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松江のシンボル松江城に続いて、松江市内の観光です。<br /><br />松江城の内堀沿いには、武家屋敷や小泉八雲旧居が<br />並んでおり、それほど移動時間もかからないので、<br />合わせて観光する事が可能です。<br /><br />翌早朝に松平家菩提寺の月照寺を訪れました。<br />大亀伝説の残る寺で、大亀像の頭を撫でると<br />長寿の御利益があるそうです。<br />松江駅からは少し遠く、バスで10~15分ほど、<br />松江しんじ湖温泉駅からは、徒歩で15~20分の場所にあります。

島根訪問2014③(松江市内:武家屋敷、小泉八雲旧居、月照寺等)

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2014/02/08 - 2014/02/11

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旅行記グループ 島根訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

松江のシンボル松江城に続いて、松江市内の観光です。

松江城の内堀沿いには、武家屋敷や小泉八雲旧居が
並んでおり、それほど移動時間もかからないので、
合わせて観光する事が可能です。

翌早朝に松平家菩提寺の月照寺を訪れました。
大亀伝説の残る寺で、大亀像の頭を撫でると
長寿の御利益があるそうです。
松江駅からは少し遠く、バスで10~15分ほど、
松江しんじ湖温泉駅からは、徒歩で15~20分の場所にあります。

旅行の満足度
4.0
交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 日本の道100選にも選ばれている塩見縄手です。縄のように一筋に伸びた道路を縄手と呼びます。<br />初代出雲藩主の堀尾吉晴により、城下町として整備されました。<br />内堀・道路・屋敷塀が、きれいに並行して並んでいるのが分ります。

    日本の道100選にも選ばれている塩見縄手です。縄のように一筋に伸びた道路を縄手と呼びます。
    初代出雲藩主の堀尾吉晴により、城下町として整備されました。
    内堀・道路・屋敷塀が、きれいに並行して並んでいるのが分ります。

    塩見繩手 名所・史跡

  • 塩見縄手には、中級武士の武家屋敷が並んでいました。<br />この地域の武家屋敷に住んでいた塩見小兵衛が、異例の昇進をしたことから、塩見縄手と呼ばれるようになったそうです。

    塩見縄手には、中級武士の武家屋敷が並んでいました。
    この地域の武家屋敷に住んでいた塩見小兵衛が、異例の昇進をしたことから、塩見縄手と呼ばれるようになったそうです。

    塩見繩手 名所・史跡

  • 塩見縄手に面した武家屋敷を訪問します。

    塩見縄手に面した武家屋敷を訪問します。

    塩見繩手 名所・史跡

  • 武家屋敷の門をくぐると、母屋の玄関が現れます。<br />右側が内玄関、左側が式台玄関となります。

    武家屋敷の門をくぐると、母屋の玄関が現れます。
    右側が内玄関、左側が式台玄関となります。

  • 屋敷の内玄関です。ここは家族が私用で使うための玄関だそうです。

    屋敷の内玄関です。ここは家族が私用で使うための玄関だそうです。

  • 式台玄関と姫駕籠です。式台玄関は、客用の玄関です。

    式台玄関と姫駕籠です。式台玄関は、客用の玄関です。

  • 座敷には、人形が置かれています。<br />部下に指示を与えているのだったか、書類の手直しだったかのシーンを再現しています。

    座敷には、人形が置かれています。
    部下に指示を与えているのだったか、書類の手直しだったかのシーンを再現しています。

  • 玄関から見て裏側には、庭園が広がっています。

    玄関から見て裏側には、庭園が広がっています。

  • 家族部屋には、当時の枕や玩具が飾られています。<br />平屋建てですが、部屋数はかなり多いです。今風に言うと何LDKになるんだろ?

    家族部屋には、当時の枕や玩具が飾られています。
    平屋建てですが、部屋数はかなり多いです。今風に言うと何LDKになるんだろ?

  • 当主の居間です。他の部屋より、少し広めの部屋になっています。

    当主の居間です。他の部屋より、少し広めの部屋になっています。

  • 奥方の居間は、当主の居間の横に接しています。<br />当時の化粧やお歯黒の道具等が飾られています。

    奥方の居間は、当主の居間の横に接しています。
    当時の化粧やお歯黒の道具等が飾られています。

  • 中級武士の屋敷ですが、茶室も設置されていました。

    中級武士の屋敷ですが、茶室も設置されていました。

  • 納戸には、秤などの生活必需品が飾られていましたが、箪笥などが置かれているだけで、普通の部屋としても使用可能だったんでしょうね。

    納戸には、秤などの生活必需品が飾られていましたが、箪笥などが置かれているだけで、普通の部屋としても使用可能だったんでしょうね。

  • 湯殿です。冬場の入浴は寒かったでしょうね。

    湯殿です。冬場の入浴は寒かったでしょうね。

  • 湯殿のすぐ近くには、井戸がありました。ここから、水を汲み入れていたんですね。<br />見学中にいきなり激しい雹が降ってきました。

    湯殿のすぐ近くには、井戸がありました。ここから、水を汲み入れていたんですね。
    見学中にいきなり激しい雹が降ってきました。

  • 風呂場の横には、台所が設置されています。

    風呂場の横には、台所が設置されています。

  • 当時使用していたものではないかもしれませんが、幟が飾られていました。

    当時使用していたものではないかもしれませんが、幟が飾られていました。

  • 小泉八雲旧居です。<br />根岸家の武家屋敷を借りて住んでいたため、武家屋敷の並びにあります。

    小泉八雲旧居です。
    根岸家の武家屋敷を借りて住んでいたため、武家屋敷の並びにあります。

    小泉八雲旧居 名所・史跡

  • 八雲が松江で過ごした1年3ヶ月のうち、約5ヶ月をこの家で暮らしました。<br />この家からは、八雲が気に入っていた松江城の城山稲荷もすぐ近くです。

    八雲が松江で過ごした1年3ヶ月のうち、約5ヶ月をこの家で暮らしました。
    この家からは、八雲が気に入っていた松江城の城山稲荷もすぐ近くです。

  • 小さな枯山水の庭を、八雲は大層気に入っていたそうです。

    小さな枯山水の庭を、八雲は大層気に入っていたそうです。

  • 八雲は視力が弱かったため、本を読んだり書き物をする際に、かなり前かがみになっていたそうです。<br />そのため少しでも作業をしやすいように、机が高く作られています。

    八雲は視力が弱かったため、本を読んだり書き物をする際に、かなり前かがみになっていたそうです。
    そのため少しでも作業をしやすいように、机が高く作られています。

  • 小泉八雲の三男の絵も飾ってありました。

    小泉八雲の三男の絵も飾ってありました。

  • 小泉八雲旧居の横には、小泉八雲記念館が建っています、<br />アメリカでのジャーナリスト時代から始まって、八雲の生涯に関する数々の資料が展示されています。

    小泉八雲旧居の横には、小泉八雲記念館が建っています、
    アメリカでのジャーナリスト時代から始まって、八雲の生涯に関する数々の資料が展示されています。

    小泉八雲記念館 美術館・博物館

  • 雲州松平家の菩提寺:月照寺を訪れました。<br />境内には、歴代藩主の霊廟が祀られています。

    雲州松平家の菩提寺:月照寺を訪れました。
    境内には、歴代藩主の霊廟が祀られています。

    月照寺 寺・神社・教会

    大亀伝説のお寺です by 赤い彗星さん
  • 松平家初代藩主直政公の生母月照院の菩提を弔うために、改称復興された事が書かれています。

    松平家初代藩主直政公の生母月照院の菩提を弔うために、改称復興された事が書かれています。

  • 境内案内図のすぐ近くには、不昧公(7代治郷)愛用の名水が湧き出ています。<br />今でも茶の湯に使用しているそうです。<br />治郷は、不昧公の号を持つ有名な茶人でした。

    境内案内図のすぐ近くには、不昧公(7代治郷)愛用の名水が湧き出ています。
    今でも茶の湯に使用しているそうです。
    治郷は、不昧公の号を持つ有名な茶人でした。

  • 不昧公のお抱え力士だった雷電為右衛門の石碑です。<br />歴史上1位の勝率.962を誇り、史上最強の力士とも言われています。<br />男性の平均身長が155cmの江戸時代に、約2Mの巨漢だったと伝わります。<br />石碑には雷電の手形もあり、自分の手と比較しましたが、規格外の大きさでした。

    不昧公のお抱え力士だった雷電為右衛門の石碑です。
    歴史上1位の勝率.962を誇り、史上最強の力士とも言われています。
    男性の平均身長が155cmの江戸時代に、約2Mの巨漢だったと伝わります。
    石碑には雷電の手形もあり、自分の手と比較しましたが、規格外の大きさでした。

  • 朝一にお邪魔したので、唐門はまだ閉まっていました。<br />バスの時間の都合で、開場10分ぐらい前に着いたのですが、気付いたお寺の方が、断ったにも関わらず慌てて入口を開けてくれました。<br />お礼を言うと、逆に参拝のお礼まで言われてしまい、恐縮しきりでした。<br />お寺の方の温かい対応に、朝から幸せな気分になりました。

    朝一にお邪魔したので、唐門はまだ閉まっていました。
    バスの時間の都合で、開場10分ぐらい前に着いたのですが、気付いたお寺の方が、断ったにも関わらず慌てて入口を開けてくれました。
    お礼を言うと、逆に参拝のお礼まで言われてしまい、恐縮しきりでした。
    お寺の方の温かい対応に、朝から幸せな気分になりました。

  • 高真殿と呼ばれる書院で拝観の受付を行います。

    高真殿と呼ばれる書院で拝観の受付を行います。

  • 書院では、抹茶を頂く事も出来るそうです。もちろん不昧公愛用の名水を使用。

    書院では、抹茶を頂く事も出来るそうです。もちろん不昧公愛用の名水を使用。

  • 殿様が座るための、上段の間も用意されています。

    殿様が座るための、上段の間も用意されています。

  • 色彩豊かな曼陀羅も飾られていました。

    色彩豊かな曼陀羅も飾られていました。

  • 書院は庭に面しているので、縁側から庭を眺めることも出来ます。

    書院は庭に面しているので、縁側から庭を眺めることも出来ます。

  • 本堂です。<br />旧本堂は、明治維新の際に取り壊されてしまったそうです。

    本堂です。
    旧本堂は、明治維新の際に取り壊されてしまったそうです。

  • 本堂内部には、羅漢図が飾られていました。

    本堂内部には、羅漢図が飾られていました。

  • 明治維新の際に取り壊されてしまった旧本堂の跡です。<br />礎石だけが残っています。敷地的に、現本堂より大きかったと思われます。

    明治維新の際に取り壊されてしまった旧本堂の跡です。
    礎石だけが残っています。敷地的に、現本堂より大きかったと思われます。

  • 後ほど出てくる大亀が、水を飲みに来たと言われるハス池です。

    後ほど出てくる大亀が、水を飲みに来たと言われるハス池です。

  • 雲州松平家初代藩主の松平直政の高真院と呼ばれる廟門です。

    雲州松平家初代藩主の松平直政の高真院と呼ばれる廟門です。

  • 松平直政の霊廟です。境内では、一番大きなお墓だそうです。

    松平直政の霊廟です。境内では、一番大きなお墓だそうです。

  • 不昧公(7代治郷)の大圓庵と呼ばれる廟門です。<br />西の左甚五郎と呼ばれた小林如泥の作と伝わります。

    不昧公(7代治郷)の大圓庵と呼ばれる廟門です。
    西の左甚五郎と呼ばれた小林如泥の作と伝わります。

  • 不昧公の霊廟です。境内では、一番高い場所にある霊廟です。

    不昧公の霊廟です。境内では、一番高い場所にある霊廟です。

  • 5代宣維(左)、3代綱近(右)の廟門です。

    5代宣維(左)、3代綱近(右)の廟門です。

  • 廟門には、浮彫の彫刻が彫られていました。

    廟門には、浮彫の彫刻が彫られていました。

  • 寿蔵碑と呼ばれる大亀像です。小泉八雲の随筆にも登場します。<br /><br />亀好きだった藩主を偲んで大亀像を造ったところ、夜な夜な城下に出かけては、暴れて人を食べるようになりました。<br />困った住職が大亀に説法したところ、「私にも奇行を止める事が出来ません。助けて下さい。」と涙ながらに頼まれます。<br />そこで亡くなった藩主の功績を石碑に彫り込み、大亀に背負わせることで封じ込めたという伝説が残ります。

    寿蔵碑と呼ばれる大亀像です。小泉八雲の随筆にも登場します。

    亀好きだった藩主を偲んで大亀像を造ったところ、夜な夜な城下に出かけては、暴れて人を食べるようになりました。
    困った住職が大亀に説法したところ、「私にも奇行を止める事が出来ません。助けて下さい。」と涙ながらに頼まれます。
    そこで亡くなった藩主の功績を石碑に彫り込み、大亀に背負わせることで封じ込めたという伝説が残ります。

  • 上の話以外にも、伝わっている伝説があります。<br />月照寺の池に住んでいた亀が、夜になると妖力で大きくなり、城下の子供を襲って食べるようになりました。<br />住職が大亀の像を造らせて、かつての藩主の墓所に安置したところ、池の亀はおとなしくなったと言われています。<br /><br />また大亀像の頭を撫でると、長生きすると言われているそうです。

    上の話以外にも、伝わっている伝説があります。
    月照寺の池に住んでいた亀が、夜になると妖力で大きくなり、城下の子供を襲って食べるようになりました。
    住職が大亀の像を造らせて、かつての藩主の墓所に安置したところ、池の亀はおとなしくなったと言われています。

    また大亀像の頭を撫でると、長生きすると言われているそうです。

    月照寺 寺・神社・教会

    大亀伝説のお寺です by 赤い彗星さん
  • 寺の名前の由来となった月照院のお墓です。

    寺の名前の由来となった月照院のお墓です。

  • 拝観から帰る頃には、唐門も開いていました。

    拝観から帰る頃には、唐門も開いていました。

  • 月照寺から、松江しんじ湖温泉駅まで歩いて移動してきました。<br />これから一畑電車に乗って、出雲大社に向かいます。

    月照寺から、松江しんじ湖温泉駅まで歩いて移動してきました。
    これから一畑電車に乗って、出雲大社に向かいます。

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