2010/01/03 - 2011/09/07
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鎌倉に建つ史跡碑のなかで、鎌倉町青年会、鎌倉町/市青年団、鎌倉同人会が戦前に建てた78碑や鎌倉友青会、長谷上町文化会、玉縄史蹟顕彰会、源頼朝会が戦後に建てた6碑以外にも注目したい史跡碑がある。
稲村ガ崎にある「ローベルト・コッホ記念碑」(大正元年(1912年)銘)はドイツ語碑名の記念碑(Gedenkstein)であり、ノーベル賞を受賞した細菌学者・コッホが鎌倉の海岸に遊山した記念に北里柴三郎等が建てた石碑である。北里大學が建てた解説看板には英語が併記されており、ドイツ語碑名と英語解説文のちぐはぐさが味わえる。
史跡「法華堂跡」にある大江広元公墓前には「故正四位下陸奥守大江公碑」(文政6年(1823年)銘)、毛利季光公墓前には「故藏人従五位下大江公碑」(文政6年(1823年)建立、大正10年(1921年)銘追記)があるが、それに並ぶ島津忠久公墓には残念ながらこうした顕彰碑がない。しかし、江戸中期(安永8年(1779年))に源頼朝公墓などを一緒に整備した島津重豪(しまづ しげひで)の名が刻まれた石碑が4基ほど並ぶ。実は、明治10年(1878年)になって、旧薩摩藩主によって「‥‥源頼朝卿原忠久朝臣墓猷‥」なる石碑が建てられているが、これが島津忠久公の顕彰碑であろう。
戦前に建てられた78碑や戦後に建てられた6碑に先行する「稲村崎碑」(明治27年(1894年)銘)、「贈従三位日野公墓碑銘」(明治27年(1894年)銘)、「勝長寿院旧蹟址碑」(明治42年(1909年)銘)、「玉縄首塚碑」(大正(1912〜1925年)銘)、日蓮聖人小町辻説法跡に建つ石碑の5碑がある。あるいは、本興寺門前(大町)に建つ「日蓮大辻説法之旧地」(本興寺略縁起)がある。このように、日蓮聖人ゆかりの史跡は2つ3つある場合が多く、小町と大町の辻説法跡には、それぞれ史跡碑が建っているのだ。
「コタゴタする」の語源になったとされる建長寺2世の「竺僊梵僊和尚顕彰碑」、「明治天皇閲兵之処」(明治6年(1873年)銘)、「鉄道轢死之碑」(明治42年(1909年)銘)、「鎌倉彫再興碑」(昭和54年(1979年)銘)などにも注目したい。
(表紙写真は稲村ガ崎に建つ「ローベルト・コッホ記念碑」)
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注目碑1.「ローベルト・コッホ記念碑」(大正元年(1912年)銘)。稲村ガ崎。
碑文の大意
明治42年(41の誤り)7月、ドイツの大医コッホ先生が北里博士と一緒に鎌倉に遊び富士山を望みて大変喜ばれた。霊仙山頂でコッホ先生は日の出と日暮れの素晴しさを見て堪能された。
帰国後数年も経ないうちに亡くなられたので、山の所有者である田村氏らと相談し、石碑を建てて事蹟を遺そうと考えた。山の下の稲村ガ崎は新田義貞中将が武運を祈って刀を沈めたといういわれある地である。海と富士山のおりなす絶景のこの地を今は海外の偉人がここに留まって風景を賞した所として世に伝えるべきと考える。 大正元年9月 永坂周記弁書 -
注目碑2.「故正四位下陸奥守大江公碑」(文政6年(1823年)銘)。法華堂跡。
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注目碑3.「故藏人従五位下大江公碑」(文政6年(1823年)銘、大正10年(1921年)銘追記)。法華堂跡。
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注目碑4.「‥‥源頼朝卿原忠久朝臣墓猷‥」(明治10年(1878年)銘)。法華堂跡。
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「‥‥源頼朝卿原忠久朝臣墓猷‥」。法華堂跡。
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注目碑5.「稲村崎碑」(明治27年(1894年)銘)。稲村ガ崎。
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注目碑6.「贈従三位日野公墓碑銘」(明治27年(1894年)銘)。葛原ガ岡。
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注目碑7.「勝長寿院旧蹟址碑」(明治42年(1909年)銘)。大御堂ガ谷。
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注目碑8.「玉縄首塚碑」(大正(1912〜1925年)銘)。岡本2.
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注目碑9.不明、小町日蓮聖人辻説法跡。
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注目碑10.「日蓮大辻説法之旧地」(本興寺略縁起)。大町2.
「本興寺略縁起
日蓮大聖人鎌倉御弘通の當寺此の地点は若宮大路に到る辻なるにより今猶辻の本興寺と称す御弟子天目上人聖●を継いで又此地に折伏説法あり實に當山の開基なり後年日什上人(顕本法華宗の開祖)留錫せられ寺観大に面目を改む常樂院日経上人も亦當寺の第廿七世なり」
●は足ヘンに蜀 -
注目碑11.竺僊梵僊和尚顕彰碑。山ノ内。
竺僊梵僊和尚とは兀庵普寧(ごったんふねい)のこと。 -
注目碑12.明治天皇閲兵之処(明治6年(1873年)):八幡宮境内。
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注目碑13.鉄道轢死之碑(明治42年(1909年)8月):有志中、大町2-4-18、大町踏切。
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注目碑14.鎌倉彫再興碑(昭和54年(1979年)):雪ノ下1-2-21。
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注目碑15.復興寄師芳君之碑:海蔵寺境内。
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注目碑16.大正十二年九月一日関東大震災挟死者供養塔:浄泉寺境内。
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注目碑17. ボート遭難の碑(大正2年(1913年)):稲村ガ崎。
「ボート遭難の碑
真白き富士の嶺緑の江の島 仰ぎ見るも 今は涙 帰らぬ十二の雄々しきみ霊に 捧げ奉る胸と心 ボートは沈みぬ千尋の海原 風も浪も小さき腕に 力も盡き果て叫ぶ名は父母 恨は深し七里ヶ浜辺
円覚寺 朝比奈宋源書」 -
注目碑18. 「奉納」御霊神社石碑(大正2年(1913年)):御霊神社。
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注目碑19.立正安国論御助由来(昭和11年(1936年)7月):光則寺境内。
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