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 鎌倉市扇ガ谷2にある浄光明寺は真言宗泉涌寺派の寺で泉谷山浄光明寺という。山門には「準別格本山」の看板が掛かっている。<br /> 境内からも裏山の稲荷社が見えるが、裏山への上り口は境内を出たトイレ横にある小路である。<br /> 平成13年(2001年)には鎮守社建替えに伴う発掘調査で、朱塗りの鳥居と社殿横(多宝寺跡寄り)の間から常滑大甕が発掘され、浄光明寺の境内の建物や周囲の景観、屋地を描いた絵図である「浄光明寺敷地絵図」(元弘3年(1333年)〜建武2年(1335年))(重文:平成17年(2005年)指定)には「経塚」と記入されているが、それ以外のものは見つかってはいない。創建時(建長3年(1251年))には経塚として経文が納められ、常滑大甕も埋められたのであろう。経塚には銅筒に経を納めて埋葬するのが普通であろうか。<br /> 鎌倉幕府滅亡後の元弘3年(1333年)に後醍醐天皇の勅願所となり、後に浄土・華厳・真言・律・天台・禅の兼学道場となり、中世鎌倉における仏教教学の中心の一つとなったが、それ以降に経筒は掘り返して別の場所にでも移し、鎮守稲荷大明神を遷座して祀ったのであろう。常滑大甕の中身も別の甕にでも移されて移設され、古い常滑大甕は上下2つに割れてしまっていたために掘り返されずにそのまま埋め戻されたのかも知れない。<br /> なお、稲荷社(鎮守稲荷大明神)は「浄光明寺敷地絵図」には記載がない(現在の場所には「経塚」と記載されている)が、境内に「鎮守」と記された社(建物)が記載されている。現在では境内の外で、鎮守稲荷社入口の小路の右側辺りになる。「鎮守」が現在の鎮守稲荷大明神の元であろうから創建は鎌倉時代〜南北朝始めにまで遡る。それが、時代が下がった江戸時代−水戸黄門(光圀)が冷泉為相(藤谷黄門)の墓(墓塔の宝篋印塔は南北朝時代のもの)に玉垣や常夜灯(石燈籠)を寄進した頃以降−に山の上の経塚があった場所に遷座したのだろう。<br />(表紙写真は浄光明寺の稲荷社)

鎌倉浄光明寺裏山の稲荷社(鎮守稲荷大明神)(鎌倉市扇ガ谷2)

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2012/11/11 - 2012/11/11

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市扇ガ谷2にある浄光明寺は真言宗泉涌寺派の寺で泉谷山浄光明寺という。山門には「準別格本山」の看板が掛かっている。
 境内からも裏山の稲荷社が見えるが、裏山への上り口は境内を出たトイレ横にある小路である。
 平成13年(2001年)には鎮守社建替えに伴う発掘調査で、朱塗りの鳥居と社殿横(多宝寺跡寄り)の間から常滑大甕が発掘され、浄光明寺の境内の建物や周囲の景観、屋地を描いた絵図である「浄光明寺敷地絵図」(元弘3年(1333年)〜建武2年(1335年))(重文:平成17年(2005年)指定)には「経塚」と記入されているが、それ以外のものは見つかってはいない。創建時(建長3年(1251年))には経塚として経文が納められ、常滑大甕も埋められたのであろう。経塚には銅筒に経を納めて埋葬するのが普通であろうか。
 鎌倉幕府滅亡後の元弘3年(1333年)に後醍醐天皇の勅願所となり、後に浄土・華厳・真言・律・天台・禅の兼学道場となり、中世鎌倉における仏教教学の中心の一つとなったが、それ以降に経筒は掘り返して別の場所にでも移し、鎮守稲荷大明神を遷座して祀ったのであろう。常滑大甕の中身も別の甕にでも移されて移設され、古い常滑大甕は上下2つに割れてしまっていたために掘り返されずにそのまま埋め戻されたのかも知れない。
 なお、稲荷社(鎮守稲荷大明神)は「浄光明寺敷地絵図」には記載がない(現在の場所には「経塚」と記載されている)が、境内に「鎮守」と記された社(建物)が記載されている。現在では境内の外で、鎮守稲荷社入口の小路の右側辺りになる。「鎮守」が現在の鎮守稲荷大明神の元であろうから創建は鎌倉時代〜南北朝始めにまで遡る。それが、時代が下がった江戸時代−水戸黄門(光圀)が冷泉為相(藤谷黄門)の墓(墓塔の宝篋印塔は南北朝時代のもの)に玉垣や常夜灯(石燈籠)を寄進した頃以降−に山の上の経塚があった場所に遷座したのだろう。
(表紙写真は浄光明寺の稲荷社)

  • 浄光明寺のコンクリート板塀の横に入口の狭い小路がある。

    浄光明寺のコンクリート板塀の横に入口の狭い小路がある。

  • 石段。上に鳥居が見える。

    石段。上に鳥居が見える。

  • 石段。木立に隠れている。

    石段。木立に隠れている。

  • 石段。上に小屋と鳥居が見える。

    石段。上に小屋と鳥居が見える。

  • 小屋。鳥居手前にある。

    小屋。鳥居手前にある。

  • 鳥居手前の小屋。

    鳥居手前の小屋。

  • 朱塗りの鳥居。

    朱塗りの鳥居。

  • 朱塗りの鳥居の奥には社殿が。<br /><br />稲荷社ではあるが、鎮守社や鎮守稲荷神社などと表記されており、浄光明寺敷地絵図に記載された「鎮守」がその起源であろう。

    朱塗りの鳥居の奥には社殿が。

    稲荷社ではあるが、鎮守社や鎮守稲荷神社などと表記されており、浄光明寺敷地絵図に記載された「鎮守」がその起源であろう。

  • 稲荷社社殿。平成になって建て替えられた。経塚遺構上あたりから撮っている。<br /><br />なお、浄光明寺敷地絵図は水戸光圀が編纂を命じた「新編鎌倉志」(貞享2年(1685年)刊行)に転載されているためその存在は知られていたが、この地は「経塚」のままである。浄光明寺敷地絵図はその後、長らく行方不明となっていたが、平成12年(2000年)に鎌倉市内の旧家から発見されて浄光明寺に返還された。それが、平成17年(2005年)に国の重要文化財に指定されている。

    稲荷社社殿。平成になって建て替えられた。経塚遺構上あたりから撮っている。

    なお、浄光明寺敷地絵図は水戸光圀が編纂を命じた「新編鎌倉志」(貞享2年(1685年)刊行)に転載されているためその存在は知られていたが、この地は「経塚」のままである。浄光明寺敷地絵図はその後、長らく行方不明となっていたが、平成12年(2000年)に鎌倉市内の旧家から発見されて浄光明寺に返還された。それが、平成17年(2005年)に国の重要文化財に指定されている。

  • 稲荷社社殿。<br /><br />この稲荷社が、浄光明寺敷地絵図(元弘3年(1333年)〜建武2年(1335年))にはこの山の下の道路脇に描かれている「鎮守」社であるとすれば、創建は浄光明寺敷地絵図が描かれる前に遡る古社となる。しかし、経塚があった裏山に遷座するのは「新編鎌倉志」が刊行された貞享2年(1685年)以降であることは間違いなかろう。常識的には江戸で稲荷信仰が流行する頃に遷座したと見るべきである。<br /><br />なお、真言宗の開祖・弘法大師空海には稲荷伝説があり、紀州で稲荷大神に出会う話(稲荷大明神流記(鎌倉中期))や弘法大師空海が稲荷山(伏見稲荷の山)で修行中に稲荷大神が現れ、稲荷山を弘法大師に譲渡する話(稲荷大明神縁起)などが伝えられている。<br /><br />真言宗の兼学道場になった際に、浄光明寺の境内平地に守護稲荷大神が祀られ、後世に遷座したのであろう。

    稲荷社社殿。

    この稲荷社が、浄光明寺敷地絵図(元弘3年(1333年)〜建武2年(1335年))にはこの山の下の道路脇に描かれている「鎮守」社であるとすれば、創建は浄光明寺敷地絵図が描かれる前に遡る古社となる。しかし、経塚があった裏山に遷座するのは「新編鎌倉志」が刊行された貞享2年(1685年)以降であることは間違いなかろう。常識的には江戸で稲荷信仰が流行する頃に遷座したと見るべきである。

    なお、真言宗の開祖・弘法大師空海には稲荷伝説があり、紀州で稲荷大神に出会う話(稲荷大明神流記(鎌倉中期))や弘法大師空海が稲荷山(伏見稲荷の山)で修行中に稲荷大神が現れ、稲荷山を弘法大師に譲渡する話(稲荷大明神縁起)などが伝えられている。

    真言宗の兼学道場になった際に、浄光明寺の境内平地に守護稲荷大神が祀られ、後世に遷座したのであろう。

  • 稲荷社社殿(後ろから)。

    稲荷社社殿(後ろから)。

  • 稲荷社社殿裏。冷泉為相(藤谷黄門)の墓へ通じる山道が閉鎖され、最近、桜が植えられた。

    稲荷社社殿裏。冷泉為相(藤谷黄門)の墓へ通じる山道が閉鎖され、最近、桜が植えられた。

  • 稲荷社社殿裏。

    稲荷社社殿裏。

  • 不動堂を見下ろす。

    不動堂を見下ろす。

  • 仏殿(本殿)を見下ろす。

    仏殿(本殿)を見下ろす。

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