2015/06/09 - 2015/06/24
12位(同エリア76件中)
アザゼルさん
「ロンドンやイングランドが良かったから、今度はウェールズに行ってみたい」
「ケルトの文化を見たい」
「男は黙って要塞」
という方々の為に薔薇戦争の説明を交えて一筆書きます。
「イングランド中世・薔薇戦争の軌跡を巡る旅」がテーマです。
今回のルートの概要は以下の通りです。
〜イングランド南部〜
ロンドン
イーデンブリッジ(ヘヴァー城)
〜南ウェールズ〜
カーディフ(ウェールズ首都)
ペンブルック
セントデイビッズ
〜北ウェールズ〜
ボーマリス
カーナボン
バンガ-
コンウィ
〜イングランドに戻る〜
ヨーク
レスター
ボズワース
ロンドン(バスに置いていかれ事件)
〜ブルターニュに船で渡る〜
サンマロ
レンヌ
ヴァンヌ
パリ(エレベーターに閉じ込められ事件)
ほとんど日本人には会わず。
都会とは異なる、田舎の雰囲気を存分に楽しめる旅でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 船 レンタカー 自転車 タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
成田からトルコ経由でロンドンへ。
2015年6月時点でトルコの空港はWifiがありませんでした。スタバのWifiも使えませんでした。お店に入ったお客さん達がスマホを握りながらがっかりした顔してたから、ほう…何だ?と興味本位で入ったら私もがっかりしました。
ロンドンからそのまま列車で郊外のEdenbridge(イーデンブリッジ)にあるヘヴァー城(Hever Castle)に向かいます。
このお城で期間限定で展示されていた「ヘンリー7世とエリザベス・オブ・ヨークのマリッジベッド」を見に行きました。
「このベッドでヘンリー8世ができました」という生々しい説明付きです。
このお城、実は有名なヘンリー8世に処刑された奥方アン・ブーリンの居城でした。
今では改築され、ホテルと庭園になっています。
見て下さい、このアン・ブーリンの可愛らしいこと!ロンドンから1本。簡単に行ける中世のお城ホテル by アザゼルさんヒーヴァー城 城・宮殿
-
ヘヴァー城ですが、確か6つお部屋があったと記憶しています。
立て直された建物をクラシカルに仕立てているので、備品はすべて新しく綺麗です。ダブルベッドだとこんな感じ。
シャワーとバスタブはトイレを挟んで完全に別になっています。
お世話をしてくださるSirも親切です。
「黒執●」に出てきたらスティック持って戦うタイプ。
なおこのお城、エデンブリッジ駅から徒歩では迎えません。
HPにはさも歩いて行かれるような事が書いてありますが、地元の方は口をそろえて「impossible!」とおっしゃっていました。
確か車道だけ。歩道がありませんのでスーツケースをガラガラやっていたら確実に轢かれます…!
前以ってタクシーを予約するか、近くのバーで電話を借りましょう。駅のロータリーは小さいのでタクシーはいません。ご注意。ロンドンから1本。簡単に行ける中世のお城ホテル by アザゼルさんヒーヴァー城 城・宮殿
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ヘヴァー城(イーデンブリッジ)からロンドン経由でカーディフに向かいます。
ここからウェールズに入るので、標識やガイドには英語にウェールズ語が併記されます。
カーディフ城まで、薔薇戦争に関係する人物のステンドグラスを見に行きました。感動。
12ポンドの入場料に音声ガイドがついてきます。生まれて初めて使ってみたら、日本語で何かを否定されました。
何でしょうね。
この後、カーディフ城からバスに乗り、ランダフ大聖堂(Llandaff Cathedral)に向かいます。
ここに立っている塔はジャスパーズタワー(Jasper's tower)といい、薔薇戦争に参加したある人物の名前が当てられています。
近くにはジャスパーズティールーム(Jasper's Tea Room)というティールームもありました。カーディフ城 城・宮殿
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カーディフを拠点に、ラグラン城(Raglan Castle)に向かいます。
このお城、薔薇戦争に勝利したヘンリー7世が幼少期を過ごしたお城です。99.9%の日本人にはまるで関係がありません。はい。
CardiffからNewportまで列車で行き、Newportからバスに乗ります。Newport market squareで乗り換えて Beaufort Hotelで降ります。
そこから道なき道を行き?徒歩で城へと向かいます。
お城は中世に使用され、内紛時代に破壊されたもの。
訪れるものは少なく、廃墟となったお城を静寂がつつみます…
たまに金髪の男の子がやってくるのでカメラを持って追いかけます。私は怪しい者ではありません。
「この壁の!この高さのあたりを!ヘンリーが!(ヘンリー7世)6歳くらいの時に!触っていたに違いない!」と壁一面をサワサワします。
あとでパネルに「修復された」と書いてあるのを見ましたが、気にしません。 -
Raglen Castleでウキウキピョンピョン(*´д`*)ハァハァした後、何もなかったかのようにティンターン修道院(Tintern Abbey)に向かいます。
この修道院、廃墟として有名ですね。
ヘンリー7世のバカ息子ヘンリー8世が修道院を解散させたせいで廃墟となってしまいました。
ラグランのBeaufort HotelからMonmouth Cityにバスで向かい、そこからティンターン修道院(Tintern Abbey)に向かいます。
修道院の敷地に入るとすぐ、「全体的な摩耗」と日本語で書かれたTシャツのお兄さんと鉢合わせしました。
私は思わず笑いを抑えようとその場に倒れ込み、斜面を転がり落ちてしまいました。
修道院跡は静かな時が流れます。地元のおじいちゃんが子犬を散歩させてはフンをさせていていい感じです。ティンターン修道院 寺院・教会
-
カーディフからPembroke(ペンブルック)まで電車で向かいます。
1時間に1本も電車ありません。うっかり通り過ぎました。
アナウンスないんだもん(ノДヽ)ウエーン ・・(ノ∀・)チラ
でも大丈夫、Pembrokeの次の駅はPembroke Dock。最終駅です。
30分も待っていれば電車は折り返します。
ペンブルックは昔、対アイルランドの要塞の港でした。
ウェールズ地方では、お城=要塞なのです。
そして、我が愛しいヘンリー7世がオギャーとこの世に生まれおちたお城・ペンブルック城があります。オギャー
それにしても田舎…ゲフス
なにもありません。
ゲストハウスに予約したのですが、いざ訪ねてみたら見事に鍵閉まってました。
参ったなぁ…
電話して来てもらったら「いやーすまんすまん」とやってきたのは若いメガネ君とその父上と思わしきオジサン。
顧客台帳を開くと、最後にこのゲストハウスにお客さんが来たのは3ヶ月前。
…大丈夫なのか。
大丈夫ではありませんでした。
お部屋掃除してないでしょ、埃だらけのゴミだらけ。
申し訳ないと思ったのか、オジサンが良心的な値段で晩御飯を作ってくれました。
イギリスはやっぱりカレーですね。インドですね。 -
待ちに待ったペンブルック城(Pembroke Castle)です!!
西の海に突き出すような形で要塞が立っています。広い!
ここで、我がいとしいヘンリー7世ことヘンリー・チューダ(Henry Tudor)ーが生まれ、叔父ジャスパー・チューダー(Jasper Tudor)に愛され育ったのですウオオオォォォ!!(ノ゚□゚)ノ・・・εミ(ο_ _)οドテッ…
ヘンリー8世やエリザベス1世、シェークスピア…チューダー朝を立てたヘンリーの生まれたお城、つまりここはチューダー朝の生まれた地…!素晴らしい素晴らしい…
えー冷静にこの要塞の事を語りますと、まず快適なWi-fiがあります。どこよりも快適でした。
要塞の中では要塞を巡る歴史の展示が多く展示されていたり、地下牢やダンジョンがあります。
変化のある楽しいお城なので、歴史を知らなくても楽しめると思います。こんな僻地でなければ( - -) -
「さっきからこの人何ヘンリー7世に盛り上がってるんだろう好きすぎだろ」と思われていると思うので、ヘンリー7世について軽く説明しておきます。
ヘンリー7世はヘンリー・チューダーという名前で父なし子としてこのペンブルックで生まれました。
可愛そうに思った叔父のジャスパーは「おぉ、俺の可愛いヘンリー!」と愛情をこめてヘンリーを育てました…に違いありません(妄想)
しかし時代は戦乱の世。
当時イギリスはフランス相手に百年戦争をした後。求心力のある王を失い、親戚同士で王権を巡る、美しくも醜い争いが始まりました。
それが薔薇戦争。
赤薔薇を抱くランカスター家と、白薔薇をシンボルとするヨーク家。両者はいとこ同士でありながら互いに互いのしっぽを食い合いました。
ついに、ヨークの天下が訪れます。ランカスターの血は滅んだ…と思いきや、イギリスの端っこに生き残りがちょっこりいました。
それがヘンリー・チューダーでした。
彼は叔父ジャスパーに連れられ、ブルターニュに向かいます。そこで長い逃亡生活を送った後、28歳でイギリスに進軍。ボズワースの野で時の国王リチャード3世と対峙し、勝利を得ます。
ヘンリー7世として戴冠し、チューダー朝を築きイギリスにルネッサンスをもたらしました。
詳しくは
「Winter King」
「Tudor Wales」
「The Making of Tudor Dynasty」
「Jasper Tudor - the Godfather of Tudor Dynasty」
をご覧ください。 -
Pembrokeの町中から、Carew castle(ケイル―城)に行くことができます。地元の方に訊いたところ、レンタサイクル屋は近くにないそうなのでタクシーを呼びます。
このお城、確かジャスパー・チューダーが、自分の父親Owen Tudor(オーウェン・チューダー)を殺した、憎き敵を処刑した場所だった記憶がありますが、情報源を忘れました。
ペンブルックの町から近いので、もしかしたら平和な時代、小っちゃいヘンリーが叔父上に連れられ、てぽてぽと歩き回っていたのかもしれません。
ああああそう考えるとこの足元の草すら恋しい!尊い!
草むらを這う怪しい日本人がいたとしても、話しかけてはいけません。
近くにヴィクトリア朝時代の水車小屋があり、水辺を散歩できます。釣りをしている人たちもいて、とても心が和みます。
半日で回りきれる大きさです。 -
ペンブルックから、タクシーを走らせてセント・デイビッズ(St. David's)に向かいます。
デイビッドといってもユダヤ人ではなく、ウェールズの聖人の名前だそうです。この地はウェールズにおける原始キリスト教の聖地なんだそうです。当時の遺跡が多くあり、今は廃墟となっています。
灰色の岩の廃墟にピンク色の花々が咲き乱れています。
ここの聖デイビッド大聖堂(St.David's Cathedral)目当てに行きました。この教会には、ヘンリー・チューダーの父親エドムンド・チューダー(Edmund Tudor)が眠っているのです。
教会に入ると…ありました。真ん中にドドーン!とヘンリーのお父様の棺が!
皆さんパシャパシャ写真を撮っていましたが、説明書きは一切ないので恐らく99%の方はこの棺を聖デイビッドと勘違いしていたものと思われます。
お父様…あなた…聖人になられましてよ… -
さて、南ウェールズから北ウェールズに抜けるのが問題です。
一週間にほんの何便か、飛行機が出ているそうですが、自分の時はあいにく都合があいませんでした。
鉄道もなし。バスも複雑で、ローカル線をひたすら乗り換えなければならず初心者には危険。
ということで、ペンブルックから北ウェールズの町バンガー(Bangor)までタクシーを使う事にしました。その額、実に5万円!
いやータクシーの運ちゃん3時間半くらい走ってくれましたかね。
ありがとうの気持ちを込めてチップと飲み物を渡します。
途中、スノードニア国立公園を通りました。
ウェールズはそこらに米粒が落ちています。違いました、羊でした。スノードン登山鉄道 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
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北ウェールズには観光地がたくさんあります。バスや電車も沢山あり、それゆえどこの町を起点にするか選択範囲があります。
自分の場合、バンガー(バンゴール)という街を選びました。
とりたてて観光する物のない街ですが、これが当たり。中華系の方が多いので、ご飯をおいしく食べられます。
イギリス料理?もういいよ…(ヽ'ω`)
ということで、ボーマリス城(Beaumaris Castle)に向かいます。
城主の事をコンスタブル(Constable)といいますが、このお城、実はヘンリー7世の落とし子だったと噂される人物がコンスタブルを務めていた時期があるのです。
詳しくは「Roland de Velville」と検索してみて下さい。
彼の事をショップの女性に聞いたところ、よくわからないようでした。残念★
ボーマリス城はゆっくりと時がながれ、白鳥やカモメが自由に巣を作っています。いたるところフンだらけ。でもたまに岩の隙間にカモメのヒナがかくれんぼしていたりします。ボーマリス城 城・宮殿
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電車でカーナボン(Caernafon)へ。
カーナボンという言葉を聞いたことがありますか?
ハワード・カーターがツタンカーメンのお墓を発掘するに際し、資金提供した人の一人にカーナボン卿がいました。
さて、カーナボン城は観光客が多いこと。
ベンチに座って休んでいたら、うっかり一緒に連れてきていたフィギュアをベンチに置いてきてしまいました。
取りに戻ったら、ベンチに腰掛けながらおじさんが不思議そうにフィギュアを眺めていました。
死ぬかと思いました(色んな意味で)。カナーヴォン城 城・宮殿
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有名なボドナント・ガーデン(Bodnant Garden)にバスで向かいます。
6月で肌寒かったのですが薔薇や花々が咲き乱れ、非常に素晴らしい場所でした。
文句ありません。
この場所は絶対行くべきです。素晴らしい。写真200枚くらい撮ってしまいました。ボドナント ガーデン テーマパーク・動物園・水族館・植物園
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コンウィ城(Conwy Castle)へ電車で向かいます。
コンウェイとも発音します。
Conwy城で初めて日本人を見かけました。
素晴らしく立派で堅固な要塞です。
もしウェールズの要塞どれか一つ代表的なものを選べと言われればこの要塞を選ぶでしょう。
修学旅行生がひっきりなしにやってきますが、皆楽しそうです。
写真はちょこっと加工しています。コンウィ城 城・宮殿
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バンガ-からヨークに向かいます。
列車の車窓から物々しい雰囲気のグウリヒ城が見えました。素晴らしいお城だったので列車から飛び降りたかったのですが、無理だったので次回絶対行きます。
ヨークはヴァイキングが発展させた街です。
詳しくは漫画「ヴァイキング・サガ」をご覧ください。
また、薔薇戦争で覇権を争ったヨーク家、特にリチャード3世のお膝元でもあります。
ここのMicklegate Bar(ミックルゲイトバー)という門に、ヘンリー7世のExperienceがあります。街を挟んで反対側にはリチャード3世のExperienceもあります。
リチャード3世の方は真面目そうなお兄さんが受け付けしてくれましたが、ヘンリー7世の方は気さくでコロコロしたおじいちゃんたちが受け付けで暇そうにしていました。
ヘンリー7世の肖像画の横に冷蔵庫を持ってくるセンスはさすがイングランド兵だなと思いました。 -
それにしてもイギリス人太り過ぎじゃないですかね。
こんなもの毎日食ってるからだよ!!
因みにこれ飲み物ですから。
味噌汁ですからこれ。 -
ヨークからレスター(Leicester)へと向かいます。
レスターは、最近リチャード3世の遺体が発見され話題となりました。
リカーディアン(リチャード3世ファン)にとって聖地なのです。
いや私ヘンリー派だから。
レスター大聖堂(Leicester Cathedral)では、新しく用意されたリチャード3世の棺を見る事ができます。
本来、イギリス国王はWestminster Abbey(ウェストミンスター寺院)に葬られるものなのですが、町おこしの為かレスターに葬られることとなったようです。
リチャードは、落馬したところを上から鈍器のような物で殴られ、落命しました。何度も頭を殴られた跡が残っているそうで、その後は裸にされ急いで葬られたため、500年以上遺体の場所は謎のままでした。川に流されたと信じられていたのです。 -
イチオシ
レスターからバスで1時間かけてマーケット・ボズワース(Market Bosworth)に向かいます。
ボズワースには予約できる宿泊施設はほぼ1か所しかありません。
ボズワース(Bosworth)では500年以上前に、天下を分ける戦いが行われました。それがボズワースの戦い。
リチャード3世は家来の裏切りに会い、新参者のヘンリー7世に敗れてしまいました。この裏切り者、実はヘンリー7世の継父(血のつながらない父親)だったのです。
ボズワースの戦いが行われた場所は広かったため、具体的な両陣営の場所や動きは今でもわかっていないことも多いとか。
宿泊施設Bosworth Hall Hotelでレンタサイクルし、丘の上のボズワース・バトルフィールド・ヘリテージセンター(Bosworth Battlefield Herritage Center)に向かいます。
ほとんど車は通りません。気分爽快な旅です。まさかあの時、自転車のギアが外れ地獄の旅路になるとは思ってもいませんでした。中世の武器、戦場、戦略、そして裏切り by アザゼルさんボズワース古戦場跡 史跡・遺跡
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これですよ!これ!!!
陣営の動きがわかるビデオ!!
あああああああ
きゃああああああ
心の中で悲鳴を上げながらひたすらビデオを撮影しまくる日本人は、現地の人の目に稀有に映ったに違いありません。
…だが…やめない…!
あああ(ry中世の武器、戦場、戦略、そして裏切り by アザゼルさんボズワース古戦場跡 史跡・遺跡
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ヘリテージセンターをなめまわすように観光した後、外の古戦場跡を散歩します。地元のおじいちゃんおばあちゃんが手をつなぎながらお散歩していて癒されます。
イギリスはPublic Right of Way(歩く権利)の国。お散歩できる場所は私有地であろうと無料で誰でも通れる、という事も珍しくありません。
自転車に乗り、地図を片手にヘンリー7世が布陣したと考えられる場所、リチャード3世を裏切ったトマス・スタンリーがヘンリー7世に戴冠した場所などを巡ります。
地元の方もビックリすることでしょう。
感動が頂点に達します。
あっという間に夕方になってしまいました。
レスターの町でフィッシュ&チップスを買うため行列に並びます。うまい。中世の武器、戦場、戦略、そして裏切り by アザゼルさんボズワース古戦場跡 史跡・遺跡
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感動もたけなわ、バスでロンドンまで戻ります。
ロンドンまでバス…案の定、交通渋滞に巻き込まれ予定より1時間も遅れてしまいました。
急いで荷物をバスターミナルに預け、急いでWestminster Abbey(ウェストミンスター寺院)に向かいます。ここにはいとしいヘンリー7世と奥方エリザベス・オブ・ヨークが眠っているのです。
残念ながらあと10分早ければ…という調子で間に合いませんでした。
ごめんねヘンリー(つд⊂)
実は地獄はここから。
Westminster駅でRally(民衆デモ)が行われており、一歩も前に進めないのです。駅に向かっても切符を買うのにすごい行列。バスターミナルまで2駅分走りました。疲れた…n
だけど乗る予定だったポーツマス行のバス、行っちゃったんです。
本当は間に合ったんですけど「ポーツマス行きバスは遅れて出発します」というアナウンスがあったので座って待っていました。
実は私の聞き間違いで、「ボンマス行き」だったんです。
私が座ってバスを待っている間にポーツマス行バスは行ってしまっていたのです。
あー……
一か八か、電車でポーツマスまで向かうことにしました。
写真はロンドンのヤキソバ。地元のロンドンっこはヤキソバにカレーをかけます。さすがイングランド兵だな、と思いました。ヴィクトリア駅 駅
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電車とタクシーを使い、なんとかギリギリポーツマス発のフェリーに間に合うことができました。
スタッフの方は皆親切に対応してくれました。ありがとう。
フェリーは日本から予約していきましたが、個室はあっという間に売り切れましたので、自分は椅子だけ予約していきました。
椅子のスペースは一人旅の方ばかりで大変静かでした。グループ向けやキッズ向けの部屋がちゃんと準備されていたからでしょうか。
写真のように、お店も入っています。快適で清潔です。
寒いけど寝ます。
最初誤って、自分の椅子番号が書かれたカードを個室のドアに挟んではガチャガチャやってました。
中の人はホラー映画の気分だったでしょうね。
早朝にサンマロに着きます。ブルターニュ!
2015年の時点では、フランスはイギリスと同じくEUに入っているため、特別な入国審査はありません。
サンマロの港からほとんどの人はマイカーか観光バスで市内に入っていきました。歩きの人はほとんどいませんでした。 -
サンマロ(St.Malo)をご存知の方も多いでしょう。
パリからモンサンミッシェルに向かう場合、このサンマロかレンヌで乗り換えることになるからです。
サンマロはいい所です。
中世初期から港町として栄え、少しずつ改築を繰り返して大きな港となりました。海は青く、石畳の街並みも賑やかながら風情があります。
ここサンマロに来た目的も、薔薇戦争巡りです( ˘ω˘ //)
時は15世紀、ランカスター家の生き残りヘンリー・チューダー(ピチピチの19歳)はラルグエ城Fortess de Largoet(後述)に軟禁されていました。そこにイギリスから追っ手がやってきて、ヘンリーを連れ去ってしまいました。男たちの目的は、ヘンリーをブルターニュからイギリスに連れ帰り、イギリス国王の元に連れてくること。
生かされるか殺されるかはわかりません。
船が出るサンマロまで連れて来られたヘンリーは一計を案じ、仮病を装い何とか追っ手を振り切って教会に逃げ込みました。
それがおそらくこの教会、聖ヴィンセント(ヴァンサン)教会。
中世、どんな世俗的権力、たとえ国王でも教会は不可侵とされてきました。特にブルターニュはその傾向が強かった。だから、教会に逃げ込んだのです。
こうして彼は生き延び、9年後イギリスの王座に座ることになります。
妄想と空想に浸りながら、街を歩き、教会を見て回ります。
このヴァンサン教会、戦争で焼け落ちたため再建されたものですが、中世一世を風靡した聖遺物がちゃんと残っており展示されています。
是非ともフランス語の辞書アプリをスマホに入れてお越し下さい(・∀・)サン マロの旧市街 旧市街・古い町並み
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サンマロからは快適なTGVでレンヌに向かいます。
レンヌは現代的な街ですが、地下鉄で北側に向かうと旧市街があり古い町並みを見ることができます。
写真のような、変なお店を見ることもできます。
私はこの旧市街の西側にある教会に向かいました。
この聖堂、ヘンリー・チューダーがイギリスでリチャード3世を倒すことを誓い、敵であるはずのヨーク家の娘エリザベス・オブ・ヨークと結婚することを誓った所なのです。
地元の方や観光客が引っ切り無しに礼拝に訪れます。
写真撮影は控えめにしつつ、椅子に座り「ここでヘンリーが結婚宣言をしたのか…」と妄想に浸ります。レンヌの旧市街 旧市街・古い町並み
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レンヌから近くのヴァンヌVennesまでTGVで向かいます。
ヴァンヌはブルターニュ公国時代一大都市でした。
16世紀まで、ブルターニュはフランスとは別の国だったのです。
フランス語を話すフランク族の治めるフランスと、ブルトン語を話すケルト系ブルトン人とでは文化的に違いがあるのです。
時々継承戦争や独立戦争を行う、ちょっとピリピリした時代もありました。
そんなヴァンヌ、大変素晴らしい古都ですが、ここは午後に行く古都にして、バスに乗りラルグエ城Fortess de Largoetに向かいます。
このお城、ヘンリー・チューダーが17歳の時から1年半軟禁された場所なのです。
イギリスから逃げてきた王子様、丁重にもてなしつつも、イギリスとはいい関係を保ちたいブルターニュにとっては、この流浪の王子様は悩みのタネであったに違いありません。
こうして、彼は当時Marshalだった、Jean de Rieux(ジャン・ド・リュー)という軍人と共に暮らすことになりました。
なお、このお方、数年後にブルターニュ独立戦争で女大公アンヌ・ド・ブルターニュを守り戦ったことで有名になりました。
ということでお城に向かいます。当然ながら観光客はほぼいません。
当時の状態のまま残るお城。
つまり愛しいヘンリーが触ったであろう壁やドア。
独占状態なので壁から壁へと這いずり回ります(?) -
ラルグエ城、と言いますが実際は要塞です。
当時人々はキープkeepと呼ばれる建物の中に住んでいました。
今でいうと緊急シェルターに住んでいるイメージでしょうか。
つまり、敵に攻め込まれても大丈夫なよう、壁は厚く窓は細長く小さい。暖炉は限られた部屋にありません。
本当に快適だったのでしょうか?
ヘンリー・チューダーが住んでいたというお部屋に入ります。
ドアは囚人用のようです( ; ω ; )
窓が極端に小さいせいで暗く、暖炉はないため肌寒く感じます。部屋はとても狭く、人間2人はとても寝られません…
こ、こんな所に1年半も軟禁だなんて…17歳の王子様…可哀想に…( ; ω ; )
あっ 写真にフィギュア入っちゃった。 -
キープは5階建てです。各階に往時のトイレがあります。ヘンリーが使っていたと思われる2階のトイレをサワサワしておきました( ˘ω˘ )苔むしています。
誰もいないのでいつまでもダラダラとしていられます。一応外に観光客用簡易トイレがあります。 -
それにしてもこの部屋。このドア。
将来一国の国王となる少年が暮らしたお部屋とは思えません…
もう…本当に何時間この塔にいたことか…
すみません…変な日本人ですみません…すみません…(でもやめない -
そろそろヴァンヌに戻ります。
この古都では古い町並みを存分に楽しむことができますし、美味しい海鮮料理やショコラティエがあります。とってもオシャレ!
このヴァンヌではヘンリー・チューダーとその仲間たちが何年か暮らしていました。
たまに、彼を誘拐しようとイギリスから追っ手がやって来たそうですが、ヴァンヌの街は彼を守り抜いてくれました。
街自体は小さいですが、レンヌと違い昔のままの町並みが残っているのでとても風情があります。
街の中心、教会にも行っておきます。きっとヘンリーもここに通っていたに違いない…
さて、ディナーを頂きましたが、あまりにのんびりした街なのでお勘定の方が一向にやって来ません。呼んでも呼んでも来ません。30分経過してやっと来ました。今度は渡したクレジットカードが待てども待てども返ってきません。
やっと返ってきた、と思ったら9時を回ってました。遅すぎ!
はい。レンヌに宿を取っているので帰らなければならないのですが、なんと、
9時過ぎはもうレンヌ行きの電車はないというのです。
あるのはルドンRedon行きのみ。
あれ?時刻表にはあるって書いてあるよ?
駅長さんも、あれ、おかしいな、と調べてくれましたが、やっぱりもう電車ない。
えー明日飛行機で日本帰るんですけどー
まあいいや。駅前の宿に入り一夜を過ごしました。宿泊費10000円も取られたのにシャンプーも石鹸もありませんでした(´ω`;)ホテル プルミエール クラッセ ヴァンヌ ホテル
-
4時に起き、朝一でレンヌに戻ります。
シャワーを浴び、やれやれと荷物をまとめて駅に向かいます。
さあエレベーターでホームに降りよう…
あれ?
エレベーター止まった。
ん?
一緒に中にいた人たちが大声で騒いでいる。
あっ!これ閉じ込めじゃーーーん!
30分も前にホームに行ったのにナンテコッタ\(^o^)/
結局40分閉じ込められていた為、エレベーターの外から、自分が乗るはずだった数少ないシャルルドゴール空港行きTGVが行ってしまいました。
アーーーツ
俺の一等車ーーーッ
外に出た時の様子が写真です。
この後切符をもらい、パリからタダでタクシーで空港まで連れてって貰いました。
最後の最後までハプニング続きでしたが、本当に楽しい旅行でした。
以下、ウェールズやブルターニュの旅行でした注意すべき点モをまとめて終わります。レンヌ駅 駅
-
以下の情報は2015年6月時点での情報となります。
【イギリス(ウェールズ)】
〜移動手段〜
ウェールズの移動は基本、鉄道となります。費用が大変かさみますので、場合によってはブリットレイルの使用をお勧め致します。
但しブリットレイルには種類によりウェールズの鉄道に使用できるものとできないものがあり、イングランド専用チケットと比べて割高になります。よく計算する必要があります。
北ウェールズでは移動に困る事はほぼありません。バスと鉄道が多く、旅行しやすいです。
一方で南ウェールズは、「地球の歩き方」にも記載がなく、あまり外国人に観光地として認可されていません。その為、移動は鉄道とタクシーがメインになります。
〜言語〜
英語で全く問題ありません。特に訛りは気になりませんが、たまにウェールズが聞こえてきます。
〜Wi-Fi〜
今回契約しなかった為、大変後悔しました。カフェやレストラン、入場料を支払う施設では無料で使用できますが、公共のスペース(駅)や鉄道内では有料のWi-Fiが敷かれており、大変不便しました。
特に観光地化されていない南ウェールズでは、ルーターが受付にあったため、自分の宿泊する部屋にまで電波が届かず、レセプションでしかインターネットができなかった場合もありました。
【フランス(ブルターニュ)】
〜移動手段〜
鉄道・バスで特に困った事はありませんでした。
但し、インターネットや時刻表で調べた列車が走っておらず、駅長さんもよくわかっていない(もしくは私の語学力では理解できないと判断した)事がありました。
〜言語〜
バスの運転手だけでなく、大抵の方は例え施設の方でも英語を解さないことが多々あります。
是非フランス語の会話帳や辞書アプリをお持ちする事を強くお勧め致します。
〜Wi-Fi〜
ホステルでは特に問題ありませんでしたが、短い滞在でしたのでもしかしたら不便するシーンもあるかもしれません。
駅では無償のWi-Fiは飛んでいませんでした。シャルルドゴール空港 (CDG) 空港
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