2013/02/23 - 2013/02/23
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある高崎邸は昭和5年(1930年)に建てられた切妻造瓦葺木造二階建の洋室付属型の和風住宅である。平成19年(2007年)に改修している。国登録有形文化財になっている。
このあたりの住宅地には最近、大きな看板が建てられ、各住宅の住民の苗字が分かるようになっているが、この建物は記載されていない。大船警察署山ノ内交番でお巡さんに聞いてみると、例の出前用の地図にも記載がなく、手書きで書き込んである家がそれだという。一般公開されたことがあるのだという。鎌倉市山ノ内字藤源治942-1の地番があっても分からなくなるところであった。
お巡さんは昨年までいた人とは違い、彼らが定年退職して赴任したのだという。先日、山王岩を聞かれたが知らなかったと恥ていた。また、先日、泥棒を追っかけたのだが、息が切れて死ぬ思いであったので、健康維持にハイキングコースを登って十王岩を見てこようと思っていると腹を叩いて言った。十王を説明し、鎌倉にある他の十王関連、傍の十王堂橋や向かいの円覚寺塔頭、建長寺前の円応寺などを教えて、「若宮大路から真直ぐのところに十王岩があり、その先に今泉不動とさらに先に浅草寺が位置している。頼朝が八幡宮を造営する際には浅草寺の宮大工を呼んだほどだ。」と教えてあげた。
高崎邸も見つかり、帰りにお礼にまた寄ってみた。「かながわの景勝50選」には、鎌倉では十王岩、光明寺裏山、稲村ガ崎の3箇所が選ばれていることを思い出したので伝えた。これまでの赴任地の腰越や自宅のある横浜市栄区上郷町などを話してくれるので、八幡宮を中心として頼朝の時代には浜七里と野七里の間を鎌倉とし、七里ヶ浜の向こうの腰越は鎌倉の外とされ、義経が止め置かれたことや、お巡さんが大好きだという小動神社(と浄泉寺)が出雲大社と同じく江戸時代に神仏分離された数少ない神社であることなどを教えてあげた。誰でも、本で読むよりは耳で聞く方が頭に入るであろう。最後まで、巡回地内のことを少し覚えるともう転勤になってしまうと口説いていた。
(表紙写真は高崎邸)
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