2012/02/01 - 2012/02/01
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ドクターキムルさん
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北鎌倉にある明月院は禅興寺の塔頭であり、上杉憲方が建立した。名は憲方の法号「明月院天樹道合」から採っている。そのときに憲方が時頼の塔所を建立した。元々は鎌倉幕府5代執権であった北条時頼が山ノ内の邸宅の傍らに建立した最明寺が始まりである。最明寺は嫡子の北条時宗が再興して禅興寺と称した。後年、鎌倉公方である足利氏満氏満の命によって、関東管領の上杉憲方が禅興寺を中興した。しかし、禅興寺は明治初年に廃仏毀釈によって廃寺となり、明月院境内に時頼の墓の宝筐印塔が残った。その墓前に最明寺入道北条時頼公御廟所が建っている。時頼は出家して最明寺入道と号した。御廟所に「最明寺入道 北条時頼公 御廟所」とあるが、最明寺入道と北条時頼公は同一人物である。
時頼は得宗専制政治の先駆けを作った人物であり、能の一曲「鉢木」にある廻国伝説で知られるが、現代では「鎌倉幕府第五代執権 北条時頼公墓所 (第八代執権時宗の父)」の立て看板が立ち、元寇での英雄として時宗の方が知られている。
時頼は一人明月院に葬られ、その子の時宗は子(時頼の孫)・孫(時頼のひ孫)と一緒に隣にある円覚寺の開基廟の下に並んで葬られている。また、御廟所には位牌があるだけだ。一方、その子の時宗は円覚寺の開基廟に貞時(子)、高時(孫)の木像と供に祀られており、側には夫人の覚山尼(東慶寺開山)の位牌が祀られている。
(表紙写真は最明寺入道北条時頼公御廟所)
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