2012/06/26 - 2012/06/26
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prinprinさん
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ガイドさんは、観光地の説明だけでなく、現在のトルコについても話してくれました。
トルコの平均年齢は29歳(日本43歳)と、羨ましいほどです。
トルコ人の喋る日本語は、訛りが無くて驚きますが、高校を卒業している人なら英語ができるそうです。(帰国便で隣り合わせた女子大学生は、英語がペラペラでした。)
イスタンブールの平均月収10万円位、現在バブルと言えるほど不動産が高いそうです。
トルコは、北は黒海、西はエーゲ海、南は地中海と三方海に囲まれた農業国で99%自給でき、
沿岸部は年に2~3度収穫できるが、内陸の収穫は年1回。
東部や内陸は冬は1~2ヶ月は雪が積もって寒く、夏は雨が少なくて暑いので作物ができず、1ヶ月2~4万円位と貧しいそうです。
トルコの貧富の格差はアメリカ並みですが、地方による格差も大きいようです。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エティハド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
エフェス遺跡から3時間(約215km)くらいで、パムッカレに着きました。
パムッカレは、紀元前から1500年以上続いた温泉保養地です。
丘陵地の崖に、純白の雪が積もって輝くようです。
日本なら雪に例えるでしょうが、この辺りは水に恵まれた豊かな地で、ビザンチン時代、綿の栽培で栄え、「綿の城=パムッカレ」という地名がついています。 -
南ビザンツ門(南ローマ門)
「ヒエラポリス=聖なる都市」は、エーゲ海から東に200km、地中海から北に150km内陸にあり、この頃として最も内陸部にある都市遺跡です。
農業、商業の中心地として発達し、多くの神殿が造られました。
今日3つ目の遺跡で、夏だから明るいものの、19時位だったと思います。 -
駐車場から、ヒエラポリスの北側を、石灰棚まで10分ほど歩くのですが、
すごく広くて、原っぱにしか見えません。
石灰石は、温泉水が流れなくなると黒ずんでくるそうで、ヒエラポリスの石は白くないです。
建物(写真右端)が遠くに見えているのですが、肉眼では何だかわからず、 -
ズームで撮った写真をさらに拡大したら、建物の奥に観客席が見えたので、やっと劇場とわかりました。
(収容人員1万5千人、BC2世紀ハドリアヌス帝が建設)
温泉に浸かった後は、円形劇場で剣闘士の戦いを見て楽しんだのでしょう。
ここは、ローマ帝国各地から人々が集まる一大リゾート地でした。 -
温泉保養地ヒエラポリス(=聖なる都市)は、標高376mの石灰棚の丘の上に広がり、広さ10.7k?。
駐車場から石灰棚に行くのに歩いたのは、右上の角から、平らな石灰棚までで、
他に、ヘレニズム時代の劇場やアゴラ(広場)もあり、大きな遺跡のようです。
浴場は、まず体の汚れを落とす冷たい部屋、ぬるい部屋、さらに温泉を沸かした熱い部屋に分かれ、1度に千人も利用できた大浴場もあったようです。 -
ヒエラポリスはBC190年ペルガモン王国エウメネス2世が、国境を守る要塞を築いたことから始まり、
BC133年ペルガモン王国がローマに遺譲されてローマの支配下になりました。(人口4万5千人)
AD17年の地震で破壊され、ネロ帝(在位54〜68年)の時代に復興し、
最盛期の2・3世紀には、人口10万人の大都市でした。
その後、1354年の大地震で廃墟となりました。 -
温泉の水路
ヒエラポリスは水の都で、人々は治水を行い、町中に水を走らせ、生活に利用しました。
劇場では水のショーが行われたという記録も残っています。
ヒエラポリスの温泉の湯を、老いたクレオパトラが兵士たちに命じてエジプトまで運ばせ、美貌を取り戻した、という伝説もあります。 -
石灰棚に水を貯めたままにすると苔が生えてしまうので、
源泉から引いた温泉水を入れる棚を日により順に変え、
定期的に乾かして、苔がつかないようにしています。 -
炭酸カルシウムを多量に含んだ温泉水流れ出すと、炭酸は空気中に放出され、石灰分が残って沈殿します。
この山はもともと火山活動によってできた石灰の山で、そこへ炭酸カルシウムの温泉水が流れることで、常に石灰が蓄積されました。
この温泉が山を流れ落ちる時に、石灰を削り、棚のように段が出来上がったと考えられています。 -
石灰棚の下は、温泉水を受ける公園になっているようです。
ホテルが増えて大量の地下水を汲み出すためか、温泉水が枯渇してきたそうです。 -
東の浴場跡(2世紀) は修復され、ヒエラポリスから出土した物を展示する考古学博物館になっています。
-
ウッドデッキの右から、裸足で入ることができます。
-
濡れた所は滑るし、水の中の成長した小石はデコボコで踏むと痛いので、よちよち歩きです。
向こうの方がきれいなのに、行くと集合時間までに帰って来れない。 (>_<)
もし滑って転んだら、カメラも撮った写真もオシマイなので、足場を確保してから写真を撮ります。 -
綿でも雪でもなく、真っ白でカチカチの石灰岩です。
-
私たちが入れる石灰棚は四角く区切られていて、人口の石灰棚みたいです。
温泉水は温くて気持ちよかった。
深さ50cm位の水路には温泉水が勢いよく流れていましたが、もう遅かったせいか石灰棚には流れていませんでした。 -
ヒエラポリスと石灰棚の間の植え込みは、夏〜って感じでした。
昨日も今日も良い天気だったので、女性は日傘や長袖やアームカバーで日除けしていましたが、
私は半袖のTシャツだったので、腕も首も真っ赤に日焼けしてしまい、同じツアーの方が心配してアームカバーを頂きました。 -
今日の泊りは、スパ・ホテル・コロッセア・テルマル。
屋外プールのカフェ
夕食はプールの横のレストランで、バイキングでした。 -
ホテルの廊下に飾っていたマネキン。
エプロンの刺繍がきれいでした。
民族衣装かな? 王様かな?
遺跡は4つも見たから、民族博物館みたいな生活感のある所に行きたいなぁ。 -
←部屋で風呂に入ってから、温泉プールに行きました。
泳いでいる人もいたけど、お風呂くらいの温度だったので、長くは入っていられませんでした。
明日は5:00起きです。
早く寝なければ‥‥ ( u _ u ) クゥゥゥ。o◯
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