2012/04/07 - 2012/04/07
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ドクターキムルさん
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北鎌倉の第3踏切(通称名月院踏切)近くにある茅葺き屋根のお宅(吉田家)には枝垂れ桜があった。春に鎌倉に出かけるといつもこの桜を眺めていた。
この4月に桜が咲いているかと出かけて見ると、あの枝垂れ桜がなくなっていた。虫に食われて枯れてしまい今年2月に切り倒されたのだという。そのためか、切株は真ん中が白っぽくなっている。
クローン桜の染井吉野などは寿命が40年とも言われるが、自然交配種の枝垂れ桜なら寿命は染井吉野などよりは相当に長いはずだ。しかし、こうして枝垂れ桜も寿命を迎えてしまう。二階堂にある植政の植木職人は「樹齢50年くらいでも、菌が入ると枯れる」と言っていたが、そうしたことかとも思ったが、実際には虫に食われて枯れたのだという。この桜は140年前の幕末か明治の初めに植えられたが、戦時中に南瓜(かぼちゃ)を作ったために枯れてしまった。このときは樹齢が80年あまりであったという。その後、分け木が育って昨年まで皆を楽しませてくれた枝垂れ桜になったというから、樹齢は65年あまりであったようだ。分け木とは株分けして増やすことをいうが、元の木が枯れたのだからひこばえのことであろう。今も枯れた木から分け木が芽を出していると言っていた。切株を見ないでしまったのは失敗であった。
吉田家は名主の家で、土地を売って浄智寺を再建した大檀那であるという。墓は鎌倉五山の浄智寺にあり、苗字帯刀の家柄であり家格が高いのだという。萱葺き屋根が本家で門の入口には4男が分家している。この4男の名前にも浄智寺住職・朝比奈宗源(1891年〜1979年、後に円覚寺貫主)の名前から「宗」の字を貰い、吉田家の子息に付ける「次」が付いているが、次男ではないのだという。鎌倉には枝垂れ桜の文化は全くといって良いほどなく、ようやく平成になって育まれつつある。そんな鎌倉の地に幕末か明治の初めに枝垂れ桜を庭に植えた吉田家の先祖はよほど文化的だったのであろう。今泉あたりだとこの時期には大島桜が大量に植えられている。おそらくは、京都から浄智寺にやって来た僧侶にでも勧められて植えたのであろうか?
これまでは、毎年、東京からこの枝垂れ桜をカメラに収めに来る人もいたという。萱葺き屋根の母屋に枝垂れ桜が映えるのがたまらないのだという。鎌倉では数少ない樹齢50年を越えるであろうと思われる枝垂れ桜がなくなってしまったことはやはり残念なことだ。
(表紙写真は北鎌倉吉田家の枝垂れ桜)
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2008/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2010/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2010/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2011/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2011/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜(2011/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜のない風景(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜のない風景(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜のない風景(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜の切株(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の庭には枝垂れ桜の苗木が3本ほど(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の枝垂れ桜の切株(2012/4)。
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北鎌倉吉田家の庭には枝垂れ桜の苗木が3本ほど(2012/4)。
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北鎌倉吉田家に新たに枝垂れ桜が植えられていた(2013/8)。実生で樹齢10年を越える若木であろう。2014年の春からはささやかながら枝垂れ桜が楽しめるはずだ。
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