2013/10/05 - 2013/10/06
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中国の風景さん
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新碼頭路は中華路、人民路に囲まれた県城と黄浦江の埠頭とを結ぶ多くの埠頭路の1本です。清末以来の租界時代には中国全土及び外国からの物産がここに集められまた各地へ運ばれて行きました。都市開発の津波に襲われて広大な面積の空地が誕生しました。今や、過去の繁栄の址は何もありません。既に片側は高層ビルが建ち並び。片側は空地となり工事が進められています。
瞿秋白南市寓所、紫霞路68号、早期の共産党指導者の一人で文化運動家の瞿秋白が1931年5月から1933年3月まで馮雪峰の紹介で住む。馮の友人の謝澹如宅の2階東側の一室。魯迅夫妻は2度にわたりここに瞿秋白夫妻を訪ねている。
旧県城の東にある十六舗埠頭は上海で最も古い港の一つで、清代後期から民国時代にかけて、当時は極東一の港と呼ばれ、中国の交易の中心的役割も果たしていました。上海の浦東は海に面していますが港は有りません。船は長江を遡り、支流である黄浦江に入り十六舗埠頭で荷物を積み下ろししました。この埠頭と旧県城の間に出来たのが膨大な中国国内外の商品を扱う自由市場を十六舗と言いました。十六舗(シーリウプー)という名称の起源は清代末期、1860年代にさかのぼります。当時、太平天国軍による進攻を防ぐために、清朝の地方官僚が商店を地区ごとに分け、治安や交渉ごとを担う舗と言う組織を作りました。一から十六まであった舗の中で、最大だったのがこの埠頭のある十六舗です。繁栄した時代の写真が三山会館に残っています。現在は万博会場設置の為ほとんどを撤去され、万博後の再開発で高層住宅などに変わり、昔の面影を見る事は出来なくなりました。何か残っている物は無いか探して見ました。探すのは「今でしょう」で無く「遅かったでしょう」でした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大境閣の中にある城壁博物館(大境路269号、入場料5元)に展示されている明代の県城の地図。城壁が街を囲み東西南北七ヶ所の門と橋、二ヶ所の望楼、水門四ヶ所もあり水路が東から西へ2本県城を貫いているのが読み取れます。 -
上海老地図・1932年より、多くの埠頭が建ち並ぶ、浦東側の埠頭には大阪商船、三菱、日清など日本の商社の埠頭が並ぶ。豆市街、花衣街など穀物類、繊維等を扱った業者が集まっていた地名が大きく書かれている。
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現在の上海市の地図、城壁と濠が埋められ北は人民路となり、南は中華路となり円形の道路に成っている。南北に河南南路、東西に復興東路が走り旧県城を四分割している。地下鉄の駅が北に豫園、西に老西門、南に小南門があり、地名には九ヶ所の門の名前が残っています。
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老碼頭脇の空き地。これからも拡大して行きます。
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中山東路の工事中の壁に書かれた絵です。近い将来この碼頭路の一帯は浦東のような高層ビル群に変わるでしょう。
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中山東路から見た老碼頭。
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老碼頭の黄浦江沿いの遊歩道。 -
竹行碼頭路の道標。
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竹行碼頭路は中山東路を越えた所で無くなりました。
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竹行碼頭路の道標。老碼頭の脇にこれしか残っていません。
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中山東路から見た工事現場。
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建築工事が進んでいます。
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老碼頭の脇にある陽光沙灘。夏場だけ開くのでしょう。
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毛家園路の道標。
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古い建物の外観はそのままにした高級ホテル。
毛家園路の廃墟ホテル「水舎(ウォーターハウス)」中は以前のものを活かしながらクラシックなデザインで仕上げてあります。 -
ホテル代は1泊1500元です。私の10日分です。
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無壁の穴、ホテルの壁に書いてある。
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老碼頭も工事中、改装増築をして拡大してます。
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新碼頭路の道標。
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名前の通り新しく出来た碼頭路。両脇は高層ビルに生まれ変わっています。
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中山東路と新碼頭路の角にあるレストラン。
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竹行碼頭路の脇の高層ビル。
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竹行碼頭路の脇の高層ビル。
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花衣街の道標。この路もすぐ工事現場に突き当たる。 -
尚文中学。歴史ある中学校は残っています。
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高層ビルが完成しています。
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尚文中学脇の花衣街は工事の為、無くなりました。花衣街は綿花や繊維業者の通りでした。
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空地に飯場が出来ています。
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尚文中学脇に残る煉瓦造りの建物。昔の繁栄の址を偲ばせるが間もなく解体されるだろう。 -
昔の繁栄の址を偲ばせるが間もなく解体される建物が並ぶ。
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小便池も間もなく不用のものとなる。
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小便池も間もなく不用のものとなる。
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高層ビルの前に残る家。
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紫霞路の道標。新碼頭路は紫霞路と名前が変わる。
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脇の王家嘴角街。移転先の無い人々が集まっているのだろう。
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崩れかけた家に残る人々。
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崩れかけた家に残る人々。 -
紫霞路の反対側は高層ビル群です。
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紫霞路は空地と高層ビルの境目。
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筏竹路。昔は竹製品の業者が集まり、繁栄したそうだが今は解体を待つだけ。 -
紫霞路は片側は再開発が済んでいます。
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片側は廃屋。 -
間もなく中華路に出ます。左は王家碼頭路までの工事現場。
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沙場街となって中華路に出ました。
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