2015/03/18 - 2015/03/18
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スネフェルさん
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昼に所要があるため、有給休暇をとった今日、前々から気になっていた古河の街を歩いてみました。なぜ気になっていたかというと、古河は戦国戦国時代初期に関東の中心的な都市だったからです。また、某戦国史なるゲームでは古河城は堅城のカテゴリに入る城として設定されていました。
古河はかつて鎌倉公方の本拠地でした。官命は鎌倉公方ですが、鎌倉を追われて古河に公方があったため、俗に古河公方とよばれていました。鎌倉公方とは、室町幕府が関東統治のために置いた行政機関鎌倉府のトップで、鎌倉公方の補佐役に関東管領の役職がありました。関東管領として、有名なのは越後の戦国大名、上杉謙信。鎌倉公方は、関東管領だった上杉氏との対立の果てに、鎌倉から古河に本拠地を移し、その結果、古河公方と呼ばれることになりました。この鎌倉から古河へ公方が移座したことを契機に関東は戦国時代に入った、と認識されています。
さて、そんな知られざる古都、足利を歩きます。
散歩のスタートはJR古河駅。西口を出ると万葉の歌碑がありました。歌の内容は、万葉集に収録されているらしく、情熱的な歌でしたが、それより、当時東国でもかなり東に位置するこの場所が大和朝廷の勢力圏内であったことに驚きました。
古河城跡に向かって歩くと、駅前の道は懐かしい雰囲気の商店が立ち並びます。古河城へ至る小道に入ると、これがまたいい雰囲気。肴町というところらしいのですが、古い、あるいは古い建物の雰囲気を壊さない建物が並んでいます。
この通り沿いにあった小学校まで、レンガ造りでレトロな雰囲気。ただ、建て替え中だったこともあり、取り壊し中の旧校舎を見ることが出来たのですが、旧校舎は普通のコンクリート製で白壁の建物でした。景観に調和させた建物に建て替えていることから、市の意思なのでしょう。似たような地方都市が増えていて、どこに行っても特色の無い地方が増えています。自分達の地域を大切にすることは人口が減ってくるこれからの日本には大切です。その小さな一歩を感じました。
さて、城跡の場所に来たのですが、石垣一つ遺構が見つかりません。ここが城跡であったのを知るのは城跡を示す石碑のみです。どうやら完全に城は破壊され、痕跡すら失われてしまったようです。先の小学校の外観をクラッシックで調和のとれたものにするのは過去の遺物を破壊してしまった反省に立っているのかもしれません。(いずれにせよ、旅行者の私には知る由もありませんが・・・)
ランドマーク的な城は失われていますが、古河には古い建物、古い町並みなどが残っていました。散歩しごたえのある街です。
帰る前に少し離れていますが、古河総合公園に立ち寄りました。3/20より桃祭りが開かれるようです。少し早かったため、1分咲き程度でしたが、満開になると綺麗なんだろうな、というのは容易にさせられるいいところでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
JR古河駅。散歩の起点です。こちらは西口ですが、東口は店も多く、にぎやかです。
-
西口駅前には万葉の歌碑がありました。
万葉集の時代には、古河ではなく、許我とよばれていたようです。そもそも、この地が万葉の時代から大和王朝の支配下にあったことに驚かされます。 -
古河のまちづくりキャラクターみたいです。
個人的には妙なキャラクターを作って宣伝するより、こちらの方がストレートで良いと思います。古河公方は足利義氏を最後に断絶し、義氏の娘の氏姫を長として公方の家臣団が公方家を守りました。その氏姫に由来しているキャラクターかな?
氏姫は戦国の時代に翻弄された女性の一人なので、このように明るい笑顔を与えてあげるのも一つの追悼になるかもしれません。 -
高札場跡。
ここが日光街道の宿場町であったことを忍ばせます。 -
古河城へ至る道。地図には記載があっても、古河城を示す看板が一切ありません。ちょっと不安。
でも、そこに至る道は良い雰囲気の道です。道の左右には伝統的な雰囲気の建物が連なります。ここは古くは肴町とよばれたそうです。古河城下を通過する大名は古河城主に挨拶の使者を派遣したそうですが、その際、使者への饗応した使者取次所がこのへんにあったみたいで、お茶、酒、食料がここで供されたため、肴町と呼ばれる用意なった、とのことです。 -
カフェ。
通りの雰囲気を壊していません。後方に見えるのは蔵です。
栄えていた往年の町の雰囲気を残しています。 -
道の途中にあった小さな神社。
えびす様を祀っていました。 -
四つ角に見えた雰囲気の良い建物。美術館か博物館かなにかな、と思っていたら・・・
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なんと、小学校でした!
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小学校前の道のタイル。
雪の結晶のレリーフでした。古河と雪に何か関係が?? -
古河文学館の前を通ります。古河城があったところまではもうすぐのはずです。
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古河城のあるはずの場所にあった遊水地。石垣はどう見ても現代の施工品です。
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鷹見泉石記念館の前を通ります。
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古河歴史博物館まできましたが、石垣はおろか、遺構一つ見ることができません。博物館入り口に曲輪跡の碑がぽつんと立っていただけです。
町には古い遺構を残しているのに、城は完全に破壊され、跡形もありません。
がっかりしました。 -
気を取り直して、隣の長谷観音に向かいました。
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本堂にあった、お寶頭蘆さま像。悪いところを触ると良くなるそうです。身代わり地蔵様みたいなものかな?
首と肩が凝りやすいので、首と肩を触らせていただきました。 -
歩いていると街角にクラッシックカーを発見!
車検のシールを見ると現役で動いている状態のようです。
城にはがっかりしましたが、こんなクラッシックカーに会えてちょっと感動。 -
鷹見泉石誕生地の碑がありました。この鷹見泉石なる人物ですが、大塩平八郎の乱で、大塩平八郎を捕縛する際に出てくる人物です。渡辺華山の描いた鷹見泉石像(東京国立博物館蔵)は国宝です。
ちなみに大塩平八郎は、鷹見泉石やその主君の土井利位の軍勢に包囲されて爆死・自決しました。 -
帰りのみちすがらの街角。忽然と古い町並みに出くわします。
この町並みを維持して欲しいものです。 -
鮒の甘露煮の店を発見。観光客が来そうもない街角でしたので、地元の人が買い求めているのでしょう。
いまどき、この手の食べ物の店が維持できる地域は貴重です。 -
街角にあった骨董品店。隣はシガーバーでした。名前も大正館。
雰囲気ありますね。
古い骨董品店と新しいシガーバーが隣接するのは面白い街だと思います。 -
駅より少し離れた古河総合公園にきました。
桃まつりが3/20から開催されるとのことで、少し早いがやって来ました。つぼみは色づいていましたが、1分咲きでした。 -
桃の木の下で、一心に草を噛む猫ちゃん。
おいしい? -
小道。
-
スイセンの花が咲いていました。
-
おまけ。
古河のマンホールは花火がデザインされていました。
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