2024/10/05 - 2025/07/26
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砂布巾さん
1940年7月25日 リュトリの誓い~中立を守るために(スイス)
永世中立国として知られるスイス。ここではスイスの建国の経緯と大戦中の逸話を「地球の歩き方~スイス編」(ダイヤモンドビッグ社)から一部を引用する。
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心からの感謝を込めて 砂布巾
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スイスの国のおこりは、間違いなくこの湖(フィアヴァルトシュテッテ湖)に面した三州(ウリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデン-後にオプヴァルデン、ニトヴァルデンの二准州となる)の盟約(1291年)を礎とする。その盟約が行われたのは、湖岸のリュトリの草原だった。
ゴッダルドの峠道を擁するこの地域は、当時でもヨーロッパで南北交通を司る重要な地点だった。そこを押さえていたからこそ、いわば山の土民の群が、ハプスブルク王朝の力をはねのけることができたのだ。そしてゴッタルド峠が、第二次大戦中、スイスの中立を守り抜く自然の助けになろうとは、このときは誰も予測し得なかっただろう。 -
時は移って1940年、枢軸国はついにスイスを包囲するにいたった。ナチス・ドイツによるスイス侵攻、併合はもはや時間の問題と思われた。目的は、スイスの機械・化学工業力、金融力およびドイツとイタリアを結ぶアルプス越えの最短・最強の交通路を確保することであった。一部では、ナチスのシンパともいえる動きがあるなかで、非常時だけに任命される将軍に選ばれたのが、アンリ・ギザンだった。
1940年7月25日、将軍と数百人の高級将校が湖を渡ってリュトリの草原に集まった。 “リュトリの誓い”と言われる将軍の示した方針は、「平地部の諸都市が陥ちてもアルプスにこもり、必要とあらば峠越えのトンネル・橋梁などを爆破して交通を途絶させる」というもので、“とりで作戦”と呼ばれている。こうなっては枢軸国としてもメリットはなく連合国に対して優位に立てないわけで、スイスは難局をのりきること5年弱、ついに中立を守り抜いたのであり、ギザンは救国の英雄と呼ばれた。 -
なお最近では枢軸国寄りの中立だったとの声も聞かれる。ただ大戦中のスイスがヴィシーのフランスを含めて枢軸側に囲まれていたという事情も考慮しなければならないだろう。
リュトリを訪れた。そこは何もない草原。そして“誓い”に関する記述もない。小高い丘の上にスイスの国旗が掲げられていたので、そこがゆかりの場所なのだろう。それにしても、のどかな草原で誓いをたてるのがスイスらしい。 -
リュトリを訪れた。そこは何もない草原。そして“誓い”に関する記述もない。小高い丘の上にスイスの国旗が掲げられていたので、そこがゆかりの場所なのだろう。それにしても、のどかな草原で誓いをたてるのがスイスらしい。湖を渡る船には3回乗ったが、最後に乗ったのが“誓い”に関するプレートがあるシュタット・ルツェルン号。この船に乗りたいとは思っていたが、ルツェルンから終点のフリュエルンまでたっぷり2時間半かかるなど結構広い湖なので、半分以上は諦めていた。途中から列車に乗ろうと思ったが、次の列車まで時間があったのが幸いだった。旅先での強運を再確認させる出来事だった。
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懐かしい景色が多く登場するFunky travelerさんの旅行記はこちらです
hhttp://4travel.jp/travelogue/11147003 -
往復ともロカルノからゴッダルド峠を越えての移動だったが、確かに峠は高低差が大きく、壮観だったのは鉄道がらせん状に三重になっている場所。
2000年5月29日号のAERAによると、有事に備えてスイス政府は首都ベルンから比較的近い山岳地帯に、150億円をかけて地下大本営を造成中という。構想は冷戦末期の1980年代半ばに立てられたが、現在も「危険がゼロになったわけではない」。確かに「第三次世界大戦の可能性は消滅していない」かもしれないが… (2000年7月29日訪問)
もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693
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