2014/02/08 - 2014/02/11
104位(同エリア320件中)
赤い彗星さん
石見銀山が繁栄していた時代からの町並みが残る、
大森地区の散策です。
銀山地区を下っていくと、江戸時代の古い家並みが
残されている大森地区に到達します。
街にある銀行や郵便局、自動販売機なども、
景観に配慮した外装になっています。
オフシーズンと言う事で、お店もほとんど閉まっている
ような状態でしたが、観光客がほとんどいない分、
静かな街をのんびりと廻る事が出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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龍源寺間歩までは、ずっと緩やかな登りだったので、電動チャリをレンタルして銀山地区を廻りましたが、町並み地区は徒歩で散策しました。
大森地区には、当時の家並みがそのまま残されています。 -
長屋のような造りになっていますね。
緩やかな坂になっているので、同じ棟でも高低差がある建物です。 -
最盛期には、石見銀山の人口は20万人だったと言われていますが、今も町並みが残る大森地区だけではなく、間歩の方までびっしりと住宅が建っていたのかもしれません。
それでも20万人は、収容できない気がするので近隣も含めての数字でしょうか。
当時は、日本有数の大都市だったんでしょうね。石見銀山 名所・史跡
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石州瓦の鬼瓦が、軒先に置かれていました。
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安土桃山時代の1596年に創建された栄泉寺です。
代官の井戸平左衛門が参詣した際に、雲水の泰永からサツマイモの話を聞き、取り寄せた結果、凶作の際に飢饉から町民を救う事になったという逸話が残ります。 -
竜宮門と呼ばれる山門です。
3代将軍徳川家光の廟所である大猷院の皇嘉門に似ていた事から、破却指令が出ましたが、住職不在を理由に回答を先延ばしにし、板や筵で覆ってごまかしている間に幕末を迎え、難を逃れたそうです。 -
代官所同心の柳原家の住宅です。
外からは判らないようになっていますが、一部二階が設けられているそうです。
確かに普通の平屋建てに見えますね。柳原家 名所・史跡
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代官所役人の旧河島家住宅です。こちらは入場することが出来ます。
熊谷家住宅と資料館を含めた、セット券も販売されています。代官所地役人旧河島家 名所・史跡
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寛政12年(1800)年に起きた大火で、大森の街がほとんど焼けてしまった後、再建されて今に至っているそうです。
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玄関を入ってすぐ客間が見えます。奥まで3間連なっていますね。
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当時の食卓の風景が再現されています。一汁三菜の献立ですね。
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納戸です。箪笥が並んでいます。
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納戸には、隠し階段のような感じで階段が設置されていました。
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玄関を入ったところの土間2階には、所狭しと食器や箪笥が並んでいました。
これほど食器がいるのか?と思いますが、儀式用や客人用等、色々と用途別に所持している必要があったんでしょうね。 -
旧大森裁判所跡です。
昭和20年まで使用されていたそうですが、現在は町並み交流センターとして利用されています。 -
岩山の上に建っている観世音寺です。
大森代官所による、石見銀山隆盛を祈願するための祈願寺だったそうです。 -
朱色の山門には、仁王像が安置されています。
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寛政の大火で焼けた跡、再建された本堂です。
観世音寺の住職だった月海淨印は、五百羅漢とそれを護る為の羅漢寺を建立し、羅漢寺の住職となりました。 -
観世音寺から、町並みを眺めました。赤瓦の家々が並んでいます。
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観世音寺の岩山には、笑顔のお地蔵さまが安置されていました。
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浄土真宗の寺院の西性寺です。
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寛政の大火以降に再建された本堂です。
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経蔵の4面の壁には、「左官の神様」と呼ばれた松浦栄吉による、鳳凰・牡丹・菊の鏝絵(こてえ)が描かれています。
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鳳凰の鏝絵です。
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ただの家並みに見えますが、銀行が混じっています。
街を挙げて景観を維持しているのが、判りますね。 -
道路のマンホールに観光地図が、描かれていました。
現在地も分って便利ですが、注意しないと通り過ぎてしまいそうです。 -
重要文化財の熊谷家住宅です。
旧大森町の有力な商人の住宅でした。重要文化財熊谷家住宅 名所・史跡
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縁側には、猫の人形が並んで座っていました。ほのぼのとして癒されます。
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玄関を入ると大きな土間があり、そこから住宅の中に上がります。
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明治に入り、熊谷家に設けられた郵便局の様子が再現されています。
通常の郵便だけではなく、電信電話や外国為替など、業務は多岐に渡っていたそうです。 -
当時珍しい絨毯が、敷き詰められている部屋です。
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中庭に出ると、母屋と連結している蔵を見る事が出来ます。
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湯殿です。住宅部分に割いているスペースと比べると、風呂場に与えられているスペースは、微々たるものです。
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襖というか板戸ですが、孔雀の絵が描かれていました。
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居間に設けられている地下蔵です。
他に出入り口があるわけではなく、梯子を使って、居間から直接地下蔵に下りていたそうです。 -
ここにも猫の人形が。猫好きの係の方がいるようですね。
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酒造も行っていたという事で、蔵の中に当時使用していた道具が飾ってあります。
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銀山祭りの際に、神官や宮総代に供していた食事の献立です。
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大きな台所には板の間があり、当時の食事風景を現す、ちゃぶ台が置かれていました。
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台所です。
手前の竈は、実は現在も使用可能で、小学生の体験学習などで利用されているそうです。 -
当時の嫁入り道具が、飾られています。
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石見銀山2代目奉行の竹村丹後守が、日誉上人を招いて開山した勝源寺です。
立派な山門は、1772年に建造されたものが残っています。 -
勝源寺の本堂です。歴代奉行、代官の菩提寺として栄えたそうです。
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創建年は不明ですが、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に名前が載っている城上神社です。
城上神社 寺・神社・教会
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城上神社の拝殿です。
祭神として大物主命(おおものぬしのみこと)-大国主命-を祀っています。城上神社 寺・神社・教会
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拝殿天井には、絵師梶谷円林斉守休による「鳴き竜」が描かれています。
竜の下で手を叩いてみましたが、本殿の工事音でイマイチ効果が分りませんでした。。。 -
「鳴き竜」の両端は、格天井で覆われていました。
銀山地区の清水寺の天井もこのような感じになっているかと思われます。 -
ご神体は、鏡のようですね。
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鶴の襖絵です。再建当時からのものであれば、約200年前の襖絵ですね。
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こちらは鹿の襖絵です。
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亀石です。神社が城上山に有った時に奉納された石だそうです。
現在地に選座される際に忘れられてしまった亀石は、「亀甲は、城上神社の紋所だから行かなければ。」と山を下ってきましたが、自らの重さで川に沈んでしまいました。
それ以来、川の中から小豆をとぐような音が聞こえるようになり、物好きな人々が川から引き上げて、小豆石と呼ばれて道端に置かれていたそうです。
ある夜、敬神家の田中某氏の夢の中に亀石が現れ、事情を説明して城上神社に戻る事が出来たそうです。城上神社 寺・神社・教会
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大森代官所跡です。現在は、石見銀山資料館となっています。
石見銀山資料館 美術館・博物館
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銀山地区の上流から、町並み沿いを流れる小川です。
亀石が沈んでいたのは、この川なのかな? -
大森代官所跡バス停近くの石見銀山全図です。
石見銀山 名所・史跡
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明日は米子空港から帰る為、松江まで移動します。
せっかくなので一畑電車での移動です。ちょうどしまねっこバージョンの車両でした。一畑電車 乗り物
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外装も内装もピンクで、インパクトのある車体になっています。
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