2015/06/17 - 2015/06/17
5529位(同エリア7323件中)
滝山氏照さん
JR鎌倉駅バス乗り場から九品寺方面バスに乗り光明寺下車の地に在する天照山・千手院(せんじゅいん、神奈川県鎌倉市材木座)は関東大震災によって寺宝を始めとする資料等を焼失した為開山並びに開基については不明です。
しかしながら近隣に在する天照山・蓮華院・光明寺(浄土宗)が大檀林として隆盛を極めていた頃には当該寺院の修行僧たちの僧房(寮)であったとされます。
2023年1月8日追記
境内に設置の松尾芭蕉の句碑に建てられた説明板には下記の通り紹介されています。
『 文学案内板
松 尾 芭 蕉 句 碑
春もやや気しきととのふ月と梅 芭蕉翁
碑裏には次の文面が刻まれている
「予産は安房国 安房郡大網村にして、 明治八年より錫をここ
に止無 この営みは 十九の天五月なり 法名 一蓮社念誉上人祐
禅定賢和尚 田中安太郎書 当14歳 酒好 教へ路の碑は?れ
り曼珠沙花」
この千手院は浄土宗で、天照山千手院と号し、光明寺の塔頭の一つであり、もとは光明寺の寺僧寮であったと伝えられる。本尊は千手観音。江戸時代より寺子屋のあったところで、境内には梅の古木があった。
碑裏に記されている定賢和尚は、明治8年に千葉から旅の僧として当地を訪れ、千手院の住職となり、寺子屋の先生をしていた。明治25年に亡くなったが、教え子の一人であった田中氏が、和尚をしのんで芭蕉の俳句を選び、当時14歳の子息安太郎に書かせて、こんぽ句碑を建てたものである。
芭蕉のこの俳句は、芭蕉七部集の中の「続猿衰」に収められている。句意としては、春とは名ばかりで、まだ寒い寒いと思っているうちに、いつか梅が咲き、月もおぼろにかすんで、ようやく春らしくなってきた、というものである。
田中氏がこの句を選んだのは、境内にあった梅の古木にちなんだものであろうか。
平成6年2月
鎌倉市教育委員会
鎌倉文学館 』
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄
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