2016/05/02 - 2016/05/02
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kojikojiさん
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通年ゴールデンウィークは仕事をしているか家でじっとしていることが多いのですが、予定している6月の旅行が2週間ほどしか取れないのでどこかに行こうという事になりました。比較的早い時期にアクションを起こしたのでクラブツーリズム社の「九寨溝・黄龍・峨眉山・楽山8日間」の予約が取れました。ANA便でマイルが貯まるのも選選択肢の1つでしたが、近年値段が下がってきたのも魅力でした。今回のタイトルの「熊猫深山」は中国の民謡の題名からお借りしました。中国では廃れてしまった歌ですが、日本で唯一中洲産業大学森田一義教授が伝承されています。テレビ業界では「タモリ」として知られている方です。
旅も5日目になると終わりに向けてスピードが加速します。メインの九寨溝と黄龍の観光も終わってしまいました。チベット文化圏の旅から漢民族の世界に戻ってきた感じがします。茂県のホテルを出て都江堰へ向かいますが、岷江沿いの都市なので成都へ戻る途中といった位置でしょうか。ここも2008年の四川省大震災では被害を受けたところです。日本でもニュースが流れていましたが、行ってみるとどこが壊れたのか分からないほどに修復されていました。日本で水利施設というと信玄堤が思い浮かび、「聖牛」と呼ばれる木材と石を詰めた蛇籠(じゃかご)が有名ですが、ここにも同じようなものがありました。妻は夫婦橋を渡るのを怖がりましたが、帰りはアイスを食べながら全く気にならないようでした。観光の後は成都に戻ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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早朝の茂県観光飯店の部屋からの眺めです。街道側に面していないのでとても静かでした。
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急峻な岩肌にしがみつくような建物は何なのでしょう。電柱もあるので人が住んでいるとは思いますが…。
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茂県は九寨溝と成都のちょうど中間地点で、街道沿いの何もない場所のホテルなので期待していなかったのですが、意外なほどしっかりしたホテルでした。
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宿泊客の数によって朝食のメニューは変わるようです。この日は数組の団体だけなのでセットの朝ご飯でした。テーブルに落花生や漬物類が並んでいるのでお粥だとすぐに分かります。すぐに熱々のお粥と豆乳に花巻などの蒸しパンが並びます。
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岷江沿いに成都へ向かいながら途中の都江堰の観光が午前中のスケジュールです。
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都江堰まではきっかり2時間30分かかりました。車窓から奎光塔が見えました。明代に建設された塔は高さ52.67メートルあるそうです。この塔も2008年の震災で壊滅的な被害を受けています。
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結婚式の車列とすれ違いました。
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宣化門という巨大な城門がありました。他にも古い建物が残り水利施設を数時か見るだけでは勿体ない街だなと感じました。実施に調べてみるとこの城門の中には川が流れ、夜はライトアップされてとてもきれいでした。
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この街のタクシーの大多数がパンダの絵が描かれていました。
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都江堰風景名勝区に到着です。地図で見ると巨大な公園ですが、時間の無い我々ツアー客は一番メインのほんの一部の見学だけです。それでも2時間近くはかかったと思います。
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秦堰楼の出入り口から観光を始めます。
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手持無沙汰な係員の女の子です。一昔前の中国で良く見られた懐かしさを感じます。スマホをいじっていないので絵になります。ここには江澤民の書が掲げられていますが、毛沢東や鄧小平もここから堤を見学したそうです。ここも2008年の震災で倒壊したそうで3年かけて修復したそうです。ただ木造からRC造に変わったそうです。(見学している分には分かりませんが)
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入り口の狛犬の足元には花が植えられていますが、その囲いは石を詰めた蛇籠(じゃかご)のミニチュアでした。造った人のセンスを感じます。
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楼閣からは魚嘴や飛砂堰や離積そして青城の名峰が望めます。
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2300年前にこんな灌漑施設造ったんだと驚かされます。もちろんコンクリートで造った訳ではありませんが。
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有名な吊り橋も見えます。奥半分は現在は渡れないとのことです。
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手前は内江(灌江)で中島の金剛堰で、その奥に外江(本流)です。
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安欄索橋はものすごい人出です。橋が落ちないか心配になります。
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遠くに都江堰市内が望めます。
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斗犀台と伏龍観越しの新しい街並みです。都江堰建設前にこの川に住む龍を離堆の下の川底に縛り付けたという伝承にちなみ龍を祀っているそうです。
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秦堰楼からは森の中を下るような感じです。
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どうも二王廟を裏側から回っているようです。高いところから下っていくので歩きやすいですが全体を把握しにくいです。
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七福神のようですが中国の場合は八仙人の図です。漢鐘離(カンショウリ)は芭蕉扇を手に持ち、張果老(チョウカロウ)は魚鼓という楽器を持ち、呂洞賓(リョドウヒン)は剣を、李鉄拐(リテツカイ)は葫蘆(瓢箪)、韓湘子(カンショウシ)は笛を吹き、藍采和(ランサイワ)は花籃、曹国舅(ソウコクキュウ)は玉板、何仙姑(カセンコ)は蓮の花を手にしています。
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道観では精進料理がいただけるようです。11:50から13:30までの間にいただけ、10元と格安です。「惜福得福」福を惜しむは福を得ず!なんてすごいキャッチコピーです。
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10元ですからこんなパックに入ったお弁当のようです。
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二王廟建築群は世界遺産に登録された重要な都江堰の一部で、岷江の東側の玉壘山の麓に位置し、秦の時代の李氷父子を祀るために建てられました。(都江堰建設を指揮した李冰と、その死後に工事を完成させた李二郎の親子)はじめは南北時代に建設されて清の時代に再建されています。
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廟内には李氷父子の彫像があり、石の壁には治水に関する格言が刻まれています。後ろの神殿の右側には有名な画家の張大千や徐悲鴻などの篆刻が飾られています。庭園には色々な種類の貴重な植物が植えられ、巨大な木がそびえ立ちとても良い環境です。
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裏側から正面に回り込みます。
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二王廟の正面に出ました。やっぱり反対側から見学していたわけです。
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寿の文字がきれいだったので記念写真を撮りました。
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王霊官祖師は宋代の人で道士周思徳によって道教の守護神で、二十六将の第一位とされます。寺院などの伽藍を守護する道教の神で、赤い顔に3つの眼があり鎧を身に付け、手に金鞭(きんべん)を持ち足の下に火の車を踏んでいます。
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通俗小説にも登場し「封神演義」では聞仲指揮下の雷部二十四神の1人で、雲を起こし雷を助ける神とされていますし、「西遊記」では佑聖真君の副官とて天界で大暴れする孫悟空に金鞭を持って立ち向かっていきます。こんなところでお会いできるとは思いもしませんでした。諸星大二郎という漫画家がいますが、中国の古典などに精通されていて、彼の漫画から得た知識はとても多いです。
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三字経(さんじきょう)は伝統的な中国の初学者用の学習書で、三文字で一句として偶数句末で韻を踏んでいるそうです。「深淘灘、低作堰」の6字で治水の理念である「川底を深く掘り、堤防は低く作る」と刻しています。
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「稲田足水慰農心」についての説明はありましたが、ガイドさんから「深淘灘、低作堰」については省略されました。
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「逢正抽心」の心の字に目をつぶって片手を前に伸ばしている人を見掛けました。
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いくつもの門を潜っては先に進みます。
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廟は元々の地理的環境をもとに設計され、山を背景として建てられています。一般的な古代建築と違い、中軸線対称というスタイルをとっていないので迷路を歩いているように思えます。
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二王廟を反対に回って表に出ます。
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観光的には一番のハイライトの水利施設の見学です。ここで自由行動になります。35分で橋を渡って魚嘴まで行って戻ってくるだけですが。安瀾索橋は夫婦橋とも呼ばれるので夫婦の愛情を表わすものでもあります。そこは商魂たくましい中国のことですから、こんな絵馬のようなものを売って愛情を誓えるようになっています。
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何先徳夫婦の像が置かれてあります。元々の橋は宋時代に壊れ、清の時代には船による水難事故もありました。それを憂いた何先徳夫妻は政府に申請して募金を集めて橋の建設工事を開始します。完工前の強風の中で労働者が止められるのを聞かず橋の工事で落下死するという事故もありました。夫の何先徳が人命を軽視したという罪に問われ死罪になりますが、妻がその遺志を継いで吊り橋を竣工させます。安全に渡れるようにと「安欄橋」と名づけられましたが、波瀾なく河を渡れるようにと安瀾橋と改称されます。そして何先徳夫妻の功績をたたえ「夫妻橋」とも呼ばれるそうです。
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仁王門を潜って橋を渡ります。この橋は中国古代五大橋のひとつでもあります。
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妻は吊り橋が大嫌いですがこの時点ではまだお道化ています。
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ちょうど橋を渡る人の切れ目に当たったようで、気持ち良く川を渡る風を受けることが出来ました。山の上の楼閣が秦堰楼なので、あそこから降りてきたことになります。
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諸葛亮孔明は都安堰(都江堰)を視察して「この堰は蜀の農業の命脈だ。わが国の存亡は北伐を支持し、中原を平定することにかかっている」と語ったそうです。紀元前3世紀の戦国時代に秦国の蜀郡の太守李冰(りひょう)が洪水に悩む人々を救うために紀元前256年から紀元前251年にかけて原形となる堰を築造しました。
李氷は春の雪解け水が山々から集まることで岷江が増水し、岷江の流れが緩やかになり川幅が広くなる地点で周囲に水が溢れ出して毎年洪水になると判断します。 -
貯水池を造ることが1つの解決策と考えられましたが、岷江は奥地の辺境へ軍を送る重要な水路でもあるため、堰き止める案は採用せずに川の中に堤防を造り水の一部を本流から分け、その水を玉壘山を切り開いた運河を通して岷江左岸の乾燥した成都盆地へ流すことを提案します。
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李氷は昭襄王から銀十万両を与えられ、数万人を動員して工事に着手します。川の中の堤防は石を詰めた細長い竹かごを川の中に投入して建設され、テトラポッド状の木枠で固定します。大規模な工事には4年の歳月が費やされます。
岷江から盆地への運河を切り開いて建設することは、火薬のない当時の技術では困難でしたが玉壘山の岩盤を火で炙り、焼いた後に水で冷ます温度差で岩盤に亀裂が入るまで繰り返しました。8年に及ぶ工事により20メートル幅の運河が山の中に建設されましたが、李氷は工事の完成を見ることなく没し、息子の李二郎(顕聖二郎真君)が工事を引き継ぎ完成させます。 -
1974年に本流側にこの閘門が完成したことで古代の堤の役割は終わります。
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「魚嘴」の先端部は半月形でその名の通り魚の口状になっており、現在は石とコンクリートで築かれています。長さは80メートルで幅は広い所で39.1メートル、高さは6.6メートルあります。「魚嘴」から下流に向かっては「金剛堤」が続き三日月状の中州を形成しています。
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川辺から見学してきた秦堰楼を望みます。
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公園全体も散策してみたかったです。
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秦堰楼をバックに記念写真を撮りました。
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堤防にはかつてはこのテトラポッド状の木枠が置かれていたそうです。川の流れをコントロールする水制の一種で、太い丸太を合掌状に組みあわせた構造の三角錐の形をしています。激流にも流されないように足元には重しとなる石を詰めた蛇籠(じゃかご)を載せて川のなかに設置されます。
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武田信玄の名を冠した「信玄堤」の聖牛と同じような構造です。ただ時代からいって、ここ中国のほうが本家本元と言えますね。
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妻が急に歩かなくなったと思ったらアイスが欲しかったようです。アイスキャンディーが5元でした。観光地とはいえ中国の物価も高くなったものです。個人的な感覚ではキャンディーは1本5角か1元で、ビールの大瓶が1本3元です。
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そろそろ時間なので集合場所に向かいます。
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安欄索橋は夫婦一緒に手を繋いで渡ると来世も夫婦になれるそうです。
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揺れる吊り橋が嫌いでもアイスを持ってだと手放しで歩けるようです。
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やっぱり駄目みたいですが、夫婦になれなくても来世ではアイスには困らないでしょうね。
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橋のたもとのバラがきれいでした。
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おひとり行方不明になったのでガイドさんと添乗員さんが走って探しに行きます。
最初に入場した山の上の秦堰楼にいらしたそうです。 -
北大門から表に出て観光は終わりです。
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お昼は街外れの「新花渓魚港」というレストランです。2階で結婚式の披露宴が盛り上がっており、何十人分もの料理が運ばれていきます。1階では手持無沙汰の円卓がいくつもあります。ここですごいと思ったのは我らのガイドさんは厨房に入って戻ってきません。しばらくすると料理と共に戻ってきました。先に来ていたお客さんよりも先にです。食事よりもそちらのほうが印象に残りました。料理は何度も食べた仔骨肥腸と厚揚げ煮込み、筍と豚肉炒め、茸のピリカラ炒め、グリンピースと肉煮込み、青梗菜炒め、キャベツ炒め、椎茸と青菜炒め、キュウリとニンニクの冷菜、丸鶏のスープ、白飯といった郷土料理でした。
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新築のマンションが分譲中です。35平米から110平米までいろいろです。1番小さい35平米で22万元なので約400万円と安いようですが、スケルトン渡しなので内装工事+設備工事+電気工事+設計料+監理費+家具の追加を考えると日本並みです。
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食事の後はバスに乗って成都へ戻ります。
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2016 九塞溝・黄龍・楽山・峨眉山・成都の旅
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