗車し、トンネルをふたつ超えると我が街大津の田舎駅に到着します。リムジンバスの車内から帰る時刻をLINEしていたらオヤジ殿が迎えに来てくれており、駅でウダウダすることもなくそのまま帰路につき、18:57無事にど田舎タウンの我が家に到着しました。糸満のみん宿ヤポネシアを出発してから約9時間、通算15回目となる沖縄の旅は今回も無事に終わりました。<br /><br />今年に入って3回目となった今回の沖縄の旅をもってしばらく来沖を見合わせることを考えていました。以前はただ〝離島滞在と宿泊〟を目的にしていた頃は、何も考えずに楽しんでいただけに、次はどこの目的地へ行こうとかそんな期待もありました。それを〝戦跡巡り〟という目的に変えた頃から、どんなにうまく時間取りをしても回り切れないこと多くなり、それに加えて新たな目的地を組み込んでいったため、結果として不完全燃焼を起こしたまま普段の生活に戻らなくてはいけない…。そのため旅行に行くにも疲れを貯めたまま、旅行から帰ってきても疲れを持ち越したままという悪循環が生じています。その思いが「いつ来るとも言いません。しかしさよならも言いません」という発言に繋がっているように思えます。<br /><br />しかしその反面以前訪れたことのある戦跡を取り巻く環境が大きく変化している現実も伝わってきています。昨年10月に訪れた西表島の〝忘勿石〟が保全のためと称してとんでもない状況になっていると4tra琉球熱さんよりお聞きしました。メディアから窺い知れることもありますが、やはりそれは自分の目で見て聞いてをモットーとする私には、やはり問題提起をしなければいけないものを放置することはしたくありません。しばらくは今まで歩き回った戦跡を含めた様々な場所の情報を整理することにするつもりですが、それと並行して〝変わりつつある戦跡〟を回る旅を組み立てたいと思っています。<br /><br />今回も長文にお付き合い頂きましてありがとうございました。これで〝≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱之五~最終日:さよならは言わないよ編~〟は終わります。<br /><br />最後に費用明細です。<br />小計:11,720円(割引後:11,720円)<br />累計:64,413円(割引後:63,133円)<br /><br />一日あたり<br />12,883円/日(割引後:12,627円/日)<br />※少し予算オーバーでした。

≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱之五~最終日:さよならは言わないよ編~

36いいね!

2016/06/25 - 2016/06/25

163位(同エリア733件中)

0

65

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

平成28(2016)年6月23日木曜日。沖縄では日本軍司令官の自決により組織的抵抗が終わったとされる実質的な終戦から71年目を迎えます。現在では〝沖縄慰霊の日〟とされている〝沖縄県の祝日〟ではあるものの、終戦直後に制定されたものではなく、1961年6月22日に当時の琉球政府が制定され、その後1965年6月23日に変更された経緯があり、その後昭和47(1972)年5月15日に沖縄県の日本復帰とともに祝日とはならなくなったものの、昭和49(1974)年に改めて〝沖縄県慰霊の日を定める条例〟が制定され現在に至っています。

昨年平成27(2015)年は太平洋戦争終結後70年の節目の年であり、戦没者遺族のひとりとして〝戦後70年沖縄戦全戦没者追悼式〟に参列したく沖縄へとやって来ました。しかし1年でたった1日の慰霊の日が、心ないプロバガンダをふりかざす輩により台なしにされている〝現実〟を目の当たりし、沖縄に於ける慰霊の念の乏しさに正直失望したのが本音です。

昨年も記載しましたが、平和祈念公園へと向かう送迎バスに乗っておられた多分内地から来られたご年配のご婦人が、公園入口での抗議活動を見て凄く寂しそうな表情をされていたことが頭から離れません。こういった場違いな活動が続けられるようでは、正直追悼式典に来る〝価値〟を見いだせないと感じました。それを私の〝小さなまなこ〟で確認すべく今回の沖縄訪問を企画しました。そういうところから計画立案した今回の≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱が始まります。

長いようで本当に短かった5日間、今日はいよいよ沖縄を去る日となりました。この章〝≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱之五~最終日:さよならは言わないよ編~〟では、最後の立ち寄りと帰途の模様について紹介します。


平成28(2016)年6月25日土曜日
みん宿ヤポネシア 09:53(0.0km:0.0km:260.5km:0.0km/h)
ファミマ 09:56(1.5km:1.5km:262.0km:30.0km/h)
糸満米須 10:08
魂魄 10:12(1.7km:3.2km:263.7km:28.4km/h)
之塔 10:17
喜屋 10:28(6.3km:9.5km:270.0km:35.0km/h)
武岬 10:35
潮 平 11:03(12.3km:21.8km:282.3km:21.3km/h)
浄土寺 11:05
ルフトトラベ 11:28(8.8km:30.6km:291.1km:23.2km/h)
ルレンタカー 11:56
那覇空港国内 12:06
線ターミナル 12:08
那覇空港国際 12:14
線ターミナル 12:15
那覇空港LCCターミナル 12:18【MM214:9,390円】
チェックイン 12:25
セキュリティ 12:45
搭乗開始 13:31
バス搭乗 13:33
バス出発 13:34
搭乗 13:41(13:45スコールが降り出す)
ドアクローズ 13:57
プッシュバック 14:01
タキシング 14:09
離陸 14:18
車輪 15:55
着陸 15:58
停止 16:01
ドアオープン 16:04
降機開始 16:05
降機 16:10
バス乗車 16:18
バス出発 16:20
バス到着 16:27
バス下車 16:28
リムジン乗車 16:37
リムジン出発 16:40【関西空港リムジンバス:2,090円】
高速京田辺 17:38
17:40
京都駅 18:05
喫煙コーナー 18:09
18:17
京都駅 18:20
    18:22【快速米原行:240円】
田舎駅 18:37
    18:41(迎え)
自宅 18:57


あっという間の5日間、今日はもう帰る日となりました。同宿だった民泊の高校生は7:00出発で行動を開始ということで、私が起きた8:00にはもういませんでした。もう一組の方は素泊まりだったようで、朝食を頂いているときに出発されました。奥さんご自慢の朝食を頂いた後、ゆっくりと荷物をまとめていきます。そして10:00少し前に出発します。オーナーご夫妻に視界から消えるまで手を振られながら「次いつ来るかはわかりません。でもさよならも言いません」と思いもよらない迷言に酔いながら車を走らせます。

大度交差点を左折し、いつものファミリーマート糸満米須店に立ち寄り、ドリンクと一服タイムを取ります。レンタカーの返車は12:00なので、何ヶ所かは回れそうなので、魂魄之塔・喜屋武岬、そして潮平の浄土寺を選んで走り出します。

魂魄之塔、沖縄県の慰霊碑ともいえるこの場所では、6月23日に慰霊祭が行われています。昨年は6月24日今年は25日に訪れましたが、慰霊祭の祭壇は24日の午前中には取り払われるため、今日は花束と多くの千羽鶴が捧げられているだけとなっていました。まずは手を合わせ写真にその姿を収めて行こうとしましたが、参拝者の数にそぐわない車両が付近に駐車されていることに気づきます。実はこの車〝サーファー〟のものなのですが正直〝なにを考えている〟のか理解し難い事実です。付近の海岸はサーフィンのメッカとして有名ではあるものの、本来参拝者向けに設けられた駐車場であるにも関わらず駐車をしています。立て看板には〝駐車をご遠慮下さい〟と書かれているものの、従うものは誰もいない・・・。それが事実です。トイレも水着を洗ったりとまあ我が物顔での利用に対して、行政や警察が何もできないのか?何もしないのかはわかりませんが、このマナーの悪さには閉口します。

まあかかわる時間すらないので今回は旅路を急ぐことにします。

喜屋武岬、沖縄島南端(最南端は荒崎)に位置する岬で喜屋武岬灯台が設置されています。沖縄戦終盤にこの地に追い詰められた日本軍兵士や軍属、住民は米軍に陸からも海からも追い詰められ、数十メートルの高さの崖から飛び降りて多くの犠牲者を出した場所です。以前名城ビーチにあった平和の塔が昭和44(1969)年に移設され現在に至っています。

駐車場・トイレ・展望台を兼ね備えた観光地のひとつとなっている場所ではありますが、岬から見える平和一色の〝沖縄の海〟が70余年前にはどのような光景が広がっていたのか?今となっては知る由もありません。また平和の塔自体が第62師団隷下の部隊の戦没者について触れている要素が強いため、人によっては嫌悪感を抱くことがあると記述されているものもあります。

民間人を含む多くの人命が失われたこの地に、日本軍兵士にまつわる平和の塔が建立されていることは、日本軍の悪業とされるものが全ての日本軍の兵士までも悪く言う本末転倒な解釈がされている一部に於ける〝偽善発言〟によって事実が歪曲されていることを危惧します。あくまで多くの人命が失われた〝悲劇の場所〟であると同時に〝聖地〟でもあることを忘れてはならない・・・。1年前と同じコメントになりますが、私はそう思えてなりませんでした。色々と考えたいことは山ほどあるのですが、限られた時間ではゆっくり物思いに耽ることもできないので、最後の立ち寄り地点へと出発することにします。
車へと戻ろうとしたときになぜかおじぃに声を掛けられ、喜屋武岬園地についてアンケートを求められました。まぁ答えはしましたが残念ながら私が初めてこの地を訪れたのは昨年6月24日の話であり、園地が整備されていない時を知りません。ただそろそろ工事をしているのかどうかわからない道のりを、早く終わらせてわかりやすくして欲しい旨は伝えておきました。

喜屋武岬を後にして向かった先は糸満市潮平の浄土寺。沖縄戦を戦った第24師団隷下の歩兵第89連隊沖縄戦戦没者慰霊顕彰碑が建立されている場所であり、永代供養をされているお寺になります。実はこの第89連隊に関する慰霊碑は、一昨日訪れた新垣、昨日訪れた西原とこの浄土寺にあるのですが、すべての情報を明確にされているものがなく、新垣の玉砕終焉之地がここ浄土寺にあると書かれているものもあります。また場所もわかり辛く国道331号線阿波根交差点から沖縄県道82号線へと入り、脇道へと入って行かなければなりません。何回か周辺を回った後無事に辿り着くことができ、お参りを済ませ今回の旅の最終目的地としました。

浄土寺を出発したのが11:05、もう一か所回れそうですが実はここで超現実的な問題が発生します。今回の借りたレンタカープランは〝満タン返し不要〟なので、給油の必要はないものの、もし途中給油した場合は自腹になります。何故満タン返し不要を選んだかというと、昨今値上がりしている〝ガソリン代〟を考えてのことなので、途中給油すると意味がなくなります。まして返車するだけの状況では…。正直4月は200km走らなかったため、今回もそれ位だろうと思っていたら、今朝みん宿を出発する段階で260kmを走っていました。それでも残りふたつ目盛が残っていたので大丈夫と思っていたら、喜屋武岬で残りひとつとなり給油ランプが点灯しました。この辺りは車種によってばらつきがあるもののまぁガス欠することはないだろうと走り始めたところ…浄土寺を出発し国道331号をレンタカー営業所に向かう途中で給油ランプが〝点滅〟を始めます。本来なら僅かでも給油すれば気楽なのですが、車載のecoモードを信用し走り続けます。そして約20分後無事ルフトトラベルレンタカー那覇空港営業所に辿り着き、ガス欠もせず返車を済ませます。後から考えるとエアコンをかけっぱなしだったことが燃費の悪さに繋がっていたようです…。まあ無事で良かった♪

土曜日の今日はさすがに人が多いようです。帰る人の返車と出発される方の貸出ともピークだったように見えました。フルサポートのプランはその点チェックも早く、返車もスムーズでした。ルフトトラベルレンタカー那覇空港営業所の口コミに〝手際が悪い〟との記述が多いのも事実ですが、他の中規模のレンタカー会社で〝インバウンド〟の取扱い(ようは外国人相手)を行っている場合はどうしても時間が掛かってしまう事実があります。それに加え返車の時間は大抵飛行機の時刻の90分前に集中しており、借りた側も飛行機の時刻を気にしているため故に起こってしまいます。何人かはそのような客も見受けられました。ならばもう少し余裕を持って行動すればいいのでは…そんなようにも思えます。私の場合2時間前に返車しました。なので別にイライラすることもなく沖縄本島300kmの旅を気持ち良く終わらせることができました♪

という感じで後は空港へと向かうだけです。しかし帰りはPeach便を使うためLCCターミナルへと送ってもらうのですが、返車が早過ぎたためLCCターミナルへと向かうバス待ちをしなければなりませんでした。時間が遅ければLCCターミナル直行なのでしょうが、この時間では国内線・国際線ターミナルを経由し、最後にLCCターミナルへと向かうルートでした。それでも20分程で到着し、後は関西空港へと帰るだけになりました。

荷物もゆうパックで送っておりほとんど荷物はありません。でも那覇空港LCCターミナル出発は何かと細かいところを見られ、まずセキュリティー前に手荷物の重さを計られます。それは余裕でセーフだったものの、まさかの保安検査で止められる羽目に(驚)。いつもはタバコやスマホなど別にX線を掛けられるものをかばんに押し込んで何食わぬ顔で通過していました。今回もそのようにしようとしたらまさかのストップ。ようはスマホとタブレットが同じ場所に偏っていたため、不審物の扱いを受けたようなのですが、かばんを開けられるとああだこうだと難癖をつけられます。懐中電灯の電池が入っているからそれを出して…、なんのこと状態です。壕巡りの必需品である懐中電灯を言われたことなど今までになかったことなので…。ちなみに同じように乾電池が入っている〝デジカメ〟のことはなにも言われず、結局抜き打ちか…と思いながら腹を立てても仕方がないと思い、さっさと荷物を詰め込んで待合所へと向かいます。

今更の話ですが、那覇OUTの際にPeachを使ったことは初めてのようです。関西空港第2ターミナルを知っていれば驚かないのですが、あいも変わらず貧粗な造りです。造りは仕方がないにしてもとにかくエアコンが効いておらずとにかく暑い。プレハブ造りは仕方がないにしても建物が暖まっていることによって汗が垂れてきます。しかしもう何も考える余裕すら残っていません。取り敢えずこのターミナルビルから出たい…その気持ちしかありませんでした。

毎度の使用機材到着遅れでdelayが生じます。ただ2番ゲートからの搭乗は何故かバス搭乗でした。Peachでは空いていればファストシートをアサインするので結構早めに搭乗できるのですが、今回も搭乗開始後10分で座席に座れ、途端に眠気が出てくる状態で車窓を眺めていると、5分後まさかのスコールが(驚)。そのことを加味した上でのバス搭乗だったようですが、相変わらず通路一本の機材では搭乗がなかなか進まなかったことは言うまでもないことです。なんとか機内の人となれたものの一向にスコールが止む気配はありません。その雨の中MM214便関西空港行A320-200型機は滑走路を滑るように走行し、雨の那覇空港を後にしました。

いつもならば車窓を眺めているのですが眠気が勝ってしまい、気が付けば眼下には山と川が見えていました。四国上空だったのですが間もなく着陸体制に入り雨の関西空港へと到着。91番搭乗口経由で歩いて関西空港第二ターミナルを通過し、シャトルバスで第一ターミナルへと移動し、京都行のリムジンバス乗り場へと向かいます。この辺りはいつものパターンとは違っているのですが、delayの関係で予定していた第二ターミナル発のリムジンバスに乗れず、1本後の便は第一ターミナル発の便だったためその移動が必要でした。降機してから40分でリムジンバスに乗り込む手際良さ(笑)は、最近の旅では当たり前になってきました♪そうして大阪空港交通オペレーションの京都行リムジンバスは定刻16:40に関西空港第一ターミナルを後にし、一路京都駅八条口へと向かいます。

順調に進んで高速京田辺を経由し、京都駅八条口に定刻に到着します。ちょっと雨が降っていますが、横断歩道を横切って喫煙所へと立ち寄ったあと、コトチカ京都を経由し京都駅2番ホームを目指します。丁度快速米原行が入線してきたのでさっと乗車し、トンネルをふたつ超えると我が街大津の田舎駅に到着します。リムジンバスの車内から帰る時刻をLINEしていたらオヤジ殿が迎えに来てくれており、駅でウダウダすることもなくそのまま帰路につき、18:57無事にど田舎タウンの我が家に到着しました。糸満のみん宿ヤポネシアを出発してから約9時間、通算15回目となる沖縄の旅は今回も無事に終わりました。

今年に入って3回目となった今回の沖縄の旅をもってしばらく来沖を見合わせることを考えていました。以前はただ〝離島滞在と宿泊〟を目的にしていた頃は、何も考えずに楽しんでいただけに、次はどこの目的地へ行こうとかそんな期待もありました。それを〝戦跡巡り〟という目的に変えた頃から、どんなにうまく時間取りをしても回り切れないこと多くなり、それに加えて新たな目的地を組み込んでいったため、結果として不完全燃焼を起こしたまま普段の生活に戻らなくてはいけない…。そのため旅行に行くにも疲れを貯めたまま、旅行から帰ってきても疲れを持ち越したままという悪循環が生じています。その思いが「いつ来るとも言いません。しかしさよならも言いません」という発言に繋がっているように思えます。

しかしその反面以前訪れたことのある戦跡を取り巻く環境が大きく変化している現実も伝わってきています。昨年10月に訪れた西表島の〝忘勿石〟が保全のためと称してとんでもない状況になっていると4tra琉球熱さんよりお聞きしました。メディアから窺い知れることもありますが、やはりそれは自分の目で見て聞いてをモットーとする私には、やはり問題提起をしなければいけないものを放置することはしたくありません。しばらくは今まで歩き回った戦跡を含めた様々な場所の情報を整理することにするつもりですが、それと並行して〝変わりつつある戦跡〟を回る旅を組み立てたいと思っています。

今回も長文にお付き合い頂きましてありがとうございました。これで〝≪2016.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その壱之五~最終日:さよならは言わないよ編~〟は終わります。

最後に費用明細です。
小計:11,720円(割引後:11,720円)
累計:64,413円(割引後:63,133円)

一日あたり
12,883円/日(割引後:12,627円/日)
※少し予算オーバーでした。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー 自家用車 徒歩 Peach ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配

この旅行記のタグ

36いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったホテル

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP