2014/12/01 - 2014/12/04
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まりも母さん
レトロを探して長崎へ 2日目 夕方 案外面白かった出島と山手からの夜景
http://4travel.jp/travelogue/10968595
の続き 長崎旅行3日目午前中です。
今回長崎旅行で ぜひ行ってみたい と思っていた軍艦島へ 今日の午後なんとか予約を入れることができました。
昨日 南・東山手の伝統的建物群保存地区をサクサクと1日で廻る事が出来たので
本日午前中は やはり日本人としては行っておくべきだと思う
長崎原爆資料館とその周辺の原爆被害地区へ行ってみる事にしました。
ここは やはり「来て感じる場所」だと思いましたね。
短い時間ではありましたが 悲惨な戦争被害を思うことで 70年続いた日本の平和をより一層 大切で 守っていかなければならないものだと深く感じました。
画像が多いので 本日分は午前・午後2部に分けて掲載致します。
他 長崎の旅行記は下記の7部です。
レトロを探して長崎へ
1日目石橋をめぐり、坂道をのぼる初めての長崎
2日目 午前 グラバー園と四海楼でちゃんぽんランチ
2日目 午後 大浦天主堂~南山手・東山手寒波に負けず歩き尽し
2日目 夕方 案外面白かった出島と山手からの夜景
3日目 午前 原爆資料館と浦上天主堂
3日目 午後 行って来ました!軍艦島上陸ツアー
4日目 吉宗茶碗蒸しランチとレンタカーで〆のドライブ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ 私鉄 徒歩
-
長崎の旅も今日で3日目。
だいぶん慣れてきた路面電車を使って 浜口町電停へ。
まずは 原爆落下中心地に。 -
修学旅行生なのでしょう 中・高生の団体が次々とここに来ていましたね。
ガイドさんにの説明を受けたり、団体写真を撮ったりしていました。 -
黒御影石の石柱があるのが原爆落下中心地です。
周りの円は 上空500mで炸裂した事を表す 同心円です。
昭和20年(1945)8月9日11時02分
プルトニウム原爆のファットマンが投下され 約7万4千人の方が亡くなられたのでした。 -
この煉瓦摘みは 原爆被害を受けて倒壊した浦上天主堂の一部を移築したものです。
浦上天主堂はこの爆心地から500m。大正3年(1914)に完成した天主堂でした。
その日 天主堂に居た司祭・信徒全員が亡くなりました。
激しく破壊された天主堂は 昭和33年(1958)まで現地に仮保存されていましたが
教会の再建や全ての遺構を移築する事が困難であった事から
一部分が移設され、残った廃墟は取り壊されました。 -
黒く焼け焦げ、崩れた煉瓦。
美しい教会が一瞬で廃墟に・・・。 -
核は要らないと常々思うまりも母です。
原子爆弾の恐ろしさを知っている日本人は 原発事故の恐ろしさもはっきり判ってしまったのですから。 -
沢山の就学旅行の学生さんと混ざって 原爆資料館も見学します。
この中では 原爆の恐ろしさを よりはっきりと感じ 一瞬で奪われた何万人もの人々の声無き声が聞こえてくるようでした。
それは、ここに来て、じかに感じるものだと思いました。 -
海外からの見学者も沢山居ました。
長崎は たまたま爆心地となった場所が山に囲われた場所だった為
被害が少し軽減された という事があったと聞きます。(金比羅山が遮蔽となりグラバー園、大浦天主堂のあるあたりはほとんど建物被害がありませんでした)
しかし 7万4千人もの命が一瞬で失われた事。
その後長く続く原爆症被害。
核兵器は絶対ダメです。どんな理由があっても絶対ダメ! -
原子爆弾落下中心地碑の方へ戻り 平和記念公園へ向かいます。
この像は 被爆50周年記念事業碑 長崎市出身の彫刻家 富永直樹氏が制作したものです。
原爆で亡くなられた犠牲者の7割は 子供、女性、老人の方達だったことを忘れてはならない という思いも込められているそうです。 -
平和公園への入り口。
階段とエスカレーターが設置されています。
画像に映っている外国人の方 この日の午後、軍艦島へのツアー船でもご一緒になりました。 -
水を求めながら亡くなった、犠牲者の冥福を祈る平和の泉。
-
長崎の鐘
軍事工場で働いていた学徒や女学生も多く犠牲になりました。
33回忌の年に冥福を祈りつくられたものです。 -
各国から寄贈されたモニュメントが並んでいます。
右から
諸国民友好の像 ドイツ民主共和国(東ドイツ)
人生の喜び チェコスロバキア社会主義共和国
平和 ソビエト社会主義共和国連邦
なぜか、この三つは、今はもう無くなった国家からのものでした・・・。
時代は変わるのだね・・・。 -
そして 平和公園のシンボル 長崎県出身の北村西望作の平和祈念像
昭和30年(1955)完成です。
「右手は原爆を示し 左手は平和を 顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と刻まれています。
西望は この像の制作の為 東京都井の頭公園内に都の許可を求めアトリエを構え
そこで像の原型を作成しました。
公園の土地を借りる条件に原型やアトリエの寄付があった為
今は 井の頭文化園の動物園の敷地内でそれらを見る事ができます。
まりも母は 実家が杉並区なので 井の頭公園内で先に原型の方を見ています。 -
平和公園は 戦後70年続いた日本の平和を改めてありがたいものだと再認識させられました。
そして、それは、これからも守らなければならないものだろうと。
公園を出て 浦上天主堂へ向かいます。
永井隆記念館敷地内 通りに面した場所に建つ如己堂(にょこどう)
2畳一間の小さな建物で カトリック信者で医学博士、随筆家だった永井隆が 晩年の3年を過ごしました。
放射線医学を研究する過程での被爆により白血病を発症し
長崎原爆では妻を亡くしながら 被災者の救援活動を続け 病状が悪化してからは
この場所で 平和を訴える著作を続けた 如己堂は博士の精神の象徴だそうです。 -
坂の向こうに浦上天主堂が見えました。
-
天主堂の入り口へ上がる途中に残され保存されている、原爆で落下した鐘楼のドーム部分です。
重さ30トンのドームが35mも吹き飛ばされてしまったのです。 -
浦上天主堂
昭和34年(1959)旧天主堂の外観を模した形で再建。 -
大浦天主堂の2つの塔屋の十字架にはどちらにもトビが留まっていました。
トビだけど 大きな猛禽類は教会を守っているみたい・・・。 -
天主堂手前左には、原爆被害を受けた石像などが保存されています。
頭や、腕がもげ、熱線で黒くなった痛々しい姿です。 -
悲しい遺構が多く残る浦上天主堂でしたが、
入り口前に広場には かわいい猫さんがいましたよ。
とても人なつっこい猫で 教会を訪れた人に誰かまわずスリスリ。
少し撫ぜてあげると もっとやってちょうだい~とゴロゴロしだしてしまいました・・・。
首輪もしているので、教会の猫さんかな?
ちゃっかり記念撮影にも収まっていたり かわいい猫でした。 -
堂内に入ってみました。
鉄筋コンクリート造の建物ですが 完成当時は資金不足から煉瓦タイルは貼られていなかったそうです。
昭和55年(1980)にローマから教皇ヨハネパウロ2世が訪日された際に張られたものです。
内部には ステンドグラスが飾られています。
見学者は祭壇の前までは行かれず 入り口を入ったあたりから内部を見ます。 -
大正9年(1920)キリシタン弾圧により3394名が全国21藩に流配された50周年記念に建てられた 信仰の礎碑
-
信仰と弾圧、原爆被害、浦上の地には沢山の辛い歴史の爪あとが残されているのでした。
午前中に予定していた場所は見終わりましたので
一旦 路面電車で賑橋電停まで戻り
今日は ランチにトルコライスを食べる事にします。
トルコライス食べるってLINEに書いたら 秘密の県民ショーで見たって 皆に言われたなぁ。
トルコライスで有名なお店はいくつかあるようですが
私たちが行ったのは「キチッチンせいじ」 -
メニューも手書き。
サービスランチもいろいろなものがワンプレートに乗っかって
トルコライス同様のお子様ランチっぽいメニューですが
やはり ここは「トルコライス」で。 -
まず お味噌汁がカップで運ばれて来ました。
レトロな喫茶店のランチみたい。
で テーブルにこんもり入れられた黄色いクリーム・・・これはなんだ???舐めてみるのも失礼なので お店の方に聞いてみると・・・自家製のマヨネーズだって!
付いてるのが レンゲなんだもんな・・・わかんなかったよ・・・。
カスタードクリームか?何につけるんだ??と 考えちゃったよ・・・。 -
最初、この壁の向こうの 本棚に漫画がいっぱいつまれた方のお部屋に案内されましたが
観光客だからか?「こちらの方が、広いですから」と路面電車のシートが座席になったお部屋に移動となりました。 -
タレントのサイン色紙や絵などがいっぱい飾ってあります。
他には、路面電車愛!な電車の写真や電車グッズ。
なにせお店が路面電車でできていますからね。
なぜ、トルコライスか!?って答えも貼ってあった。
それによると この料理が考案された昭和30年代の頃「トルコ」が流行っていたからだとか・・・。
ダンナとトルコって流行っていたのか???と不思議がったが
どうも その頃 流行っていたのは「トルコ風呂」らしい・・・
今更「トルコ風呂」が流行っていたので とは説明しづらいだろうな・・・。
まぁ 他に命名説は色々あるようです。 -
これがトルコライス。
ケチャップ味のスパゲティーとカレーピラフの上にカレーソースのかかった豚カツ。
キャベツの千切りにきゅうりとトマトのサラダ。
それにミカンが乗ってるのは いつも同じらしい。
キャベツにはドレッシングか、豚カツならソースをかけて食べたりするけど、ここでは自家製マヨネーズで。
あんまし酸っぱくないとろ~りとしたまろやかなマヨネーズ。
トルコライスのお味は・・・想像通りです。
ケチャップのスパゲティーもカレーピラフも懐かしい味。
大人のお子様ランチ。
豚カツも大きくて満腹です。
いや まりも母 午後は軍艦島への船旅なので
船酔いしたらどうしよう~油っこいランチはやばいかな???とちょっと心配だったんだけど~
出された物はなるべく残さないのが信条なので 完食しましたよ。
900円というお値段は・・・安いのかそうでもないのか??
売りメニューで観光客のオーダーも多いだろうし、メニュー内では最高価格なのは仕方ないか・・・。
お腹もいっぱいになり 午後は長崎高から船で端島、通称 軍艦島へ向かいます。
この続きは、
レトロを探して長崎へ 3日目 午後 行って来ました!軍艦島上陸ツアー
へ記載いたします。
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