糸満・ひめゆり旅行記(ブログ) 一覧に戻る
上空より〝米軍嘉手納基地〟を望む。<br /><br />なにも考えずにただ南の島へとやって来て、ぼ~っと時間を過ごすことに始まった沖縄の旅で<br />すが、いつの間にか11回目になりました。中でも一昨年9月に〝初石垣〟を経験してからは実に1年9ヶ月の間に7回目になります。<br /><br />いつもは〝日にち重視パターン〟というより〝値段重視〟なので、LCCのバーゲンを見つけては手配した後に休みを取るパターンでした。しかし今回は初めて〝日にち重視〟でまず〝宿手配〟から始まった沖縄の旅、目的はかねてより一度来てみたいと思っていた6月23日の〝沖縄慰霊の日〟に沖縄県営平和祈念公園で執り行われる〝戦没者追悼式典〟への参列と、前日の夜から始まる〝沖縄の最も長い一日〟に触れることにありました。<br /><br />今回はいつもの〝沖縄時間〟を過ごすこととは目的が異なり、〝日にち重視〟であれば旅行会社のフリープランを使うことも考えていました。しかしたまたま1月にJet Starのバーゲンにて〝この日〟を含む日程でチケットが手配できたため、結局プラン二ングの段階では従来となんら変わらないものにはなっています。ただ内容がかなり〝違った〟ものになるため、展開を変えています。<br /><br />最終章〝≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之④~戦後70年沖縄全戦没者追悼式:最終日~〟では、米須霊域慰霊塔と喜屋武岬を巡り帰宅までの道程を書いています。<br /><br />【2015年6月24日水曜日:4日目最終日】<br />糸満市大度 09:05<br />魂魄の塔 09:30 3.1km<br />     10:00<br />喜屋武岬 10:16 9.8km<br />     10:35<br />パラダイスレンタカー 11:23 25.8km【ADD:218.8km】<br />           11:47<br />那覇空港 11:57<br />     12:40 チェックイン<br />    (13:12)搭乗開始<br />     13:18 搭乗《GK351》<br />     13:32 ドアクローズ<br />     13:45 ムーブ<br />     13:50 タキシング<br />     13:59 離陸<br />関西空港 15:44 着陸<br />     15:48 停止<br />     15:50 降機<br />     15:58 アウト<br />     16:40《関西空港リムジンバス:大阪空港交通運行》<br />京都 18:04<br />   18:22《快速米原行き》<br />STONE MOUNTAIN STA 18:37<br />             19:07《田舎の赤バス》<br />バス停 19:24<br />自宅 19:27//<br /><br />定番としていた7日間の旅ではなく、〝日にち重視〟の4日間の旅は、あっという間に最終日を迎えます。8:00起床はいつも通りで朝食を頂きます。北海道のご夫婦は既に出発されており、マイペースのまま過ごします。機内持ち込みの荷物のこともあり、改めて荷物を整理した後、オーナーご夫婦と下の娘さんに挨拶し、最近決まって言い続けている〝名前と顔が一致する間にまた来ます♪〟と言って別れを告げ、9:05に那覇へと向かいます。この〝みん宿ヤポネシア〟のある大度エリアですが、よく見る〝新興住宅地〟のようなところがあり、宿を出た後結構な時間手を振って頂いているのが見えました。ふ~っ、今度はゆっくり来たいですね♪<br /><br />大度交差点より国道331号線に入り、毎朝来ている〝ファミリーマート糸満米須店〟にて、出勤時の定番〝ドリンク+ジュース〟そして一服をします。本来空港へ向かうなら右折をして行くのですが、敢えて左折します。目的地は昨日行けなかった〝魂魄之塔〟。米須霊域の中心にある〝魂魄之塔〟は、沖縄戦に於いて亡くなった兵士・住人、国籍を問わず、激戦があった〝この地〟に於いて放置されていた遺骨を収集し、周辺の石や米軍払い下げのセメントを用いて作った〝最初で最大の慰霊塔〟です。その後昭和54(1979)年2月に、摩文仁丘陵に完成した国立沖縄戦没者暮苑にその大部分は転骨され、現在に至っています。〝慰霊の日〟当日にこの〝魂魄之塔〟でも追悼式がある話は聞いていたので、来ようかとは思っていたものの、目的がばらけてしまうため日を改めました。平成元(1989)年に改修はされているものの、周辺の〝慰霊塔群〟に比べると、実に質素な印象を受けます。しかし〝どれだけの方〟がいらっしゃったかは〝献花数〟を見れば一目瞭然で、今尚沖縄戦の戦没者慰霊塔のフロンティアとして〝心のよりどころ〟になっているように思います。そして〝歩ける範囲〟の〝都道府県別慰霊塔〟として、〝ひろしまの塔〟〝大和の塔〟〝大分の塔〟〝北霊碑〟〝紀乃國之塔〟〝讃岐の奉公塔〟〝島根之塔〟、そして〝有川中将以下将兵自決の壕〟を回った後、再び車を走らせ、米須(西)交差点手前で停めます。〝ずゐせんの塔〟〝ひむかいの塔〟。すぐ横の国道331号線は何度も通っているものの〝計画立てていない〟ため、いつも素通りしていました。そしてやっと今回来られた場所になります。駐車場はないため路駐になり、時間が取れないのは残念でしたが、慰霊の日の翌日という〝日〟も幸いし、献花が慰霊塔を囲んでいたことは、部外者の訪問を少しでも気楽にして貰った気がします。後続の方が来られたようなので車に戻り、次の目的地へと向かいます。<br /><br />向かった先は、沖縄最南端(ちょっと手前)の〝喜屋武岬(きゃんみさき)〟。〝平和の塔〟が近くに建つこの岬、大戦末期に米軍の執拗な攻撃を受け、軍属・民間問わず多くの人々がこの地に追いやられ、この喜屋武岬断崖から身を投げた場所とされています。昭和27(1952)年10月、地元有志の手によって遺骨10,000柱を奉納すべく〝名城ビーチ(跡地)〟に建立され、昭和44(1969)年3月この地に移設され〝平和之塔〟として現在に至っています。今では〝展望スペース〟〝駐車場〟〝トイレ〟完備の〝観光地のひとつ〟になっている感じを受けます。しかし〝平和の塔〟後方より見られる〝断崖絶壁〟に立ち、退路さえ与えられなかった人々の気持ちを思うとやるせなく思います。海に飛び出しているように思える場所にあってその海の色が何色だったかは今となっては知る由もありませんが、同じ過ちを繰り返すことのないようにしなければならないと思いました。<br /><br />この〝平和の塔〟が最初に建立された〝名城ビーチ〟ですが、昭和30年代に〝有料ビーチ〟として開発が進んだものの、回りに同じようなものができ、現在は海水浴場としては閉鎖されています。<br />以前に書いたことがありますが日本国内に於いて〝海岸〟とは〝国有地〟の扱いであり、他の土地に囲まれた土地である〝袋地〟(この場合海岸のこと=国有地)袋地の所有者には、公道との出入りの際に囲んでいる土地を通行する権利が、民法第210条〝囲繞地(いにょうち)通行権〟として認められています。この場合〝国有地〟を利用する〝利用者〟として、その海岸へ行く道を所有していたとしても、通行することを拒否できないという一文があります。確かに〝民法上〟の規定なので、条文=問題ない訳ではありませんが、沖縄のプライベートビーチと称するもののほとんどが〝それ〟にあたっていることは、訴訟問題になった有名な話です。<br /><br />まあこのことを言いたかったのではなく、閉鎖されたビーチを再開発してまた〝ビーチ〟を作る話が浮上していることが記事になっていました。〝明るい廃墟〟から脱却した例もあるので一概には言えないことかも知れません。しかしそれだけの〝モノ〟が果たして期待できるのか…正直不安です。正直沖縄まで来る方が〝付け焼刃〟的なリゾート擬きに長きに渡って利用を続けるか…とも思いませんので。ということは多分値段だけ…。<br /><br />時間に追われてギリギリの時間で回っているとだんだん余裕がなくなってきてしまい、ついつい感情的になってしまう悪い癖があります。実はこの〝喜屋武岬〟、今回3度目のチャレンジでやっと辿り着けました。本当かどうかの検証まではしていないのですが、この〝道のり〟が時期によってよく変わると聞きました。工事が入っていることもあるようですが、やはり今回も〝ナビ〟に振り回されたところがありました。畑の中の十字路で〝茫然〟と立ち止まり、今回も無理か…と思って喜屋武郵便局の方向に曲がった〝次の交差点〟に〝喜屋武岬左へ〟の看板を見付けます。それでやっとこさ到着しましたが、以前はバスで来るならば、国道で下りて歩かなければなりませんでしたが、2015年6月15日から〝いとちゃんバスmini〟というコミュニティバスが運行しており、喜屋武岬まで入ってくれます。予定では年内までの試験運行ですが、一日1,000円で乗り放題チケットもあるので、利用価値は高いと思います。さあ走っている間に次回行けるかな…。<br /><br />まあぶつくさ言っても時間は過ぎてしまい、そろそろ戻らないといけません。喜屋武郵便局に立ち寄った後、初日に泊まった〝ペンション喫茶南の楽園〟がある〝小波蔵〟の集落を通り、国道331号線へと出ます。途中渋滞回避情報に乗っかり、バイパスから旧道に再び入った後、ふとみつけた糸満郵便局。そこに立ち寄った後給油をし、無事パラダイスレンタカー那覇空港営業所へと到着。3日間で218.8km走った今回の旅〝レンタカー編〟が終わった瞬間です。<br /><br />行きに借り貸しともに要領を得ていないことは気付いていたので、気にせず行こうと思っていたらここでまたやらかしてくれました…。レンタカー返車の際に〝契約書〟がいつも邪魔になるので、宿で処分して来ました。聞かれたときに処分した旨を伝えたものの、その契約書を返す順番で送迎順が決まるらしく、名前の書いたものがない状況では〝呼ばれるはず〟もありません。途中でそれに気付いたので露骨に〝契約書ないって言いましたけど~(怒)〟って言われて初めて〝どうぞ…〟。時間的に早かったので焦るほどのことではなかったものの、バスの中で思ったことは…〝次はないし~〟、そのヒトコトでした。<br /><br />無事空港に到着すると、さっさと下車します。要領の悪いドライバーさんに非はないので、〝お世話になりました~〟と挨拶し、荷物を抱え〝オレンジエリア〟へと向かいます。シートアサインは常にしてありますが、ほとんど非常口座席のため、ウェブチェックインができません。なのでロケーターを入力して、はい・ハイ・hai!と続けてチェックイン完了。そして出てくるボーディングパスを受け取ります。ここで気付いたこと、おや1Aとな?そうなんです、いつもは1Fの〝アップフロント・シート〟指定なのですが、今回は先にアサインされてしまっていて、1Aつまり〝エクストラ・レッグルーム・シート〟をアサインしています。違いはというとパーテーションが〝あるかないか〟の違いです。670円と980円の違いには…という感じですが、ここではケチりたくない性分、〝いいこともあるさ~〟と前向きに解釈します。取り敢えず必要最小限の〝お土産〟を購入します。とはいえ〝炎天下の行動〟が続いたため〝休みたい〟気持ちが強く身が入りません。そういう時は〝悩まない〟に限ります。適当に選んだ後バックに突っ込み、保安検査を通過し30分前にはゲート前にスタンバイしています。何か食べようかな…とも思うのですが、踏ん切りがつかず飲み物を飲みながら一服していると、搭乗開始のアナウンス。まあ後部座席からなのでしばらく待ち、〝すべてのお客様~〟のアナウンスと同時に登場します。ボーディングブリッジから入ってすぐの座席、いつものように〝ぽ~ん〟と荷物を収納棚にほうり上げ、シートベルトを締め離陸スタンバイをします。<br /><br />かなりの数が搭乗するも、行き同様〝時間前〟にドアが閉められます。しかしまたプッシュバック待ち…。でも那覇空港という大きな空港ゆえ、〝仕方がないか〟という気持ちもあり、時が流れていくのを待ちます。ようやくタキシングが始まり、そして離陸。那覇空港に着陸して74時間、時間は短いですが〝考えること〟が群を抜いて多かった今回の〝沖縄の旅〟、そしてその〝思い出〟を胸に抱いたままGK351は〝夏の沖縄〟を後にし、一路関西空港へと向かいます。<br /><br />〝強くないスコール〟には見舞われたものの、大きな天気の崩れがなかった沖縄でしたが、折しも九州本州付近は〝梅雨前線〟が停滞しており、〝眼下の景色〟は〝雲だけ〟の状態で、A320-200型機は飛んで行きます。〝揺れが予想されます〟とお決まりのアナウンスはあれどそれもなく、雲が切れた時には既に着陸態勢に入っていました。GKのKIX線の場合、ほとんど1Fのシートアサインをしていたため、太平洋側の景色しか見ていなかったのですが、今回は1Aだったこともあり、上空から〝神戸空港〟を見ることができました。ここまで来ると〝何事もなく〟関西空港に着陸するはずですが、その寸前よもやのハプニング。着陸前に〝車輪〟を出した〝作動音〟は確認したので、僅か数分の間のことですが、後方席から〝がきんちょ〟が〝おしっこ~〟と前方へ…。CAさん慌てて〝席に戻って(怒)〟っとシートベルトを外し追い立てたみたいですが、このあたりはどうなんでしょうか…。素人には〝リスク〟的なものはわかりませんが、このタイミングでの〝ゴーアラウンド(着陸のやり直し)〟は、どう考えても無理っぽい…。以前なにかで〝トイレで寝込んだ乗客〟のために〝ゴーアラウンド〟が行われた〝迷惑〟な話があったと読んだことはありますが、このこの〝親〟ってどんな面して乗っているのか…見てみたいです。一歩間違えると事故につながることを〝知らない〟のでしょうから…。春の墜落事故と結び付けられるのは短絡的にも思いますが、この1年間でホント〝LCCの利用者〟のレベルの低さを痛感します。そろそろレギュラーキャリアに戻す時期なのでしょうか…。<br /><br />まあ関わり合いになりたくないこともあり、〝遮るもののない最前列座席〟のメリットで3番目に降機します。お決まりの一服タイムの後は空港リムジンにて京都へと向かいます。大阪空港交通運行の関西空港リムジンバスには最近よく当たりますが、関西空港線で使われている車両には〝トイレ〟がついているのですね~。今まで気が付きませんでした。<br /><br />数分の早着で京都駅八条口ホテル京阪前に到着します。ちなみに〝バス停界隈〟は勿論禁煙なので、〝アバンティKYOTO〟地下入口手前の喫煙コーナーで一服。そして地下入口から〝JR京都駅2番線〟へ。これまた来た電車が最も早く着くので普通米原行に乗車し、ふたつのトンネルを越えて〝淡海県〟へと入り、田舎の駅下車。ほとんど〝気力〟だけで動いているのですが、すぐ近くの〝職場〟へと〝お土産持参〟します。いつもなら休み中の〝引き継ぎ〟をサラッと聞くのですが、それすら余裕がありません。なので〝明日言って〟吐き捨て、普段通り〝田舎の赤バス〟の〝定位置〟に陣取ります。乗車口すぐ後ろの〝指定席〟に座ると、いつもの癖で〝眠気〟が…。しかし今寝ると〝いつ起きるやら〟…になるので、カバンを抱きしめ、その上に顔を乗せて我慢します。そして糸満を出てから10時間半、無事田舎の我が家に辿り着きました。<br /><br /><br />いつもながら〝超長文〟にお付き合い頂き有り難うございました。これにて〝≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之④~戦後70年沖縄全戦没者追悼式:4日目最終日~〟を終わります。<br /><br /><br />最後に諸費用一覧です♪<br />①レンタカーガソリン代<br />@134.3円/L*21.86L+TAX(235円)=3,171円(Ave:10.0km/L)<br />②飛行機代<br /> GK352 3,210円(@1,990+670+550)<br /> GK351 3,400円(@1,990+980+430)<br />③空港リムジンバス<br /> 4,180円(京都線往復割引)<br />④対馬丸記念館入場料<br /> 500円<br />⑤対馬丸記念館駐車場<br /> 200円<br />⑥JRチケット<br /> @240*2=480円<br />⑦ペンション喫茶南の楽園<br /> 素泊まり宿泊=3,500円<br />⑧みん宿ヤポネシア<br /> 1泊2食付*2泊=12,000円<br />⑨田舎の赤バス<br /> 230円<br />⑩パラダイスレンタカーSクラス72時間<br /> @6,000円(免責補償込)+1,620円(ワイド補償)=7,620円<br /><br />※合計 38,491円也<br />※9,623円/1日

≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之④~戦後70年沖縄全戦没者追悼式:最終日~

36いいね!

2015/06/21 - 2015/06/24

163位(同エリア733件中)

2

63

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

上空より〝米軍嘉手納基地〟を望む。

なにも考えずにただ南の島へとやって来て、ぼ~っと時間を過ごすことに始まった沖縄の旅で
すが、いつの間にか11回目になりました。中でも一昨年9月に〝初石垣〟を経験してからは実に1年9ヶ月の間に7回目になります。

いつもは〝日にち重視パターン〟というより〝値段重視〟なので、LCCのバーゲンを見つけては手配した後に休みを取るパターンでした。しかし今回は初めて〝日にち重視〟でまず〝宿手配〟から始まった沖縄の旅、目的はかねてより一度来てみたいと思っていた6月23日の〝沖縄慰霊の日〟に沖縄県営平和祈念公園で執り行われる〝戦没者追悼式典〟への参列と、前日の夜から始まる〝沖縄の最も長い一日〟に触れることにありました。

今回はいつもの〝沖縄時間〟を過ごすこととは目的が異なり、〝日にち重視〟であれば旅行会社のフリープランを使うことも考えていました。しかしたまたま1月にJet Starのバーゲンにて〝この日〟を含む日程でチケットが手配できたため、結局プラン二ングの段階では従来となんら変わらないものにはなっています。ただ内容がかなり〝違った〟ものになるため、展開を変えています。

最終章〝≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之④~戦後70年沖縄全戦没者追悼式:最終日~〟では、米須霊域慰霊塔と喜屋武岬を巡り帰宅までの道程を書いています。

【2015年6月24日水曜日:4日目最終日】
糸満市大度 09:05
魂魄の塔 09:30 3.1km
     10:00
喜屋武岬 10:16 9.8km
     10:35
パラダイスレンタカー 11:23 25.8km【ADD:218.8km】
           11:47
那覇空港 11:57
     12:40 チェックイン
    (13:12)搭乗開始
     13:18 搭乗《GK351》
     13:32 ドアクローズ
     13:45 ムーブ
     13:50 タキシング
     13:59 離陸
関西空港 15:44 着陸
     15:48 停止
     15:50 降機
     15:58 アウト
     16:40《関西空港リムジンバス:大阪空港交通運行》
京都 18:04
   18:22《快速米原行き》
STONE MOUNTAIN STA 18:37
             19:07《田舎の赤バス》
バス停 19:24
自宅 19:27//

定番としていた7日間の旅ではなく、〝日にち重視〟の4日間の旅は、あっという間に最終日を迎えます。8:00起床はいつも通りで朝食を頂きます。北海道のご夫婦は既に出発されており、マイペースのまま過ごします。機内持ち込みの荷物のこともあり、改めて荷物を整理した後、オーナーご夫婦と下の娘さんに挨拶し、最近決まって言い続けている〝名前と顔が一致する間にまた来ます♪〟と言って別れを告げ、9:05に那覇へと向かいます。この〝みん宿ヤポネシア〟のある大度エリアですが、よく見る〝新興住宅地〟のようなところがあり、宿を出た後結構な時間手を振って頂いているのが見えました。ふ~っ、今度はゆっくり来たいですね♪

大度交差点より国道331号線に入り、毎朝来ている〝ファミリーマート糸満米須店〟にて、出勤時の定番〝ドリンク+ジュース〟そして一服をします。本来空港へ向かうなら右折をして行くのですが、敢えて左折します。目的地は昨日行けなかった〝魂魄之塔〟。米須霊域の中心にある〝魂魄之塔〟は、沖縄戦に於いて亡くなった兵士・住人、国籍を問わず、激戦があった〝この地〟に於いて放置されていた遺骨を収集し、周辺の石や米軍払い下げのセメントを用いて作った〝最初で最大の慰霊塔〟です。その後昭和54(1979)年2月に、摩文仁丘陵に完成した国立沖縄戦没者暮苑にその大部分は転骨され、現在に至っています。〝慰霊の日〟当日にこの〝魂魄之塔〟でも追悼式がある話は聞いていたので、来ようかとは思っていたものの、目的がばらけてしまうため日を改めました。平成元(1989)年に改修はされているものの、周辺の〝慰霊塔群〟に比べると、実に質素な印象を受けます。しかし〝どれだけの方〟がいらっしゃったかは〝献花数〟を見れば一目瞭然で、今尚沖縄戦の戦没者慰霊塔のフロンティアとして〝心のよりどころ〟になっているように思います。そして〝歩ける範囲〟の〝都道府県別慰霊塔〟として、〝ひろしまの塔〟〝大和の塔〟〝大分の塔〟〝北霊碑〟〝紀乃國之塔〟〝讃岐の奉公塔〟〝島根之塔〟、そして〝有川中将以下将兵自決の壕〟を回った後、再び車を走らせ、米須(西)交差点手前で停めます。〝ずゐせんの塔〟〝ひむかいの塔〟。すぐ横の国道331号線は何度も通っているものの〝計画立てていない〟ため、いつも素通りしていました。そしてやっと今回来られた場所になります。駐車場はないため路駐になり、時間が取れないのは残念でしたが、慰霊の日の翌日という〝日〟も幸いし、献花が慰霊塔を囲んでいたことは、部外者の訪問を少しでも気楽にして貰った気がします。後続の方が来られたようなので車に戻り、次の目的地へと向かいます。

向かった先は、沖縄最南端(ちょっと手前)の〝喜屋武岬(きゃんみさき)〟。〝平和の塔〟が近くに建つこの岬、大戦末期に米軍の執拗な攻撃を受け、軍属・民間問わず多くの人々がこの地に追いやられ、この喜屋武岬断崖から身を投げた場所とされています。昭和27(1952)年10月、地元有志の手によって遺骨10,000柱を奉納すべく〝名城ビーチ(跡地)〟に建立され、昭和44(1969)年3月この地に移設され〝平和之塔〟として現在に至っています。今では〝展望スペース〟〝駐車場〟〝トイレ〟完備の〝観光地のひとつ〟になっている感じを受けます。しかし〝平和の塔〟後方より見られる〝断崖絶壁〟に立ち、退路さえ与えられなかった人々の気持ちを思うとやるせなく思います。海に飛び出しているように思える場所にあってその海の色が何色だったかは今となっては知る由もありませんが、同じ過ちを繰り返すことのないようにしなければならないと思いました。

この〝平和の塔〟が最初に建立された〝名城ビーチ〟ですが、昭和30年代に〝有料ビーチ〟として開発が進んだものの、回りに同じようなものができ、現在は海水浴場としては閉鎖されています。
以前に書いたことがありますが日本国内に於いて〝海岸〟とは〝国有地〟の扱いであり、他の土地に囲まれた土地である〝袋地〟(この場合海岸のこと=国有地)袋地の所有者には、公道との出入りの際に囲んでいる土地を通行する権利が、民法第210条〝囲繞地(いにょうち)通行権〟として認められています。この場合〝国有地〟を利用する〝利用者〟として、その海岸へ行く道を所有していたとしても、通行することを拒否できないという一文があります。確かに〝民法上〟の規定なので、条文=問題ない訳ではありませんが、沖縄のプライベートビーチと称するもののほとんどが〝それ〟にあたっていることは、訴訟問題になった有名な話です。

まあこのことを言いたかったのではなく、閉鎖されたビーチを再開発してまた〝ビーチ〟を作る話が浮上していることが記事になっていました。〝明るい廃墟〟から脱却した例もあるので一概には言えないことかも知れません。しかしそれだけの〝モノ〟が果たして期待できるのか…正直不安です。正直沖縄まで来る方が〝付け焼刃〟的なリゾート擬きに長きに渡って利用を続けるか…とも思いませんので。ということは多分値段だけ…。

時間に追われてギリギリの時間で回っているとだんだん余裕がなくなってきてしまい、ついつい感情的になってしまう悪い癖があります。実はこの〝喜屋武岬〟、今回3度目のチャレンジでやっと辿り着けました。本当かどうかの検証まではしていないのですが、この〝道のり〟が時期によってよく変わると聞きました。工事が入っていることもあるようですが、やはり今回も〝ナビ〟に振り回されたところがありました。畑の中の十字路で〝茫然〟と立ち止まり、今回も無理か…と思って喜屋武郵便局の方向に曲がった〝次の交差点〟に〝喜屋武岬左へ〟の看板を見付けます。それでやっとこさ到着しましたが、以前はバスで来るならば、国道で下りて歩かなければなりませんでしたが、2015年6月15日から〝いとちゃんバスmini〟というコミュニティバスが運行しており、喜屋武岬まで入ってくれます。予定では年内までの試験運行ですが、一日1,000円で乗り放題チケットもあるので、利用価値は高いと思います。さあ走っている間に次回行けるかな…。

まあぶつくさ言っても時間は過ぎてしまい、そろそろ戻らないといけません。喜屋武郵便局に立ち寄った後、初日に泊まった〝ペンション喫茶南の楽園〟がある〝小波蔵〟の集落を通り、国道331号線へと出ます。途中渋滞回避情報に乗っかり、バイパスから旧道に再び入った後、ふとみつけた糸満郵便局。そこに立ち寄った後給油をし、無事パラダイスレンタカー那覇空港営業所へと到着。3日間で218.8km走った今回の旅〝レンタカー編〟が終わった瞬間です。

行きに借り貸しともに要領を得ていないことは気付いていたので、気にせず行こうと思っていたらここでまたやらかしてくれました…。レンタカー返車の際に〝契約書〟がいつも邪魔になるので、宿で処分して来ました。聞かれたときに処分した旨を伝えたものの、その契約書を返す順番で送迎順が決まるらしく、名前の書いたものがない状況では〝呼ばれるはず〟もありません。途中でそれに気付いたので露骨に〝契約書ないって言いましたけど~(怒)〟って言われて初めて〝どうぞ…〟。時間的に早かったので焦るほどのことではなかったものの、バスの中で思ったことは…〝次はないし~〟、そのヒトコトでした。

無事空港に到着すると、さっさと下車します。要領の悪いドライバーさんに非はないので、〝お世話になりました~〟と挨拶し、荷物を抱え〝オレンジエリア〟へと向かいます。シートアサインは常にしてありますが、ほとんど非常口座席のため、ウェブチェックインができません。なのでロケーターを入力して、はい・ハイ・hai!と続けてチェックイン完了。そして出てくるボーディングパスを受け取ります。ここで気付いたこと、おや1Aとな?そうなんです、いつもは1Fの〝アップフロント・シート〟指定なのですが、今回は先にアサインされてしまっていて、1Aつまり〝エクストラ・レッグルーム・シート〟をアサインしています。違いはというとパーテーションが〝あるかないか〟の違いです。670円と980円の違いには…という感じですが、ここではケチりたくない性分、〝いいこともあるさ~〟と前向きに解釈します。取り敢えず必要最小限の〝お土産〟を購入します。とはいえ〝炎天下の行動〟が続いたため〝休みたい〟気持ちが強く身が入りません。そういう時は〝悩まない〟に限ります。適当に選んだ後バックに突っ込み、保安検査を通過し30分前にはゲート前にスタンバイしています。何か食べようかな…とも思うのですが、踏ん切りがつかず飲み物を飲みながら一服していると、搭乗開始のアナウンス。まあ後部座席からなのでしばらく待ち、〝すべてのお客様~〟のアナウンスと同時に登場します。ボーディングブリッジから入ってすぐの座席、いつものように〝ぽ~ん〟と荷物を収納棚にほうり上げ、シートベルトを締め離陸スタンバイをします。

かなりの数が搭乗するも、行き同様〝時間前〟にドアが閉められます。しかしまたプッシュバック待ち…。でも那覇空港という大きな空港ゆえ、〝仕方がないか〟という気持ちもあり、時が流れていくのを待ちます。ようやくタキシングが始まり、そして離陸。那覇空港に着陸して74時間、時間は短いですが〝考えること〟が群を抜いて多かった今回の〝沖縄の旅〟、そしてその〝思い出〟を胸に抱いたままGK351は〝夏の沖縄〟を後にし、一路関西空港へと向かいます。

〝強くないスコール〟には見舞われたものの、大きな天気の崩れがなかった沖縄でしたが、折しも九州本州付近は〝梅雨前線〟が停滞しており、〝眼下の景色〟は〝雲だけ〟の状態で、A320-200型機は飛んで行きます。〝揺れが予想されます〟とお決まりのアナウンスはあれどそれもなく、雲が切れた時には既に着陸態勢に入っていました。GKのKIX線の場合、ほとんど1Fのシートアサインをしていたため、太平洋側の景色しか見ていなかったのですが、今回は1Aだったこともあり、上空から〝神戸空港〟を見ることができました。ここまで来ると〝何事もなく〟関西空港に着陸するはずですが、その寸前よもやのハプニング。着陸前に〝車輪〟を出した〝作動音〟は確認したので、僅か数分の間のことですが、後方席から〝がきんちょ〟が〝おしっこ~〟と前方へ…。CAさん慌てて〝席に戻って(怒)〟っとシートベルトを外し追い立てたみたいですが、このあたりはどうなんでしょうか…。素人には〝リスク〟的なものはわかりませんが、このタイミングでの〝ゴーアラウンド(着陸のやり直し)〟は、どう考えても無理っぽい…。以前なにかで〝トイレで寝込んだ乗客〟のために〝ゴーアラウンド〟が行われた〝迷惑〟な話があったと読んだことはありますが、このこの〝親〟ってどんな面して乗っているのか…見てみたいです。一歩間違えると事故につながることを〝知らない〟のでしょうから…。春の墜落事故と結び付けられるのは短絡的にも思いますが、この1年間でホント〝LCCの利用者〟のレベルの低さを痛感します。そろそろレギュラーキャリアに戻す時期なのでしょうか…。

まあ関わり合いになりたくないこともあり、〝遮るもののない最前列座席〟のメリットで3番目に降機します。お決まりの一服タイムの後は空港リムジンにて京都へと向かいます。大阪空港交通運行の関西空港リムジンバスには最近よく当たりますが、関西空港線で使われている車両には〝トイレ〟がついているのですね~。今まで気が付きませんでした。

数分の早着で京都駅八条口ホテル京阪前に到着します。ちなみに〝バス停界隈〟は勿論禁煙なので、〝アバンティKYOTO〟地下入口手前の喫煙コーナーで一服。そして地下入口から〝JR京都駅2番線〟へ。これまた来た電車が最も早く着くので普通米原行に乗車し、ふたつのトンネルを越えて〝淡海県〟へと入り、田舎の駅下車。ほとんど〝気力〟だけで動いているのですが、すぐ近くの〝職場〟へと〝お土産持参〟します。いつもなら休み中の〝引き継ぎ〟をサラッと聞くのですが、それすら余裕がありません。なので〝明日言って〟吐き捨て、普段通り〝田舎の赤バス〟の〝定位置〟に陣取ります。乗車口すぐ後ろの〝指定席〟に座ると、いつもの癖で〝眠気〟が…。しかし今寝ると〝いつ起きるやら〟…になるので、カバンを抱きしめ、その上に顔を乗せて我慢します。そして糸満を出てから10時間半、無事田舎の我が家に辿り着きました。


いつもながら〝超長文〟にお付き合い頂き有り難うございました。これにて〝≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之④~戦後70年沖縄全戦没者追悼式:4日目最終日~〟を終わります。


最後に諸費用一覧です♪
①レンタカーガソリン代
@134.3円/L*21.86L+TAX(235円)=3,171円(Ave:10.0km/L)
②飛行機代
 GK352 3,210円(@1,990+670+550)
 GK351 3,400円(@1,990+980+430)
③空港リムジンバス
 4,180円(京都線往復割引)
④対馬丸記念館入場料
 500円
⑤対馬丸記念館駐車場
 200円
⑥JRチケット
 @240*2=480円
⑦ペンション喫茶南の楽園
 素泊まり宿泊=3,500円
⑧みん宿ヤポネシア
 1泊2食付*2泊=12,000円
⑨田舎の赤バス
 230円
⑩パラダイスレンタカーSクラス72時間
 @6,000円(免責補償込)+1,620円(ワイド補償)=7,620円

※合計 38,491円也
※9,623円/1日

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 自家用車 徒歩 ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配

この旅行記のタグ

36いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (2)

開く

閉じる

  • 志村!後ろ!さん 2015/07/26 10:23:38
    はじめまして
    以前よりたかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんの(以下長いのでたかちゃんさんと書かせていただきます)沖縄の旅行記を拝見させていただいてました志村といいます。

    戦争の歴史についての記事が凄くわかりやすく、大変参考にさせいていただいております
    私も沖縄や鹿児島の知覧や鹿屋などに行ってみたいと思っていますがどこから足を運んでいけばいいのか悩んでいたこともあり
    たかちゃんさんの日記がすごく私の旅行のきっかけになりそうな気がしています。

    私も沖縄が大好きで沖縄の戦争の歴史は特に知りたいと思っているので
    たかちゃんさんの中でここは絶対に訪れてほしい場所などがありましたら教えていただけたらと思います。
  • まむーとさん 2015/07/21 16:55:24
    あれ?リムジンバス4180円
    たかティムさん
    こんにちは!

    すっかり忘れてたリムジンバス予約を旅行記で強く書かれていたので、忘れず記憶に残す事が出来てさっき予約しました。
    往復料金は4180円との案内でしたが、たかティムさんのはまた違うバスですか?

    沖縄の慰霊の日を見せて頂きました。
    チビチリガマへの入口は、今でも鬱蒼としているので、当時はもっともっと鬱蒼としていたのでしょうか。
    絶対に見つからないように見えるそんな場所でさえ、息を殺して過ごすしかなかったガマでの生活。
    ガマの中のお母さんと子ども。
    飛行機の中でおトイレに行きたがった子ども。
    対称的だけど、同じ待ったナシの子ども、なんとも考えてしまいました。
    (たかティムさんの反応を見る限り、自己主張ばかりする親子の部類かな。)
    私は3人の子育てをしていた時、時々ガマの中のお母さんを思う事がありました。
    ガマなら殺してるかなと思うこともありました。
    ガマでは色々な世代がおられたかと思いますが、乳児のお母さんは24時間気が休まらず大変だったと胸が痛みます。
    私は感受性が人一倍強いので、戦跡にはまだ行けそうにはありません。
    けれど、知りたい気持ちは強くありますので、これからも発信を待っています。

    ウォーターマウスより
    まむーと












たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP